今日び、志願兵など殆ど来るものでもなく、だが軍備を0にするという事が出来ようはずもなく、潜在的敵性存在と資源開発も続く中で、一つの解決となったのが『戦闘用複写体』であった。
国民の完全な個人データの提出を義務付け、任務に応じて調整した半ケムリクサの兵士としてプリントするのである。
例え複写体が戦死しても、リアルタイムで上書きされるリアルデータはバックアップされ、都度彼ら彼女らは経験を積んだ兵士として連続的な意識を持った状態で再プリントされる。これにより人的消耗は解決し、軍部は常に一定の兵力を保てる。
故に倫理的観点から起こった反対運動はどれも複写体配備計画に全く傷を残さなかったし、兵士達にも何の感慨も与えなかった。彼らは自身が確かにオリジナルとは違う別の存在だと認識しており、兵士として調整、最適化されている事も知っていた。そこには故郷を守る誇りがあり、兵士として産み出された事に嫌悪はなかったのだ。
彼の場合も概ね同じような認識で、だからこの話をした時に少女の顔が曇ったのが理解できなかった。赤いケムリクサから生まれた彼女のは『りり』と名乗った。
「ぼくらの事はあまり気にしないで。それよりも君だよ。この赤いケムリクサは何なのかとか、どういった事件があったのかとか、全然覚えてない?」
「そんな事言われても、全然覚えてない……」
「君が出現した時点で、多分どこかで何かが大きく失われるような何かがあったはずなんだよね」
「何かって?」
「人命かもしれないし、建物や土地かもしれないし、物質ではなく事象かもしれない」
「それって、何もわからないってことじゃない……?」
「そうとも言うかな」
少女はうす暗い空の下で、呆れたように青年を見上げた。青年は薄く蛍光する緑色の葉を加え、大きく吸い込んでいた。煙草のような嗜好品だろうか、煙さを感じて、少女はパタパタと手を振る。一度臭いと言ってみたのだが、「嗜好品じゃなくて必要なものなんだよ」と取り合ってもらえなかった。
そういえば、お父さんも煙草を吸っていた。思い出して、少女は下を向いた。父も母ももう居ない。自分が何故ここにいるのかもわからない。手の中にあるのは小さな赤い葉で、最初はもっと大きかったと言われても、まずこの赤い植物がわからない。ケムリクサと言うらしいが、初めて見た。
「ケムリクサは便利なんだけど、色々危ないんだ。それはもう枯れているから大丈夫だと思うけど、気をつけて」
何を気をつけろというのか。うっすらと赤く光る葉は、萎れているように見えた。
「危ないなら……わかばが持っていてくれたらいいよ」
「それはりりと関係あるものだから、君が持っていたほうがいいんだ。『オブジェクト』は複数の要素で構成されている場合、引き離さない方がいい。りりと赤いケムリクサのセットで出現したから、君たちは同じ事象なんだ」
わかばの言うことはよくわからない。今、立っているここが地球とは別の惑星で、わかばが宇宙人というのだって信じられない。傍らを細長い筒状のロボットみたいなものが歩いていて、それは時々ピピッと音を立てて、前面に嵌ったモニターに文字を表示するのだが、それだってカタカナだ。宇宙人は日本語をしゃべるのだろうか。わかばはりりよりも大人だが、20代に見える。近所の大学生のお兄さんといったところか。任務中の軍人だという。映画に出てくる軍人の人は武器を持っていてムキムキで強そうだが、わかばは何も持っていないし、ムキムキで強そうでもない。どちらかといえば細いし、頼りにもならなさそうである。
ピピッ。またロボットが何かを言っている。リリ ツカレタ? りりに話しかけてくるその様子は可愛らしくて、りりは少し笑顔になった。
「まだ大丈夫。でも、すごく、歩きにくいね」
廃墟が続く。薄曇りの空の下で、延々と廃墟が続く。道路は陥没し、建物は崩れ、看板はことごとく落ち、都市丸ごとの死骸が続く。地割れを避けて歩くだけでも大変だ。
「もう少しかかるから、りりはヌシイチの上に乗っていくといいよ」
「この子の上?」
細長いロボットの頭頂部に座れというのか。滑り落ちそうだし、座り心地もよくなさそうだ。りりが、ヌシイチと呼ばれたロボットをじっと見つめると、ヌシイチは急に細長い身体を前傾させた。身体の下から新しい脚が出現し、上になった部分には椅子のようなパーツまで競り上がってきた。脚の生えた砲台の上に、座席がついたような形といえばいいだろうか。
モニターにはスワッテと出ている。座っていいのだろうか。少し躊躇っていると、わかばが後ろからひょいっとりりの身体を持ち上げて、座席の上に座らせてくれた。
「あ、ありがとう……」
「どういたしまして。寝ててもいいよ」
薄暗い空。両手には、枯れかけた赤いケムリクサ。どこまでも続く廃墟。奇妙な青年とロボ。まるで現実味のない風景。どこに向かっていて、どこから来たのかもわからなくて、自分がこの先どうなるのかもわからない。だけど、奇妙な事に、不安はあまりなかった。驚きはある。怖さもある。だけど、家にはもう誰も居なくて、りりには帰るところがない。どうなってもいいや、という虚無にも似た自棄で、りりは前を歩くわかばの背を見た。黒い服の上に走る緑色の光るラインが、やけに眩しかった。