フランドール・スカーレット(仮)に憑依したけどアイドルになったから歌うことにする   作:金木桂

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アイドルマスター初めて書いて、迷子になったので投稿します。
最初に言うと、未完です…。
残弾はあと四つですが、良ければお楽しみ下さい。


私がアイドルになった日

 

 私がフランドール・スカーレットになったのはもう10年も前のことだ。

 生まれて直ぐこの名前を聞いて私は気付いた。フラン、と言えば東方projectのキャラクターであると。何でそう自覚できたのかは正直よく分からない。そのまま良く分からないとスルーするのは簡単だったけど、その事実は紅一点と頭にこびりついて離れなかった。他でもない自分のことなのだ、気にならないはずがない。

 

 それ以外にも幼稚園の頃から自分の精神の円熟さ加減には違和感があった。だって他の同年齢の子と言ったら自律心が芽生えているのかすら疑問だったし、そこで色々と苦労もしたりしたんだよね。思い出すと恥ずかしいけど、ちょっと懐かしい。

 その後幼稚園の子供はそれが普通であると知って、益々自分の特異さに私の中の不可思議が加速して。

 

 ───だから、当時の私は更に真剣に自分のバックグラウンドを探ることにしたんだよね。

 

 

 

 スカーレット家。

 元はイギリスのウェールズが本拠地らしいけどお父様とお母様の結婚を境に何故か日本へ移住したらしい、とお姉様は何時も浮かべているにこやかな表情をこの時だけは潜めて淡々と言った。

 少なくとも私より5つ上のお姉様、レミリア・スカーレットが生まれた時にはもう日本にいたとのこと。お姉様もその引っ越しの理由をついぞ知ることは無かった、そもそも知ったのも比較的最近であると言っていた。

 

 私のお父様とお母様は故人だ。2年前に交通事故で他界して以降、都内の無駄に広い家でお姉様と二人暮しをしている。

 葬式の際にイギリスに住んでる一回も会ったことのない親族が家に来ないか?と言ってきたけれど……まあ、十中八九遺産目当てなのは目に見えていた。それはお姉様も同じだったのだろう、断りの手紙を書きながら「バーカバーカ、吸血鬼に血を吸われて干からびちゃえ」と子供みたいに毒吐いていた。吸血鬼はお姉様なんだけどねぇ……、とも思ったけどこの世界のスカーレット家はただの人間なのだから可愛い言葉だ。幻想郷のスカーレットなら本当にそうなっちゃうんだし。

 

 とまあ。

 そんな感じで10年間。モラトリアム期間真っ只中の青年みたいに、自分の中に芽生えていた漠然とした違和感の正体を探るため自分探しの旅もしたりして。

 

 ───その結果。な〜〜〜んも分かんなかった。

 

 うん。これっぽちも掴めなかったね、手掛かり。何もわかんないや。

 違和感に手を伸ばしてもすぐにその虚像は透けて消えて、冷たい空気が右手を包み込む。今じゃ半ば諦めてるもん、これ。それに自分探しの旅って何?馬鹿じゃないの?そんなのただの自己陶酔でしょ、自分の存在なんて鏡を見れば確認できるじゃん。

 

 

 

 

 

 まあー。そういう訳で私の熱意はシャボン玉みたいに見事に弾けちゃった訳で。

 

「ん〜、ポテチうま〜」

 

 ゴロンゴロン。

 我ながらそんな擬音が出そうな程ぐでぐでと転がっている。まるで芋虫。いや芋虫は自分でも嫌だなぁ、うん。例える生きもの間違えた。

 

 こんな生産性皆無の行動をしているのも何もかも暇が悪いのである。暇なのだ、ひまひま。

 今の私は10才の可愛い女子小学生。一応小学校の宿題なんて可愛らしいものもあるけど、私に掛かれば魔法みたいに一瞬で終わらせる事ができる。別に本当に魔法が使えるとかそういう御伽噺話みたいな理由じゃない、幻想郷なら未だしもここには魔法なんてないからね。ただずっと出不精だった私がする事と言えば本を読んだり勉強したり、そんなんばっかだっただけで。

 しかもこれも不思議な事に、一度学んだことは今のところ直ぐに、完璧に理解できてしまう。ん~これも違和感の一つなのかな?と思ったりもしたけど今となれば多分私が頭良いだけだと確信しちゃっている。言葉にするとナルシストだけど、私の中の何かと区別するためにはそう言語化するしかないのだ。

 

 ……とかとか。

 難しいことはさて置いて。

 

「紅い~月夜に~」

 

 転がりながら適当に歌ってみると、思った以上に可愛い声が響いた。歌上手いよね~私、前世は歌手かも、と自我自尊しつつ拍手してみる。歌手とオーディエンスの兼役とは如何に。パチパチとやる気なく手が打たれる音に、何だろう。とても虚しくなってきた。何やってんだろう私。

 

「……う~ん、クッキー食べたい」

 

 よいしょっと私は身体を起こす。その背中には私の知識とは違って、虹色の宝石が輝く蝙蝠みたいな羽は無い。そりゃそうだよね、私は人間だから。ついでにお姉様も。

 私はただのフランドール・スカーレット。住所は東京。種族は人間だ。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 びとびとびと。

 鉛のように降り注ぐ雨に、思わず溜息を吐いた。

 

 おやつをコンビニまで買いに行ったのは午後五時くらいの話だった。

 晴れのち雨、なんてお天気リポーターの言葉を一切歯牙にもかけずに私は日傘と財布一つで外へと飛び出した。空を仰ぎ見れば藍より青く、雲はあんまり見えなかった。

 吸血鬼でもないのに日傘を持って行くのは、多分知識としての私がそれ無しで太陽へと肌を晒すのを忌避しているからだろう。まあ個人的に肌を焼きたくないというのもあるだろうし、後日傘の影にすっぽり入っていると自然と心が落ち着くというのもあるかもしれない。つまりその点においては特に深く考えていないフランちゃん(10歳)なのだ。

 

 コンビニまでの道のりは暴徒に襲われることが無ければ妖怪に遭遇することも無く、ましてやヴァンパイアハンターを見かけることもなく、非常に平和なものだった。それもそうで、一応私の住んでいる地域はそこそこ高級住宅地だから治安が良い。なので変な人間は滅多に見ない、自己顕示欲の強い面倒臭いセレブマダムとかはその辺を跋扈してるけど気にしなければ害は無い。

 

 なのに。なのになのにである。

 何でコンビニから出たら空はどんよりと黒く覆われて、バケツをひっくり返したような雨がばちゃばちゃと降り注いでいるの!?

 コンビニに入った時は全然雲すら見えなかったのに!これが最近噂のゲリラ豪雨という奴だろうか.......自分の運の無さにちょっと落ち込む。

 

「はぁ~……」

 

 本日二回目の溜息。思わず右手に握り締めた日傘を見た。

 フリルが可愛らしくあしらわれた赤い日傘は残念ながら雨天時に使えない。防水加工がされていないからだ。その代わり風通しが良いから夏の暑いときはとても重宝するんだけど、こういう状況下では形無しなのだ。なのだ。なのだ……(現実逃避)。

 

 さて。

 どうしよう。このまま雨に濡れて帰るのも選択肢の一つ、とは言ってもこのお気に入りのゴスロリドレスは濡らしたくない。これは無しで。

 お姉様を携帯で呼び出すと言う手もある。……でも今日はお姉様は仕事で家に居ない、帰るのも夜遅くとか言ってたしあの銀髪ロリ。最近は忙しいとか言って帰るのいっつも遅いんだから.......思考が逸れたけどこれもボツ。

 傘を買うのもアリだけど、今月のお小遣いを鑑みたら無駄な浪費は避けたいんだよね。うん、これも止めよう。

 

 と言う訳で私の取れる選択肢は一つ。雨が止むまでしっとり待とう!作戦、通称ヤシマ作戦である。決してこの間見たSFアニメが面白かったとかそういう事実は無い。それをハラハラドキドキと見ていたお姉様が言葉に出来ないほど目がマジで、思い出してつい笑っちゃったという事実もない。うん、話が逸れた。

 まあ実際これが一番効果的な選択だと思う。ゲリラ豪雨なんて一瞬馬鹿みたいに降って、直ぐに晴れるのが定石だしね。思いながら私は槍みたいに鋭利にコンクリートを穿つ雨粒をジッと眺める。

 

 

 

 …………。

 スマホで確認すると、待ち始めてから5分経ったっぽい。だけど雨は依然、向こう一年分の水分を大地に吐き出すかの如くザーザーと降り注いでいる。止む気配、ナシ。それどころか風まで出てきて、轟々と豪快な音を立てて吹き荒れ始めてるんだけど。ニュースサイトを見れば電車も止まってしまったらしい。……もしかして、待っても晴れない?

 

 このまま何時まで棒立ちしていれば良いんだろう.......。

 鬱屈とした気分で店先の屋根の下で案山子のように突っ立っていると、ウィーンと自動ドアが開いて店内から男の人が出てきた。

 .......凄い相貌。強面という言葉はこの人の為にあると思わされるほどだ。何というか、堅気に見えないし出来れば関わり合いになりたくないなぁ。

 そんな事を考えていたのが悪かったのだろうか。大きな図体を此方に向けて、ずんずんと進んでくるではないか。脳裏ではその足音が怪獣みたいにズシズシと言ってる。

 

 ……あっ!分かった!私の前にあるタバコの吸い殻を入れるゴミ箱の前でタバコを吸うんだね!なるほどなるほど、どうぞどうぞ!

 ずずっと私は横に逸れると、その男の人は追うように45度方向転換。うーん、ミサイル並みにホーミング性能高いねこの人。てか私の命運、終わったのでは?短い人生だったなぁ……と無理矢理走馬燈を浮かばせる。でも何も脳裏には過ることは無かった。友達いないのが悪いのだろうか、何だろう。また悲しくなってきた。

 

 なんて考えている間にも怖い人は歩みを止めない。いざとなったら反撃しよう!と思っても、ただのフランである私はぎゅっとしてどっか~ん☆なんてことも当然出来ないのだ。頼りになる防犯ブザーは今は私の部屋の引き出しの中、今度からは24時間持ち歩くことにしよう。今度があるかどうかはともかく。

 何時でも逃げれるように戦々恐々と構えていると、男の人は私と目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。自然と瞳が交差する。

 

「突然すみません。今少し、お時間ありますか?」

「……えっと」

 

 その熊みたいにがっしりとした胴体と、ヤから始まる反社会的組織を連想させる顔から繰り出された言葉は非常に丁寧なものだった。

 私の返答を待たずに、男は滑らかな動作で自分の懐からカードみたいな長方形の紙切れを取り出した。

 

「申し遅れました。私、346プロダクション所属の武内と申します」

「ご、ご丁寧にどうも」

 

 呆気にとられながら、反射的に受け取ってしまう。良く見れば名刺だった。

 男は慎重に、小さな子に絵本を読み聞かせるみたいに言った。

 

「……アイドルに興味はありませんか?」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「アイドル……?」

 

 偶像。idol。あいどる。アイドル。

 .......あ、アイドルか。かなり混乱しちゃった。

 

「興味.......って。もしかして私、スカウトされてるの?」

「その通りです」

 

 真剣な顔で、武内は言った。

 にしても、アイドル。この顔で本気でアイドルをスカウトしてるとでも言うのかしら?

 確かに見た限りでは紳士的な対応で私の様子を伺っている。だけど普通に考えよう。鋭い三白眼の厳つい顔に黒スーツの上からでも分かるほど筋肉が付いたガタイの良い身体。あと黒サングラスがあればもうストレートフラッシュでヤのつく社会組織の一員にしか見えないんだよね。

 

 何が言いたいかといえば一言で。

 胡散臭い。

 控え目に言って不審者だ。お姉様ならきっと「ギャーヤクザー!」と甲高く叫びながら逃げるくらいには怪しい男だ。

 

 風はピューピュー、雨はざあざあ。

 全然収まる気配の無い荒天を一瞥して、私は受け取った名刺をそっと吸い殻入れの上に置いた。武内が疑問に思う前に、私は一礼する。

 

「ごめんなさい!私アイドル詐欺には興味ないの!」

 

 覚悟を決めて私はダッと雨のカーテンに飛び込んだ。「待って下さい!せめて名刺だけでも……!」と必死に引き止めようとする武内に内心、本物だったらちょっと申し訳ないなぁ、と思いつつ、どうせ偽物だしいっか!と私は水溜まりを踏み抜きながら家へと走った。おかげで服はぐしゅぐしゅ、髪の毛もずぶ濡れ。へっくちゅ!、とクシャミまでしてしまった。風邪を拗らせなければ良いんだけど.......。

 なんにせよ、今日は厄日だ。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 翌日、放課後。

 

「アイドルに興味ありませんか?」

 

 通学路の途中。また武内とエンカウントした。自称アイドル事務所勤務の不審者だ。今日も昨日と同じようにスーツを着こなし、随分大きな図体を小さく屈めて私の視点に合わせている。

 

「だからアイドル詐欺には興味無いよ私」

「あの……昨日も仰ってましたけどアイドル詐欺とは?」

「うん?ああ、原宿とか渋谷に良くいるアレだって。アイドルを勧誘するふりして、なるには事前金が必要だーとか適当言ってお金を受け取ったら蒸発するやつ」

 

 余談だけど今をときめくJKであるお姉様はこれに2回捕まっている。元からアイドルだから被害には遭ってないけどね。

 私の身内に引っかかった人間はいないとは言え、夢見る中高校生は結構騙されてしまうようだ。この手の詐欺は騙される方も迂闊とはいえ、それ以上に人の夢や期待を踏み躙る似非スカウトマンが一番許せない。

 武内は口を開いた。

 

「……やはり、私の事は信用できませんか?」

「まあ、それは」

 

 その巨体のつむじから靴の足先までジッと眺める。うん、どこに出しても恥ずかしくない不審者だ。

 意を決したように武内の目尻に力が入る。

 

「この後少しお時間ありますか?」

「う〜ん……」

 

 ぶっちゃければ暇だ。どうせ家帰ってもすることはないしね。

 でも着いて行ったところで、その先が変な場所だったりする可能性も無くはない。外見と行動を考慮さえしなければ紳士的な男であるのは十全に理解できたけど、如何せん見た目は普通のそれじゃないし、2日連続で遭遇しているのも偶然とは思えない。いや昨日のは本当に偶々なんだろうけど、今日のは多分違う。恐らく待ち伏せされてたんだと思う。……女子小学生を待ち伏せしてるって現状だけでかなり危うい事案であると武内は思わないのかな?

 

 う〜ん。悩む。

 見た目と言動がここまで一致しない人間も珍しいしなあ、と思って黙っていると武内は懐から再び名刺を取り出した。

 

「まずは名刺だけでも、お受け取りください」

「ま、まあ名刺くらいなら」

 

 なんて言ってるうちに「まあ2万くらいなら」に発展しちゃうんだろうか。社会って怖い。

 名刺を今度こそちゃんと見てみると346プロダクションと書かれている。346プロと言えばそういう話題に無頓着な私でも名前だけは知ってるくらいに芸能事務所の中でも超大手だ。つまり武内って完全に本物のスカウトマン?

 仮に人を騙す為の肩書きだとしても、そこらのチンピラが超大手の名前を使うのは具合が悪いはずだ。それを346プロが知ったら黙ってないハズ。すぐに威力営業妨害だか信用毀損だかで現行犯逮捕されちゃうだろう。

 

「……うん、わかった!でも人通りの少ない道入った瞬間コレ鳴らすからね」

 

 今日こそはと持ってきたコウモリの形をした防犯ブザーを片手に言うと、「……承知しました」と武内はどこか引き攣った表情をしながら立ち上がった。

 

 

 

 

 武内に連れられて来たのは昭和感の漂うとあるデパートの屋上だった。

 昔はきっと小さな遊園地だったのだろうことが伺える。でも今ここにあるのはちっぽけなフードコートと、申し訳程度に備え付けられたステージだけだ。

 

「……ここは?」

「私の担当しているアイドルのライブです。あと数分ほどで始まるのでお待ち下さい」

 

 武内が舞台の前に並べられたパイプ椅子の1つに腰を掛けるのを見て、私も隣に座る。

 ガランガランという訳じゃない。むしろ、そこそこ人は入っている。空席はあるけどそのくらいは誤差だろう。

 

「……アレ?武内ってアイドルスカウトマンなんじゃ?」

「はい。私はスカウトもやりますが、本職はアイドルのプロデューサーです」

「プロデューサーって?」

「簡単に言えば、皆さんをトップアイドルにする為のお手伝いをさせていただく仕事です」

 

 ヤバイ、全くそうは見えない。鷹みたいな双貌とか人殺してそうだもん、絶対に言わないけど。

 でも。これがホントだとしたら、武内って結構上の役職なのでは?スカウトマンなら下っ端でもやりそうだけど、プロデューサーなんて下っ端がやる仕事じゃないでしょ。それどころかプロデューサーなのに新しいアイドルを自己裁量で雇えるくらいには立場があるのかもしれないと考えると……。

 

「……その手の悪徳業者と思っちゃってごめん武内」

「………………いえ、お気になさらず。いつもの事ですので」

 

 あ、滅茶苦茶気にしてるコレ。自覚はしてるんだ。

 

「え〜っと、そう言えばこのステージにはどんなアイドルが出るの?」

「とても可愛らしい魅力的な女の子たちです。まだ駆け出しですが、将来有望です」

「そっかぁー」

 

 可愛らしいという言葉が容姿だけではなく他のモノにも係っていた気がしたけど、それを考察する前にステージの天井照明がパッと付いた。それと同時にアイドルが3人、裏から元気一杯と手を上げて出てくる。

 

「頑張ってください……」

 

 武内がそう小さく呟いたのが聞こえる。

 本当に、この人はプロデューサーなんだな……と今更ながら感じてしまうほどその声には感情が籠もっていた。

 ユニットのリーダーらしいセンターの女の子がマイクを握りしめる。

 

「こんにちわー!今日は私達の歌を存分に聞いて、楽しんでいって下さい!」

 

 瞬間、スピーカーから音楽が鳴り渡る。岩を砕くようなアップテンポなリズムに歌詞が乗って、波のように私達のいる場所まで轟く。

 

 ───気付けば、魅入っていた。

 一挙手一投足に引き込まれ、五感全てが揺さぶられるような感覚。これがライブの熱量……!

 

 一生懸命に踊り歌う彼女たち、周囲のファンの声援を背に私は幻想を視た。

 幻想。普段は存在しない、胡蝶の様に消え散ってしまう不思議な空間。一石でも投じてしまえば忽ち霧散してしまいそうな雰囲気に、心が自ずと非日常と言うベールに包まれる。槿花一朝の夢という表現はきっと正にこれを表すのだろう。この瞬間だけは、彼女たちがこの場の主役で───正直、羨ましい、なんて感情すら沸いてきてしまうのに戸惑ってしまう。でもそれも当然なのかもしれない。咲き誇る花々はまだ蕾ながら、心から嬉しそうに舞っているのだから。デパートの屋上という小さな箱庭で粗末なパイプ椅子に座っている事すら感じさせない情熱的な演技で、ステージに咲くアイドルはまるで蘭の花弁みたいに可憐に力強く咲き誇る。

 

 たった30分。

 どこか懐かしい時間は魔法みたいに過ぎ去ってしまった。

 とても疲れているはずなのに、舞台袖に捌けていくアイドルは例外なく笑顔で手を振りながらステージを後にしていく。

 呆然と見送っていると武内が口を開く。

 

「どうでしたか?」

「どう言うべきなのかな……ううん、どんな美麗な字句を使っても陳腐になっちゃう。だから単純に!凄かった!」

「それはとても良かったです」

「うん、連れてきてくれてありがとう!」

「いえ……。それでですけど、アイドルに興味湧きましたか?」

「う~ん、それは分かんないや!正直駆け出しって聞いて舐めてたけど、あの人たちはそんな事を感じさせないほどキラキラってお星さまみたいに輝いてた。……あんな凄いこと、私に出来るのかな?」

 

 不安、というよりこれは疑念。

 自慢じゃないけど私は学校や買い物以外だといつも家に引きこもっている。やることと言えば読書か勉強かゲーム、そんな私にアイドルなんて勤まるのだろうか……なんて疑懼はどれだけ誤魔化しても払拭できない。

 その時、武内に肩を優しく掴まれた。ふと目が合う。

 

「出来ます」

「武内.......?」

「私は貴方に可能性を感じました。ただのアイドルに収まらない、トップアイドルの器を」

「トップアイドルかぁ.......」

 

 武内のその力強い言葉に、無意識に考えてしまう。

 ……でも、イマイチ想像できない。良く考えてみれば芸能とかあんまり関心なかったからアイドルとか全く良く分からないし、それもそっか。

 

「……トップアイドルってもっと大きなステージで歌って踊るんだよね?」

「はい」

「それってどのくらい大きいの?」

「アリーナクラスなら一万人ほどは入ると思って下さい」

「そんなに入るんだ!?」

 

 思わず辺りを見回してしまう。

 このデパートの屋上じゃ200人入ったら限界かな。それでも聴衆の前で人事を尽くして天命を待つのは尋常じゃないプレッシャーが掛かるはず。……ってこれは何かの本で読んだだけだけど、まあ少なくとも今の私じゃできそうにないや。

 

「……あの子たちも何時かはそんな豪華絢爛なステージに立つのかなぁ」

「未だ分かりませんが、私はプロデューサーとして全力でサポートさせて頂きます」

「ふ~ん。因みにもしだよ?私がアイドルになったらフランの事をプロデュースしてくれるのは武内なの?」

「申し訳無いのですが、その時は別のプロデューサーが担当することになっています」

「え?何で?」

「今担当しているアイドルで現在手一杯ですので……本当なら私がスカウトした以上責任持ってそのサポートをしたい所なのですが」

「へ~、いや気にしないで!私も気にしてないよ!あと武内怖いし!」

「怖い.......ですか」

 

 あ、余計な事言っちゃった。今度は見るからに傷ついてる。まあでも本当に怖いし仕方ないよね。残酷な事実だって時には必要なのである。

 武内は小さなステージを感傷的に眺めると、私の瞳をジッと見つめる。

 

「先程の話ですけど、もし良ければアイドルになりませんか?」

「う~~、そうだ。もう一つ聞きたいことがあったんだ」

「何でしょう?」

「なんで私をアイドル勧誘したの?」

「笑顔です」

 

 武内は間を置かず即答した。.......笑顔?

 

「私、武内の前でそんな笑ったことってあったっけ?」

「昨日、土砂降りの日にコンビニの外で立っている貴方が見えました。失礼を承知で少しばかり中から覗いていたのですが、その時微笑んだ顔に確信したのです」 

 

 それは全く覚えていない.......けど真剣な表情を見ると本当のことなのだろう。

 それにしても、笑顔。笑顔かぁ。

 あの小ライブを観る前までの私だったら、これを聞いて「は?」と生返事を返していたかもしれない。笑顔って、それがアイドルに一番重要なものなの?と思っちゃっただろう。

 でもあのライブを観た私はそれが否であると理解できる。出来てしまう。

 だって楽しそうに歌うあの子たちはとても魅力的で、自ずと惹かれるものがあった。太陽みたいに眩しくはなくても、夜空に浮かぶ北斗星のように遠望と輝いていた。それを見ちゃったら笑顔という要素がアイドルに不可欠であることは認めざるを得ない。私はそんな笑顔に魅入られてしまったのだ。

 ……それに、そろそろお姉様だけに負担を掛ける訳にもいかないしね。

 

「……分かった!フランもアイドルになってあげる!だからどうしていいか教えて!」

「ありがとうございます。では名前を教えていただけないでしょうか?」

 

 あれ、まだ言ってなかったっけ。そう言えば言ってなかった気もする。

 コホンと、一回息を吐いてっと。

 

「私はただのフラン。フランドール・スカーレット。スカーレット家の次女だよ」

 

 

 




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