IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina   作:ネコッテ

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<咆えよ、ドラゴン>
第9話 襲来のドラゴン


 この場所を的確に表現できる言葉はない。

 だが、あえて乏しい人の言語から適当な言葉を列挙したならば、虚空、虚無、虚構といった言葉が挙げられるかもしれない。その空間には、およそ光と呼べるものがなかった。それにも関わらず、中央に佇む――そこが空間の中央であるかは不確かだが――テーブルを視認できた。

 この空間は物理を超越した概念を内包している。もし熱心な信教者がこの場所を訪れていれば、涅槃と呼んでいたかもしれない。そして、何の前触れもなく現れた少年を、神に類する言葉で崇めていただろうか。

 

「諸君、よく集まってくれた。今宵も<神々の宴>を始めるとしよう」

 

 少年の言葉に呼び起さるように、円卓を取り囲む座席から複数の幽鬼が浮かび上る。

 数はおおよそ七人。容姿、年齢、性別は実に様々だ。白人がいれば黒人や黄色人もいる。若者もいれば初老もいて、男もいれば女もいる。

 その“七人”は、それぞれ腰を上げ、各自少年に敬意を表した。

 

「かけてくれ」

 

 それぞれの挨拶を受け取った少年は手で着席を促し、自身も席に坐す。

 

「それでさっそくだが、諸君らの協力で進めていた<ナルヴィ計画>についてだ。先日、稼動テストが終了し、残すのは実戦テストのみとなった。それでだ――」

 

 そこで少年が指をパチンと鳴らす。すると、円卓の中央にある建築物が映しだされた。

 映し出されたのは、六角形状のメガフロートだ。

 敷地面積は東京ドーム1個分に値するだろうか。それが計7つで構成されている。中央には、権威を象徴するかのような近未来的なタワーが聳え立っていた。

 それは、誰もが知る世界的施設――IS学園だった。

 

「皆、この施設はご存知だろう。そう、ココは世界が誇るISの最高学府『IS学園』だ。ここにはあらゆる操縦者が集い、様々な機種のISが揃っている。まさにISの坩堝。実戦データを取るには、最良の場所といえるだろう。そこで<ナルヴィ>の実戦データもココで収集しようと思う。どうだろう?」

 

 少年が7人に意見を請う。

 誰一人として異論を唱える者は現れなかった。沈黙の了承だ。

 

「では、私がIS学園の方に赴きましょう」

 

 と、一人の女性が、そう申し出る。

 紅蓮のような紅い髪に、ヴィクトリア朝時代を彷彿させるドレスを身に纏った美女だ。傍目から見れば、時代錯誤も甚だしい格好だったが、彼女に限ってはまるで違和感がない。むしろ、額縁に入れて飾っておきたいほど容姿と衣装が調和している。

 

「その必要はない。君は次期<ブリュンヒルデ>の最有力候補だ。実力は理解している。だが、<ナルヴィ>は自動人形(オートマトン)での無人稼動を前提にしたISだ。有人では求めている稼動データを収集できない。理解できるな?」

「はい」

 

 紅い女性は口調を変えず答えるが、心なしか表情は無念そうだった。少年に良い場を見せそこなったのが、堪えたのだろうか。その僅かな変化を読み取った少年は、嘆息を付きながら言った。

 

「がっかりするな。出番は後からいくらでもある。<魔剣>が実用段階になればな」

「魔剣……?」

 

 知らぬ開発コードに赤い髪の少女がわずかに首を傾げる。

 

「第四世代型ISの開発コードだよ。ローズちゃん」

 

 彼女の疑問に応じたのは、エプロンドレスで身を包み、機械仕掛けのウサギ耳で頭部を装飾した女性だ。端整な顔立ちは間違いなく美人に分類できたが、目下のクマがそれを台無しにしていた。加え、徹夜あけなのか、説明し終えるなり『わぁ~』とあくびをこらえる。眉はどこか気怠るそうだ。

 

「第四世代、ですか?」

 

彼女の記憶が正しければ、ISはまだ第三世代の試作機ができたばかりのはずだが。

 

「俺と母さんで共同開発した《展開装甲》を実装した次世代のISだ。コイツが実用段階に入れば、嫌ってほど働いてもらう事になる。その時は期待しているからな、ローズマリー」

「はい、ロキ」

 

 少年の期待の篭った視線を向けられ、ローズマリーはわずかに破顔した。

 ウサギ耳の女性を除く3人は、熱の帯びた頬で答える紅の美女をヤレヤレといった面持ちで見つめる。

 そして、揃いも揃って同じ感想を漏らしていた

 

 ――織斑千冬をして、唯一の対抗馬と謳われている彼女も、ただの乙女ということか、と。

 

 もちろん、口に出すのは憚れる。

 自分たちとて彼に魅せられた人間なのだから。彼女にとやかく言える権利などない。

 

「では、どのような方法で<ナルヴィ>をIS学園に?」

 

 話を戻す。

 随伴なしにISをどう持ち込むのか。まさか無人ISそのものを入学させるわけでもあるまい。

 言葉の意図を理解しかねたローズマリーが、少年に視線を遣る。少年は口の端を吊り上げて言った

 

「近々、このIS学園でクラス対抗戦なるものが行われるらしい。我々もそれに参加させていただく。とはいえ、俺たちに出場枠があるわけじゃない。そこで、飛び入り参加させてもらうことにした。そのための仕込みも、もう終えてある」

 

 少年の言葉の意味を察した者から、わずかにざわめきが上がる。

 彼は学園の襲撃を示唆しているのだ。

 確かに兵器開発にはより実戦的なデータが必要だ。

 しかし、IS学園は国際的な重要機関である。そこを攻撃する。それは世界への宣戦布告に他ならない。狂気の沙汰ではないか。そう強張る者たちを代表するように、部屋の一角に座っていた初老の男が口を開いた。

 短髪に口髭を蓄えた巨躯の男だ。長身で堀が深く、肩幅も広い。まとう気配は軍人のそれだ。

 

「御言葉ですが、そんな事をすれば、世界を敵に回します」

「何だ? 怖いのか、イワン。ロシア連邦の大佐ともあろう男が肝っ玉の小さい事だな」

 

 男の声音には有無を言わさぬ威厳さが含まれていたが、少年は意に介さず、せせら笑った。

 

「まったく、お前がそんな弱腰でどうする。ロシアの鷹派の許で、国家代表やっていたおまえの娘の方がよっぽど肝が据わっているぜ?――まぁ、そんな話はどうでもいいか」

 

 少年は話を翻した。

 

「なぁ、イワン。俺は浅ましい正義で卑しく保身を図ろうとするこの世界に厭き厭きしていてね。大人が始めた戦争。差別を助長する価値観。それを正しいと思わせる社会。そんな時代に、俺は終止符を打つ。そのための力が、俺にはある」

 

 少年が手を翳すと、その手にあたかも暗黒物質(ダークマター)で構成されたような結晶体が現れた。

 

「コイツは世界を滅ぼす第二の核兵器(カタストロフ)だ。今やコイツ一つで世界のパワーバランスが一変する。だが、世界にはコイツが467基しか存在しない上、新たに製造する事も不可能だ」

 

 しかし、だ。と少年は付け加えた。

 

「今、俺の指先にあるコイツは468基目(・・・・・)のコアだ。その意味が解るな? つまり俺には世界と戦う力と覚悟があるという事だ。だから、俺は世界を敵に回そうが構いはしないのさ」

 

 世界と戦う。本来なら若輩者の世迷言か、狂人の誇大妄想だと一蹴するところだろう。

 だが、できなかった。

 少年の放つ“覇王”ともいうべき貫禄が、与太話に真実味を与えていた。

 

「さぁ、それを踏まえて選べ。俺と組んで世界と戦うか、尻尾を巻いて祖国で自棄酒(ウォッカ)を煽るか。すくなくても、おまえの娘は泣き寝入りなんてしなかったぜ?」

 

 少年の深海のような深く重い瞳が、初老の老いた碧眼を捉える。

 初老の男は軍人という井出立ちであり、風格もそれにそぐう雰囲気を醸し出している。

 普通に睨み合えば、少年が引き下がるのが道理。しかし、身を引いたのは初老の男だった。

 

「私も此処に残り、貴方に従います」

 

 初老の男は畏まりながら少年に告げた。

 けして、少年を恐れた訳ではない。ただ魅せられたのだ。瞳の奥に秘められた強い野心に。

 彼に従えば、恐れるものは何もない。そう信じさせるに足るモノが少年にはあった。

 

「次は皆に問おう。俺に従うか否かを」

 

 再び、少年が七人に意見を請うが、誰一人異論を挟まなかった。沈黙の了承であった。

 そもそも自分たちは、世界の不条理に打ちのめされて、彼の許に集ったのではないか。

 息子を冤罪で投獄された者。虐げられた男性に娘を殺されたもの。政府の陰謀に妻や母を消された者。異端として虐げられてきた者、夢を挫かれた者。ここにいる者たちは、誰もが世界に大切な物を奪われてきた者たちだ。

 

「諸君、賢明な判断だ。俺はうれしいよ。理解のある同胞を持てて」

 

 少年は満足そうに目を細め、掌のクリスタルを手品のように消す。

 

「では、語り紡ごうじゃないか。これからの世界について――――」

 

 この時、世界は、明日も、明後日も、何もかわらない日々を送れると、信じているだろう。

 だが、世界は知らない。闇の亡霊たちが世界を貶めんと、水面下で嗤っている事を。

 

 それはきっと遠くない未来。秩序が塗り替えられる時、世界に落日(ラグナロク)が訪れる。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

「失礼しました……」

 

 校則違反で生徒指導室に連行された私たちは、午前八時過ぎ、ようやく解放された。

 幸いにも処罰はなく厳重注意だけで済んだ(一夏のためという事情もあったので、執行猶予をつけてくれたらしい)けど、織斑先生の教育的指導は心身を消耗させた。一緒に怒られた藤山さんもなんだか血相が悪い。

 

「い、一時はどうなるかと思ったよ。――あ、はい、これ、もらったお金」

「いえ、いいですよ」

 

 差し出されたあの時の報酬――オルコットさんへの当て馬代――の返却を私は拒んだ。

 確かにIS学園では学生間の金銭のやり取りが禁止されているけど、彼女は報酬分の働きをした。報酬を受け取る権利がある。

 

「その代わり、織斑先生には内緒にしておいてくださいね」

 

 ウィンクする私に、藤山さんはぱぁと顔を明るくした。

 

「うん、わかったわ」

「では、私はこれから事務所に寄り道しますので、これで」

「うん、おやすみなさい」

 

 寮と校舎の分かれ道で藤山さんと別れたあと、私は訓練機の申請のため、総合事務室がある方角に足を進めた。訓練機を借りてブランクを埋めておこうと思ってのことだ。

 寮の外はすっかり日が落ちていた。この時間帯になると校舎も施錠される。大概の生徒は寮に帰宅している時間帯なので、人気も全くない。だというのに――

 

「だぁ~! 総合事務受付ってどこよ!」

 

 静寂を引き裂くような叫び越えが聞こえ、私は驚いて身をすくめた。

 

「び、びっくりしました……。なんでしょう、いまの叫び声」

 

 そちらに視線をやったら、長い髪を両端で結んだ少女が、猛獣のように吠えていた。

 体格は小柄だか、妙に迫力のある少女だ。外見はアジア人のようだけど、どこか鋭い眼は日本人ではなく、中国人特有のものに見える。そして華奢と呼べそうな腕には、近未来的なブレスレット。

 それが気になった私は中国人の少女に近づいた。

 

你怎么了?(どうしましたか)

「ひッ!?」

 

 背後から話しかけたら、中国人の少女がびっくりして飛び上がった。

 

「ちょ、ちょっと気配もなく急に話しかけないでよ、びっくりするじゃない」

 

 特殊作戦部にいる職業柄、日頃から足音を消すことクセがついている。

 その所為で驚かせてしまったらしい。これは悪いことをした。

 

対不起(すいません)

「まあ、いいわ。――ところであんた、誰よ」

 

 中国の少女はしげしげと私を見た。――って日本語をしゃべれるのですか。

 

「私はここの一年です。なんだか、お困りのようだったので、声をかけたのですが」

「ああ、あんたもここの生徒なの。丁度よかったわ。ちょっとここに行きたいんだけど」

 

 そう言って中国少女はポケットに手を突っ込み、乱暴な動作で一枚の用紙を取り出す。クシャクシャになっているそれを見ると、なんだか彼女の性格が表れているようで可笑しくなった。

 

「ん、なにを笑ってんのよ、あんた……」

「いえ、なんでもないですよ。――えっと、ちょっといいですか?」

 

 彼女の半眼から逃れるように、しわくちゃになった用紙を受け取る。それを丁寧に引き延ばすと、この学園の案内図であることが分かった。そして総合事務所の場所に☆マークが記してある。どうやら、この場所が彼女の探している目的地のようだ。

 

「ここは学園の事務所のようですね。私もそこに用があるのでご一緒します?」

「え、そう? それは助かるわ。ここでっかいし、似たような建物ばかりだし、目印になるようなもんもないしさ。おまけに人も全然通りかからないから、困っていたのよね」

「もう時間が遅いですからね」

 

 原則八時を過ぎると学園設備は施錠されるので、この辺りをうろうろしている人はいない。

 いるとしたら許可をとって設備を使っている整備科の人ぐらいのものだ。

 

「じゃあ、さっそく案内してもらおうかしら♪」

 

 言って、可愛らしいツインテールを揺らす。

 私は『了解しました』と事務所に繋がる通路を、彼女と並んで歩き出した。

 

「そういえば、名前を聞いていなかったわね。――あんた、名前は?」

「アリス、アリス・リデルです」

「そう。あたしは、凰鈴音。こう見えて中国の代表候補生なのよ」

 

 その言葉に私はすくなからず驚いた。

 中国の代表候補生。彼女もまたオルコットさんと同じ実力の持ち主だということか。

 

「では、そのブレスレットは、やはり専用機で?」

「ええ、そうよ」

 

 ニヤと得意げに笑い、ブレスレットを見せる。それを聞くなりISオタクの血が騒いだ。

 中国の代表候補生の専用機か。現在、旧東側で普及しているISといえば、ロシア製の第二世代型だけど、経済成長めまぐるしい中国では、独自の技術発展を遂げている。となると――

 

「もしかして、最新の第三世代型ですか?」

「ふふ~ん。まあね。ベースは第二世代型のレアンだけど」

 

 レアンとは、中国がロシアの第二世代型<ヴォルグ>のライセンスを買い、その技術ノウハウを吸収して改良した中国の第二世代型ISのことだ。現在では中国の主力になっている。

 

「レアンベースなら、稼働率と実用性を重視にしたタイプということでしょうか。私見ですが、レアンはいい機体だと思うんですよね。一般の評価は低いですが、高い稼働率を誇っていますし、なによりラニングコストが安い」

 

 中国の改良型というと『劣化模造品(チャイナコピー)か』と思われがちだが、レアンに限ってはそうじゃない。私がISを語ると長くなるので、具体的な説明は割愛しますが。

 

「わかってんじゃない。あんたとはいい酒が飲めそうだわ。あたしのことは鈴って呼んでくれていいわよ」

 

 自国の機体を褒められたのが嬉しいのか。鈴が上機嫌にバンバンと私の背中を叩く。

 そんな調子で中庭の渡り廊下を歩いていたら、鈴が急に叩いていた手を止めた。

 

「どうしました?」

 

 鈴は中庭の中央をすごく険しい顔で睨んでいた。

 それはまるで恋人の浮気現場を目撃したような……。はて、なにがあるのでしょう。

 鈴に倣って目を凝らすと、中庭の奥に知った顔が二つ並んでいた。

 

「一夏とオルコットさんじゃないですか」

「あんた、あの二人知ってんの?」

「ええ、ふたりはクラスメイトですから。なんだかとてもいい雰囲気ですね」

 

 すっかり打ち解けた感じのふたりは、何やら楽しげに語らい合っていた。綺麗な花々と月明かりの演出もあって、すごくいい雰囲気だ。遠目からは恋人同士に見えなくもない。

 

「なんだか、邪魔しちゃ悪そうですね。鈴、そろそろ行きましょうか」

 

 あんまりじろじろと盗み見るのも良くないので、私はそっと場を離れようとする。

 けれど、鈴はじっと二人を睨み付けたまま動こうとしなかった。

 

「鈴?」

「………………」ムー

 

 ダメだ。私の言葉が左から右に抜けている様子だ。

 なにをそんなに睨む必要が――とそこで、私はもしやと思った。

 

「鈴、彼のことが気になるのですか?」

「バッ!? んなわけないでしょ!?」

 

 ようやく私の声が届いたのか、鈴がぴょんとツインテールを揺らして飛び上がった。

 すごくわかりやすい子ですね。東洋人は感情が読めないっていいますけど。

 

「そ、そんなことより、さっさと事務所にいくわよッ!」

「え、ええ」

 

 フンっと鼻息を荒げながら、大股で歩き出す鈴の後をあわてて追う。

 結局、総合事務受付の窓口まで彼女はずっと不機嫌なままだった。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

「ふぁ~……」

 

 翌朝、私はすごく眠たそうな表情で教室に続く廊下を歩いていた。

 結局、一夏VSオルコットさんに関する報告書は朝までかかってしまった。おかげで得られた睡眠は2時間足らずだ。眠いったらなくて、気を抜くと直ぐに夢の世界だ。

 

(ふぁ~、仮病でも使ってサボりたいです……。)

 

 でも、こういう時に限って織斑先生の授業ばかりなんですよね。

 織斑先生の授業で仮病なんて使った日には、鬼の補習を受ける羽目になる。ああ、無情です。

 

「おはようございます……」

 

 HR5分前。遅刻ギリギリに私が登校すると、なぜか教室がいつも以上に賑わっていた。

 なんでしょう。面白い話題でもあるのでしょうか。

 

「みなさん、おはようございます」

 

 顔を出した輪の中に、たまたまいた一夏が『おはよ』と手を挙げた。

 その右隣にいた篠ノ之さんも『ああ、おはよう』とあいさつをくれる。

 ただ左隣にいたオルコットさんだけは、ぷいっとそっぽを向いた。

 私、嫌われていますね……。自業自得ですけど。それはさておき、

 

「で、なにかあったのですか」

「実は、隣のクラスに転入生がいるんだってよ。その転校生が二組の代表になったんだって」

 

 転校生と聞いて、私は昨晩に出会った中国人の少女――凰鈴音を思い出した。

 

「ああ、中国の代表候補生でしょ? 専用機持ちらしいですよ。第三世代の」

「そうなのか。さすがアリス。もうチェック済みか」

 

 偶然、手に入れた情報だったけど、一夏は感心した顔を見せた。

 逆にムーッと睨んできたのはオルコットさんだ。

 

「わ、わたくしだって、それぐらいの情報、持っておりましたわッ」

「ふん、どうだかな。アリスとの情報戦に負けた奴がそう言ったところで怪しいものだ」

 

 篠ノ之さんがオルコットさんの痛いところを突く。

 私に味方してくれるのは嬉しいのですが、そんなことを言うと私への風当たりが……

 

「ぐぬぬ……」

 

 ほら、オルコットさんが悔し涙を浮かべながら、睨みつけてくるじゃないですか。

 目は完全に「これで勝ったと思わないことね」と言っている。

 

「でもさ、やっぱり代表候補生っていうぐらいだし、強いんだろうな」

 

 オルコットさんに睨まれ苦笑する私を尻目に、一夏が関心ありげに腕を組む。

 そこでオルコットさんが「待っていました」と自慢のポーズを取った。

 

「ええ、ええ。それはもうきっと強いこと間違えありませんわ。なんせわたくしと同じ代表候補生ですから。ですが、ご心配なく一夏さん」と私をチラ見して「イギリス代表候補生のわたくしがついておりますわ。必ず一夏さんを優勝に導いてさしあげます」

 

 “だから、わたくしを頼りになさって”というように、オルコットさんが自分の胸に手を置く。

 ただ視線だけは私に向けて。へんな対抗意識を持たれたなぁと思った、そんな折り――

 

「そう簡単にいくからしらね?」

 

 窓辺から活発そうなハスキーボイスが聞こえてきて、私たちはそちらを向いた。

 廊下側の窓辺で頬杖をついていたのは件の転校生――凰鈴音だ。

 

「鈴じゃないか」「鈴じゃないですか」

 

 ハモった私と一夏は互いの顔を見た。

 

「一夏は鈴を知っているんですか?」

「おう、中学の時、一緒の学校だったんだ」

 

 「そういうことよ」と鈴は頷いた。

 なるほど、なんかいろいろ腑に落ちた。昨晩、鈴が不機嫌になった理由とか。

 

「で、今日は宣戦布告に来たってわけよ。二組のクラス代表としてね」

 

 鈴がぐっと拳を私たちに突き出す。その手に備わったブレスレットを見せつけるように。

 だが、私たちの関心はそのブレスレットじゃなく、彼女の背後に向いていた。理由はすぐにわかると思います。まあ、見守っていてください。

 

「悪いけど、クラス対抗戦の優勝はあたしと<甲龍>がもらうからね」

「おい」 ポン ← 鈴の肩に誰かが手を置く音。

「だから、負ける覚悟しておきなさいよ」

「おい」 ポン ← 鈴の肩に再び誰かが手を置く音。

「勝つのはあたしだから。って、さっきから鬱陶しいわね! いま宣戦布告の途ちゅ―!?」

 

 さきほどから呼びかけてくる相手を睨めつけるなり、鈴は戦慄して気を失った。

 それもそのはず。鈴がガンつけた相手は――我らが担任、織斑千冬だったのだから。

 

「おい、おきろ」

「は、はい! 起きます!」

 

 千冬さんの一言に再起動を果たす鈴。我らが担任の前では、気絶さえ許されないのである。

 

「先程、宣戦布告の途中と言ったが、それは私への宣戦布告とみていいのだな、んん?」

 

 目を細める千冬さんに、鈴が壊れたブリキ人形のようにこちらを向いた。

 

「―・ ― ― ―・―  ―・― ― ・―・― ―(助けて)」

 

 瞬きを利用した鈴のモールス信号を解読し、私は首を横に振った。

 ごめんなさい、鈴。私たちじゃどうすることもできません。相手が悪すぎます。

 

「おい、聞いているのか?」

「は、はい、もちろん、耳の穴、かっぽじってよく聞いてます!」

 

 さきほどの猛虎のような威勢はいずこへ。まるで借りてきた猫みたいに大人しくなる鈴。

 千冬さんはやれやれという具合の表情を作って、しっしっと手を払った。

 

「もういい、ホームルームが始まるぞ、早く二組に帰れ」

「あ、はいっ! わかりましたッ! じゃあ、あたしはこれでッ!」

 

 低姿勢でへこへこしたあと、鈴は二組に走った。が、急にUターンして帰ってくる。

 

「い、一夏、また来るからね。覚えてなさいよ!」

 

 どうやらチンピラみたいな負け台詞を残すために引き返してきたらしい。

 そんな鈴に一夏が『おう、またあとでな』と手を上げる。鈴はニヒッと嬉しそうに手を振った。

 そんな二人を篠ノ之さんとオルコットさんがどのような顔で見ていたかは、ご想像にお任せします。

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