IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina   作:ネコッテ

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第120話 アリス・リターン

 榊原先生が立ち去ったあと、私はその場から走り出していた。

 彼はこうなることを知っていた。また会える事、それ自体が奇跡なんだということを。

 だから、私へ想いを告げたのに、私は『わからない』ことを理由にして逃げた。

 私は本当に何もわかっていなかった。

 一夏の言葉の意味も重さも。

 

 私は帰宅の勢いのまま、私は二階の自室へ駆け上がった。

 ただいまもなく直行する私を訝しむセシリアとローズマリーには目もくれず、自室に入るなり、備え付けのクローゼットを開ける。そして、自前のトランクケースに適当な着替えとパスポート、自動拳銃を乱暴に詰め込む。そこへ追加の衣服を加えると、セシリアたちが入ってきた。

 

「どういたしましたの。急に荷支度なんかして」

 

 乱暴に荷物を詰める私を見て、セシリアが眉をひそめる。

 背後のローズマリーも神妙な面持ちだった。そんな二人を見て、私は言った。

 

「一夏がさらわれたらしい」

 

 私は榊原先生がつけていたことと、その恋人が何を告げたのかを話した。

 

「本当ですの……」

 

 セシリアが両手で口元を覆う。信じられない様子だった。

 一夏には織斑千冬や<デウス・エクス・マキナ>という強力な守護者がいる。それを出し抜くことは簡単じゃない。けど、イギリスくんだりまで来て、こんな性質(たち)の悪い冗談はいわない。

 

「では、助けに行くんですのね?」

 

 私も静かに、けれど力強くうなずく。心が「行け」と叫んでいた。止まるな、走れ、お前は白馬の王子を、高い塔で待ち続けるようなお姫様って柄じゃないだろ、と。しかし、それに反対したのは、やはり姉のローズマリーだった。

 

「あなたはもう<デウス・エクス・マキナ>じゃない。一夏くんを守る命令も義務もない。あなたが行かなくても誰かが行くでしょう」

 

 私が再び戦場へ戻ることを快く思わないことを、私は予想していた。私を“日常”に帰還させること。私を塔のお姫様にするために、彼女は剣を取ったのだから。私を戦わせないことが、ローズマリーの戦う理由だった。それを私は知っている。でも、こればかりは誰かに任せられない。

 

「私は『わからない』ことを理由に、ずっとこの感情から逃げてきました。でも、一夏は逃げなかった。勇気を出して私に想いを告げてくれた。このまま私が何も言わず、何もしなければ、その勇気を無下にしてしまう。そんなことは許されないんです」

 

 彼と会って何を言えばいいかまだわからない。けど、心の言葉を、声にして告げられるのは、私にしかできない。だから、私は行く。これ以上『わからない』と逃げて、本当にすべての機会が失われてしまうまえに。

 

「わたくしからも、お願いしますわ」

 

 そう言ったセシリアは、私の隣に並んでローズマリーを見た。

 そんなセシリアを見やる。セシリアは慈しみの表情を私に見せた。

 

「あなたはずっとわたくしたちの恋を応援してくださいましたわ。だから、自分の本心から目をそらしてきた。気づいてしまったら、わたくしたちにどんな顔をしていいのかわからなくなってしまいますもの。『わからない』と言い訳させて、誰も傷つかない選択をさせてきたのは、他ならぬ、わたくしたちですわ」

「セシリア……」

「先の戦いであなたはわたくしのために身を粉にしてくれました。いまはこの恋心よりあなたが大事。わたくしはあなたを何よりも愛しておりますもの。それがなくとも、親友の恋路を応援できないようでは、女王陛下より賜った一角獣の紋章が泣くというもの」

 

 セシリアはもう一度ローズマリーと向かい合った。

 

「ローズマリーさま、アリスが戦場に戻ることを許してあげてくださいませ。ここで戦わずとしては、アリスの一生に後悔が残りますわ。ただ待っているだけなんて、アリスではありませんもの。彼女はいつだって行動で示してきましたわ」

 

 ローズマリーは瞑目した。

 しばらくの黙考のあと、やれやれと、けれど優し気に母親譲りの桜唇を弧に曲げた。

 

「鷹は死ぬまで鷹なのですね。わかりました。その選択があなたのためなら、止めはしません」

「許してくれるんですね」

「ええ。それに、いずれ、こうなるだろうと思っていましたから」

 

 ローズマリーは踵を返して、私の衣装棚からピーコートを取り出した。それを私に投げる。着ろということだろうか。黙々と外出の準備を始めるローズマリーに、私とセシリアは顔を見合わせた。

 

「何事にも先立つものが必要でしょ。――ついてきなさい」

 

 

         ♠        ♢        ♣        ♡

 

 

 ローズマリーに連れられてやってきた場所は、<ナイトソード社>の本社だった。

 ローズマリーはエントランスロビーの受付に何かを告げ、エレベーターで地下へ降りた。そこからしばらく歩き、<STAFF ONLY>と記された扉の前で立ち止まる。IDカードで開錠し、室内に入るが、暗がりで何も見えない。ローズマリーが音声入力で点灯を命ずると、ダイナモみたく室内が照らし出されていく。明るくなった室内に現れたのは、ハンガーにかけらえた一機のISだった。黒く塗装された装甲。大型の推進器。甲冑を想起させる意匠。側の武装ラックには円錐型のランスが二本。それと《ヴォ―パル》のような大型の格闘兵装が立てかけられている。

 

「これは……」

「コードネーム<黒騎士>です」

 

 ローズマリーがここへ連れてきた理由を、私は理解する。

 

「もしかして、これを私に?」

 

 ローズマリーはちいさくうなづく。

 

「戦いに赴くなら武器が必要でしょ。これを持っていきなさい」

 

 私は敵わないなと思った。姉は最初からこうなることを見越していた。

 私がローズマリーを見やっても、表情はいつもと変わらなかった。いや、目元がすこしさびしそうに揺れている。本当は不安なのかもしれない。私はそれを払しょくさせるように力強く言った。

 

「ありがとうございます。あなたは最高の姉です」

「礼ならいりません。そのかわり、必ず帰ってきなさい。いいですね」

 

 「はい」と私は固く誓う。必ずココへ戻ってくる。彼と共に。

 

「では、さっそく<フィッティング>を行いましょう。セシリアも手伝ってください」

「はいな。では、さっそく準備してくださいな」

 

 私はハンガーを上って、身体を操縦スペースへ滑り込ませる。並行してOSを起動し、<フィッティング>に必要なパーソナライズを実行した。空中投影型モニターが浮かび、画面内に無数の文字が走っていく。その傍らで私はシステムコンソールを呼び出し、各部出力をチェックしていく。

 

「ローズマリー、ジェネレーターモデルは?」

「GPX2500モデルです。GPX3000モデルを搭載していた<赤騎士>より出力は落ちますが、大型の推進器を積んでいる分、推力は<黒騎士>に部があるでしょう」

「武装は?」

「円錐型のビットと大型の近接格闘ブレード。あなたの戦闘スタイルに合わせて、格闘型になっています。マッスルパッケージの構成比は(6:4)です。骨格はグランプリングフレームを採用しています。ただし、機体の反応速度が私の設定のままなので気をつけてください」

「ローズマリーの?」

「<黒騎士>は<サイレント・ゼフィルス>を改修したISなのです」

 

 そうか。フルモデルチェンジとはこういうことだったのか。つまり――

 

「お姉ちゃんのおさがりかぁ……」

 

 む~と私は不満そうにうなった。セシリアは不思議な顔をする。

 姉兄のお古を着せられるこの気持ちは、妹弟にしかわからないだろうなぁ。

 

(ま、ないよりいいし、新品がいいなんて贅沢はいわないでおこう)

 

 私はフィッティング作業に戻る。

 

「格闘仕様ということは、《スターブレイカー》は?」

「排してあります。それに伴ってシールドビットも外してあります」

 

 シールドビットは、バーストモードのチャージ中、無防備になる自機を守るための装備だった。《スターブレイカー》を排したことで、バーストモード自体もなくなり、シールドビットも排された、と。

 

「代わって採用した装備がランサービットですが、一応、格闘武器にその機能が残してあります」

 

 ローズマリーは武装ラックに立てかけられた、バスターソードを見やる。

 身の丈ほどある大剣の(つば)部分には、五角形のクリアパーツが埋め込まれている。刀身自体に幅もあり、盾として機能しそうだった。

 武装レジストリーに登録してあるコードは《フェンリル・ブロウ》とあるが、私は思案して、それを書き換えた。――《ヴォーパル》と。それで性能が変わるわけじゃないけど、

 

「本当にあの機体に愛着がありましたのね。今から塗装を赤色に変える?」

「いえ、色を変えたところで、この機体が赤騎士になるわけじゃないので。これは願掛けみたいなものです。私にとってこの名前は縁起がいいんです」

 

 私はメタ運動パラメーターを下方修正して、機体の反応速度を自分用に最適化する。

 概ね調整しなおせたところで、<ポゼショナライズ>を実行した。<黒騎士>がパッと光って、禍々しい剣に変化する。まるで復讐のために鍛え上げられたような、その剣を私は腰に携えた。

 

「まるでクリームヒルトですわね」

 

 <ニーベルゲンの指輪>にて、夫ジークフリードを殺した者への復讐を果たした戦乙女クリームヒルト。言い得て妙かもしれない。そう、私がこれから始めるのは、一夏をさらった者への復讐劇(アヴェンジメント)だ。

 

「それで、これからどういたしますの」

 

 武器は手に入れた。あとは情報だが、一夏の居場所に関する手掛かりは、私の手にない。あの男も詳しいことは何も教えてくれなかった。おそらく知らないのだろう。

 

「手がかりはない。でも、手掛かりの手掛かりはある」

 

 私は自前のケータイを取り出し、あるネット記事を表示させる。さきほどローズマリーが読んでいたルクーゼンブルクに関する記事だ。

 

「ルクーゼンブルク公国に手掛かりの手掛かりがある」

 

 

         ♠        ♢        ♣        ♡

 

 

 IS学園より近くのプライベート空港。降りたった少女は、同伴の女性二人を連れ、周囲の視線を避けるようにこそこそと空港ロビーを出た。

 少女は豪奢な金髪に、くるっとまるい瞳。体格はラウラと変わらないぐらいだが、どこか気の強そうな態度は、鈴以上に見えた。また、付き添いの女性も険呑な雰囲気を醸し出している。抜身の刃と、身持ちの硬そうな態度は箒によく似ていたが、体運びは鍛え抜かれた戦士の赴きがある。

 しかし、もう一人の女性には生気が感じられない。いまにも貧血で倒れそうだった。

 胃が痛むのか、腹を労わるように撫でている。

 

「アイリス王女陛下、やはり、このようなことはお止めになられたほうが……」

 

 日本を訪れた理由が、単なる観光ではないことは、少女の顔を覆うスカーフが示していた。付き添いの女性も、周囲の警戒に余念がなく、物見遊山に耽っている様子はない。いま自分がここにいることを誰にも知られたくないのだ。

 

「おい、王女と呼ぶのではない。怪しまれるだろ。死刑にするぞ」

 

 少女はスカーフで顔を覆い直して、周囲の様子を伺った。

 

「申し訳ありません。しかし、このようなことがエアリス王女に知れましたら……」

 

 女性は戦々恐々の様子だった。

 もし、この少女の身に何かおこったら、世話係の自分は必ず責任を問われる。王女直接の叱責はなくても上司のメイド長にこっぴどく怒られるだろう。想像しただけで胃に穴が開きそうだった。

 

「わかっておる。お姉さまにばれたら、きっと叱責を受けるじゃろうな」

「でしたら……」

「じゃが、国の危機なのじゃ。何もせんわけにはいかんじゃろ」

「王女の祖国を想う気持ちは重々承知しておりますが、それは王家の方々にお任せすればよろしいのでは……」

「わらわとてその王家の一人じゃぞ!」

「そうではございますが……」

 

 女性が何か言いたげにするも、言葉を詰まらせる。少女は王家の人間でも、実権を握っているわけじゃない。何の役職も持っていないのだ。国の政治に口を出すことができず、それに辟易して、こんなことをしている。

 女性は、もう一人の女性に視線をやった。助け舟をくれとばかりに。

 

(あきらめろ。アイリス王女は言いだしたら聞かないお方だ。私の進言でもな。彼女の身の安全は私が保障する。命を懸けてお守りする所存だ。今回のことがエアリス王女の耳に入ったときは、私が直々に弁明してやろう)

 

 だから、安心しろ。その言葉には力強さがあった。さすが王家を守る近衛騎士団を束ねる長。

 メイドはそのことばを信じて覚悟を決める。幸い、エアリス王女は外遊に出られている。国内にいないため、耳に入るには時間がかかるだろう。それまでに戻れたら、何とか誤魔化せそうな気がしてきた。

 

(ところで、目的地までの交通手段は手配してあるな)

(はい、車を用意してあります)

 

 空港を出ると、駐車場をかねたロータリーにセダンタイプの日本車が見えた。

 そのうしろにはもう一台、スポーツカータイプの赤い高級車が止まっていた。そこに三人の女性。運転手は金髪のセレブ然とした美女だ。もう二人は、黒髪を後ろで一本にまとめた教師風の女性と、赤毛を左右に結んだラテン系の美女。二人は車体に身を預け、誰かを待っている様子だった。

 やがて、一人の女性が彼女の許へ手を振りながらやってくる。

 金髪のスーパーストレート。大きい乳房。気さくそうな物腰のアメリカン美人だ。

 揃った美女たちの顔ぶれに、盗み見ていたアイリスは目を見張った。

 それに気づいたらしき黒髪の女性と目が合いそうになる。

 あわてて、目線をそらし、車に乗り込む。「出せ」と騎士団長の女。早々に走り出した車のなかで、王女は「ひゃー」とまぬけな声をだした。

 

「おいジブリル、見たか今の」

「はい、いまのは<ヴァルキリー>でした」

「4人そろっておるところなど初めて見たぞ。ここはヴァルハラか」

 

 彼女の国――ルクーゼンブルク公国はISと深い関わり合いがある。第三回<モンド・グロッソ>の最終開催候補にも残っている。その<モンド・グロッソ>の部門優勝者である<ヴァルキリー>の正体を知らないわけではない。しかも、世界に四人しかいない全員が三人もそろっている場面などそうそう見たことがない。何かのっぴきならない事情でもあるのだろうか。それに一計を案じた助手席のメイドが悲鳴めいた声を上げた。

 

「やっぱり、お止めになりませんか、王女陛下。きっと、目的地は同じですよ」

 

 あんなのがうろついていると思うと、気が気じゃない。そういう顔だ。

 メイドが言うと、車は右へハンドルを切った。その方角にぽっきりと折れた大きなタワーが見える。先日、そこで大きな戦闘があったらしい。それに際し<ヴァルキリー>が召集されたとも考えられる。

 

「だからといって、ここまで来て引き返すこともできんじゃろ」

「ですが<ヴァルキリー>といえば、ISに関して比類なき強さとお伺いしています」

「案ずるな。わらわはこれでも一国の王女じゃ。無下には去れぬ。だから、覚悟を決めるのじゃ。こやつを捕まえたら、すぐに帰る。それまで我慢するのじゃ」

 

 第七王女、アイリス・トワイライト・ルクーゼンブルクは、白く小さい手に一枚の写真を握る。そこには青い髪のメイドが写っている。ラピスラズリを想わせる青い瞳は、メイドにミステリアスな雰囲気を添えていた。彼女に会うために、遥々極東の地へ出向いたのだ。

 彼女たちには、この女が持つ秘密をどうしても手に入れなければならない事情があった。

 

「待っておれよ、ソフィア・アルジャンニコフ」

 

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