やはり俺が346プロに所属するのはまちがっている。 作:巣羽流
あれからそこそこの時間が経ちお姉さま方の興味が俺からそれ、現在は最近の新人アイドルについてで盛り上がっている様子。
「新しいプロジェクトですか?」
「はい。来年の春を目指して現在準備中です」
プロデューサーとはどのような仕事をしているのか少し興味があったためこの武内さんに何を今どんな事をしているのか聞いて所どうやら今大変な時期らしい。
「プロジェクトってどんなプロジェクトなんですか」
「笑顔です」
「笑顔ですか…」
「…」
「えっ…それだけ?」
「それだけです」
「新しいプロジェクトって結構大きいんですよね」
「はい」
「そのコンセプトが笑顔だけって…それで大丈夫なんですか」
そんなんで企画が通るとは思えないんだが…。
「比企谷さんはトップアイドルになるのに必要なものとは何だと思いますか?」
「トップアイドルですか?」
「はい」
「やっぱり…見た目が良かったり歌やダンスが上手かったり…あとトーク力があることですかね」
「確かにそれらはアイドルにとって大切な要因だと思います。しかし見た目だけならモデルの方がいます。歌なら歌手、ダンスならダンサー、トーク力なら芸人の方々の方が上でしょう。アイドルが担わなくても問題無い分野です」
「確かにそうかもしれないですね」
「実際に歌も躍りも上手くて容姿も整った方を多く見てきましたがその全てがブレイクしたわけではありません」
「じゃあアイドルに必要なのはいったい」
「笑顔です」
「笑顔…」
「彼女達の魅力は具体的に評価できるものではありません。踊っている所をただ見ているだけで胸が熱くなる…応援したくなる、カリスマ性とでも言うのでしょうか。それこそが大切なんです」
「それで笑顔ですか」
「笑顔ひとつで周りの人間が幸せになる、これこそアイドルの究極形だと私は考えています」
「なるほど…なんとなく理解はしました。でもやっぱりピンと来ないですね」
「比企谷さんはアイドルのライブを生で見たことがないですか?」
「無いですね。俺は人混みが苦手なんで」
「是非行ってみてください。あなたならきっと分かるはずです」
「そんなものですか」
『杯を乾すと書いて乾杯と読む!乾杯!』
『乾杯!』
「…」
「…」
「本当にあの人たちがカリスマ性あるですか?」
「ステージに立つと…凄いです」
どこぞのダイビングサークルみたいな乾杯してますが。
「なになに?お姉さんたちの話?」
「何でもないですよ、ほらあっちに戻って」
「この扱い!今日初めて会ったばかりなのに!」
「そんな絡まれたらこうなりますよ」
「絡まれるってセクハラかしら!?比企谷君は変態ね!」
「うぜぇ…」
この人ほんとに元警官かよ。
「それはそうと二人は何か動物か飼ってる?」
「私は飼ってないですね」
「俺は実家で猫飼ってますよ」
「猫!タイミングバッチリね!瑞樹ちゃん!比企谷君猫飼ってるって」
川島さんがなにやら目を輝かせて向かってくる。
本当に最初のクールなオーラは完全に消え去ってるな。
「猫ってどう?かわいい?」
「うちの猫無愛想ですよ。あいつ俺になつかないですし」
「本当に?」
「はい。俺がソファで寝てるとわざわざ俺の上に乗って寝るんですよ?」
「猫が寝転ぶわけですね」
「可愛いじゃないそれ!」
「ありぁ俺を湯タンポ代わりにしてるだけですね」
「でもなんか癒されるわね」
「比企谷君写真とか無いの?」
「無いです」
「えぇ!見たかったなー」
「無いものは無いですし」
「残念ね…」
「…」
川島さんの声でそんな残念がられると何か心に来るものがある。何故かは分からないけど何とかしてあげたくなるんだが。
「あー、妹は実家に居ますし写真撮って送ってもらえるかもしれないですね」
「比企谷君妹いたのね」
「はい。世界一かわいい妹がいます」
小町は千葉二大天使の一人だ。ちなみにもう一人は戸塚。異論は認めん。
「シスコン?」
「妹が芋を売っとります」
「じゃあ比企谷君、お願いしていい?」
「はい、ちょっと待ってください」
高垣さんのギャグは皆さんスルーなんですね。誰も反応しないのになんであの人あんなに楽しそうなんだろうか。
俺はプライベート用のケータイを取り出し電話帳から小町を探す。さすが俺の電話帳。数が少ないからすぐ見つかるぜ。
コールを5回くらいした後に小町が出た。
『もしもし、どしたのお兄ちゃん』
「おお、実は頼みがあってな」
『なに?』
「カマクラの写真送ってくれない?」
『カーくんの?なんで?』
「いや…写真みたいって人居るから」
『てかお兄ちゃんカーくんの写真持ってないの?』
「ああ」
『えー!家族愛が足りないよお兄ちゃん!』
「小町のなら沢山あるんだが」
『それポイント低いどころかマイナスだよ』
俺的ポイント高いと思ったんだが…
「どう比企谷君、写真撮れそう?」
「たぶん行けますちょっと待ってください」
『お兄ちゃん!今女の人の声聞こえたよ!?誰!?結衣さん!?』
「うるせぇ…同じ会社の人だよ」
『その人可愛い!?てかこんな時間に二人で何してるの!?』
「二人じゃねえよ…」
何かスイッチ入ったんだけど…こうなると小町はめんどくさいんだよな…。
「比企谷君、私に貸してケータイもらえる?妹さん私に興味津々みたいだし」
「いや、でも…」
「私も世界一かわいい妹さんが気になるの。いいから貸して…もしもし、こんばんは川島瑞樹です」
なかば強引に奪われた携帯から小町の興奮した声が漏れてくる。確かにこれは聞こえるな。
「そうね、あら?ありがとう。ええ、そうよ」
「いいなー。あたしも比企谷君の世界一かわいい妹と話したい」
「妹じゃなくて猫を見たいんじゃないんですか」
「皆とお話出来るようにスピーカーモードにするわね。あと小町ちゃんの顔も気になるからビデオ通話にするわよ」
「ちょ、なんでそんなことする必要が?」
『皆さんこんばんは!そこの愚兄がいつもお世話になってます!妹の比企谷小町です!』
「あたし片桐早苗よ!」
「高垣楓です」
『わぁー!皆さんのこと知ってます!小町驚きです!』
「あら、ありがとうね」
『楓さんもすごい美人だし、早苗さんはすごいセクシー!』
向こう側で俺の奪われたケータイを囲いお姉さま方はまた盛り上がっている様子です。
「武内さん…俺のケータイ取り返してきてくれませんか?」
「申し訳ありません。ああなった彼女達相手では、おそらく無理です」
「ですよね…」
まぁ別に良いんだけどね。何か俺に不利益があるわけでも無いし。小町もわざわざ俺のバカみたいな話はしないだろう。
それにしてもなんでこうなった。本当になんでこうなったんだ。
「比企谷君!あなたの妹可愛いじゃない!」
「だからそう言ったでしょう」
「てっきり可愛い藍子ちゃんの事かと思ったわよ」
「そんなわけ無いでしょう」
「普段から藍子ちゃんにお兄ちゃんって呼ばせてるらしいしそうだと思ったのよ」
『えぇ!?お兄ちゃん今のどういうこと!?アイドルの藍子ちゃんとどういう関係なの!?』
「呼ばせてないしどんな関係でもない!」
いったい何故そのようなガセ情報が出たんだ。
「でも菜々ちゃんがカフェでそう呼ばれてたって」
安部さんめ…いつかテレビでゴールド免許の下りを話してやる。
「高森さんがからかってそう呼んだだけですよ」
『本当にそれだけ?』
「うるせぇなもう。さっさとカマクラ見せろよ」
『あっ、そうだった。よいしょっと』
「わぁ、可愛いじゃない!」
『どうも、カーくんでーす』
小町は足元からカマクラを抱き抱え前足を手を振るように揺らす。
「かわいいわね!」
「そうですね。小町が可愛い」
「シスコンは犯罪よ」
えっ…シスコンって犯罪なの?
もし仮にそうなら千葉県の兄妹は皆検挙されてしまう。
『お兄ちゃんまたしょうもないこと考えてるでしょ』
「うるせえ…。猫も見たしもう切りますよ?」
強引にケータイを取り戻しビデオモードとスピーカーモードを切る。
『えー!もうおしまい?』
「ああ。付き合わせて悪いな。ありがとさん」
『はいはーい。じゃあねー』
やっと切れた…。なんつーかこう仕事繋がりの人に家族を見られるのは恥ずかしいものがあるからな。正直精神的に疲れた。
「小町ちゃん本当に可愛かったですね」
「ええ。私もあんな妹が欲しいわ」
「絶対にあげませんからね。俺の世界一可愛い妹は」
仮に小町が結婚するなんて事になったら俺は何をするか分からない。泣きわめいて一ヶ月仕事を休むだろう。
「それより川島さん。猫ですよ猫」
「猫も可愛かったわね…どうしようかしら」
「…飼うんですか?」
「うーん!悩むわ!」
「…ペット飼うと婚期が遅れるらしいですよ」
「そうなのよ!それがネックね!」
「実はあたしも猫ほしいのよね…」
「片桐さんもですか」
「ええ…最近家に一人でいるのが寂しくてね」
「わかるわ…」
「高校の友達なんかもほとんど結婚してて…SNSでも旦那や子供の写真とか投稿してるの。それ見たあと自分の部屋を見ると…寂しくて」
「わかるわ、わかるわ!」
「ペットか旦那が…ほしいのよ」
「お二人なら引く手あまたなんじゃないですか?」
「それがアイドルに手出ししようとする人って案外いないのよ」
「全国のファンを敵に回す度胸がないのよ」
「そんなもんですかね」
「楓ちゃんもぼちぼち気を付けた方がいいわよ?」
「そうですね、私が婚期を逃したら…プロデューサーに責任を取ってもらいましょうか」
「えっ…私ですか?」
「ええ」
「それいいわねー!ならお姉さんは比企谷君に面倒見てもらおうかしら!」
「ずるい!私も私も!」
「何いってんですか」
「いやでも比企谷君ってよく考えたら良い物件よね。現状そこそこ稼いでるし、顔も目以外は整ってる。それに通ってる大学って◯◯大学でしょ?」
「◯◯大学!?結構名門じゃない!」
「しかも結婚したら可愛い小町ちゃんが義妹になるわけでしょ?」
「たしかに…比企谷君」
「なんですか川島さん」
「君の左薬指…予約しても良いかしら?」
「良い訳無いでしょう」
「じゃああたしは?」
「お断りします」
「なによ!こんな美人なのに何が不満なのよ!」
「そーよそーよ!」
「めんどくせぇ…」
わいのわいのとやかましい。本当にこの人たち歳上なのか?
「皆さんかなり酔われてますね。そろそろお開きにしましょうか」
武内さんの大人な対応がすごい。
俺が言いたくても言い出せないことを平然と言ってのける!そこにしびれる憧れるぅ!
「そんなことないですよ。おちょこにちょこっと、飲んだだけですよ」
「徳利がちょこっとレベルじゃないくらい転がってますよ」
「あたしもまだまだこれからよ!」
「わからないわ」
「お二人とも明日午前から仕事ありますよね」
お姉さま方をなんとかなだめお会計をすませる。これが敏腕プロデューサーの腕前…!
「片桐さん。今日はご馳走さまでした」
「いーのいーの!また飲みましょう!」
「次は友紀ちゃんも一緒に飲みたいですね」
「あと菜々ちゃんもね!」
今よりお姉さまが増える…だと?
何て恐ろしい。これでマックスパワーではないのか。
フルメンバーの飲み会はどれほどカオスなのか、想像したくもない。
「皆さんタクシーが来ましたのでどうぞ」
「はいはーいじゃあまたねー」
「お疲れ様でした」
お姉さま方はタクシーに乗って帰っていった。
「比企谷さんもタクシーで帰られますか?」
「あー、そうですね。家まで遠いですしタクシーで帰ります」
「分かりました。今呼びますんで待っててください」
「ありがとうございます」
流石に酔いが回ってふらふらする。歩いて帰れるかわからない。初めて酒飲むっていうのにあの人たちがどんどん飲ませるからな…。
「すぐに来るそうです」
「分かりました。武内さんは歩きですか?」
「はい。ここから遠くないので酔い冷ましも兼ねて歩いて帰ります」
酔いざましか…なるほどそういうのもあるのか。
「おっ、タクシー来ましたね」
「そうですね」
「今日はありがとうございました。新プロジェクト頑張ってください」
「そちらもドラマ、期待しています」
「じゃあまた」
「はい」
バタンとタクシーのドアを閉め社内の涼しい空気に触れる。
「◯◯のコンビニまでお願いします」
「◯◯ですね。かしこまりました」
行き先を告げるとタクシーはゆっくりと発進する。
あぁ…なんだか疲れたな。明日は休みだしゆっくりと眠ろう。
心地の良い冷風を浴びながらタクシーに揺られ自宅までの道のりをゆっくりと進んでいった。