数年後、僕は高校を出てから直ぐ様海軍兵学校へと入り、今では提督候補生というやつになっていた。
書いて字の如く、提督の卵として僕はとある鎮守府に着任していた。
とある鎮守府───いや、ぼかすのはやめよう。
僕は、かつて姉───戦艦:大和がいた鎮守府にて勤務していた。
断っておくが、決して僕自らここを志願したわけではない。
僕の上司──つまり、この鎮守府の提督が、わざわざ僕を指名したのだ。
提督からの指名なんて、そう有るものではないし、ましてやこの鎮守府は世界という括りで見ても大層有名な所でもあった。
そんなところの提督が何故僕を、とも思ったが、上記の通り姉が此処に居たということで僕は全てを悟った。
つまり、ここの提督はあの日姉を連れて行った白い軍服の女性だったというわけである。
因みに僕と提督の関係は、あの日から一般のものより親密なものとなっていた。
といっても、惚れた腫れたといったようなそんな甘酸っぱさの感じられるようなものではない。
語弊を気にせず断言してしまうが、そこにあるのは強い自責と罪滅ぼしの感情だった。
聞けば提督は数年前のあの日まで一度も艦娘を沈めたことのない提督───"不沈の提督"とそれはもう、世界にその名を轟かすほど有名だったらしい。
当然、それほどの手腕なのだからあの日からだって一度たりとも誰かを沈めたことは無い。
つまりこの鎮守府では、我が姉が今の所轟沈した唯一の人というわけだ。
酷いショックだったのだろう、己の選択で命を奪ってしまったと、まだ成人すらしてない子供から最も近い親類を奪ってしまったと、後悔したのだろう。
故に提督はあの日から随分と僕を気にかけるようになったのだ。
まるで赦して欲しいと、罰を求めるように。
正直に言えばこれは気持ちが悪いの一言だったが、同時にちょうど良いとも思った。
僕だって姉が沈んだと聞いて何も感じなかったという訳ではない、多少の喪失感のようなものは確かに覚えた。
が、それでもその程度だった。
多分、僕は現実を受け止めきれていない。
物心がついた時から既にそばに居た姉が死んでしまったということに僕はあまり現実味を抱かなかったのである。
ここ数年は一緒に居なかったことも加味されているのもあるだろう。
何はともあれ、自分でそう分析出来るくらい、僕は意外とショックを受けなかった。
そんな中悔し涙を滲ませながら偉い人が謝ってくるのだ、僕はこれを好都合と捉えた。
責める気はまるで無かった、多分姉は誰かを、何かを守るために死んだのであろうことは聞かなくても分かっていたから。
姉はそういう人間であることは、随分と昔から知っていたことだったから。
だから僕は、提督を目指すことにして、彼女に提督へのなり方というのを聞いた。
姉が居た場所に行き、同じ目線を持ってみれば少しは現実味も湧くのではないかと思ったからだ。
それに、こうすれば彼女の罪悪感も少しは消化されるとも考えた。
そういった経緯があって、僕は海軍兵学校へと入学を果たした。
一応言っておくが不正等は一切していない、勉強は見てもらったが精々その程度だ。
いやまあ、その程度、のお陰で僕は入学することが出来たのだが。
何はともあれそこからトントン拍子でことは進み、僕は今の地位を得ていた。
現状は提督の仕事の補佐が主な仕事だが、他にもやることは案外多い。
毎日担当が変わる秘書艦と一緒に書類を片したり、作戦等の立て方や考え方を教えられたり、近海の見回りをする際の編成を考え、実際に出撃させたり、各艦娘達と交流したり、ついでに掃除洗濯料理………雑用関係はほとんど全てやっていた。
言葉にしてみればちょっと長いなぁ、くらいだが実際にやってみれば相当ハードだったりする。
一日のノルマが終わる頃には既にヘトヘトである。
手の空いている艦娘達が好意で手伝ってくれていなければ今頃ベッドでお休みなさいをしているのは確実だ。
艦娘達と話すということは、最初は正直抵抗があったが、すぐにそれも無くなった。
彼女らだって本を正せば普通の人間だし、それに何より姉───いや、ここでは大和か───の話が聞けるというのは、僕にとって非常に喜ばしいことだった。
"僕の姉"ではない姉の話というのはとても新鮮で面白みがあったのだ。
亡くなった人の話というのは、あまり話題にしやすいものではないが、こと僕に限ってみればそれは真逆で、弟であったということを話せば皆一様に色々なエピソードを語ってくれた。
酷く面倒見が良いだとか、滅茶苦茶お酒に強かっただとか、戦場では良く無茶をしたし、させられただとか、良く助けられただとか、お洒落にはとんと疎かっただとか、口を開けば弟の自慢話しかしない、だとか。
彼女らは姉に強い恩や友情を感じていたようで、何でも話してくれた。
客観的に見ればそれは可愛がってもらっていたとも言えるだろう。
少し照れくさく、恥ずかしくもあるその話は、尽きることがまるで無い。
どの艦娘も何かしらのエピソードを持っていたからだ。
そんな中でも戦艦:武蔵から聞いた話には驚いた。
どうやら姉はこの鎮守府で最も強い艦娘だったらしいのだ。
この鎮守府自体が、世界で見てもトップクラスといえば、その凄さが伝わるだろうか。
そしてその姉が沈んだというのも、やはり普通ではない事情があった。
その日も何時も通り六人一艦隊での見回りだった。
姉を旗艦に任務を遂行中だった彼女らは突然深海棲艦に出くわした。
新種の深海棲艦で、その数も膨大なものだったらしい。
抵抗を試みたが最初から不意打ち気味に奇襲された上に、物量に差がありすぎた。
既に大破している仲間もいたことから、姉は一人残り他の艦娘を逃し応援を呼ばせた。
鎮守府とはさほど離れている場所ではなかったことからの判断で、そして応援は間に合わなかった。
眼の前で起こった爆発と共に姉は沈んだらしい、言葉を遺すことすら出来ず、深海棲艦達と相討ち気味に沈んでいったと。
やはりと言うか何というか、あまりにも予想通りで思わず笑ってしまったものだ。
残された人のことを考えないその感じ、正しく姉である。
まあそんなこんなで僕と艦娘達はかなり仲良くやれていた。
最近ではスキンシップが過ぎるんじゃないの? と軽く提督に窘められるくらいの順調さだ。
徐々に仕事もこなれてきて、夜の晩酌にも付き合うくらいの余裕を見せられるくらいになり、このまま行けばまあ、一端の提督くらいにはなれるだろうと何となくそう思っていた時だった。
出撃していた第一艦隊が、轟沈寸前で逃げ帰ってきた。
旗艦は件の武蔵だった。
この鎮守府にて現在ナンバーワンの実力者。
何度でも言うがこの鎮守府は世界という括りで見てもトップクラス。
当然、武蔵以外の艦娘達だって全員精鋭中の精鋭だ。
そんな彼女らが死に体で帰ってくるなんて尋常なことではなかった。
提督は悲鳴にも近い声を上げ、僕は思わず息を飲んでからハッと我に返って駆け寄った。
肩を貸そう、と思った僕を武蔵が掴む。
酷く、弱々しい力だった。
どうした、何があった、誰にやられた、いや、そんなことより早く入渠するぞ、と焦って捲し立てる僕に、良いから聞けと彼女は言う。
瞳は不安げに揺れていて、けれども真剣だった。
震えた声で肯定すれば、武蔵は血を吐き出しながらこう言った。
「あれは、
ポカポカと陽気に包まれているかのような明るい物語ですね、間違いない。