サイコロ勝負に神は飽きちまって様々な生きモンとそいつらの住む世界を作り出した。この世界じゃな。だが俺の世界とはちっとばかり違う。
ミュータント。突然変異の超人たち。世界を壊し、世界を救った。そして俺もミュータント。ウルヴァリンだ。
Ⓧ
饐えた匂いが漂う。匂いの正体は牛たちの垂れ流した糞尿だ。クーラーの効いた涼しい部屋でパソコンをいじってるようなやつには耐えられないだろう。ローガンは鼻をしかめつつ糞尿のそうじをする。ローガンの肉体ははち切れてしまいそうなくらいの筋肉と野獣のような体毛でできている。身長はけっして大きくはないが殴り合いでは誰にも負けない。そう断言してもいい。一目で誰もが悟るのだ、彼は戦士だと。そんな戦いだけのために生まれてきたような男の仕事が牛小屋掃除だ。人生というものはなんて奇妙なのだろうか。やりたくないがとなりの牧場夫は朝早くから作業を始めている。彼を見たとき友人のコロッサスを思い出した。真面目で頼りになるいい男だからだろうか。牛の世話で鍛え上げられた体つきの牧場夫と赤毛で豊かな胸をもつ心優しい奥さんには一宿一飯の恩がある。平和を絵で描いたような村。その一角に夫婦の家があった。
「朝からお疲れさまー!ご飯にしましょう」
牧場夫の愛妻の優しい包み込むような声が聞こえる。机の上には出来たてのパンにチーズにベーコンが用意されてある。
「君ってやつは性格だけじゃなくて飯もうまいんだからズルいぜ」
チーズの甘い匂いが鼻腔を癒やす。
「昔は下手だったわよ。彼が教えてくれたの。手を取っててね」
ローガンはうんざりしたようにつぶやいた。
「その話は100回はきいたぜ」
牧場妻は困ったようなしかし喜びを抑えきれないような笑みでつぶやいた。
「そうかしら…」
この元気でおしゃべりな妻と無口だが正直で心優しい夫。結婚してまだ2年らしい。
「ローガン、あんたが聞かないといけない惚気の数はこんな者じゃないぞ」
牧場夫は助け船を出してくれるわけじゃないらしい。
「裸でグーグー眠ってるあんたを助けたんだからな」
牧場妻もそれに続いた。
「記憶がないだなんてねありえるらしいわね」
牧場妻は不思議に思っている。
「あんたたちには感謝してるさ」
彼らがたまたま通りかからねば殺されていたらしい。なんでも全裸で地面に横たわっていたとか。ウェポンXのときのように。
「ゴブリンも知らないなんてね」
牧場妻は不思議で仕方ないらしい。ゴブリンーーーーー数ばかりが取り柄の、緑色の最も弱い怪物らしい。なんでも村の家畜を襲い女をさらう。村の近くに現れることがあるので牧場夫は日頃から見回りをしているらしい。最近近くでの目撃情報が相次いでいるらしい。彼の見回りのおかげで今こうしてごちそうにありつけているのだ。
「感謝してもしきれねぇな」
ローガンの人生は悪意と嘘にまみれている。彼らの優しさは、消えてしまいそうな自分の人間らしさを思い出させてくれる。
「明日は余裕がある。町にいってみよう」
牧場夫は見ず知らずの男の人生を心配し助けてくれている。朝早く出て町に行って帰ってきたらもう真っ暗らしい。とても申し訳ないがローガンはその誘いに乗った。町にいけばわかるかもしれない。目が覚めたら何故、月がふたつもある世界に紛れこんでいたのかを。
Ⓧ
ミュータント。それはまさしく突然変異だった。目から理不尽を破壊する光線が、大空を翔ぶための翼が、仲間たちを導く声が、例を挙げればきりがない。何故生まれたかなんて誰も知らない。ローガンももちろんミュータントだ。しかもただのミュータントではない。能力を悪用するミュータントを止めるヒーローチーム、X-MENの一員だ。正義の心を持つ仲間たちとともに何年も戦ってきた。絶体絶命のピンチなんていつものことだし、いつも乗り越えてきた。しかし今度ばかりは難しそうだった。(月がふたつなんて珍しいモンみちまった)この世界にはパソコンもなければテレビもない。車もなければ愛するバイクもない。おまけに月が2つもある。ミュータントもいない。ここは自分の世界じゃない。帰るための情報。町でちょっとでもいい。絶対につかまなければいけない。
「出発しようローガン」
牧場夫がローガンに声をかけた。馬車の中には牧場で作られた食品が倒れたりしないように固定されている。荷台の空いたスペースにローガンは座った。むかつくが小さくて助かることはそこそこある。
「いってらっしゃいあなた、それとローガンさんもね」
牧場妻は夫を力強く抱きしめた。牧場夫のそれに負けない強さで抱きしめ返した。一時の別れでも彼らには十分すぎるらしい。ローガンは二人の幸せを願った。ローガンは愛する人を失いすぎた、自分のような人間はだしたくない。思わずローガンは自らの手を見た。殺戮の爪が眠っていることを思い出した。奪った命。失った命。ジーン、真理子。もう会えない。二度と。
Ⓧ
ローガンは後悔していた。いくら暇だからとはいえ新婚さんにまたなりそめをきいてしまうとは。牧場夫の口は休憩時間を持たないらしい。
「そのときの彼女はまるで女神だった」
牧場夫は真面目な顔してこんなことばかり言っている。マジで。食品の中なので葉巻を味わうこともできない。クリードとの死闘よりも、ハッキリ言ってつらい。
(新婚さんにゃ悪いが昼寝でもするかね…)
そうウトウトしていたローガンに牧場夫の大きな焦り声がきこえた。
「なんなんだこれは!」
パニックになった馬たちが暴れ出した。こうはなりたくないと。飛び起きたローガンは目を疑った。 それは死体というよりも残骸だった。脳みそや臓器が道のあちこちに散らばっていた。茶色の地面は赤黒く染め上げられて地面には見えない。牧場夫はその場で吐いた。あまりにも惨すぎる。これは人の死に方ではない。牧場夫は現実を認めるのに少し時間がかかりそうだった。しかしローガンは異常なほどに冷静だった。もちろん理不尽にたいする怒りもあるが死体の状態に疑問がわいたのだ。
「死んでるのは男が二人に女が一人、それに…子供が一人か」
男の一人は革の鎧を着けていたようだ。剣と盾も持っていたらしい。しかし防衛にはなんの意味もなかったようだ。鎧には拳の痕があった。剣はへし折れ盾は真っ二つに。襲撃者はすごい力の持ち主らしい。もう片方の男は布の服を真っ黒にしている。背中には何本も弓が刺さっている。だがどれも(どれも急所は避けてある…どうやらもてあそんで殺したわけだな)女の両腕はあさっての方をむけている。また顔が潰されていて表情がみえない。一番ひどいのは子供だった。両腕と両足が引き抜かれている。途中で絶命しただろうがこれはひどすぎる。この少女は痛みと絶望のループの中で死んでいったのだ。牧場夫はひどい顔をして言った。
「ゴブリンは男はすぐ殺すが、女は裸にしてもてあそんで殺す。それにゴブリンはあまり力は強くない。これは別の怪物だ」
埋葬してやりたいが
「誰がやったかは今はいい。嫌な予感がするぜ…。町行きは中止して帰るぜ。急ぐぞ!」ローガンと牧場夫は元来た道を回れ右して大急ぎで向かった。胸騒ぎがしていた。
Ⓧ
そこに村はなかった。村人も家畜も皆平等に殺されていた。家々は音をたてて燃えていた。平和な村なんてものはもうない。あるのは絶望だけだった。生き残りなんてものはない。怪物どもは一人残らず遊びつくしたらしい。牧場妻ももちろん殺されていた。おなかに大きな穴が空いていた。目からは涙があふれていた。会いたいと、死にたくなかったと冷たい目が語りかけてくる。
「どうして…。なんで…。嘘だ、現実じゃない。嘘嘘嘘嘘ちがうちがう!!!!」
牧場夫は倒れてしまった。ローガンは牧場夫を馬車に連れて行き毛布を掛けた。そして
「クソ…。クソッ!クソおおおお!」
ローガンは拳を木に叩きつけた。何度も。何度も。いつもこうだ。自分はどうなってもいいのに大切な人ばかり傷つく。本気で殴っているのに傷はできない。ヒーリングファクター。この能力は自らの傷のみ直す。自分だけにしか使えない役立たず。もはや自分のできることはたった一つ。SNIKTと音がする。 皮を、肉を裂きあらわれる殺戮の爪。殺意が体中からあふれて止まらない。奴らを、怪物どもを根絶やしにする。
「俺にかなうやつなんていない」
元SHIELD、元ウェポンX。ウルヴァリンが目覚めた。
オールドマン・ローガンは、いいぞ。