IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina   作:ネコッテ

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第111話 聖夜に悪魔が踊りて

 12月24日。イギリス・スコットランド。リーランド城。ここはアリシア・オルコットの母が存命であったころ、社交の場として購入した城だった。娘アリシア・オルコットが家督を継いでからは、年に数回ここで財界の夜会を開き、一晩で膨大な金を動かしていたという。ここはまさにオルコット家の力を象徴する場だった。

 

 セシリア・オルコットも、またこの城で有力者をもてなしていた。

 集まった顔ぶれは、エネルギー関係、バイオ、不動産、通信、物流、医療、IT、さらには政治家にいたるまで、実に(まば)らだ。年齢も幅広く、いま挨拶をかわしている夫人もセシリアより三○は年上に見えた。年齢相応の衰えを化粧で隠した、すこしばかり虚栄心が強そうな女性だ。

 

「マダム、ご機嫌いかがかしら」

 

 セシリアはドレスの端をつまみ、優しく頭を垂れる。

 

「これはこれはセシリアさま。なんとお美しい御姿で」

 

 青色を基調にしたプリンセスラインのドレスは、彼女の清らかさを表しているようだった。

 同時に、今の彼女の心境を表してもいるようでもあった。

 先刻の<エクスカリバー>事件、その刃が<IS学園>に振り下されることはなかった。つまり、攻撃は阻止されたのだが、アリスの帰還は未だ報告されていなかった。EUが敢行したミサイル攻撃もあって、気持ちが憂鬱(ブルー)になっている。

 

(大丈夫、彼女は強いんだから)

 

 シャルロットが継母にさらわれた折り、アリスは言った。信じることも、また絆だと。

 だからいまは、彼女を信じて、自分の仕事に専念する。

 

「ありがとうございますわ、マダム。それだけに、この姿を両親に見せてあげられないことが、とても悔やまれます」

 

 言って、セシリアの胸中に複雑な感情が渦巻いた。

 母が生きていた。それは喜ぶべきことだったけれど、<エクスカリバー>の一件がそうさせてくれなかった。確かに母は改革的で野心家だったけど、それは誰かのためであって、やさしさだったはず。

 母は何をしたいのだろうか。

 母の考えが理解できず戸惑っていると、夫人がこちらの様子を覗ってきた。

 

「事故のことはとても残念でしたわ。あなたもさぞ大変だったでしょう」

「はい。けれど、支えてくれる人がいましたから。おかげで今日という日を迎えることができましたわ」

「そう、やっぱりそういう人がそばにいてくれると心強いものよね。そう思って、このたび16になられるセシリアさまに、良いお話を持ってきましたの」

 

 セシリアはまただと思った。

 今夜でセシリアは16歳。イギリスの法下、結婚ができるようになる。そのため挨拶する先々で縁談を持ちかけられていた。そのどれもこれもに政略結婚の意図が見え据えていて、セシリアは心底うんざりした気持ちになっていた。

 

「いえ、わたくしはまだ……」

「あら、家督を継ぐなら、そういったことも考えないといけませんわよ。ごきょうだいもおられないんですもの。話だけでも聞いてくださいまし。――ほら、トーマス、こっちにいらっしゃい」

 

 夫人に呼ばれて、パーティー会場の奥から一人の青年がやってくる。

 金髪でカールの入った短髪。目じりの下がった中性的な顔立ちで、優しげな雰囲気の男性だ。換言、気弱にも見えて、頼りなさが全身から滲み出ている。いかにも気の強い母親のいいなりになっていそうだった。

 

「セシリアさまよ。あいさつなさい」

「はい、ママ。――お、お初にお目にかかります、ト、トーマスです」

 

 恥ずかしがっているのか、彼はセシリアと目線を合わそうとしなかった。

 いじらしいと言えば、いじらしい。だが、セシリアは苦笑した。儚げな印象は、人によっては母性をくすぐられるかもしれない。だからこそ、男性に“男らしさ”を求めるセシリアの心は動かなかった。

 

「自慢のせがれですの。どうかしら?」

 

 セシリアは返答に困った。

 母が事業を拡大させてきたため、懇意にしている企業や人間はたくさんいる。自分はまだ経営者として若輩者。今後のオルコットを考えれば、経験豊富な大人の助力は必要。かといって受ける気にもならず、返事に困っていると、チェルシーが霧のように現れた。

 

「お嬢様、そろそろ」

 

 差し出された助け舟に、セシリアは飛び乗った。

 

「そうですわね。もうしわけありません、マダム。他の方へのあいさつもありますので、このへんで失礼させていただきますわ。縁談の話はまた今度ということで」

 

 相手の返事を待たず、そそくさドレスを翻す。

 悔しそうに地団駄を踏む夫人を背にして、セシリアは「やれやれ」と肩で息をした。

 

「ありがとうチェルシー。助かりましたわ」

「いえ」

 

 チェルシーは恭しく頭をたれる。

 <エクスカリバー>の一件を終えたあと、チェルシーは今まで通りセシリアのメイドとして雇われていた。セシリアが“監視”を名目にそう願い出たのだ。千春もそれを了承した。全てが元通りになったわけじゃなかったが、今の二人に険悪なムードはない。

 

「それにしても嫌になりますわ。次から次へと」

「仕方ございません。エネルギー、バイオ、不動産、通信、物流、医療、IT、さらには政治家にいたるまで。彼らをオルコット・グループは財力で支配してまいりました。その総帥たるオルコット家の血筋に加わることができれば、安泰は約束されたようなもの。良縁を結びたいという輩は必ず湧いてまいります」

 

 セシリアもそれは理解している。覚悟もしていた。しながら、こうも次から次へと望まぬ求婚をされ続けたら、さすがに嫌気もさしてくる。もし普通の家庭に生まれていたら、もっと自由に恋愛ができただろうか。そう思うと、この瞬間だけは、自分の生まれが憎らしかった。

 

「こんなことなら露払いでも用意しておくんでしたわ」

 

 セシリアは城内の二階フロアに視線をやった。そこにはもうひとつパーティー会場が設けられている。セシリア個人が招待した客人用のフロアだ。一階のフォーマルな場とは違い騒ぐための会場とあって賑やかな声が聞こえてきていた。

 自分もあの場で友達とはしゃぎたい。そんな思いから眺めていると、二階から一人の男性がこちらを見下ろしていた。一夏だ。セシリアに気づいたのか手を振ってくる。セシリアも手を振りかえした。

 

 

 

 

 俺に手を振り返すと、セシリアは再びチェルシーさんと会場へ消えていった。

 

「忙しそうだな、セシリアの奴」

 

 と、言ったのは箒だ。手には二つのオレンジジュース。そのひとつを受け取ると、鈴とラウラ、シャルロット、簪がこちらにやってきた。

 

「家長として、いろいろ挨拶して回らないといけないのだろう。集まった人物もその界隈では有名な人物ばかりみたいだしな」

 

 と、ラウラが二階から会場全体を見渡す。

 大理石のフロアで、豪奢なシャンデリアに照らされながら、紳士淑女が演奏に合わせて踊っている。二階から望む光景は、まるで中世の舞踏会を彷彿させる、煌びやかな世界だった。とても16歳の誕生パーティーとは思えない。

 

「あんたの時とは大違いね」

 

 カラカラと笑う鈴に、「うっせ」と一夏も笑い返す。

 

「僕はこっちの方が好きだけどね」

 

 シャルロットがクルっと自分たちの会場を見渡す。

 一階のフォーマルな雰囲気と打って変わって、ここは俺のような庶民でも楽しめるようフランクな仕様になっている。年齢も十代が多く、服装もカジュアル。料理もジャンク系が多く、社交パーティーと呼ぶよりは、学生の卒業プロムに近い。俺も気がねないこちらの方が好みだったけど、いまは楽しめないでいた。

 

「そういえば、アリスはまだ来てないんだよね……」

 

 宇宙へ飛び出していったアリスとは、未だ音信不通のままだった。生死もわかっていない。EU軍が行ったミサイル攻撃もあって、今日にいたる一日も、心が休まる日がなかった。

 沈んだ声音を出したシャルロットも、手にある料理がほとんど手つかずだ。

 

「そう泣くな、シャルロット。ほら、このローストビーフうまいぞ」

「いらない。いまは何も喉を通らないもん」

「だが、今日まで何も食べていないだろ。何か口にした方がいいんじゃないか」

「……そういう箒だって、オレンジジュースしか飲んでない」

「簪、あんただって顔色がよくないわよ?」

「……血色が悪いのはもともと。あまり外に出ないからビタミンDが足りてないんだって」

「絵に描いたようなもやしっ子ね。あんたこそ、もっと栄養、摂った方がいんじゃないの、ほら」

「……あなたのほうこそ、栄養をもっと取ったほうがいい」

「あんた、いまどこ見て言ってる? 余計なおせわだからね」

 

 いつもならこの手の話題にガーと吠える鈴だが、今日はおとなしかった。

 みんな、アリスが心配で食欲がないらしい。

 かくいう俺も、いま欲しいものは食い物じゃなく、安否情報だった。

 

「母さん、アリスから何も連絡ないのか?」

 

 俺は千冬姉同伴でパーティー会場を訪れていた母親にたずねた。イブニングドレスの姉と、マーメイドドレスの母からは艶やかな色気が醸しだされていたが、姉の手に抱えられた黒いケースは異様に映った。祝いの場に相応しくない剣呑さがある。

 

「いいえ」

 

 母さんが首を横に振るうと、背後から宥めるような優しい声がした。

 

「大丈夫ですよ。あの子は簡単にやられるような子じゃありません」

 

 見やれば、赤いノーブルドレスを身にまとったローズマリーさんが立っていた。腰のコルセットには炎を象った<フランベルジュ>が添えられていて、千冬姉と同様に物々しい気配を放っている。隣には、白いフォーマルスーツのロキもいた。

 

「なんだ、おまえも来ていたのか」

 

 ロキは「ローズマリーに同伴させてもらった」と、一階フロアを見下ろした。

 

「この会場には、各企業の重鎮も集まっているからな」

 

 彼の眼下では、ドレスやタキシードに身を包んだ投資家や実業家たちが入り乱れていた。これから宇宙開拓という大きな事業を手掛けようとしている彼は、その大物へ顔を売りに来たのだろうか。

 

「もっとも、それはついでみたいなものだが」

「どういうことだ」

 

 俺は手のオレンジジュースに口をつけようとして、

 

「“リリス”が現れるかもしれません」

 

 その手を止める。

 

「<女尊男卑>の世界を作り出した元凶が、この場所に?」

 

 一瞬だけ理解が及ばず唖然とするが、冷静に考えてみれば、不思議なことでもない。

 リリスの正体がセシリアの母親だというのなら。

 

「もしかして娘を祝いに?」

「いえ、違うでしょう。この場所はリリスにとって、“始まり”のモミュメントなのです」

 

 始まりのモミュメント。果たして何がここから始まったのだろう。

 解らないが、リリスがこの場所で、何か再び始めようとしていることは肌で感じられた。

 

「――さて、きたようです」

 

 鋭利な感覚を持つローズマリーさんが会場に続くテラスの向こう側に視線をやる。

 次の瞬間、会場に異変は起こった。

 

 

 

 

 

 始まりは大きな振動だった。次いで巨大な物体が歩いてくるような地響き。鳴りやむと二階のテラスに続く扉が開き、月光と夜風が城内に差し込んだ。何かの余興かと集まる人たちのまえに、“彼女”は姿を現した。

 

「みなさん、ご機嫌はいかがかしら」

 

 漆黒のウェディングドレス。マリアヴェールに包まれた素顔。この世界に新たな秩序を打ち立てた秘密結社<リリス>の最高権力者は、テラスの窓辺からパーティー会場を見渡した。

 一夏たちも、集まった人だかりを掻き分けながら、リリスの許に駆け寄った。

 

「おまえがリリス―――」

 

 下からテラス上のリリスを見あげる。

 文句は山ほどあったのに、名前を呼ぶだけで精一杯だった。それなりに修羅場を潜って、胆が据わったつもりだったが、違ったらしい。

 

「あら、これは、これは、はじめましてかしら、織斑一夏くん」

 

 リリスがふわっと一夏の前に降り立つ。同時に千冬が持ち込んだケースを蹴った。飛び出したブレードを握って臨戦態勢を取る。ローズマリーもフランベルジュに手を添え、ロキの前へ。それに遅れること瞬数おいて、箒たちも専用機の展開体勢に入った。

 会場が一瞬にして緊迫した空気に包まれる。ただリリスだけは微笑みを絶やさなかった。

 

「あらあら。困ったわね。これじゃゆっくり話もできないわ」

 

 身構える一夏たちに、リリスは軽く手を挙げてみせた。それを合図に、巨大な物体がテラスからこちらを覗き込んでくる。龍を思わせる頭部。鋭く生えそろった牙。山脈のような氷柱の背びれ。それは――。

 

「<レヴィアタン>……!」

 

 <レヴィアタン>。先月、代表候補生・国家代表をして、IS学園を壊滅に追い込んだISだ。

 圧倒的だった戦況が一瞬で覆った。

 かてて加えて、会場には多く来客がいる。誰も迂闊には動けなくなった。

 

「うふふ、みんないい子ね。この子のことをよく知っている。――さて、織斑一夏くん」リリスは手を差し伸べ「こうして顔を合わしたのも何かの縁。一曲、わたしといかが?」

 

 「ダンスは踊れる?」と差し出された誘いの手をしばらく見つめる。

 警戒というより、踊り方がわからず戸惑っていると、リリスはフフっと笑んで一夏の手を引いた。そして、彼の腰に手を添え、楽団に合図を送る。奏でられるワルツの音楽に乗せられて、一夏も見よう見まねでステップを踏んだ。

 

「そうそう、上手よ、織斑一夏くん。私がリードするまでもなかったかしら」

 

 今まで男役を演じていたリリスは「じゃあ、私の腰に手を回してみて」と一夏を誘った。

 言われた通り、リリスの腰に手を添える。密着姿勢の所為で、胸へ行きそうになる視線を、ぐっとこらえて三拍子を刻む。即興の拙いリードだったけれど、リリスは楽しそうにと微笑んだ。

 

「うふふ、ちゃんと踊れるようね。じゃあ、このまま本題に入ろうかしら。――さて、織斑一夏君、あなたの活躍は聞き及んでいるわ」

 

 一夏はワルツの三拍子を刻みながら「そ、そりゃ、どうも」と答えた。

 

「私たちは、当初、あなたに脅威を感じていなかったわ。たとえ、ISを使えたとしても、それは些細なことでしかない。なぜなら、あなたは無知で無謀、感情的で愚直的な人間だったから。利口でも狡猾でもなく、野心も情熱も持ってなかった。そう、すこしばかり正義感の強い、どこにでもいる普通の少年だった。だけど、そんなあなたを彼女が変えた」

「アリスのことか?」

「ええ。あなたは、イギリス代表候補性との決闘で『戦い方』を、VTシステム暴走事件では『“戦い”の精神』を教わった。調べること、考えること、行動すること。そして、勇気を持つこと。あなたは彼女から多くの事を学び、あなたは強くなった。その集大成が<キャノンボール・ファスト>の優勝ね。おめでとう」

 

 相手のゆったりした口調に思わず「ど、どうも」と反射的に返してしまう。

 緩んだ気を一夏は引き締め直した。

 

「それが、おまえにとって残念なことなのか」

「ええ。<キャノンボール・ファスト>であなたが雄姿を見せたことで、冷たかった社会が熱を持った。希望と言ってもいいわ。具体的な数値としても現れている。あなたが<キャノンボール・ファスト>で優勝した日、ISの関連企業の株価が上昇して、東証の日経平均株価は今年の最高値を記録したの。エコノミストはこの現象を『イチカノミクス』なんて呼んでいるそうよ、ふふ」

 

 一夏はなんだか恥ずかしい気持ちになってみじろぎした。

 勝手な名前をつけてくれたもんだぜ。

 

「それはさておき、景気とは、人の気持ちなの、織斑一夏くん。人が未来に展望を持てると好景気になって、将来に不安を持つと不景気になるの。政治家は金回りをよくすれば、景気が良くなると信じているけど、そうじゃないわ。必要なのは心の安寧。そう、あなたは、いまある社会の希望になりつつある」

「だから、消しにでもきたのか?」

「いずれね。でも、それはいまじゃない。わるいことは、見つからないようにしないと」

 

 リリスはワルツをやめて、細い指先で一夏の顎を持ち上げた。

 蒼い瞳の奥にあった狂気にふれ、一夏の身体が委縮する。――と、その手に一刃が振り下ろされた。リリスは弾かれたように手を引く。斬撃を振るった箒は、一夏を背後に隠し、リリスと対峙した。

 

「鈴」

「わかったわ」

 

 幼馴染が連携を取って左右から挟み込む。

 《空割》と《双天牙月》の挟撃を、リリスは背中から繰り出した漆黒の翼で打ち払った。それから流れるように箒たちを捕え締め上げる。すかさず簪が荷電粒子砲を構えるが、シャルロットがそれを制した。電磁波をばらまく荷電粒子砲は、観客への悪い影響を及ぼしすぎる。変わってシャルロットが12.7ミリ砲のトリガーを引いた。

 

「ごめんね、セシリア!」

 

 だが、銃弾はリリスを歪曲して逸れていった。リリスは人差し指を左右に振るう。

 彼女たちでは手に負えないとみるや、千春はロキと顔を合わせた。意図を汲んだ千冬とローズマリーが得物を手に構える。

 

「あらあら、困ったわねぇ。今日はそんなつもりじゃなったのだけれど」

 

 リリスは漆黒の翼を二対四翼に増やし、ばたかせた。

 最強格のふたりがそれと対峙する、――と、金髪碧眼の少女が人ごみを掻き分けながら現れた。

 

「お母さま! もうやめてくださいませ!」

 

 そう叫んだのはセシリアだ。

 リリスは漆黒の翼を閉まって、娘のまえに立った。

 

「お母様……。そう、もう知っているのね、セシリア」

 

 そして魔法を解くように姿を変える。

 腰まで届く金髪。敏く清んだ碧眼。セシリアの知る死んだ母の姿がそこに現れ、もう会えないと思っていた切なさが、胸中に込み上げる。瞳に涙を浮かばせる娘の涙を掬い、母は髪を撫でた。

 

「それはできない。おまえの頼みでも」

「一体お母様のなにが、そうさせるというのですか……」

「愛した親友の存在だ」

 

 まっすぐな、そして正直な言葉だった。

 変身を解いて語ったことばに嘘偽りは感じられなかった。

 

「おまえにも、わかる時がくる。いえ、解かりかけているはずだ」

 

 セシリアはアリシアから視線を逸らした。母は娘の心中を見透かしていた。

 

「もし親友がこのまま帰らぬ人となったら、おまえは彼女が守ろうとしていたモノを、守ろうとするだろう。私も同じ。大切なものを失えば、おまえもいずれ、私と同じようになる」

 

 セシリアは言葉に窮す。否定するには、母の気持ちが解かりすぎてしまった。

 もはや、セシリアにとってアリスは自分の一部に等しい。過去の人として簡単に整理できる存在じゃなくなっている。アリシアにとってメアリーがそうであったのならば、いや、そうだったに違いないから、セシリアは母が理解できた。

 セシリアとアリシアは同じ境遇にある。――そう思ったのなら、それは大きな間違いだ。彼女とアリシアの間には決定的に違うことがある。

 

 

 

 

「勝手に殺さないでくれます?」

 

 

 

 

 そう、まだセシリアは親友を失っていないということだ。

 

 響いた苦笑いが、会場の視線を一か所に集める。視線の先には、車椅子を押す一人の少女。

 アリシアが慕った親友メアリー・ライオンハートの遺児アリス・リデルだ。

 アリスは、エクシアを乗せた車椅子をチェルシーに預け、「ただいまもどりました」と告げた。

 

「アリスッ!」

 

 セシリアは湧き上がる涙をこらえることができなかった。どれだけ信じていても不安があったのだ。その不安が心から消え、押し殺していた感情があふれ出していた。

 

「心配かけました。けど、再会を喜ぶのは後にしましょう」

 

 アリスはアリシアに視線をやり

 

「とうとう正体を現しましたね。一体どういうつもりです」

始める(・・・)ためだ」

 

 アリシアは身をひるがえした。

 

「ここは私とメアリーが初めて出会った“始まり”のモニュメント。始める(・・・)場所に相応しい」

「始めるっていったい何を始める気ですか」

「見ているといい」

 

 アリシアはふわっと飛び上がり、ホールを一望できる張りだしの前に降り立ちった。

 そして会場の中央まで赴くと、鷹揚に手を広げた。

 

「紳士淑女のみなさま。今日は娘の誕生パーティーにお集まりいただき、ありがとうございます。中にはさぞ私の登場に驚いておられる方もいられるでしょう。そう、死んだはずだ、と。このとおり私は存在しております。私が舞い戻ってきた理由はただひとつ。それはあなた方に福音をもたらすためでございます。

 ――<白騎士事件>で世界はさぞ様変わりいたしました。<インフィニット・ストラトス>が登場し女性の社会地位が高まり、第二次冷戦がもたらした戦争特需で経済は潤った。良い思いをした方も多いでしょう。

 しかし『冷戦の終結を目論む者』と『冷戦を裏で操っていた者』が手を組んだことで、それも終わりに近づきつつあります。第二次冷戦により、美味しい蜜をすすってきたあなた方にとっては、さぞ面白くないことでしょう。そこで私たちはあなた方に冷戦に代わる新たな<マーケット>を提供いたします。

 このたび、私は新たな会社を設立いたしました。社名は<天国に見捨てられた者たちの世界(アウターヘブン)>。このわが社があなたがたに、特需をもたらし続けます。さあ、みなさま、甘い蜜をすすり続けたいのなら、我々に投資を」

 

 開場にいたセレブ達が互いの顔を見合わせ、議論を始めた。具体性は何もない演説だったが、金の匂いをかぎ取ったのか。反応は冷ややかじゃなかった。リリスは、その様子を冷笑と侮蔑の表情で一瞥し、身をひるがえした。

 

「アウターヘブン。一体何が目的でそんなもの?」

「言ったとおりだ。――マーケットを提供する。こればかりはあなたでも止められない」

 

 ふわっと浮かんで<レヴィアタン>のまえに、降り立つ。

 そして窓目からブランケット姉妹に視線をやった。

 

「アリシア様、わたくしたちは――」

「いいんだ、チェルシー、あなたはよくやってくれた。恩義を感じる必要もない。エクシア、その心臓はもうあなたのものよ。思うままに生きなさい。いまままでありがとう」

 

 アリシアは最後に娘をその目に移した。

 

「セシリア、もう会うこともないかもしれないが、元気にな」

 

 背を向け<レヴィアタン>の頭部に飛び乗る。セシリアは駆け出し、

 

「最後に教えてくださいませ。――お父様は、お父様は生きておいでなのですか」

 

 アリシアは脚を止める。彼女は娘の顔を見ずに答えた

 

「あの人はもういない。――この世にも、私の心にも」

 

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