フランドール・スカーレット(仮)に憑依したけどアイドルになったから歌うことにする   作:金木桂

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 間隔が空いてごめんなさい、そして先手を打たせていただきます。多分また空きます。


アイドルいんざすくーる(未デビュー)

 橘ありすは普通の小学生である。

 朝起きて学校に行き、真面目に授業を受け、人並みに友人と歓談する。少し大人ぶりたいお年頃の普通の真面目な女の子だった。

 

(ぐっすり寝てます……)

 

 ───真面目な女の子だからこそ、橘ありすは授業中にも関わらず隣でむにゃむにゃと満足そうに旅立ってしまったクラスメイトに気が気でなかった。

 フランドール・スカーレット。

 自分の名前とは違い完全に海外のそれ……なのだが、机をピタリと合わせたアリスはどうもそのフランの日本人然とした云為にピンと来ていなかった。

 透き通るような黄金の髪に、苺のムースみたいに赤い瞳。極めつけはペンキで丁寧に塗装したかのようにムラ無くきめ細やかな白い肌。

 整ってると言うどころか、ありすから見ても完璧という他なかった。

 そんな海外製の西洋人形さえ思い起こさせる容姿の癖にこのフランという少女、日本語は完璧だし箸を器用に使い熟してるし勿体無いとか言って折れた鉛筆を机の中に放り込むし。

 なんというか、容姿以外は完全に日本人なのだ。

 

(……私の方が集中できない)

 

 チラチラと目に入るフランの寝顔に思わず視線が惹かれてイマイチ黒板に焦点が合わない。

 寝息こそあまり立てていないので先生には見つかってないが、それも時間の問題だろう。

 少しの親切心を胸に、意を決してアリスはフランの左肩を突いた。

 

「……スカーレットさん。授業中ですよ」

 

 反応。無し。

 フランは最高級のマッサージでも受けてるかのように、気持ち良さそうに机に伏したまま動かない。

 

(どうしたんだろう……スカーレットさん、普段は起きてるのに)

 

 思わず脳裏に思い浮かべたのはいつもの隣人の姿。

 勤勉、とまでは行かなくともいつもは時折欠伸をしたりノートに落書きしながら起きて授業に臨んでいる。眠そうに半目になることはあれど、ここまでガッツリ寝に入ったことはありすの覚えている限りではなかった。

 

「スカーレットさん……!」

 

 もう一度!、と先生の隙を縫ってフランを揺らしてみるが結果は変わらず。スピースピー、と此方まで眠くなってくる程の良い表情で目を閉ざしている。

 ……もういいかな、なんて諦めが芽生えそうなるのけど踏みとどまる。

 

───なんか、よく分からないけど負けた気がする。

 当初の理由は突風に吹かれたように消え去り、今ありすの心中でジリジリと燻っていたのは謎の敗北感だった。

 悔しい。

 勝手に戦って勝手に負けた気がする。

 ありすは持っていたシャーペンを机に置いた。すると、コロコロと傾斜に逆らえず転がって落ちそうになって、慌てて阻止すると今度はペンケースへと戻した。鉛筆なんて子供っぽいと両親に買ってもらった大切な仕事道具(文房具)である。

 

 ともかくだ。

 普通にやってもこのクラスメイトは絶対に起きない。何故かは分からないけど熟睡してるのだ、身動ぎ1つしないレベルで。

 どうすれば起きるだろうかと考えてみて、やっぱり声で起こすしかないと思い至ったありすは口を耳に近づける。自然と視線はフランの耳たぶに流れた。

 

(白い……柔らかそう……甘い匂いがする……ってそうではなくて!)

 

 頭をブンブンと振って、目を閉じて今度こそ耳元に唇を近づけた。

 

「スカーレットさん、授業中ですよ」

「ふにゃ!」

 

 囁くと、まるで尻尾を踏まれた猫みたいにフランは飛び起きた。だが、まるでサバンナの獣みたいだなぁ、なんて感想を抱く余裕はありすにはなかった。

 

「!?!?」

 

 突然頭を上げたフランの耳たぶはありすの唇と接触する。仄かな暖かみが過ぎったのは一瞬で、すぐに耳たぶは通り過ぎてしまったけれど。

 ……確かに、フランの暖かみはありすの唇を直撃した。

 

「……アレ、私寝てた?橘さん起こしてくれたの?」

「そ、そ、そうですけど……」

 

 口と口ではないとは言え、10年間生きてきたありすにとって初めての他人とのキス。しかも同性。だけど美少女。

 端的に言えば、この刹那の出来事によってありすは冷静さを欠いてしまったのかもしれない。

 

「す、スカーレットさん。これは違います、その、事故というか、他意は無いんです……!」

「……?なんのこと?」

 

 言ってから、しまった、と思ったありすだったが。

 コテンと、眠そうに目を擦りながら堂々と欠伸をしたフランはありすの言葉にクエッションマークを浮かべていた。

 

(……もしかして寝起きで気付かなかったのでしょうか?)

 

 なら好都合です、と少しの罪悪感を抱きながら嘘を吐こうとして。

 ───運が悪かったのは、そこにいたのはフランとありすだけではなかったことだろう。

 

「スカーレットちゃんに橘ちゃん……先生は女の子同士のそういうのには疎いけどね、でも授業中にやるのは駄目だと思うの」

「???」

 

 ぬ〜っと。

 気づかない内に先生は、静かにありすの席の横に立っていた。

 その目はとてもとても穏やかな視線で、同時に気持ち2歩くらい何時も会話してるときより距離が開いているような気もした。

 

「ち、ちち、違います!誤解です!」

「……ふえ?ありすどうしたの?」

「大丈夫、先生は分かってるから。何かあったら私を頼ってね」

 

 と言いつつもやはりありすと先生の距離は机一つ分は離れている。 

 結果だけ述べれば、ありすは先生の誤解を解くことに失敗したのだった。

 

 

 

 

 

──────────

 

 

 

 

 

「……巻き込んじゃったみたいでごめんなさい」

 

 昼休みになると、訳を知ったフランは申し訳なさそうに頭を下げた。

 それを微妙な面持ちで眺めるありす。

 先生への誤解は解けていないし、誤解があったことはフランは知らない。ただ寝てたことを注意されただけと思っている。

 

「あの……気にしないで下さい。それよりスカーレットさんが寝ちゃうなんて珍しいですね」

「まあね。ちょっと最近疲れ気味でさ」

 

 ふわぁ、とフランは大き目の欠伸をした。

 疲れているというのは本当らしい。

 

「……つかぬことを伺いますけど、何か運動でも始めたんですか?」

「これまだ公式に発表してないし言って良いのかなぁ……う〜ん……」

「あの、無理なら全然いいですよ」

「……まあそうだね。敢えて言うなら水商売かな?」

 

 そうですか、水商売。…………水商売!?

 ありすは驚いて再び口を開いて欠伸しているフランを2度見する。

 

(───不健全です!いやでもまさかスカーレットさんがそんな……でも水商売って夜のお仕事だし……)

 

 なけなしの知識を駆使して一応想像してみる。

 脳裏に浮かんだのは雑然とネオンが煌めく夜の繁華街。キャバ嬢としてフランが手を振る姿。

 駄目だった。犯罪臭しかない。

 

「スカーレットさん駄目です、そんなところで働くなんて危ないです」

「危なくないよ?ちゃんと守ってくれるし」

「でもそんな夜のお仕事なんて……」

「……ん?いや違うよ?」

「……へ?」

「そうだなぁ……オフレコでお願いしたいんだけど、私、アイドルになるんだ」

 

 あまり表情を変えず行った言葉にありすは固まった。

 アイドル。あいどる。aidoru。idol。

 …………………………アイドル!?

 

「ごめんなさい……!水商売と聞いて勘違いしてしまいました……!」

 

 ありすの中で恥ずかしさやら申し訳なさやら、色んなものが駆け巡る。

 視線を合わせられず、林檎みたいに熱さを伴って赤くなった頬を俯かせた。

 水商売と聞いていの一番にそういう仕事を浮かべて、あまつさえそれをフランに投影してしまった……なんて、あまりにも自分が恥ずかしい。

 

「ど、どうしたの?よく分からないけど、別に何とも思ってないわよ?」

「そ、そうですか……」

 

 チラリと表情を確認してみる。

 フランは少し憂うような表情で目を細めていた。机で伏していたせいかトップにはアホ毛がちょこんと立っている。

 

「それより今の話他言無用だからね?」

「いいですけど……アイドル、なんですか?」

「うん。なんかスカウトされた」

「芸能とか良く分からないですけど凄いですね……」

「ありすも可愛いから他人事じゃないと思うの」

「あ、ありがとうございます」

 

 反射的にお礼を言ってしまったけど違う気がする。

 ありすは少し暑そうにしながら、水筒の水を口に含んだ。

 

「武内とか絶対ありすの事をほっとかないよ、うん」

「その、ありすって呼ぶのは止めてくれませんか」

「え?もしかして私マズった?」

「……いえ、ありすって名前。子供っぽいですから好きじゃないんです」

 

 橘ありす。

 ありすなんて名前、日本人っぽくないし、子供っぽいし、メルヘンチックだし、あまり人から呼ばれたくなかった。

 ありすという言葉がどこか小さな子供を思い浮かばせるのはきっと童話の不思議の国のアリスを自ずと連想してしまうからだろう。

 

「それに表記するときは平仮名なのも嫌なんです。クラス名簿を見てみると、皆漢字の中で私だけ仲間外れみたいで……」

「そっか……でも私はありすって名前、良いと思う」

「……ありがとうございます。でもそれは、スカーレットさん個人の───」

「良いから聞いて」

 

 フランはさっきまでガッチリと瞼を落としていたのが嘘だったみたいに真剣な面持ちでありすの顔を見た。

 

「ありすはフランドール・スカーレットって名前、お世辞抜きにどう思う?」

「どう……と言われましても。もう2ヶ月も隣の席ですし、特に何も」

「でもフランって言うのはカスタードの入ったパイのことで、ドールは人形。スカーレットに限っては和訳して緋色だよ?可笑しいと思わない?だって名前って何かしらの意味が籠もってるものじゃない?これじゃあ、私、菓子細工みたいじゃない」

「は、はい……」

 

 突然の自虐に、ちょっと困惑しながらありすは相槌を打った。

 構わずフランは続ける。

 

「それでも。例え私が何であろうと、私はフランドールなの。何でか分かる?」

「……全く分かりません」

「それがこの世界で唯一、私を意味する名前だから」

 

 ───自分の名前に強い誇りを持っていて、羨ましい。

 そう思って改めてフランの顔を見たアリスは、自信に満ち溢れたニヒルな表情を浮かべていると思って───視線が囚われた。

 それは、無風にも関わらず月下で湖面が揺らいでるみたいに、奇妙な感覚だった。

 まるで、フランドール・スカーレットという容れ物から中身が無くなったような、何かが抜け落ちたような相貌はありすに強い違和感を抱かせた。

 ありすが瞬きをするとそんな顔はなかったかのようにフランは先程の表情を取り戻していた。

 

 気のせいだったのだろうか。いやきっと気のせいなのだろう。

 

「……私には、そこまでの自信は持てません」

 

 寂しげに瞳を曇らせ、ありすは俯いた。

 フランほどの自己肯定感なんてありすには持ち得ていない。

 外国人故の血統から来る自信なのだとしたら、やはり、ちょっぴり羨ましいと思う。

 

(……いえ。本当にそうなのでしょうか)

 

 ほんの僅かに見せた、色の失せたフランの顔はとてもそうには見えなかった。

 付き合いの浅いありすにはそれが何かだなんてさっぱり分からない。分からないけど、きっとあまりよくないものだと思う。

 フランは少し残念そうに、笑みをこぼした。

 

「そっか……でもさ。それってとても悲しいことだと思うの」

「え?どうしてですか?」

「一生使う名前なのよ?それが嫌いだなんて、生きづらいじゃない」

 

 ───それもそうなのかも。

 フランの言っていることは一理も二理もある。これから何度も呼ばれる名前を一々毛嫌いしていたら、現実的に過ごしにくことこの上ないだろう。

 

「……そうだ!良いこと思いついた!」

「良いこと?」

 

 思わず付き返すみたいにオウム返ししてしまう。

 フランは本当に、世紀の大発見でもしたかのようにニコリと笑みを零しながら口を開いた。

 

「ありす、私と名前を交換しない?」

「名前を……交換ですか?」

 

 名前交換と聞いても一切ピンと来ない。

 ありすは少し考えてみて、「もしかして私がスカーレットさんの名前を名乗って、スカーレットさんが私の名前を名乗る……ということでしょうか」

「その通りだよ。だから今日から私がありすね」

「え、あの。まだやると決めた訳じゃ……」

 

 フランは戸惑うありすの肩に手を置いた。

 

「……私が思うに、ありすに足りないのはメタ認知だと思うの。自分のことを客観的に見れてないから、私的な偏見が多すぎて自分の名前を正当化できてない。要するに自分の中でありすという名前に納得できてない。なら一度、それを人の視点から見てみるのが良いんじゃないかしら」

 

 だから名前を交換しない?、とフランは言った。

 名前は好きではないが、別に自分の名前が嫌いな自分が嫌いなわけではないのでありすは悩んだように「う〜」と言葉にならない声を上げる。

 

「ほらほら、それにそうすれば貴方も今日からフランドールよ?」

「私がフラン……ですか」

「ありすと一緒で漢字じゃないし、そもそも日本人の名前じゃないし、丁度いいじゃない?なっちゃえよユー」

「は、はあ」

 

 こんな気安かったっけ?とも思うが、良く良く思えばありすはフランとそこまで会話をしたことがない。

 フラン自身も話し掛けられなければずっと本を読んでるし、ありすだって同じだ。似たもの同士が集まれば自然と会話も弾み───なんてことはなく、ただ互いに読書しているのみ。ちゃんと話したことなんて、多分ない。

 なのに、名前の交換なんて。

 親友でもなく、あくまで普通のクラスメイトで隣人なだけなのに。

 

「……なんでそこまでしてくれるんですか?」

「え?」

 

 つい、口が突いてしまった。

 言った瞬間に罪悪感で胸が疼くが、それでも猜疑心を胸に抱えっぱなしよりは良いだろうとありすは前向きにフランの瞳を覗き込んだ。

 

「失礼ながら……私とスカーレットさんってそこまで深い仲でもないですよね。ここまでする理由なんてないはずです」

 

 本心だった。

 言い過ぎたような気がしなくもない。フランは然程傷付いた様子は見せていないのが救いだった。

 

 フランは少しの俊巡も見せずに答えた。

 

「だって、私、ありすと友達になりたいんだもの」

「……え」

「実は前から思ってたの。いつも隣の席でちょこんと座ってる女の子と友達になれたら良いなぁって」

 

 ───それって、私のことなのかな。

 気恥ずかしさから、急激にそのプニプニとした頬に熱が集まった。

 

「んでもさ、私ってコミュニケーション能力が低いから話しかけられなかったの。臆病だしね。だから今日話しかけてくれて正直嬉しかった」

「そんな、私はただ起こしただけですよ?」

「それでもよ。こんなんならもっと早く授業中に居眠りしてれば良かったわ」

「それは駄目だと思います」

 

 もしフランが4月から授業中に寝てしまうような不真面目な人間だったならありすは欠片も起こそうとは思わなかっただろう。そんな奇妙な自信に、心の中で苦笑いする。

 ともかく、返事は決まっていた。

 ありすは平然とそんな恥ずかしいことの言えるフランに少し嫉妬心を感じながら、口を解いた。

 

「───いいですよ、私もその……、スカーレットさんと友達になりたいです」

 

 鼓動が逸る胸に、緊張しながらも言い切った……!

 後に、この時がこれまでの人生で一番緊張しました、とありすはフランの突飛な行動に振り回されて嘆息しつつも小さく微笑んで言うのだが、それは別の話。

 

 フランは満面の笑みを浮べると、

 

「フラン。友達なら、名前でいいわ」

「ふ、フラン……さん」

「さん付け禁止!リピートアフターミー、フ・ラ・ン!」

「フラン………………さん」

「ん〜……まあ今はそれでいっか」

 

 少し納得が行かなそうな顔をしながら、フランは腕を組むと頷いた。もしここに彼女のプロデューサー(346の方)がいたら「どの立場から言ってるのさ……」とボヤいていただろう。

 

「───ってことで、今日からよろしくねありすちゃん♪」

 

 ……え?フランちゃん?なんで?

 緊張が解けて胸を撫で下ろしたありすに、フランの高速スライダーのような強烈な一言はその脳味噌を麻痺させるのに十分な威力を秘めていた。

 

「あの……どういう?」

「さっきの話だって。名前を交換しようって言ったじゃん。これから私がありすで、ありすがフラン。ね?簡単でしょ?」

「了承した覚えはないですけど……!」

「アレ。……フランちゃん、駄目?」

「橘です!なんでちょっと楽しそうなんですか……!?」

 

 ……友達になったの、間違ったかなぁ……?

 ありすは少しだけ、ほんの少しだけ後悔した。

 

 




最近の個人の嗜好が入ったせいで設定とか大丈夫か心配になるけど可愛いから許す。

橘ありすをアリスと表記してた点を訂正しました。誤字訂正共々、ご指摘ありがとうございます。いつも助かってます。
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