フランドール・スカーレット(仮)に憑依したけどアイドルになったから歌うことにする   作:金木桂

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書いたの少し前だから覚えてない。
アイマスの知識が薄いので感想で指摘を下さると嬉しいです。


私がトップアイドルを目指し始めた日

 

 

 日曜日。

 我が家では珍しく仕事も学校も無いお姉様がグダグダと居間のソファーで転がっていた。

 

「あ〜疲れた〜フラン甘えさせて〜」

「はいはい。昼ごはん作ってるから待っててね」

「嫌だ〜今構ってよフラン〜」

 

 何この面倒くさい姉ガキ。頬叩きたい。やらないけどさぁ。

 パスタを茹でながらピーマンや挽き肉や玉ねぎを炒めていると「フラン〜?フランフラン〜フ〜ラン!」とか怠絡みされたけど無視。無視が一番の良薬になるのだ。多分。

 

「ねえ〜フラン?そう言えばこないだの私のCD聞いた〜?」

「あっアレね。まだそこの机に置きっぱなしになってない?」

「受け取ったまま放置してる!?」

「放置はしてないよ?邪魔だったから端には寄せたけど」

「妹の愛が歪んでて辛い」

 

 いやまあ一応聞いたけど、恥ずかしいから言わない。お姉様は調子に乗ると面倒だからね。

 

 そうそう。

 お姉様、レミリア・スカーレットはアイドルだ。本人はカリスマアイドルと自称してるけど、どちらかと言えば時折見せるポンコツっぷりで人気を博している。あと所属は346プロじゃない、どこだったっけなぁ……まあいっか。 

 そんな立場もあってお姉様は非常に忙しい。暇な日は芸能関連に寛容的な高校に通って、更にレッスンや仕事とやることばかりなのだ。だからこのだだっ広い家の家事全般は自然と私がやっていたりする。家事ついでにどっかにメイド落ちてないかなあ、とか偶に探しているけどこればっかりは諦観なのだ。ん〜もうちょっと狭い家に引っ越したい。

 

「そう言えばプロデューサーは今日は来ないの?」

「ええ。何でも大手芸能プロダクションがアイドル事業部を作っただの噂では大規模プロジェクトが進んでるだの何だので色々と対策に追われてるらしいわ」

「ふ〜ん」

 

 全く……こっちの方がアイドル部門自体は古いからどっしり構え出ればいいのに、とお姉様は溜息を吐いた。

 もしかしなくとも、346プロのことだろうね。大手の芸能プロなんてそう多くないし、新設だからこそ私もスカウトされたんだろう。

 

「まあいいや。それより出来たから皿運んで」

「私とこのソファは永久の赤い糸で結ばれてるのよ?」

「だから何」

「う〜動きたくない〜疲れた〜」

「そっか。昼飯食べたくないって言うんならそう言ってくれれば良いのに」

「ちょっと待った!手伝うからそれは止めてフラン!」

 

 必死だ。

 我が姉ながら必死過ぎる。

 元からお姉様の分をどこかにやろうとは考えてなかったので、パスタが盛り付けられた皿をトコトコと急ぎ足でやって来た姉に渡す。「サンキュー愛してるわフラン」と調子の良いことを言ってきたので「あ、お姉様の好みに合わせてタバスコ1瓶入れといたから」と返すと涙目になった。これがお姉様の一番可愛い表情(セールスポイント)である。

 

「ウソだってウソ。安心して?」

「ビックリするじゃない……止めなさいよぉ……」

「ごめんごめん」

 

 少しやり過ぎたかもしれない。もうカリスマブレイクしちゃった。

 食卓の準備を終えると、頂きますと手を合わせる。日本生まれ日本育ちの私達に隙は無いのだ。容姿はともかく。

 

「そう言えばお姉様、レギュラー番組持ったってホント?」

「ええ。と言っても深夜番組だけどね」

「てことは撮影も夜?」

「女子高校生よ私!録画に決まってるじゃない」

「あ、そっか」

 

 遂に身内がテレビの常連入りと思うと……特に何も無いや。うん。私あんまりテレビ見ないし。

 

「ねえねえ。どんな番組なの?」

「普通のトーク番組よ。ゲスト呼んで色々と話すアレよアレ」

「それ面白い?」

「それ本人に聞いちゃう?」

 

 普通に困ったような表情を浮かべる。

 深夜番組……流石に一度も観たことないなあ。早寝早起きだし。

 

「ん〜でも、それだとまた忙しくなっちゃうね」

「まあ、そうね。今でもラジオ番組が1つ、それに不定期でライブとバラエティ番組もあるし……疲れるわぁ」

「食事中にぐだっとしないでよ。いつものカリスマキャラはどうしたの」

「今日はアイドル閉店の日」

「困ったお姉様だわ」

 

 アイドルに閉店も何もないだろうに。特にお姉様くらいに有名になるとプライベートで外へ出るにも気を付けないと週刊誌にリークされちゃうし、常に糸は張ってないといけない。

 と、そういえば言わなきゃいけないことがあったんだった。

 

「お姉様お姉様」

「はいはい何かしらフラン?」

「私もアイドルやるから」

「へえ〜アイドル。良いわねアイドル。………………アイドル!?」

 

 コツンとお姉様の持つフォークが食器に当たった。そんなに驚くことかな?

 

「うん。何かスカウトされちゃった」

「誰よ私のフランを奪った野郎は!?」

「私はアンタのフランじゃないよ」

「クッ……!確かにフランは可愛い……迂闊だったわ!てっきりアイドルとか興味無いと思ってたのに、知ってれば私のプロダクションで確保したのに……!」

「あの、もしもーし」

 

 聞いてない。何だか自分の世界に入り込んでるみたいだ。

 しょうがないので後ろに回って頭を叩くと「イデッ」と呻いた。

 

「理解?おけ?」

「ムググググ……はぁ。仕方無いわね」

「ごめんねお姉様」

「謝らなくてもいいわよ、どうせ私の一存じゃ決められないし。それよりこの話プロデューサーにはしたの?」

「いやまだこれから」

 

 お姉様のプロデューサーが何故私に関係してくるのかと言えば、端的にこのスカーレット家の保証人になってくれているからだ。

 私とレミリアお姉様は未成年で、二人暮らし。お父様もお母様も亡くなっている以上大人の助けが無いと生きていけないのである。

 その時に手を差し伸べてくれたのが当時からお姉様のプロデューサーだった人で、何やかんやと今じゃ週一は必ず泊まりに来るほど面倒見が良い。とても善人だ。

 ただ、ほんの少しネックもある。

 

「ただなぁ……私346プロなんだよね……」

「あちゃー。それはあの人キツめの発狂をするかもしれないわね」

「え?」

「プロデューサー、あと2年くらいしたら貴方のことをアイドルとしてスカウトしようとしていたのよ。だからそれを横取りされたと感じても可笑しくないわ」

「えー」

 

 あの人そんなこと考えてたのか。全く知らなかった。

 

「それにプロデューサー、346プロはあんまり好きじゃないのよね」

「ほえ?何で?」

「良く知らないけど大学卒業して新卒で入った会社らしいのよ。転職して今の事務所なんだけど、辞める前にいざこざみたいなのがあったらしいわ」

 

 あの普段温厚なプロデューサーがいざこざ、かあ。

 相当腹に来たんだろうけど……何だろう。全く想像出来ない。

 

「まあそう言う訳だから覚悟しておきないよ。あ、でも今からウチの事務所に来てもいいのよ?」

「それは辞めとく。申し訳無いし」

「チッ」

 

 何この姉、舌打ちしたんだけど。私より情緒不安定なんじゃないの。

 

「ところでフラン、この後暇?暇よね?実は見たい服屋が最近溜まってて」

「あごめんお姉様。この後予定あるんだ」

「……え?ちょっと。私完全オフの日次は来月なんだけど」

「ごめんお姉様。どうしても外せない用事なの」

「……因みに聞いても良いかしら?」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 美城プロダクション本社ビル。

 東京の一等地、駅から徒歩数分の場所にある地上30階建ての施設は雄弁とその歴史を誇示していた。

 

「で、デカイ……」

 

 芸能事務所って言うからもっとこざっぱりした感じの建物を想像してたんだけど……、流石老舗って感じがする。

 何時までも田舎者みたいに摩天楼を眺めている訳にもいかないので中に入る。

 

 今日は契約書のサインと担当プロデューサーとの顔合わせである。日曜日だと言うのにアイドルプロデューサーは休めないらしい、ご愁傷様。

 受付で手続きを終えると、渡された来訪者カードを首に掛ける。27階に小会議室があるからそこで顔合わせを行う、とのことなので素直にエレベーターに乗る。

 

「フランさん、おはようございます」

「うわ!って武内じゃん。突然後ろに立たないでよ」

「すみません」

 

 いやほんと驚くから。ヌッと現れないでほしい。

 

「日曜なのに仕事なの?」

「はい。アイドルのイベントは土日祝日が多いので私も休む訳にはいかないんです」

「大変なんだねプロデューサーって」

「その分やり甲斐のある仕事です」

「へー。私もプロデューサーになろうかな?スカーレットPとかカッコイイし」

「アイドルをやって下さい」

 

 至極真っ当な正論だった。反論の余地も無いや。

 エレベーター内で武内と別れて27階で降りると、取り敢えずフロアマップを確認してみる。外観はとても大きかったけどそれは中身も比例してるようで、この階だけでも小会議室はたくさん点在していた。

 

 日曜だというのに話し声があちこちから聞こえる廊下を歩く。どうにもどの小会議室も使われているみたい、武内といい346プロには働き者しかいないのだろうか。

 3分くらい進んで、漸く受付の人に言われた小会議室に到着する。コンコンとノックすると、「どうぞ〜」と間延びした言葉が返ってきたので遠慮なく入る。

 椅子の前に立っていたのはスラッとしたイケメンだった。癖がかった茶髪に見定めるような細い目、それでいて口は弧を描いている。……武内Pとはまた違った胡散臭さがあるね、私ってもしかしてそういう縁でもあるんだろうか?全力で遠慮したいんだけど。

 

「貴方が私のプロデューサー?」

「うん。違わないよ。俺は下野拓弥(ひろや)、気軽に呼び捨てでもプロデューサーでも好きに呼んでいいよ」

「じゃあヒロちゃんPね!」

「それは勘弁して欲しいかな……」

 

 そう言って曖昧に笑った。普通に嫌らしい。好きに呼べって言ったのはそっちなのに、責任感の欠けたプロデューサーだなぁ。

 

「それで、念の為確認するけど君はフランドール・スカーレットさんで合ってるね?」

「ええ、私がただのフランドール・スカーレットだよ。気軽にフランって呼んでいいよ」

「了解、フランちゃんね」

 

 頷くと、下野Pは手元の書類に目を落とした。

 事前に私が提出した履歴書だろう。いつも学校の課題とかはチョチョイと済ませてしまうけれど、今回は時間を掛けて真面目に書いた。ので不足は無いと思う。

 下野Pは躊躇うように書類と私の顔を2回くらい見比べると。

 

「……早速だけどフランちゃん、2つほど聞きたいことがあるんだけど良いかな?」

「いいよー。何が気になるの?」

「まず1つ。──────495歳って、なに?」

 

 あー、確かにそれは触れざるを得ないよね。

 勿論私はピッチピチの何処に出しても恥ずかしくない10才だ。でもアイドルをやる以上キャラ、即ち個性というものが緊要なのだ。そこで幻想郷のフランを踏襲してはどうかなあ?と思ったのである。

 

「うん、本当はフランは10才だよ」

「だよねー。今度からは真面目に書いてね?」

「でもアイドルってキャラ付けが大事なんでしょ?495歳のロリアイドルってなったら話題性凄そうだなぁって思ったの!」

「495歳のロリアイドルって……いや、でもアリなのか……?」

 

 下野Pは神妙な顔持ちで手を顎に当てる。私的には元キャラ的にもベストな提案だと思うんだけどね。

 数秒くらい待つと「うーん、まあこの件はもう少し検討させて欲しいかな」と煮え切らない返事。まあしょうがないか。

 

「じゃあ次。フランちゃんってもしかして姉妹だったりしない?」

「うん!お姉様はレミリア・スカーレットって言うの!」

「やっぱりかぁ……」

 

 瞬間苦虫を嚙み潰したような表情をするが、すぐに取り繕った。しかし声は抑えられなかったみたいで、ファミリーネームくらい聞いとけよ武内さん、と下野Pは恨めしげに呟く。

 

「お姉様と別の事務所に所属してたら何かあるの?」

「まあ基本的に問題は無いんだけど、ただある程度有名になってきたらファンからその辺突っ込まれるかもしれないね」

「ファンから?」

「うん。例えば「姉妹ユニットにしろ〜」とかね。だけど現実的には部門違いなら未だしも競合他社の人気アイドルとユニットを組ませるのは至難の業だからね、ま、僕もフランちゃんも、ついでにレミリアさんもちょっと困るかなぁって程度のことだけど」

「大変なんだねアイドルって」

「フランちゃんー?他人事じゃないぞー?」

 

 そうだった。これからは私もアイドルなんだもんね。

 ……お姉様とユニットねえ。アイツ妙にどんくさいからちょっと嫌なんだけどな。こけてもたついた拍子に私の事をステージ袖から落としてきそうだし。

 

「取りあえず、最初に契約書の方を書いてもらいたいんだけど……ご両親は?」

「今はいないわ」

「あー。う~ん。倫理的に未成年のみで契約書にサインさせるのはなぁ」

「私は構わないよ?」

「そうしたいのは山々だけどね、後々リークされたらウチの会社が問題になっちゃうから」

「驚くほど正直に言うのね。しょうがないわ、保証人を呼んであげる」

 

 スマートフォンを出してプロデューサーにメッセージアプリで『暇なら今すぐ346プロ本社27階の2711小会議室に来て』と送る。プロデューサーは仕事上報連相に関してはマメだからすぐ返信も来るだろう。

 

「ん、忙しいからこれで来るかは分からないけど。来るにしても少し時間掛かるわ」

「そっか。もし来れられないようなら契約は後日にして、先に宣材を撮ろうか」

「洗剤なんて持ってないわ」

「ベタか。宣伝材料用写真だよ。これを使ってお客さんにフランちゃんの魅力を売り込むのさ。いよいよアイドルへの第一歩って感じがしない?」

「写真撮るだけでしょ?別に無いよ?」

「まあそうだけどさ……何か年齢と反してドライだね君。ともかくメイクさんに化粧してもらいに行こうか」

 

 準備は既に整っていたみたい。

 私は下野Pに連れられてメイクさんが待機している部屋に到着すると、時間を掛けて化粧をさせられる。

 プロ意識が強いのか、職人肌なのか。一言も喋らずに終えると再び下野Pに率いられて別の部屋へと着いた。道中スマホを確認すると「ちょっと良く分からないけど了解」と返信があるのを確認。多忙の中でも来てくれるみたいだった。

 下野Pはコホン、と一息吐くと。

 他人を安心させようとしたのが空回りして胡散臭くなってしまったような笑顔で靴を鳴らした。

 

「じゃあこれから宣材を撮るんだけど、僕は残念ながら写真に関しては門外漢でね。と言う訳でフランちゃんにはプロのカメラマンに従ってもらうことになるけど大丈夫?」

「勿論、フランちゃんに任せなさ~い!」

「……それって何かの真似?」

「知らないの?日曜朝にやってたアニメの真似」

「因みにタイトルとかは?」

「知らない。だって私も一回しか見たことないし、お姉様は好きだけどね」

 

 .......フランちゃんて不思議な子だね、と言う下野Pの発言を笑顔で無視したのは誰にも咎められないだろう。思春期の女の子を扱うのだからもうちょっと繊細な心を感じ取ってほしいまである。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 写真自体は思ったよりも難航することも無く、流水が上から下に流れるように順調に終える事が出来た。フランちゃんは将来モデルの才能もあるよ、とはカメラマンの弁だった。なるほど、そういうキャリアもアリと言えばアリかもしれない。まあ今からそんな転身を考える必要もないけどね。

 それよりも。

 

「あの、フランがアイドルって本当なんですか?」

「はいそうです」

「何でこんな事に……申し遅れました、私南武臣(みなみたけおみ)と申します」

「ご丁寧にありがとうございます。私は下野拓弥と申します、この度フランさんの担当プロデューサーをさせて頂くことになった者です」

「そうですか。突然で申し訳ないですが、少しフランと話をさせてもらっても構わないでしょうか?」

 

 プロデューサーは至って冷静に下野Pと会話している.......ように見える。

 だけど私は知っている。右手が忙しなく、ポケットに突っ込んだり左手で握ったりしている時、とても動揺していることを。

 

「構いませんけども.......」

「じゃあ少し失礼して」

 

 ちょんちょんとプロデューサーが廊下の外を指差したので、私はトコトコと歩く。

 

 武臣とはお姉様のプロデューサーであり、我が家の保証人である。

 日本男児を体現したような意志の強い顔立ちをしていて、実際決断力はかなりのものだ。私たちの保証人を請け負うのも即決だったし、そこそこ頼りになる。

 ……のだが。

 

「フラン!?何で僕に相談しなかったの!?アイドルプロデューサーといえば僕!僕といえばアイドルプロデューサー!お分かり!?」

「うぃ」

「うぃ、じゃないよフランちゃん!?僕なら絶対にレミリアちゃん並みにトップレベルのアイドルにする自信があるのに何でさ!?信じられなかったかい!?頼りないかい!?だけど僕は頼られたい!!」

 

 ……超めんどくさい。

 お姉様がキツめの発狂を覚悟しとけと言っていた意味が漸く分かった。うん、これは確かにキツイ。大の大人がする云為じゃない。

 プロデューサーは突発的な事柄に弱い。それは日常生活に多大な影響を及ばすほどで、例えば料理中に必要な具材が無かったら焦って手元のものを逡巡もせず入れるレベルに柔軟性が無い。お姉様によれば仕事中はそういうのは無いんだけど、何故かプライベートとなるとその悪癖が前面に出てしまうみたいで。

 

「でもしょうがないじゃん。私だって最初はなる気なかったし、プロデューサーも私のこと勧誘しなかったじゃん」

「だって未だ10歳だよ!?早いって!こんなの良い匂いに我慢できずに一分でカップラーメンの蓋を開けちゃうようなもんだよ!陰謀渦巻く芸能界に入るならもっと大きくなってからじゃないと!」

「でもお姉様は12歳の時に入ったよ?私は別扱い?」

「そ、そそそれはフランちゃん関係ないよ!」

「へー」

 

 冷たい目でじっと見ていると騒いでいるのに気になったのか下野Pも部屋から出てきた。私と同じく面倒くさそうな顔をしている。

 

「すみません。周囲の迷惑になるので大声は控えて頂けないでしょうか」

「……ごめんなさい」

 

 不機嫌そうな下野Pにシュンと大人しくなった。うん。持つべくは担当プロデューサーだね。

 

「それで、如何でしょう。了承して頂けるでしょうか?」

「う~~~~~~~ん」

 

 後に下野Pは「あれほど悩んでいる人間を見たのは国立西洋美術館で悩む人の銅像を見たきりだよ」と称する。

 盛大に悩んで、頭をボリボリと掻き毟って、首を何度も振ると。

 

「…….......分かりました。僕は認めましょう。ただフランちゃん、本当にアイドルになるんだね?」

 

 視線がぶつかる。その双眸は至って冷静沈着としていて、本気で私の覚悟を問おうとしている。

 アイドルっていうのは非常に厳しい世界だとは私も聞き及んでいる。一つのスキャンダルで直ぐに干されてしまうし、同業者同士の仕事の奪い合いも苛烈極まっている。私生活も窮屈になる、お姉様の姿を見れば一目瞭然だ。スクープを狙う三流記者を考えれば常に品行方正を求められるだろう。

 だからプロデューサーは問いかける。

 お前は本当にアイドルになる、その意味を理解しているのかと。

 

 ───まあ、そんなの愚問だけどね。

 

「うん。なるわ。お姉様なんか軽く超えてトップアイドルになっちゃうんだから」

「そっか、なら良いんだ。飽きて辞める.......なんてのは無しだからな」

「その時は下野Pが責任を取るから大丈夫よ」

「俺!?いやまあ、そうならないよう努力するさ」

 

 斯くして、フランドール・スカーレットはアイドルになったのである。

 


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