Common Unemployed and Zero Infinity -Flawless Paradox-   作:半裸ーメン

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お久しぶりです。

一年以上お待たせしてしまい申し訳ありませんでした。
待っている方がいるかは分かりませんが、生存報告も兼ねて取り急ぎの投稿でして、ストックはないに等しいので次回はまたお待たせしてしまうかと思います。

その辺りは筆者の生活もありますので、ご容赦願います。

今回はオリキャラが登場しますのでご注意ください。
一万四千字越えましたので、そちらについてもご注意願います。



あ、後何となく投稿報告用でTwitterアカウント作りました。
@half_noodle810


邂逅~あるいは運命との逢瀬~

 今夜は雲が少なく、頭上の月は隠れることなく地上を優しく照らしている。

 丑三つ時ではないが人が寝静まった時間、何故だか悪いことをしている気分になって高揚感を感じる。

 

「とりあえず、一時間くらいで良いかな」

 

 夜のホルアドを宛もなく歩きながら、懐中時計(アーティファクト)を見て部屋へ戻る時間を考える。こういう時は便利なものだが、やはり四六時中身に付けなければならないのは如何なものか。

 ハジメと香織の話がどの程度掛かるのかは分からないが、克行も部屋に居づらかった。だから、来客(かおり)の存在は彼にとっても有り難かったのだ。あの空気をうやむやに(リセット)するための、そして自分の頭を冷やす時間を作る良い切っ掛けになってくれた。

 

「やっぱり、南雲くんにも引かれたみたいだな」

 

 言外に、止めておけば良かった、と含ませたのは克行が語った人生観の話だ。

 あの場では不思議と口が軽くなってしまったが、別段吹聴したい訳でもなかった。それでも口を滑らせてしまったのは、気分でも知らぬ間に舞い上がってしまったのだろうか、と自嘲する。

 

 語り終わった辺りから顔から血の気が引いたハジメは、最後には気持ちの悪いモノを見るような眼をしていたことを思い出す。

 これまでも何度かあった。誰か(他人)にとって受け入れ難い事であっても、克行にとってはそうではない事が。

 結局のところ、北上克行(きたがみよしのり)という男の地金は誰の理解も得られない、狂人の精神なのかもしれない。

 

 と、意味のない妄想を膨らませながら、当てもなく誰の姿も見えない夜道を一人歩を進める克行だったが───

 

 

 

「───こんな夜分に、どうかされましたか?」

 

 

 

 ───不意に、背後から流氷のような声を掛けられた。

 

 硬直は一瞬、思考を破棄して即座に振り向いた先には──絶世の美女、と形容するのに差し支えない修道女(シスター)が立っていた。

 

 克行と目線の高さが同じ、背の高い女性だった。

 

 頭巾(ウィンプル)のない頭から腰まで届く銀灰色の長髪(アッシュグレイ)が夜風に揺られて月光に濡れる様は、墨汁を水で延ばしたような淡い薄暗闇に良く映える。

 (まなじり)がつり上がった切れ長で透き通った碧眼と、口角を上げて弧月状に結んだ淡い桜色の唇の、瀟洒(しょうしゃ)な顔立ちをした女性は微笑を浮かべている。

 王都で度々見かけた聖教教会の修道衣(トゥニカ)を纏い、細く伸びた手足は白磁の如くなめらかでハリがあり、肢体を覆う紺のワンピース服は随分ゆったりとしているのに、所々に女性的な膨らみを持つのは彼女が豊満であるという証。

 

 クラスでも二大女神と持て囃される香織と雫でさえも、目前の彼女と比較すれば愛らしい少女と霞んでしまうほど、その身体は完成された黄金比を有している。

 

 

 そう、絶世とか傾国といった言葉が似合う筈なのに───()()()()()()()()、等と感じるのはどうしてか。

 

 

「──っ」

 

 

 美術館に展示された肖像画(モナ・リザ)大理石の彫刻(ミロのヴィーナス)のように、洗練された美しさを計算して生まれてきたような、標本を見ているかのような感覚に息を呑む。

 

 例えるならば、平面(二次元)立体(三次元)の違い。

 文字通りの(次元)違い(隔たり)を感じているのだと理解して、そこで初めて自分が()()()()()()のだと気がついた。

 

 人間味の無さ。現実感の欠如。

 まるで人形だ。それも()()()()()()()()造られた───

 

 

「──もし、使徒様?」

 

 

 配慮された声に、我に返る。

 

 さっきよりも近付いて克行の顔を覗き込む女性の瞳が揺れていて、確かに心配の色がある。

 ───こんな女性が()()()()()()なんて何を馬鹿な、と無神経な考えを振り切って、街中とは言え夜闇で後ろを取られるくらい不用心な自分に呆れた。

 

「……あぁ、すみません。急に声をかけられたもので」

「あら、それは申し訳ございません」

「いえ、貴女が謝ることでは」

 

 互いにペコペコと頭を下げあう二人。謝罪を繰り返す彼女の様子を盗み見ても、やはり不自然なところは認められない。

 先程、ハジメ相手に自身の信条を饒舌に説いてしまったからだろうか、益体もない空想を膨らませてしまった。

 とんだ妄想で彼女の尊厳を辱めてしまったことを気にして、相手の顔が見られずに克行の視線は()()()()で定まらない。

 

 フラフラと泳いでいる克行の目に勘づいた修道女は、その原因について思考を巡らせた。よくよく少年の視線を追って下を向いたそこには──己が修道服を不遜にも歪ませる、たわわに実った二つの果実が。

 

 ピコン、と勘違いした音が克行の脳内に鳴り響いた気がした。

 

「もし?」

「……あ、はい──へ?」

 

 修道女の呼び掛けにつられて克行が顔を元に戻すと──触れれば壊れてしまうような硝子細工めいて繊細な彼女の指が、頭の左右に添えられていた。

 

「熱心に視線を注がれるので、是非触れられては如何ですか?」

「いや、何の話……ていうか、この手は───もがッ!?」

 

 慈しむように頭を包み込んだ両手の指が後頭部へ伸びていき、彼女に向けて()()()()()()()克行の視界は紺一色に染め上げられた。

 

 修道女は両腕で克行を抱えるような体勢になっていた。

 

 突然のことに混乱して反射的に藻掻(もが)く克行だが、後頭部に添えられた手からは逃げられない。

 頭を押さえ込む力が意外に強いことが、克行の精神を大きく掻き乱す。本当に先の女性が、あの細腕が、こんな膂力を持っているものなのか。

 加えて、何も見えないというのも良くない。人間の持つ五感の中で視覚というのは、実に脳の八割も占有していると言われている。その視覚を失っている今の克行は、手で押さえられている以外の状況が全く把握できないのだ。

 

「……あの、あまり動かれますと、流石の私でも、その……恥ずかしい、と言いますか……」

 

 彼女が何か言っているが何も聞き取れていない克行は、視覚以外を用いて状況把握に努める。

 

 まずは聴覚。彼女の澄み渡るように優雅な美声は自分の上から聞こえてきたので、彼女の顔は自分の頭上にあるという位置関係が分かる。

 

 次に嗅覚。鼻腔(びこう)の奥に刺さるような濃く甘い匂い。だが甘ったるいのではなく、(ほの)かに酸味も感じる。甘酸っぱい野苺のように何だか無性に味を知りたくなる芳香だ。

 

 味覚、は役に立たないので割愛する。

 

 最後に触覚。顔面で感じるのはサラサラでシルクのように心地良い肌触りだが、妙に柔らかい()()に囲まれている。押せば凹み、引けば戻り、握れば手形に。ずっと触れていたい弾力と言えるだろう。

 

 もっと情報が欲しいと手を動かして人差し指で触れたのは、何やらぷっくりと膨らんで若干硬質な()()()───

 

 

 

「……んっ………」

 

 

 修道女が漏らした嬌声(きょうせい)を耳にして、克行は自身の──うっすらと理解していた──現状を自覚した。

 

 もう手段を選んではいられない、彼の意識は一刻も早い脱出のみに専心する。

 押さえ込んでいる手をなりふり構わず振り払う。その際に彼女を突き飛ばしてしまったかもしれないが、(もと)を正せば彼女の行動に原因があるのだと割り切ってもらうしかない。

 

「……おや」

「───ぷはぁッッ」

 

 辛くも危機的状況(ラッキースケベ)から脱した克行は、体勢を整えるのも忘れて修道女に向けて怒号を上げた。

 

「貴女は一体何を考えているんですかッ、突然こんなことしてッ!」

「もしかして、お嫌でしたか? あれだけ悩ましげな眼で見つめておられたのに?」

 

 そう、修道女は自分の豊満な胸部の谷間に克行の顔を埋めさせたのだ。

 彼女は飄々(ひょうひょう)佇立(ちょりつ)しており、突き飛ばしてしまったかもしれないという心配は杞憂に終わったが、その発言により更に克行はヒートアップする。

 

「話をすり替えないでくれっ。嫌とか嫌じゃないとか、そういう問題じゃないだろっ……。慎みってものはないのかッッ!」

「好き嫌いではない……? ……なるほど、そういうものですか」

 

 顎に手を当てて克行の言葉を咀嚼した修道女は、先までの悪びれもしない態度を一変させた。

 

(いささ)浅慮(せんりょ)な行動、誠に申し訳御座いませんでした」

 

「……は?」

 

 あまりに身軽な転身に困惑の色を隠せず、克行は開いた口が塞がらないような間抜け顔を晒す。

 

「何分俗世(ぞくせ)には(うと)いもので……。殿方へのこういった身体的接触(スキンシップ)は、一般的に慎み、または恥じらいに欠ける風情のない行為、ということですね。理解致しました。今後は控えましょう」

 

 急に物分りが良くなった修道女の態度に気勢(きせい)を削がれた克行は、今更になって気恥ずかしさを覚えていた。

 自分の常識だけで怒鳴り散らしてしまったが、トータスではこれくらいは普通なのではないか、ちょっとくらい頭にきたからといって女性相手にそれはないのでは、気持ち良かっただろうが、等々。

 やはり少しばかり浮ついているのかと意気消沈してしまう。後、最後のは断固否定する。

 

「……はぁ、ご理解いただけて何よりです。それと、勘違いさせてしまったことと大きな声を張り上げてしまったことは謝ります。すみませんでした」

「律儀な方なのですね。……勘違い?」

「はい。俺……いや僕は貴女の首の辺りを見ていたんです。決してっ、女性の胸を不躾(ぶしつけ)に見ていた訳ではありません」

 

 謝罪と訂正、特に強調して不名誉な誤解を解いていく克行。

 だが、修道女の次の言葉でまたも驚かされた。

 

「なんと、そうでしたか……好悪は不明、と。では、大きい乳房と小さい乳房、どちらがお好みなのでしょう?」

「女性が“乳房”なんて言葉使わないで下さいっ! それと、大きさなんて関係ありませんので」

 

 本当に俗世に疎いようで、彼女の言葉は逐一心臓に悪いと感じた。そして、それとなく胸の大小は気にしないことも伝えておく。

 

「これは、また私は……。重ね重ね申し訳御座いません」

「いえ、こちらこそまた大声を出してしまって……。あまり直接的な表現は品性に欠けると思われることが多いので……」

左様(さよう)で御座いますか。丁寧なご忠告、痛み入ります。ところで、関係ないとは(おっしゃ)いますが嗜好(しこう)として大きいのと小さいの、どちら──」

「いい加減っ、その話題から離れませんか?」

 

 胸部(ブレスト)について執拗な追求を止めない謎の修道女は、俗世に染まらず浮世離れしたとんだお嬢様(じゃじゃ馬)だったようだ。

 

 

 

 ▼ △ ▼

 

 

 

 出会いから勘違いを繰り返して変な空気になったりもしたが、ようやく腰を落ち着けて会話できるようになった。

 仕切り直すために、まずは互いに自己紹介する流れに。天然の照明が雲に遮られても辛うじて相手の顔を視認できる、そんな距離が自然と出来ていた。

 

 

「ええと、僕は北上克行と言います。もし良ければ、お名前を伺っても?」

「名前、ですか。そうですね……ミリアルデ。えぇ、ミリアルデ、です。私のことは以後ミリアルデとお呼び下さい、北上様」

 

 まるで今考えたような、含みを持たせた素振りで名前を告げた修道女(シスター)──ミリアルデを(いぶか)しむ克行だったが、誰にでも事情はあるかと深入りしないことにした。

 修道女も例に漏れず宗教関係者は、洗礼名という実名とは異なる名前を持っていると聞いたことがある。彼女の名前(ミリアルデ)がどちらなのかは知る術はないが、本人が選んで名乗ったのだ。その意思を尊重するべきだろう。

 

「ミリアルデさん? その、北上“様”っていうの、やめていただけませんか? どうにも背中が痒くって」

「そういう訳には参りません。北上様は“神の使徒”様。ならば、聖教教会の修道女(シスター)として相応の礼を尽くすべきと心得ておりますので」

 

 それよりも、敬称が仰々しいことに抗議の声をあげる克行。自分に不釣り合いな扱いをされるのは、肩肘を張ってしまって疲れるのだ。

 しかし、ミリアルデの筋の通る言に反論出来ず、敬称の撤回には至らなかった事に若干の消化不良を感じながらも、不都合がある訳でもなしと渋々引き下がる。

 

「はぁ、まあ分かりました。えっと、教会の方ですよね? 王都からの移動の時には見掛けませんでしたけど……」

 

 ホルアドまでの道中には勇者一行と騎士団の面々しかおらず、修道女(シスター)の姿は見た覚えがないという疑問が漏れた。

 

「私はホルアド駐在の身でして、此度はご宿泊中の護衛を勤めさせて頂いております」

「そうなんですね。いや、こんな綺麗な方が一緒だったらいろんな奴が騒いでいただろうな、と思って」

「お戯れを。私など所詮は一介の信徒に過ぎません。むしろ行軍に参列できず慚愧(ざんき)に堪えぬ思いです」

「そこまで言ってもらえるような価値は、少なくとも僕にはないですけどね」

 

 天職もないし、と自虐気味に苦笑する克行。

 教会、というよりもこの世界(トータス)の人々にとってもっとも大切なのは“勇者”という存在である。身も蓋もない言い方をするのなら、天之河光輝(勇者)以外は食玩に付いてくるウエハース(おまけ)のようなものだ。表面上はともかくとして、教会の長たる教皇猊下がそのような考えなのだろう事は数回の謁見から読み取れる。

 トータスに来てから──正確にはステータスが判明してからだが──これまで王都で過ごす間、“無能”の烙印(レッテル)を貼られた二人は侮蔑や嘲笑といった負の感情を受けてきた。勿論表立ったものは無かったが、陰ながら囁かれていたのだ。見も知らぬ人間からの評価など気にも止めない克行であっても、教会の人間は大概がそういう人間ばかりなのだろうと考えるようになったのは不可抗力だろう。

 

「いえ、我らが主より使徒様は皆平等に接するようにとのお言葉を賜っておりますので、どなたかを優遇する、あるいは蔑ろにするといった事は誓って致しませんよ」

 

 慈愛を含む微笑と共に告げられたその言葉に、克行は頭を強く殴打されたような衝撃を受けた。

 

 あぁ、何分かった気になっていたんだ。教会にだってこんな人がいるじゃないか。ちくしょう、これじゃ上辺だけで自分達を馬鹿にした奴らと同じじゃないか。

 

 酷く自分を恥じて顔を伏せる。同時に、他と同列に扱ってくれる彼女に感謝を伝えたくなった。けれども、それは自分が馬鹿だったと認めることと同じだと思い、また自分は恥ずかしい阿呆だと感じて言葉を詰まらせる。

 

 会話も儘ならないので、幾ばくか時間を使い心を落ち着ける。頬を撫でる夜風が、心地好い冷たさで熱を奪ってくれる。

 顔は上げないままだ。きっと今の自分は、とてもじゃないが見せられる顔をしていないから。

 

 たっぷり一分近く掛けて息を整えてから、唇を濡らした。

 

「すみません、何だか嬉しくなって……。ありがとうございます」

 

 絞り出した声は、少し震えていた。

 それに気が付いているのか、ミリアルデは揶揄(からか)うように素っ気ない声で応える。

 

「何に対しての感謝か分かりませんし、感謝を頂くような事は申していません」

「素直に受け取ってはくれないんですね」

「受け取らないとは言っておりませんよ」

 

 楽しげなミリアルデに釣られて軽口を返す。

 

 顔を見合わせて視線を通わせる。最初にあったわだかまりは既になく。互いに生まれも、立場も、性別も、境遇も、何もかもが違うであろう初対面の相手に対して、不思議と親近感を覚えていた。

 妙に()()()()()というか、確かに初対面の筈なのに昔から知っているような懐かしい感情を想起させる。

 

 

 だから、彼は淡い期待を抱きその先を求めたのかもしれない。

 

 

「どうして声を掛けてくれたんです?」

 

 克行はこれまで以上に少しばかり踏み込んだ質問に、自分自身が驚いた。

 彼女が神の使徒のホルアド滞在中の守護の任を負っているとは言え、遠目で気を配っていればそれで済む話であり、何よりも警護の件は勇者一行にも()()()()()()()。わざわざ姿を晒して声を掛ける()()()()()()のに、何故その一線を越えたのか。

 問いを投げた本人でさえ求めている答えの象を知らず、ただ感傷のまま零れたそれに対し、ミリアルデはその端正な顔に僅かに影を落としながらもおもむろに口を切った。

 

 

「……初めにお聞きしましたが、このような時分に如何なされたのかと気になったのです。明日はオルクス大迷宮へ赴くと聞き及んでおります。そんな大事を前に、お一人で彷徨うように宿舎から出てきたので、何かあったのではと」

 

 嘘ではない。が、本当の事でもないのだろう。ミリアルデの雰囲気から何となく察する克行は、純粋な親切心だけでは無かったことに無意識のうちに()()()()

 

「何かって、そんな心配してもらうような事はないんです、けど……」

「…………」

 

 言葉尻を濁した克行にミリアルデは無言で続きを促すものの、具体的な言葉が出てこないどころか頬を掻いてばつが悪そうに落ち着きがない。雲の裂け目から降りる柔らかい斜光に照らされた顔は、若干だが朱みがかっていることをミリアルデの碧眼は認めた。

 以上を含めて少年の胸裏を修道女は思案する。

 

(何か隠し事をしている……。いえ、この反応は先程もありましたね……)

 

 眼球運動、筋肉の緊張、重心移動、体表面の温度変化、仕草の癖といったあらゆる情報を視覚()聴覚()嗅覚()触覚()すらも使って統合する高精度の演算(シミュレーション)によって導き出された結果。

 

(──解答。これは“羞恥心”と呼ばれる“感情”と推測されます)

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()を以て即座に看破する。

 

「大したことじゃないんですけどね。友達と、その、少し気まずい感じになってしまって……」

 

 ポツポツと己の胸の裡を語る克行に、ミリアルデはただ静かに佇みながら耳を傾ける。

 

「何て言うか、ちょっと自分に酔ってしまったというか、柄にもなく口が滑ってしまって……。それで、こうして夜風にでも当たって頭を冷やそうと出てきた次第です、はい」

 

 思い出すとやはり恥ずかしいのか、再び顔に熱を感じる克行。最後の方は早口で捲し立てるように駆け抜けてしまった。

 だが、ミリアルデはそんな事など気に止めた様子などなく、むしろより興味深そうに克行を見つめている。

 その姿に、子供の頃に夜寝る前に絵本を半分ほど読み聞かせて、遅いから今日はここまでと告げた時、決まって物語の続きをせがむ幼かった妹の姿と重なって見えてしまい、克行は苦笑した。

 

「……何故そこで笑うのですか」

「いえ別に、ただの思い出し笑いですよ。それより、この話はこれでおしまいです」

「そうですか。それは残念でなりません」

 

 態とらしく拗ねるようにそっぽを向きながらも、恨めしそうな視線を送るのを忘れないミリアルデ。

 そういうところが妙に妹に似ていたので笑いました、とは口が裂けても言えないが、一晩経てば忘れてくれるところも似ているといいな、と克行は思った。

 

 

 

 

 ▼ △ ▼

 

 

 

 

「……先の話なのですが」

 

 ミリアルデは唐突に話し始めたが、どうも歯切れが悪い。言うべきか言わざるべきか、仄かに躊躇いを見せている。

 ここで口を挟むべきではない、と克行は静観する。話すにせよ話さないにせよ、それは彼女の判断に任せる他ない。

 修道女は数秒瞳を閉じて何かを噛み締めるような、短くも深く懊悩(おうのう)した後に、瞼を開く。

 

「先程、使徒様の身を案じてお声掛けしたと申し上げました。それについて嘘偽りはありません。嘘ではありませんが、建前であったのも事実です」

 

 これは本来であれば言わずとも良い事。彼女自身の心に秘めているだけで良かった事だ。

 

 ならば、ここから先は完全な蛇足なのだろう。

 時間の無駄なのだろう。

 

 ──徹底的に無駄を排除する理性が、これ以上の会話は無用と断ずる。

 ──究極的な合理性を目指す機構が、これ以上の浪費は不許可と糾弾する。

 

 

 ──それでも、()は“是”と叫ぼう。

 

 

 抑え切れない情動渦巻く心臓がそれを肯定、あるいは歓迎する。不気味なほど()()()()()()()()()()()は、持ち主の変化に歓喜するかの如く早鐘を乱れ打つ。

 

「あの時、宿舎から出てこられた貴方を一目視た瞬間に、私のココロが()()したかのような感覚になりました」

 

 ほんの一瞬の出来事ではあったが、確かな感覚を覚えている。直ぐ様自己診断したものの自分の肉体に異常は診られない。

 

「私は()()を知りません」

 

 何に共鳴したのか、どういうものなのか、何という名前のものなのか、何一つ解らない。

 次第に妖しげな熱を帯びていく弁舌は既に相手に聞かせようという気配が微塵も感じられず、只管(ひたすら)に自分に言い聞かせる、あるいは自らの意思を宣誓するかのような独白に変わってきていた。

 

「貴方自身の事、貴方が関わる全てに興味があります」

 

 この()()()()()()()()が知識欲や好奇心から来るものなのかも、その正体さえも解らない。解らないことばかり。

 だからこそ、全てを知らねばならないと直感している。秩序も合理も理性も、それこそ何もかもを投げ棄ててでも。

 

「私は知りたいのです。私に足りないものを、私の欠落(キズ)を」

 

 暗に教えて欲しいと懇願する。それを獲得できれば、私は“本来の私”へと成れるという確証のない確信がある。

 

 故に、心に燻る“何か”に与えるべき名を、生まれて初めて真実()()で欲するのだ。

 

 

 

 ▼ △ ▼

 

 

 

 そんな欲求の告白を受けていた克行は、その必死さに終始圧倒されながらも──頭の片隅では冷め切った感情に支配されていた。

 

 その理由は、自分と相手の間に横たわる覆しようのない()()()だ。

 

 宿舎の一室で行われた自らとハジメとのやり取りを思い返し、()()()()()()()を目の前でまざまざと見せ付けられ、苦々しく口の端を歪める。これでは確かに、気持ちが後ずさるのも無理はないと納得した。

 

「何を、言ってるんですか…?」

 

 まず、単純に相手の熱量に()()()()()()()

 どれだけ相手が情熱を注いでいたとしても、自分が()()出来なければ、それは最早“無関係”と呼ぶ他ない。ましてや、それを押し付けられるのは余計なお世話でしかなく、自身も無自覚にやっていたのかもしれないと考えると恐ろしい。

 結局のところ、一人相撲を取っているようにしか感じられず、言葉が上滑りしてしまっている修道女に対し、理解できないという意思表示の言葉が思わず零れた。

 

 何よりも、自分に無いものを他人に求めるというのはあまりに()()なのではないか、という思いが脳内を黒く澱ませる。

 

 

 克行の否定的な言葉に、修道女は秀麗な顔を俯かせ微動だにしない。肌を突き刺す静寂の中で、懐の時計が針を刻む音だけが異様に大きく身体の中で反響する。正確な時の律動と不規則な心音の奏でる不協和音が、三半規管にでも働きかけているのか、身体に変調を来す。

 

 更に頭痛まで伴って全身を襲う二重奏に限界を迎えた克行が、懐中時計を懐から投げ捨てるような勢いで取り出すのと同時、修道女が顔を上げた。

 

「突然のご無礼、失礼致しました。……おや、如何なされましたか? 気分でも優れないご様子ですが」

 

 顔を上げたミリアルデには異様な熱は感じられず、出会った時のようにフラットな表情に戻っている。そこで初めて克行の顔色が悪い事に気が付いたらしく、気遣うような声色のミリアルデ。

 克行は額から鼻筋を流れる冷たい汗を拭いながら、息も絶え絶えに口を回す。

 

「はぁ…大、丈夫、ですから……」

「そう仰るのでしたら。……あら、そちらは」

 

 そこで、克行が乱暴に握りしめている懐中時計(アーティファクト)が目に入り──ミリアルデは喜色満面に早変わりする。

 

「この時計ですか? どうしてか外せなくなってしまって、なし崩し的に王国から借り受けた物ですよ」

 

 克行は何とか息を整えて、当たり障りなく答えた──つもりであったが。

 

「まぁ、“時計”と呼ぶのですか。何故だか不思議と…えぇ、不思議と馴染む名称でございますね、北上様……?」

「っ……何が言いたいんですか?」

 

 またもや変に興奮した様子のミリアルデに、克行は若干身構える。

 誤解されているかもしれないが、克行自身は彼女の考えを否定している訳ではない。ただ、自分にそれを強要されるのは勘弁願いたいというのが本音だ。

 

 しかし、克行の願いが彼女に届く筈もなく。

 

「いえ、言いたい事など何も。ただ、貴方様が私の“運命”だと感じたのは、やはり間違ってはいなかったとの確信を得ただけにございます」

 

 恍惚に満ちた表情だけでなく醸し出す艶美(えんび)な雰囲気に、克行は完全に呑まれてしまい喉がひりつくような錯覚を覚えた。

 

「今宵はあくまでも顔見せ……ここまで言葉を交わすつもりはございませんでしたので、一度失礼させて頂きます」

 

 得体の知れない感覚に動けない克行を置いて、修道女らしく(うやうや)しく一礼をしたミリアルデは、反転して街の闇に溶け込んでいく──その刹那に。

 

 

 

「──再びお会いできる日を心待ちに、指折り数えてお待ちしております」

 

 

 首だけこちらへ向けて嬌笑(きょうしょう)を浮かべる蠱惑的(こわくてき)な修道女は、今度こそその姿を消した。

 

 

 妖しげな光を湛える瞳に見入られた克行は見送ることしか出来ず、長針が三度回るまでその場に縫い止められていた。

 

 

 

 

 ▼ △ ▼

 

 

 

 空に浮かぶ月は雲に隠されており、ただでさえ光が届きにくい路地裏ともなれば、数歩先さえ見えない程に黒く染まっている。

 出入口は表通りからは直接中が見えないようになっている為、特別な仕掛けは一切使われていないものの、住人たちも無意識に避ける誰の目も届かない場所。

 

 誰もいない筈の空間に、似つかわしくない上質な紺色の修道衣を纏う人影があった。

 

 教会の修道女(シスター)、ミリアルデは能面のように表情を凍らせながら、月光も届かない暗がりに怯える事なく進んでいく。その足取りに迷いなどは一切見られず、白銀の長髪を尾のように引きながら闇を切り裂き、肩で風を切って歩く。

 

 二度、三度曲がりながら歩いていき、修道女は突然足を止めたと思えば、何もない場所に向けて仰々(ぎょうぎょう)しく頭を下げた。

 

「──招集に応じ参上致しました。ご用向きをお聞かせ願えますか、()()()()()()()?」

「──遅参にも程度というものがあるでしょう、()()()

 

 虚空から返ってきたのは、天上の美声による叱責(しっせき)だった。心なしか、その声の波形はミリアルデに近しいように聞こえた。

 続けて絵具をぶちまけたような黒色(こくしょく)(そら)に、美声の持ち主の姿が浮かび上がる。

 

 ──頭巾(ウィンプル)から腰辺りまで伸びた白銀の長髪(シルバーグレイ)

 ──紺色の修道衣(トゥニカ)で被われた豊麗(ほうれい)な肢体

 ──見る者を惹き付ける完璧な黄金率

 ──白磁の如くなめらかで艶のある肌

 ──形の良いつり目にスッと通った鼻筋

 ──端麗な顔立ちを台無しにする感情の欠如

 

 尊大な態度で虚空より現れた九番目と呼ばれた女性は、既視感(デジャビュ)を感じさせる造形をしていた。

 

「遅れた事は謝罪致しますが……九番目のお姉様から直接の招集など初めてでございましたので」

「言い訳は結構です、欠陥機。私からの招集であろうと、貴女に拒否権などないと心得なさい」

「……承知致しております」

 

 悪びれもせずに形だけの謝罪をするミリアルデだったが、九番目に聞き入れては貰えず、一方的な物言いにただただ腰を低くしてやり過ごす。

 

 ミリアルデと対面してみれば、まるで血を分けた双子のように瓜二つな九番目の容姿に、鏡の中の自分と会話しているような錯覚さえ覚える。

 

 だからこそだろうか、向かい合っていなければ気が付けない違いが二人にはあった。

 まず頭巾の有無が目に付く。また九番目の修道衣には細やかながら手の込んだ刺繍が施されており、二人の教会内での立場の差を示唆しているようにも思える。同じ銀髪ではあるものの、九番目の輝くような白銀に比べると、ミリアルデの方が僅かに灰色がかって鈍くくすんでいるのが分かる。

 

 そして、一番の違いはやはり顔だろうか。どちらも眉目秀麗と呼ぶに相応しい顔立ちは非常に似通ってはいるが、本来ならば似合うであろう笑顔など浮かべずにどちらも無表情で固まっている。

 

 では、同じ無表情で何が違うのかと言えば、端的に言って()()()()()()だろう。

 

 ミリアルデは感情が死んで凍った鉄面皮であるのに対して、九番目は感情が抜け落ちた絶対零度の人形のような印象を受ける。

 

 最初にあった人間性(いろ)が失くなったミリアルデ(欠陥機)と、

 最初から人間性(いろ)の付いていない九番目(人形)

 

 致命的なまでに噛み合っていない二人をよく表しているのは、少しばかり皮肉が過ぎるだろうか。

 

「まぁ良いでしょう。本題に入ります」

 

 納得いってない様子ではあるが、呼び出しに遅れたことは重要ではないと切り替えて、呼び出した理由を語り始める。

 

「何故使徒様と接触したのですか?」

 

 主がお前の様な欠陥機に直々の命を下す筈がない、と盲目的に信仰し切った言葉を匂わせながら、ミリアルデを詰問する。

 

「私の独断でございます」

 

 顔色一つ変えずに即答するミリアルデに、何故だか分からないが言葉に力が入ってしまう。

 

「そのような下らない理由が(まか)り通るとでも思っているのですか?」

 

 全ては主の為に、それが“我々”の存在理由であり行動原理でなければならないという当たり前すらも忘れたのか。主の命令でもなく、主に利をもたらす事でもないのであれば無意味と捨て置くべきだ。

 

「そもそもの話、欠陥機である貴女の独断は許されていません」

 

 無意味な事に貴重な時間(リソース)を割いて無意味な行動をしたミリアルデに対し、“彼女ら”にとっては極めて常識的な観点から、そして無意識のうちに抱く()()()()()()から非難していく。

 表には一切出ない程に薄くはあるがそこには確かに感情があり、徐々に白熱(はくねつ)するそれを彼女は認識できずに頭蓋(ずがい)が熱に(おか)されていく。

 

 

「──ふふっ」

 

 

 明らかにこれまでと異なる声音(こわね)が、上がっていく熱情に水を差した。

 

「っ、何を(わら)っているのですか!?」

 

 冷や水を掛けられたように一気に引いていく熱に戸惑いながら、佇立(ちょりつ)する欠陥機を睨み付ける九番目。だが、ミリアルデはその視線を涼しげに受け流しながら、()()()()()()を顔に張り付けている。

 

「いえいえ、何とも()()()()()と思いまして、つい笑いを殺し損ねました」

 

 申し訳ございません、と謝ってはいるが、張り付いて消えない気色悪い笑みに酷い不快感を覚えた九番目の語気は更に強まっていく。

 

「黙りなさいっ! そのような戯れ言で煙に撒こうとしても無駄です」

 

 これ以上口を開かせるのは得策ではない。足元から這いずり上がってくる嫌な感覚を振り払って、会話を終わらせようと舌を回す。

 その思惑を知ってか知らずか、一瞬ミリアルデの表情が消えて───

 

 

「──私たちの全てを決定なさるのは、我らが“主”をおいて他になく。断じて貴女ではありません。弁えなさい、“九番目”」

 

 

「────」

 

 

 ───静かな憤慨(ふんがい)と共に放たれた音が、九番目の思考を空白に染めた。

 

 絶対的な圧を持って発せられた言葉に、九番目は主からお言葉を賜る時と酷似した感情を思い起こさせ──そこで彼女は、たった今(よぎ)った()()()を切り捨てる。

 

「……確かに出過ぎた言動であった事は認めます。だからと言って、貴女の事を見逃す理由にはなりません」

 

 即座に一から再思考し直し、自らの非を潔く認める。が、それとこれとは話が別であり、追及は継続する必要があると告げる。それはミリアルデも分かっているのか、険しかった表情は影もなく能面に戻っている。

 

「承知しております。先程は無礼な物言い、大変失礼致しました。何なりと処罰を申し付け下さい」

不遜な発言(それ)は私にも非がありますので、この場では不問とします」

「寛大な判断、ありがとうございます」

 

 形式上ではあるが、お互いの確執はなくなる。片方は凍り付いた、もう片方は強張った無表情で納得出来ているようには到底見えないが。

 

「今回の独断につきましては、私から主に直接お伝えしたいと考えておりますが……」

「……いえ、不要です。主は我々の全てを見ておられる。貴女の行動にも何かしらの意味を見出だしたからこそ、主は静観なされたのでしょう」

「委細承知致しました」

「これにて終了です。戻りなさい、欠陥機」

「はい、それでは失礼致します。九番目のお姉様」

 

 予定調和に似たやり取りを終えたミリアルデは、来た道を引き返して闇に消えていった。

 

 終わってみれば、全てを把握している主が自分の不利益を放置する筈がない、という初めから分かり切った結論に落ち着いた。主に絶対の信用を抱く“彼女ら”にとって、主を疑うことなど有り得ないのだから当然だろう。

 

 詰まるところ、この招集は徹頭徹尾()()()()()()()()()()で片付いてしまう。それに気付いていないのは九番目だけであったとなると、どこか滑稽に聞こえるのも頷ける。

 

「…………欠陥機の分際で」

 

 ミリアルデは消えた暗がりに鋭い視線を向けていた九番目は、そんな捨て台詞を吐いて、瞬きの間に姿を眩ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今夜、この路地裏で起きた出来事は誰も知らない。

 

 ───天を隠す雲に切れ目はなく、一晩中街を見下ろしていた月でさえも。




次回予告?補足?
あぁ、良い奴だったよ


今更だけど前書き後書きにごちゃごちゃ書くの好きじゃなかった。


でも、最後の挨拶は忘れずに。
稚拙な作品ではありますが、今後もお楽しみ頂ければ幸いです。
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