Common Unemployed and Zero Infinity -Flawless Paradox- 作:半裸ーメン
……今回の話は投稿するのが怖くて仕方が無かった。
でも、皆様をお待たせするのも心苦しく、断腸の思いで投稿致します。
戦々恐々です。
賛否両論であって欲しい……ッ
明日はいよいよ【オルクス大迷宮】への
ここで【オルクス大迷宮】に関して説明しておこう、と、その前に〝七大迷宮〟を説明しておくべきか。
七大迷宮とは、文字通りトータスに存在するとされる七つの大迷宮の事だ。七つがそれぞれ
西の海洋との狭間にある【グリューエン大火山】。
逆に東側の大陸に南北に広がりを見せる【ハルツェナ樹海】。
そして、ハイリヒ王国南西に位置する【オルクス大迷宮】。
ちなみに、所在不明の大迷宮にはおおよその目星があり、南北に大陸を分断する【ライセン大峡谷】やら、南に位置する雪原の最奥の【氷雪洞窟】やらが噂されているが、信憑性に欠けており定かではない。
今回、克行らが赴く【オルクス大迷宮】は、七大迷宮の中では比較的人気のある場所だ。
内部構造は
至る所に悪辣な
では、何故人気があるのか。
それは、魔物の強さを
浅い階層の弱小魔物であれば、今回の克行達のような
逆に魔物の持つ魔石を売った稼ぎで日々の生計を立てている冒険者や傭兵は、自分の力量に見合った階層で魔物を倒して魔石を回収するのだ。
魔石とは、魔物が魔物として成立する為に必須とされる物だ。地上にも魔物は数多くいるが、大迷宮の
逆にオルクス大迷宮内に生息する魔物から取れる魔石は非常に良質なものが多く、主な利用方法としては魔法陣の原料、多種多様な魔法具の動力源等が挙げられる。
魔石は魔力効率も向上させる為、トータスにおける魔石の需要は驚く程高いのだ。
余談だが、良質な魔石を持つ魔物は強力な固有魔法を行使する。その為、強い魔物を狩りに深い階層へ潜った命知らずの冒険者が、何人も帰って来ない事は有名だ。
閑話休題
流石冒険者の為の宿場町と言うだけあって、日用品から様々な武具まで選り取り見取りな品揃え。実に利便性に富んだ町だ。
新兵訓練での利用頻度が多い為、王国が所有・直営している宿屋があり、そこで二人一部屋に別れていく。
幼馴染同士で固まる者、仲の良い友達同士で集まる者などで次々と部屋へ入っていく中、無能同士で仲良くしていろという周囲の無言の圧力によってハジメは、克行におずおずと声を掛ける。
克行は断る理由も無いと快く了承し、何処かの香織さんが羨ましそうにしていた。尚、ハジメは怒っていると勘違いしていたが……。
本日ハジメと克行が宿泊する部屋は、何というか、王城と比較すると
控え目に言って〝庶民〟らしさが醸し出ている。
王城の高級感溢れる天蓋付きベッドでは落ち着かない貧乏性のハジメは、目を輝かせて飛び込んでいた。
暫くは取り留めの無い話で時間を潰していた二人の話題は、いつの間にか克行の懐中時計へと移っていた。
「……何で外せないんだろうね?」
「それは説明した」
「いや、そうじゃなくてさ……。どういう原理で鎖が変形してるのかって話だよ」
「……それは考えた事ないかも」
克行からある程度の話は聞いているハジメは、鎖の変形がどんな原理で動いているのか錬成師として興味があるようだ。
ハジメの目の前で懐中時計を首から外そうとする克行だったが、やはり変形した鎖は首に掛かったまま。
鎖の変形を間近で見て、実際に変形している鎖を手に取って調べる。
「………」
真剣な眼差しで鎖を凝視するハジメ。握ったり、捻ったり、伸ばしたり錬成を試してみたりとあの手この手を行うが、鎖の形状に何ら変化は見られない。
ハイリヒ王国随一の練成師でも
「……う~ん、さっぱり。
存外にあっさりと謎を一つ解いてしまったハジメ。
こればかりは発想の柔軟性がハジメの方に軍配が上がっただけに過ぎない。
地球ではあらゆるサブカルチャーに精通していたハジメには、膨大な
無論、それだけでは意味はない。
錬成に反応しないので、特殊合金で出来ている。長さは変化しているが、鎖自体の太さや強度には変化がない。
つまり、新しく鎖を生成して伸ばしていると考えられる。伸ばす長さは恐らく
根本的なオタク気質を持つハジメは、興味を抱いた事に関しては何処までも突き詰める凝り性である。
たった数回の観察だけで懐中時計の特性を一つ見破ったのは、素直に賞賛出来る。
「凄いな、全然気が付かなかった。でも、どんな素材で造られているのか、という疑問に突き当たるのは変わらずか……」
「ごめんね、あんまり役に立てなくて」
申し無さげに頭を掻くハジメの言う通り、そこがこの
一体材質は何なのか。それが最大にして最重要の謎。
如何な仮説を立てようとも、懐中時計が何から出来ているかが全くの埒外。
ハジメが少し肩を落としているみたいなので、話を変えてみる事にした。
「ちなみに、この二週間で幾つか分かった事がある」
「へえ、どんな?」
「まずは、本当に二十四時間単位で狂う事無く針は回っている。王国の見解は正しいことが証明された」
「ふむふむ」
「次に、水に濡らしたり並の衝撃じゃ壊れない」
「ふむふ……む?」
「最後に、首から外す事は可能だ」
「……なんでやねん」
「……?」
思わず関西弁でツッコミを入れるハジメ。
だって
しかも最後の、絶対に外せないからメルドさんも渡したんじゃないのか? それを事も無げに『実は着脱可能だ』とか言い始めた。
何の事だ、と克行は頭に?を浮かべている。何だ? 僕がおかしいのか? とハジメが思うのも無理はない。
克行は
「……で、外れないって言ってなかったっけ?」
溜め息をついて若干ジト目になりつつも、克行に聞き返すハジメ。
「何、簡単な事だよ。ワトソン君」
ハジメはいつの間にかワトソンにされていた。
「そうだな……切っ掛けは、ほんの些細なものだった。シャワーを浴びる時に、身に付けている物は当然外すだろう?」
「当然だね」
「つまりは
「へ……?」
ちょっと何言っているか分かんないですね、と言わんばかりの間抜け面を晒すハジメを尻目に、鎖に手をかける克行。そして、そのまま首から外して見せた。
信じられないと目を何度も擦るも、やっぱり鎖は外れている。呆然として言葉が出ないハジメに、克行は補足説明が必要か、と仕方なしに口を開く。
「
懐中時計はまったく未知のアーティファクトだ。
しかしながら、懐中時計を外す必要が出てきた場合には普通に外すことが可能なのだ。
証明というように、克行は外れている懐中時計をベッドへ投げた──瞬間、鎖が動き出したと思ったら首に収まっていた。部屋の明かりを鈍く反射する懐中時計は心なしか、粗雑な扱いに抗議を上げているようにも思える。
ハジメは暫し目を丸くした後、瞳を閉じて黙考する。
「……人間の意思を理解して
それは同時に、物言わぬ機械があたかも
人工知能? いやいや不可能だ。人の想いを
「さて、本当のところは分からないよ。数少ない実体験から、無理やり仮説を立てただけだ。もしかすればそうなのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
……少なくとも、ただ“正確に時間を刻むだけの時計”ではないのは明らかだ」
現段階では分かることが少なすぎて、ほとんど憶測でしか語れないことに変わりはない。
それはつまり、二週間前に克行が懐中時計に見初められてから何一つ進展がないことを表している。
はっきり言って、これ以上懐中時計の謎を考えるのは時間の無駄と言う他ない。
なので、話題の方向性を一八〇度変えることにした。
「ところで、もう眠気に誘われてくる頃合かな? 結構長い間話してるし、明日も早い。そろそろお開きにしたいんだけども」
今回の夜会の発端は、なかなか寝付けなかったハジメから提案されたことだった。
どうにも眠れないとのことで、翌朝寝坊しない範囲でならばと語り始めたわけだが、開始から既に二時間が経過。承諾した手前、ハジメが眠気を覚えるまでは起きていないと無責任だと考えて付き合っているが、流石に限界も近い。というか、いい加減寝たいというのが克行の本音だった。
「……うん、これで最後にするから。もう少しだけ」
ハジメは踏ん切りがつかないのか、これで最後と宣言するも……
「その台詞、四回目。何回最後があるのかな……」
「うっ、その……。本当にっ、最後だから……」
まるで子供が口にする一生に一度のお願いのように、本日四回目の最後にする発言。克行は天を仰いだ。
実はハジメが悩んでいることを克行は何となく察していた。
今回のことも不安を紛らわせる為なのだろうとも予想していた。
「……どうしようもなく、
ポツリ、と
克行は口を挟んではいけないと静かに傾聴する。
これはハジメが抱える闇だ。どうしようもなく不安が胸に巣食っている。
それは本人が受け入れなくてはならず、他人の介入は許されない。
何故なら、周囲の環境によってその
善悪正誤の天秤は容易く他人の善意や悪意で揺らぐもの。ならば、それを最後に傾ける──選択するのは自分自身でなければいけない。
「僕と君は同じ、筈なのに……。僕はこんなに苦しいのに、辛いのにっ。
どうして、君はそんなに堂々としていられるっ、自然体でいられるっ! どうして、君はっ、そんなにも──
それに比べたら……怯えて、震えて、泣き言抜かす僕は……どれだけっ───」
───惨めなんだろう。
最後は言葉にならず宙に解ける。
吐露した言葉は短かったものの、込められた想いは切実だ。
制御できない情緒は奔流となり
何が自分と違うのか、その答えを求めるハジメ。同じ無能なのに、天職なんて持っていないのに、この差は一体どうしてなのか。
言葉があるのなら言ってみろ、尽くしてみろというハジメの
「──俺には、哲学、というか生きていく上で大切にしていることがある」
そんなハジメの小さな嘆きを受けて、僅かに悩んで、真摯に言葉を選びながら語り出す。
「別段大したことじゃないけれど、これだけはと思うものが」
それは、少年の
「物事には必ずと言っていい程、
善と悪、正と邪、得と損。万象凡てに等しく備わっている二面性は切っても切り離せない、誰もが等しく受理しなければならないもの。
しかし、人間は勝利や成功といった
現実には、勝利の裏には幾度もの挫折、成功の影には苦渋の失敗といった
密閉空間での発破作業の安全性向上を目指したアルフレッド・ノーベルが、危惧した通り戦争で兵器運用された
どうにも言葉の意味を咀嚼できないハジメに、例を挙げることにした。
「例えば、南雲くんの好きなゲーム。初見は楽しい、何でも新鮮に映る。初めてボスを倒した、ダンジョンをクリアした瞬間の爽快感はひとしおだろう」
共感できるのか、ハジメはしきりに頷いている。
「そう、誰でも初めては楽しいものだ。けれど、初めては二度と味わうことが出来ない。
つまり、初めての新鮮さを楽しんだのなら、一生同じものは感じられないという
これは日常生活でも至るところで起きている事であり、
「個人だけじゃ、ない……?」
疑問符を浮かべたハジメに、克行は首を縦に振る。
「同じくゲームで例えようか。
基本的に市場へ出回るゲームの本数は限られる。その限られた本数の内、誰かが一本買ったなら、それは誰かが一本買えないってことにならない?」
「……需要が供給を上回れば、手に入るかは競争になるってことだよね?」
自分の言葉に落とし込む辺り、ハジメの頭の回転は早いなと感心しながら、満足気に頷く。
惑星全体での総資源量は上限がある。勝ち組の椅子の数は決まっている。
ならば、人より多くの資源を持つことで、
自分が“
勝つ者がいるなら負ける者がいる、という自明の理。
出来合いの弁当や惣菜を毎日のように廃棄するコンビニと、日々の食事も満足にいかない貧困層。貨幣を落として涙する者と、その金を拾って喜ぶ者。
しかも、それを増長させているのは社会という大きな歯車だという真実。
学校では勉学で競い合わせ、職場では業務成績で評価する。
家庭では親が子に
勝者には輝かしい栄光と未来を。敗者には惨めな没落と末路を。
勝者と敗者を徹底的に線引きして、競合させていく歪な進化。
されど、その進化が現在の安定した高度文明を維持・成長させてきたのも事実だ。
先に挙げたノーベルは、自らの発明が多くの人間の命を奪った事を嘆いた。
だからこそ、死後には
現在の日本が泰平の樹立と維持に並々ならぬ労力を注ぎ込むのは、敗戦国として過重な痛みを知っているからだ。
ある種の反動とも言える
五感の一部が欠如した場合、人体は残る五感のいずれかが欠落を補完するように
「
より良い生活基盤を求めて一軒家を買ったとしよう。それだけの大きな買い物ならば、当然値が張る。頭金だけにとどまらず、何十年もかけてローンを支払い続けなくてはならない。
金銭等を利用する
だが絆、信念、友情、愛情、etc……といった目に見えない
「けれど、個人の
なら、
───人生はプラスマイナスゼロではない。
それこそ、“
「勝利や正しさに酔い
“
“
その矛盾に対面し、悩み、惑い、苦悩した果てに受け入れた答えにこそ、人の本質だと俺は思うんだ」
成功を得て地位や名声、莫大な富を築き上げたとしよう。これは紛れもなく
──
──全損を防ぐ為に適度に身を切る。
──
──選ぶことさえ拒否して自閉する。
極限の状態での選択は、その人間の
──であるのならば、
「今の南雲くんは、自分の弱さに嫌気がさして悲観的になっている。逆を論じるならば、弱さと対になる筈の強さを自覚していない
「僕の、強さ……?」
ありふれた職業、ステータスの低さ等、
「弱さを悲嘆するのは結構だが、あぁそれのみに固執するのはどうかと思うぞ。現実は悪いことだらけじゃあないさ、
足りないものは“自覚”だよ。失くしたものばかりに気を取られてると、手の中にあるものまで見失う。見つめ直せよ、自分自身を、残ったものを。
そうして、自分の
正しさばかりに
自分を卑下して
強さも弱さも認めた先に、己の
「と、まぁ偉そうに
だって、本質なんて誰にも──自分にも分かりゃしない。証明のしようがない。なら、所詮は
……俺が強い? とんでもない、ただの
肩を
そうだ、こんなものは
人は
そも人間にとっては周囲を取り巻く
そんなことを考えるのは、人類全体の未来を本気で考えている
こんな話を大真面目にすれば、頭が
現に、今の今まで誰にも話したことはなかった。
では何故、世迷い言と切り捨てられるべき自論を展開したのか。
それはひとえに、ハジメの
「ガキって……。克行くんがそうなら、僕らは何だって言うのさ」
謙遜を通り越して卑屈な克行の物言いに反発するハジメ。
「何って、
克行はあっけらかんと言い切った。
「物分かり良さげに
そう答えた克行の表情は、驚くほどに平静そのもの。
そこにハジメは、
まるで、目の前の少年がこの空間には似つかわしくない異物のような、自分と同じ人間ではないような────
───思考を
喉奥から込み上げる嘔吐感に
理解したくないが理解できてしまった。語られた意味を正しく理解してしまったが故に。
間違っていても楽な方へと流されてしまうのが弱者で、正しいことを正しい時に正しく行い、ほとんど間違えないのが強者であるならば、北上克行は異端ではあるが強者に分類できるだろう。
だが、その奇骨な信条を生み出した精神構造は、常人にとっては共感し得ない。
誰だって正しい方が良い。勝った方が、楽しい方が、嬉しい方が、楽な方が、平和な方が、幸せな方が好きに決まっている。
そんな当たり前を知っているにも拘らず、間違いや嫌なことも全部受け入れろと
敗けたことも、辛いことも、苦しいことも、悲しいことも、面倒なことも、不幸なことも、全て等しく
無理だろう、誰だって痛いことは嫌なんだから。
人は光に憧れてしまうものなのだから。輝くものを抱き締めたいと願わずにはいられないのだから。
ハジメはすぐに表情筋を取り繕う。顔面蒼白だが、やらないよりはマシだ。
「気分を悪くさせて申し訳ないが、南雲くんが訊きたがったんだ。自業自得じゃないかい?」
やはり克行は心配、でいいのだろうか。ともかく声をかけてきた。
茶化した感じなのは克行の気遣いなのだろうが、ハジメには最早
「いやっ、違うから! 全然そんなんじゃ……」
慌てて弁明しようとしたハジメだったが、ちょうどその時、二人の部屋のドアを叩く音がした。
「こんな時間に誰だ?」
「い、良いよっ僕が出るから!」
「え、でも顔青……」
「良いから良いから! 大丈夫大丈夫っ!」
克行が出ようとするも、これ幸いとハジメが制してドアへ向かっていく。
誰だか知らないが内心で来訪者へ感謝するハジメだが──
「南雲くん、起きてる? 白崎です。ちょっと、いいかな?」
──謎の来訪者が、あの白崎香織であると判明した瞬間、足が止まった。
どうして、と疑問が浮かぶが、出迎えない訳にもいくまいと再び歩を進める。
鍵を外してドアを開けると、そこには寝巻きの上にカーディガンだけ羽織った香織が
直後、眼球から飛び込んできた光景に、ハジメは頭蓋骨へ
純白のそれは
所在無さげに
肢体に吸い付くように薄い
仄かに滲む甘い
「───なんでやねん」
「えっ?」
ハジメは激しく混乱していることを自覚した。一旦落ち着くために、自分で自分に突っ込みを入れる。香織にはよく聴こえなかったようで、不思議そうに首をかしげている。
ハジメだって年頃の男の子、心が大きく揺れ惑うところに蠱惑的な格好をされれば勘違いしてしまうだろう。だから、
胸中で誰にともなく弁明していると頭が冷めてきたので、香織を視界に入れないように要件を訊く。
「あー……で、何かあった? 連絡事項とか?」
「ううん、違うの。その、南雲くんと少しお話がしたくて……もしかして、迷惑だったかな?」
「…………どうぞ」
ハジメの視線は香織へと吸い込まれた。困ったようにひそめた眉と上目遣い、赤みがかった頬、筋が通った気品のある鼻、健康的な唇には薄らと口紅が乗っている。
どこを切り取っても壮麗な絵画にしか見えない。陳腐だが、綺麗という言葉以外が見つからなかった。
またも意識を奪われたハジメは、無意識に香織を招き入れていた。
「うん!」
拒まれなかったことが嬉しいのか、香織は蕾が花開いたような微笑みを浮かべて部屋へと踏み入れる。
周囲が華やぐ程の笑顔に、ハジメの心音は一層高くなった。
立ち振る舞いも装いも無垢で可憐な少女の筈なのだが、所作の節々に
思考に霧がかかったように浮ついて現実感を失ったハジメの耳孔に、やけに大きく声が響いた。
「あの、俺もいるんだけど………」
「あっ」
「ひゃあっ!」
部屋で待っていた克行がいたたまれなさそうに存在を主張し、ハジメはそういえばと思い出していた。
そして、二人部屋のことが頭から抜けていた香織は、予期していなかった第三者に驚いて、尻餅をついて実に可愛らしい悲鳴を上げた。
「……わ、忘れてないっ。忘れてないからねッ!?」
「…………これが遠藤くんの気持ち」
涙目になって必死に言い繕う香織の姿からは、先ほど感じた
影の薄いクラスメイトはいつもこんな感じなのか、と克行は思い出しながら香織をなだめる。
ようやく香織が落ち着いたところで、克行がわざとらしく大仰に口を開く。
「さて、目が冴えちゃったし、お邪魔みたいだし、俺は夜風にでも当たってくるとしよう」
「うん、そうだね」
「うぅ~………」
まだ気にしているのか、香織は恥ずかしそうに顔を両手で覆い、ハジメはもうどうにでもなってくれと投げやりだ。
「じゃ、ごゆっくり」
去り際にそんなことを呟いて、克行は部屋を後にする。
───廊下の曲がり角から突き刺さる、ドロドロと恨めしそうな視線を無視して。
【ほんへの補足】
※興味のない方は読み飛ばし推奨
◆ハジメと克行の二人部屋
原作との乖離点。このおかげで誰かが一人部屋、にはならず、影の薄い彼が取り残されたところで同じパーティーの男子二人に招かれた三人部屋になった。
◆朽ちず、狂わず、壊れない。そして外せる懐中時計
時計から逃げようとしたりしなければ実は外せることが判明。でも、外したまま放置しようとしたり離れようとする意思を感知すると、鎖が巻きつく仕様。
◆ハジメの弱音
すぐ隣にいる奴が(一見すると)正しく生きているように見えるので、自分と比較すればどうしても惨めに見えてしまうというコンプレックス。
良く出来た兄を持つ良く出来た妹以外には耐えられないよね。
◆克行の哲学(?)
もはや筆者にさえ説明できない、勝手に膨らんだ。言葉にするのは難しい。
強いて言えば、極力凌駕さんと頑張って色々対比させようとした。
世界は
それら矛盾の一切を在るがまま受け入れて、悩んで、足掻いて、苦しんで、その果ての選択にこそ人間の本質は表れる。その人の地金が曝される。
それが克行の自論。
考えるな、感じるんだ。
◆白痴の妄言
ハジメの考えた通り。
誰だって正しいこと、好きなこと、勝つことという
一般的な倫理観に照らし合わせれば“悪”とされるとしても、必要であれば受け入れてしまう克行は非常に危険。
何よりも、日常を生きる人にとっては、自分を取り巻く“
そんなことを真面目な顔で吐き出すのは素面では無理、という話。
できるのは光に殉ずる大馬鹿か、理由なく生来生粋の精神的強者くらいのもの。
◆せくしぃな香織さんの描写
ハジメの混乱具合を表現しようとして、何となく書いてしまった。R-15ってどこまで表現していいんですか?
◆ハジメのハジメさん
危うく臨戦態勢に入るところだったハジメ。最初は完全にテントを張る予定だったが、張ったテントを隠せないのでハジメさんには我慢していただくことに。
本命のために取っておいてください。
◆忘れ去られた主人公
遠藤くんの気持ちを少し体験した。貴重な体験ですね。
実情はあんまりにも気持ち悪いことを言い出したので、ハジメは記憶から追い出した。香織は素で忘れてた、てかハジメのことしか考えてなかった。心配だったからね、仕方ないね。
◆主人公、お邪魔虫になる。の巻
粋な計らいです。決して、忘れられたことに拗ねた訳ではない。
実際問題どうなのかは次回判明。
◆ドロドロと恨めしい視線
無論檜山くんです。でも克行は本当に相手にしていない、のではなく、それも受け入れているから大したリアクションをしないだけ。
さて、如何だったでしょうか?
主人公の考えは一部でも理解していただけたでしょうか?
何度も添削を重ねて、こんなにお待たせしてしまったこと、再度お詫びいたします。
正直、今回の話は賛否両論だと思います。否ばっかりでは筆者の精神が壊れますので、出来れば賛も欲しいです。
最後に、次回は程近く投稿できるかと思いますが、投稿時期は予告致しません。
次回も読んでいただく方が残っていただけることを、切に祈ります。
次回、「赤い糸の導く先にて」
何となく察せますが、一先ずお楽しみに、と言っておきます。
稚拙な作品ではありますが、今後もお楽しみいただければ幸いです。