IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina   作:ネコッテ

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第110話 叛逆の剣~あなたの歌を聞かせて~

 上空2000キロメートル。極音速飛行状態の<赤騎士>が、エンゲージポイント――<エクスカリバー>との交戦領域に侵入すると、ヘルメット内に警報が鳴り響いた。

 

《ハニー、ミサイル警報。<エクスカリバー>より中型ミサイル4基が接近中》

 

 《銀の福音》の高性能レドーム《エンジェルハイロウ》がもたらした映像には、三角柱型のミサイルが映っていた。弾頭と思わしき部位はなく、一目で特殊なタイプのミサイルだと見てわかる。

 

「時間がありません。このまま強行突破します」

 

 <エクスカリバー>再攻撃まで時間がない。いまは迎撃している時間さえおしい。アリスが極音速形態のまま、強行突貫することを決めると、4基のミサイルが、外装を剥がして無数の小型ミサイルを吐き出した。

 

「クラスターミサイルッ」

 

 レーダーマップを埋め尽くした無数の点に、さしもの彼女でも強行突破をためらった。

 

「――仕方ありません、対応します」

《Yes My honey――レーダー波、照射。《銀の鐘》可動、標的を補足》

 

 包んでいた翼を開き、その内側に鋳込んだ32門の砲を構える。

 迎撃。放った天使の羽は、飛来するマイクロミサイルを次々に撃墜していったが、

 

《ミサイル警報! 数40。距離200!》

 

 直ぐに爆炎の向こうから新たなミサイルが接近してくる。

 アリスは逆推力装置(スラストリバーサー)で後退しながら引き撃ち(バックスラストショット)で後続のミサイル群を迎え撃った。だが、墜としても墜としても、直ぐ次弾が接近してくる。警報も鳴り止まない。レーダー上に点在する機影も減っている気がしなかった。減るのはタイムリミットばかりだ。

 

「く、きりがない」

 

 《銀の鐘》32門をフル稼働させても、撃ち漏らすほどの物量。かてて加え、真空状態では熱が伝播しないため、誘爆効果も期待できなかった。<福音>の面制圧能力を以ってしても、アリスは足止めを食わざるを得なかった。

 

「まずい……。このままだと時間が……」

《なら、ハニーだけ行って》

「なんですって……」

《ミサイル警報、8時方向、および3時方向から新たに23基。ハニー包囲される》

「フェザーチャフ!」

 

 アリスが福音の翼を羽ばたかせると、剥離した金属片が“羽”のように舞い、ミサイルを撹乱させた。なおも翼を羽ばたかせ、周囲に羽型電子欺瞞紙をばらまく。ミサイルたちが“バカ”になっているうちに、アリスは包囲を脱し、返事した。

 

「大丈夫なんですか……」

《大丈夫かどうかじゃない。このままだと発射時間に間に合わない。<エクスカリバー>の注意はこっちで引きつける。ハニーは<エクスカリバー>内部に潜入して、発射を食い止めて》

「わかりました。You have control!!」

《Yes My honey――I have control!!》

 

 欺瞞紙の効果が利いているすきに、コントロールを<レッドクイーン>に預ける。<レッドクイーン>は自動人形を展開し、アリス柄のテクスチャーを張り付けた。それから4基のソードビットを射出し、そのコントロールをアリスに移行させる。

 

「<レッドクイーン>、気をつけて」

《不思議な言葉。モノに“気をつけて”なんて》

 

 <レッドクイーン>は笑った。

 声に抑揚はなく、表情もない“彼女”だけど、アリスだけにはそれがわかった。

 

「確かにあなたは“モノ”かもしれません。でも、時に物にも魂は宿る。私は、あなたに魂が宿っていると信じています。なら、それはひとつの尊重すべき命です。最早、あなたは道具(もの)じゃない」

 

 自分の中に“愛着”のとも違う感情がある。それはたぶん“愛情”と言ってよかった。

 だからいえる。彼女は生きているって。

 

《Think You Myhoney――私にとってもあなたは特別なパートナー、幸運を祈っている》

「了解。――騎士の聖地(アヴァロン)で会いましょう、キティ」

 

 アリスは<レッドクイーン>に背を向けて、ソードビットにつかまる。<レッドクイーン>は舞う羽の向こう側へかけていった。そのすきにアリスはソードビットを連れて、<エクスカリバー>へ忍び寄っていく。幸い、小型ミサイルは人間を感知できないようだった。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 攻撃衛星<エクスカリバー>内部。剣の部位でいう鍔に当たる個所に制御管理ルームはある。そこで、エクシア・ブランケットは高エネルギー相転移砲のチャージ完了時間を確認した。

 搭載されているスーパーコンピューター<アヴァロン>の計算によれば発射まで残り30分。

 それまで、なんとしてもあの赤いISを食い止めなければ。

 

「あの人の、邪魔はさせないんだから」

 

 息が詰まる真っ白な病室。自分の命を刻む無機質な電子音。窮屈なベッドで繰り返される果てのない生活。いつ止まるやもしれぬ鼓動に怯える日々。小さい窓から見える外界への憧れと、すり減る心に比例して増え続ける医療費。そんな世界から自分を連れ出してくれた人が、“あの人”だった。

 

「命を救ってくれた“あの人の”ために、必ずやり遂げる」

 

 エクシアは火器管制のコンソールを右から左へすべてタップした。

 <エクスカリバー>は防御用の迎撃ミサイルを多数内蔵している。

 エクシアは<エクスカリバー>のレーダーが拾ってきた位置情報を元に照準を合わせた。

 ロックオンした<赤騎士>は純白の翼を羽ばたかせていた。清潔なその白い翼にエクシアは吐き気を覚える。

 

「白は嫌いだ。――病院の匂いがする!」

 

 火器管制の操縦桿を握りしめ、引き金を絞る。

 <エクスカリバー>の外装が開く。直後、レーダーに流星群のようなミサイルが映し出された。

 

「どれだけ器量に富んだ兵だ(つわもの)って、無数の敵に襲い掛かられたら多勢に無勢のはず」

 

 しかし、<赤騎士>は翼を羽ばたかせミサイルの包囲を潜り抜ける。腹が立った。火器管制をタップ。ミサイルを追加。無数のミサイルに群がられ、<赤騎士>は少しずつ退路を断たれていった。やがて、逃げ切れず、爆風に包まれた相手を見て、エクシアは息巻いた。翼を圧し折ってやった、と。

 

 ――そんな折り、警報が鳴った。

 

 警告は17番ハッチに異常が起こったことを告げていた。確かこの近くに監視カメラがあったはず。エクシアは映像をサブモニターに表示させた。そして映った映像に瞳を見開いた。

 映像には、破壊された17番ハッチと、剣状のビットが写っていた。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 <エクスカリバー>内部に侵入したアリスは、泳ぐように通路を進んだ。

 侵入後の計画(プラン)は考えていない。ともかくエクシアという少女を見つけて張り倒す。それで止まらなかったら、自分の得意技を発揮するしかない。そう、破壊だ。武器はないが、そのときはそのときなんとかする。

 アリスは<エクスカリバー>内部をさらに進んだ。<エクスカリバー>は思いのほか巨大な構造物だった。いくつかのユニットで構成され、人工衛星と呼ぶよりは宇宙ステーションと呼んだ方がしっくりくる。見取り図がないと、どこに何があるのかもわからない。でも、どこへ行けばいいかはわかっている。コントロールルームだ。そこにエクシアもいるはずだ。

 十字路のような接続部に出たアリスは首を左右に振った。

 <コントロールルーム>はどっちだ。右か左か。アリスは直感で右を選択した。

 

「ビンゴ」

 

 進んだ先に<Smart Control room>の表記。<エクスカリバー>の制御室だ。

 アリスは壁に張り付き、自動ドアを開く。室内に潜入すると、少女がいた。ブルネットのセミロング。華奢な体躯と幼気な瞳。手にはポケットサイズのかわいい銃が握られ、アリスへ向けられている。

 

「こないで」

 

 アリスは入り口付近に身を隠しながら、相手の様子を覗った。あいにくこちらに武器となりそうなものはなかった。

 

「ジャマはさせないから」

 

 エクシアは銃口で威嚇しながら、空いた手でコントロールパネルを操作した。入り口からでは何をしているのか判断できない。アリスは動けないもどかしさを抱えながら、相手のすきを窺った。

 

「あの女のために罪を重ねる気ですか」

 

 エクシアは銃を両手で構えた。

 

「あの人はわたしを空虚な場所から連れ出してくれた。この心臓はあの人がくれたもの。あの人がくれた命を、わたしはあの人のために使う」

「勇ましい言葉のわりに、銃口が震えていますよ。そんな蚤の心臓で何が守れるっていうんです。人を撃ったショックで心停止しないように気をつけるんですね」

「う、うるさい!」

 

 アリスの挑発に駆られ、エクシアは引き金を引いた。大事な人がくれた心臓を悪く言われて腹が立った。

 銃弾は際どいところを抜けていった。エクシアは発砲の反動で姿勢を崩していた。重力のない宇宙空間では、踏ん張りが効かない。姿勢を失い、くるりと回るエクシアへ、アリスは「いまだ」と壁を蹴った。その反作用でエクシアへぶつかる。アリスとエクシアは一緒になって、無重力空間をロールした。

 何かのパネルに当たり、ようやく体が止まる。アリスはエクシアの手首を掴んで、拳銃を抑えつけた。

 

「は、離して!」

「離しませんってば。あなたに<エクスカリバー>を撃たせるわけにはいかないんですから」

「それなら無駄なんだから」

 

 エクシアの表情に強気が宿って、アリスは表情をしかめた。

 

「無駄ですって」

「そう、わたしをどうこうしても無駄。エクスカリバーはわたしがいなくても攻撃を実行する」

「どういうことです」

 

 アリスは顔をエクシアに近づけた。

 

「エネルギー充填と同時に、発射シークエンスが実行されるようにもう設定してある。時間が来れば、わたしがいなくても<エクスカリバー>は自動で目標を攻撃する」

「解除しなさい」

 

 手首に力を込めてもエクシアは怯まなかった。

 

「一度設定したら解除はできない」

 

 エクシアは勝利宣言のように言い放った。

 おそらく虚言ではない。彼女でも攻撃シークエンスの解除は不可能なのだ。

 

「くっそ……」

 

 憤りをぶちまけて、エクシアから拳銃を奪う。それを操作パネルに向けた。

 

「壊しても無意味だから。<エクスカリバー>は継戦能力を高めるため、モジュール化されてる。一部が機能しなくなっても他で補うように設計されている。この制御室を吹き飛ばしても、<エクスカリバー>は攻撃を停止しない。わたしの勝ちだよ」

 

 アリスは無言で銃を下ろした。エクシアにはあきらめたように見えた。自分を殺し、制御室を破壊しても止められないなら、もうどうしようもない。そう思ったのだろう。だが、それは違った。

 

「勝ち負けじゃない」

 

 アリスはうちひしがれる様子もなくそう言い切った。

 

「これを撃ってしまえば、後戻りできなくなる。あなたは“外の世界”を望んでいるんでしょ。なら、自分に枷を科すような真似はやめなさい。どこにも行けなくなる」

 

 エクシアから勝利の笑みが消えた。

 

「まさか、わたしのためなの…………ここに来たのは……」

「私は親友からあなたを頼むと言われている。罪を重ねさせるわけにはいかない」

 

 幸い一射目は防ぐことができた。けれど、二度目はできない。

 撃ってしまえば、もう後戻りできなくなる。撃てばただの犯罪者だ。刑務所行きだ。ほとんど病院に戻るのと変わらない。閉塞的な世界からの解放を望んでいたはずなのに。

 

 そう告げ、制御室を見まわしたあと、アリスは出口に向かった。

 そして途中で振り返り、まっすぐエクシアを見据えた。

 

「いいか、エクシア・ブランケット。あなたは誰よりも命の重さを知っているはずです。それを奪うことの意味が理解できるなら、こんな殺戮に手を貸すのは終わりにしなさい」

 

 それだけ告げて、制御室を飛び出していく。意地でも<エクスカリバー>を止める気なのだ。ほかならぬ自分と、――――親友のために。

 エクシアは縛り付けられたように動けなくなった。重力はないはずなのに、体が重く感じる。

 きっと心が命の重さを思い出したからだった。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 

 

 一方地上では、

 <デウス・エクス・マキナ>から届けられた一報が、アリーナ管制室をどよめかしていた。

 

「EU軍がミサイル攻撃を!」

 

 母から報告を受け、千冬はデスクをバンと叩いた。

 

『EU理事会の<エクスカリバー>の破壊命令を受けて、<モルドレッド>級ミサイル巡洋艦から先ほど発射されたそうよ。コードネームは<クラレント>。UGM-133 トライデント IIを改良した、衛星攻撃可能な弾道ミサイルらしいわ』

「こちらも作戦を展開中だぞ!」

『状況を把握していないとは思えないけど、この作戦に懐疑的だったことは間違いないわ』

「承認されていないということか。だから、より確実な方法を選んだ。着弾までどれくらいだ」

『おそらく10分もないわ。早く伝えないと』

 

 千冬は<赤騎士>へ通信を繋ぐように真耶へ命じ、指令席にどさっと腰を下ろした。

 そして、どうか間に合ってくれと、手先を汲んで、肘をつく。三秒後、通信経路が開かれた。

 

「アリスか」

 

 だが、応答したのはアリスじゃなく<レッドクイーン>だった。

 

《No,Brunhild――こちら、<レッドクイーン>》

「<レッドクイーン>でもいい。よく聞け。EU軍が<ソードブレイカ―>の失敗を受けて<エクスカリバー>の破壊に踏み切った。いまそちらに弾道ミサイルが向かっている。早急にアリスへ伝えてくれ」

《現在ハニーは単独で<エクスカリバー>の内部に潜入している。いま連絡は取れない》

「くそ!」

 

 千冬は外聞もなく大きな悪態をついた。

 すべてが悪い方向に転がり始めているとしか思えない魔の悪さだった。

 

(くそ、あいつに何かあったら、一夏になんと言えばいい……)

 

 絶望的な気分になって(こうべ)が項垂れる。問題は頭上にあるのに顔を上げられない。

 千冬が悲観的な思いになりかけていると<レッドクイーン>が言った。

 

《Don’t worry――ハニーは私が守る》

 

 千冬は項垂れかけた頭を上げた。

 機械の、抑揚に欠いた音声だったのに、千冬には決意に満ちているように感じられた。

 

《《銀の翼》は使用できないけど、《エンジェルハウロウ》がある》

 

 <銀の福音>は、ミサイル防衛に特化したIS。装備する天使の輪――高性能レドーム《エンジェルハウロウ》なら、弾道ミサイルを補足することも可能だろう。

 だが、その後のことを<レッドクイーン>は何も言わなかった。

 ゆえにわかってしまう。わかってしまっても、千冬はこう言わざるを得なかった。

 

「すまない。たのむ」

 

 

          ♠        ♢        ♣        ♡

 

 

 止める手は何も思いつかなかった。停止させようにもまず構造が判らない。どこに何があって、どういう役割があるのかさっぱりだった。わかっても止める手立てをみつけられるかどうか。破壊するにしても、手持ちの火力ではほとんど無理だろう。

 

(せめて、赤騎士があれば――)

 

 だが、連絡を取っている時間はない。発射の時間が近づいている。時計を見る。残り15分。いまは<レッドクイーン>と連絡を取るより<エクスカリバー>を止める方が先決だ。

 

「けれど、どうします。っていうかどっちです」

 

 4つの通路が交差する中央に出て私は困り果てた。<エクスカリバー>は広大な建造物だった。どちらにいけばいいのかさえわからない。困っていると、後方からエクシアが追ってきた。阻止するためか。いや、そのような気配は感じられなかった。

 

「こっち。ついてきて」

 

 私を追いにぬいて、先を行くエクシア。案内をしてくれるらしかった。

 エクシアの心変わりに私は何も問わなかった。問う時間もなかった。文字通り、右も左もわからないいま、彼女を信じることが得策だと思った。

 

「で、どこへ向かっているんです?」

「こっちに<エクスカリバー>を制御するコンピューター室がある。それを止めれば発射を止められるかもしれない」

 

 訪れた扉の前で、エクシアは生体端末に光彩を重ねた。ピッと青い電子光が灯ってロックが解除される。開いた先にあったものは無数のハードフェア群だ。半透明な演算素子が棚のようなベイに所狭しと差し込まれている。それらを真っ赤な室内灯が照らし出している。一面赤色に染まるそこは、まるで血塗られたような場所だった。

 

「このスーパーコンピューター<アヴァロン>は、無数の演算ユニットから構成されてる。それをばらばらにすれば、情報資源を失って、<エクスカリバー>の演算能力が低下する」

 

 結果、発射に必要な計算を行えず、停止する。

 言って、透明なパーツを引き抜き始めたエクシアに、私も倣った。

 

「理屈はわかりましたが、これ全部で何個あるんです?」

「全部で256個ある」

「256個を全部ですか……」

 

 一個の素子を外すのに15秒弱。

 全部外すとなれば、3840秒。およそ64分も係る。到底間に合わない。

 

「全部外す必要はない。何個か外せば、演算リソースが足りなって処理エラーが出る」

「何個って何個です」

「わかんない。10個かもしれないかもしれないし、100個かもしれない」

 

 つまり、停止するまでひたすら演算素子を抜き続けるしかないということだった。

 ほとんど賭けだった。だが、やるしかない。私がベイの演算素子に手をかけると、アナウンスが鳴った。

 

《ハニー、聞こえる》

 

 <エクスカリバー>内に流れた声は、<レッドクイーン>の声だった。

 

《いま、<アロンダイト>を中継して<エクスカリバー>内のシステムにアクセスしてる》

 

 <アロンダイト>とはチェルシーの専用機か。それを経由して<エクスカリバー>のシステムにアクセスしている? セシリアは大事なものを取り戻せたのだろうか。それを確かめる間もなく、<レッドクイーン>は矢継ぎ早に言った。

 

《時間がないから、よく聞いて。欧州理事会が<エクスカリバー>の発射を阻止するため、海上からの弾道ミサイルを発射した。いまここへ対衛星の弾道ミサイルが向かっている》

 

 ナタルの助言が脳裏を過る。「作戦が失敗したら、EU軍が動く可能性がある」と。

 <ソードブレイカ―>の失敗を受けて動いたのか。

 

「く、もしかしたら止められるかもしれないのに……」

《この作戦は確実性が低い。懐疑的だった。EUは承認していなかった》

 

 成功を疑問視する気持ちは解らなくもない。人間大砲で攻撃衛星を止めようなんて、考えるのはアメリカぐらいものだろう。私も無理は承知の上だった。それでもなんとかここまで漕ぎつけたのだ。それを爆薬で全部をなかったことにされる。あんまりといえば、あんまりすぎる。

 

「迎撃は!」

 

 <赤騎士>には《福音》の装備――ミサイル迎撃用の装備がある。

 《エンジェルハウロウ》なら、弾道ミサイルを補足できる。《銀の鐘》なら迎撃することも。

 

《先の戦闘で《銀の鐘》を損傷した。現<赤騎士>にミサイルを迎撃できる装備はない》

「くそ、着弾まであと何分!」

 

 迎撃はできないなら、せめて脱出を……。

 

《既に<クラレント>は最終(ターミナル)段階に移行中》

 

 全身の血が凍ったかのように熱が消え失せた。それじゃ脱出の暇すらない。

 余命宣告にしてはあまりにも短すぎる時間だった。

 

「必ず帰るって約束したのに……」

《安心して、ハニー。あなたに約束は違えさせない。私があなたを地上へ生還させる》

 

 いつもの抑揚もない声音。それが逆に“彼女”の決意を感じさせた。

 彼女が何をやろうとしているのか、考えるまでもなかった。

 

「あなたもしかして……」

《Yes My honey――。そう、これは報告じゃない。お別れを言いに来た》

「<レッドクイーン>……」

《私はあなたから多くのこと学んだ。生き物の美しさ、命の尊さ、そして、“愛”とは何か。愛とは自分の何か――時間やお金や労力、時に命を、誰かのために犠牲にできる勇気のこと。私はあなたを愛している。だから私はいく。――あなたは生きなさい》

 

 生きなさい。その言葉が深く胸に突き刺さる。

 きっと、亡き母がその間際に残した言葉と同じだったから。

 

《いままでありがとう》

 

 アナウンスが切れる。

 安堵する場面だったのに、私は胸が苦しくて、撫でおろすことができなかった。たかが機械。されど機械。そう割り切れなかった。きっと、彼女の行動が命令されたものじゃないからだ。機械が命令で履行するものとは違う、自らの意思によるものだからだ。彼女は自分で考え、私のために散ることを決断した。その尊さで胸が痛かった。

 

「何が、ありがとうですか。こっちのセリフです」

 

 目がかすんで前が見えなくなる。無重力だから涙はこぼれてくれなかった。それでも作業に戻ろうとして――手が途中で止まる。想像以上に堪えているらしい。そんなへこたれる私に何か聞こえてきた。

 Daisy daisy give me your anser do

 歌だ。それも聞いたことのある歌。なんだっけ、この歌は。

 I'm half crazy, All for the love of you!

 そうだ。<レッドクイーン>と初めて会ったとき、口ずさんでいた歌だ。

 It won't be a stylish marriage, I can't afford a carriage

 私がまるでHALだと言ったら、彼女は「私はウソがつける」と得意げに言った。

 But you’d look sweet on the seat

 <レッドクイーン>が歌っている。歌ってくれている、私を勇気づけようと。

 Of a bicycle built for two

 そうだ。へこたれている暇はない。彼女の“意思”が、愛が、勇気が、私の未来をかえてくれた。

 相棒がくれた時間を無駄にするわけにはいかない。

 

 ハニー、がんばって。あなたならできる。

 

 やがて、どこかで“赤い星”が“地上から来た星”とがぶつかって瞬く。

 《さようなら》。そんな声がして、言葉が宇宙に広がっていく。歌はもう聞こえなくなった。

 

<エクスカリバー、目標攻撃まで残り5分>

 

 ぐっと込み上げてくる激情を飲み下して、私は作業を再開した。

 メモリを外し、コードを抜いて後方に投げ捨てる。すかさず次の作業に取り掛かる。

 何度も何度も。ひたすらに。早く止まれと念じながら。

 

<エクスカリバー、目標攻撃まで残り4分>

 

 アナウンスが、私を焦せらせる。次でおわるかもしれない希望。間に合わないかもしない絶望。明確なゴールがわかないために、希望と絶望が胸中でせめぎ合う。

 

<エクスカリバー、目標攻撃まで残り3分>

 

 私は「まだですか」と死に物狂いの形相でメモリを外す。止まる気配はない。

 あと何個だ。あと何個でシステムをシャッドダウンできる。

 

<エクスカリバー、目標攻撃まで残り2分>

 

「くそ、とまれ、とまれってんですよ!!」

 

 相手が無情な機械だと判っていても、そう怒鳴らずにはいられなかった。ここで撃たせてしまったら、撃つことをやめたセシリアの決断も、ナタルたちの協力も、<レッドクイーン>の犠牲も意味がなくなる。

 

<エクスカリバー、目標攻撃まで残り1分>

 

「もう、だめなのか……」

 

 残ったメモリユニットはまだ200以上ある。停止の兆しが見えず、泣き言のような弱音がこぼれた。だが、意外にもエクシアは取り乱していなかった。ミサイル攻撃を告げられた時でさえフラットだった。

 

「わたしね、ここにいると落ち着くの。――わたし白い場所が嫌いなの。病院とか。真っ白な場所は“死”を強く意識させられる。でも、赤色は好き。赤色が連想させてくれる血や炎は、“いのち”を強く意識させてくれる。だから、あなたの言葉には“生きることの重さ”が感じられた」

 

 エクシアは「あなたは?」と訊いた。私は頷いた。

 

「私も自分の色が好きです」

 

 社会から見放された私は、人より生きることが困難だった。そんな自分を奮い立たせるには情熱が必要だった。だから、それを連想させる赤を自らのパーソナルカラーにした。白色は掲げなかった。それはまるで生きることに“白旗”を振ってしまうように思えたから。生きることは、あきらめないこと。私はそれを思い出した。

 

<エクスカリバー攻撃30秒前>

 

 29、28、27、26……攻撃のカウントダウンが始まる。

 もういくつ外したかわからないけど、時間的に外せるメモリは多くなかった。せいぜい外せて二個。私はそのうちの一個を持ち、エクシアに「もう一個、持て」と命じた。

 

「これで最後です。せーのっ! で、外しましょう。あとは神頼みです」

「知っている? 地球は青かったって言ったガガーリンは「神はいなかった」って続けたんだよ」

「でも、ここには機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)がいる。――行きますよ」

 

 私は最後のメモリーユニットに手をかける。エクシアも倣う。そして、私たちは「せーのッ」と声を合わせて、メモリを引き抜いた。

 

 急に室内が暗くなり、非常灯に切り替わる。システムは――――

 

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