フランドール・スカーレット(仮)に憑依したけどアイドルになったから歌うことにする   作:金木桂

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未完なのに作品を上げてる理由は活動報告にあります。

今回はプロデューサー視点の話。


プロデューサーは酒を飲み語る

 その翌日。トレーニングルームにて。

 

 下野拓弥は自分がこれから担当するアイドルであるフランドール・スカーレットの初レッスンの様子を見に来ていた。

 今行われているのは現段階でどれくらい動けるかという体力テストだ。アイドルはライブの際に歌ったり踊ったりと身体を大きく動かすから多大な体力を消耗する。その為、アイドルというのは世間が思っているよりもよっぽどアスリートなのである。

 まあ目の前で一心不乱に踊るアイドルは流石にまだまだひよっ子のようだったが。本人も普段から積極的に外出していかないと認めてることだし。

 フランがふらふら……ぱたん、と倒れるのを見て、まあインドア派っぽいし最初はそんなもんだよね、と下野はこれからの事に思いを馳せた。

 

 下野にとってフランが初めて担当するアイドルだった。

 当初モデル部門を担当していた下野はアイドル部門へ部署異動になると辞令を渡された時も特に悲壮感はなく淡々と自分の机を片付けた。と言っても内心ではそこそこ不安感もあったりもしたがプロデューサー業は同僚に隙を見せたら負けだ。老舗大企業である346プロというステージでの出世競争は苛烈にして凄まじい。出世欲なんて大して無かったとしても勤めている以上否が応でもその争いには巻き込まれてしまう。一度油断すれば仕事を取られ、今まで築いてきた地位が崩れてしまうのだ。出世に興味ないと言っても野心たっぷりの同輩に足元を奪われるのはとても面白くない。だから表面上は取り繕わなくてはならなかった。

 そういう意味ではこの異動は悪い話でもなかったのかもしれない。新設されたばかりのアイドル部門は世間のアイドルブームに乗っかったとは言え会社としては未だ進退が予想付かない部門であり、0から開拓していく以上出世云々とかそれ以前の状態だった。全くの更地である。そんな不安定な地盤だからか出世を夢見る人間は部門の崩壊を恐れ殆ど来ず、同僚にもバイタリティーは溢れていても比較的穏やかな人間が集まったのである。

 とは言え。下野にとって経験したことがないアイドル業。暗中模索だなぁ、と思いながらも正式に移るまでは他プロダクションのアイドルの情報を探って過ごした。移動した後は346プロでプロデューサー業についての研修を受け、まぁモデルもアイドルも人を商品にしている以上似たようなもんでしょ、と無理矢理ポジティブに気分を持って行っていた所でタイミング良く武内にフランを紹介されたのだが。

 

(やっぱ実際にアイドルを受け持つのは、全く違うね。責任感が重いったらありゃしない)

 

 ついに本格的に始まってしまったのか346プロのアイドル事業部。憂鬱だ。下野は密かに目を伏せてこっそり溜息を一回。サボり癖がある訳じゃないが自ら未知の分野に裸一貫飛び込む趣味もない。

 これが終わったら一服してやるとばかりに下野はへばったフランを見定める。

 

「フランさんはやはり有望ですね」

「うわ!?……って武内さん?何でここに?」

「スカウトした以上、責任を持って経過を知るべきと思ったので」

 

 ずんぐりとした身体に若干引きつつ、下野は武内を見た。

 武内はこのアイドル部門でもかなり高い位置にいる男だ。ついでに下野からすれば先輩社員に当たる。一応地位的には平社員のプロデューサーであるはずなのだが、噂では大規模なアイドルプロジェクトを企画しているらしい。本当に平社員なのか下野としてもこの短い期間で疑問点は幾つも出来ていたが如何せん、真面目に真面目を掛け合わせたみたいな仕事男だしその話も不思議ではないね、と心の内で思いつつ下野は徐に手帳を開いた。

 

「有望って.......それ、これを見て分かるもんですか?」

「はい」

 

 武内は間を置かず肯定した。

 

「フランさんの目を見て下さい。確かにフランさんの体力は同年代と比較するとあまり多くはありません。しかし、あんなにも疲れ果てても尚、瞳が輝いています。まだ十歳の子だというのに、意志は非常に固い。彼女は逸材ですよ」

「でも、ならどうして俺なんでしょうか?まだ少ないとはいえ他にもプロデューサーはいます。それに俺はアイドルプロデューサーに関してはまだ毛が生えた程度のド素人ですよ?」

「貴方なら彼女を引き出してくれる、私がそう確信したからです」

 

 その言葉に首を傾げる。

 フランの魅力を引き出す?それ、アイドルプロデューサーとしてのイロハを座学で習っただけの人間が出来るの?

 昨日会ったばかりにもかかわらず下野は既に確信を深めていた。

 フランはかなり癖の強い少女だ。自分から高齢ロリアイドルとかいう新ジャンルを提案してくるのもそうだが一番はその幼い容姿とは反面に妙に理知的な内面である。

 初めて喋った時、冷徹に自分の事を分析しきっている、下野はそう感じた。解れた個所を縫合し直したかのように年齢相応な明るい少女の表情を覗かせたかと思えば、唐突に突いて出る不釣り合いなまでに沈着とした言葉はそのゴシックドレスをふわりと纏った可憐な容姿と相まってまるで西洋の貴族みたいな貫禄すらある。

 少なくとも新人プロデューサーが手綱を握れるアイドルではない、と下野は言おうとして「ボーカルレッスンに移るみたいですよ」と諫めるような武内の言葉が挟まり「……そうみたいですね」と渋々話の矛を収めた。

 

 ボーカルレッスンはトレーニングルームではなくレッスンルームにて行われる。

 ベテラントレーナーに案内されるフランの少し後ろを二人して歩き、レッスンルームに入るとベテラントレーナーである青木聖はその妹の青木明に引き渡すとレッスンルームから出て行こうとした。

 出る直前に下野は慌てて呼び止めようと声を掛ける。指導者の視点から見解を聞きたい。

 

「唐突にすみません、フランドール・スカーレットのプロデューサーをしています下野と申します。フランはどうでしょうか?」

「プロデューサーの下野さんですか。私は青木聖です、先程のトレーナールームの管理及びアイドルのダンスレッスンの指導をやっています。さて、スカーレットさんのことですね」

 

 言って少し悩まし気な顔をしたが、直ぐに元の表情に戻る。

 

「初日と言う事を考えれば悪くないと思います。体力は同年代と比べても無い方でしょう、ですが根性は座っています。ダンスも初心者とのことなので、これから学んでいけば半年くらいでかなり踊れるようになると思います」

「そうですか。ありがとうございました」

「いえ。礼には及びません」

 

 言い放つと今度こそレッスンルームからベテラントレーナーは姿を消した。トレーニングルームへと戻ったのだろう。

 

「武内さん、青木さんも貴方と同じようなことを言っていましたね」

「それくらいフランさんは将来有望ということですよ」

 

 ───そんなもんですか。

 ───そんなもんです。

 武内と下野が仲良く示し合ったように言葉を交わしている間にも、フランとトレーナーは自己紹介を終えていた。

 

「ボーカルレッスンって何をすればいいの?」

「最初ですからね。どれくらい歌えるかを見ましょう。選曲は歌えるものなら何でも良いですよ!」

 

 トレーナーは少しニヤリとしながら告げる。

 まあつまりアカペラだった。下野はなるほどと小さく呟く。

 無伴奏で歌うというのはその実非常に難しい。リズム、音程、キーなどを把握しながら抑揚を付けて歌う技術は素人では困難極まりない。多少何れかがズレただけでも第三者からすればすぐに分かってしまう。なのでこれまで芸能とは無縁の女子小学生だったフランに完璧は求められていない。トレーナーも本当に現時点でどの程度歌えるかの基点を探るつもりだろう。

 

「ん〜と。……じゃあさ、ここにいる人が解らない曲でも良いの?」

「問題ありません」

「分かった!」

 

 解らない曲……。よっぽどニッチなインディーズの曲なのか、それなら小学生にしては相当音楽通だ。

 いや、だが違う。違う気がする。確信は無いが下野は頭の中で無根拠に断じた。

 これまでのフランの不思議な雰囲気。加えてフラン自体に邦楽だの洋楽だのを聴き漁ってそうなイメージが無い。まああったらあったで追々それもアイドルとしての強みになるから悪い事じゃないし、この予想は別に外れて良いのだが。

 フランは目を閉じると、直ぐに目を見開いて息を吸った。その何気ない動作に下野も武内も言葉を忘れて黙り込む。

 

 凛とした歌声がレッスンルームに響く。その声は幼さと大人っぽさが同時に介在しているような情調を孕んでいて、空気を静かに揺るがす。抑揚や掠り声、音程、息遣い、声の盛衰。全てが細い糸となって組み合わさり紡がれ、繊細に出来上がっている。

 プロでも難しいほどに、完璧。歌唱技術について詳しくない下野にもこれがどの程度のものかは解らなくても、少なくとも素人に出来るものではないと理解できる。

 そしてこの曲

 知らない。その独特なリズムも、歌詞も、下野は聞いたことなかった。隣の武内に視線を送ると、それに気付いた武内は首を横に一回振った。人並みより少し詳しい自分ならともかく、長年芸能界と接してその分野にも造形の深い武内が知らないというのは相当だ。この分だとトレーナーも知らないだろう。

 エキゾチックな歌だと思った。

 伴奏が無いのに、歌声だけで不思議と異空間を夢想させる。なされるがまま下野は瞳を閉じてみた。

 赤い、いや紅い。どこまでも紅い西洋の城。夜でさえ目立つその城の中に囚われの一人の少女は地下室でヌイグルミを壊す。壊して、また壊して、自己嫌悪に浸る。窓があったらどんなに良かっただろう、今宵の月はどのような欠け方をしているのだろう。しかし確認する術は無い。地下室に窓など在りはせず、少女は己の感情が滾るのを待つばかりなのだから。

 

 歌い終えるとフランは舞踏会で一曲踊り終えた令嬢のように優雅に一礼して、無邪気に口を開いた。

 

「ねえねえどうだった?一応歌には自信あるんだけど」

「……これはこれは。既に技術に関して私が教えられることは無いですね。どこかで歌を習ったりしてました?」

「ううん?偶に家で歌ってたくらいかしら」

「なるほど……ただ肺活量が少ないみたいですね。後は声の深みが足りないのと、ビブラートの振れ幅がちょっと浅いのと、音程のメリハリを若干曖昧に誤魔化している箇所があります。私が鍛えれるのはそこくらいでしょうか」

「滅茶苦茶あるじゃん!」

 

 フランは少しガッカリした面持ちで項垂れた。

 いや、でも。

 トレーナーはそう言うが、どう考えてもこれは。

 

「……凄まじいですね、彼女」

 

 武内のそんな呟きには下野も心底同意だった。

 

「ええ、全くですよ。武内さんこんな大物何処で見つけたんですか」

「都内のコンビニです」

「ええっ」

 

 意外過ぎる。

 まるでお姫様みたいな容姿に普段着でドレスを着込んだ少女とコンビニでエンカウントってどんなラックしてるんだ、とか、武内さんはもうスカウト業に専念した方が活躍できるのでは、とか思ってしまった下野だったがともかく。

 言葉を飲み込んでいると武内はボソリと呟く。

 

「……ですが、正直ここまでの才覚があるとは思いませんでした。フランさんは既にボーカルだけならAランクアイドルにも通じます」

 

 下野はその武内の漏れてしまうように出てきた単語に言葉なく驚く。

 アイドルランクというものがある。アイドルの人気を簡易的に表したもので、Fから始まり最高がSランクである。Aランクともなれば国内でも有数のアイドルが名前を連ねていて、765プロの天海春香、526プロのレミリア・スカーレットなどが挙げられる。そんな中346プロには未だAランクアイドルは在籍しておらず、最高は今武内が担当しているアイドルグループのCランクだ。このグループ現在活動一年目、他のプロからヘッドハンティングしてきた為にこのアイドルランクを誇っている。純粋に346プロでキャリアを始めたアイドルは全員Fランクどころか、それ以前にそもそもデビューもしていない。フランだってデビューは数ヶ月先の話だ。まだ新人オーディションを終えて結果を各応募者に郵送したばかりである。例え一番早い合格者でもレッスンに入れるのは一週間後になるだろう、と下野は考えていた。

 

 ともかくだ。

 Aランクという言葉は重い。そこに振り分けられているアイドル全員が日本を席巻するアイドルの一人なのだ。武内だってそれを分かった上で言ってる。

 つまりは。

 フランドール・スカーレットという少女は、アイドルとして天凛の才を持っているのだろう。それをしっかり支えることは出来るのだろうか、プロデューサーとして然るべきことを成せるだろうか。下野は再び歌い始めたフランを視野の外に放り投げ心中で反芻し始める。

 

 ──────思考に耽る下野といつもの強面で眺める武内は背後で、入り口からただただ中を覗く男についぞ気付くことはなかった。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 フランのレッスン後、メールを受け取った下野は待ち合わせ場所の駅に向かっていた。

 足取りは重い。フランはダイヤモンドの原石のように輝いていた、稀に見る逸材だ。それを上手く削り、一級品とする役目を背負うのがプロデューサー。業界は似通っているが以前やっていたモデル相手とは全く違う、下野は鬱屈とした気分をミントガムを噛み締めて誤魔化す。タバコを吸う時間が無くて妥協的にコンビニで買ったものだったが悪くはない。

 

 一度駅の化粧室に入り、お気に入りのネクタイを整えスーツを正していると懐に入ったスマートフォンがブルブルと2回震える。待ち合わせ相手が先に着いたのだろう、そう思って手を洗うと直ぐにそこを離れた。

 

「お待たせしました」

「いえ、僕も今来たばかりですので」

 

 駅構内にある時計台の長針は午後7時を示していた。もう夜の帳も降り切っている。

 時計台の下、下野と同じくスーツをきっちりと着込んで立っていた男────南武臣はビジネススマイルで下野を先導する。

 

「近くで居酒屋を予約しているんですよ、そこで話しましょう」

「用意が良いですね」

「僕も貴方と同業ですから」

 

 南は昨日、フランの裏でこっそり下野と名刺を交換していた。このサシの飲み会も南が下野を誘ったものだ。

 5分程度歩くと「ここです」と南は徐に落ち着いた雰囲気の居酒屋に入った。下野も着いていく。

 個室に案内され、互いに生ビールを片手に取ると。

 

「じゃあ乾杯」

「乾杯」

 

 一口含んで、苦い。アルコール臭が脳を微かに劈く。

 下野はアルコールが苦手だった。アルコールは思考を邪魔する。眠気も誘発する。何より健康的じゃない飲料だ。飲めないわけじゃないが、普段から飲み会では様子を見て烏龍茶を頼むくらいには酒は避けている。

 最初の一杯だけ付き合ったからもう充分でしょ、とばかりに下野がお通しを摘んでいると南が口を開く。

 

「僕、実はプロデューサーには嫌々なったんですよ」

「……そうなんですか?」

「ええ。今のプロダクションに入る前は346に居たんですけどね、そこも就職難で仕方なく入った会社でして」

 

 お恥ずかしい、と目を伏せて言う南に下野は驚かざるを得なかった。

 346プロにいたということもそうだが、何より南が嫌々とこの業界に入った。それが信じられない。そもそも346プロは老舗大企業、妥協で入れる会社じゃない。ここは誰もが第一志望に名を挙げ、懸命な努力の末で入社の叶う場所だ。下野だって厳しい入社競争の末に漸く掴んだ切符だった。

 訝しんでるのを察したのだろう、南はジョッキを呷った。

 

「僕、世間的にはかなり良い大学に行ってたんですよ。それで就活してた当初は官僚を目指してたんですね……まあ落ちちゃいましたけど」

「……その後346に応募したんですか」

「ええ。応募自体は公務員試験より全然前でしたけど、何とか苦労して民間の就活とを両立してたのが功を奏しました。当時は絶望一色でしたけどね」

 

 南は朗らかに笑った。

 

「でも馬鹿なことに業種問わず一流企業だけ受けてたんですよその時の僕。同期がみんな大手に就職していくので僕もプライドがあったんですね。今思えば無計画で失笑ものですよ。それで民間も殆ど落ちたんです、当たり前ですね。その何とか受かった一社が美城プロだったんです」

「なるほど……」

 

 自慢に聞こえて、そこはかとなくイラッとは来たが下野は抑える。

 

「そうして乗っかった船で、芸能界について何も分からないのに僕はプロデューサーになったんです」

「……不安とか無かったんですか?」

「正直着の身着のままでエベレストに登頂しろと言われた気分でした。まあそれは下野さんも同じでしょ?」

「俺ですか?」

「最近のアイドル部門新設でアイドルプロデューサーになったんですよね。分かりますよその気持ち」

「いえ、南さんよりは全然です」

 

 事実南よりはまだマシな状況だった。

 下野には部門違いとは言えプロデューサーとしての経験がある。アイドル業界に寡聞なだけで、普段の仕事自体はそう大きく変わることはない。

 だがアルコールを含んだ唾を盛大に飛ばしながら南は大声で机を叩く。

 

「それでもですよ!違う分野に飛び込む恐怖は得てして在るものです!僕だって今でこそ何とかレミリアを育て上げたけど栄枯盛衰の激しい業界である以上未だふとした時に感じるんですよ!」

「あの……。酔ってません?」

「今そんなのどうでもいいでしょうが!!」

 

 あ、完全に酔ってますねこれは。

 下野は面倒臭くなってきた状況にため息を吐いた。どうやら相当酒に弱いらしい。

 

「大事なのは下野さんがウチのフランを担当するということなんですよ」

「ウチのって。いやまあ、そうですが」

「否定できないでしょ!?そりゃそうですよね!武内の野郎鳶のようにウチのフランを掻っ攫いやがって……!」

 

 荒れる南はさておき、どうにも武内を知っているようだった。346プロにいたとも言っていたので不思議じゃない、ないのだが。

 

「もしかして武内さんと元同期だったりします?」

「ハイエナ鉄面極道野郎と同期!?ああそうですよ!一緒の年で入社しちゃいましたよこちとら!」

「なるほど」

 

 ハイエナ鉄面極道野郎……。

 相当なヘイトを買ってるけど大丈夫だろうか武内さんは、なんて考えつつ会話が噛み合わなさから無意識にビールを一口飲んで、顔を顰める。放課後に忘れ物を取りに教室に戻ってみたら初恋相手が嫌いな男子とキスしているシーンを見てしまったくらいには苦い。苦かった。

 

「フランはあと数年したら526プロでアイドルデビューするはずだったんですよ!?それでレミリアと姉妹でスカーレット☆シスターズってユニットで鮮烈アイドルデビュー!トントン拍子でSSSランクアイドルになるはずだったんですよ!?」

 

 SランクアイドルならともかくSSSランクってなんだろうか。昨今の異世界なろう小説じゃないんだからもうちょっと節度を考えるべきではないだろうか。

 下野はビールをまたぐびっと直接食道に流し込むように飲むと。

 

「知らないってそんなのさ!それにスカーレット☆シスターズって何そのクソダサユニットネーム!捻りが1mmも無いじゃんか!」

「国民的アイドルなら時には直球も必要です!正統派アイドルユニットとしてこれ以上の最適ユニット名は無いのは自明の理!これが理解できないとはアイドル業に関わり始めて浅いだけはあるな!」

「たしかに僕はアイドルプロデューサー初心者だ、うん、認めよう。分かんないさ」

「……あっさり認めるんですね」

「そりゃまあ、先達に経験で勝てないし」

 

 矛をあっさりと抑える下野に面を食らった南は、何となく負けた気分になって更にビールをゴクゴクと喉に流し込んだ。そこら辺の未成年飲酒してる高校生よりも酒弱い癖に一気に飲み干す。

 止める間もなくジョッキを開けると「スイマセン!生追加で!」と店員に注文する。

 これ、放置しちゃっていいのだろうか?まぁ面倒臭いしいっか。と下野は乾いた塩キャベツを口に運ぶ。

 南は半分も減ってない自分のジョッキを片手にビールの泡に口を付ける。

 

「調子狂いますね、本当なら今頃フランの担当Pになれなかった恨み辛み時々私怨を下野さんにぶつけてたんですけど」

「ぶつけないでもらえませんか?」

「ともかくです!下野さんには一流のプロデューサーになってもらわなければ困るんですよ!フランを超高校級のアイドルにしてもらわなければ困るんですよ!」

「まだ小学生ですけどね」

 

 顔を赤くして、ふぃ~、と息を吐いた。

 

「フランが一線級のアイドルになる素質を持った少女なのは下野さんも分かりますよね?」

「ええ、それは」

「下野さんが嫌いなわけじゃないんですけど本当なら僕がプロデュースしたいんですよフランは!2年間家で見てきました!武内さえいなかったら僕がアイドルにしてましたよフランが望めばだけど!」

「まあ、心中お察ししますけど」

「だからこそ困る!フランを絶対にトップアイドルにして全国、いや全世界に夢を与える蝶にしてもらわなければ困るんです!」

「全世界はちょっと.......」

「分からんですか下野さん!僕は個人的に、526プロとか346プロとか関係なく、下野さんを手伝おうと思ってるんですよ!」

「……本気ですか?」

 

 思わず唐揚げを食べる手を止める。

 それは企業的に大丈夫だろうか。346プロと526プロは言わずもがな同種企業、競合しているのだ。それを分かっていてなお346プロに所属する下野とそのアイドルに協力することは背信行為に当たる。

  

「本気も本気です!ヒック。信じられませんか!?分かりました!なら今からこのビール一気飲みしてやりますよ!」

「それは止めてください!酒弱いんでしょ!」

「ええ!弱いですよ!でもそれ以上にレミリアとフランに弱いですよ僕は!」

「知りませんよ!」

「ともかく下野さんとは個人的な関係なので何の問題も無いです!無いったら無い!別に僕だって仕事を流したり直接接触してあれこれしたりと明らかなことはするつもりないです!ただちょっとアドバイスとかノウハウレクチャーするくらいしかやりませんよ!」

「いやそれ十分接触するのでは」

「大丈夫ですって!大丈夫じゃなくてもどうにかした後にどうにかします!」

「それ完全に無謀無策!」

「ともかく僕にとっては家族みたいなもんなんです!なので重々頼みますよフランさん!」

「俺は下野ですが!」

 

 酔っぱらいの絡みに早くもダウンしかけている下野。

 南の助力の申し出はありがたい。色々と危ういところはあるので素直に頷けないところではあるが、それでもアイドル業界に詳しい南の力を得れるのは大きい。幾ら老舗の大企業とは言え新設なので346プロには経験豊富なアイドルプロデューサーがおらず、南のような人気アイドルを抱えたプロデューサーの知識は大変貴重なのだ。

 

 ───しかしフランの為だけにここまでやるとは.......。

 南武臣という男は縛られない人間なのかもしれない。変わり者なのは確かだろう。情熱的なのも確かだろう。そう、だからこそプロデューサーとして。担当アイドルであるレミリア・スカーレットをたった三年で大成させるといった現実的に難しいことが出来たのだろう。

 

 そんな男がフランを託してきた意味が分からないほど下野も暗愚ではない。

 ───自分を信頼したのだ。会って二度目の、アイドルプロデューサーとしては何の実績もない自分を。

 

 下野は酒に酔っぱらった南に適当に相槌を打ちながら、今夜は遅くなりそうだと烏龍茶を注文しようとして。

 ブルルルルと下野の懐からバイブレーションが震えた。

 仕事終わりの際はメールやメッセージなどの通知は通知音のみでバイブレーションは設定していない。つまり必然的に電話着信である。

 

 ちょっと失礼します、と酔っ払いを無視して下野が席を立ち、開けた場所で電話を取る。

 

 ───通話を終えた下野は、先程まで飲んでいたのが嘘のような険しい顔になっていた。

 不安は消えないが、託されてしまった以上やるしかない。下野は緩んでいたネクタイをキツく縛った。

 

 




あと二話。

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