IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina   作:ネコッテ

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<プロローグ>
第0話 機械仕掛けの神


 

 

 

 

 

 

 

 

 愛しき子どもたちが生きていくこの世界を守らねば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高度3万フィートの成層圏(ストラトス)は静謐に満ちていた。だが、<バイオショック>の影響で米軍から払い下げられた輸送機の貨物室は、お世辞でも快適とは言い難い。激しい揺れと騒音で、私――アリス・リデルの不快指数はべき乗で増していくばかりだ。

 とはいえ、乗り心地を除けば、この輸送機は高等作戦機として十分な性能を有している。

 バイオ燃料が普及した近年で、時代遅れな化石燃料こそ使っているが、ステルス性能は非常に優秀だ。それは肉眼ですら捉えられない。私たちはその技術をEOCsと呼んでいる。

 Electromagnetic Optics Camouflage system。このEOCはレーダー波や電磁波、可視光を吸収することで完全なステルスを実現する。そのおかげで、私たちはこうやって悠々と領空侵犯を起こし、機密の作戦を実行できるわけだ。

 そう、私たちは平和を脅かす“ならず者”をこらしめるべく、イランの国境を越えていた。

 

「まもなく作戦空域に入る。全員装備をチェックせよ」

 

 この輸送機の機上輸送管理官(ロードマスター)がそう言ったので、私は赤い髪を後頭部で結い上げた。そして、いそいそと空挺装備をチェックする作戦要員の隣を抜け、ペイスペースの前部に移動する。そこに私専用の装備――ISがある。

 IS。正式名称インフィニット・ストラトス。

 21世紀初頭に登場した飛行パワードスーツの総称だ。私の前に鎮座するISは<赤騎士>という。赫々と燃えるような装甲と、左右の武装保持架(ハードポイント)にマウントしてある巨大な剣が特徴だ。腰部にはサイドアームズとして短剣を模した特殊兵装が装備されている。

 私は<赤騎士>に身を預け、搭載されている人工知能(AI)に命令を下した。

 

「<レッドクイーン>、システムチェック」

《Yes my honey――システムチェック開始》

 

 私の命令に従ってシステムチェックを始めると、投影型(AR)モニターに無数のデータが流れ始めた。

 動力システム、各駆動部、推進装置、センサー類、装備、武器。そしてISの最大の特徴ともいうべき特殊シールド発生装置。それら全てにAIが目を通していく。

 

《チェック終了。全システムオールグリーン。データリンク問題なし》

「了解。起動フェイズ2。ジェネレーター点火。GPLをアイドルに設定。スタンダップ」

《Yes My honey――補助パワーユニット作動。ジェネレーター点火。パワーレベルを待機モードに設定。出力上昇中....完了。パワーアシスト電力供給開始。スタンダップレディ》

 

 AIの復唱に合わせ、私は四肢に力を込めた。

 ISには人工筋肉――高分子繊維で構成された電磁筋肉――によるパワーアシストがある。それを使い、私は機体の自重を感じることなく機械の鎧を起立させた。

 

「機内減圧開始」

 

 ISの起動を終えたところで、物が外に放り出されないよう機内の気圧調整が始まった。それに合わせて機内の隊員たちも酸素ホースを機体のコネクタに接続する。しばらくして、機内の減圧完了を示すランプが点灯した。

 

「減圧完了。後部ハッチ解放せよ」

 

 ロードマスターがハンドサインを出し、後部の隊員が安全を確認してレバーを上げる。

 四角いハッチが開き、その隙間から冷たい風と月光りが漏れた。そう、今は夜なのだ。

 

「アリス・リデル、降下準備」

 

 ロードマスターの誘導に従い、吹き込んでくる夜風に逆らいながら後部ハッチへ向かう。

 ハッチの淵から先は常世の闇だった。まるで地獄の釜が開いたような、暗黒が覗いている。

 

「降下5秒前――5、4、3、2、1」

 

 ゼロ。そう宣言された瞬間、私は両手を広げ、夜空へと身を投げた。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 ――作戦開始より数時間前。

 

 招集を受けて私は仮設の会議室にやってきていた。今から、ここで作戦のブリーフィングが行われる。

 

「失礼します」

 

 ノックして入ると、二人の人物が私を出迎えた。

 一人は180㎝を越える男性だ。ブロンドを後頭部に回し、精悍な面持ちで顎下に髭を蓄えている。歳は40代後半と言った具合で、軍事スリラーの俳優に抜擢されそうな偉丈夫だ。

 もう一人は腰まで届くプラチナブロンドが優雅な女性だ。落ち着きと気品にあふれ、胸も大きい。歳は二四歳と若く、フェアリーテイルに出てくる王女様のような美貌をしている。クラシカルな、現代には珍しいタイプの美女だ。

 男性はエドガーといい、女性はロリーナといった。両名は私が所属する組織の部長たちだ。

 他には作戦に参加する陸戦ユニットの隊員が十数人いる。

 

「かけたまえ」

 

 作戦部長(エドガー)の言葉に従って、私は技術部長(ロリーナ)の隣に腰かけた。

 

「では、作戦会議を始める。これよりわれわれ作戦部は6時間後、イラン国内に潜入し、テヘラン南方30キロに存在する秘密研究所を襲撃する。目的はある科学者の捕獲だ」

 

 唐突に明かされた作戦内容に耳を傾けながら、配られた資料を受け取る。

 

「その科学者とは篠ノ之束ですか?」

 

 と、陸戦ユニットの隊員のひとりが訊いた。

 篠ノ之束とは、ISを開発した科学者だ。その類まれなる頭脳が災いし、現在は各国に追われる身だった。そんな彼女の潜伏先が見つかったのだろうか。

 

「いいえ、違うわ。今回、私たちが確保するのはロマノフ博士」

「ロマノフ博士?」

 

 知らない名だ、と思いながら、再び資料に目を落す。

 資料には60代になろうとする、初老の写真が貼ってあった。

 

「彼は?」

「元ソ連の兵器科学者、とりわけ核関連技術に実績があった男性よ。その人物がイランの核開発に関わっているの。他にも、パキスタン、リビア、北朝鮮の核開発にも関与していると見做されているわ。彼は自身の技術を買ってくれる国家や組織を渡り歩いているの」

 

 説明を終えたあと、彼女の綺麗な顔が悲痛な面持ちに歪んだ。

 そういえば、ロリーナは核兵器廃絶を訴えるロビー活動に参加していましたっけ。

 

「<白騎士事件>以降、核兵器は特別な兵器ではなくなったわ。だから、この事態は早急に対処されないといけないの」

 

 <白騎士事件>。21世紀初頭に起こった歴史的事件のことだ。

 2001年。一丸となって平和的な新世紀を迎えようとする世界を嘲笑うように、未曾有の危機が世界を襲った。各国の戦略兵器を司る軍事コンピューターが何者かにハッキングされ、2341基のミサイル群が日本へ発射されたのだ。

 この窮地を救ったのが、稀代の天才『篠ノ之束』が予てより公表していたISだった。

 これの活躍によりミサイルは全て撃墜されたのだが、<白騎士事件>以降、こういった大量破壊兵器に関する倫理ハードルは下がる一方だった。いまや、核兵器は終末の象徴ではない。使える兵器なのだ。

 

「で、アメリカは?」

 

 中東諸国の核武装化はアメリカ、如いてイスラエルなどに大きな影響を及ぼす。

 危機意識が強い(ある意味過剰ともいえる)アメリカがこの人物を放っておくとは思えない。

 

「CIAはこの人物をマークしている。だが、複雑化された国際情勢下では、アメリカといった大国の軍事介入は政治的に難しい。安保理でも制裁決議が行われているが、国家の思惑が複雑に絡み合って、紛糾している」

「<白騎士事件>以降、国際情勢が国際情勢だからね」

 

 前世紀より<白騎士事件>のような大量破壊兵器の使用は戦争の引き金だった。けれど、<白騎士事件>で2000基以上の大量破壊兵器が使われたにも関わらず、アメリカは世界に対し報復を行わなかった。

 報復の連鎖による文明の消失。アインシュタインが警告した棍棒時代の到来を恐れたゆえに。

 つまり、我々人類は争いをやめられない愚か者だけど、滅ばない程度には賢かったわけだ。

 灼熱の戦争(ホットウォー)は回避された。

 しかし、<白騎士事件>が生んだ国家間の軋轢は、新たな冷たい戦争(コールドウォー)の呼び水となった。

 第二次冷戦の勃発。そのため、常任理事国に名を連ねる、アメリカ、イギリス、フランス、ロシア、中国の結束状態は過去最悪で、ほとんど安保理は機能不全に陥っている。

 

「そこで我々の登場ですか」

「そういうことだ」「そういうことね」

 

 二人の部長が声を揃えた。

 私たちの組織<デウス・エクス・マキナ>は、こういった事態に備えて創立された組織だ。

 どこの国家にも帰属せず、世界保全のために戦う。それが私たち。

 

「話を戻す。仮にイランが核武装を為した場合、中東情勢は一気に緊迫するだろう。さらにこの核爆弾が長距離弾道ミサイルに装備されれば、ヨーロッパにとっても脅威となる」

「イランの長距離弾道ミサイルShahab-6は、既にヨーロッパ全域、最大はアメリカの東海岸まで射程に収めているという話よ」

 

 アメリカの仮想敵であるロシア、それの同盟国であるイランが、アメリカ東海岸――つまりはワシントン――を攻撃できる核兵器を装備する。両国間の関係は一気に緊迫するだろう。第二のキューバ危機だ。

 

「では、具体的な作戦内容の説明に移ろう。今回の作戦ではISを使う」

「科学者一人にISを?」

 

 ISは一個大隊とも戦える力を有する。科学者一人誘拐するには過剰な戦力だ。

 むしろ、誘拐・拉致というデリケートな作戦は、諜報を得意とする情報部の仕事だろう。

 

「理由はある」

 

 ボスの目配せに、ロリーナが投影型のキーボードを叩いて一枚の衛星写真を投影した。

 山岳地帯を切り崩したような場所の一角に、研究所らしき施設が映る。

 これが今回の制圧目標。博士の隠れ家か。

 

「これは偵察衛星<ハンプティ―・ダンブティー>で撮影した写真よ」

 

 ロリーナがさらに衛星写真を拡大する。映像が拡大されるにつれ、ISの導入に踏み切った理由が明らかになっていった。最大望遠の映像に映っていたのは、戦車に足が生えたような奇妙な機動兵器だ。

 

IRVING(アーヴィング)ですか」

 

 IRVING。月光という愛称で知られる、21世紀、爆発的に普及した無人兵器の一種だ。人は搭乗しておらず、搭載さえたAIが判断し、自立行動する。歩兵と戦車を繋ぐ陸戦兵器というコンセプトで開発され、とりわけ立体地域――市街地や山岳地帯でその猛威を振るっている。それが見える限りで4機。

 

「でも、なぜこんなものがイランに?」

 

 これを開発したのは、アメリカの軍事企業だ。

 反米化するイランにアメリカが無人兵器を売ったとは思えないが。

 

「彼の私物よ。無人偵察機(UAV)といった無人機を制限する国際法はまだないの。だから、各企業で開発や輸出が盛んに行われているわ。その実動台数の多さから、鹵獲され無人機が闇市場に流失していたりするの」

「それを買ったと」

「さらに情報部の偵察だと、彼は傭兵を雇い、私兵部隊を抱えている。その人数はざっと30人あまりだ。警備も厳重と見える。隠密作戦による確保は難しいという判断から、われわれが請け負う事になった」

「つまり、こそこそと連れ出さず、力尽くでしょっ引こうというのですね」

 

 と、陸戦ユニットの隊員が笑いながら言った。部長は頷く。

 

「そういうことだ。だが、月光は脅威だ。わらわれとはいえども無傷とはいかない。さらに、この月光には対空ミサイルが装備されている。通常の航空戦力では撃墜されかねん」

「そこで被害を最小限に抑えるべく、ISを使用することにしたわ。ISなら月光が相手でも脅威にならない。そこでアリス、貴女は<赤騎士>で施設を強襲して、無人兵器および防空システムを破壊してちょうだい」

「その後、陸戦ユニットが降下し、ターゲットを確保する」

 

 つまり作戦成功の要は私ということか。

 

「了解しました」

 

 私は強く頷く。その後、陸戦ユニットの突入について説明が行われた。

 

 

     ♡         ♣          ♤         ♦

 

 

 自由落下による落下速度は時速120キロ(300マイル)に到達していた。

 肌を打ちつける風はすこぶる冷たいが、皮膜装甲(スキンバリア)のおかげで、身体が凍える事はなかった。

 

《ハニー、地表まであと200メートル》

 

 そうこうしていると、地表までの距離がなくなってきた。本来ならパラシュートを開くにしても手遅れな高度だが、ISには慣性制御システムがある。それを駆使すれば地表との距離に関係なく急停止や急制動が可能だ。

 

「<レッドクイーン>、PIC起動」

《Yes my honey――Passive Inertial Canceler――ON》

 

 見えないパラシュートの準備を終えたところで、高度計の数値が100メートルを切る。

 この距離なら敵もこちらを捕捉できるが、この<赤騎士>にもEOCが装備されている。

 逆に私は敵の無人兵器を既に捕捉していた。拡張式暗視装置(ENV)を用いた光学モニターには、哨戒中の月光と傭兵がくっきり映し出されている。彼らとの接触は数瞬後だ。

 

《高度ゼロ、イナーシャルゼロ、急制動》

 

 機体が地表に着地し、制御システムがその衝撃を吸収する。

 ほとんど無衝撃に近い着地。それでも周囲に影響を齎したようで、私を中心に衝撃の輪が広かった。

 

「な、なんだ……」

 

 異変に気づいた傭兵が、私の許へ恐る恐る近づいてくる。――――さあ、戦闘開始だ。

 

「<レッドクイーン>、戦闘準備!」

《Yes My honey!――EOCオフ、GPLミリタリー、コンバットオープン!》

 

 電磁光学迷彩を解除、<レッドクイーン>が<赤騎士>の各部出力を戦闘用に切り替える。

 フルドライブした動力炉から膨大なエネルギーが出力されると、全身の電磁筋肉に力が漲った。

 それによって齎された怪力で、近づいてきた傭兵の一人を薙ぎ払う。

 吹き飛ぶ仲間を見て、ようやく周囲の傭兵が銃を構えた。向けられたそれは、紛争地帯ではおなじみとなったAKだ。

 

「撃て! 撃て!」

 

 <赤騎士>のソフトウェアが攻撃号令を翻訳し、私に伝える。

 更に拡張現実(オーグメントリアリティー)が、私にしか見えないタグを彼らに張り付けた。

 およその練度、人種、携帯火器の種類、それらから導き出した脅威度。評価はどれも警戒するに値しなかった。それも当然のことで、AK程度の火力では、ISに備わった防御機構――シールドを突破できないからだ。

 

「歩兵は後回しにします。――ハイパーセンサー、広域索敵モード」

《Yes my honey――索敵モード。攻撃目標、月光AからDを補足。月光A、接近中、方位12時》

 

 まずは第一制圧目標である月光を破壊すべく、私は哨戒中だった一機に標的を定めた。

 跳躍。同時に私の存在を察知した月光が無いアギトを開いた。

 牛の唸り声にも似た合成音声が腹に響く。これは相手を怯ませるための威嚇攻撃だ。だが、私にとっては聞き飽きた声なので、特段に怯んだりしない。

 

《がおー》

 

 鳴きマネで応戦するAIの傍らで、私は肩部のハードポイントから高周波ブレードを抜いた。

 高周波ブレード。高周波で刃を超振動させて、切れ味を高めるISの近接格闘用ブレードだ。

 

《警報、月光A、12.7mm機関銃!》

 

 月光が砲塔を旋回させて機関銃を撃ってくるが、私は構わず距離をつめる。

 私の接近に対し、月光は自慢の脚部でミドルキックを放った。それを屈んで躱し、高周波ブレードでその軸足を斬りつける。

 斬撃。

 軸足を失った月光は、バランスを崩して転倒し、脚部断面から血液のような液体を噴出した。

 なんとも痛々しい光景だが、相手は機械だ。ダメージコントロールのため疑似的な痛覚は存在するが、痛いわけじゃない。私は容赦なく高周波ブレードを頭部のAIユニットに突き立てた。

 

《月光A沈黙。ハニー、3時方向から月光B》

 

 人工知能が警報を発した次の瞬間、不意に右腕部が強く引っ張られる。

 そちらに視線をやれば、絡めたワイヤーロープで私を牽引しようとする月光Bが見えた。

 

「ほぉ、私と力比べをしようというのですか?」

 

 さすが戦車並みの馬力をもつ月光だけあって、機体がぐいぐいと引き寄せられる。だが、ISのパワーアシストがもたらす膂力は、それ以上だ。私がワイヤーロープを力いっぱい手繰ってやると、月光Bは前方に勢いよくズッコけた。

 

「いいこけっぷりです。コメディアンに向いているかもしれません」

《警報! 照準レーダー波を検出、方位9時!》

 

 私が冗談をこぼした矢先、後方で月光Cがミサイルの全周式ターレットを回転さていた。

 月光の前方に突き出た探索レーダーがこちらを補足する。ハッチが開いた。撃つ気だ。

 

《月光C、ミサイル発射!》

 

 PiPiPiと電子音のアラートが接近を報せる。私はすぐさま対応した。

 

「《シュナイダーⅠ》モード2でリリース!」

《Yes My honey――《シュナイダーⅠ》、カウンターリリース!》

 

 AIは<赤騎士>のサイドバインダーから短剣型のビット――本体から独立して稼働する特殊兵装――を囮代わりに射出する。それを私と誤認した対空ミサイルは可変翼を動かし、進路方向を変えた。

 

《ハニー、ミサイルは任せて!》

「了解、対空ミサイル型は私が処理します」

 

 ミサイル処理をAIに一任し、私は右手のワイヤーに繋がった月光Bをハンマー投げの要領で振り回した。十分な遠心力を与えられたところで、ワイヤーを切断し、もう一機の対空型月光(月光C)にぶつける。

 仲良く縺れる二機の月光が体勢を立て直すより早く、私はスラスターを吹かした。

 接敵、制動、斬撃。まるで熱したナイフでバターを削ぐような容易さで、月光Cの前方に突き出た捜査レーダーを破壊し、切り替えしの刃で月光BのAIユニットを破壊する。

 

「これで残り一機!」

 

 私は最後の一機――眼前で突進してくる月光Dを睨めつけた。

 

《ハニー、まかせて》

 

 そう言ってAIは対空ミサイルの相手をしたまま、果敢に突撃してくる最後の月光にビットを突貫させた。先端に鋭い刃を持つビットは、月光の30mmにも及ぶ装甲板を易々と突き破り、内部を蹂躙する。それでも機能する月光だったが、ビットを追ってやってきた対空ミサイルが、その月光に引導を渡した。

 

《ばーん!》

 

 <レッドクイーン>の口真似と共に、月光が大きく爆発炎上する。

 ミサイルを喰らった月光Dはフェルダンになった生体部品の膝をつき、ややして沈黙した。

 

《撃破。攻撃目標全て沈黙。フェイズ2に移行――》

 

 しようとした、その直後、月光の残骸から円筒型の武器を構えた男が現れた。

 AKと並んでよく見かけるその武器は、使い捨てのロケットランチャーRPG-7だ。

 

《ハニー、対戦車ロケット。――回避》

「かまいません」

 

 AIと<赤騎士>が避けろと警報をがなり鳴らすが、私はあえて無視した。

 そうこうしている内に、切り離された弾頭部分が白い尾を曳きながら私に命中する。

 成型炸薬(HEAT)の効果で爆風が<赤騎士>に集中するが、私は涼しい顔をした。ISの六角格子状の盾が鉄の熱流を遮断したからだ。おかげで機体も含め私に損害はなかった。

 

「ば、化け物かッ! 対戦車用のロケット弾だぞッ!」

 

 傭兵の悪態を<赤騎士>が律儀に拾い、翻訳して私に伝える。

 私は苦笑した。

 ISを装備した女性は、空を飛び、木をなぎ倒し、あまつさえロケット弾だって跳ね返す。それらは純粋な科学技術によって齎されたものだけど、理屈の分からない者には神話の怪物に映るのだろう。

 

「おわりですか?」

 

 余裕綽々の笑みを浮かべる私に、ロケット弾を放った男は投擲器(ランチャ)を捨てて逃げ出していた。

 それを皮切りに、他の傭兵たちも戦意喪失してぞろぞろと退散していく。

 

《避けなかった狙いはこれ?》

「ええ」

 

 おそらく彼らの装備でもっとも強い武器は先のRPG-7だ。

 それが通じないとなれば、私を打倒する術はない。それで戦意を失ってくれれば、余計な殺傷をしなくて済む。ここまでやっておいて言うことじゃないが、私は無闇な殺傷を避けているのだ。

 

「そして効果はありました」

 

 モニターには重たい武器を捨て、しっぽを巻いて逃げていく兵士たちが映し出されている。

 そんな彼らを、私は腰抜けだなんて思わない。命欲しさに逃げることは、人生という戦略における立派な作戦だ。なにより彼らは金で雇われた傭兵、雇い主に忠義を尽くす必要などない。

 ましてや相手はISなのだ。ISはISでしか駆逐できない。

 だから、世界はISの開発に鎬を削る。ISを制する者がこの冷戦を制す。とは誰の格言だったか……。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 奇襲が行われる数分前、ロマノフは食事を取っていた。

 この歳になると、食事以外の楽しみもない。ならば「食事だけは豪勢に」と、彼はフランス帰りのイラン人シェフを探させて、ここに連れてこさせた。その甲斐あって、こんな辺境でも肥えた舌を満足させるディナーが味わえた。

 ただし、イラン料理に在りがちな多量の香辛料は、60歳の老体には毒だったかもしれない。

 しかし、博士はかまわず料理を口に運ぶ。

 彼はもう長くない命だった。なら、健康に気を使っても仕方がない。

 では、命が終わるその時まで、残りの余生を面白おかしく生きようではないか。

 ――その為には金だ。多額の金だ。それを得るためなら、危険な技術だって売りさばく。

 ――あいにく、私には妻も子もいない。後世がどうなろうと知った事ではない。

 ――ハルマゲドン? ラグナロク? 大いに結構。存分に殺し合ってくれ。

 ロマノフは心中で「危険と知りながらそれを欲する愚か者」と血のワインで乾杯して、サフランの香り漂う鶏肉にフォークを入れた。それを口に運ぶ途中、ふと視線を部屋の端で、読書に耽っている女性を見やる。流水のような長髪と、ラピスラズリーを思わせる蒼い瞳。どこか冷たい印象を与えるミステリアスな美女だ。

 

「どうだね、ソフィア。キミも一緒に食べるかね」

 

 ロマノフは鶏肉を掲げた。ソフィアは本から視線をロマノフに移し、

 

「お気遣いなく、博士。食事を楽しんでください」

 

 と、素っ気なく断り、また視線を本に戻す。

 この寡黙な美女、ソフィア・カドリュスキー・アルジャンニコフは、ロマノフをここに連れてきた張本人だった。そして、現在は彼を守る命令を負っている。誰がそう命じたかは不明だったが、“用心棒”としての腕前は確かだった。CIAから追われる身の彼がこうして食事できるのも、彼女の手腕に依る。

 ロマノフは「愛想のないやつだ」と鶏肉を口に入れた。そんな時だった。

 

「博士、失礼します」

 

 部屋の扉が開き、一人の軍人がやってきた。

 入室してきた人物は、博士の私兵を預けられたイラン防衛軍の大佐だ。

 

「なんだね、大佐」

 

 科学者らしく神経質のロマノフは、食事を中断させられたことに眉を顰めた。

 

「襲撃です。おそらく貴方を狙ったものかと、ご避難を」

「ここの守りは鉄壁ではなかったのかね」

「ともかく、こちらへ」

 

 食事を中断しなければならないのは残念だったが、ロマノフはフォークを置いた。

 そしてナプキンを外し、ソフィアと共に大佐の後ろについていく。通路へ出たところでロマノフが言った。

 

「それで、私の食事を邪魔したのはどこの連中かね?」

「不明です。ただ交戦した部下が機体にDeus Ex Machineの文字(ステンシル)を見たそうです」

 

 その言葉を聞いた瞬間、堀の深いロマノフの貌に渋面が刻まれた。

 闇市場を暗躍してきたロマノフは、裏世界の事情にも精通している。その中でも<デウス・エクス・マキナ>は今一番ホットな話題として、何度も耳にしてきた。彼らによって阻止された密輸やテロは数えきれない。

 

「ご存じで?」

 

 大佐の質問に、ロマノフは呆れ半分の表情を作る。代わってソフィアが答えた。

 

「<デウス・エクス・マキナ>。どこの国家にも所属せず、国際情勢の裏で暗躍する武装組織です。優れたテクノロジーを有し、国連に代わって平和維持活動をしているとか」

「そうだ。正義の使者を気取る偽善者どもだよ。よもや私の前に現れるとは」

「本国から増援を呼びましょう」

「間に合うのかね」

「では、私が時間を稼ぎましょう」

 

 自信ありげに微笑んだソフィアのピアスがきらりと光る。

 それは間違うことなくIS、その待機形態だった。

 ソフィアは「そのために、私がいるのです」と微笑み、来た道を引き返すように踵を返した。

 

 

      ♡          ♣          ♤        ♦

 

 

 私が無人機と防空システムを破壊した30秒後、味方の陸戦ユニットが降下してきた。

 彼らは連携のとれた連動機動(ハーモニクス)ですぐさま研究所及び屋敷に突入していった。

 抵抗はそれほどないようだった。戦力の大半であった傭兵部隊の撤退が大きな要因とみえる。イラク兵士と簡単な撃ち合いはあったものの、施設の制圧はほどなくして完了した。

 しかし、仲間の無線によれば、肝心な博士の身柄はまだ確保できていないらしい。

 だが、いまの私にできることはない。私が周囲に警戒を張り巡らせながら、作戦のなりゆきを見守っていると、唐突に<赤騎士>が警報を鳴らした。

 

《ハニー、接近警報!》

 

 そのアラートと共に、こちらへ鋭い剣先が迫ってくる。

 あたかも、蛇のようにうねって迫ってきた斬撃を、私は高周波(HF)ブレード《ヴォーパル》で打ち払った。はじかれたブレードは伸縮して主の許へ下がっていく。そのあとを私は視線で追った。

 

「ほぉ、いまのをかわすのかい」

 

 ひやりと冷えた声質で、蛇腹剣をふるった人物は言った。流水のような長髪。ラピスラズリーを思わせる瞳は、寡黙さと神秘さをたたえている。そして、その身には水のドレスのようなISをまとっていた。

 突如あらわれた水の精霊ウンディーネのようなISに、私は警戒を強める。

 

(イランがISを所有しているなんて聞いていませんが……)

 

 ISは国際条約で所有できる国家が決められている。イランはその国際条約に加盟しているが、保有はしていなかったはず。となれば、先進国家の関与。それも、イランに与している国家となれば、考えられる候補はひとつしかない。ロシアだ

 それを証明するように<赤騎士>が女性に『ロシア国家代表・ソフィア・カドリュスキー・アルジャンニコフ』というARタグを張り付けた。

 

「悪いが、ロマノフは渡さない。君たちには引き取ってもらう」

 

 操縦者は跳躍し、再び蛇腹剣をふるった。私は伸長してきた切っ先を払い、刃が戻るより早く敵ISに肉薄した。

 斬撃。ふりおろした《ヴォーパル》を、しかし敵ISは水のドレスで防御した。受け止めた水が波紋を打つ。それだけ。それだけで《ヴォーパル》の刃はいともたやすく弾き返された。

 私は相手の装備を警戒して、後方に距離を置く。

 

「やっぱりただの水じゃありませんね。<レッドクイーン>、あれ、何か推測できますか」

《Yes my honey――ロジカルシンキング開始.....推論結果。ダイタランシー現象を応用したリキッドアーマーの確立70%。同時に、これを実装した試験機をロシアが開発しているという記録も発見。開発コードは<モスクワの深い霧>》

 

 AIが論理回路で装備の特性を推測し、その結果をARタグで敵に張り付ける。

 その情報は私にしか見えないはずだが、女性はあたかも見えているように言った。

 

「ほお、大したAIだ。正解さ。恐ろしい技術力だな、<デウス・エクス・マキナ>」

 

 そして、私に指先を向ける。

 

「でも、これは知らないだろう――――《清き純情(クリア・パッション)》」

 

 そういった直後、周囲に不自然なほど霧が立ち込めた。かと思えば、背後に大きな衝撃を受けて、押し出される形で私は前のめりにつんのめる。損傷は軽微だったが、私は全く対応できなかった。

 

「なんです、いまの攻撃は……」

《ハニー、水の分子を相転移させて、空気膨張させているみたい!》

 

 AIの助言を聞き、私はぞっとした。敵が水の相を操れるのだとすれば、周囲を包む深い霧はすべて“爆薬”になる。まるで気化爆弾だ。

 なおも濃くなる霧から逃げるように、私は機体を上昇させた。

 

「厄介なISが出てきましたね……」

 

 まさか、ロシアの最新鋭機と戦うことになるとは……。

 かてて加えて、イラン政府の動向を監視していた偵察部隊から悪い一報が届いた。

 

『グリフォン1から各位へ。イラク軍に動きあり。Mig-29と思わしき機種がスクランブルに入った。こちらで指揮系統を混乱させてみるけど、大した時間稼ぎにはならないと思う。急いで』

 

 無線を聞き、私は顔をしかめた。

 いくら私たちの技術力が高いとはいえ、国軍の物量と戦うのは懸命な判断と言えない。さっさと博士を捕まえ、撤退しなければこちらが全滅する。

 

 さらに、陸戦ユニットからも通信が入った。

 

『こちらクローバ1、標的(ターゲット)の所在が判明した。南のヘリポートだ。本隊と合流するつもりらしい。こちらは敵兵の妨害を受けていて、間に合うかわからない。アリス、君のISでヘリの頭を押さえられないか』

 

 私は素早くデジタルマップを展開して、送られてきた位置情報と現在地を照合した。確かに私の位置からなら十分に間に合いそうだったが――。

 

(それには、まず<モスクワの深い霧>をどうにかしないと……)

 

 生き物のように蠢く霧から逃げるように、私はスラスターを吹かせて高度を上げた。

 その私を、人魚の形を成した霧が追いかけてくる。このまま足止めを食らうわけにも……。

 

「仕方ありません。<レッドクイーン>、とっておきを使います(・・・・・・・・・)

《Yes my honey――シュナイダーⅠからⅧをモード4で射出》

 

 レッドクイーンは射出したソードビットを円環状に配置して、私の前方に姿見を作り出す。

 そこへ<モスクワの深い霧>が作り出した霧が覆ってくる。

 私がその姿見へ飛び込むのと、相手が起こした水蒸気爆発はほぼ同時だった。

 

 

       ♡          ♣          ♤        ♦

 

 

「Mig-29が4機、こちらに向かっているそうです」

 

 前を歩く大佐がそういった時、ロマノフは「ふむ」と頷いた。

 いくら<デウス・エクス・マキナ>とはいえ、イラク軍を敵に回そうとは思わないだろう。彼らが駆けつけてくる数分をしのげれば、まだ自分にも活路はある。もちろん、しのげればだが。

 

(すべてはソフィア次第か)

 

 ふと、ミステリアスな美女のことを思い出す。深い関係にはならなかったが、世話にはなった相手だ。多少の信頼と感謝――そして心配する気持ちがあった。

 

(ふっ、破滅主義者に堕ちた私が、誰かを慮るとはな……)

 

 そんな自分に驚きながら「これが親心というものだろうか」と独身の彼は思う。

 悪くないものだ。彼がそんな感慨に耽っていると、通路が出口に差しかかった。

 

「どうぞこちらへ」

 

 大佐がヘリに先導した時、まるで金属が切断れるような不協和音がヘリポートに響いた。

 何事かと、周囲に視線を配らせると、切り落とされたヘリの後部ローターが見えた。

 それを赫々と燃えるようなISが見下ろしている。

 操縦者は赤い髪をした少女だ。手には身の丈ほどある大剣。悠々しく、神々しいその姿は、まさにヴァルハラの戦乙女。もっとも英霊を迎えに来たようには見えなかったが。

 

「ロマノフ博士、あなたを捕えにきました」

 

 凛とした宣告に、大佐は『ソフィアはどうした』と通信機に怒鳴りつけた。しかし、応答はない。大佐は苛立ちながら『撃て!』と部下に命令した。それに従って兵士がAKを構え、ISを攻撃する。さらにRPG-7を構え、発射した。

 だが、7.62mmのライフル弾も、対戦車ロケット弾でさえ、ISが展開する“六角格子状の壁”に阻まれ、一発たりとも少女に命中しなかった。

 

「なるほど、これがISか。世界が夢中になるわけだ」

 

 これほどまでに圧倒的な力を見せられては、ロマノフも諦めがつくのが早かった。

 それでも兵士の矜持か、大佐たちはなおも攻撃しようとしたが、それをロマノフが手で制す。

 

「観念しよう。私をどこへでも連れて行きたまえ」

 

 抵抗は無駄。そう悟ったロマノフは紳士的な声音で降伏の意を表した。

 

「その前にひとつ聞きたいことがあります」

 

 赤い髪の少女が言った。

 

「なぜ、このようなことを? なぜ核のような危険な技術を世界にばらまくのです?」

「ばら撒いているのではない。客が欲しがったから、その技術を売ってやった。それだけだ。ビジネスさ。食う為に金を稼いで何が悪いというのだね。それが世界に謳う資本主義だろ」

「でも、あなたのビジネスは多くの人を不幸にする」

「それは世界経済を支える戦争ビジネスも同じだろ。キミは売りさばかれた無人兵器や派遣されたPMCが、年間でどれだけの人間を殺しているか知っているかね。私がやっていることは世界の戦争成金もやっていることだ。なのに、なぜ私だけ批難されなくてはならん」

「屁理屈ですよ、それは。あなたのやっている事はただの大量殺人の幇助です。ビジネスですらない。兵器ビジネスとは位相が違う。あなたのそんな理屈は、世界にまかり通らない」

 

 呆れた少女の態度に、ロマノフは苦笑した。

 彼女の真っ直ぐな瞳を前に、なおも行いを正当化しようとした自分が滑稽に思えたのだ。

 

「あなたほどの頭脳があれば、他にやりようはあったでしょうに」

「そうだな。否定はできん」

 

 それから顔を洗うように前髪を拭い、ロマノフは改めて少女の問いに答えた。

 

「私は祖国に尽くした。身も心も捧げた。だが、祖国が崩壊し、政府の体勢が代わると、われわれ科学者は“賃金が払えない”という理由で解雇された。特に東西冷戦の解体と核軍縮の流れから、私のような科学者は冷遇されたものだ。保証もなく、私は地位も名誉もすべて失った。残ったのはこの身を蝕む病だけだ。これが社会主義の現実だよ。私が破滅主義に堕ちたのは、私を見捨てた社会への復讐だったのかもしれん」

 

 哀れな老人のやけっぱちに、少女は怒りを露わにした。

 

「だとしても、世界に死の灰をばら撒いていい理由にはならない。世界はあなたのものじゃないし、誰のものでもない。世界を壊していい権利なんて誰にもない」

「………………」

 

 少女の髪のような赤い怒りが、なぜか心地よく感じられた。叱られることに充実を感じたのは、いつ以来だろうか。もしかしたら、本当はこの凶行を誰かに止めてほしかったのかもしれない。

 

「ああ、君の言う通りだ」

 

 これで、ようやくやめられる。

 そんなすがすがしさを感じるロマノフの背後から新たな兵隊がやってきた。大佐の兵隊ではない。もっと奇抜な格好の兵隊だ。黒ずくめのスーツに身を包んだその姿は、さながら忍者を彷彿させた。

 その忍者たちは、俊敏な動きで大佐たちを包囲し、ごたごたしたM4を突き付けた。

 

「全員、動くな」

 

 ISがいる手前、大佐とその部下は抵抗らしい抵抗もせず、両手を上げて両膝をついた。

 その兵士たちに忍者が特殊なデバイス(クナイ)を突き付けると、彼らは眠るように気を失った。

 

「クローバ1よりジョーカーへ。標的を確保した。今からランディングポイントに向かう」

『できるだけ急げ、迎撃機が接近している』

「了解」

 

 そう答え、忍者兵は博士を拘束して連れていく。

 途中、ロマノフが何かを思い出したように足を止め、振り返った。

 

「そうだ、ソフィアはどうなった」

 

 すこし迷ったのち、少女は言った。

 

「無事です」

 

 簡潔に答えたアリスに、ロマノフは満足して、通路の奥に消えて行った。

 その後、アリスは向かってきているMig-29から味方を守るべく迎撃に向かった。

 

 

     ♡         ♣          ♤         ♦

 

 

「くそっ……」

 

 アリスと敵対していたソフィアは、大破した<モスクワの深い霧>を蹴った。装甲の破損、動力部の損傷、武装の大破。片手では数えきれないほどの損害報告をがなり鳴らす愛機に、ソフィアは「はぁー」と重いため息をつく。

 

「《第二形態(セカンドフォーム)》に、《単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)》だって? ずるいだろ、そんなの……」

 

 ISは通常兵器にない、二つの固有能力を有いている。それが《形態移行(フォームシフト)》と《単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)》だ。前者はISの性能を飛躍的に高め、後者は“魔法”と見紛う現象を起こす。<モスクワの深い霧>を大破に追い込んだのは、<赤騎士>がその圧倒的な、ある意味で卑怯(チート)な力を使用したからだった。

 <モスクワの深い霧>の《清き情熱》は確かに<赤騎士>を捉えたが、水蒸気爆発の中から出てきた<赤騎士>はまるで――――と、思い返した時、ソフィアの頭上をMig-29が墜落して行った。撃墜したのは、件の<赤騎士>だ。

 

「これは連中に逃げられたな……」

 

 <赤騎士>がこの空域に留まっているのは殿のためだろう。そうなると、別の部隊がすでに、ここから離脱しているはずだ。――きっとロマノフを連れて。

 

「まいったな、これアルツェバルスキー大佐に怒れるぞ……」

 

 自分に「ロマノフを守れ」と命じた上司のかんかんな姿を想像し、憂鬱な気分になる。

 任務の失敗、自機の大破。しかも後者はコアまで大破している。貴重なコアを壊した責任は必ず取らされるだろう。国家代表の座を下されてもおかしくない。

 

「この借りは必ず返すから、覚えていろ、<赤騎士>のパイロット」

 

 ソフィアがその宣言する先で、<赤騎士>がまた一機、戦闘機を撃墜していた。迎撃機を打ち負かした<赤騎士>は、そのあと光学迷彩を展開して姿を晦ませる。

 彼らが現れて、去るまでの一連のできごとは、僅か15分間の出来事だった。

 

 

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