辻褄合わせの集積所   作:吉田シロ
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1.赤のケムリクサ

 空はいつも通りに陰気に薄暗い。わずかに明るい空の端は青紫で、それらを塗りつぶすように空の半分を黒いラインが走る。この惑星の環である。多重積層の環が厚すぎて、もしくは恒星が遠すぎて、この星の半分はいつでも薄暗い。

 黄色い灯りが周囲を照らす。崩れ落ちる寸前といった風情の廃墟がゴロゴロと横たわる、いつもの風景。迂回し、乗り越え、飛び越えて、人影はその奥へ、奥へと歩いていく。その後を一生懸命に着いていくのは、白い円筒形の人工物だ。虫のように折りたたんだ四脚の足を器用に動かし、人影の後をついていく。ピピッと高い電子音が飛んだ。人影は、立ち止まり、相棒の到着を待った。彼の周囲には黄色く細長い光が2つ浮いており、周囲を照らし出している。シャカシャカと足を動かし、白い円筒形がせわしなく追いついた。

 

「ここかな。警戒しといて」

 

 真っ黒なスーツに身を包んだ人影は、円筒形に答えると、崩れかけたビルを指し示した。躯体の半分は鉄骨がむき出しになった躯のようなビル。入り口をくぐると当然ながら中は常闇で、人物の持つ黄色い光に照らし出されてようやくその姿を見せた。奇妙な作りであった。壁から生えている机や椅子、天井からぶら下がるノートの山、床に規則正しく空いた歪んだ穴。3DCGで部屋を作り、家具オブジェクトの配置を間違えた。もしくは誰かがそのように配置した。そのような印象を受ける。作り物めいているのだ。

 人影は、その奇妙な光景を意に介さず、どんどんと奥へ進む。そのフロア全部を覗いて、上にも下にも行けないのを確かめると、今度は床に空いた穴を覗き込んだ。中からはかすかに風の音。

 腰のポーチから何かを取り出すと、それは人影の手の中で丸く弾け、そして黄色く光りだした。穴の中に投げ込まれる。黄色い光は、闇の中にまっすぐ落ちていって次の瞬間弾け、全てが黄色になるほどの光で穴の中を満たした。瓦礫で埋まった空間。天井や壁が剥がれ落ち、何もかも押しつぶしている。そんな中で、黄色い光に呼応するように、赤い光が灯った。真っ赤な光だった。

 

「見つけた、あれだ」「ピピッ」

 

 人影の声に、白い円筒形ロボットの電子音が被さる。警告を含んだ圧縮電子言語に人影が反応する前に、彼の身体は宙に舞った。紫の光が黒いスーツを貫く。細く長い、刃物状の何か。どこに潜んでいたのか、闇から湧いた大量のそれらが、人影を引き裂き、地に叩きつけて、宙へ放り投げた。何度か空中をバウンドして、落ちてきたそれは、もうすでに人の形をしておらず、主人のもとへ駆けつけようとした白いロボットは、やはり数十体の細長い何かに襲われ、地に転がっていた。上部が切り落とされて、そこから泡のようなものが立ち上り、足を何度か動かして動かなくなる。

 襲撃者達は空中に静止した。1mはあろうかという長く細い身体は、魚に酷似している。黒い素体に紫色の光が走り、薄い明滅を繰り返していた。隊列を組んだ数十匹の魚達の間から、ゆらり、と煙が立ち上った。数匹が煙を出して消え、その煙はくるりと綺麗な円を描く。紫の縁の上にもう一本、青い円が現れる。その穴から飛び出してきたのは巨大な骨。ツギハギに組み合わされた出鱈目な骨の造形物は、勢いよく穴から身体を引き抜くと、身を起こした。骨の巨人は天井に頭部がめり込むが、意に介さず、勢いよく地面を踏み鳴らした。物言わぬ人影と白いロボットがくしゃりと踏み潰されて、あっという間に消える。大量に葉が飛び散った。それは煙のように周囲を包み込んで、一瞬で消えた。骨の巨人がまた歩き出し、地面が揺れた。緑がかった黄色い光が、まるで先程の魚達の襲撃のように背後から巨人の背に突き刺さった。

 

「ギギッ」

 

 数本もの電撃が空気を切り裂いて巨人を撃つ。魚達が巨人を守ろうと青く展開したところで、緑色の光が、その群れを薙ぎ払った。部屋中にイオン臭が広がる。先程切り裂かれて息絶えたはずの黒い人影が闇から躍り出し、空中で黄緑色の光をさらに展開する。宙に浮かんだ光が連動し、まるで陣のようにぐるりと輪を描いて巨人の上にまっすぐ落ちる。

 骨の巨人はその光から身を守ろうとするように両手を上げ、その手からは青い光とともにガラスのような厚みが実体化し、その盾は瞬時に広がった。

 光輪が盾に触れるよりも一瞬早く、魚達を薙ぎ払った緑の光が盾を撃ち抜いた。パキィイイイン、とガラスのように砕け散る音が響き、巨人はドッと膝をつく。頭部が、消滅していた。その身体はもう一度起き上がろうともがいて、もう一度緑の光線に撃ち抜かれた。

 ザァアアアアッと波のような音がして、巨人の身体が無数の白い葉になって消えていく。

 

「ピッ」

「うん、おつかれ」

 

 黒い人影は、骨の巨人が消えるまで動かなかったが、背後からの電子音に振り向いた。白い円筒形が展開し、細長い円筒形の先端から煙をくゆらせながら、自走式砲台とでも形状しがたき物が、カシャカシャと近づいてくる。先端から全身にうっすらと緑の光の線が走っていた。それは身体中から飛び出した突起を収納しつつ、もとのつるりとした円筒形に形を変えていく。

 

「囮は駄目だな。コントロールしながらだと、紫が上手く動かせない」

「ピピピッ」

「そりゃ向こうが上手く引っかかってくれたけど」

「ピピッ」

「それは今後の課題……ん。あれだ。さっき見つけた『オブジェクト』」

 

 話しながら、床の穴まで来た人影とロボットは、暗い地の底を覗き込んだ。赤い光が見えた。赤い光はゆっくりと上に上がってくる。それは、植物のつるのようだった。のたうち、うねりながら、まっすぐ上へ。その先端は膨れ上がり、先程の巨人とは別の骨のように、重なり合ったいくつものパーツで構成されていた。

 

「赤いケムリクサ? 初めて見る色だ……」

「ピッ」

 

 先端の『つぼみ』は、もはや穴を越えてフロアの天井まで届き、そこから頭を垂れるように少し下へと降りてくる。ちょうど、人影とロボットの前に。その大きさは、人をも飲み込めるようなサイズだ。『葉』が緩やかに開いていき、それは、花を咲かせるように大きく拡がった。人影とロボットが警戒して下がったちょうどその前に、花の中から何かがこぼれ、落ちてくる。

 とっさに手を伸ばした、その上に。黒髪が、小さな手が、白いワンピースが落ちる。

 

「……女の子?」

 

 腕の中の少女を抱え、薄茶色の髪をした青年は、表情の薄いその顔に困惑を貼り付けて呟いた。

 

「これは……想定外の『オブジェクト』だな……」


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