IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina 作:ネコッテ
第113話 <インターシップ>
市街を走る愛車のHummerは快調にエンジンを吹かせていた。
トルクフルな四輪駆動は、大人四人を乗せ、重荷を積載しても、安定した走行をもたらしてくれている。それを気に入って、ずっとこの四輪駆動車を乗り続けていた。きっと職業柄なのだろうと彼は思う。だから、運転を任した部下も気に入ってくれるだろうと思った。
「どうだい、ジーク、乗り心地は」
「はい。ひずみもなく、操作性もいいかと。牽引力もありそうです」
アッシュブロンドの短髪。妖艶なルビーアイ。鼻筋の通った容姿は、間違いなく美形の類だったが、“へ”の字に結んでいる口元は無愛想だ。それでもわずかに頬の筋肉が緩んでいる。
ドイツの研究施設で育った彼が、そんなふうに笑うことは珍しかった。
「でも、妻には不評だったよ。『こんな大きい車じゃなくていいんじゃない?』って。まあ、このあたりを走るには、車体が大きすぎるかもしれないね」
「そういえば、隊長はこのあたりにお住まいになられていたのでしたね」
「うん。もう9年ぐらい前になるけどね」
隊長と呼ばれた男が車窓から街並みを眺める。10年前までは、この周辺に妻と子供二人で居を構えていた。職業柄、家を空けることも多かったけれど、ココには家族の思い出が詰まっている。休日にはあのデパートへ家族と出かけて娘の洋服や息子の玩具を買ったものだ。あの釣り具屋にはいくつも穴場を教えてもらった。妻が気に入っていた駅前のファミレスはつぶれてしまったそうだが、今も変わりない景色には感慨深いものがある。
だが、今日は思い出に浸りにきたわけじゃない。作戦を遂行するためにやってきたのだ。
(とはいえ――)
隊長はルームミラーを見やる。後部には一組の男女が座っていた。
男は丸型のメガネをかけた童顔。女は亜麻色の長髪で、歳はどちらも二十代に見える。
男はヘッドホンをつけて携帯ゲームに勤しみ、女は爪に施されたネイルアートを見て表情を綻ばせている。ジークと違って、いまどきの若者らしい二人だ。さらに、その後ろでは狼サイズの機械犬が“伏せ”をしている。
「なにもエヴァやフェイまでついてこなくてもよかったのに」
作戦と云っても、少女を一人迎えに行くだけだ。戦闘の可能性も低い。部下――それも戦闘のプロフェッショナルを3人も連れて行くほどのものじゃない。ましてや分隊支援型オートマトンの出番などないだろう。
「だって、たいちょうーがどんな場所に住んでいたか興味あるんだもん」
と、エヴァと呼ばれた女性が、となりの男を挟んで車窓へ身を乗り出す。
ドアと女性に挟まれた男は、窮屈そうに顔をしかめた。
「おい、どけよ、エヴァンジェリン。ゲームの邪魔すんな」
「なによ、フェイ。ちょっとくらい我慢しなさいよ」
「しねえよ。ほら、どけってば、じゃねーと、あ、くそ――ほら見ろ!」
フェイが見せたゲーム画面には、ぐったりたおれこんだキャラが映っていた。
「ゲームオーバーだ。おまえのせいだぞ」
丸渕眼鏡の奥では、怒りの炎が昇っていた。だが、童顔とあって迫力がない。
エヴァンジェリンは亜麻色の長髪をはじいて見せた。
「なによ、ゲームぐらいで。そんなんだから、モテないのよ、チェリーボーイくん」
「おれはチェリーじゃない! おまえこそ、いい歳こいて、はしゃぐな。遠足じゃないんだぞ」
売り言葉に買い言葉。感傷的だった雰囲気は完全にぶち壊しだった。
ジークが「どうします?」と隊長に視線をやる。
「いいよ、ジーク。好きにやらせておけば。いつものことだし」
「了解。――ところで、エヴァンジェリンが言っていたチェリーボーイとはなんです?」
ジークはたずねた。仏頂面かつ、キリっとした表情で。
研究所という異質な空間で育った彼は、一般的な俗語に疎い。知らないのも無理ないことだったが、美形の彼が真顔で言うと、なんともおかしい。
「ただの
「なるほど、そうでしたか」
そう言ってから、ジークはすこし思案し、真面目な顔で言った。
「フェイ、安心しろ。オレもチェリーボーイだ」
「うっせー、おまえと一緒にすんじゃねぇ!」
一緒に頑張ろうな、そんなニュアンスで励ましたつもりが、怒鳴り返される。
エヴァンジェリンは「ぶはっ」と女性らしからぬ笑い声をあげた。
「確かに一緒にしたくないわね。ジークはカッコイイし、カノジョの一人や二人、すぐできそうなものだもの。あなたと違ってね」
「うるせー! おれだってな、その気になれば、カノジョの一人や二人ぐらいすぐに作れるんだからな! おれは相手を選んでいるだけなんだよ!」
「確かに相手をちゃんと選ぶことは大事だね」
「でしょ! 隊長!」
「では、隊長は奥様のどこを気に召されて――」
「ジーク、そこ右ね」
「あ、はい」
慌てたようにウィンカーを出す。後部座席の二人は「またはぐらかした」と顔を合わせた。あまり話題にされたくないらしい。「いつもそうなんだよな」とフェイがぼやくと、右折先に目的地が見えてきた。大きな鳥居と石段。神社のようだった。
「近くに駐車場があるから、そこに止めてくれ」
「了解」
到着した駐車場は、舗装整備され、比較的あたらしい。IS登場を期に増えた参拝客に対応するため新設したという話だ。駐車スペースに車を止めさせると、隊長はひとり車を降りた。
「じゃあ、ジークたちはここで待っててくれ」
「いえ、私も同行します。あなたの身に何かあっては――」
「大丈夫だって。僕一人でいい。それにジークは副隊長だ。ここに残れ」
「じゃあ、わたしが一緒に行くわ!」
エヴァンジェリンが名乗りを上げると、フェイが悲鳴を上げた。
「待て、なら、おれも行く。ジークと二人きりなんて魔が持たない!」
「だから、僕ひとりでいいって。別に危険な場所に向かうわけじゃないんだから。それに大人数で押しかけたら、相手に迷惑だろ。――きみたちはここで待機。隊長命令だ。いいね」
「了解」「りょーかい」「ういー」
部下にそう言い聞かせ、隊長は駐車場を後にする。
その足で、鳥居をくぐり、石畳の階段を上っていく。登り終えたあと、用意された参拝コースをそれて、境内の裏手に回った。そこに神主の住居と――目的地の道場がある。
道場は6年まえに閉められたらしいが、道場独特の古びたカビ臭さはなかった。妻の話だと、神主の妹が住み込みで管理しているという。到着すると、玄関先でその人物が彼を待っていた。
「お迎えですね。話は本人から聞いております」
その女性は淑やかな物腰で一礼した。
「はい。姪をお預かりにきました。彼女は?」
「道場におります」
女性に案内されて、道場に足を運ぶ。
途中、通路わきに立てかけられていた、いくつかの盾と、表彰状、そして写真が目に入った。門下生の集合写真や、師範代の写真に紛れて、少年少女のツーショット写真もある。男はそれを手に取った。優勝を記念した写真なのか、少年の手には賞状が握られている。隣の少女はそっぽをむいて、なんだか照れくさそうだった。
「その写真は9年ほどまえかしら。この地区で優勝したときに撮ったものなんですよ」
9年前。自分が組織を立ち上げるため、この街を発ったあとぐらいか。
「とても強かったそうですよ。練習にも熱心でしてね。誰よりも早く道場を訪れて」
「姪っ子さんも、随分とお強いと聞きました。全国大会を優勝なされたとか」
「ええ。ですが、それについて何か思う事があるようで、あまり話したがらないんですよ」
「やはり一家離散が関係して?」
「かもしれません。離散や管理生活が続いたせいで、精神的に疲れていたようにも見えます。けれど、IS学園に入学してからは、少しずつ明るくなったようにも。特に7月の誕生日以降、憑き物がとれたように元気になりました」
7月といえば、アメリカのISが暴走した月だ。
関係者には秘匿義務が課せられているため、詳しい事情を叔母が知らないのも無理なかった。
「きっとよい友人に巡り会えたのかもしれませんね。今回の件も、その友人の力になれるならば、と意気込んでおりましたから」
「その友人も『彼女なら任せられる』と。不器用だけど、根は強い娘だと、そう語っていました」
「姪のことを、よくわかっておられるのですね。聞いて安心しました。――では、こちらです」
道場の奥に案内される。稽古場に足を踏み入れると、胴着姿の少女が座禅を組んでいた。
漆のような黒髪。刀のような鋭い面持ち。凍てつく道場にいても、震える身振りひとつない。それが彼女の意思の強さを表しているようだった。見た瞬間、男は「なるほど」と思った。かつて共に戦った戦友の面影がそこにあったからだ。
「お待ちしていました」
瞑想していた少女がゆっくり目を開く。
篠ノ之神社の神主の娘、篠ノ之箒は背筋を正して訪れた隊長をそう出迎えた。
♠ ♢ ♣ ♡
2012年1月2日。イギリス。早朝7時。
私は朝日に照らされたキッチンに立ち、エプロンを結んだ。そして、冷蔵庫から卵を取り出し、ボールを探してガチャガチャと棚をあさる。今日の朝食はオムレツに決めたのだけど、未だにどこに何があるかサッパリだった。
(ローズマリーの家ってば、いろいろありすぎなんですよね)
<デウス・エクス・マキナ>の脱退を決めたあの日、私は姉と暮らすことに決めた。
いまは姉のセカンドハウスに住居を移している。
急な移住ではあったけど、<デウス・エクス・マキナ>はあまりにも居心地がよかったから。決意が揺らいでしまうまえに環境を変えてしまいたかったのだ。そのさい、千春はこう言ってくれた。
『そう、それはよかったわ。やっと普通の女の子に戻れるのね』
千春は銃を取り戦う私のことを気にかけ、そう命じなければならないことに心を痛めていてくれていた。そんな彼女だったから、別れ際にはふわっと私を抱き寄せてこう言ってくれた。
『何かあったら、いつでも帰っていらっしゃい。あなたは私の娘も同然なのだから』と。
長く疎遠だった母の温もりが蘇り、鼻先がきゅんと痛くなって、目頭が熱くなったことを思い出す。おかげで未練は強くなったけど、私はぐっとこらえて、彼女の許を去った。
そして、いまに至る。
新しい住居を探すさい、本家に戻ることもできたけど、大きい家は性に合わなかったし、いろいろ心の準備も必要だったから、こちらに住むことを決めた。内装はいたって一般的で、メイドがいるわけでもない。それあって私が朝食の準備をしているわけだ。
(あった、あった。これにしましょう)
調理ラックから丁度いい大きさのボールを取り出すと、二階から足音が聞こえてきた。
降りてきたのはセシリアだ。
家督を継いで忙しいなか、暇を見つけてはこうして遊びにきてくれている。大晦日にはロンドンの花火大会を見に行ったばかりだ。そのあと、年越しそばなるものを打った話は今度するとして。
「おはようございます。もしかして起こしましたか」
ボールを探すのに、ガチャガチャと大きな音を立てていたし。
「よい目覚ましでしたわ」
セシリアはそう苦笑した。
「すみません、道具がなかなか見つからなくて」
「ローズマリーさまったら、ずいぶんとたくさんの器具を買い込みになられたものね」
「そのくせ、ほとんど使ってませんし。邪魔なだけなんですよね」
急遽、ここに移り住むにあたって、要りそうなものを片っ端から買い込んだ結果らしい。
忙しい立場だから、何度も買いに行く時間がおしかった。それが衝動買いの理由だそうだ。
「それでローズマリーさまは?」
「朝早くに出かけていきましたよ。自社のミーティングですって」
「ああ、<ブリタニカ>の?」
<ブリタニカ>は、ローズマリーが経営するアパレル会社のことだ。
ローズマリーが着ているヴィクトリア朝のドレスもここの製品になる。社員数10名ほどと小さい会社だけど、社長というものは会社の規模に関係なく忙しいものらしく、明朝には家を出て行った。
「で、ミーティングが終わったら、その足で<ナイトソード>に向かうと言っていました」
「今日からですものね、IS学園のインターシップ」
今日から始まるIS学園のインターシップ。セシリアやローズマリーと言ったプロスタッフは、その手伝いに駆り出されることになっている。ちなみに私はフリーランス的な立場で行こうと思っている。コネでいろんな企業を見て回ろうかなって。
「みなさんは、どうされるのかしら」
「鈴とシャルは、自分のスポンサー企業の手伝いをするって言っていましたね。ラウラは候補生を辞めてスポンサー契約が解除されたので、わかりませんけど」
「箒さんはどこを選ばれたのかしら。アリスは聞いてまして?」
「ん、あー、そうですね? 聞いてない、かな?」
「わたくし、あなたとそれなりの付き合いですから、わかりますの。あなたがそうやって歯切れの悪い返事をするときは、知っているときですわ」
私は苦笑いした。さすが、セシリア、私の事をよく知っている。
確かに私は箒のインターシップ先を知っている。でも、話せないので適当に誤魔化した。
「ほら、すぐに朝食ができますから、顔を洗ってきてください」
「わたくしに何も教えて下さらないところは、相変わらずですわね。ま、いいですわ」
特別に追及することもせず、セシリアは洗面所へ向かっていった。
私も安心してオムレツの調理に戻る。
フライパンに卵を流すと、洗面所から「アリスぅー、髪を梳くの手伝ってくださいましー」と聞こえてきた。長髪だし、メイドもいないから、梳くのも大変だろう。けど、いまは手が離せそうにない。「朝食が炭でいいならー」と返したら「じゃあ、一人でがんばりますわー」と返ってきた。
ということなので、フライパンに意識を戻し、オムレツをひっくり返す。
できたオムレツを皿に乗せたタイミングで、セシリアが洗面所から帰ってくる。
「あぁ、バターのいい香り。おいしそうですわね」
「さ、冷めないうちに食べましょ」
椅子を引いてセシリアを座らせる。私は向かいに腰かけた。
そして、二人で「いただきます」と手を合わせる。セシリアはオムレツをぱくりと頬張った。
「ん~、ふんわりとして、おいしいですわ♡」
「ふふ~ん、でしょ? 一夏から直々に作り方を教わったんです」
私は得意げになった。
文化祭の折り、彼に作り方を手取り足取り教わったおかげで、料理が不得手な私でも、これだけは自信を以て提供できる。
「そう、一夏さんに。――そういえば、あなた、一夏さんに告白されたんでして?」
私は得意げだった顔を驚きの顔に変える。
「知っていたんですか」
「自分の敷地で起こったことですもの。――で、なんとお返事しましたの」
威圧はなく、柔らかな口調だった。すくなくても、ジェラシーの類は感じられなかった。
だから誤魔化したり、はぐらかしたりできず、私はこの友人にあの夜の事を話すことにした。
「実はなんと返事すればいいかわからず、黙り込んでしまいました」
一夏を異性として意識したことがないわけじゃない。心がときめいたこともある。
けど、“真夏の雪”のように降ってきた一夏の告白を、私はうまく受け止めることができなかった。理由はわからない。でも、黙り続けることも誠意に欠ける気がして、何か答えようとすると、彼はこう言ってくれた。
――返事はいらない。いまは、気持ちを伝えられただけでいいんだ。ほら、またしばらく会えなくなるし、また今回のようなことがあったら、もう伝えられなくなるかも、だろ?
「それであなたは返事をしなかったのね」
「はい」
セシリアはそれだけ聞いて食事を再開した。無暗に私の胸中を探ろうともせず、上品な佇まいを見せている。意外だった。だって、セシリアは一夏のことが――。
「あら、不思議そうな顔をするのね。なら、ヒントを上げますわ。あの中庭を、一夏さんに教えたのは、わたくしですのよ」
なぜ、とは問わなかった。
ただ、
「ふふ、素敵な場所でしたでしょう? そう、心ときめくような。つまり、そういうことなのですわ。わたくし、気づきましたの。――わたくし、一夏さんの『正義感で終わらせず、意思を以て行動で示す』その姿に心を動かされましたわ。でも、彼がそう在り続けられたのは、あなたの存在があったから。それに気づいたとき、この初恋を青春の
セシリアは「うふふ」とやさしく上品に微笑んだ。
私は彼女のその“つよさ”と“やさしさ”に、心から感謝と敬意を示す。そう、本当に心から。
「ほら、食べましょう。冷めてはもったいないですわ」
「はい」
私もオムレツに口に入れる。うん、我ながらうまくできている。そうだ、いつか、彼と再会するようなことがあれば、うまくなったオムレツを振る舞ってみよう。意地悪げに「まだまだだな」と彼は言うかもしれないけど。
私はそう思いながらはるか極東の地に想いを馳せた。
♠ ♢ ♣ ♡
一月四日。日本。正月を実家で過ごしたあと、俺は<フィニット・ストラトス>の開発を手伝うため<倉持技研>に赴いていた。なんでも<倉持技研>の研究施設内に束さんが使っていた研究スペースが残っていて、なおかつ<白式>のデータもあるから都合がよかったらしい。
というわけで、現在は<倉持技研>の最寄り駅にあるロータリーを訪れていた。
「教官の話によれば、迎えがあるということだな」
と、隣のラウラが言った。
「ああ、倉持技研の人が来ているはずなんだけど……」
と、周りに知り合いらしき人物がいないか、探してみる。
学生やサラリーマンがいるだけで、それらしい人物は見当たらなかった。
「時間には間に合ったはずだが?」
ラウラがその細腕に不釣り合いな男物の腕時計で、時間を確かめる。
待ち合わせは8時。現時刻は7時48分。遅くて帰ってしまったということはなさそうだったが。
「しばらく待つか」
すこし早く到着しすぎたのかもしれない。
俺たちは近場のベンチに腰を下ろし、買った缶コーヒーのプルを起こした。
「ところで、ラウラはインターシップに参加しなくてもよかったのか?」
今学期、俺以外の学生は各企業へ就職体験する予定になっている。しかし、ラウラはそれに参加せず、こうして俺に同行してくれていた。理由は知らなかった。朝、「私も同行させてもらう」と言われたのだ。
「私は既に職に就いているようなものだからな。そこで教官から『護衛として同行してやってくれ』と頼まれたのだ。いま<デウス・エクス・マキナ>は人手が足りていないそうでな」
なるほど。<デウス・エクス・マキナ>を脱退したアリスの臨時的な穴埋め要員ってことか。
「彼女のように動けるかわからないが、最善は尽くすつもりだ」
ラウラがそういうと、ロータリーに一台の軽自動車が入ってきた。
軽自動車は俺たちの前に停車した。ウィンドウが開く。顔を見せたのは、篝火ヒカルノさんだ。
「やあ、おはよう。さむかったでしょ。さあ乗って」
と、篝火さん。彼女が<倉持技研>の迎え人であるらしかった。
♠ ♢ ♣ ♡
「ごめん、ごめん。さむいところ待たせたね」
「い、いえ」
迎えの車中。俺は足のやり場に四苦八苦しながら答えた。狭い車内なのに、銛やシュノーケルやフィンが乱雑に置かれていて、足の踏み場がない。実に彼女の趣味にあふれた車内だ。きっとこれから出勤と言っても、みんな「シュノーケリングに行くんだろ」というに違いない。
「実は君んところの生徒会長が、正月明け早々にやってきてさ」
「楯無さんが?」
「『私、ロシア代表やめるんです。スポンサーに機体を返却するんで、七日までに<霧纏の淑女>をダウングレードしておいてください』ってさ」
「ダウングレード、ですか?」
「そ。もともと<霧纏の淑女>は、大破した<モスクワの深い霧>ってISを改修した機体でね。そのとき、彼女の独自技術がいくつか導入されたの。たとえば《蒼流旋》とか、ナノマシンコントロールを司るプログラムとかね。ちなみにそれ、書いたのわたしね」
篝火さんがニッと犬歯を見せて自慢げに笑う。
「そのプログラムのヴァージョンを下げておいてくれって言われてね。なんでも、独自開発した技術をロシアにフィードバックさせず、新規開発中の専用機に実装したいんだって」
「新規の専用機?」
「うん。妹の簪が作っているらしいよ」
そういえば、簪もインターシップに参加しないって言っていたっけ。
おそらく姉の専用機開発に専念するためなんだろう。
「ま、そういうわけで、ここ数日、その作業で徹夜が続いていてさあ、ふぁあ~」
「わあ、篝火さん前、前」
「おっと、――」
中央車線にはみ出した車を慌てて戻す。
幸い、車通りの少ない山間道路で対向車はおらず、大事にはいたらなかった。
「ちゃんと運転してくださいよ」
「ごめんごめん。でも、大丈夫、このへん交通量すくないから」
「確かにそうみたいですけど……」
そういって車内から見える風景に視線をやる。
走り出して15分。山間に入り、車窓の景色は木々ばかりになっていた。
「<白式>の件で何度か訪れているけど、相変わらずアクセス悪いよな、<倉持技研>って」
「所長が渓流釣りが大好きだとか、なんとかでさ。直ぐ行けるようココに立てたって話だよ。私も考えが煮詰まったらよく釣りに行くよ。――一夏君は釣りとか行くかい?」
「いえ、近くに釣り場がなかったので。でも、小さい頃はよく連れて行ってもらっていたような気がします」
「千冬にかい?」
「いえ、父親だったような気がします」
言って、そういえば……と思う。母親とは再会したけど、父親とはまだ会っていない。正月も千冬姉と母さんと、ラウラの四人だった。母さんや千冬姉も特に話をしないけど、なんでだろう。
「どうしたの、一夏君」
「いえ、父親ってどんな人だったかなぁって思い出せなくて」
「私も千冬と中学校が一緒だったけど、会った記憶がないな~」
篝火さんがそういうと<倉持技研>の門が見えてきた。その前で車を止め、やってきた警備員に社員証を見せる。警備員は手を挙げて詰所らしき場所に合図を送った。
「どうぞ、いつもお疲れ様です」
「ありがと」
礼を言って奥に車を進める。そして駐車場に車を止めた。
「ここから南に行ったところに束のラボがある。そこで案内人が待っているはずだから」
「わかりました。迎えありがとうございました」
篝火さんと別れ、俺たちは南の方角に足を向けた。
5分ほど歩いたところで、研究所と思わしき施設が見えてきた。
その前で一人の女性が腕を組んで立っている。ロングストレートの髪。鋭い目つき、どこか粗暴な印象を受ける女性だ。襟元を崩したスーツにタイトスカートという服装がまた粗野な印象を強めている。
「おい、おせーぞ、おまえら」
「す、すみません」
時間通りだったが俺は思わず平謝りした。ガラの悪さに怯んだわけじゃない。彼女から放たれる迫力に気負けしてしまったのだ。何となくだが、アリスやラウラに近いものを俺は彼女から感じていた。
「よし、じゃあいくぞ。ついてこい」
言って踵を返し、ラボへ歩き出していく女性。その姿はどこか独特だった。うまく言葉にできないが、無駄がなく、油断を感じさせない、そんな歩調だ。ラウラも感じたようで、彼女を上から下へと眺めていた。
「もしや、貴様、私と同職の人間か」
俺は彼女から感じた“近しいもの”の正体に気づいた。
ラウラと同職。彼女も兵隊なのだ。
「ま、お前と違って“元”だがな」
ラウラは「ほぉ」と関心を示した。
「どこの所属だった?」
「昔はアメリカ海軍のSEALs部隊<シール11>にいた」
「なに、貴様、<レディ・シールズ>の出身か」
SEALsは俺でも知っている。映画の題材にもよくなるからな。
でも、<レディ・シールズ>の名前は初めて聞いた。
「レディ・シールズって?」
「現在のアメリカ海軍特殊部隊SEALsは、11チームで構成されている。その中で十一番目のチーム<シール11>はIS技能を持った隊員で構成されている。つまり女性で構成されたチームだ。そのことから<レディ・シールズ>とも呼ばれている。彼女はそこの出身らしい。時間があれば、ぜひ話を聞いてみたいものだ」
女性の特殊部隊は歴史が浅く、確立した組織じゃないからまだ多く問題を抱えている。黒ウサギ隊も例外じゃない。先輩ともいえる<レディ・シールズ>から何かアドバイスをもらいたいって意味なんだろうな。
「そういえば、お前、<特殊機甲強襲部隊>の隊長だったんだな。その歳で部隊を率いるなんて、大したもんじゃねーか」
「人材不足なだけだ」
ISを運用する特殊部隊は、ISの特性から隊員が女性に限定される。
ただでさえ女性軍人って数が少ないから、集めるだけで苦労なんだろう。
「だから、おまえのような<遺伝子強化素体>みたいなやつも集められたわけか。人材不足もここに極めまれりって感じだな」
「知っているのか、私の正体を」
「ああ、ここにその関係者が来ているぜ」
俺とラウラは顔を見合わせた。
「なんだ、聞いていないのか? そっち側からの派遣だろ」
「いや、聞いていないです」
「そうか。まあ会えばわかるだろ。――それと遅れたが私はオータムだ」
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
「織斑一夏です」
「よし、いくぞ。ついてこい」
言って身をひるがえし、歩き出すオータムさん。
俺とラウラはそのあとに続いた。
♣ ♢ ♠ ♡
いくつかの認証式セキュリティをくぐり、研究所の内部に入ると、大きな空間に案内された。IS用ハンガー、作業用アーム、コンピューター装置に、いくつもの情報モニター。周囲には機器や部品が散乱している。
「相変わらず、ひでー散らかりようだな。――おい、連れてきたぞ」
オータムさんの一声で、部品の影からぴょこんと機械仕掛けのウサ耳が飛び出す。野原から飛び出したウサギみたみたいに現れた人物は束さんだ。フリルエプロンに、ウサギのカチューシャ。白ウサギとアリスが同居したような衣装は、相変わらずだ。
「おうおう、おひさだね、いっくん、よく来てくれたよ」
俺は軽く会釈した。
「こちらこそ、ありがとうございます。こんな機会を与えてもらって」
「おやおや、気合入っているね」
「はい。『このまま“男でISを動かせた奴”で終わってしまっていいんだろうか』ってくすぶっていましたから。けど、<フィニット・ストラトス>開発の話を持ちかけてもらえて、珍しさ以外に、ISを動かせる意味を見つけられたような気がしたんです。そりゃモチベーションは高いですよ」
「じゃあ、いっくんは、あの日のこと後悔していないんだね」
あのときのこと? あの日とは、どの日を指すのだろう。
「藍越学園の受験日のこと。迷い込んだ部屋で、君はISに触れたでしょ」
そうだ。中学3年の時、俺は受験会場で迷い、そこに置かれていたISにふれ、起動させた。それがきっかけで俺のIS適正が発覚し、IS学園に入学することになったんだ。
「実はね。君をあの場所に誘導したのはわたしなんだ」
俺は目を見開いた。
「そ、そうだったんですか……」
「うん、試験会場のデジタル地図にサブミナル効果を仕込んでね」
明かされた事実に驚きを隠せずにいると、束さんが「怒ってる?」と覗き込んできた。
俺は首を左右に振った。
確かにIS適正が発覚しなければ、平穏な日常をおくれただろう。でも、自分にできることを見つけることができなかったし、何よりあいつと出会う事もなかった。ISに関わったことで苦難もあったけれど、いまはISを動かせたこと、それがわかったことに、恨みや悔みはない。
「でも、なんでそんな手の込んだことをしてまで俺の適正を?」
「箒ちゃんをIS学園に入れたくてね。いっくんのIS適正が発覚してIS学園へ入学することになれば、箒ちゃんも入学すると思ったんだ」
箒は、姉の発明品が一家離散の原因になったと思っていた。自分からISを学ぶ場所に入ることはなかっただろう。悪い言い方だけど、束さんは俺をエサに使ったわけだ。
「なぜ、そうまでして箒をIS学園に?」
「ISのことを知ってほしかったんだ。そして思い出してほしかった。もともとISは箒ちゃんの夢を叶えるために作り始めたんだ。箒ちゃんがちっちゃい頃、7月7日の天の川を見上げて言ったんだ。『あの場所に行ってみたい』って。私はその夢を叶えてあげたかった」
「そうだったんですか。なんだか皮肉ですね」
妹のために作ったものが、姉妹の仲を引き裂く結果を招いてしまったんだから。
「……へへ、そうだね」と苦笑いする束さんに、俺は“夏祭りでのこと”を思い出して言った。
「大丈夫ですよ。束さんの気持ちはちゃんと箒に伝わっていますから」
夏休み。みんなで行った縁日で、箒は「姉さんのことを両親から聞いた」と言っていた。
そのことを深く訊ねなかったけど、柳韻さんが束さんの思いを代弁してくれたはず。
「そっか。いっくんがいうなら、信じるよ」
礼の代わりに満面の意味を浮かべると、後ろのオータムさんが言った。
「話はすんだか」
彼女は片手にタバコを持ち、弄んでいた。いかにも退屈していたという感じだ。
束さんは「ここは禁煙だよ~ん」と、タバコをつまみあげ、ゴミ箱に放り投げる。
俺たちは苦笑しながら話を続けた。
「ともかく、今日からよろしくお願いします」
「うんうん、よろしくね。で、そっちがちーちゃんの代理?」
腕を組みながら瞑目していたラウラへ束さんが視線をやる。
「本来なら他国の軍人さんはココに入れないんだけど、他ならぬちーちゃんのお願いだからね。そのかわり大人しくしているんだよ」
ラウラは軍人。国益のために働く人間だ。特にドイツは、大手ISメーカー<ワルキューレ・ウェポン>が<国際IS委員会>の制裁を受けたことで、国内の開発力が落ちている。<フィニット・ストラトス>の開発に一枚かみたいはず。それを知った上で許可したのは、他ならぬラウラを信頼してのことだろう。だから、裏切るなよ、と。
「気遣い感謝する。その気遣いついでに、一つだけ訊ねさせてほしいことがある」
「なんだい?」
「ここに<遺伝子強化素体>の関係者が訪れていると聞いた」
束さんは「ああ、彼女のことだね」と振り向いた。
「おーい、ちょっとこっちにきてよ~」
束さんはラボの奥へ呼びかけた。並べられた機械アームの向こう側。たくさんのコンピューターが置かれた場所から一人の女性が「なんでしょうか、束博士」と顔を見せる。
ダイアモンドのように輝くアッシュブロンド。血のようなルビーアイ。白磁のごとく白い肌。あまりに身体的特徴がラウラと合致しすぎていて、俺は言葉を失う。この人って、まさか……。
「今回のプロジェクトに協力してくれる、ララ・ボーデヴィッヒ博士だよ」