Common Unemployed and Zero Infinity -Flawless Paradox-   作:半裸ーメン

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最後の連続投稿です。
あまりにも長くなったので三分割しましたが、そのせいで読み辛い部分があるかもしれません。
ご容赦ください。


狂者の片鱗

望まぬものを想起せよ、空断つ祈りを此処に――〝断空(だんくう)

 

 

 

 

 ()()()()()()を終えると同時に、風球が克行を襲った。

 

 が、その一歩手前で風球は()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なんっ……!?」

 

 予想だにしなかった事態に、檜山は驚いて息を詰まらせる。風球に引き裂かれながら吹き飛ぶ克行の姿を想像していたのに、現実には叶わなかった。

 風球が消えた理由を考えるが、魔力は十全に満ちていて尽きる筈もなく、檜山自身が中途半端に魔法を消した訳でもない。一体何が、と克行へ目を向けた時に、ほんの少しだけだが、()()()姿()()()()()()ような錯覚を覚えた。

 

 いや、錯覚ではない。

 

 事実、克行の身体の輪郭は僅かに()()()()()。克行と檜山の間に、一枚の硝子を挟んで向かい合っているかのように。

 

 ハッとして、ようやく理解した。

 

「……何だ、その薄っペラい()()は!?」

 

 克行の前に、()()()()()()()()()()()が存在する事に。

 

 

「気付いてなかったの、か……?」

 

 そのヴェールの存在に気が付いていたのは、克行を除けばハジメだけであった。

 

 縦二メートル、横一メートルの長方形で、人間一人を何とか覆う程度の大きさしかない。というよりも、()()()()()()()()()()()()()()()()ように感じられる。

 一目見て、何よりも()()とハジメは感じた。淡い光を纏っているヴェールからは、堅さや重厚さといったものは感じられず、逆に脆さや儚さといった印象を受ける。実際に目の当たりにした今でも、()()()()()()()()()()()()()()と思える程に薄いのだ。

 

 ハジメがそのヴェールに気が付けたのは、(ひとえ)に横から見ていたというだけの事でしかない。正面から見れば、ショーウインドウ越しに見ているような些細な違和感しか感じられないだろう。

 

 

 術者である克行だけは、このヴェールが何なのか、何故これ程までに薄いのかを理解していた。〝断空〟に、物理・魔法的な防御力は皆無と言っていい。この魔法の本質は別にある。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それが、このヴェール―――〝境界魔法〟の基本にして真髄。

 

 先程は〝魔法〟だけを弾く〝境界〟を作り出した。檜山の放った風球は〝魔法〟を拒む〝境界〟に触れた結果、その〝境界〟を越えられずに霧散したのだ。

 

 術者(克行)が選定した事象(魔法)以外には何ら影響を与える事はなく、また()()()()()()()()()()。つまり、術者が許可したもののみを受け入れ、それ以外を通さぬ、()()()()()()()()()()という事だ。

 

 克行にのみ許された全く新しい魔法は、既存の魔法とは一線を画すものだった。

 

 この魔法の最も頭のおかしい点は、克行が()()()()()()()()()()()()()()を、ステータスプレートが汲み取って生まれたという事である。

 ステータスプレートとは、()()()()()()()()()を読み取り、世界に出力できる(カタチ)を与えるもの。それは既存形態に収まらないものであっても、新たな(カタチ)を創形するに至った。

 

 それ故に、正確に言えば〝境界魔法〟は最早魔法ではなく、既存の枠組みから逸脱した突然変異(上位位階)であると言える。

 

 

 

 

「……こんなものか」

 

 自らの深層心理(うち)より現出した未知の能力を、()()()()()()()使()()()()()()()()()()()克行は、酷く虚しいような感覚に陥りながら小さく溢した。

 既に境界は何もない空中に解けるようにして消え去っている。

 

「えっ?」

 

「……何だと?」

 

 何の事だか分からないと不思議がるハジメとは対照的に、自分に言われたと勘違いした檜山の顔は怒りで歪んでいく。

 

 ()()()()()()事もあり檜山らに興味が尽きたのか、檜山から向けられる悪感情(マイナス)を、克行はまるで意に介さない。

 相手にされていない事で檜山の怒りは更に燃え上がり、再び克行に向けて魔法を放とうとする。

 

「やめた方がいい」

 

 しかし、檜山へ制止を促したのは克行だった。

 

「無駄だ、これ以上は()()()()()()()()()

「っ! なら、試してや……」

 

 無能(克行)に見下されている、と認識した瞬間に頭が沸騰したように熱を持ち、後先を考えずに檜山は克行へ手を伸ばす。

 何故かは知らないが魔法は届かない、ならば素手で殴ってやれば良いという短絡的思考。確かにステータスでは檜山の方が上なので、近接戦に持ち込めば勝機はあるだろう。

 

 

 

「何やってるの!?」

 

 そこへ、唐突に少女の大きな叫び声が響き渡り、その場の全員が動きを止めた。

 

 その声で檜山以外の三人は罰の悪そうな顔になるが、檜山だけは真っ直ぐに克行を見ている。しかし、克行はやはり檜山を見てはおらず、二人の視線は交わらない。悔しげに檜山は克行から目をそらす。

 

 怒りの形相でやって来たのは香織だった。その後ろから雫、光輝、龍太郎の三人も足早に駆けてくる。三人は現場を見て状況を察し、檜山ら四人に非難の目を向ける。

 

「か、勘違いしないで欲しいんだけどさ、俺たちはコイツらの特訓に付き合ってやってただけで……」

「南雲くんっ!」

 

 慌てた近藤が弁明しようとするも、香織は彼らに目もくれずに一目散にハジメに駆け寄る。ゴホッゴホッと咳き込みながらも、ハジメは克行を指差して香織に告げる。

 

「ぼ、僕よりも克行くんが……右手が焼け焦げていて重症なんだ!」

 

 鬼気迫る勢いのハジメに若干気圧された事で冷静さを取り戻した香織は、右腕が木炭のようになっているのに何食わぬ顔で立っている克行に気が付いた。本当にハジメの事しか頭になかったらしい。

 

「う、うん! 北上くん、すぐに治すね!」

「……あ、うん。ありがとう」

 

 自分の二つしかない腕が一本焼け爛れているにも関わらず、克行は()()()()()()()()()()()()()()()()()()生返事をした。しかし、人の腕が焼かれた事など見たことが無い光輝たちから見れば、目を覆いたくなる惨状であり、更に剣呑な雰囲気になった。

 

「……特訓、ね。随分と、一方的じゃない?」

 

 雫の目には侮蔑の感情が籠められており、かなり頭に来ているようだ。

 

「違うっ! それは北上が自分で勝手にやったんだ!」

「そ、そうだ! 余計なことしなけりゃ、南雲がちょっと焦げるだけで……」

 

 近藤と斉藤は尚も言い訳を重ねていくが、その姿が雫には余りにみっともなく映った。

 

「ちょっと焦げるだけ、ですって? ……呆れた、どちらにしろ魔法で攻撃したって事じゃない」

「……っ!」

 

 雫の言葉を聞いて、中野が肩を大きく震わせた。彼の中では未だ罪悪感が燻っているのだろうか。

 

「……言い訳はもう良い。いくら戦闘に向いていないからと言って、同じクラスの仲間だろう? もう二度と、こんなことはするべきじゃない」

「けっ……。んな下らねぇ事する暇があんなら、自分を鍛えろっての」

 

 光輝と龍太郎も苦言を呈するが、そこには香織と雫ほどの熱意は感じられない。光輝は(はな)から彼ら四人にそこまでの悪気があるとは()()()()()おり、龍太郎は本気で下らないことだと考えているからだ。

 

 檜山は無言でその場を立ち去ろうと踵を返し、残りの三人もそそくさと檜山の後に続いていく。と、檜山が一度立ち止まって克行とハジメを、次いで光輝を見て、ボソッと呟きを漏らす。

 

「……お前には分かんねぇだろうな」

「……え?」

 

 そのまま振り返る事なく四人は立ち去り、光輝は去り際の檜山の言葉が上手く聞き取れなかったのか、不思議そうな顔をした。

 

「どう、香織?」

「何とかなりそうだよ、雫ちゃん!」

 

 雫が心配そうに尋ねると、香織は笑顔を見せた。克行の右腕は見た目通り重度の火傷ではあるが、完治出来るようだ。その要因としては、一応は加減されていたらしく魔法の威力が抑えられていた事に加え、克行の耐性系ステータスが高かったことも挙げられるだろう。当然、天職〝治癒師〟としての香織の魔法があればこそだ。

 

「ふぅ……。良かったわね、北上くん」

「うん。本当にありがとう、白崎さん、八重樫さん」

 

 克行と雫は、高校二年生になって数週間の後に初めて顔を会わせた時からの付き合いだ。克行の妹の紗弥華(さやか)から、剣道部に入部したんだ~兄さんと同じクラスの八重樫先輩にお世話になってて~、と聞いて、礼も兼ねて一度挨拶しておくかと父親みたいな理由から、二人の交流は始まった。最初こそ、妹がお世話になっております、いえいえこちらこそ、的な感じで堅苦しい関係だったが、光輝の面倒やら〝義妹(ソウルシスターズ)〟やらで溜まった雫の心労を紗弥華から相談された克行が、話を聞くだけ聞く事にしたのがきっかけで、それ以来定期的に雫の愚痴に付き合わされるようになり、実に週に一度の頻度で聞かされていた。また、手ぶらじゃ悪いかと思って持っていった克行手製のお菓子を雫は大層気に入り、毎回作らされる羽目になった。トータスに来てから一度もそんな機会がなかったが、学校生活以上にストレスを感じていそうなので、そろそろ愚痴を聞かされそうである。

 しかし、克行は決して嫌がっている訳ではなく、雫も本気で嫌がる人間に愚痴を聞かせたりはしない。克行は本当に話を聞いているだけなのに、聞き上手なのか愚痴が止まらなくなってしまうのだ。それに彼は()()()()()()()()()()()()という奇妙な信頼があり、ついつい話してしまうという不思議な魅力があると雫は思っている。克行自身も、紗弥華の頼みを無下には出来ないし、これで紗弥華と雫の関係が上手くいくのであれば良いかな、とも思っている。

 そんな克行が無事だと分かり、言葉や態度では見せないものの、内心ではかなり動揺していたのか安堵の溜め息までついていた。

 

 克行としては、正直ハジメを優先して構わなかったのだが、右腕を切り落とさずに済むのであれば、()()()()()()()()()()

 

「克行くん……僕なんかを庇って……」

 

 どうしてあんなことをしたのか、と目で訴えてくるハジメに、克行は()()()()の答えを返す。

 

「友人を失う事に比べれば、腕の一本くらい安いものさ」

 

 その言葉に、ハジメは友人だと言ってくれた克行に感動し、香織はハジメにもこんな友人がいてくれた事に感謝し、雫はやはり彼は優しい人だと再確認していた。

 

「……うん、もう大丈夫かな。じゃあ、次は南雲くんだね」

 

 時間にして数分だろうか、ようやく治療が終わった。試しに右手を開閉してみると、ぎこちなさは残っているが問題なく動き、火傷痕もほとんど見られない。天職〝治癒師〟の面目躍如と言ったところか。

 

 しかし、ハジメに向き直る香織の額には玉のような汗を掻き、少し顔色も悪いように見える。流石の香織でも、克行の重症を治すのに多量の魔力を使ってしまい、相当の疲労があるようだ。それでも、弱音一つ吐かずに懸命に治療する姿は、正しく〝聖女〟と呼ぶに相応しい。

 

 幸いハジメは打撲や擦り傷などの浅い傷ばかりで、克行と比べれば遥かに軽傷であったため、あっという間に傷が塞がっていく。

 

「……ありがとう、白崎さん。克行くんの事も、助かったよ」

 

 (うつむ)きがちに香織へ礼を述べるハジメだが、その顔は悔恨に濡れている。さっきは助かった事を純粋に歓喜したが、今は克行に助けられた事、香織たちが来てくれた事、そして、最後まで他人任せで()()()()()()()自分自身の不甲斐なさ。そんな正と負の感情がない交ぜになったような、とても複雑な気持ちだった。

 そんな彼の心境を察することは難しい。香織は、ハジメは虐められている事が辛いのだと勘違いして、自分の事のように悲しむ。雫も同年代の中では心の機微に(さと)い部類ではあるが、今のハジメの心中を察することは出来ない。

 ハジメの心情(男の意地)は、香織と雫()にとって理解の外なのだから。ハジメだって、同級生の女の子に助けられてばかりの自分が、〝格好悪い〟と思っているのだ。

 

「……いつも、いつもあんな事されてたの? だったら私――」

「いや、そんな事ないよ! 本当に、普段はああじゃないから……。平気だから」

 

 ――許せない、と続く言葉を言わせまいと強く否定したハジメだったが、徐々に語気が弱くなって最終的に一人言のようなか細さになってしまっていた。

 

(ちくしょうっ! もう構わないでって、ちゃんと断ろうって決めてた筈なのに……!)

 

 伝えたかった言葉は喉の奥に詰まってしまい、代わりにその場凌ぎの逃げ口上が咄嗟に出てきてしまった事が、余計に惨めに感じた。

 

 香織は何か言いたげではあったが、先程より深刻な様子のハジメに渋々引き下がる。

 

「……南雲くん、私も香織も遠慮なく言ってもらった方が納得するのだけど」

 

 香織の不本意な顔を見て苦笑いしながら、雫までもがハジメを気遣う言葉を掛けてくる。それにも感謝を伝えるハジメだが、心の中には様々な感情が渦巻いていた。

 

 二人から気を使われるのが、何よりもハジメの感情を揺さぶっていた。

 

(……あぁ。惨めだなぁ、僕って……)

 

 高校生にもなって公衆の面前で大声で泣き喚きたくなるとは、想像もしていなかったとハジメは努めて冷静であろうとする。

 

 そんなハジメの様子を横目で見ながら、克行は静観している。これはハジメだけの問題であり、自分が口を挟むことではない。しかし、そこへ無遠慮に踏み入る無粋な人間(勇者様)がいた。

 

「だが、南雲自身も努力すべきだ。弱さを言い訳にしていては強くなれないだろう? 聞けば、訓練以外では図書館で読書に耽っているそうじゃないか。俺なら空いている時間も訓練にあてて、少しでも強くなるために努力するよ。しかも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そんな不真面目さを、檜山たちは……」

 

「――――ちょっと待て」

 

 光輝の性善説に基づいた悪意の無い発言の中で()()()()()()()()()()があり、光輝を遮ったのは克行だった。

 

「……えっ? ど、どうした北上……」

 

 温厚な性格だと思っていた克行が、普段とは違う雰囲気になっており、その変わりように一同は戸惑う。

 

 彼らの困惑など知らんと言わんばかりに、克行は珍しく声を荒げて光輝に捲し立てた。

 

「……天之河くん。君は今、()()()()()()()()()()()()()()()って言ったな?」

「あ、あぁ。実際……」

「つまり、こういうことだ―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()と、そう言いたいんだな……?」

「……実際そうだろう? 何が言いたいのかよく分からないが……」

 

 何度も言葉を遮られて、段々と光輝も口調が強くなっていく。

 

 

()()()()()()()()()()()()()

「なっ……!」

 

 克行がピシャリと言い切った。そのあまりの物言いに光輝たちは唖然とする。

 

 克行は誰かに決め付けられることを酷く嫌う。それは〝自分の価値観を他人に押し付ける〟行為であり、他者の尊厳を踏みにじる〝悪〟だと考えているからだ。光輝は人の善性を()()()()()()()せいで、()()()()()()()()()()()()()

 

「何だ! その言い方は! 俺はお前たちのことを思ってっ!」

 

 当然光輝は反発するが、克行はまるで相手にしていない。

 

「少しは()()()()()ことを覚えろ」

「……っ!」

 

 まして光輝のそれは、自分の信じる正義を疑うことが無いため、なおのこと始末が悪いと克行は思っている。

 視野が狭く、自分を疑わず、だからこそ現実を見ずに己の理想を押し付けているのだ。

 

「それが出来ないのなら、もう俺に関わるな」

 

 それだけ言うと、克行は立ち去ろうとする。

 

「おいっ、待て!」

 

 突然罵詈雑言を浴びせられて納得のいかない光輝が呼び止めるも、克行は無視して去ってしまった。

 

 そんな空気に耐えきれず、ハジメも克行の後を追うように小走りで行ってしまう。

 

「一体何だったんだ、あいつは……!」

「気にすんなよ、光輝」

「……龍太郎」

「どうせ、ただの負け惜しみだろ?」

「……ああ、そうだな」

 

 龍太郎に励まされて、落ち着いた光輝。

 

 光輝の中では、「きっと北上は、格好悪いところを自分たちに見られた恥ずかしさから、適当なことを言って誤魔化そうとしたのだろう」、と()()()()解釈されていた。

 

 

 

 

 

「待って、北上くん!」

 

 その頃、克行とハジメは追い掛けてきた雫に呼び止められていた。

 既に克行の纏う雰囲気は常と同じに戻っている。半身になって平常な顔だけをこちらへ向けている克行と、逃げるように去ってしまったことを気にしてばつが悪そうな表情のハジメが、何だか()()()だな、と雫は笑いそうになった。

 

「さっきの光輝のこと……。悪気はないのだけれど、ごめんなさいね」

 

 雫が声を掛けてきたのは、先の光輝の無神経な発言に対しての謝罪だった。

 

 女性としては長身の雫は周囲の感情に敏感で、香織、光輝、龍太郎の幼馴染み四人の中では一番の常識人でもあるため、何かと世話を焼いてきた。生来の面倒見の良さもあってか、香織の恋路を応援したり、光輝と龍太郎のフォローをしたりと頼りがいのある姿から、本人は否定しているが、クラスメイトに「オカン」と言われたり、後輩(義妹)からは「お義姉様」などと呼ばれている。

 今回もその一貫だと、光輝のフォローなどいつものことだと思いながら、小言くらいは言われると考えながら謝罪をしていた。

 

「悪気のない〝悪意〟というのが一番面倒だな……。それよりも、一つ聞いてもいいか?」

「えぇ、何かしら?」

 

 嫌みのつもりはないのだが、天然(ナチュラル)で刺さることを言いながら、質問の許可を求める克行。

 

 

 

「それは()()()()()()()()()()なのか?」

「――――――――――――――――――」

 

 ―――まるで、これまでのことを全て否定してくるような言葉に、雫は頭をガツンと殴られたような気分になった。

 

「――――っでも、()()()()だし……」

「代わりに謝る()()()()()()()()

「………………でも」

 

 今まで自分が〝良かれと思って〟やってきたことを、無為だと思いたくない一心で反論するが、克行はそれさえも一蹴した。

 

 それは雫自身が、〝光輝に付き合って私が振り回される必要はあるのか〟と、無意識のうちに抱いていた疑問でもあった。それを指摘されてしまい、雫は茫然自失した。

 

 これ以上の反論がはないと感じた克行は、正面から雫と向き合い直す。

 

「忠告させてもらうが、このままなら余計な苦労は背負い込まない方がいい。それと、()()()()()と思うよ」

「…………えっ?」

 

 それ以上語ることはないのか、克行は背を向けて歩いていく。ハジメもそれについていってしまう。

 

「ちょっと待って、どういう意味よ!」

 

 我に帰った雫が忠告の意味を問うが、返ってくる言葉はなかった。

 

「雫ちゃん!」

「雫!」

「おーい、雫ー!」

 

 香織たちが合流してきたため、克行の真意について問いただすことは出来なくなった。

 

「大丈夫か、雫! 北上に何か言われたのか!?」

 

 やたらと光輝が詰め寄ってくる。どうやら克行との会話の内容が気になっているらしいが、光輝のことなので、何か酷いことを言われたのかとか変な勘違いをしているに違いないと思い、雫は息を吐いた。

 

「別に、何でもないわよ! 大袈裟ね~」

 

 雫は空を見上げて、克行が告げた言葉を思い返した。

 

()()()()()、か。それが分からない……いいえ、()()()()()()うちは余計なことはするなってことよね、多分……)

 

 今考えれば、克行は雫の過去の行いを否定していたのではない、と思える。確かにカチンとは来たが、驚くことについさっきよりも頭がスッキリとして、気分は実に晴れ晴れとしていた。

 

「本当に大丈夫なのか?」

「しつこいわね……。大丈夫よ」

「そうだぜ、光輝。本人がこう言ってんだしよ」

「……雫がそう言うなら」

 

 雫本人が平気な顔をしているのだが、光輝は納得がいっていないようで、龍太郎が慰めていた。その間、香織は何かが気にかかるのか、じっと雫の顔を見つめている。

 

「雫ちゃん、何か顔色が良くなったね。憑き物が落ちたみたい!」

「っ! ……そうかもね」

 

 香織に心の変化を言い当てられて、ハジメのことになると周りが見えなくなって暴走するので忘れがちだが、香織はこういう時は鋭い子だったと思い出して、雫は少し心臓が跳ねた。

 

 やっぱり北上の奴、雫に何か!と光輝が騒ぎ始め、何でそうなるのよ、と雫は呆れながら光輝を宥めようとする。香織はあはは、と苦笑し、龍太郎はがはは!と豪快に笑うだけ。何だかいつもの光景が戻ってきたような気がして、雫は不思議と懐かしく感じて小さく笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もうじき訓練の時間になる。

 

 暫く姿が見えない団長のメルドを探していた騎士――アランは、目ぼしい所を捜索したが見つけられなかったので、訓練になればメルドも現れるだろうと思い、早足で訓練場へ急いでいた。

 

「全く、団長は何処で油を売ってんだか……!」

 

 どれだけ探しても見つからないメルドに業を煮やし、ついつい恨み言が口をついて出てきてしまう。一人でこの広い王城内を探し回らされて、疲れを残した状態で生徒たちの訓練を見なければならなくなったのだ、メルドへの不満が出てしまうのも無理はないだろう。

 

 重い足取りでようやく訓練場まであと少しの所まで来た。あの角を曲がって一直線……

 

「………………」

「うおおっ!?」

 

 ……曲がったところに立っていた人影にぶつかり、アランは無様にも尻餅をついてしまった。誰だ、こんなところで突っ立っているのは……と見上げれば、そこには()()()()()()()()()()()

 

「だっ団長!?」

「…………何だ、アランか」

 

 たった今アランの存在に気付いたようで、ぶつかられたことなど気付いてすらいない。

 

「ずっと探していたんですよ? こんなところで何をしていたんですか?」

「……いや、何でもないんだ」

「? そうですか。もうすぐ使徒様の訓練が始まりますよ」

 

 先に行ってます、と言い残してアランは去っていったが、メルドはその場を動こうとしない。

 

「……()()は、一体なんだ?」

 

 誰もいない空間に、一人問い掛ける。メルドは青ざめていて、冷や汗で顔中が濡れている。そして、その目は()()()()()()()()()()()ように、驚きで見開かれていた。

 

 

 実は、今日こそ檜山たちの馬鹿げた行動をやめさせようと、現場を押さえて厳重注意するつもりだったメルドは、一足先に訓練場で張り込んでいた。流石は騎士団長だけあって、その気配の消し方はアランにぶつかるまで誰にも気付かれないものだった。

 

 そうして待っていたメルドは、ついに現場に居合わせることに成功し、そのまま取り押さえようとした。そう、取り押さえようとしただけ。実際に取り押さえるには至らなかったのだ。

 

 何故ならば……

 

「北上克行、()()は何なのだ……! 〝魔力操作〟を()()()()()()()()()()使()()()()()()……!」

 

 克行が〝魔力操作〟を使用した場面を見てしまったのだから。

 

 魔物が持つ技能であり、禁忌とされている〝魔力操作〟。生徒たちにも当然伝えている筈だ。

 だが、克行は()()()()()()()()()()()〝魔力操作〟を使い、挙げ句の果てに〝境界魔法〟まで使っていたことに、メルドは戦慄を覚えていた。

 

 更にはその前、ハジメを助けた場面を思い返す。

 中野が放った火球からハジメを助けたこと、それ自体は勇気ある行動として誉められるべきだろう。

 

 しかし、そのために自らの腕を犠牲にすることを()()()()()()()()()()()()()()ことが出来る者が、果たしてどれだけいるだろうか。

 誰かのために腕を犠牲にする覚悟が出来る者は多くいるだろう。メルド自身も仲間を守るためならば、腕や足の一つや二つを失うことは惜しくない。だが、メルドは「王国騎士団の長」という立場だからこそ、いつでもそんな覚悟をしているのだ。他の騎士たちも、同じ覚悟を持っているだろう。

 

 そんな決死とも言える覚悟が必要な選択を、戦争を知らないただの子供が()()()()()()()()()()()()()()()()ことこそが、メルドを戦慄させた。

 

 どんな人間であろうと絶対に躊躇する筈の選択を、一瞬の迷いもなく選べる強さ。そして、それを実行できる達観した精神を、()()()()()()()()()()()()()()()という異質さに、端的に言ってメルドは恐怖さえ覚えている。

 

 

「……どんな経験をすれば、あの歳であれだけの熟練した精神になっちまうんだろうな……」

 

 

 メルドは、あの平凡な少年の過去に何があったのかが気になりながらも、()()()()()()()()に暫く動くことが出来なかった。




【ほんへの補足】
※興味のない方は読み飛ばし推奨


◆境界魔法〝断空〟
〝術者が指定したものだけを拒絶する〟という法則(ルール)で世界を区切る(境界を引く)魔法。敷かれた境界は〝法則〟であるため、指定したものは決して境界を跨ぐことは出来ない。指定できるのは物質にとどまらず、概念などの非物質も指定できるが、境界の展開範囲は非常に狭いく、消費魔力も多いという欠点がある。
ほんへでの説明通り、従来の魔法とは全く異なる新しい概念と言える。
実は事前の設定とは詠唱と魔法名が変わってしまった。理由は筆者にも分からない。

◆克行と雫の関係
妹である紗弥華を通じて知り合った。普段は雫が愚痴を言って克行が聞くだけ、克行の手作りのお菓子をつまみながら放課後に茶会みたいなことをしている。

◆「友人を失う事に比べれば、腕の一本くらい安いものさ」
そう考えるのはおかしくはない、が、それを即断即決出来るところが、頭のおかしいところ。

◆男の意地
女に守られることを嫌がる。男は実に身勝手な生き物で、その感情は女には分からないだろう。どうしてこうなった……。

◆勇者の失言
何でそうなるのか、彼の思考は分からない。

◆他人の決め付けにキレた克行
誰かに流されて付き合っていると思われたのが、最高にお気に召さなかった模様。
善意に基づく光輝の解釈は苦手だが、悪気はないので扱いに困るため、あまり関わらないでほしいと思っている。

◆雫への忠告
光輝のことで苦労する雫が、以前から理解できない克行からの忠告。

◆騎士アラン
原作ではちょっとだけ登場。お名前をお借りした。

◆恐怖で動けないメルド
最初からスタンバってました。
でも克行の異常な精神構造の片鱗を見て、ブルッちまって動けない。





ようやく皆様にお届けできて、一安心でございます。
まさか三分割する羽目になるとは思いもしませんでした。
今回は、主人公が自分だけの魔法を手に入れるのと、精神性の異質さが一部に披露された回となりました。

次回もまた暫くお時間を頂くことになると思います。
次回予定としては、ハジメと克行の対談になるかと思います。原作で言うところの「月下の語らい」にあたる部分です。

……まだ原作五話までしか話が進んでないんですね……。
これからも精進して参ります。

稚拙な作品ですが、これからもお楽しみいただければ幸いです。
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