IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina 作:ネコッテ
イギリス・ロンドン郊外。<ナイトソード・ブラックスミス社>が有する、IS試験アリーナ。
<ブルー・ティアーズ>は接近してきた模擬ミサイルを迎撃すべく、非固定浮遊部位から青いレーザービームを発射し、自身の
セシリアが得た新たな“力”――BTオービタル。
それは自身を中心とする衛星軌道上へ侵入してきた物体を自動で迎撃するシステムだ。その稼働データを収集することが今回の目的であるため、セシリアはあえて近接戦の間合いまで模擬ミサイルの侵攻を許した。
「さあ、踊りなさい、ティターニアが奏でるワルツで」
模擬ミサイルがセシリアの衛星軌道上に侵入する。
すると、青いレーザービームが弧を描いて、それを迎撃した。さらに後続のミサイルも次々に撃墜していく。最後発となる4機目が撃墜されたところで、観測室から終了の合図が鳴った。
『OKよ』
アナウンスを聞いて、セシリアは「ふぅ」と肩の力を抜いた。
我ながら満足のいく結果が出せたと思う。観測室から見守っていたアリスも指てっぽうを作ってこちらへ向けていた。セシリアも同じように作って「ばん」と撃つ真似をする。
「データはどうですか」
試験アリーナ、観測室。
アリスと進行を見守っていたローズマリーは、観測官にたずねた。
「見てください。BT稼働率180%オーバー。予想をはるかに超える数値です。いやはや、すさまじい飛躍、というか、別人と思うような成果ですね」
高い適正を出したものの、稼働値の低空飛行を続けていたセシリア。
それがいきなりの100%越え。観測官が驚くのも無理はない。
「一体どのような、訓練を?」
「いえ、私は何もしていません。あの<マインド・インターフェース>――<エーテリオン>と呼びましたか――それが、大きな発展につながったようです」
「ああ、あれですか」
観測官が<ブルー・ティアーズ>を見る。いま<ブルー・ティアーズ>には、以前のようなレンズ型ではなく、ティアラ型の<マインド・インターフェース>が装備されていた。
「一体どこのメーカーのもので」
「特注品だそうです。妹が用意したようです」
と、アリスを見る。アリスはアリーナのアナウンス機能を使い、セシリアと話していた。「稼働率180%越えですって」「うふふ、わたくしを誰だとお思いで? 女王陛下より一角獣の紋章を賜ったオルコットでしてよ」と。
リリスの正体が母「アリシア・オルコット」だと知ってからも、セシリアはあまり暗い表情を見せずにいる。妹の存在が精神的な支えになっているのかもしれないわね、とローズマリーは分析していた。
「あの、代表?」
「はい、どうしました?」
ローズマリーはマインド・インターフェースの話に意識を戻した。
「その、<エーテリオン>の技術なんですが」
<エーテリオン>の技術は開発元<ソードナイト社>のパテントではない。開発者の許可を得るなり、買収するなり、できないか。そういう話らしい。
「わかりました。開発者と話をしてみます」
「ほんとですか。これで暗礁に乗り上がっていた第三世代の開発もようやく進展しますよ。主任も大喜びですね。上層部からずいぶんせっつかれていたようですから」
もともと<ブルー・ティアーズ>は先進技術実証機。<ブルー・ティアーズ>が叩きだしたデータをコンペのプレゼンテーションに使う気だった上層部は、このデータがそろわない状況にさぞ焦っていたことだろう。
「でも、冷戦はもう終わりました。近いうちに<イグニッションプラン>も白紙になるでしょう。これからはISの兵器面ばかり追求しても、生き残れないかもしれません。すでに<デュノア社>では宇宙開発に路線をシフトしたようですし」
「うわさの、新型<ラファール・リヴァイヴ>ですか。可変機構を搭載することで宇宙と地上の往来を簡単にしたISだとか。可変機構なんて、よくそんな複雑な骨格を開発できましたね」
「フランス代表の専用機<エトワール>。その専用骨格の技術を応用したのかもしれません」
「<エトワール>は“ねこひねり”を可能にしたISですね」
空中に放り投げられた猫は、いかなる体勢からでも姿勢を作り、必ず肉球から着地する。つまり、空中で姿勢を変えられるのだ。そのメカニズムを骨格機構に取り入れたISが〈エトワール〉だ。〈エトワール〉は空中でもアポジモーターを使わず姿勢を作ることができ、攻撃精度の高い
「その複雑な骨格技術のノウハウが<ラファエル>の開発に活きたのでしょう。これからはこういった別の活用法も検討していかなければならないでしょう。さて――」
ローズマリーはアナウンスをオンにした
「セシリア。データも取れたので、すこし早いですが、今日はもう上がってください」
『いえ、もうすこしやらせてくださいな。いまのわたくしの実力はこんなものじゃありませんもの』
データ収取だけでは物足りなかったようすだ。新しい力を手に入れた自分を、ローズマリーに見せたい。そんな思惑もあるのかもしれない。
「でも、必要なデータは十分とれたからねぇ」
『実戦データはまだでしょ。そうですわ、ローズマリーさま、わたくしと模擬戦をいたしませんか』
「私と模擬戦ですか」
『新しく体得した力が、世界相手にどれぐらい通用するのか。試してみたいのですわ』
さまざまな出来事に巻き込まれ、その対処に奔放してきたけれど、代表候補性であるセシリアが目指す場所が<モンド・グロッソ>であることは、今も変わっていない。むしろ、<キャノンボール・ファスト>で優勝に輝いた一夏に即発され、以前よりも燃えている様子さえ見せている。
「いいでしょう。この数か月であなたがどれだけ成長したか、見せてもらいましょうか。――と、言いたいところですが、いま私の手元には<サイレント・ゼフィルス>がありません」
言われて、ローズマリーの耳に蝶型のイヤリングがないことに気づく。
「どうしたんですか」
「実は改修に出していまして」
「改修ですって?」とアリス。さらに「全装ね」と付け加えたものだからなお疑問が強まる。
全装。つまりフルモデルチェンジ。
<レーヴァテイン>という強力なISを所持しながら、<サイレント・ゼフィルス>のさらなる強化が必要なのだろうか。
「そういうことなので、模擬戦はまた今度です。今日のところは上がりなさい」
と、言って提案を潔く断る。
<レーヴァテイン>を使うこともできたはずだが、その様子はなかった。
「……むー、わかりましたわ」
不服が顔に出るが、ローズマリーは見て見ぬふりをした。
♠ ♣ ♢ ♡
ナイトソード社・ロビー。支度中のセシリアを私たちはロビーの待合席で待つことにした。
ISの整備。自身の着替え。シャワーも浴びてくるだろうから、落ち合うまで30分は容易にかかるだろう。というわけで、私はスマフォのゲームアプリで時間をつぶすことにした。「Make_City」。市長となって街を作るシュミレーションゲームだ。
(さて、この財政難をどう乗り越えたらいいんでしょうかね……)
私が市長を務める<アリス・シティ>は、すでに多額の財政赤字を抱えていた。税収も伸び悩み、人口流出が止まずにいる。インストール三日目にして<アリス・シティ>は破たんの危機を迎えていた。
「とにかく、まず人口の流出を止めないと」
考えた末、私は妙案を思いついた。
「―――よし壁でもつくるか」
人口が減るから税収が減る。なら、住民が町から出られないようにすればいいのだ。
なかなかに妙案だと思ったけれど、隣のローズマリーはぷっと噴出した。
「ふふ、ずいぶんと乱暴な策に打って出たわね」
「そうですか。むしろ、いい政策だと思うんですけど」
壁を作るって言っておけば、アメリカ大統領にもなれそうな気がする。
「私はまず不要な公共事業をやめるべきだと思います。無駄を省くことが経営の基本ですよ」
と、諭してタブレット端末に視線を戻すローズマリー。
彼女は国際情勢を取り扱った電子誌を読んでいる最中だった。
「やっぱりそうなんですかねぇ~。となると別の方法か。う~ん、ルクーゼンブルクみたいに地下資源がたんまりあれば、財政難なんてあっと言う間に解決なんだけどなぁ」
「そのルクーゼンブルク公国ですが、いま大変なようですよ」
ローズマリーが私に電子誌を見せる。私は顔を寄せた。なになに――
『ルクーゼンブルク、米に歩み寄り。ロシアとの関係、悪化の一途』
『一月三日、ルクーゼンブルクがEU加盟を示唆したことで、ロシアがこれに強い反発を見せている。また、ルクーゼンブルクも、これに強攻的な態度をみせており、同月7日にルクーゼンブクル第一王女が訪米する予定。地下資源を背景に、支援を取り付ける思惑があるとされる。内容次第では、両国間の険悪ムードが加速する可能性があり、国際社会は両国間に自制を呼びかる』?
「これ、大丈夫なんですか?」
ルクーゼンブルク公国は地下資源――<時結晶>と呼ばれる希少金属を多く埋蔵する国として知られている。その<時結晶>は、ISのコアにも使われている。国内が荒れて、輸出が滞れば、民用ISの量産計画――<フィニット・ストラトス>計画――にも支障がでそうなものだ。
「以前から、手は打ってきましたが、この情勢下ではどうとも」
「なにも起こらないことを祈るしかないってことですか」
言うと、チンと傍のエレベーターが鳴った。
開いた扉からセシリアが出てくる。
「お待たせしましたわ」
セシリアが来たので、私はゲームのアプリを落とした。ローズマリーもタブレットをかばんにしまう。
「じゃあ、帰りましょうか」
「はいな」
支度が整うと、私たちは<ナイトソード社>のロビーをあとにした。
(やっぱりつけられている?)
ロビーを出て10分ほど歩いた時でのことだ。私はそっと首筋をさすった。そこに突き刺さるような違和感を覚えたからだ。そう、視線のような。始まりは<ナイトソード社>をでたあたり。どうやら、私たちは誰かに見張られているらしい。
(誰でしょうか)
尾行される心当たりはある。けれど、相手はプロとも思えぬ素人のような尾行だった。まず距離が近い。さらに視線が一点に偏っている。それはもう『逃がさないとする必死さ』がありありと伝わってくるほどだ。
(ストーカーの類かしら)
と、セシリアが小声で私に聞いてくる。
可能性は高いだろう。女性優遇の現代でも、いや女性優遇の時代だからこそ、婦女暴行事件は後を絶たない。虐げられた男性の逆恨みや、抑圧されたことによるフラストレーションの爆発。そんな理由から女尊男卑でなくても被害に遭う可能性はあって、傾向としてISに関わる人間が強い。
とはいえ、ただの暴漢に遅れをとるような軟な鍛え方はしていない。
(それでも油断は大敵です。心してかかりましょう)
と、ローズマリー。
相手が素人だからと侮るのも、また素人。相手が何者であっても、万全を尽くすのがプロだ。
「そうですね。では、まず二手に分かれましょう」
そうすれば、誰が目的かはっきりする。
「わかりましたわ。―――ねえ、アリス、今日は何が食べたいかしら」
「そうですね。ビーフシチューがいいです」
「でも、肝心なお肉がありませんでしたね」
「じゃあ、私が買って帰ります。二人は先に帰って準備しておいてください」
「わかりましたわ」
もちろん、シチュー云々は二手に別れるためのフェイクだ。
私がセシリアたちから離れ、ここからほどなく近いスーパーマーケットに足を向けると、尾行と思わしき相手もあとをついてきた。
(目的はセシリアやローズマリーじゃないってことですね)
とすれば、ただのストーカーという線は完全に消えた。国家代表やその候補生じゃない私を付け狙っているとすれば、国家機関や組織の、きなくさい連中だ。
(それなら、もっとプロを雇いそうなものですけど)
相手が学生だから侮っているのか。そう考えながらスーパーマーケットに入る。
店裏と路地裏を繋ぐドアが開く。出てきた人物は二十代後半の女性。スカーフにサングラスと露骨な服装で素顔はうかがえないが、日本人のようだった。その日本人女性は扉から飛び出すと、辺りを慌ただしく見渡した。
「安心してください。ここにいますよ」
女性が怯んだように後ずさる。私は誘い出した尾行に近づいた。
「で、私に何の用があって、つけていたんです?」
場合によっては暴力も辞さない。それを示唆するように腕を鳴らす。
威圧を込めた私に、日本女性は慌ててスカーフとサングラスを外した。
「待って、リデルさん。私よ」
私は半眼を作って相手を確かめた。
穏やかな顔つき。あたかも知り合いのように言った彼女を、私は知っていた。
「榊原先生?」
榊原菜月。IS学園の教職員だ。授業を受けたことはないけど、名前と顔だけは知っていた。というのも、生徒の間でよく話題に上るのだ。いわく『榊原先生、また変な男にひかかったんだって』と。彼女は、男性からも受けが悪いような相手ばかり好きになる
だから、彼女が私をつけていたことにひどく驚いた。
「なんで、先生がわたしを」
「実はあなたに会いたいって人がいてね。その人は、私の新しい恋人なのだけど、その彼があなたと話がしたいって言うの」
「あなたの恋人が、私に?」
ますます話が分からなくなってきた。
なぜ私が、痛い恋愛ばかりを繰り返す先生の、その恋人と会わなければいけないのか。
半ば混乱していると、路地裏に一人の男性が現れた。
現れた人物は、線が細く、優しげな面持ちで、みるからに人畜無害そうな青年だ。体格は中肉中背で、年齢は20前半。微笑を絶やさないその振る舞いは、まさに優男という具合だ。
「彼が私の新しい恋人の、天海レイ君よ」
榊原先生は優男のもとに駆け寄り、腕を絡めた。
「彼はいま男性の権利を取り戻す活動をしていているの。ね?」
「ええ」
天海レイという男は優しい顔で微笑んだ。
やさしくて、やさしくて、逆にあやしく思えるほどの。
胡散臭い。そう思いながらも私はたずねた。
「男性の権利を取り戻す活動?」
「ええ。リデルさんも知ってのとおり、いま男性は不当な扱いを受けています。男というだけで、卑しまれ、貶められている。世の男性をこの苦しみから解放するため、活動しています」
まるで面接官相手に話しているような口調だった。
模範的な、でも本心は別のところにありそうな、そんな感じだった。
「どう? 立派だと思わないかしら。リデルさん」
「そうですね。で、そんな立派な方が、私に話とは?」
榊原先生が男の顔を見る。男は相も変わらず笑みを絶やさず続けた。
「菜月からあなたのことは聞いています。あなたは、とても優秀な女性だと。そんな、あなたの力を僕たちに貸してほしいのです。あなたの力をお借りできたなら、きっと――」
「お断りします」
私は即答した。
彼の意見に同意はできたし、志も立派だと思う。けど、それだけだ。もっともらしい言葉を並べているようにしか、私には思えなかった。何より私はこの男が生理的に受け付けなかった。
「では、私はこれで」
彼の活動とやらについて根掘り葉掘り聞く気にもなれず、早々に場を去ろうとする。「待って!」と慌てる榊原先生さえ無視して立ち去ろうとすると、天海レイがまたニコと笑った。
「おやおや、織斑一夏には力を貸したのに、私には力を貸してくれないのですか?」
足止めの台詞だと分かっていた。
無視すればいいだけなのに、私は歩みを止めて振り返ってしまった。
「あなたと一夏を一緒にするな。一夏はあなたみたいにへらへら笑ったりしない。あなたは甘い顔をしてすがれば、女はなんでもやってくれると違いしている」
一夏は正義感が強く、曲がったことが嫌いだった。それが彼の魅力であったけど、そのせいで世界の不条理に憤ることも多かった。それでも実直に現実と向き合い、乗り越えようとする情熱があった。だから、力になりたいと思えた。
「おや、彼の事になると熱くなりますね。さては、入れ込んでいるのかな?」
男はにやりと嫌な微笑を見せた。私はその笑いが癪に障って、強く睨みつけてしまう。
それが相手の思うつぼだと知りながら自制できなかった。
「――だとしたら、君は僕の頼みを受けざるを得ませんよ」
「なんですって」
「倉持技研って知っているかな」
「……………」
「知っているようだね。そう、彼のISが開発された場所さ。そこに僕の仲間が務めていてね。その同志から報告があった。――織斑一夏が何者かにさらわれたそうだよ」
自分の瞳孔が、開いたのがよくわかった。
天海レイは固まった私に確信めいたものを見い出し、強気な笑みを見せた。
「君に手を借りたいっていうのは、そういうことなんだよ。彼は僕たちの活動に必要不可欠な存在だ。だから、ぜひ君に助け出してほしい。返事は……聞かなくてもいいかな。その動揺を見る限りだと、君は僕に協力してくれそうだからね。では、よろしくたのむよ」
「がんばってね。先生も応援しているから」
天海レイは榊原先生の肩を抱き、彼女もまた彼に身を寄せる。そして、その蜜月ぶりを見せつけるように、二人は路地裏から消えていった。私は自失茫然で何もできなかった。