あの、月の綺麗な日の陽だまりの中で(仮題)   作:RyuRyu(元sonicover)

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──俺は、この世界に絶望した。そのはずだったのに。


終わる世界に言う──

 知らない天井。

 

 半開きの窓からそよぐ風。

 

 カーテンの隙間から差す陽の光。

 

 微かに香る消毒液の匂い。

 

 耳元で聞こえる心電図の音。

 

 

 ──結論から言うと、俺は死ななかった。

 

 てっきり死んだつもりでいたのに俺は今、どこか知らない病院の一室で目を覚ました。

 

 あの高さから落ちて何で生きてるんだろ。

 もしかして、ここって死後の世界?やっぱり死んだのか?

 

 体を起こしてみると、体に異常が一つも無い。むしろ無傷。あの高さから落ちて無傷。ますます謎が深まるばかりである。

 

 ──何故生きてるのか。

 ──例え生きていたとしても大怪我では済まない所を何故ほぼ無傷なのか。

 

 ……ダメだ。考え出すとキリがない。

 

「……寝よ」

 

 壁掛けの時計は16時を指し示している。こりゃ学校は休みだな。

 まあ、でも、ここがどこなのかも、俺がどのくらい寝ていたのかもわからないし、学校行ってもどうせ何も変わらないし……。

 

「死んどけば良かったかなぁ」

 

 そう呟いた時、病室の扉が短くノックされた。

 

 姉ちゃんかな?

そう思ったから特に何も考えずにノックの主に入室を促した。

 

「どうぞ」

 

「失礼する」

 

 エアークッションのついた病室の扉を開いて入ってきたのは、姉ちゃんでも、ましては女性でもなくスーツを着た男性だった。

 

 え、誰。知らないんだけど。あ、そもそも知ってる人が姉ちゃんぐらいしかいなかった。しかも身内だから実質ノーカン。あれ、俺知り合いいないな。

 男性はベッドの側に立つと、徐に口を開いた。

 

「こんにちは。俺は防衛省特務課所属、烏間惟臣という。君にもいろいろと思う所があるだろうが、まずは話を聞いてほしい」

 

 防衛省。

 

 その言葉に俺は少しばかり警戒心を覚えて頷いた。

 

「今年の三月、月が何者かによって爆破された事件があった。それはもちろん知っていると思う」

 

 俺は頷いた。

 もちろん覚えている。むしろそれを知らない人の方がおかしいくらいだろう。

 

「その犯人が、今回君を助けた」

 

「……え?」

 

 助けた……?俺を?何故?

 

 未だに理解できていない俺を見て、烏間さんはこう言った。

 

「あとは、当事者に話してもらうのが一番だろう。……入って来い。さっきから窓にへばりついてるのは知っている」

 

「そうですか。バレてましたか」

 

 どこかで聞いた事のある声。その声と同時に病室内に旋風(つむじかぜ)の様なものが巻き起こると、烏間さんの隣に奇妙な黄色い生物が立っていた。

 

「!?」

 

 一瞬の事で全く追いつかない。今、俺の目の前にはさっきまでいなかった黄色いタコみたいな生物がいる。状況整理しても何が何だかわからない。

 

「こんにちは、赤崎飛翔君。烏間先生からの通り、私が月を七割方蒸発させて、昨夜君を助けました」

 

 俺の混乱っぷりを他所に、黄色いタコ型生物は流暢な日本語でそう言った。

 

「いやあ、あの時は焦りましたよ。職員室を覗いていた不審者を追いかけたら、君が崖から落ちているんですから」

 

「はあ……」

 

 て事は、あの時後ろから声をかけたのはこの黄色いタコ型生物で、俺は真っ暗闇の中この黄色いタコ型生物に追われていたのか。

 ……どんなホラゲーだよ。

 

「……でも。なんで俺無傷なんですか?」

 

 それが気になっていた。どうやってこの黄色いタコ型生物は俺を無傷で救ったのか。

 

「ああ、それはこの触手でやったんです。ほら、こんなふうに」

 

 そう言って触手をネットの様に組み上げる黄色いタコ型生物。というよりそれ触手だったんですね。

 

「…そうだったんですか。助けてくれてありがとうございました。それと、職員室を覗いていた不審者は俺の事です。興味本意でやってしまいました。すみませんでした」

 

 大体の状況が把握できて、今更ながら頭を垂れてお礼と、謝罪の言葉を言う。

 

「いえいえ、人助けも教師たる者、大事な仕事の一つですから」

 

 

「……教師?」

 

「はい。こう見えて私、実は中学教師なんです。椚ヶ丘中学校という所の、三年E組を受け持っています。ちょうど君が覗いていた建物で生徒達に授業を教えています」

 

 そう自信満々に言う黄色いタコ型生物。どこかその生徒達を誇りに思うような感じで嬉しそうに言う。

 ……先生、か。

 

「……椚ヶ丘ってあのでっかい校舎の所ですよね。どうして……えーっと…」

「殺せんせー、と呼んでください。生徒達が付けてくれた私の名前です」

 

「……殺せんせーはどうしてあのでっかい校舎じゃなくてあんな建物で先生をやってるんですか?……あ、ごめんなさい。答えづらい質問でしたよね。忘れてください」

 

「……にゅ、どうしてそう思うのですか?」

 恐らく興味本意だろう。殺せんせーはそう尋ねてきた。

 

「や、俺自身その学校の事よく知らないですし、いろいろあるんでしょう。それに……」

 

「……それに?」

 殺せんせーが先を促す。その時の俺はどう見ても人外とはいえ久しぶりに他者と会話した事で少しおしゃべりになっていたのだろう。いつもなら絶対に言わないであろうその言葉がスラスラと出てきた。

 

「……その。その質問をした時に殺せんせーも烏間さんも少しだけですけど、悲しそうな顔をしていたので…」

 

「……」

「……」

 

 虚をつかれた様に両者ともこちらを見ている。え、俺なんか変な事でも言ったかな……?

 

 しばらく固まったままの二人…いや、一人と一体か?まあ、いいだろ。二人で。

 固まったままだった二人は顔を見合わせて頷き合うと、こちらを向いた。……やっぱさっき言ったのがまずったかな…?とりあえず謝らないと。

 姿勢を正した俺を見て、何を思ったのか、烏間さんが口を開いた。

 

「赤崎飛翔君。君もE組に転校して来年の三月までにこの黄色いタコ型生物を殺して欲しい」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 二人が病室から出た途端に病室を静寂が支配した。

 

 携帯を確認してみたら、姉ちゃんから三分置きにメールが来ていた。どうやら今はフランスにいるみたいで、帰ってくるのは六月頃になるらしい。

 

 メールは全部が俺の容態を心配する様な内容で、少し嬉しくなったから、『もう大丈夫。心配させてごめん。あとありがとう』と返信した。

 やっぱり姉ちゃんだなと思いつつ、心配してくれるのが姉ちゃんだけという現実に少し悲しくなった。まあ、電話帳のフォルダには姉ちゃんしかいないんだけど。

 でも今日二人増えた。

 

 電話帳に新たに追加された二人分の電話番号。それと、去り際に二人から手渡されたエアガンとおもちゃみたいなナイフを見て、俺はつい先程のことを思い返した。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

「は?転校……?……え?」

 

 国家公務員の烏間さんから突拍子もない事を言われてしどろもどろになる俺。それもそうだろ。面向かって初対面でいきなり転校しろだなんて、取り乱さない方がどうかしてると思う。

 

 その後、烏間さんにE組について教えてもらった。

 

 全国屈指の進学校、椚ヶ丘中学校。

 そのうち、学業のレベルについていけなかった者、素行不良者を寄せ集めて、あの山奥の廃墟のような建物に隔離させたのがE組。通称、『エンドのE組』。“特別強化クラス”と銘打ったこのクラスは、学内差別の対象になっている。

 一応の救済措置として、定期試験で上位を取って、本校舎の担任から許可を貰えば晴れてE組を脱出できる。

 

 まあ、合理的っちゃ、合理的だわな。

 E組という存在を見せしめに、「E組に行きたくない」と強く思わせる事で、本校舎の生徒の学力を底上げさせる。

 その上、教師陣含めての圧倒的な差別待遇。そりゃあ、同じ穴のなんとやらには成りたくない奴らには効果的かつ教育的にも合理的か。

 

 そして、そのエンドのE組に送られてきたのがあの超生物。

 三月に月の体積のおよそ七割を消し去り、来年の三月には地球をも消し飛ばすとのたまう殺せんせー。どうやら、そこに教師として毎日姿を現す代わりに、E組の生徒に奴を殺させるのだとか。

 要は暗殺。言うなれば、暗殺教室である。

 

 そして、暗殺が成功した際の報酬は、なんと百億円。何をするにも有り余る大金だ。

 

 ──それでも、だ。

 

「あの、なんで俺が転校しなきゃなんないんですか」

 

 何故俺が。

 烏間さんの話を聞いていてずっと思っていた事だ。

 E組の生徒以外で殺せんせーの正体を知ってしまった人は国からの記憶消去手術を受ける事になっているらしい。……まあ、それもそれでなんか嫌だが。

 

 その質問をした後、今度は殺せんせーが苦虫を噛み潰したような声で答えた。表情ではなく、声である。

 

「……君を受け止めた時に見てしまいました。その服の下、あれは普通ではありません」

 

 ……そうか。見られたのか。服の上からでは見ることのできない傷。そりゃあまあ、普通ではないよな。普段なら洋服で隠れる様な所にしかない打撲痕、カッターナイフでやられた切り傷、根性焼きの痕エトセトラ…。中2の冬、毎日校舎裏でワイシャツを無理矢理脱がされたのを思い出す。

 

「それで、烏間先生に頼んで国の方で調べてもらいました」

 

「そう、ですか……」

 

「ですので……」

「お断りします」

 はっきりとした拒絶に場の空気が一瞬止まった気がした。

 

「そんな理由で転校しろというなら断ります」

 こうなったら言ってやる。俺なんて所詮その程度だと。俺という人間の価値を。

 

「哀れみの同情なんていりません。確かに、両親が死んで悲しいですし、姉が日本にいなくて寂しいです。この前だって机の上には彼岸花が置かれていたし、教科書も油性ペンでぐちゃぐちゃにされていました。でも、今更だ。今の状況は俺が選択した結果だ。他人にどうこう言われようと、俺の選んだ道に干渉する事は俺が許さない。同情なんてもってのほかだ。見ての通り、俺は捻れていて、薄っぺらい人間だ。生きている意味なんて無いに等しい。俺なんて死んだ方が──」

 

「いい加減にしろ!」

 

 殺せんせーがうねる触手で俺の頬を叩いた。大して痛くは無かったが、何故か心の方が頬より痛かった。

 二本の触手で俺の胸ぐらを器用に掴んだ殺せんせーの顔色が黄色から変わっていた。

 

 黒。ドス黒い、黒。

 

 顔色でその感情を表すのだとしたら、これは誰がどう見ても、怒り。マジギレだ。

 

 いつもの俺だったならば、ビビりまくっていただろうが、殺せんせーの顔色並に心の中が闇に覆われた、マイナス感情がカンスト状態の俺には、殺せんせーのそのドス黒い表情の奥に、何か得体の知れない悲しみの感情がちらちらと燻っている様に見えた。

 

「おい!落ち着け!」

 マジギレ状態の殺せんせーに一瞬固まった烏間さんだったが、すぐに立ち直り、殺せんせーを止めに入った。

 

「……失礼しました。少し取り乱しました」

 そう言って触手を話した殺せんせーはいつもの、黄色いタコ型生物に戻っていた。

 

「ですが、君がいくら断っても、もうあの学校に行くことはありません。君の転校は確定事項です」

 

「……もう既に国の方で君の転校手続きは完了している。今日俺達が来たのはその報告と確認のためだ」

 

 殺せんせーの通告を烏間さんが補う形で俺に説明する。

 

「……は?確定なんですか?」

 俺の意思は?

 

「はい。私が烏間さんに君の転校を提案しました」

 

「ええ……」

 じゃあ、俺ってなんの為にあんなに啖呵切ったんだよ……。ああ恥ずかしい。

 

「安心してください」

殺せんせーが、諭すように、俺に語りかけてきた。

「E組の生徒達は皆優しくて聡明な子ばっかです。君もすぐに馴染めるでしょう。今まで苦しかった学校生活を、この暗殺教室で是非取り返してみてください。きっと最高の一年になると思います」

 

 殺せんせーはそう言って触手を出してきた。その口ぶりは、本当に彼らを信用しているような、彼らの事を心から誇りに思っているような、そんな口調だった。相変わらず表情はわかりづらいが、どこかで見た、生徒達を第一に考える先生の顔をしていた様な気がした。

 

 ──この先生(ひと)なら。この先生(ひと)がとても大事に思ってるE組なら。きっと……

 

「……確定事項なら仕方がないですよね。よろしくお願いします。殺せんせー」

 俺は出された触手を握った。なんとも言えない感触だったが、どうしてか心が温かくなった。

 

「これが、この教室で使われる、奴だけに効く特製の弾とナイフだ。俺も体育教師として君達の訓練を行っている。週明けからだが、よろしく頼む」

 烏間さんともがっちり握手を交わすと、二人は立ち上がった。窓の外を見ると、既に太陽が赤く染まり、辺りを照らしていた。

 

「では、俺達はそろそろ行くが、君からは何か気になる事はあるか?」

 そりゃあもう、気になる事だらけです。とは言えない。一つ一つ訊いてたらキリがないので、「特に無いです」とだけ言うことにした。

 

「今日は君に会いに来て本当に良かった。明日には退院できるそうですね。私はあの教室で君を待っています。君は、この私が全身全霊をもって『手入れ』します。覚悟してくださいねぇ。ヌルフフフフ……」

 

 去り際にそう言って殺せんせーは窓から飛び出ていった。

 

 ……あの人空飛べるんだ。

 

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