IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina 作:ネコッテ
IS学園第一アリーナ。その中央に対衛星攻撃パッケージ<アフタヌーン・ブルー>は建設されていた。BTレーザーを照射する超大型の高出力狙撃砲。2000キロ先にいる標的を捉えるための観測装置。それらを制御するためのコンピューター機器。それらを梱包した姿は一見すると天体観測所のようにもみえる。
セシリアはその中央部分に赴き、<ブルーティアーズ>を<アフタヌーン・ブルー>に接続した。形としてはリクライニングシートに身を預ける感じだ。
「接続完了、連動を確認。これより照準シークエンスに移行いたしますわ」
『了解』
千冬の声。セシリアは観測装置に座標を入力した。それに連動して座席と一体化した銃座が回転し、標的を追いかけ始める。超望遠スコープに映し出された破壊目標は抜身の剣のようだった。
「これがエクスカリバー……」
王の剣をその瞳に写し、気持ちを引き締め直す。これを破壊せしめ、必ず学園を守って見せると。そしてチェルシーが課したこの試練を乗り越え、きっと彼女に認められてみせる。
「見てなさい、チェルシー」
いまのセシリアにもう迷いはなかった。自分を想い、支えてくれる人を見つけられたから。
でも、頭の片隅にひとつ気がかりなことが残っていた。
イギリスでチェルシーが言い放った「<エクシア>をご存じありますか」という言葉。
いまだにその名が何を意味しているのか、セシリアにはわからなかった。
「――エクシアとは、なんなのかしら」
そうつぶやき、何気なくスコープをのぞきこんで、<エクスカリバー>を確認してみる。
なぜ、そうしたのか。一瞬だけそこに答えがあるような気がしたのだ。直感と言ってもいい。それは
(それに、なんだか精霊たちがざわついている気がしますわ)
周囲に設置された環境センサーは何の異変も報せていない。でも、スコープをのぞき、銃口を向けた一瞬だけ、精霊たちが騒いだような気がした。まるで彼女に「やめろ」と警告を促すように。
(なんだったのかしら……)
失敗の許されない作戦を前にして、気持ちがピリついているだけか。
それならかまわないが、何か重大なことを見落としている気もした。
『オルコット、どうした? 何か問題でも発生したか』
報告がないことを心配したのか、千冬から通信が入ってきた。
セシリアは心中でくすぶる疑問をかき消した。意識のリソースを別のところに割いていては2000キロという前代未聞の狙撃は完遂できない。
「いえ、大丈夫ですわ。すこし考えごとを」
『そうか。事情は聴いている。いろいろ思うところはあるだろう。だが、いまだけは作戦に集中してくれ。私はこの職場をそこそこ気に入っている。まだハローワークの世話にはなりたくない』
千冬らしからぬユーモアに、セシリアはクスっとわらった。
「わたくしもこの学園が好きですわ」
この八ヶ月間。多くの出来事に見舞われてきたけれど、それでも良き友人にも恵まれ、素敵な初恋にも巡り会えた。この素晴らしき青春を、自分はもっともっとこの場所で、あの仲間たちと謳歌したい。
「だから、必ず守って見せます、この学園を。女王陛下より一角獣の紋章を賜ったオルコットの当主たる、このセシリア・オルコットの名に懸けて」
『では、その紋章に恥じない活躍を期待しよう。――よし、次のシークエンスに移れ』
千冬に「了解」と返答して、機体を照準シークエンスから射撃シークエンスに移行する。
今回、狙撃する目標は2000キロ先の彼方にいる。そこまで攻撃を届かせるには、莫大なエネルギーが必要だ。そのエネルギーはIS学園の地下にある発電システムによって賄われることになっている。
セシリアは学園の動力システムにアクセスし、超高高度狙撃に必要な電力の供給を受け始めた。野太い動力ケーブルのコネクト部分がグリーンに点滅し、チャージ率が1%2%3%……と増えていく。
10%。照準システムの再確認。
20%。射撃システムの安全装置を解除する。
30%。グリップを握り直す。
40%。呼吸を整える。
50%。高鳴る鼓動を抑える。
60%。意識をクリアに。
70%。照準。
80%。管制室で誰かが成功を祈る。
そしてチャージ率が90%に達し、セシリアがトリガーに指先をかけたとき、
――突如として“奴”は現れた。
♡ ♣ ♤ ♦
IS学園の北の方角。突如として現れたその物体は、海面を割って飛び出すなり、馬のような二本足でIS学園に降り立った。10mを超える巨体。鰭のような丸みを帯びたフォルム。エイのような鋭い尾。血脈を打つ生々しい外皮膚。あたかも海中生物のような物体は、しかし電子的な光をアイセンサーに宿し、金属の歯車が軋み会うような雄叫びを上げた。
そして、背部のハッチからいくつもの小型ミサイルをIS学園に向けて発射する。
発射されたミサイルはIS学園の上空まで飛翔し、その外装をはがして、あたりに無数の小型爆弾をばらまいた。あちらこちらから火の手が上がる学園の中を、その物体は、置いてあった軽トラックを易々と蹴っ飛ばしながら、歩み始めていく。蹄鉄のような足跡を残しながら、第一アリーナを目指して。
♡ ♣ ♤ ♦
アリーナ管制室。
クラスター爆弾による被害状況はすぐさま指令室にも上がってきていた。
「織斑先生。第一格納庫が被弾した模様。至る所で火災も発生!」
「手の空いている者に消火活動をさせろ。<アフタヌーン・ブルー>への被害はどうだ」
「こちらは問題ありません。エネルギー充填は92%まで進んでいます」
「なら、作戦は続行だ。ただちに教師部隊を出撃させろ。アルファチームは<ブルーティアーズ>及び<アフタヌーン・ブルー>の護衛、ブラボーチームは敵の索敵だ」
千冬の命令を受け、教師一同が血眼になって作業に取り掛かった。彼女たちは警備用ドローンと学内の定点カメラを総動員して、敵の発見を急ぐ。敵の所在はすぐに判明した。
「でました。敵、所在学園北エリアです。二番モニターに出します」
モニターに映し出された巨大な物体を見て、千冬は瞠目した。
10メートルを超える体高。曲線的な体躯。有機的な装甲。シャチとマンタを組み合わせたような二足歩行の怪物。千冬はそれを知っていた。
「こいつは<キャノンボール・ファスト>で見たメタルギアか……」
メタルギア。歩兵のような走破能力と、兵器のような攻撃力を持った殺戮マシーンだ。
「なぜこんな大きなものに気づけなかったんでしょうか……」
「海から現れたんだ」
海中ではレーダー波も電磁波も届かない。音波のみが頼みになる。深度のある場所を潜航されたら発見することさえ難しい。誰にも捉えられない海中から接近・上陸し、敵を強襲するための水陸両用なのだろう。四方八方を海に囲まれたIS学園にとっては厄介極まりない相手だった。
「こいつが量産された日には、海兵隊は店じまいだな。で、こいつはどこに向かっている?」
「えっと…………だ、第一アリーナです!!」
悲鳴に似た真耶の報告。千冬は「だろうな……」と舌打ちした。こんなものが突如として現れた理由はひとつしか考えられない。<アフタヌーン・ブルー>を破壊し、オペレーション<ソードブレイカ―>を阻止するためだ。
「ただちに、教師部隊を迎撃に向かわせろ。なんとしてもコイツを食い止めるんだ!」
千冬の命令と共に教師部隊がメタルギアRAYを迎撃すべく出動した。
♡ ♣ ♤ ♦
学園復興のために設置された仮設野営地。
ここで作戦を見守っていた私は、響いた爆音にテントから飛び出した。
「何事です……」
私が目にしたものは、立ち込める炎と煙、そして地響きを立てながら歩く巨大な物体だった。
「あれはメタルギアRAY……」
海軍で進められていた<アーセナルシップ計画>の一端として開発されたメタルギア、それがRAYだ。でも、生々しさを感じさせる装甲のどこを探しても海軍の所属を表すステンシルはない。
「もしかしたら、こいつは……」
ある予感、いや、悪寒に支配されていると、教師部隊の<ラファール・リヴァイヴ>が見えた。メタルギアRAYを迎撃にきたのだろう。私は咄嗟に叫んだ。
「ダメです、引き返せ!」
だが、私の声は機械の騒音にかき消されて、まるで聞こえた様子がなかった。
私の呼びかけなどなかったように、教師部隊がメタルギアRAYと交戦状態に入っていく。
通常ならこの戦闘、IS側に軍配が上がる。いくら現代技術の結晶たるメタルギアでも、未知の世界からもたらされた技術の結晶であるISには敵わない。戦車や戦闘機ほど容易い相手ではないけれど、4機もいれば負けることはない。そう、通常であれば。
(でも、あのRAYはふつうじゃない)
私の予感を裏付けるように、教師部隊の一機がおかしな挙動を見せた。突然、飛び方を忘れたように墜落していったのだ。さらにもう一機。次いでもう一機。戦わずして墜落していく教師部隊に私は「やはりか」と悪態をつく。
私を襲った悪寒、その正体は<怠惰>のISと戦ったときのそれだ。
そう、目の前にいるRAYは<キャノンボール・ファスト>で、<ヴェルフェゴール>を喰らったヤツだ。どんなメカニズムかしらないが、目の前のRAYは<ヴェルフェゴール>の能力を獲得している。
私は野営テントに駆け込み、通信機をひったくった。
「千冬さん、いますぐ教師部隊を撤退させてください。あのRAYは<ヴェルフェゴール>と同じ能力を持っています。ISじゃ太刀打ちできません」
『やはりか……』
通信越しでも千冬さんが苦悶を浮かべるのが判った。
IS学園の戦力はISに依存している。ISを無力化されたら、この学園はほとんど丸裸状態だ。対抗できる術がいない以上、学園側は機械の怪物に蹂躙される様子をただ見ているしかできない。私でさえほとんど対抗策が思いつかず、現状に打ち拉がれていると、どこかで雄叫びが聞こえたような気がした。
重く、重く、まるで、ここから出せ、暴れさせろと訴える猛獣の。
「そうだ……目には目を。歯車には歯車だ」
私はここから離れた格納庫へ視線をはせた。その格納庫にRAYに対抗できる手段が眠っている。
メタルギアREX。メタルギアRAYと同じく金属の歯車を冠する陸の
「私がRAYを何とかします。千冬さんは教師部隊の回収をお願いします」
『わかった』
私は再び野営テントを飛び出し、置いてあった自動二輪車にまたがった。
エンジンを蒸かすと、ロリーナがテントから出てきた。
「私もいくわ」
私はREXの基本しかしらない。
仕様からパーツのひとつまで熟知している彼女のサポートがあれば頼もしい。
「わかりました。乗ってください」
ロリーナを後ろにのせ、再びスロットルを回す。
ロリーナは私につかまりながら、進撃するメタルギアRAYを横目で見上げた。
「まるで怪獣映画だわ」
「うれしいですか」
「これがフィルムの向こう側ならね。急ぎましょ」
私は「つかまってください」と言って速度を上げる。ロリーナは大きな胸を私の背に押し付けた。巨乳の美女と二人乗りなんて憧れるシチュかもしれないけど、いまはそんな感慨もなく、ただ瓦礫だらけの学園を駆け抜ける。そして格納庫の前に到着するなり、乗り捨てるようにしてバイクから降りた。
二人してREXがある格納庫へ走る。
そして、飛び込んできた光景に愕然とした。
「あら……」「そんな……格納庫が――」
倒壊していた。
おそらく先のクラスター爆弾によるものだろう。積み重なった瓦礫や鉄骨の所為で、入り口が完全に塞がっている。これじゃREXに乗り込めない。
「REX本体は無事だと思うけれど……」
もともと戦車以上の屈強さを持つ兵器だ。瓦礫の重量ぐらいじゃ壊れたりしないだろう。けど、有人機である以上、人が乗らなければ壊れているのと変わらない。
私は駆け寄って、瓦礫の撤去を試みるが、まるでびくともしなかった。とても人の力じゃ持ち上がられそうにない。文字通り、希望は潰えてしまったのか。
「くそっ、こんなところで」
瓦礫を蹴って、第一アリーナの方角へ視線をやる。
RAYはもうセシリアのところまで迫っていた。