IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina 作:ネコッテ
セシリアが襲撃に気づいたのは、コンテナを積み込むEOSが突如として炎上したときだった。
セシリアはすぐさまパッケージと従業員を守るべく<ブルー・ティアーズ>を展開し、ハイパーセンサーを広域索敵モードに切り換えた。
「一体どこから……」
レーダー上には8機の機影が映し出されていた。けれど、どれひとつとしてその姿を確認できなかった。レーダー上では存在するものの、肉眼では何も捉えられない。
(なぜ何も見えませんの……)
なおも確認に手を焼いていると、今度は八時方向の80m先から金切り音が響いた。
まるで斬りつけられたように切断された部品を見て、積み込みの作業員が叫んだ。
「3番コンテナが……!」
三番コンテナ。高高度遠距離射撃に必要な超解像度を持つ観測器が積まれたコンテナだ。
これでは<エクスカリバー>を捕捉することが困難になる。
「くっ、これ以上やらせるわけには……」
すでに初撃で増幅装置をやられている。これ以上は<エクスカリバー>破壊に支障がでかねない。なんとしても阻止しなければ。しかし、肝心な敵を捕捉できない現状、対応は後手にならざるを得なかった。
「なぜ、レーダー上で捉えているのに姿が見えないの?……光学迷彩?……いえ、」セシリアはハッと閃いた。「小さいのですわ……ッ」
それでいて速いのだ。
おそらく相手はビットのような高速かつ小型の兵装を用いているのだ。ともすれば、どこかにビットを操っている親機がいるはず。セシリアは<ブルー・ティアーズ>を上昇させた。
(ビッドで対象を攻撃する場合。その対象が有視界にいることが好ましい。基地に点在するコンテナを同時攻撃するなら、親機はそれら全体を見渡せる上空にいるはず)
親機は地上じゃなく空中。ビット操作を熟知するセシリアは、そう推測して機体を飛翔させる。高度四○○メートルまで上昇した彼女は自分の読みが正しかったことを確信した。
(あれが親機)
襲撃してきたISはセシリアと同じ青い機体だった。非固定浮遊部位と腰部のバインダーにビットの格納スペースを持ち、手には両刃の格闘武器。フォルムは<ブルー・ティアーズ>に似た中世の甲冑を思わせた。操縦者はフルフェイスのHMDを装備していて、容姿は窺えない。
(赤騎士と同じ格闘タイプのようですわね)
空に溶け込むように浮遊するISを捕捉し、セシリアは《スターライトMk-Ⅳ》を構えた。
発砲。
蒼い銃弾が相手を怯ませたすきに、同じ高度まで<ブルー・ティアーズ>を飛翔させる。
「やってくださいましたわね。これ以上はやらせませんわよ」
セシリアが《スターライトMk-Ⅳ》を向けると、敵は口元を優美に曲げた。
「さすがです。お嬢様」
襲撃者がHMDのフェイスガードを、決闘を終えた騎士のように外す。
露わになった素顔に、セシリアは碧眼を剥いた。
ブルネットのセミショート。幼さと艶やかさが同居した容姿。素顔を晒した襲撃者は、オルコット家のメイド長にして、幼馴染であるチェルシー・ブランケットだった。
「ど、どうして……あなたが……」
自分がもっとも信頼する人物が起こした破壊行動に、セシリアの綺麗なソプラノ音声がかすれて滲む。しかし、チェルシーは主人の動揺を見ても、表情ひとつ変えなかった。
「<エクスカリバー>の破壊を阻止するためでございます」
「阻止? それがどういうことかわかっておりますの、チェルシー!」
「はい、すべてを承知したうえでございます」
不備なく仕事をこなす普段の彼女となんら変わらない、きわめて落ち着いた声音だった。
正気を失っているわけではない。それがセシリアの混乱を加速させた。
「一体どうしてしまったの、チェルシー……」
彼女がしていることは、主人への冒涜のみならず、IS学園を守ろうとしている者を踏みつける行為。許されることではない。それに何も感じない彼女じゃないはずなのに。
「どうもしておりません。すべては己が主のためです」
「だったら、オルコット家の当主として命じます。ただちにその愚かな振る舞いをおやめなさい」
「お嬢様とはいえ、それには従いかねます」
「なぜ!! 主人のためだというなら、なぜわたくしの言うことが聞けないの!」
狂った歯車のような噛み合わない返答。セシリアは動揺を忘れ、苛立ちをぶつける。
されどチェルシーは冷静だった。まゆひとつ動かさない。
「お嬢様が本当の主ではないからです。お嬢様にお仕えしていたのは、その方の命にすぎません」
セシリアは全身から気力を吸い尽くされるような錯覚に陥った。信じていた何かが砕け、手から《スターライトMk-Ⅳ》が滑り落ちそうになる。
チェルシーは両刃の剣を抜き、その先をセシリアに突き付けた。
「わが主のため<ブルー・ティアーズ>と<アフタヌーン・ブルー>は破壊させていただきます」
まだ混乱が抜けきらないセシリアは機体を守るように、いや逃げるように後方へ下がらせた。
それをチェルシーが嘲笑して追う。
「成長しておりませんね、お嬢様。権威をかざすばかりで、肝心な場面で逃げてしまわれるところは」
「そ、そんなこと!」
「だから、いつまで経っても恋も成就しないのです」
「恋もしたことないあなたが!」
セシリアが《スターライトMk-Ⅳ》を構える。
射撃に必要な間合いは確保できていなかったが、感情が彼女をそうさせた。
「そうやってすぐ感情的になるところも、お嬢様の悪いところです。奥様から『常に優雅であれ』と教わりませんでしたか」
チェルシーは《スターライトMk-Ⅳ》の射撃をかいくぐり、セシリアの懐に潜り込んだ。そして一閃。頭上から股下に抜けた一撃はセシリアに「彼女の本気さ」を諭させた。彼女は本気で自分を討つつもりだ。
「やめて、チェルシー。こんなことをするあなたではありませんわ」
「お嬢様は私の何を知っておいでで」
「なんだって知っていますわ! だって幼馴染ですもの!」
ずっと一緒にいたのだ。知らないことなんかない。
犬が好きで、むかし飼っていたコリーの名前だって知っている。
「ならば、お嬢様は<エクシア>をご存じありますか」
セシリアの動きが止まる。初めて耳にした名だった。
人の名前なのか、それとも別の名称なのか。その検討さえつかなかった。
「それでよく私のことを知っているなどのたまいます」
チェルシーは斬り払った大剣を翻して後退した。そしてサイドバインダーからビットを射出する。それは《ブルーティアーズ》と同様のフィン状であったが、先端はつるぎのように尖っていた。
剣型のビットが、セオリー通りの動きでセシリアを包囲する。
セシリアは《スターライトMk-Ⅳ》を構えた。だが、超遠距離射撃を得意とする自分はアイリーンほど高速飛翔体狙撃を得意としない。ましてや――
(取り回しの悪い狙撃銃では……)
警告。7時方角からビット攻撃。反転したセシリアが《スターライトMk-Ⅳ》を構えると、背後――非固定浮遊部位から爆発がおこった。別ビットによる多角攻撃だった。
<警告:非固定浮遊部位にクラスB損傷>
<警告:《ブルーティアーズⅠ》《ブルーティーズⅡ》とのリンクが確立できません>
セシリアは碧眼から涙をこぼした。
「もうやめて、チェルシー。これ以上わたくしを傷つけないで」
「次は泣き脅しですか。昔からそうでしたね、お嬢様は、望みが通らないとすぐ泣いて奥様を困らせておいででした。あれから十年以上も経っているというのに。なんと嘆かわしい。気高き一角獣の紋章も泣いておられますよ」
なおもチェルシーは攻撃の手を緩めなかった。正面から突貫してくるビットを、セシリアはとっさに《スターライトMk-Ⅳ》を盾にして防ぐ。
穿たれ、爆発する《スターライトMk-Ⅳ》。それはチェルシーが肉薄するのに十分なスキを与えた。
「お嬢様、チェックメイトです」
チェルシーが両刃の大剣を振りかざす。
それがセシリアの頭上へ振り下ろされた瞬間、赤い閃光がセシリアの眼前に転がり込んだ。
赫々と赤い装甲。騎士の甲冑を思わせる意匠。身の丈あるほどの大剣。盾型の非固定浮遊部位。
斬撃をはじいた赤騎士の操縦者――アリスは肩越しにセシリアを見やった。
「これはどういう状況ですか」
セシリアは「わからない」と髪をふり乱した。
言葉にならないセシリアに代わって、アリスはチェルシーを見た。
「この惨状はあなたが?」
基地にいたるところには、ARの被害タグが張られていた。見た限りでも10箇所以上。
これをおまえがやったのか、とチェルシーを見据える。
「はい。わたくしが行いました。驚かないのですか」
動揺の類を見せないアリスに、チェルシーとセシリアも怪訝がった。
「ええ、むしろあなたが現れてくれたおかげで、確信がもてました。いまは驚きよりも感服する思いです」
「ご理解いただけているようで、うれしく思います」
「けれど、あなたの行いを見過ごすわけにはいきません。続けるなら、私が相手をします」
アリスは《ヴォ―パル》の鉾をチェルシーへ向ける。
チェルシーは剣を腰部の鞘に納めた。
「ならば、ここは一度引きましょう。アリスさまがお相手ではわたくしでも手に余ります。なにより、いまのお嬢様は、戦うに値いたしませんゆえに」
向けられたチェルシーの目線に、セシリアは身をすぼめた。普段の堂々とした振る舞いは見る影もない。萎縮する主に、メイドはわずかな悲しみを滲ませた。
「――もっと強くなりなさい、セシリア。でなければ、私は本懐を遂げられない」
にじみ出る敵意の中に、優しさに似た厳しさを垣間見せたメイドは、蒼穹へ溶け込むように消えていく。残されたセシリアは「本懐ですって」と消え入りそうな声音でつぶやいた。
♡ ♣ ♤ ♦
チェルシー撤退後。基地に降り立ったアリスは、その被害状況に頭を悩ませた。
射撃管制に必要なコンピューターや観測装置、超高高度用射撃砲さえ破壊されて、ほとんど壊滅状態だった。それをIS学園にある対策本部に報告すると、ロリーナから意外な返事が返ってきた。
『大丈夫よ、いまこちらに<本物>が届いたところだから』
「へ?」とアリス。
「こっちは囮だったんですか」
『ええ、<リリス>が妨害工作をしてくることは予想できていたから、ダミーを用意していたそうよ。本物の<アフタヌーン・ブルー>はイギリスじゃなくオーストラリアのミューゼル社で開発されていたわ。そちらは試作品よ』
「そうだったんですか」
安心とも、苛立ちとも違う、複雑な気持ちでアリスは相槌を打つ。
心情はどうあれ<アフタヌーン・ブルー>が破壊されなかったことは素直に喜ぶべきか。
「わかりました。では、詳しいことは帰ったら話します」
『ええ。気を付けてね』
通信を切り、アリスはセシリアの許へ向かった。
セシリアはコンテナに腰を下ろし俯いていた。
「セシリア、ここの<アフタヌーン・ブルー>は囮だったようです。IS学園に戻りましょう」
セシリアは答えなかった。チェルシーのことがまだ尾を引いているのだろう。あたりまえだ。幼馴染だった友人が、敵となったのだ。いま彼女の心情は察して余りある。
アリスも同じような経験を何度もしてきた人間だから、彼女の気持ちはよく理解できた。
できたから、アリスはセシリアのそばにそっと寄り添った。
「セシリア、いいですか」
セシリアはやはり何も答えなかった。それでもアリスは構わず続ける。
「チェルシーがなぜ<リリス>にいるのか。なぜあなたに楯突くのか。混乱しているでしょう。だから、あなたに話しておきたいことがあります」
「なんですの」
セシリアは初めて顔を上げた。
「まず私のお母さんの話からします。私の母は来たるべき飢餓に備え、<楽園計画>というものを立ち上げました。けれど、亡くなったことで計画はなくなりました。私やローズマリーはその計画を再始動させるために活動してきましたが、おそらく<リリス>の目的もその<楽園計画>です」
アリーシャも先の<レヴィアタン>戦で言っていた。<お母様>はメアリー・ライオンハートの意志を体現する者だと。
「だから、リリスはおそらく<楽園計画>の賛同者である可能性が高い。そこで私は賛同者のリストをスコールからもらいました。彼女の両親はその計画に、環境学者として参加していましたから、リストを持っていたんです」
アリスはそのリストをセシリアに見せる。
リスト内に知った名前を見つけ、セシリアは開いた口を押さえた。
アリシア・オルコット。
「お、お母さま……」
「そうです」と言ったアリスを、セシリアが見やる。
「じゃあ、まさか……」
いま自分の脳裏に過った憶測が正しければ、なぜチェルシーが敵側についたのか、辻褄が合う。
「私も最初は半信半疑でした。それもチェルシーが現れたことで確信に変わりました」
「じゃあ、チェルシーはお母さまの命令でここに?」
「チェルシーにとって、アリシア・オルコットこそが仕えるべき本当の主なのでしょう。彼女は“自分の正義”なんてものは持っていない。あくまでメイドとしての忠誠心だけが彼女を突き動かしている」
自分が忠誠を誓った相手に仕える。そこに個人の是非はない。無謬性とも違う、ただ主のために身を粉にして戦う。彼女の生きざまは騎士道といってもよかった。だから、彼女は感服した。のらりくらり生きている人間より芯が通っている。
「これは私見ですが、主への忠義が全てであるからこそ、チェルシーはあなたが次期オルコット当主として、自分が仕えるに相応しいか見極めたいのかもしれません。そのために彼女はあなたのまえに現れた」
セシリアの脳裏に彼女の言葉がよみがえる。
――もっと強くなりなさい、セシリア。でなければ私は本懐を遂げられない。
「これは試練です。16歳になるあなたへ、チェルシーが課した。――セシリア、蹲っているだけじゃ、誰も認めてくれない。自分が人の上に立つに相応しい人間であることを認めさせるほかに、彼女を取り戻す方法はありません」
「認めさせるなんて……わたくしにはできませんわ。わたくしは大きな態度でしか物を言えない小娘ですもの。自分より弱いものとしか戦わず、嫉妬してあなたに冷たく当たって。そんな女がどうして人の上なんかに……」
チェルシーに弱点を突かれ、心が弱っているのだろう。
普段なら見せない弱音を、セシリアは吐いていた。そんなセシリアにアリスは力強く言った。
「なら私が証明します」
セシリアはアリスを見る。
「――私が<エクスカリバー>を破壊して、私を許してくれたあなたを、人の上に立つに相応しい人間だと証明します」
人が誰かに力を貸すのは、貸す人物に惹きつける魅力があるからだ。アリスが自ら身を呈して戦うことは、セシリアの人望を証明することになる。
「こんなわたくしのために、あなたは戦ってくださいますの」
「はい、今度こそセシリア・ファーストです」
アリスの瞳にはどこまでも強い意志が宿っていた。自分のためにそうまで言ってくれる友人が、そばにいてくれること。それが自分の中にあった否定的な感情を押し流してくれる。
「わかりましたわ。セシリア・オルコットが命じます。わたくしに力を貸してくださいな」
「Yes My Majesties――御心のままに」
頷いたアリスに、セシリアは自分の中で何か変わるのを感じ取った。
母、そして幼馴染が敵となったいま、何も信じられなくなっていたけれど、もし唯一信じられるとしたら、それは彼女かもしれない。だとしたら、それはずっと自分が探していたものだった。
自分を想い、戦ってくれる彼女の存在を、いま何よりも心から大事にしたい。
<アフタヌーン・ブルー>の放棄と、帰還を告げるアリスの背中を見つめ、セシリアはそう思った。揺れていた心はもう安定している。