IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina   作:ネコッテ

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第125話 動乱の太陽

「さてどうしたものか」

 

 アイリス王女の自室。国王執務室から戻ってきた私は備えつけのテラスに出て、手すりに手を重ねる。王女はベッドで項垂れていて、いつもの傍若無人な態度はない。そんな王女をセシリアが慰めている。ソフィアは懐からウサギの刻印が入った懐中時計を取り出し、それを弄びながら、空を見上げた。

 

「どこかで甘く見ていたのかもしれないな」

 

 直談判は失敗に終わった。私たちは王女を止めることができなかった。

 ロシアとの国交回復(しいては、地質調査団の入国)の条件に、ソフィアたちは<コア>の技術と第四世代のテクノロジーを提供すると提案した。一見、喉から手が出るほど欲しく思えるそれを、エアリス王女は拒んだ。「第四世代のハイコスト・ハイパフォーマンスな性能は、時代のニーズに合わない」とし、コア技術も「新たな<インフィニット・ストラトス>の登場で旧型扱いになる」として。

 確かにそのとおりだ。大国の敵が大国だった冷戦時代は終わりを告げようとしている。いまさら、高い金を払って高性能機を買いそろえようと思わないだろう。

 コアにしてもそうだ。

 <フィニット・ストラトス>は<インフィニット・ストラトス>の廉価版だけど、“男性も扱える”という点では、ISの発展機になる。それが普及したとき、女性にしか扱えない旧式コアのテクノロジーにそれほど価値はない。

 代わって、エアリス王女は亡国機業(ファントム・タスク)の幹部席と、<フィニット・ストラトス>の開発をココで行うことを要求した。すなわち、それはこの国が<フィニット・ストラトス>開発実権を握るということに他ならない。

 

「ロキは?」

「相談してみるが、承認はしないだろう。かつて篠ノ之束が作り出したISが、その特性を政治に利用されたからな。政治主導の<フィニット・ストラトス>開発は望まないだろう」

 

 それにエアリス王女が<フィニット・ストラトス>の計画を知っていたなら、この国と<リリス>の間に何かしらのコンセンサスがあったと考えられる。最悪<リリス>に<フィニット・ストラトス>計画を握りつぶされかねない。

 ロシアもルクーゼンブルクも、ロキも引き下がらないなら、待っている結末はひとつ。

 戦争という名の大量消費だ。

 

「じゃあ、どういたしますの」

 

 と、セシリアがアイリス王女とテラスにやってくる。

 母の思惑を阻止したいセシリアの声はどこか切羽つまっていた。

 

「なら、いっそ、クーデターでも起こすか?」

 

 ルクーゼンブルクは絶対王政で、議会は存在しない。エアリス王女が意向を固めたら、最早、政治的手段で止めることは不可能だ。政権体制そのものをひっくり返さないかぎり。

 

「オレたちは獅子身中の虫だ。ここの警備隊だけを相手にすればいい」

 

 この国の守護形態はシンプルだ。国家は軍隊が守り、秩序は警察が守り、王族は騎士団が守っている。いまなら騎士団だけを相手にすればいい。あとは第一王女を幽閉なりして、代わりを据え置く。そういう方法もあるだろうけど、

 

「現実的な策じゃありませんね。混乱を招くだけです」

 

 場当たり的に現政権を打倒しても、生まれるのは政治的空白と混乱だけ。抜本的な解決にならない―――。と、私はソフィアを見やる。彼女は懐中時計型のアイテムを弄んでいた。それが何か知る私は、そういう腹積もりか、と悟る。そして、こう言った。

 

「では、もう一度、エアリス王女の許へ参って、説得してみるのはどうでしょう」

「じゃが、どう説得すればよい」

 

 カードは全て切った。方針を変えさせるだけの代理案も思いつかない。けど

 

「さきほど、アイリス王女はエアリス王女の前でおっしゃられました。『この国のためになりたい』と。おそらく、国民を想う気持ちの表れだとお察しします。アイリス王女は誰よりも国民を愛し、国民のことを知ってらっしゃいます。――王家の人間としてではなく、国民の代表として、もう一度、エアリス王女とお話してみてはいかがでしょう」

 

 結局、ソフィアが語る言葉は<亡国機業>の都合だ。私の言葉も私の都合。どちらも自分に都合のいいことしか語らないし、相手にはそうしか聞こえない。だから、この国の人間の言葉で、説得してみてはどうか。

 政治の世界はリアリズムが支配する合理的な世界だ。感情論が通用するとは思わないけど、いつだって新しい時代を切り開いてきたのは、人々の想いだ。その想いが意志を生み、世界を変える。

 

「わかった。もう一度、今度はわらわの言葉で、姉さまを説得してみようぞ」

「だが、向こう側は簡単に会わせてくれそうにないみたいだぜ」

 

 部屋の外に複数人の気配。それも殺伐とした。鼻の利く二人が感じたのだから、間違いない。私はエアリス王女に呼び止められたことを薄っすら思い出す。私の正体に気づかれたか。

 

「近衛騎士が相手なら、わらわがジブリルに頼んで――」

「いえ、彼女は聞き入れないでしょう。エアリス王女は『個人の時代』とおっしゃられましたが、彼女は『政治時代』の人間です。政府の無謬(むびゅう)を信じ、下された命令を遵守するでしょう」

 

 私たちは、その“政府”が信じられなくなり、一匹オオカミになった。ソフィアは政府(クレムリン)に母親を殺され、私は政府(ホワイトハウス)に親友の討つよう命じられたから。わたしたちは“()”よりの人間だが、ジブリルさんは“(こう)”よりの人間。個人の都合で動くことは許されない。

 

「素直に道をあけてくれないなら、強攻突破しかないか」

「いけるのか。近衛騎士団(インペリアルナイト)はどれも腕利きじゃぞ」

 

 ソフィアが私に視線をやる。

 

「大丈夫です。申しましたでしょう。彼女は優秀だと。こと、争いに関してはプロフェッショナルです。彼女のそばにいれば安心です。レイシー、おまえもエアリス王女に会ってこい。聞きたいことがあるんだろ。王女の傍にいて差し上げろ」

 

 この国と<リリス>の間に何かしらのコンセンサスがあったことは間違いない。

 エアリス王女から何か手がかりを得られるかもしれないけれど、事は簡単じゃないだろう。

 

「付き添いはかまいませんが、近衛騎士団すべてを相手にすることは無理ですよ」

 

 こちらにはISがあるから、近衛兵を蹴散らすこと自体は容易いけど、得策と云えなかった。ISが出てくれば、最早「<近衛騎士団>の手には負えない」と軍が出動してくるだろう。たとえ応戦できたとしても、目的は果たせなくなる。

 

「ならば、こうしよう」

 

 ソフィアが自前のトランクケースを持ってきて、中身を広げる。オクトカム、パッチ型変声機、ナノコーティング剤、そして小型カメラ。それらスパイアイテムを広げると、耳を貸せとばかりに私たちを手招きする。

 円陣を組むように身を寄せた私たちに、ソフィアは作戦を告げた。

 

 

 

 

 

 近衛騎士団に所属するケイト・フォードは、七ヵ月前に入団したばかりの新米騎士である。

 体格は小柄で中肉中背。顔容は実年齢の20より4つは若く見える童顔。決して体格に恵まれたわけじゃなかったから、家族は入団を反対していたけれど、彼はそれを押し切った。そうまでして入団したい理由が、彼にはあった。

 

 ジブリル団長の許で働きたい。

 

 あの麗しい姿。凛としたお顔。一目見た瞬間に心を奪われた。

 ぜひ、あの方の許で働きたい。

 そう思った翌月には、騎士団の入団試験を受けていた。持前の情熱が活きて、彼は162センチという体格ながら見事に試験を突破してみせた。そして、いつなんどきでもジブリルの力になれるよう訓練を続けること、約6ヵ月を経て迎えた今日。ケイトは奮起していた。

 

(必ず、団長が敬愛するアイリス王女を救出してみせるぞ)

 

 彼に告げられた命令は、アイリス王女の奪還。なんでも、捕縛対象だったレイシー・アデルが追い詰められた末、アイリス王女を人質に取って、逃亡を図ったというのだ。

 事前に与えられた情報によれば、レイシー・アデルは赤毛碧眼で、歳は十代半ば。そんな子供が何の目的でここに忍び込み、なぜ王女を狙ったのか。それを知る由はなかったけれど、ケイトにとっては『ジブリル団長が慕うアイリス王女に手を出した』という理由だけで十分だった。

 

「城門は既に占められているんだ。すぐ追い詰めてやる」

 

 いま近衛騎士団は4人編成・5部隊で事に充たっていた。ケイトは第5部隊に配備せれていた。少女一人に、大人が二〇人がかり。手間はかからないはず。その余裕もあって意気込むケイトの肩を、隊長が叩いた。あまり気負うな、と。

 ケイトが「はい」と答えたあと、通信機が鳴った。仲間からだ。

 

『こちら第一班。標的レイシー・アデルはアイリス王女陛下を連れ、東に逃亡中。まもなくこちらの包囲網に入る。陣形を取る。第二、第三、第四、第五班も、第一班に続け』

 

 五つに分かれて展開していた班の一つが、標的を補足したらしい。

 隊長は「我々もいくぞ」と言った。ケイトも「了解」と答えた。

 

(まっていろ、アイリス王女に手を出したこと、後悔させてやる)

 

 与えられたAK-74を強く握りしめると、再び通信機が鳴った。

 通信は包囲の陣形を敷いた第一班だった。

 

『我々は近衛騎士団だ。レイシー・アデル。お前は包囲されている。抵抗せず、王女を解放しろ』

 

 いくつもの銃を構える音がスピーカーからもれた。

 直後に発砲音。味方のじゃない。向こうが撃ってきたのだ!

 

『標的は銃火器を所有している模様。我々と同じAK74だ。奪ったのか』

『止むを得ない。応戦しろ。しかし、王女には絶対に当てるなよ』

『了解。―――!? な、なんだ、これ。銃が撃てないぞ』

排莢(はいきょう)不良? 違うぞ!』

『どうなっているんだ、銃身が凍って……ッ!』

 

 受話器から聞こえてくる仲間の当惑に、ケイトは眉をひそめた。

 撃てない? 銃が凍る……? 何を言っているんだ……?

 

『相手はただのエージェントじゃないのか。あれじゃまるで魔女だ。くそ、逃げられた』

『こちら、第一班、標的レイシー・アデルの逃亡を許した。進路は南西。中庭に向かった模様』

 

 あろうことかレイシー・アデルは近衛騎士団の包囲網を突破して、なおも逃亡を図ったらしい。

 精鋭の騎士団が侍女一人に遅れを取るなんて、と驚愕する。それに魔女とは……。

 

(そんな相手を想定した訓練なんて受けていないぞ!)

 

 起こっている状況を頭でうまく整理できず、理解できないことへの恐怖心で銃口が震え出す。しかも、西南はこちらのいる方角だった。こっちに向かってきている!

 

「怯むな。現代に魔女などいない」

 

 部隊長がケイトを叱咤する。そうだ、現代に魔女などいない。この時期ルクーゼンブルクは厳寒期に入っているんだ。いまだって、体が震えそうなほど(・・・・・・・・・)寒くなってきている(・・・・・・・・・)。きっと急激な冷え込みで銃器がうまく動作しなかったに違いない。それを凍らされたと誤解したんだ。

 

(この体の震えも寒さからだ)

 

 ケイトが震える膝に喝を入れると、通路前方から誰か走ってきた。燃えるような赤い髪、静かな碧眼。間違いない。レイシー・アデルだ。アイリス王女の手を引きながら走ってきている。

 

「王女を放して、とまれ。この先は通さん」

 

 威嚇のため、銃を構える。ケイトも倣う。だが、レイシーは従わず、止まろうともしない。王女がいるから撃ってないことをわかっているのか。ならば、威嚇発砲だ。そして怯んだところを、大人四人による数の暴力で取り押さえる。

 その算段で銃の引き金に指をかけるが、固まってまるで動かなかった。慌てて安全装置を確認する隊長に代わってケイトが銃爪を引く――が、自分のAKもやはり硬くて動かない。

 

「くそ、なんで撃てないんだよ」

 

 銃の整備はいつも入念に行っているんだ。整備不良を起こすはずがないのに。

 見回せば、仲間の全員が同じ状況に陥っていた。それぞれがコッキングレバーやセーフティーをいじるっている。そうこうしているうちに、レイシー・アデルが眼前まで接近してきた。

 

「おのれ、かくなれば」

 

 隊長たちは使えなくなった小銃を捨てて、レイシーに掴みかかった。レイシーは伸びてきた手を捩じって動きを止め、みぞおち、眉間へ拳を打ち込んだ。そして、相手の肩を基点にして、180センチを超える隊長の巨体をひっくり返す。隊長の体はたやすく空中で半回転した。

 見かねた仲間が加勢するが、軸足を蹴られて重心を崩されると、なされるがまま床に突っ伏した。さらに首筋を踏みつけられ、立ち上がれなくされる。すかさず、残った仲間が助けに入るも胸部に掌底を食らい、呼吸を乱されたあとは、ふらついてほとんど何もできなくなる。

 

「なんだ、おまえは……。妖術使いなのか」

 

 鍛えられた男が大した抵抗もできず悉く倒されていくようすにケイトは戦慄した。

 

「妖術? 違いますね。ただの格闘術、システマです」

「格闘術だと。そんな非力そうな細腕で、鍛えられた男をのせるもんか」

 

 怖くなって、ケイトはライフルを構えた。が――掴まれた銃身を時計周りに90度ひねられると、握る手がねじれて持てなくなった。あっけなく奪われたライフルのストックを胸部に叩きつけられてからは、何が起こったかわからなかった。わかったことは自分が宙返りしていることだけ。

 気づけば、ケイトは仰向けに寝そべり天井を眺めていた。

 

「な、何がおこって……」

「わからないなら、それがあなたの未熟さです。――ですが、逃げず戦った勇気は大したものです。その勇気がまだあるなら、追ってきなさい(・・・・・・・)

 

 腹に衝撃。レイシーは奪ったAKを横たわるケイトに返すと、再び王女の手を引っ張って走り出した。ケイトは遠ざかっていくレイシーと王女の足音を聞くことしかできなかった。

 

「くそ……何者なんだ、レイシー・アデル」

 

 それから回復に数十秒を費やしたのち、体制を取り戻したケイト達の通信機が再び鳴った。

 

『こちら第3班、目標を発見。進路は南西。中庭に向かった模様。再び包囲陣形を張る』

「よし、われわれも向かうぞ」

「はい」

 

 まだ痛む背中をさすりながら、ケイトたち第5班も中庭へ向かって走り出した。

 

 

         ♠        ♢        ♣        ♡

 

 

「まだ捕まえられんのか」

 

 近衛騎士団、詰所。

 指揮を執るジブリルは、部下の報告をうけ、怒りを露わにした。普段から激情家である彼女だが、いつにもまして感情の色合いが濃い。報告した部下もあまりの恐ろしさに腰が引けている。

 

「も、もうしわけありません。予想に反してなかなかに手ごわく……」

 

 弱気な部下の物腰に、ジブリルはさらに苛立ちを募らせた。

 敬愛する王女の安否を確保できない不安も苛立ちの手助けをしているようだ。

 

「おんな風情になんと情けない。それでも貴様は誇り高きルクーゼンブルクの近衛騎士団か!」

「も、もうしわけありません!!」

 

 <雷のジブリル>と恐れられた上官のカミナリが落ち、部下は感電したように身を震わせた。

 

「そう思うなら、近衛騎士団の名に恥じない働きをしてみせろ」

「しかし、恐れながら相手はかなりの手練れでして、妙な術を使うというも報告もあります」

「その報告は受けているが」

 

 この場に及んでそう言った部下に、ジブリルも冷静さを取り戻す。

 近衛騎士団は、ジブリル自ら選抜した精鋭ぞろいの部隊だ。練度もある。気骨もある。その部下たちに、そうまで言わせる「レイシー・アデル」とは、一体どんな奴か、興味がわいた。それに気がかりな点もある。捕縛こそかなわないが、見失ってはいないのだ。

 

「わかった。私が直接、出向かう」

「団長自ら!?」

「おまえたちをそうまで手古摺らせる奴の正体。この目で確かめたくなった」

「おお!」

 

 団長直々の出陣とあって、部下の指揮があがる。

 それを後押しするように、報告班の部下が吉報を持って入ってきた。

 

「報告します。目標は宮廷南エリアを抜けたあと、南城門を引き返したのち、中央エリア「ガーデン」へ向かった模様。そして、アイリス王女陛下は、まだご無事とのことです」

「よし、第一班から第五班まですべてを集結、四方から包囲陣を敷くよう伝えろ。虫一匹、逃がすな。私が到着するまで手は出させるな。私自らレイシー・アデルに鉄槌を下す」

 

 命令を下したあと、掛けてあったマントを羽織る。そして、サーベルを腰のベルトに通す。

 

「では、いくぞ。おまえたちもついてこい」

 

 準備を整えたジブリルは、颯爽とインペリアルナイトのマントをはためかせた。

 

 

         ♣        ♢        ♠        ♡

 

 

 王宮中庭。ケイトが到着したとき、標的の包囲は完了していた。中央に設置された噴水を背に赤毛のメイド――レイシー・アデルがアイリス王女を匿うように銃を構えている。さらにそれを囲うように20人以上の近衛兵が銃を構えている。

 

「レイシー・アデル。おまえはもう包囲されている。無駄な抵抗はせず、アイリス王女を渡せ」

「それはできません」

 

 第一班の警告を無視し、赤毛のメイドは銃を構えた。表情に焦りは見えない。この状況を打開する術があるというのか。魔女など信じてはいないが、相手が妙な術を使う事は事実だ。ケイトが警戒を強めると、その隣をさっそうと誰かが通り過ぎた。

 赤茶の長髪と、マントをなびかせて前に出た人物は、騎士団長のジブリルだ。

 気が立っているのか、鋭い目つきがいつもより鋭く、歩調も荒々しい。

 

「無駄な抵抗はやめて、アイリス王女をひきわたせ。ここは私の部下が包囲している。どれもみな腕利きの部下だ。たとえ、おまえが魔女だとしても、どうにかできると思わないことだ。いまならまだ痛い目をせずにすむぞ」

「だから、それはできないんです」

 

 こいつ、ジブリル団長のお心遣いを!

 そう飛び出しそうになる部下を、ジブリル自身が手を挙げて制する。

 

「なるほど、痛い目に遭いたいのだな。それともよほど腕に自信があるのか。いいだろう。ならば、私が直々にその自信を砕いてやる」

 

 ジブリルは自分のマントを剥いだ。

 すぐさま部下の一人が駆け寄り、マントを預かる。

 

「あとになって後悔しても遅いぞ」

 

 ジブリルが腰のサーベルを抜く。同時に地面を蹴った。イカヅチのごとき電光石火。だが、相手も手練れだった。正面から降り下された剣撃を見切り、小銃で受け止める。そして、蹴り上げのカウンター。遅れてメイドスカートがめくれ、舞う。

 年頃の乙女にはにつかわしくない黒のレース下着に、思わず近衛兵が目線を奪われる。

 

「おまえら、気を抜くな」

 

 後方に跳躍してかわしたジブリルは、部下を叱咤した。

 レイシーはスカートをひらつかせた。

 

「私の下着は高くつきますよ?」

「痴れ者が!」

 

 再びジブリルが肉薄する。

 横振りの剣戟。レイシーは屈んでかわす。そして、足払い。ジブリルは崩れた姿勢を驚異的な体幹で持ち直し、背面宙返りで距離を取る。すかさずレイシーは小銃を構えるが、ジブリルは発砲より早く跳躍した。同時に繰り出された刺突が、レイシーの喉元を捕える。

 

「終わりだ。命がおしくば王女を渡せ」

「だから、それはできないんですって」

「この場に及んでまだ言うか」

 

 剣先を喉元に押し込む、それでも、レイシーは動じず言った。

 

「いや、命知らずだからそう言っているんじゃじゃない。物理的に無理なんですよ」

「どういうことだ」

こういうことだからさ(・・・・・・・・・・)

 

 口調が代わって、ジブリルは眉をひそめた。

 

「もしや貴様……」

 

 この口調、覚えがある。そう、この声は、いけすかないあの女の――。

 ジブリルが声の正体に気づくと、レイシーは顔の皮を剥いだ。マスクだった。その下から現れた顔は、ジブリルの予想を裏切らなかった。

 

「やはり、貴様か、ソフィアッ!」

 

 現れた人物は赤髪のソフィア・アルジャンニコフだった。

 標的が突如として別人の美女に転身したことに、近衛兵から驚きが起こる。ケイトもそばの同僚と顔を見合わせた。どういうことだ。俺たちが追っていた相手は別人だったのか。

 

「じゃあ、王女は?」

 

 そう見やると、アイリス王女またも顔の皮を剥いだ。

 下から現れたのは、金髪碧眼をした別の少女。凝視すれば体格も王女より一回り大きく、着ているドレスもきつそうだった。どこか恥ずかしそうに、ドレスの端を抑えるその容姿はアイリス王女とは似ても似つかない。

 

「一体どうなっているんだ?」

 

 まさか本当に魔女の七変化だとでもいうのか。

 

「ブリュンヒルデの<千変万化(カレイドスコープ)>ほどじゃないが、なかなか大したものだろ。オレの変装も」

 

 ソフィアが喉の変声パッチをピリっと剥す。そして、髪をかき上げると、赤毛が蒼髪に変わった。ジブリルは言葉の意味を理解した。この場にいないなら、どうしたって渡しようがない。

 

「おのれ、小賢しいマネを……。アイリス王女はどこだ」

 

 してやられたジブリルが逆上してサーベルを振る。

 怒りに任した一撃を、ソフィアは身をそらしてかわした。

 

「わざわざ言うなら、おとり役なんてしないさ」

「ならば、無理にでも口を割らせてやろう」

 

 ジブリルが再びサーベルを構える。そんな彼女の頭上を何かが飛び超えた。

 四足歩行の獣。オオカミだった。それも機械仕掛けの。大きさは人間の2倍以上ある。

 大狼は主人たるソフィアのまえに着地し、がぉ~んと吠えた。

 

「キミの拷問術に付き合ってもいいが、いまは遠慮させてもらうよ」

 

 ソフィアはセシリーの手を引き、<フェンリル>の背へエスコートする。

 そして、自分も背に跨る。<フェンリル>はいつでも駆け出せるよう四肢に力を蓄えた。

 

「王女に危害を加えたりしないから、安心していい。では、オレたちは退散させてもらう」

「逃がすと思うか?」

 

 それを合図に、近衛兵たちが銃を構える。銃口を向けられてもソフィアは余裕を崩さなかった。

 

「思わないよ。でも、霧を捕まえておくことはできない」

 

 機械仕掛けのオオカミが咆哮を上げる。途端、背にあった噴水が弾け、濃密な霧を吐き出す。辺りは一瞬にして視界を失った。やつらが中庭に逃げ込んだ理由はこれか!

 

「では、さらばだ」

 

 そう言い残して<フェンリル>を跳躍させる。ケイトたち近衛兵は逃すまいと銃を構えるが、霧に視界を阻まれてうまく照準をつけられない。銃口を右往左往させている間に、霧が晴れていく。視界を得たときには、もう狼の姿はなかった。くそ、取り逃がした。

 

「追いますか」

 

 近衛兵の一人がやってきて、預かっていたマントを返す。

 

「かまわん。いまはアイリス王女を探すことが先だ」

 

 ジブリルはマントを羽織る。

 あの女にいっぱい食わされたのは癪だが、いまは王女の身柄を確保することが先決だ。

 ジブリルはサーベルを腰のさやに戻し、部下へそう命じたと、彼女の通信機が鳴った。

 

「はい、エアリス王女陛下。――――いえ、もうしわけありません。ただちにアイリス王女の救助とレイシー・アデルの身柄を。―――……本当によろしいのですか。……わかりました。そう、ご命令とあらば、王女陛下の御心のままに」

 

 そう言ってジブリルは通信機を切った。そして、しばらく通信機を眺める。

 何かが腑に落ちないようなそんな顔をして。

 

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