IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina   作:ネコッテ

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第115話 裏切り

「遅いわね、ラウラ」

 

 倉持技研、束専用ラボ。遺伝子解析が終わり、出力されたデータを手にララは思った。

 顔を洗うとココを出てから30分。気持ちを整理するにしても、遅いように思えた。

 

「見てきましょうか」

 

 <白式>のコアユニットを解放しながら一夏が言った。

 

「いえ、ラウラがいなくても作業は続けられるから。むしろ、一夏くんがいなくなると作業が進まないから、ここにいて頂戴」

 

 「わかりました」と一夏は、コアユニットの認証装置に触れて、ロックを解除する。そしてソケットから取り外したコアを、束に手渡した。束はコア解析用のソケットに<白式>のコアを接続して、コンピューターを起動させた。

 モニター画面に、二重螺旋状のデータ構造体と、人間の神経回路網(ニューロン)に似たネットワーク回路が映し出される。それを見て、一夏が首をかしげた。

 

「これはなんです?」

「<フラグメントマップ>と<コアマトリックス>だね。<フラグメントマップ>っていうのは、人間でいう塩基配列みたいなもんかな。ISの形を決めているのがココ。で、そのデータを処理しているのが<コアマトリックス>なのさ」

「そういえば、コアを停止させるISがいましたけど」

「<ヴェルフェゴール>だね。おそらく、そのISはこの<コアマトリックス>を乱す特殊な波長を出しているんだと思うよ。コンピューターも電磁波を浴びると壊れるでしょ。それと一緒だよ」

「防ぐ手段はないんですか」

「コアの外殻は電磁波や音波、X線さえ通さない素材でできているから、普通は外部から干渉できないんだよ。つまり、未知の波長だから、それが解析できないことには、防ぎようはないね」束はララの方を向き「ねえ、ねえ、ララちぃ。<白式>の<フラグメントマップ>に珍しい情報パターンがあるんだけど、いっくんの遺伝子情報に、これと似たようなパターンってある?」

 

 そう訊くと、ラウラの向かった方角を見ていたララが「はっ」とこちらを向いた。

 

「な、なんでしょう。束博士」

「もう、聞いてなかったの。いっくんの遺伝子パターンにこれと似たようなパターンはないかって。――もしかして、ラウラちゃんのことが気になっちゃってる?」

 

 ララは苦笑いを見せた。図星のようだった。

 

「ええ、ちょっと遅すぎないかしらって」

 

 ラウラは自分が生み出された真意に驚いていた。けど、ショックを受けているようには見えなかったから、トイレで落ち込んでいるとも思えなかった。それにラウラは与えられた仕事を誠実にこなす律儀な性格だ。護衛対象の一夏を放って、ほつき歩いているとも思えない。

 

「便秘なんじゃないか?」

 

 げらげらと、品のない笑い声をあげるのはオータムだ。一夏が「デリカシーがない人だな」と内心で思うと、オータムは急に笑うことをやめた。何か気配を感じ取ったようだ。表情が狂犬のように鋭くなっている。

 

「人の気配だ」

 

 オータムは通路の奥に目配せした。

 

「あの子が帰ってきたのかしら」

「いや、複数だ」

 

 言って立ち上がり、「おまえらは隠れてろ」と手を払う。

 同時にラボと通路をつなぐ自動扉が開いた。

 入ってきた人物は黒づくめの不審者だ。手にはPDW。体にはISスーツのようなフィット型のコンバットスーツと、タクティカルベスト。頭にはバクラ帽子をかぶり、顔を隠している。身体は細見のシルエットで、女性のように見えた。そんな人間が5人。

 オータムはすかさず懐から自動拳銃を取り出し、発砲した。

 この対応の速さが利き、怯んだ不審者が一度、通路内に退いていく。

 瞬時の行動力と判断力はさすが元特殊部隊といったところか。

 

「いいか、おまえら、そこを動くなよ」

 

 襲撃からやや遅れて、コソコソと物陰に潜んだ三人は同時にうなずいた。こういう修羅場に直面したとき、一般人と戦闘訓練を受けた人間とのあいだには差が出る。下手な行動を起こさず、じっとすること。戦わないことが、彼らにとって“戦う”ということだ。

 

「しかし、白昼堂々と襲撃とは、どこの連中だ」

 

 グリップを握りしめ、敵の再突入に備える。

 見たところ、敵は女性で構成されているようだった。女性で構成された部隊は限られている。しかも装備はドイツ製ときた。そして、ここには生体認証式のセキュリティーがある。潜入にはラボ関係者の手引きが必要だ。以上を踏まえると――

 

(該当する人間はひとりしかいねえじゃねーか)

 

 そう考えが及んだとき、背後の通路から声がした。

 

「ちがう、奴らだ」

 

 言ったのはラウラだった。

 

「おまえ、いままでどこに行ってやがった」

「すまない。連中と遭遇してな。遅くなってしまった」

 

 そういったラウラの頬には、いくつもの打撲の痕があった。服装も汚れまみれで、はっきり言ってみすぼらしい。身だしなみを整えず、傷の手当さえせずに、ラウラはオータムに訊ねた。

 

「状況は」

「銃器を持った女が5人。たぶんドイツ製だ。あと防弾性の戦闘スーツを身に着けている」

「こちらの装備は?」

「9ミリ拳銃が一丁だけだ」

「ISは?」

「持っていたが、<デウス・エクス・マキナ>に取り上げられちまった。そのあとアメリカ海軍へ返しちまいやがってよ」

「でも、おかげで、あなたは軍法会議を逃れられたのよ。わざわざ、千春はペンタゴンまで行って話をつけたんだからね」

「そいつだって、スコールからサラの情報を買った代金だろ」

 

 つまり、スコールから情報を得るために、アメリカと交渉をしたということか。一体どんな情報を得るためだったのだろうか。いや、いまはそれよりもどうやってこの場面を切り抜けるか、だ。一夏は<白式>を見た。<白式>はコアが外されていて、直ぐには動かせそうにない。なんとかコアを白式にもどして――

 

「おい、じっとしていろ。奴らの狙いはおまえなんだ。下手に動くな」

 

 一夏は浮いていた腰を素直に下す。

 

「よし、いい子だ。まずここからおまえを退避させる。おい、ちびすけ、ここはあたしがなんとかする。おまえは、そいつを連れて、外に出ろ」

「そうね。外にはマドカがいるわ。ラウラ、一夏君をエスコートできる」

「了解した。一夏、動けるか?」

「お、おう。でも、他のみんなは……」

「私たちは<白式>を回収してから後を追うわ。大丈夫、ロリーナより運動神経に自信あるから」

 

 言って、自虐的に自分の小さい胸を見下ろす。

 走っても暴れそうにないので、巨乳のロリーナより動けそうに見えた。

 

「束さんはバインバインだけど、心配いらないよ。この服には防弾能力と、身体アシストもあるからね。それに酔狂でアフリカの紛争地を渡り歩いていないよ」

 

 束はシニカルに笑って、スカートをひらつかせる。この状況で冗談を交えられる分、一夏より余裕がうかがえた。一番この状況で動揺しているのは自分か。情けないと、一夏は自分を奮い立たせた。

 

「わかりました。じゃあ、あとで合流しましょう。オータムさんも、気を付けてください」

「おう」

「では、いくぞ」

 

 ラウラの合図で奥の通路に向かって駆け出す。

 後ろ髪をひかれながらも一夏とラウラは全速力で駆け出した。

 

 

 

 

 一夏は先導するラウラに続いた。後ろ髪をひかれる思いだが、自分が残ったとしても何かできるわけでもない。いまは全力で出口を目指すこと。それが先決だ。

 出口をぬけると、一夏は呼吸を整えた。

 なんとか肩で息ができるようになったところで、これからのことを考える。

 まず千冬姉と連絡を取ろう。そして、救援なり援護なり出してもらう。だが、肝心な連絡手段をラボに置いてきてしまっていた。ケータイも<白式>もラボだ。

 

「――な、ラウラ、何か連絡手段はないか。千冬姉にこの事を――」

 

 となりのラウラを見やる。彼女は呼吸を乱さず、肩で息もしていなかった。ただ、その肩を小刻みに震わせている。一夏には笑っているように見えた。

 

「どうした、ラウラ。何がおかしいんだよ」

「いや、マヌケだと思ってな。――それだけ奴が信用されていたということか」

 

 唐突に蔑笑を漏らしたラウラに、怪訝な表情を作る一夏。

 

「マヌケ? おまえ、なにを言って……」

「何を、だと?――おまえがまぬけだと言っているんだ、織斑一夏」

 

 言ってすたすたと歩み寄る。そして、一夏のみぞおちにこぶしをめり込ませた。激痛が走り、視界がかすむ。痛みは、あの時の――平手打ちされたときの、比じゃなかった。

 

「な……なんで、俺を……」

 

 痛みで息も絶え絶えになる一夏に、ラウラはもう一発、こぶしをみまった。激痛が激痛で上書きされて、意識が落ちかける。必死に意識を保とうとする一夏を無視して、ラウラは耳骨を叩いた。

 

「私だ。アダムを確保した。回収の手筈を頼む」

 

 骨伝導より“仲間”から『了解』の返答が届く。

 ラウラは気を失った一夏を縛るべく両手親指の間接をひねりあげた。すると、上空から白いISが下りてきた。騎士の意匠。雪のように白い装甲。電子装置を満載したレーダーシールド。<ビショップ>をインストールした<リリィ>だ。

 

 

         ♠        ♢        ♣        ♡

 

 

「これはどういうつもりだ、ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 

 一夏を拘束するラウラを、<リリィ>のパイロット『マドカ』は見下ろした。

 

「イブか」

 

 所属する組織から、一夏は<アダム>のコードネームで呼ばれている。

 そのアダムの一部から生まれたマドカは<イブ>のコードネームで呼ばれていた。

 

「ふん、キメラごときが遺伝子強化素体である私を、どうこうできる気でいるのか?」

 

 ラウラは嘲るように鼻先で笑った。

 

「できるさ」

 

 マドカは腕部に備わったプラズマガンをラウラに向けた。

 銃口に電光が灯る。次の瞬間、マドカのHMDに警報の文字が表示された。

 

《警報――7時方向から照準レーダー波を受けています》

 

 AIの警報。次いで7時の方角から砲撃。

 飛来した砲弾は<リリィ>の右肩ウィングスラスターを穿った。

 

《警告――右部スラスター被弾。損傷規模クラスB。推力35%低下――》

「くそ、<ジャック>、エンハンスド・ハイパーセンサー広域索敵モード」

《ラジャー》

 

 舌打ちしたマドカが第二波に備えると、望遠レンズが敵機の接近をとらえた。

 重厚な黒い機体。右手には大型の砲。マドカは顔をしかめた。

 

「シュヴァルツェア・ツヴァイク、だと……」

 

 攻撃を加えてきたISは、ドイツの第三世代型ISだった。

 VTシステム暴走事件以降、生産が凍結されたから、この機種を運用している組織は多くない。現時点で運用している部隊はドイツの<特殊機甲機動部隊>のみ。つまり砲撃手は<黒ウサギ隊>ということになる。

 

「……クラリッサ・ハルフォーフ、なぜ、貴様まで」

 

 <シュヴァルツェア・ツヴァイク>のパイロット、クラリッサ・ハルフォーフは、ラウラをかばうように下りたった。

 

「隊長、ここは私が」

「了解した」

 

 ラウラはその細腕に似合わない怪力を発揮して、一夏を担ぎ上げた。

 マドカがすぐさま動く。それをクラリッサがワイヤーブレードでけん制する。動きを抑えられたマドカは顔をしかめた。

 

「なぜドイツ軍が、こんなことをする!」

 

 当然のごとく、クラリッサは答えない。作戦目的を敵側に明かすようなマネをエリートの彼女がするわけがない。それをわかっていても問わずにはいられなかった。

 

(いや、待て、そもそもこいつらはドイツ政府の意思で動いているのか)

 

 ドイツは<VTシステム暴走事件>のあと、IS開発の主要企業が<国際IS委員会>の制裁を受けたことで、ISの開発力が低下している。それをカバーするため、<フィニット・ストラトス>計画を奪取したい思惑がある?――とは、考えにくかった。

 なにより軍の命令とはいえ、恩人の弟であり友人である人間を、簡単に売りわたせるだろうか。

 いや、できはしない。彼女は無謬性の限界を知っている。

 絶対服従が兵隊として望ましい姿だとしても、人間である以上、機械のようにはなれない。

 では、なぜ、ラウラ・ボーデヴィッヒは友人を連れさろうとしているのか。

 

 操られているのか。そもそも別人であるか。――――答えは後者だ。

 

「くそ、迂闊だった。こんな三流トリックに引っかかるとは……」

 

 マドカは焼けるような羞恥に襲われながら、迫るワイヤーブレードをブレードで弾き返した。

 

(くそ、こいつをどうにかして、早く取り戻さなければ。だが、この装備では……)

 

 <ビショップ>は電子戦に特化したパッケージ。攻守に優れた<シュヴァルツェア・ツヴァイク>を相手するには、いささか火力が脆弱だった。

 クラリッサは火力に物を言わすように、大口径の磁気誘導砲を連射する。

 腹部に砲弾を受けたマドカは後方へ大きく吹き飛ばされ、倉庫へと墜落した。

 倉庫は武器保管庫のようだった。<打鉄>の刀型近接ブレードや50口径突撃小銃が置かれている。マドカは体勢を整え、上空を煽いだ。クラリッサのレールガンがこちらを向いている。

 マドカは恐怖よりも怒りを抱いた。偽モノの隊長に従う、隊員に腹が立った。

 

「貴様が従っている隊長は偽物だ。お前たちは騙されているんだ。さっさと下がれ」

 

 やはり、クラリッサは応えなかった。聞く耳を持とうとしていない――というよりは、どこか聞こえていないようすだった。よく見れば瞳孔が開き、グラグラと揺れている。正常な状態とは思えなかった。

 

「……操られているのか……」

 

 方法はわからない。しかし、目の前の彼女が正気じゃないことは判った。

 言葉で説得しても通じないとわかる程度には、彼女の瞳は濁っている。

 

「ち、戦うしかないか」

 

 マドカは置かれていたコンテナから武器を取り出す。

 手にしたのは、戦車に備えるような滑腔砲だ。

 

「<ジャック>!」

《ラジャ、武装のアンロックを開始。完了まで5、4、3》

 

 2……1……。

 武器の使用権限を解除し、マドカは<撃鉄>の装備――44口径120mm滑腔戦車砲を構えた。

 

 

        ♣        ♢         ♠        ♡

 

 

 倉持技研、束専用ラボ。オータムは不可解に思っていた。9ミリの自動小銃を構えて、油断なく見据える先では、敵が自動ドアの先で再突入のすきをうかがっている。その数は一、二、三、四、五。――そう、五名。それが不可解だった。

 

「束、おまえには何人いるように見える?」

 

 コンピューターアームの影に隠れていた束は機械の耳をピクピクと動かした。彼女のウェアブルコンピューターには、スマートスキンを応用したレーダーパッチが備えられていた。

 

「う~ん、束さんから見たら五人かな」

「やっぱり、5人か。どういうことだ……」

 

 オータムは眉間に皺を深く刻んだ。

 

「何がそんなに不可解なの?」

「特殊部隊のチームってのは、基本的に四人構成なんだ。四人未満だと、火力不足に陥いる。安定性もなくなる。負傷時の、隊員の代えも利かなくなる。逆に五人以上だと機動力が落ちるうえ、連携に支障が出やすい。仮に四人以上の編成を組むとしても、奇数はありえない」

「二で割れないから?」

 

 ララが言った。

 

「そういうこった。二人組ずつに分けると余るからな。特殊作戦において、単独行動はナンセンスなんだ。死んだら与えられた命令を誰も引き継げない。ワンマンアーミーなんざ、ハリウッド映画ぐらいのもんさ」

「じゃあ、相手は素人?」

「そうも思えねえ。個々の練度もある。それに素人に難度の高い“誘拐”をやらせるほど、奴さんもバカじぇねえだろ。だから不可解なんだ」

 

 束もララもオータムがいぶかしむ理由が理解できた。

 装備も充実していて、練度もある。そんな連中がなぜ5人という、非合理的な編成で、作戦にあたっているのか。その答えは、オータムのうしろから現れた少女よりもたらされた。

 

「注意をひきつけるための、おとりだ」

 

 言ったのはラウラだった。右頬に打撲傷。服装もよれよれだった。

 

「おまえ、なんで戻ってきた。坊主は無事なのか」

「聞いてくれ。ララ・ボーデヴィッヒ。ライラ・ボーデヴィッヒが生きていた」

 

 ララのみならず、一同が苦虫を噛み潰したような顔をした。

 思っていた反応と違い、ラウラの方が戸惑った。

 

「どうした」

「ライラならいま、ここにいたわ。私たちはあなたと勘違いして一夏君をたくしてしまった」

 

 見破れなかった己の失態を、恥じるようにララは身もだえした。

 

「なるほど、『5人編成はおとり』ってのはそういう意味か、くそ」

 

 向こうはあえて5人編成にすることで、存在を気づかせて注意を引きつけた。

 その隙にすり替わったライラが一夏を連れ出す算段だったのだ。そしてまんまとしてやられた。

 

「そうだわ。マドカは」

 

 ララは通信をマドカにつなぐ。ざざっとノイズが入って彼女の声が入ってきた。

 

「マドカ、一夏くんは?」

 

 ザザザという雑音のあと、返事がかえってきた。

 

『……すまない。奪われた。敵はラウラ・ボーデヴィッヒに扮していた。――クッ』

 

 爆発音。そのあと、マドカの怯んだ声が続いた。

 

「戦闘中なの?」

『現在、黒ウサギ隊と交戦中。――あいてはクラリッサ・ハルフォーフだ』

「何!? バカな!!」

 

 ラウラは瞠目して、通信機を奪いとった。

 

「どういうことだ」

『知らん。現に私はクラリッサ・ハルフォーフと戦っている』

「じゃあ、ここに侵入してきた連中も<黒うさぎ隊>か」

『だが、正気とは思えん。何者かに操られている可能性がある』

「我々はマインドプロテクトを受けている。簡単に操られたりはしない」

 

 「いえ」とララが首を横に振るう。

 

「正常な精神なら、そうだと思うわ。けど、彼女たちの体内に注入されているナノマシンは一種の万能薬よ。精神に作用する物質を分泌させて、微睡(まどろ)んだ状態にすれば、外部から催眠や暗示をかけやすくできるわ」

 

 特殊部隊は簡単に洗脳されたりしない。だが、人間は精神が不安定な状態ほど、思い込みや錯覚をおこしやすくなる。混濁した意識状態では、訓練を受けた人間とはいえ、無敵ではなかった。

 

「くそっ!」

 

 屈辱だった。自分のみならず、部隊さえも利用されるとは。

 

「ラウラ、一夏君がさらわれたことは、ここにいる全員の責任。一人で背負い込まないで」

「すまない」

「ともかく、いまは洗脳を解くよりいっくんを取り戻すことが先決だと思うなぁ、束さんは」

 

 他人事のように聞こえたが、ラウラは反論をぐっと飲み込んだ。おかげですこし冷静になれた。自分が犯した失態。部隊が犯した失態。挽回するすべは一つ。一夏を取り戻すことだ。

 

「わかった。だが、どうやって追跡すればいい」

「まず、私の部屋に行きましょう。そこに<バンダースナッチ>があるわ」

「バンダースナッチ?」

「移動しながら話すわ。――オータム」

「おう」

 

 オータムが銃を鋭く構える。

 彼女が敵の動きを警戒してくれているうちに、ラウラとララは来た道を引き返すように走り出した。

 

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