IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina   作:ネコッテ

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第117話 彼を追う者たち

 IS学園通路。「倉持技研襲撃」の報告を受けた千冬は、代表たちの迎えを中断して、学園ヘリポートへ向かっていた。

 

(こんなにも早い鼓動を感じたのは第二回<モンド・グロッソ>以来だな)

 

 決勝戦を控え、最終調整に勤しんでいた自分の許に、チーフマネージャーから告げられた「一夏がさらわれた」という報告。あの時と同じように、いま自分の心臓は不安で高まり、全身の血の気が引いている。

 

(だが、あの時と違うこともある)

 

 いまは頼れる味方と仲間がいる。一人じゃない安心感。だから、取り乱して無策に飛び出すようなマネもせずに済んだが、それでも早足になる歩調はやめられなかった。

 ヘリポートに到着すると、すでにヘリが到着していた。向かう途中、担架で運ばれていくインナー姿の女性とすれ違う。報告に受けていた<黒ウサギ部隊>の一人だ。彼女は「もうしわけありません」と悔しそうに目を伏せていた。そんな彼女に「いまは休め」と告げ、ヘリの許へ歩む。

 ヘリの許ではラウラとララが、千春と話し合っていた。

 

「母さん」

 

 ヘリが起こす旋風で乱れる髪を抑えながら、千冬は言った。

 

「状況は」

「ライラ・ボーデヴィッヒにしてやられたわ」

 

 ライラ・ボーデヴィッヒ。

 ラウラに双子の姉がいることは、千冬も報告書で知っていた。

 

「ライラがラウラと入れ替わったすきに、連れ出されたそうよ」

 

 千冬はラウラを見た。

 

「もうしわけありません、教官。私がついていながら一夏を守りきることができませんでした。信頼を裏切ることになり、なんと詫びたらよいのか」

 

 ラウラは奥歯を強く噛みしめ、屈辱と無念に耐えながら気丈に姿勢を正す。

 彼女は恨み言も言い訳も云わなかった。

 

「わたしたちもすっかり騙された。ラウラだけの責任じゃないわ」

「大丈夫だ。そう、自分を責めるな。そういうこともある。気を病むな」

「恐縮です」

 

 千冬の言葉で無念が和らいだ様子はなかったが、過ぎた時は戻らず、ゆえに大事なのはこれからだということは解っているようだった。心は折れていない。受けた屈辱は倍にして返すとばかりの意気込みさえ垣間見える。

 

「それで、母さん」

「ええ、既に<情報部>に通達して捜索させているわ。更識にも協力を要請したけど、いまのところ有力な情報は入ってきていないわ」

 

 追尾していた<バンダースナッチ>も、倉持技研から3キロ離れた場所で、破壊された状態で見つかったと、彼女は付け加えた。つまり、手がかりはゼロ。

 

「こんなとき、あいつがいてくれると心強いのだが」

 

 アイツ、アリスのことだ。どんな困難に直面しても、彼女は「なんとかする」と言ってなんとかしてきた。無根拠に頼れる、そんなパワーを秘めた彼女が動いてくれたら――、自嘲気味にそうこぼした娘を、千春が諌めた。

 

「あの子に言えば、動いてくれるでしょうね。でも、それではあまりにも不甲斐ないわ」

 

 『あなたが抜けたぐらいで揺らぐような組織でもなければ、そんな大人の集まりでもない』。そういって送り出したのだ。大人が子に縋っては、あべこべすぎる。

 自分たちの手で一夏を取り戻し、何食わぬ顔で引き合わせてやること。それが、いままで戦ってくれた彼女へできる酬い。それができないなら、自分たちが大人であることや、こんな組織を作った意味がない。

 

「では、アリスに代わって私に、一夏奪還を命じてください」

 

 自分には一夏を守れなかった責任がある。ラウラの申し出に、千冬は首を横に振った。

 

「そう気負うな。おまえはまだ子供なんだ。おまえに護衛を命じたのはララと引き合わせるためだ。おまえが責任を負う必要はないし、誰も責めていない。ここは大人である私たちに任せておけ」

「お言葉ですが、教官。私は既に職業軍人として隊を担う身です。身は子供でも、立場は責任を負う大人のそれと変わりません。私には、隊長として隊が犯した過ちを償う義務があります」

 

 「なにより」とラウラは続ける。

 

「一夏は、暴走する私を止めてくれた恩人です。ここで何もしないわけにはいきません」

 

 力強く言い切ったラウラには、燃えたぎる情熱が感じられた。

 かつて「ドイツの氷水」と云われ、空っぽで機械のようだったあの頃からは想像もできない成長ぶりだった。その赤い熱意は、どこかアリスを彷彿とさせた。きっと彼女も同じことを言うだろう。

 

「教官、私に恩返しと、責任を果たす機会をください」

「できるのか?」

「むしろ。自分にしかできないと考えます。ライラは自分に扮して周囲を欺きました。それが、自分にも可能です」

 

 ライラが自分に成りすまして周囲を欺いたのなら、自分がライラに成り済まして相手を欺くこともできる。敵に成りすまして手がかりを探ろうというのか。

 

「確かに現実的で、効果的な案だが、それにはまずライラと入れ替わる必要がある。そのライラと再び接触できなければ話がはじまらない。どう接触する?」

 

 と、そこでララが閃いたように言った。

 

「兵士管理センター」

 

 ドイツの、ナノマシンから送信されてくる兵士の情報を管理する機関のことだった。

 

「ナノマシンを実戦投入している部隊は、みんなこの兵士管理センターのサーバーに接続されるわ。<越界の瞳>を導入している<黒ウサギ隊>も。もしライラがラウラとして<黒ウサギ隊>の隊員に扮していたなら、体内に<越界の瞳>を入れていた可能性があるわ」

 

 <越界の瞳>は<黒ウサギ隊>の部隊章であり、ナノサイズの認識票(ドックタグ)。つまり、兵士管理センターのサーバーにライラの位置情報が残されている可能性がある。

 

「そのサーバーにアクセスできれば、何か手がかりがつかめるかも。できる、あなたの権限で?」

 

 ラウラは悪態をついた。

 

「いや。私は便宜上の少佐だ。本来の佐官クラスが有するような権限は与えられていない」

 

 考えれば当然だった。女性限定という特異な部隊であるがゆえの、例外的な処置で少佐を務めている彼女に、機密性の高い情報を閲覧できるとは思えなかった。

 

「なら、強硬策に打って出るしかないわね。ロリーナは、いまどこに?」

「学園の格納庫よ」

 

 「わかったわ」とララ。そのまま「では、行きましょう」と続ける。

 頷くラウラに千春は言った。

 

「<黒ウサギ隊>はほとぼりがさめるまで、こちらで匿っておくわ。誘拐の濡れ衣を<黒ウサギ隊>に着せて、事件を葬られさせない」

 

 操られていたとはいえ、誘拐の実行犯は<黒ウサギ隊>だ。警察や政府は身柄を寄こせと言ってくるだろう。せめて彼女たちが正常な判断を失っていたという擁護の材料が揃うまでは、匿ってくれるという。

 

「配慮に感謝します。必ず、その恩に応えて、一夏を取り戻してみせます」

「ああ、弟を頼むぞ」

 

 ラウラは「はっ」と力強く敬礼した。

 

 

 

 

 ラウラとララは早足で格納庫へ向かった。

 ライラも体内のナノマシンが追跡の手がかりになることに気づいている可能性がある。だとすれば、ナノマシンを体内から取り除こうとするだろう。だが、それには血液をろ過する必要がある。つまり透析だ。ララは「だいたい5時間から6時間の透析で、体内のナノマシン群を無力化できる」と答えた。手がかりを掴めるタイムリミットは5時間。

 ラウラが格納庫に訪れると、金属の大きな物体たちが出迎えた。

 先の<エクスカリバー>事件で運用されたREXだ。隣には頭のひしゃげたRAYが前のめりに倒れ込んでいた。ラウラはREXの前に立って、見上げた。

 

「どうしたの、ラウラ」

「いや、日本軍の水上戦闘機『強風』につけられたコードネームが、たしかREXだったな、と」

「それがどうしたの」

「日本軍の九八式水上偵察機につけられたコードネームは何か知っているか」

「いえ」

「ラウラだ。私が兵器だから、ラウラというコードネームが与えられたのだと思っていた」

「違うわ。技研でも言ったでしょ。あなたは兵器として生み出されたわけじゃない」

「わかっている。だが、ライラはそう思っていない。奴は『自分の存在意義は殺戮の中にしかない』と思っている。遺伝子にそう刻まれていることを理由に。だが、それは間違いだ」

「ええ、人の運命は遺伝子なんかに規定などされないわ。それを証明できるのは、あなただけよ、ラウラ」

「ああ」

 

 ラウラはもう一度REXを見上げる。すると、声がかかった。

 

「あれ、ラウラ?」

 

 声をかけてきた人間は、シャルロットだった。それも見慣れないボディースーツに身を包んで。普段は黒と橙を基調にしたスーツだが、いまは全身白色で、肌の露出も一切ない。手にはHMDのフルフェイスヘルメット。背には生命維持装置。

 

「なぜ、おまえがここにいる」

 

 インターシップ中であるいま、フランスの代表候補性である彼女は、デュノア社にいるはずだった。

 

「ちょっとね。そういうラウラこそ。今日は一夏と一緒に<倉持技研>へ行っていたんじゃ? それに隣の人は?」

「彼女はララ・ボーデヴィッヒ。血縁的には、私の母親になる」

「え!」

 

 シャルロットは二度三度まばたきして、ララを見た。

 

「どうも、シャルロット・デュノアさん。ラウラがお世話になっているわね」

「は、はい!」

「はい、だなんて。噂に聞いていた通りの娘ね。苦労しているでしょ」

「はい、それはもう」

「その話はあとだ。いまは急いでいる」

「そうだったわね。シャルロットちゃん、ロリーナはいる?」

「いますけど、どうしたんですか」

「一夏を奴らに奪われた」

「……一夏が」

 

 持っていたフルフェイスのヘルメットが手からこぼれおちる。

 

「気が動転するのはわかる。だが、時間がない。取り返すのに彼女の力を借りたい。急いでくれ」

「う、うん」

 

 ヘルメットを拾い、慌てて踵を返す。――と、そのまえにロリーナがやってきた。

 あわてて立ち止まるも、シャルロットはぼふっとロリーナの豊胸に突っ込んだ。

 

「ふがふが(あ、ロリーナさん。実は――)」

「一夏君の事はルイスから聞いているわ」

「できそう?」

「どうかしら。機密を取り扱う国家機関への侵入でしょ。セキュリティが最高レベルであることは間違いないわ。簡単にはいかないわね。破るには相応の準備と時間が必要になるわ」

「それを待っていられる余裕はない」

「わかったわ。じゃあ、アレを使いましょう。ついてきて」

 

 プラチナブロンドを翻して、来た道を引き返す。

 アレとはなにか。

 見当は及ばなかったが、ラウラ、ララ、そしてシャルロットも彼女のあとに続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 女性限定施設が肥大しつづける都内の高級ホテル。甘ったるいアロマの香りが漂う女性会員限定のスイートルームには、肌と粘膜がぶつかり合う音が響いていた。設えられたキングベットには一組の男女。男は女を組み敷いて腰を振っている。かつて人類最初の男性――アダムはこれを“正常位”と呼んだ。

 そう、女を組み敷き、犯すことが正常なのだと。

 人類最初の女性――リリスはそんなアダムに反発し<楽園>を飛び出したというが、本当は、下手くそ(・・・・)夫なに愛想が尽きたに違いない。離婚の原因は今も昔もセックスレスなのだ。

 

(でも、ボクは違う)

 

 腰を振り続けながら、下であえぐ女を見下ろす。

 恍惚と潤んだ瞳の奥には幸福感がうかがえた。

 所詮、オンナの本性とはその程度なのだ。組み敷かれ、犯され、悦ぶ、低俗な生き物。ISが使えるからどうのこうのと喚き、喜んでいることが、その証拠ではないか。現代の女はバカなくせして、世界の支配者を気取りたがる。それが彼には看過できなかった。

 

(ボクが、自分たちが何者で、どちらが“上”か、わからせてやる)

 

 まずはその一歩だといわんばかりに、男は腰を激しくグラインドさせた。女が目を固く瞑る。“何か”をこらえる女の表情が男の興奮を誘った。射精感が強まる。

 

「出すよ」

 

 女は快楽を忘れて当惑した。

 

「え? ま、待って。中は……」

 

 女は既に成熟した大人。無知な少女じゃない。それのリスクを知らないわけじゃない。

 女が不安を示しても、男は腰を振るのを辞めなかった。

 

「拒否はいけないよ。避妊も、中絶も、離婚も、決めるのはボク(おとこ)だ。僕が“上”だからね。“下”のキミ(おんな)に決める権利はないの。いい?」

 

 言葉を体現するように、男は女に覆いかぶさった。そして“種”を注ぎ込む。それを女は拒否できなかった。すくなくても体勢的には不可能だった。

 下腹部を巡る異物感に苛まれて、女は不快感と不安感を滲ませた。だが、男は満足そうに自分の一部を引き抜いた。それからベッド上に散らかった女のバックに目を止める。中から取り出したものは、女が働く会社の社員証だった。役職名には<IS学園教職員>とある。

 それを男は女に持たせた。出来上がった構図に男は興奮を露わにする。

 女性優位を象徴する<インフィニット・ストラトス>。それを扱う人間が、自分の下で、裸になり、股間から自分の精液を垂れ流している。傲慢な女性を辱め、貶め、屈服させ、征服させた――そんな妄想が彼を再び興奮させた。

 

「すばらしい、すばらしいよ」

「そ、そうかしら?」

 

 それを愛の囁きと錯覚した女が頬を赤める。下腹部の異物感も意識から離れていった。

 鼓動が高鳴り、下半身の血流がたぎる。我慢ならず男は再び、挿入の体勢に入った、その時、部屋にケータイの呼び出しが鳴った。

 急に現実に引き戻された男が苛立って、無視を決めようとする。だが、発信者の名前を見て、軽く舌を打つ。発信元の男には<倉持技研>から部品と情報を横流ししてもらわなければならない。無下にはできなかった。

 

「どうしたんだい」

 

 男は腰を振りながら訪ねる。通話相手は下品な笑いをこぼした。

 

『なんだ、お楽しみの最中だったのかい。たく、いいご身分だぜ。こっちとら、主任のデカ乳に悶々とする毎日だってのによ』

「わかった。また見繕ってやるよ。だから、さっさと要件を言え」

『おう、実はよ――』

 

 一拍おいて向こうから返答が帰ってくると、男の腰が止まった。

 いまま恍惚に染まっていた獣の表情が瞬く間に深刻な表情に変わっていく。

 

「“彼”が行方不明に?」

 

「どういうことだい?」と男が耳を傾ける。通話相手は言った。<倉持技研>が黒づくめの集団に襲撃されたこと。ドイツのISと白騎士が戦闘していたこと。その後はごちゃごちゃと情報が錯綜して状況を把握できていないが、以前の誘拐事件の非ではないことを語り、最後に「なんかヤバそうな連中だったぜ」と感想を告げた。

 

「くそが。どこの連中だ」

 

 男は苛立ちを表すように女の乳房を握りつぶした。女が悲痛に顔を歪めるけれど、溜飲はさがらない。<キャノンボール・ファスト>以来、彼は女尊男卑社会に一石投じる存在として、耳目を集める存在となった。ゆくゆくはグル―プの求心力として活動に参加させるつもりだった。その機会をうかがっていた矢先のできごとだっただけに、苛立ちが募る。

 

『で、どうすんだよ』

「どうするも、こうするもない。彼はボクたちに必要な人間だ。わかっているだろ」

 

 受話器の先の男は「そりゃわかっているけどよ、実施問題さ――」と答えた。

 男は歯がゆさに奥歯を鳴らした。なんとかして、取り戻す方法を考えなければ。

 

「ねえ」

 

 その時、下の女が言った。男は「なんだい」と答えた。

 

「わたしに何とかしてくれそうな人間の心当たりがあるわ」

「誰だい?」

 

 男は女の乳房をこねくりまわしながら訊いた。

 

「IS学園の生徒なのだけど、他の生徒と違う優秀な子よ」

「でも、所詮は子供だろ?」

「けど、あの織斑千冬も一目置いている子よ」

 

 織斑千冬。かつて自分の兄を豚箱に放り込んだ女の名だ。強い女性の象徴として女尊男卑主義者のまなざしを集め、引退した今でも各方面に強い影響力を持つ。すかない女だが、実力とカリスマ性は確かな女だ。その女が認める人物とは……興味がわいた。

 

「へえ。名前は?」

 

 問うと、女は名をこう告げた。

 

「アリス・リデルっていうの。いまはイギリスにいるそうよ」

 

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