IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina   作:ネコッテ

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第112話 未来の舵は誰の手に

 12月25日。クリスマス・イヴニング。12時になると、魔法が解けるシンデレラもかくやという慌ただしさを以て、誕生パーティーは解散の運びとなった。そう、舞踏会どころじゃないとばかりに。玉の輿を狙った“いじわるなお姉さま”たちは他にやることができたらしい。

 そして、私たちといえば、リーランド城の客間に集まっていた。

 客間には、暖炉とハンサムなルネッサンスチェアーが設えわれ、天井にはオリジナルのフレスコ画があって、天使たちがこちらを見下ろしている。

 その天使たちに見守れらながら、私たちは再会を喜び合った。

 

「アリスッ、よくッ、よく帰ってきくれましたわ」

 

 胸の中に飛び込んできたセシリアを、私はそっと抱き留めた。

 泣いているのか、碧眼に涙を蓄えている。そんな彼女の髪を、私はあやすように撫でた。

 

「約束したでしょ。必ずあなたの許に帰ってくるって」

「でもでも、心配でしたの! わたくしにとって、あなたは自分の一部に等しいですわ。あなたを失うことは、十ポンドの体を失うことと一緒ですもの」

「それは大変です。でも、大丈夫ですから。すべてが解決したわけじゃないけれど、いまだけは安心してください。私はどこにも行きませんから。これからはあなたのそばにいます」

「アリスッ」

 

 言って、安心させるように涙をぬぐってやる。彼女は泣き顔のまま微笑んだ。

 不安から解放されたからだろう。心から笑んでいるように見える。私もセシリアを安心させられて人心地がつく。すると、そこへシャルロットが飛びついてきた。

 

「エリー、無事だったんだねッ!」

 

 矢のように飛びついてきたシャルを受け止め、私は頷いた。

 

「はい、なんとか。一時はどうなることかと思いましたが」

「さすが、僕のエリーだね」

「ちょっと、シャルロットさん、いまはわたくしとアリスが再会を分かち合う場面でしてよ。邪魔なさらないでくださいな」

「いいでしょ。僕だってすご~く心配したんだから」

「だからといって、どさくさに紛れて、“僕の”なんて。勝手に自分のモノになさらないでくださいな。アリスはわたくしの半身に等しい存在でしてよ――」

「だから、いなくなったら体から十ポンドの肉を失うのと一緒だっていうんでしょ。でも、セシリアなら大したことないと思うなぁ」

 

 シャルはチラッとセシリアの大きいおしりを盗み見た。

 

「何がいいたいのかしら、シャルロットさん?」

 

 と、怖い笑顔を浮かべるセシリア。泣いたり、喜んだり、怒ったり、忙しい娘だ。シャルもシャルだし。私的には仲良くしてもらいたいものだけど、無理だろうな。家族単位で仲が悪いわけだし。

 

「ま、二人とも落ち着けって。いま、アリスの無事を喜ぼうぜ」

 

 見かねた一夏が仲裁に入ると、二人はその矛先を一夏に向けた。

 

「あら一夏さん、落ち着けだなんて、一番落ち着きがなかったのは、あなたじゃなくて」

「だよね。なのに、無事がわかったとたん、“俺はアリスを信じていたぜ”みたいに顔してさ」

 

 「ぐぬ」っと言葉に詰まる一夏。そこへ箒が追い打ちとばかりに肘でつつく。

 

「そうだな。心配でずっとそわそわしっぱなしだったな」

「そういう箒だって、落ち着きなかったわよね。いつもはもっと憮然としているのに」

 

 と、鈴が箒の背中を人差し指でぐりぐりする。

 

「み、みんなだってそうだろ。鈴はいつもの元気がなかったし、簪に至っては、落ち込んでほとんど何も食べられていなかった」

「……友達の安否がわからないときにガツガツごはんを食べられるような図太い女じゃない」

「あたしだって友達の一大事に、はしゃげるほど無神経じゃないわよ」

「私は心配などしていなかったがな。私の経験上、おまえはしつこく生き残って敵に嫌われるタイプだ。とはいえ、帰還したならちゃんと報告をすべきだ。心配するだろ」

「してんじゃない!」

 

 鈴のツッコミもなんのその、憮然と腕を組むラウラ。ボケじゃないらしい。

 私はそれをくすくす笑ってから、

 

「そのことなんですが、連絡手段がなくて」

 

 <エクスカリバー>を停止させた後、私たちは帰還用ポットで、地球圏への生還を果たしていた。もともと有人を前提に設計されていたから、帰還方法に困ることはなかったのだけど、座標のずれからIS学園から北の方角――中国の領海に落下してしまったのだ。その後、中国軍に拘束され、連絡の取りようがなかったのである。

 

「とはいえ、私だけならいくらかやりようはあったんですが」

 

 私は車いすの少女を盗み見る。無重力空間にいたエクシアは、いま歩けないほど筋力が衰えている。歩行不能者を担いだ脱出は私でも重労働だった。だけど、置いていくことはできなかった。

 私は再会したブランケット姉妹を見やった。

 

「おねえちゃん、わたし……」

「もういいのよ、エクシア。あなたは立派に務めを果たした。恩義に報いたわ。だから、もういいの。アリシアさまも仰られていたでしょ。その心臓はもうあなたのものだって」

 

 エクシアはぎゅっと自分の胸を掴んだ。

 大事な、大事な、心臓。それをくれたアリシアに恩を返すため、エクシアは<リリス>に傾倒した。でも、もういいのだとアリシアは言った。「ありがとう」の言葉と共に。

 エクシアの表情にはどこかさびしさも感じられたけど、瞳はまっすぐ前を捉えている。

 

「アリスさまも、エクシアの件、ありがとうございました」

「礼はいりません。ただ、セシリアがエクシアを撃たなかった意味をよく考えなさい」

「かしこまりました」

 

 敬意と恩義を込めて深々とお辞儀したあと、チェルシーはセシリアへと向き直った。

 

「お嬢様、改めて紹介させていただきます。妹のエクシアです」

 

 セシリアは屈んで車いすのエクシアと目線を合わせた。

 

「初めまして、でいいのかしら、エクシア」

「……うん」

「からだは大丈夫?」

「……うん」

「そう」

 

 二言、三言のやりとりで会話が途切れる。

 セシリアはいままでエクシアの存在を知らず、エクシアもセシリアと顔を合せたことがない。だから、因縁の顔合わせにも、感動の再会にもならず、お互い交わすべき言葉を見つけられないようだった。

 

「やれやれ。これじゃ、連れてきた甲斐がありませんね。セシリアさまにお仕えできてうれしいですとか、気の利いたこと言えないですか」

 

 私が肩をすぼめると、エクシアが睨みつけてきた。

 

「う、うるさい。緊張しているの! 心臓に毛が生えたあなたと一緒にしないでよ」

 

 私は「はいはい、あなたは蚤の心臓でしたね」と手を振っていなす。すると、エクシアが車いすを脛にぶつけてきた。飛び上がる私。驚いたようすでセシリアとチェルシーが顔を見合わせる。そして「ふふ」と笑いってから、チェルシーは改めてセシリアへ向き直った。

 

「お嬢様、このたびはわたくしどもの私情で、多大なご迷惑をおかけしました」

 

 深々と頭を垂れたチェルシーに、セシリアは「顔をあげて」とは言わなかった。

 今までで最高のお茶を淹れてちょうだい。そう言って許すには、彼女が仕出かしたことはあまりに大きすぎた。セシリアは主人としてちゃんとけじめをつけなければいけなかった。

 

「そう思うならすべてを話してもらえますわね」

 

 チェルシーは頭をあげて「承知いたしました」と頷いた。

 

「しかし、長くなると思われますので、お茶の準備をしてから」

「いいでしょう。みなさまもいかがでしょう。軽食など用意いたしましょうか」

 

 みんな、お腹が減っているようすだったので、「ぜひ」と頷く。

 「かしこまりました」とチェルシーは部下に茶の軽食の準備を命じた。

 

 

 それから食事の準備が整うまで小休止をはさみ、私たちは再び客間に集まった。

 チェルシーは軽食をたしなむ面々を見回し、本題に触れた。

 

「まず、アリシアさまの目的をお話しするまえに、この世界を動かした力。そして、この世界を変えた革命について知っていただかなければなりません。18世紀、蒸気機関の発明により、生産技術の革新とエネルギーの変革が起こりました」

「産業革命ですわね」

 

 ちゃっかりと私の隣を陣取るセシリアが、紅茶をひとくち。

 

「はい。蒸気機関の普及に伴い、人力や畜力に代わって、蒸気や電気といった非生物的な動力が採用され、生産性は劇的に向上いたしました」

「あのさ、それが、あいつらの目的とどう関係あんの? あたしは歴史の授業を受けたいわけじゃないんだけど」

 

 あまり気の長くない鈴がテーブルをとんとんと指で叩く。

 さっさと目的を言えとばかりに催促する鈴の肩を、一夏が叩いて宥める。

 

「ま、社会勉強の復習だと思って聞こうぜ。――チェルシー、続けてください」

 

 チェルシーは一度軽く頭を下げて続けた。

 

「この産業革命は資本主義生産様式を確立させ、基本的な生産基盤を農業社会から工業社会へと転換させました。つまり、蒸気機関がもたらした工業化により、物が安くたくさん作れるようになったのです」

「今に続く“大量生産/大量消費”の幕開けだね」

 

 私の隣でシャルロットがサンドウィッチを頬ばりながら言った。

 産業革命前は、製造に手間や時間が掛かっていたから、数は作れなかった。数がないということは希少ということだから、価値も高かった。しかし、工業化により時間や手間をかけず大量に生産することが可能になった。たくさんあるから希少価値も薄れ、値段も下がった。こうして数を売って儲けを出すという、斯ある今の世界ができあがったのだ。

 

「物がない時代に、物が流通することは、消費者に歓迎されました。しかし、物資が行き届き始め、飽和状態になった現在、物の消費量は落ち込み始めています。それでも、なんとか売ろうと値段を下げ始めることを、デフレといいます」

「じゃあ、デフレっていいことなんじゃ。物が安くて買えるんだろ」

 

 一夏の純粋な意見に、セシリアがそっと答える。

 

「確かに買い手側にすればいいことですわ。ですが、売り手側にしてみれば利益が出にくくなりますの。売り手に利益が出ないなら、その売り手に雇われている人間の賃金も出なくなりますわ」

 

 一夏はハッとした。

 賃金が下がれば、消費者の財布のひもは固くなり、物が売れなくなる。売れなくなれば賃金も減る。デフレは、消費者が安く物が買えて得するように思えるけど、巡り巡って自分の頸を絞めることになる。

 

「もし、このデフレのスパイラルに突入したらどうするんだ」

 

 一夏の質問を受けて、ローズマリーがティーカップをソーサーに置く。

 

「多くは金融対策がなされます。でも、もっとも簡単に不景気を打開する禁断の方法があります」

「戦争か」

 

 暖炉でマシュマロを焼いていたラウラが言った。

 

「はい、戦時特需です。戦争ではあらゆる物が、大量に消費されます。現代が好景気だといわれる背景には、第二次冷戦があるからです。国家が第三次世界大戦に備えて、物資や兵器を大量に買ったことで、景気がよくなったのです」

「モノを消費しなくなった民間のコンシューマーに代わって、戦場のコンシューマーが物を消費したから、停滞していた経済は動かされた、と」

 

 ラウラが焼けたマシュマロをほふほふと頬張る。

 

「じゃあさ、失速する世界経済を補填していたのが、冷戦がもたらす戦時特需だってんなら、母さんたちがやってきたことは、よくないことだったっていうのか……」

「すくなくても<デウス・エクス・マキナ>のデタントに賛成じゃない者もいたでしょうね」

 

 千春が給仕のメイドにノンカフェインの珈琲を入れてもらいながら言った。

 冷戦の始まりは<白騎士事件>を発端としている。それを起こした娘の罪を償うために<デウス・エクス・マキナ>は創設され、デタントに努めてきた。

 平和を守るその行いが、世界の経済を失速させかねない。だから、冷戦を終結させるために戦う人間を邪魔に思う人たちがいる。金のために、正義が否定されたような気持ちになって、胸糞悪さが込み上げてきた。結局世の中、金なのかよ……と。

 

「……そっか、だからお父さんは……」

 

 簪にみんなの視線があつまる。

 冷戦のおかげで武器が売れる。そして<打鉄弐式>も武器に他ならない。幸いにも日本は武器の輸出を禁止している。しかし、政治の決定は、政治家が下しているわけじゃない。時代が下しているのだ。時代が政治の風向きを変えるから、彼は戦時特需を生み出す冷戦という時代を終わらせようとした。

 千春は簪の髪を撫でながら、「続けて」と言った。

 

「それじゃリリスが言っていた言葉の意味って」

 

 リリスは大勢の資本家や経営者の前でこう述べた。

 

――第二次冷戦がもたらした戦争特需で経済は潤った。良い思いをした方も多いでしょう。『冷戦の終結を目論む者』と『冷戦を裏で操っていた者』が手を取り合ったことで、それも終わりに近づきつつあります。第二次冷戦により、美味しい蜜をすすったあなた方にとって面白くないことでしょう。

 そこで私たちはあなた方に冷戦に代わる新たな<マーケット>を提供いたします。

 

「アリシアさまが言っていた<マーケット>とは、冷戦に代わる新しい消費の場を提供するということ。つまり、戦場を作り出すことです。さきほども申したとおり、戦場ではあらゆるものが大量に消費されます。兵器や弾薬、エネルギー、電子機器、食糧、医薬品、そして命も。そこにアリシアさまの目的があります」

「どういうことだ」

「思い出してください。リリスがもたらした世界はいまどうあるか、を」

 

 IS登場以降、女性機運の高まりを受けて、そのモチベーションを社会発展につなげようと、女性優遇政策を実施した。これ以降、女性は公共福祉、社会制度、法律、金融の場で、さまざまな権利が保障・優遇されるようになった。その裏側で、男性は社会的な地位や保障を失い、蔑まれる存在となった。

 その格差が、生活に困窮する男性を多く生み出し、社会問題まで発展している。

 

「こうして職を失い、生活に窮した男性たちを、大量に雇い入れているのが、冷戦終結の軍縮につき台頭を始めている民間軍事請負業者です。アリシアさまが新設なされた<アウターヘブン>は、この民間軍事請負会社を統括するマザーカンパニーです。いま<アウターヘブン>は様々な戦場へ雇った男性を送り出しています」

「それじゃあ……――」

 

 話の流れを一夏は理解したようだった。

 戦場ではさまざまな物が消費される。そう、命さえも。<アウター・ヘブン>は、社会に見捨てられた男性を買い付け(・・・・)、戦場という<マーケット>に出荷する(・・・・)会社。

 そう、<アウターヘブン>はデタントで失速する世界経済を補填するものではない。

 

 男性たちを消費するシステムなのだ。

 

「彼女がここを訪れたのは、オルコットの財力に目がくらんだ経済界の人間をたきつけるため。すでに、彼らによって、軍事請負関連の株が買い占められ始めています」

 

 ローズマリーがタブレットにリアルタイムな株式証券の動きを映し出す。

 それは世界が戦争することを決めたようだった。国家のためでもない、宗教のためでもない、思想のためでもない。経済活動の一環としての戦争を。

 

「やがて軍事請負企業は、彼らの投資を受けて、男性という商品を戦場(マーケット)へ出荷し始めるでしょう。それを“戦争という生き物”が大量に消費することで、経済が動き、女性たちの生活が潤う」

「止められないのか」

「止められません。社会の経済活動は人間の血液循環と同じなのです。経済活動を止めるということは、人間でいう心臓を止める行為に相当するのです」

 

 血液循環を止めれば、栄養が行き届かず壊死する箇所が生まれてくる。経済も同じ。金が社会全体を巡り、そして戻ってくること。この循環が失われれば、社会は破たんする。

 

「経済活動は、人々が生活を送る中で必要不可欠なものです。世界経済が、動き始めたら、もう誰にも止められません。資本主義そのものを破壊しないかぎり。でも、それは近代文明の終わりを意味する。国家も自由市場を守るため、いえ守らざるを得ないため擁護に回るでしょう」

「くそっ」

 

 正義のためでもない、国家のためでもない、思想や宗教、民族のためでもない。物を消費するための戦争。人々を殺し合せて、経済を回そうと世界は決めた。正義感の強い彼は壁を強く殴りつけた。

 

「確かに経済は止められない。けれど、この戦争経済は止められるかもしれません」

 

 私は弄んでいた茶菓子のスコーンをロキに投げる。

 

「ここには<資本主義の王>と<テクロノジーの怪物>がいる」

 

 受け取ったロキが頷き、ローズマリーが続ける。

 

「世界経済が失速することで、自分たちの生活水準が落ち込むのではないか。行き先の見えない不安を払しょくするために、世界はこの戦争経済へ舵を切ろうとしている。なら、別の可能性を見せることで、その舵を切り替えることもできるでしょう」

「俺たちならその可能性を見せることができる」

「どんな可能性だ?」

「フロンティアの開拓だ。戦争に夢はないが、開拓には夢がある。人は夢を見ることで希望を見出す。その希望を以て、世界の舵を切り直す。だが、それにはお前のちからが必要だ」

「俺の……?」

「希望の舵を生み出すには――<フィニット・ストラトス>がいる」

 

 話は姉から聞いていた。自分以外の男性でも使える<インフィニット・ストラトス>の開発について。そして、<フィニット・ストラトス>の開発には男性操縦者である織斑一夏の協力が不可欠だということも。

 

「私に世界は変えられないが、あなたなら変えられる」

 

 一夏は掌を眺めた。自分に秘められた可能性と向き合うように。

 そして、彼は考え、答えを出した。自分に何ができて、何かをすべきなのか、を。

 

「俺は男なのにISが使える。けど、“それがどうした”と問われても、俺は答えられなかった。結局、珍しい以外の意味を見いだせなかったんだ。けど、いま話を聞いて、『男でISを使えることに、意味はあったんだ』って解かった。なぜ俺だけISを使えるかはわからないけど、この時のためだったのかもしれないのなら、俺は自分に課せられた使命を全うしたい。――それが自分を育ててくれた人たちへの恩返しになると思うから」

 

 今ここにいられることは、家族や仲間が自分を愛し、守ってくれたからだ。そして、大きくなったいま、自分の番がきたのだ。一夏は開いていた手のひらをぎゅっと握りしめた。そこへ決意を込めるように。

 千冬さんと千春はその様子を暖かく見守っていた。我が息子ながら立派になったと、母の眼にはうっすら涙が浮かんでいる。

 

「では、俺たちに協力してくれるんだな、織斑一夏」

「一夏でいい。手を貸すぜ、ロキ。俺たちで未来を変えよう」

 

 二人は手を取り合い、強い握手を交わす。

 いまこの時も、世界は愚かな戦争へ突き進んでいたけれど、この部屋だけはどこか希望にあふれているように明るかった。あわよくば、いや、必ず、その光で世界を照らし出して見せる。少年たちが交わした手と手には、そんな決意が現れていた。

 

 

 




これにて<エクスカリバー編>、終了となります。どうだったでしょうか。私的には原作の内容を踏襲しつつ、原作に対する自分なりの解釈や考えを交えられて楽しかったの一言です。この楽しさが読者の方に、ほんのわずかでも伝わればいいなぁと思います。
さて、次話ですが、第113話から最終章となります。なりますが、<セブンプリンセス編>を挟みたいので、内容がすこし寄り道するかもしれません。(とはいえ、王女様が転校してきて一夏を執事にしたりとか、そういう内容ではない)。
その調整にすこしばかりお時間をいただきたいと思います。
投稿は早ければ二月の下旬を予定しています。
では、ここまで読んでくださった方、感想をくださった方に、最上級の感謝を送り、失礼させていただきます。

最後にもうちょっとだけ続きますので、お付き合いください。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――












「わるいな。疲れているところ、残ってもらって」

 午後2時。世界が戦争経済という新しい鼓動を刻み始めたその夜。未来を変えるべく二人の少年が手を取り合ったあと、ひとまず解散の運びになった中で、話したいことがあると、私は一夏に呼び止められていた。

「私も話したいことがありましたから。で、話とは」
「そのまえにちょっと散歩しないか」
「ん? かまいませんが?」

 そう言って歩き出した一夏の隣に並ぶ。盗み見た彼はどこか身持ちが固く感じられた。
 なんだろう、緊張している?
 そんな彼を眺めながら、城内通路からそれたアーチ状の渡り廊下を抜けると、花園に出た。その中央には噴水が設置され、囲うように椅子が並べられている。花壇には黄色のマリーゴールドが植えられていて、どこかIS学園の中庭に似ていた。セシリアはよく学園の中庭にはいたりするけど、ここを思い出していたのだろうか。

「きれいですね」

 月光に照らしだされた花々に誘われて、私たちは足を止めた。

「ちょっと見ていくか」
「ええ」

 私たちは中庭の方に足を運び、設えられた噴水の前まで訪れた。噴水の水しぶきが月光を浴びてダイヤモンドのように光っている。たまった疲れも忘れてしまいそうな美しさだった。
 しばらく、その光景を黙って眺めていると、一夏が言った。

「<エクスカリバー>の一部始終、千冬姉から聞いたよ。大変だった」
「はい、今回ばかりは本当に大変でした」

 大変じゃないことの方が多いけど、今回は本当に大変だった。失ったモノもある。

「<レッドクイーン>のことは残念だった」
「私もです。<レッドクイーン>のことは、いまも胸が痛みます」

 思い出すだけで、まだ鼻の先がツンと痛くなる。

「<レッドクイーン>は、おまえに何か言っていたか」
「生きなさい、と」

 別れの間際、<レッドクイーン>はそう告げた。その言葉を受け、私は地球に帰還し、救助されるまでの時間、これからをどう生きるか考えていた。そのとき、親しい人たちの言葉が不意によみがえった。

『アリス・リデル。自分を犠牲にする生き方はもうおやめなさい。あなたは友の為に身を挺して戦い、孤独な少女のために世界と戦い、親友を奪った国家のためにも戦ったわ。あなたはもう十分、誰かのために戦った。これからは武器を捨てて、自分のために生きていいのよ』
――財界パーティーで、スコールが語った言葉。

『私はあなたと共に戦えること、誇りに思っているもの。けれど、15歳の子供が武器を持って戦う。やっぱりこれは“異常”なことなの。――正直ね、分からないの。ルイスも私も。良識ある大人として、あなたをまっとうな道へ歩ませるべきなのか。それともあなたの意思を尊重すべきなのか』
――亡国機業と<デウス・エクス・マキナ>との会談後のロリーナの言葉。

『いまのあなたは、母親の無念を感じ、それに引っ張られています。そう、アリーシャのように。死者を悼むこと、それから学ぶことは大事です。けれど、死者に縛られてはいけません。いまあなたがすべきことは、何者にも縛られず、自分の幸せを見つけることです。すべてはそこからです。自分を幸せにできない人間は、他人を幸せになんてできません』
――アリーシャが泣き崩れたとき、ローズマリーが言った言葉。

 いまはそんな言葉たちが、すぅーっと私の中に入ってきている。
 この言葉たちを受け入れ、私はある決断を下すことにした。

「私、<デウス・エクス・マキナ>を脱退しようと思います」

 私が<デウス・エクス・マキナ>に加入したのは、無念の死を遂げた母の願いを叶えため。そして、討った親友への贖罪のため。でも、母の願いは姉が継いだ。背負っていた十字架は、親友がその手で下してくれた。そして、この世界の未来も、彼に託すことができた。
 私がここでやるべきことはもうない。
 だから、わたしはわたしの幸せのために、その歩みを始めようと思う。
 これを聞いて、彼はどんな反応をするだろうか。

「そうか。おまえが選んだことなら、俺がとやかく言うことでもないしな」

 強がりじゃない。私の意思を尊重してくれているようだった。
 『――俺の幸せのために、おまえが不幸になるなら、俺はそんなの認めないし、そんな幸せはいらない。最後にはおまえも幸せになるべきだ。絶対に』。 夏休み、花火をしたときに、そう言ってくれた一夏だから。

「おまえは新しい一歩を踏み出す決心をしたんだな。じゃあ、俺も決心しないと」
「何のです?」
「実は箒に言われたんだ。『な、一夏、私は大事な人と離れる辛さを知っている。そして、その別れが前ぶれなく訪れることも、な。だから、後悔のないように、いま、この機会を大事にした方がいい』って」

 でも、その時の俺は軽い気持ちで受け止めていた。と一夏は続けた。

「俺はまた会えるって思っていた。そしたら<エクスカリバー>の騒動がおきてさ。箒の言葉を思い知ったよ。“出会い”や“再会”はそれ自体が奇跡なんだって。次があるとは限らないんだって。それを思い知って、俺、後悔した、すっげー後悔したよ。もうおまえとこうして話し合える機会は失われたんだって。けど、<レッドクイーン>がその身と引き換えに、もう一度だけ俺にチャンスをくれた」

 そうだ。レッドクイーンの決断がなければ、私たちがこうして再会することもなかった。

「あいつ、言ったんだ。《私は勇気を見せた。あなたも勇気を示せ》って。<レッドクイーン>が残してくれたこの“機会”を無駄にしないためにも、俺、決心をしたんだ。おまえが帰ってきたら、自分の想いを告げるって」

 一夏は私の方を向いた。そして私を見据える。
 夜空を舞う水の滴よりもなお透き通った眼差しと、それでいて真摯な貌で、彼はこう告げた。




「アリス、俺はおまえのことが好きだ」





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