IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina   作:ネコッテ

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第99話 終結

 <打鉄>部隊の援護射撃は、しかれども、<レヴィアタン>を怯ませただけだった。それでも砲撃の手を緩めずにいると、<レヴィアタン>が咥内を覗かせた。突き出された超低温レーザー砲の方位は二時、斜角は三○度。照準は打鉄部隊だ。

 

「鈴!」

「あい、太阳、月亮!」

「いくよ」「いくね」

 

 四機は密集して《龍咆》を放った。<甲龍>と<甲虎>、<干鞘/莫耶>の計6門の衝撃砲を以って<レヴィアタン>の頭部を殴りつけ、首を振らす。間一髪のところでレーザー砲は打鉄部隊の数十メートル上空を通過していった。

 

『こちら損害なし』

 

 月子からの報告。おもわず「よしッ」と拳を握りそうになる鈴を、フーが「くるぞ!」と喚起する。<レヴィアタン>の薙いだ尾が、津波のように迫っていたからだ。でかい図体のわりに素早く、大きさをそのまま武器にしたような一撃。受け止めきなかった鈴たちは校舎へ突っ込んだ。

 

「鈴ちゃん!」「フー、太阳、月亮!」

 

 楯無たちが駆けつけようとするも、遮るように<レヴィアタン>が背びれからミサイルを放つ。

 放置すれば、校舎や施設に多大な被害で出かねない。

 やむなく、楯無は《蒼流施》のガトリングガン、ソフィアは二丁の粒子ビームピストルで、落ちてくるミサイル群の迎撃にあたる。だが、撃ち落としても、撃ち落としても、ミサイルの雨は止んでくれない。

 

「数が多すぎる」

「とにかく撃ち落とせ。被害を最小限に抑えろ」

 

 迎撃に手を拱いていると、撃ち漏らしたミサイルが次々と校舎に降り注いでいった。

 オーグメントリアリティーが学園のいたるところに損害レベル【超】のラベルを張っていく。

 そのたび、楯無は胸を締め付けられた。

 

「あぁ……。私たちの学園が……」

 

 暗部という非人間性を求められる自分が、人間らしく、そして少女らしくいられた数少ない場所が、失われていく。それに心が耐えられなかった。

 

「これ以上はやらせない!」

 

 楯無はディスペンサーを解放して、ナノマシンをミサイルの展開空域に最大散布した。

 そして、《クリア・パッション》の熱量と、空間作用能力を以て、ミサイルを一網打尽にする。

 しかし、直ぐに第二波の報せ。

 見れば<レヴィアタン>が背を震わせ、背鰭から新たな氷柱を隆起させていた。

 

「まだくるの!」

 

 ナノマシンの貯蓄タンクはゼロ。こちらにもう迎撃の手はない。

 絶望感が楯無の裡に込み上げたその時、馴染みのある声が響いた。

 

『弱音なんて、らしくありませんね、会長』

 

 それは、幼いころからずっとそばにいてくれた、ひとつ上の幼馴染だった。

 

「虚ちゃん……!!」

『いま、そちらに補給物資をおくります』

 

 言葉と共に、<ミステリアス・レイディ>が“あるもの”を補足する。望遠モニタに映し出されたそれは《アクア・ナノマシン》の結晶体だった。――いや、それだけじゃない。大型の荷電粒子砲。皿のようなレドーム。箱型のミサイルユニット。そう、簪が作り上げた<打鉄二式>の装備まである。

 

「これは……」

『作戦前に妹が回収しました』

 

 楯無は“自分が助けられた時”簪が《夢現》しか持っていなかったことを思い出した。

 

「でも、使えるの……」

 

 <ミステリアス・レイディ>はロシア製、<打鉄弐式>は日本製。規格(スタンダード)が異なる。

 

『大丈夫です。動作に問題はありません』

「わかったわ……」

 

 楯無は武装コンソールを開き、本体と武装のドッキングを開始した。各武装情報を武装レジストリーにインポート。コンソールにマッチングクリアの文字。移植した武装は、おどろくほど不具合が生じなかった。それに楯無は改めて簪がどういう思いで<打鉄弐式>を開発したのか思い知る。

 すべては姉の力になるために、この<打鉄弐式>は作られたのだ、と。

 

 ありがとう、簪ちゃん。あなたのおかげで私はまだ戦える。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

「コンタクト成功」

 

 IS学園フロートユニット<アルフヘイム>。整備科施設。

 <シュヴァツェア・レーゲン>に乗るラウラは、楯無が補給を受け取ったことを確認して言った。

 <黒ウサギ隊>から間借りしたその<シュヴァルツェア・レーゲン>には、いま右側固定浮遊部位に、大型の磁気誘導射出装置が取り付けられている。それは戦地へ物資を送り込むための搬送用マスドライバー・パッケージだった。

 

「突貫工事でしたか、何とかなりましたね」

 

 ラウラの報告を聞き、虚は内心で胸をなでおろした。

 それから自分の隣でへばっている妹を見やる。遭遇戦時に簪がパージした<打鉄弐式>の装備を回収し、送り込めるようにハイピッチで調整したのだ。疲れても仕方ない。

 

「よくやりました本音。あとは休んでなさい」

 

 妹をそう労わると、ロリーナが走ってきた。

 

「できわよぉ~」

 

 肩で息をしながら、完成した<ミストルティンの槍>を虚に渡す。

 虚はすぐさま二年生整備課エースの黛薫子に、砲弾化を命じた。

 

「薫子、装填準備」

 

 レールガンは火薬を使わず、電磁力で砲弾を撃ちだす。そのためには磁界発生器(アーマチャ)と呼ばれる部品を取り付けなければならない。その役割は、二年整備課のエース黛薫子が担っていた。

 完了後、薫子は安全を確認して合図の手を挙げた。

 

「装填完了です、先輩」

「わかりました。ボ―デヴィッヒ」

「了解」

 

 そう答えたラウラは、マスドライバーを30度の角度で持ち上げた。

 

「射角方位よし。目標捕捉」

 

 虚はうなずき、「<ミストルティンの槍>発射」と命じた。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

「やっとできたか」

 

 整備科から送られてきた<ミストルティンの槍>を、ソフィアはその右手に受け取った。

 

「楯無、準備はいいか?」

「ええ、いつでもどうぞ」

 

 “準備万端”の扇子を広げ、優美に微笑む。ソフィアはレヴィアタンに視線を注いだ。

 <レヴィアタン>の防御機能を無力化する<ミストルティンの槍>は対象に埋め込む必要がある。

 だが、接近は容易じゃなさそうだった。それを知らしめるように、<レヴィアタン>が背鰭から大量のミサイルを放つ。数は50以上。ミサイルの防壁が二人の前に立ちはだかった。

 

「ソフィア、私たち(・・)が活路をひらくわ。ついてきて」

 

 楯無が<レヴィアタン>へ肉薄する。<レヴィアタン>も吠える。背鰭から放たれた大量の氷柱が接近を拒む。突破は安易に思えなかったが、楯無は不敵に笑んだ。

 

「わたしたち姉妹の力、見せてあげるわ」

 

 楯無は右手に《春雷》、左手に《蒼流旋》を構え、<マルチロックオン>を起動した。

 さらに再補給された《アクア・ナノマシン》で人魚の近衛部隊を作り出し、全武装を解放した。

 《山嵐》と《春雷》、そして《蒼流旋》のフルバースト。それでも弾数の多さから撃ち漏らしたミサイルを、人魚の近衛を楯にすることでしのぎ、二人はミサイルの嵐を突き進んでいく。

 それを止めるべく、<レヴィアタン>も龍口を開く。

 

「させない!」

 

 楯無は《蒼流旋》に<レヴィアタン>の口腔へ投擲した。そして、備わった12.7ミリガンで、咥内に銃弾を撃ち込む。咥内で膨れ上がった熱量に<レヴィアタン>が別の意味で火を噴いた。

 

「ソフィア、いまよ」

 

 ソフィアは、胡桃サイズの<ミストルティンの槍>を鋭利な槍(パルチザン)に作りかえた。それを<レヴィアタン>の頭上から突き刺そうとする――が、寸でのところで<レヴィアタン>が仰ぎ、ソフィアをその牙にかけた。

 

「――ぐっ!」

 

 噛みつかれたソフィアの手から<ミストルティンの槍>が零れ落ちる。

 切り札が氷霧の中に消え、誰もが言葉を失うなか、楯無だけは意地悪に笑った。

 

「残念! そっちは偽物よ!」

 

 彼女の言葉と共にソフィアの体が、水滴のようにはじける。

 そう、<レヴィアタン>が喰らったソフィアは、《アクア・ナノマシン》が作りだした分身だった。本物の彼女は、――レヴィアタンの顎下から<ミストルティンの槍>を突き立てた。

 

「さぁ、ここからが本番だ」

 

 準備は整った。あとは防御システムへ侵入し、無力化を試みる。開始ポイントを設定。

 ネットワークに侵入し、偽の命令(コマンド)を流したあとは、待つだけだった

 誰かが喉を鳴らし、誰かが成功を祈る。

 誰も言葉を発せず、静寂が立ち込めたあと、<レヴィアタン>の鱗にパシッと亀裂が走った。

 それが合図となった。

 

『全機、攻撃開始!!』

 

 指令室から現場へ千冬の号令が飛ぶ。

 それを皮切り、待機していた部隊が一斉に攻撃を開始した。

 まず後方で待機していた打鉄部隊が砲撃をあびせた。集中砲火を受けて、<レヴィアタン>がもがくようにのた打ち回る。鱗もばらばらとこぼれ始めていた。<レヴィアタン>は砲撃の威力を相殺できていない。

 

「利いているわよ」

「いや、これだけじゃダメだ」

 

 <レヴィアタン>の体積に対して火力が足りていなかった。

 ならばと、そこへ強大な熱源が接近してくる。――巡航ミサイルだ。

 <ウォルラス>から発射されたミサイルは、身を翻した<レヴィアタン>の尾に命中して、爆発炎上した。

 千切れた尾が、飛んで校舎にぶつかる。

 

『いけるぞ。全機攻撃の手を緩めるな』

 

 誰もが撃破を確信し始めていた。対し全長の三分一と防御機能を失った<レヴィアタン>は、海面へ向かって回頭を始めていた。多大な損傷を受けて撤退しようとしていることは、明白だった。

 

「まずい、逃がすな!」

 

 ソフィアが叫ぶ。

 管制室からも「誰か止めろ!」という声が錯綜する。だが、いまだ90メートルを超える<レヴィアタン>を押し止められるような強靭なISは、残存戦力の中にいない。――いや。

 

「誰が逃がすかっての!!」

 

 校舎の瓦礫を押しのけ、そう叫んだのは鈴たちだった。

 鈴は<甲龍>の袖口部分から、鎖のようなワイヤーを引き抜き、頭上で振り回した。そして、たっぷりの遠心力を蓄え、投擲する。先端に取り付けられた鋭いアンカーで、チェーンを<レヴィアタン>に深く突き刺し、鈴は出力をすべて膂力に回した。

 

「まさか、持ってきた装備がこんなところで役に立つとは……」

『ねー』

 

 同じようにフーと陰陽姉妹も、ボルティックチェーンを<レヴィアタン>に巻き付ける。

 そして、<甲龍>と共に力いっぱい引っ張って、逃げる竜を制す。

 雁字搦めにされた巨龍は、もがきながらチェーンを振りほどこうと暴れまわった。

 

「くっ! 早くしてよね! いくらあたしたちでも、ずっとは無理よ!」

『次弾装填中、発射まで12セコンド! なんとか耐えてください!』

 

 マヤの報告に、みんなが「早く」と願う中、<レヴィアタン>はその咢を開いた。その咥内から出てきた超低温レーザー砲の鉾先は、巡航ミサイルの飛来方向――<ウォルラス>に向いている。

 

「させない!ッ」

 

 すかさず楯無がレーザー砲の射線上に躍り出て<打鉄弐式>の荷電粒子砲を構えた。

 二つのビーム砲がぶつかり合い、眩い光が辺りを染める。楯無は苦悶を浮かべた。

 

「出力が、パワー負けする……ッ」

 

 100メートル級の機械を動かす出力を<レヴィアタン>は内部に持つのだ。

 人間サイズが携帯するビーム砲と、要塞攻撃用レーザー砲との“押せ押せ”では、<レヴィアタン>に部があるのは当然だった。

 

「キミって意外にむちゃするタイプだな」

 

 気づくと、ソフィアが《スコル/ハティー》を超低温レーザー砲に突き付けていた。

 

「餌の時間だ。食え」

 

 発砲。吐き出された粒子の弾丸が、動力ケーブルらしき部品が食い破る。

 それに伴って極太のレーザー砲はみるみるやせ細っていった。

 

「仕上げだ、楯無。行って来い」

 

 咥内から煙を上げなら天を仰ぐ<レヴィアタン>を、ソフィアが視線で指す。

 楯無は「うん」と頷いた。そこに妹の顔色をうかがい、好かれようと迷走していた今までの面影なかった。あるのは学園最強という自信と、姉として果たすべき使命感。

 

「パッケージ、排除ッ。<スカーレッド・レイディ>モードオン」

 

 荷電粒子砲と、ミサイルユニットを廃し、残りの《アクアナノマシン》を《蒼流旋》に集中。<ミステリアス・レイディ>が持ち得る最大攻撃力を以て、楯無は<レヴィアタン>の咥内に突撃していった。

 

 ――待ってて、簪ちゃん。いま行くから。

 

 不甲斐なかった過去の自分を置き去るように、前へ、前へ。童話一寸法師のごとく<レヴィアタン>の内部を蹂躙しながら先を目指す。やがて120mの巨体をぬけた楯無は、破損した尾から飛び出した。

 手には半壊した《蒼流旋》と――簪。

 姉に抱えられた簪はどこかおぼろげな瞳で姉を見つめた。

 

「……わたしは……………そっか……。わたし、またお姉ちゃんに助けられて……。ずっと力になろうとしてきたのに。わたし、また……」

 

 簪は瞳に悔し涙を浮かべた。

 結局、姉の力になれず助けてもらってしまった自分が情けなかった。

 

「……ごめんね。……ごめんね、おねえちゃん。こんな、こんな、頼りない妹で……」

「ううん、あなたは立派よ。私なんかより、ずっと。それに、わたしこそ、ごめんね。あなたの気持ちに気づいてあげられなくて。あなたは頑張ってたのに。私こそ、ダメなお姉ちゃんだわ」

 

 言っていて、目頭が熱くなってきた。失わずにすんだ安心感とか、自分に対する不甲斐なさとか、いろいろ綯交ぜになった感情が、緊張の糸が切れたことで一気に溢れ出していた。

 終いにはソフィアや鈴たちがいるまえで、「うわ~~ん」と泣きだす始末。

 これに戸惑ったのは妹の簪だ。

 

「……な、泣かないでよ、かたな、おねえちゃん」

 

 どれぐらいぶりか。親しみのある呼び名で慰められ、楯無はもっと泣いた。

 

「が、がんざしちゃんが、おねちゃんって、ヒック、かたなおねえちゃんって言ってくれたぁ」

「だから、泣かないで……そんなに泣かれると、わ、わたしまで……」

 

 号泣する姉に充てられてか、簪の瞳にも大粒の涙が浮かんでいた。

 姉からもらい泣きした妹もまた「うわぁ~~ん」と泣き声を上げる。泣いたから泣いて、泣かれたからまた泣いて。姉妹はお互いの存在を認め合うように抱き合いながら「うわぁ~~~んッ」と泣き続けた。

 その様子をソフィアはハンドガンで肩を叩きながら「やれやれ」と、けれど、どこかやさしい表情で見守る。そして、三時の方角を向いた。

 

「さて、こっちは終わったぜ、ローズマリー」

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 絢爛舞踏の能力で<テンペスタⅡ>の自爆を狙う作戦は、まだ膠着状態が続いていた。

 撃てども、撃てども、まるで終わる気配がやってこないのだ。《絢爛舞踏》を維持する箒の表情にも疲労が見え始めていた。

 

「大丈夫ですか、箒」

「あ、ああ。大丈夫だ、まだいける」

 

 強がってみたところで、彼女の疲弊は明らかだった。

 脳波制御であるISは、操縦に集中力を要する。親和性で発現する《単一仕様能力》は特に必要だ。断続的な《単一仕様能力》の使用は、精神的な負担も大きい。箒も精神力の消耗が少なからず見えてきていた。それを見抜いたのか、アリーシャがニンマリと笑う。

 

「もうおわりなのサ? やれやれ。もうすこしおまえさんらの奮闘ぶりを眺めていてもよかったのだけれど、そろそろ飽きたから言ってやるのサ。こいつ――<テンペスタ・バアル>に限っては、喰らえるエネルギーにキャパはないのさ」

 

 今やっていることが無意味であったこと。このネタばらしにどんな顔をするのか。

 アリーシャはローズマリーを盗み見るが、彼女は眉ひとつ動かさなかった。

 

「想定の範疇です。なぜ<テンペスタⅡ>に略奪装置を備え付けたのか。<テンペスタⅡ>でなければならない理由があったのでしょう。おそらく、喰らったエネルギーを放出する機関があるから。重力を操るテンペスタ的にいえば、ホワイトホールに類する機関が」

 

 一泡吹かせるつもりが、逆にアリーシャが面を喰らった。

 

「もともと重力に関する技術は<亡国機業>のものです。私が<テンペスタ>の特性を知らないと思いましたか」

「なぜ、こんなマネを……」

「単なる時間かせぎです。ですが、その必要もなくなりました。――やりなさい」

 

 ローズマリーの合図で、上空からひとひらの雪片(せんぺん)が舞い降りてくる。

 ウェディングドレスのような純白の機体。騎士を思わせる意匠。――<白式>だ。

 

「てりゃーッ」

 

 降下してきた一夏は《雪片弐型》をアリーシャの肘あたりへ振り落とした。

 アリーシャは咄嗟に《名称不明の腕部》を引こうとする。だが、アリスと組み合い、ローズマリーに拘束されていた彼女は退くことも押すことも叶わなかった。いまさら“この構図”が、こちらの自爆を狙ったものじゃなく、回避の退路を断つためだったと気づく。結果、彼女は《シールド無効化攻撃》によって肘から先を失った。

 

「やってくれたのサ」

 

 アリーシャは睨みつけた。腕を放り投げるアリスでもなく、その隣に立つ一夏でもない、

 現れた白髪(はくはつ)の少年――ロキを。

 

「これで自慢の腕はもう使えんな。――おまえの負けだ、アリーシャ・ジョセスターフ」

 

 紅椿がアリスたちの要であったように、《名称不明の武装腕》はアリーシャの要だった。それを失ったいま、彼女は劣勢に立てされたといえる。ロキはアリーシャに降伏を促したが、アリーシャは睨んだままだった。

 

「まだなのサ。私は<ヴァルキリー>。《暴食の腕》を失ったくらいで引いたりしない」

 

 掲げた掌底が陽炎のように揺ぐ。

 局所的な重力が空間に大きなくぼみを作り出そうとしていた。ブラックホール。それを以てIS学園を崩壊させようとするアリーシャを、ロキは淡々と見つめ返した。

 

「まだ戦うのか」

「戦うさ。私は娘として守らにゃならんのさ。母様が築いたこの世界を」

「この世界。――女性が中心となって世を回すこの<母権社会>を、か?」

「そうさ。競争や勝利をすべてとする男性社会はやがて世界を滅ぼす」

「そんなことはねえ! 男は弱きものを守るために――」

 

 声を上げた一夏を、ロキが肩を掴んで下がらせる。

 

「アリーシャ・ジョゼスターフ、その通りだ。女の数だけ子孫を残せる男にとって、戦争といったリスキーな行動でさえ合理的な子孫繁栄の手段だ。だが、女は違う。女が授かれる命はひとつ。100人の男に恵まれようとも、ひとつだ。そのたったひとつの命が奪われぬよう戦争というリスクは避ける」

 

 第二次世界大戦もそうだった。戦争を始めるのは、いつだって男だ。その影で、女は戦争に我が子を奪われ、涙してきた。戦争を子孫繁栄の手段にできる男性を、戦争によって我が子を失いたくない女性が、権力で抑止する社会。それがジェラルディーナ・ジョセスターフの望んだもの。

 

「――だが、それはおまえが望むものなのか。おまえが自らの意思で考え、決めたことか。もし悲運の死を遂げた母を憐れみ、それがおまえを意思とは別に突き動かしているなら、そいつは“願い”じゃない“呪い”だ」

 

 他者の望みや意思を捻じ曲げるもの。それは願いじゃない。呪いだと。

 おまえは母に呪われている。そう言ったロキにアリーシャは激昂した。

 

「違う! これは願いなのさ!」

「なら、なぜシャイニィを俺たちの許において行った。それはこちら側への未練じゃないのか。俺達との繋がり残すため、愛猫を俺に預けたんだ。――アリーシャ・ジョセスターフ、母親の重力に引っ張られるな。おまえは重力を操れるはずだ。おまえが望むことをしろ。俺が叶えてやる」

 

 アリーシャは結った左右の赤毛を振り乱し、隻眼を硬く閉ざした。

 そうした葛藤の末、静かに掲げた左腕を下した。超重力で空いていたブラックホールの穴も少ずつ閉じていく。

 

「ロキ、認めるさ。私は呪われている。ならどうすればいい。どうすれば、この痛みから解放される」

 

 彼女は右手を苛む幻肢痛の原因は、母親の無念がそこに宿っているからだと思っていた。

 悲運の死を遂げた母が、無い腕を通し、痛みという言葉で、悲願を訴えかけているのだと。

 まさに亡霊の痛み(ファントムペイン)だった。

 どれだけ鎮痛剤を服用しても、痛みは消せなかった。その痛みを消し去るためには、母親の無念を晴らすしかないと、彼女は<リリス>に傾倒した。それ以外に消し去り方がわからなかったから。でも――

 

「おまえさんは言ったな。“自分の望むことをしろ。俺が叶えてやる”と。その言葉に偽りがないなら、私をこの痛みから解放して見せろなのさ」

「それがお前の望みなんだな? なら、約束通り、俺が叶えてやる」

 

 現代医学でさえ取り除けなかった幻肢痛。それを消せという。この無理難題にロキは頷いて見せた。そして、アリーシャの背後に視線をやる。現れたのは、仮面をかぶった紫紺ショートウェーブの美女――イタリアの国家代表だ。

 

「アンジェ……、なんでここに……」

 

 アンジェリカ・ヴァレンタインは表情を変えず、ジト目でアリーシャを見た。

 

「……あなたに渡すものがあってきたの」

 

 アンジェリカが取り出したものは便せんだった。

 

「……あなたのお母様から預かっていたの。……あなたが迷った時にわたしてって」

「いつさ?」

「……預かったのはずっとまえ。……私がまだ代表候補生で、あなたが現役だったときよ」

 

 もしかしたら自分の口から言えないかもしれないからと。アンジェはそう付け加えた。

 アリーシャは隻眼を見開いた。

 母は自分に迫る危機を感じ取っていたのだろうか。だから手紙に残した。

 受け取ったアリーシャは便せんを開いた。そこには短くこう記されていた。

 

 

 ――ありのままの自分を愛しなさい。

健やかなる愛娘の成長を願って

母より

 

 たった数文字のことばだけが、そこに記されていた。

 それだけだった。それだけで、胸の奥にから熱いものがこみあげてくる。母は自分に何も求めてなどいなかった。願ったのはふたつ。健やか成長と自愛だけ。アリーシャは嗚咽で呼吸さえできなくなった。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 泣き崩れたもう一人のアリスを、私はぼんやりと眺めていた。疲れていたのもあるけど、たぶん、うらやましいのだと思う。“形見”と云えるようなものが残されていて。

 

「アリーシャがうらやましいですか」

 

 そういってきたローズマリーに、私は敵わないなと苦笑した。

 

「あなたはどうです?」

「私もうらやましいと感じます。でも、もしお母様が何かしらの形で“ことば”を残していたのなら、きっとそこにはあなたの幸せを願うことばだけが記されていたと思います。少なくても、自分の無念を語るような呪いの“ことば”は残さなかったでしょう」

 

 私も強くそう思えた。

 母は何も恨んでいなかった。自分を見捨てた母親でさえ。

 

「けれど、いまのあなたは、母親の無念を感じ、それに引っ張られています。そう、アリーシャのように。死者を悼むこと、それから学ぶことは大事です。けれど、死者に縛られてはいけません。いまあなたがすべきことは、何者にも縛られず、自分の幸せを見つけることです。すべてはそこからです。自分を幸せにできない人間は、他人を幸せになんてできませんよ」

 

 まず自分が幸せになること。それが一番大事、では彼女は?

 ローズマリーだって“母の意思”をその身で体現しようとしている。

 私と何が違うのか、私にはわからなかった。

 

「私はもう自分の幸せをみつけましたから」

 

 ローズマリーは朗らかに微笑んだ。

 私は彼女がなぜそれほどまでに強いのか。わかった気がした。人は愛する者がいると、どこまでも強くなれるってことなんだ。

 

「さて、楯無の方も終わったようですね。――どうしますか。試合の続き、しますか?」

 

 そう言われて、自分たちが試合の最中であったことを思い出す。

 私は「もういいです」と答えた。疲れていたこともある。でも、自分の中で展望が開けていた。自分の“これから”を賭けて彼女と戦う必要性はもう感じなかった。

 

「そうですか。私もです。勝敗はうやむやですが、あなたの本心を聞けたので満足です。――これからは、そうあれるよう努力しましょう。お節介な姉じゃなく、寄り添えるような姉に」

「でも、ちょっとぐらいお節介を焼いてもいいですよ?」

 

 ローズマリーは「ふふっ」と笑い、「見事な一撃でした」と一夏の肩を叩く。

 それから、ロキとアリーシャのところへ赴いていった。

 

「アンジェ、なんでもっとはやく渡してくれなかったのサ」

「……忘れてたの」

 

 感傷的な雰囲気を台無しにするような一言だった。

 アリーシャは苦笑いを見せる。――しょっちゅう出勤日を忘れて遅刻してくるアンジェリカらしいといえば、アンジェリカらしい、と。そんなアンジェにも言い分はあるようだった。

 

「……だって迷ったときに渡せって言われていたから。……それを受け取った頃、現役時代だったころのあなたは活き活きしていたわ。……迷いなんか微塵も感じられなかった」

 

 だから、渡す機会が訪れず、すっかりその存在を忘れてしまった。

 

「<ヴァルキリー>だったころだった私は、そんなに活き活きしていたのサ?」

「……ええ。楽しそうだったわ。……いまは楽しそうじゃないけど。私、あなたのお母様から『娘をお願いね』と頼まれたわ。――『いや』って断ったけど」アリーシャは半眼をむけるがアンジェはいたって普通に「だって私、誰かの面倒をみられるような立派な人間じゃないもの。だからアーリィ。私が支えないでもいいような立派な人になってね」

 

 がんばりたくないから、おまえががんばれと。

 応援でも、声援でもない、ただの責任放棄。これにはアリーシャも笑った。苦笑いじゃなく「ははは」と笑顔で。何者にも、何事にも、時間にさえ囚われることなく、正直に自分のペースで生きること。その大事さを、彼女は学んだようだった。

 

「さて、そういうことだ。アリーシャ・ジョセスターフ、<リリス>に加担するのは金輪際これでしまいにしろ。おまえにはおまえの居場所がある」

 

 アリーシャは「そうさね」というようにゆっくり頷いた。

 それから「で」とロキの顔を覗き込む。期待のまなざしを向けられ、ロキは言った。

 

「俺たち(・・)のところへ戻ってこい、アリーシャ・ジョゼスターフ」

 

 亡国機業への復帰要請。

 それを告げたロキに、アリーシャはなぜか不満げに流し目を送った。

 

「俺“たち(・・)”、か。50点さね。おまえはもうすこしジゴロの才能があるとおもったのにねぇ」

 

 なるほど、『俺のところ』と『俺たちのところ』では、意味が大きく異なる。アリーシャは「俺のところに」と言ってほしかったのだろう。つまりはそういうこと(・・・・・・)か。

 

「50点でいい」

 

 と、ローズマリーを盗み見る。彼女はすまし顔だった。

 もしロキが『俺のところに』と言っていたら、彼女はどんな顔をするのだろうか。私はちょっと気になった。

 

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