IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina   作:ネコッテ

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第12話 慟哭のドラゴン

「何か飲みますか?」

 

 鈴を部屋に招き入れた後、私はソファーにちょこんと腰掛ける鈴に訊いた。

 

「何でもいい」

 

 う~ん。何でもいいというのが一番困るのですよね。じゃあ、ホットミルクにしましょうか。

 私はマグカップに牛乳を注ぎ、電子レンジで温める。その間、沈黙が続いた。

 

「はい、どうぞ。熱いから気をつけてくださいね」

「ありがと」

 

 私が差し出したホットミルクを、鈴はちびちびとそれを啜り出した。その姿はまるで仔猫だ。

 ミルクを飲み終え、落ち着きを取り戻したところで、私は本題――涙の訳にふれた。

 

「それで何があったのです? 」

「実は一夏と喧嘩してね。でもね、悪いのは一夏なの。アイツが約束を覚えていないから」

「約束?」

 

 私がオウム返しのように聞き返すと、彼女は頬を赤くして俯いた。

 

「実はね、小学校の時『料理が上達したら、毎日あたしの酢豚食べてくれる?』って約束したの」

「毎日……。もしやプロポーズだったりします?『毎日、味噌汁を作ってくれ』みたいな」

 

 私の推測に、鈴は耳まで真っ赤になった。どうやら的を射たようだ。

 しかし『毎日酢豚』とは、変ったプロポーズですね。鈴らしいと言えば鈴らしいですけど。

 

「それで、あたしはそのつもりだったんだけど、でも、あいつったら『あたしが料理上達したら毎日、酢豚をおごってもらえる』って勘違いしていて……」

「その勘違いで喧嘩を?」

 

 鈴が頷く。

 大方の事情が呑み込めたところで、私は内心で苦笑をもらした。見解の食い違いからくる諍い。典型的な痴話喧嘩の原因ですね。第三者から意見させてもらえば、どっちもどっちのような気もしますが。

 

「でも、あの一夏ですよ。ここは大目にみてあげては?」

 

 一夏の女性に対する鈍感ぶりは怒りを通り越して呆れるレベルだ。意図を汲みとりきれなかった一夏も悪いけど、それは鈍感な相手に回りくどい言葉を選んだ鈴の失敗もすくなからずある。

 それを踏まえ、今回は温情で許してはどうか。そう提案したが、鈴は首を横に振った。

 

「いや。だって、あいつ、約束のこと“たかが”って、言ったんだもん……」

 

 そう言って、悔しそうにまた目頭に涙を溜め込む。

 それでも泣かまいと気丈に振舞おうとする鈴に、私は初めて同情の念を抱いた。

 付き合い始めた日、初めてキスした場所、結婚記念日、エトセトラ。

 女は些細な記憶、思い出を大事にする生き物だ。対して男はそういった事にとことん無関心で無頓着だ。だから平気な顔で『忘れた』『覚えていない』と大切な想い出を否定する。それが女性にとって酷く堪らない事だというのに。

 だから、鈴も大事な思い出を軽率に扱われ、悲しい思いをしたのだろう。

 私も同じ女なので、彼女の気持ちは痛いほど理解できた。

 

「そうでしたか。それは辛かったですね」

 

 私は鈴の隣に場所を移し、慰めるように彼女を抱きしめてやる――優しく、慈愛を込めて。

 すると、鈴の中から何かの楔が外れたような音がした。

 

「うわあぁぁ~ん」

 

 声を上げて泣き出す鈴を、私は母親のように優しく撫で続けた。

 彼女が泣き止むまで、ずっと。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 それからどれくらいの時間が経っただろうか。永久にも感じたが、刹那であったような気もする。感傷的になっていた所為か、時間の感覚が曖昧になっていた。

 

「で、これからどうします?」

 

 すすり泣く声が止んだところで、私は腕の中にいる鈴に訊いた。

 こんな事があっても、彼女は一夏の事を想っている。なぜなら、彼女の恋心は此れしきの事で醒めてしまうほど弱くないはずから。もし簡単に醒めてしまうような恋ならば、三年間も彼の事を想い続けてはいない。

 だからといって、このままでいい訳でもない。

 いくら強い想いがあっても、行動を起こさなければ、何も変えられないのだから。

 

「土下座……」

 

 私の腕の中で、鈴がボソッと漏らした。私は聞き間違えかと思い、聞き返す。

 

「いまなんと?」

「一夏に土下座させる! あたしにこんな思いをさせたんだから当然の報いよ」

 

 鈴はガバっと私の腕から離れ、充血した目でそう意思表明した。泣いてすっきりしたのだろうか、その口調はいつもの天真爛漫な鈴だ。

 元気を取り戻してくれたのは嬉しいけど、私は鈴の要求に苦笑いだ。

 

「今の彼が素直に謝ってくれるとは思えませんが?」

 

 そもそも無理矢理謝らせても、根本的な解決にはならないだろう。

 そういうのは和解と呼ばないし、相手が非を認めない謝罪に意味はない。

 

「じゃあ、どうしろっていうのよ」

「では、しばらく様子を見ましょうか。一夏だって鈴を泣かせた事に何か感じているでしょう」

 

 まず冷静になることが大事だと思う。いま二人とも感情的になっているから、顔を合わせても怒りが再燃するだけだろう。けれど、時間を置き、客観的になれれば、自分の非にも気づけるかもしれない。そう思ってのことだ。鈴も「そうする」と頷いた。

 

「さて――」

 

 時計を見るば、時刻は10時前になっていた。

 IS学園では、原則10時以降の外出が認められていない。そろそろ鈴を部屋に帰した方が良いのだが、妙な保護欲に囚われていた私は、ある提案を持ち出した。

 

「ねえ、鈴、よかったら泊まっていきませんか?」

 

 寮外での外泊は許されていないが、寮内での外泊は認めてられている(ただし、無断外出にならぬよう寮監に一報入れないといけないが)。着替えもあるようだし問題ないだろう。

 私の提案に、鈴は『うん、じゃあ、そうしよっかな』と答えた。

 

「寮監には私から連絡を入れておきます。鈴は先にシャワーでも浴びてください」

 

 『ありがとう』という礼を背中で聞き、私は寮監の部屋に内線を繋ぐ。

 しばらくして、聞き覚えのある声が聞こえてきた。織斑千冬先生の声だ。

 

『私だ。どうした?』

「今日、凰鈴音さんが私の部屋に泊まるので、その連絡を」

『わかった。凰だな。…………もしかしてうちの愚弟が何かやらかしたのか?』

 

 一拍おいて発せられたその声音は、教師というより保護者――姉のようだった。きっと『鈴の外泊に自分の弟が絡んでいるのでは?』と推測したのだろう。さすが一夏の実姉、鋭い。

 けれど、織斑先生も忙しい身だ。要らぬ心配を掛けさせるのは心苦しい。私は織斑先生に悟られないよう平然を装った。

 

「いえ、そういう訳ではなくて、ただ意気投合しまして」

『そうか、ならいい。つまらない事を聞いたな、忘れてくれ』

 

 そう言って、織斑先生が内線を切る。

 仕事では生徒の心配、プライベートでは身内の心配。オンでもオフでも苦労が絶えませんね。

 

(本当にご苦労様です)

 

 彼女に労いの言葉をかけながら、私は受話器を置いた。

 それから浴室から戻ってきた鈴と入れ替わる形でシャワーを浴びにいく。

 私がシャワーから戻ると、鈴が肉球模様の入った可愛らしいパジャマでくつろいでいた。髪もいつものツインテールじゃなく、下ろしたストレートだ。アジアンビューティーというのだろうか。そこには普段と違う愛らしさがあった。

 

「綺麗な髪ですね」

「そう?」

 

 と、得意げに艶やかな髪を手の甲で靡かせてみせる鈴。

 そんな雑談を繰り返す事一時間。私たちはベッドに身体を埋め、眠りについた。

 

 

 

 

 

「ねえ、アリス? まだ起きてる?」

 

 午前1時を回った時間。夜も更けたころ、暗闇の中に鈴の声が聞こえ、私は瞼を開いた。

 

「ええ、起きてますよ」

「そう……。ねえ……あのさ……よかったら、そっちに行ってもいい?」

 

 静かに呟かれた声は、まるで甘えるような声音だった。もしかしたら一夏の事を思い出して、人肌が恋しくなったのかもしれない。そう思うと、受け入れるのに何のためらいもなかった。

 

「ふふ、さびしがり屋なのですね、鈴は」

「う、うるさいわね」

 

 と、茶化しつつも、私は枕を抱いてやってきた鈴をベッドに迎え入れた。

 向かい合うように寝そべった鈴は、どこか切なそうな表情だ。喧嘩のあとは、いつだって切ないものだ。仲の良い人との喧嘩なら尚更。そんないじらしい鈴に私の悪戯心が顔を出した。

 

「ねえ、鈴。鈴は一夏のどこが好きなのですか?」

 

 私の質問に鈴の小さい肩がぴょこんと跳ねた。

 

「な、なによ、急に!」

「少し気になって。言いたくないなら、いいですよ?」

「いや、まぁ、そうね。自分の意思を貫こうっていう信念があるところかな。ほら、今、世の中は女尊男卑でしょ? 大概の男は女の顔色を伺って弱腰でいるけど、あいつは女に媚びたりしないで、自分の意見をはっきりと言うの。そういう真っ直ぐなところ、素直にカッコいいなぁって思う」

 

 なんとなくだが、鈴の言いたいことを理解できた。

 確かに一夏には、そういう周りに左右されない強い意志がある。私も彼のそういうところは好感が持てるし、だからこそ、オルコットさんとの決闘に力を貸した。

 

「あと、さりげなく気を遣ってくれる優しさも好きだし、たまに見せる子供っぽい笑みも好きかな。もちろん顔も好きだし、あの暖かい手も、優しい声も好き。それから――」

「ふふふ」

 

 鈴があまりにも幸せそうに語るので、私は和み過ぎてしまった。

 

「な、なによッ! なんで笑うのよッ!」

「すみません。鈴って本当に一夏の事が大好きなんだなぁっと思いまして」

「だ、大好きってほどじゃないわよ! す、好きのちょっと上ぐらいよ!」

「好きのちょっと上? ふふ、よく言いますね。プロポーズまでしたくせに」

 

 プロポーズするのは、大好きな証拠、愛している印。

 それをしてしまった鈴はもう言い逃れできない。言い訳は見苦しいだけだ。

 

「大好きなんでしょ? 一夏の事が」

「ぐぅ……そ、そうよ! 大好きよ! あたしは一夏のことが大好き! 悪い!?」

 

 形振りかまわず、気持ちを吐露する鈴は、暗闇の中でも判るぐらい真っ赤だった。

 そんな彼女に、私は肩を竦めて言う。

 

「とんでもない。人を好きになることは素晴らしいことです。今度は一夏の前で言いましょう」

「バカじゃない! そんな事したら恥ずかしくて、一夏の前に顔出せなくなるじゃない!」

「そう言いつつも寂しくなって、ひょっこり顔を出しちゃうのが鈴でしょ?」

「ぐっ……」

 

 言葉に詰まった。まったく鈴は可愛いですね。これが恋バナの楽しさなのでしょうか。

 楽しくなってきた私は、もっと鈴の話を聞きたくなってきた。

 

「ねえ、よければ話ついでに一夏との馴れ初めを聞かせてください」

 

 調子に乗った私のリクエストに、鈴は『仕方ないわね。特別よ?』と語り口を切る。

 

「あれは5年ぐらい前だったかな。両親の都合で日本に来て、そのまま日本の学校に入学する事になったんだけど、ほら日本人って中国人を毛嫌いしているところがあるでしょ?」

「そういう人もいるかもしれませんね」

 

 近年、日中関係は冷え込む一方で、日本の常任理事国入りや領土問題が持ちあがるたび、中国国内では過激な反日活動が頻発する。それあって中国人と聞いただけで毛嫌いする日本人も少なからずいるのだろう。もちろん全てがそうだという訳ではないと思うけど。

 

「んでさ、その入学した学校でも、あたしが中国人だからって『リンリンってパンダみたいな名前だな、笹食えよ、笹』とか、『中国人なのになんでアルつけないんでアルか?』とか、そういう下らない誹謗中傷を受けたの。さすがにあたしも頭にキてさ、喧嘩になって……その時、味方してくれたのが一夏だったの」

 

 その時を思い出してか、鈴は『えへへ』と嬉しそうに笑った。

 きっとそれは鈴にとって忘れなれない日の記憶なのだろう。

 

「それでアイツったらさー、カッコよく名乗り出たくせに、返り討ちにされちゃってさー。まあ、多勢に無勢だったから仕方なかったんだけどね。そのあと、あんまりにボロボロだったから『あんた傷だらけだけど、大丈夫?』って訊いたの。そしたらあいつ『傷だらけなのはおまえの方だろ』って、あたしの胸の内を察してくれてね。……すごく嬉しかった」

「それが二人の馴れ初めですか?」

「うん。たぶん、そう。あの時から一夏のことを意識するようになったんだと思う」

「想いを告げようとは思わなかったのですか?」

「思ったわよ。でも、怖かったの。それでずっと胸の裡に留めていたら、お父さんとお母さんが離婚してね。親権を得たお母さんが本国に帰ることになったから、あたしもそれについて行って……。それで想いを告げられないまま離れ離れ。その時『なんで告白しなかったんだー!』って自分の臆病さ加減に腹が立ってさ。そんな自分を変えるつもりでIS操縦者に候補したの」

「そうだったのですか」

「で、代表候補生まで上り詰めたし、自分なりにちょっと強くなれたかなって思ったから、思い切って一夏に告白しようとココに入学を決めたの。なのに、あのバカ!」ゲシッ

「ひゃん。鈴、私を蹴らないでください」

「あ、ごめん、ごめん、ついうっかり。でも、今思うとちょっと失敗したかなって思う。いきなり押しかけて、約束のことを持ち出して……。大事なことだったんだから、もっとゆっくり思い出して貰ってもよかったのに」

「もしかして、焦っていたんですか?」

 

 鈴と出会ってからの、この二日間。鈴の行動は何かと忙しかった。

 コーチを申し出たり、部屋に押しかけたり。何かを得ようと躍起になっていたように感じる。

 

「たぶん、そうかも。――あたしさ、ここに来るまでいろいろ期待していたのよ。でも、いざ入学してみたら、クラスは別々だし、イギリスの代表候補生とはイイ感じだし、他に幼馴染がいるし、なんだか“これヤバイかも”って思えてさ」

「それでコーチ役を買って出たり、押しかけ女房したり?」

「お、押しかけ女房……。まぁ、そうよね。コーチを断られたから、焦って一夏の部屋におしかけて。でも、結局うまくいかなくて、苦し紛れに約束のこと、問質しちゃったわけ。その結果がこの有様よ」

 

 「はあ~、ホントあたしってダメなやつよ……」と自嘲する鈴を、私は不器用だなと思った。

 でも、その不器用さに愛おしさを感じた私はこう言った。

 

「うまく言えませんが、そういうダメなところも全部ひっくるめて、あなたの魅力だと思います」

「そう? そんなこと言われたの、はじめてよ。ありがとう、アリス。――ところで、あんたは好きな人とかいないの?」

 

 一転。言うなり、鈴が興味津々な目つきで、私を覗き込んでくる。

 ふっ。さては私の好きな人を聞き出して、なじる気ですね。でも、お生憎さま。

 

「残念ながら、私は未だ恋というモノをした事がありません」

「だったら、さっさとしなさいよ!」

「そう言いますが、このIS学園でどう恋をしろと?」

 

 IS学園の男女の比率は、ざっと1対450。女が出会いを求めるには聊か環境が悪すぎる。

 なにより、進んで恋人を作ろうという気概がない。すくなくても、私が誰かを本気で好きになるまでは、そんなスタンスが続くだろう。

 

「さて、そろそろ寝ましょうか。明日も早いですし」

「ちょっと、人の話だけ聞いておいて自分は話さないなんてズルイわよ。せめて好みのタイプぐらい聞かせなさいよ!」

「ふぁー、眠い、眠い。鈴も早く寝ないと明日に差し支えますよ」

 

 私は鈴の追及を逃れるように布団をかぶった。

 

「もおっ!」

 

 不平たらたらの鈴だったが、頑な私に諦めをつけ、同じように布団を被る。

 そして『おやすみなさい』と身を寄せ合い、私たちは眠りについた。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 時は流れ、4月も下旬。鈴と喧嘩してから1週間になる。

 あれからというもの、鈴は一言も口を聞いてくれない。それどころか俺を避けている節すらあった。当初は時間が解決してくれると思っていた俺だが、さすがに“このままじゃまずい”と肌で感じていた。でも、具体的な解決策が思い浮かばず、俺は途方に暮れていた。

 

「はぁ~……」

「そんな顔していると、幸せが逃げますよ」

 

 俺がため息交じりでアリーナに向かっていると、アリスが声をかけてきた。

 そういえばアリスって最近、鈴と仲良いよな。

 何かあったら相談に乗るって言ってくれていたし、ちょっと相談してみるか。

 

「丁度よかった。実はアリスに相談した事があるんだ」

「私に相談? 鈴のことですか?」

 

 ああ、例の事を知っているんだな。じゃあ、話は早い。

 

「そうなんだ。でさ。なんていうか、どうしたらいいのか、わからなくて」

「それなら大丈夫ですよ。鈴は怒っていますが、嫌っているわけじゃありませんから」

「でも、滅茶苦茶シカトされているぞ?」

「鈴が無視しているのは、催促ですよ。あなたに謝らせたいためのね。なので一言『ごめん』と心から謝れば、許してくれますよ」

「でも、別に俺は悪い事をしたわけじゃないしなぁ……」

 

 そう、ちゃんと約束を覚えていたのだから俺は悪くない。

 頭を下げる事に躊躇はないけど、謝る理由がないまま謝罪するのはお断りだ。

 

「でも、鈴は涙を流して泣いたのですよ? 知っていることだと思いますが、鈴は女優のように涙を操れるほど器用な娘じゃありません。そんな彼女が流した涙には、深い意味があったはずです」

 

 謝罪を渋る俺の目を見据えて、アリスが蒼い瞳で真っ直ぐ告げる。

 その言葉に俺はハっとさせられた。

 そうだ。鈴は器用な女じゃない。むしろ不器用で、辛い時だって強がりを見せるやつだ。

 その鈴が顔をくしゃくしゃにして泣いた。

 なぜだ。解っている。俺が鈴を傷つけたからだ。

 なのに、俺は泣かした罪悪感に苛まれるのが怖くて、自分を正当化する術ばかり探していた。

 結局、俺は自分のことしか考えていなかったんだ。

 泣かした女を蔑ろ(ないがし)にする。俺は男の風上にも置けない最低野郎じゃないか。

 

「無理に謝れとはいいません。ただすこしだけ歩み寄ってはどうでしょう。お互い、意地を張ったまま受け身の姿勢を取っていても、関係は改善しませんよ」

「そうだな。殴られた理由はまだわからないけど、俺は鈴に“たかが約束のひとつ”って言っちまった。まずそのことだけでも謝らないとな」

 

 なんだか、やるべき事がわかって、足取りが軽くなった気がした。

 でも、とりあえずは訓練だな。それを終えたら鈴の許へ謝りに行こう。あいつが好きだった中華まんを買っていくのもいいかもしれない。

 そんな事を考えながら、第三アリーナAピットのドアのセンサーに触れる。すぐさま指紋認証が行われ、開放許可が下りた。中に入る。すると、部屋の中央に例の当事者――鈴が立っていた。

 

「コ、コンニチワ……」

「お、おう、こんにちは?」

 

 なんだ、ぎこちない会話は……。

 つーか、なんでずっと俺を避けていた鈴がここに?

 

(――あ、さては鈴もアリスに諭されてここにきたな)

 

 きっと俺たちを見ていて、業を煮やしたのだろう。

 その予想を裏付けるように、アリスが『ほら』と肘で突いてきた。わ、わかってるよ。

 

「えっと、鈴、そのさ、この前の約束のことなんだけど。あの約束、おまえにとって大事な約束だったんだよな。なのに“たかが”なんて軽率なこと言って、本当にすまなかった。すごく反省してる」

 

 言い辛いそうに、でも、ちゃんと誠意を持って詫びを入れる。

 鈴も鈴で間の抜けた声を上げた。

 

「え、あ、その……ふ、ふん! 悪いと思っているなら土下座ぐらいしてみせなさいよ!」

 

 う、土下座か……。でも、ここで引き下がったら逆戻りだし、背に腹はかえられないか。

 俺が意を決し、膝を着こうとしたとき、『鈴!』とアリスの強い声が飛んできた。

 

「鈴、一夏は自分の態度を改めて、こうして詫びてきたのです。土下座なんて強要しないで、寛大な心で受け入れてはどうです?」

 

 打って変わって、アリスは朗らかな声音で続ける。

 

「それに鈴の本心が、一夏の土下座を望んでいない事ぐらい、私にはわかります。だって、貴女は『女性に媚びない一夏がカッコイイ』と言ったじゃないですか。ここは意地を張らず、素直になりましょうよ。ね?」

 

 アリスに諭された鈴は、しばし沈黙したあと、バツの悪そうな顔で頬をかいた。

 

「そうよね。今のはナシ。ちゃんと謝ってもらえたから、その、許すわ。それと、その、あたしこそ、殴ってごめんね? 痛かったでしょ?」

 

 視線を逸らしながらも、そういってくれた鈴に、心のもやもやがスゥーと引いていく。

 あぁ、胸の内が晴れるとはこの事だろうか。

 

「いや、もういいんだ。気にしてない。悪いのは俺だったんだし。それでさ。本題の約束なんだけど。俺、何か間違っていたか? よかったら教えてくれよ」

 

 もし約束の内容を誤っていたのなら改める必要がある。改めて、ちゃんと約束を果す。

 約束の真意を求める俺に、鈴はモジモジと狼狽しながら真っ赤になった。

 

「え? えっと、それは、あの……あれで……と、ところでさ――」

「おい、はぐらかさないでくれ。俺は真剣なんだ」

「うぅ~えっとね、それはね……」

「何をそんなに躊躇ってるんだ? 酢豚うんぬんにそこまで躊躇う理由がどこにあんだよ」

 

 カチン。

 なんだ、いま鈴から何かが切れる音がしたような……

 

「なによ、こっちの気も知らないで! こっちにもこっちの事情があんの! 察してよ!」

 

 カチン、今度は俺の中で何かが切れる音がした。

 はは~ん、わかったぞ、さっき聞こえた音は、堪忍袋の尾が切れる音だ。

 

「なんだよ、それ。察せないから、こうして訊いているんだろ!」

「言いたくないから察してって言ってんでしょうが!」

 

 こうなると堂々巡りだった。仲睦ましかった雰囲気が一気に険悪なムードになる。

 そんな俺と鈴を見かねたのは、やっぱりアリスだ。

 

「二人とも落ち着いてください」

 

 アリスは『くっついたり、離れたり、あなたたちは磁石ですか』と苦笑し、

 

「まあ、相談を受けた私ですから、鈴が言い出し難い理由はわかります。かといって、一夏の鈍さも筋金入りのようですし、察せというのも酷でしょう。そこでこういうのはどうでしょうか。今週行われるクラス対抗戦で、勝ったほうの主張を通すというのは?」

 

 いい提案だ。鈴は強情っぱりだから、これ以上口論を交わしても埒が明きそうにない。

 なら、強制力を持って迫れば、観念してぜんぶ吐くだろう。俺が提案を呑むと、鈴も頷いた。

 

「望むところよ。怖気づいて逃げ出さないでよね、一夏」

「俺は男だぞ。誰が逃げ出すか、馬鹿」

「馬鹿とは何よ、馬鹿とは。この朴念仁! マヌケ! アホ! 馬鹿はあんたよ、手加減してあげようかと思ったけど、もう許してあげない。ボコボコにしてやるから覚悟しなさい!」

 

 そう怒気を纏わせながらピットを飛び出していく鈴。

 閉まる自動扉に俺は『おまえこそな!』と強気な発言を叩きつける。

 

「たくっ、鈴のやつ、見てろよ。目に物を見せてやる」

「ふふ、中国の代表候補性を相手にずいぶんと強気ですね。もしや幼馴染なだけに弱点でも?」

「え、いや、そうじゃないんだけど、弱気でいるよりいいだろ?」

 

 まず自分に負けない事。本当の敵は我にあり。篠ノ之道場で習ったことだ。

 弱気は諦めに繋がる。だから、俺は気持ちだけは強く持とうといつも心がけている。

 それにアリスがクスッと笑いをこぼした。

 

「一夏らしいですね。――でも、鈴は間違いなく強敵ですよ。それに一夏がオルコットさんに勝てたのは、<白式>の能力とそれを秘匿できたことが大きいです。でも、今回は立場がまったく逆です」

「ああ、わかってる」

 

 <白式>の情報は公開済みだが、鈴の専用機については何の情報もない。加え、純粋な技量ではあちらが上だろう。つまり、こっちには不利な要素しかないってことだ。

 

「でも、そんな敗色濃厚な試合を科したのは私ですから、多少はお手伝いしましょう」

「もしかして、コーチしてくれるのか!?」

「いえ」

 

 期待に胸膨らんだ俺をアリスは一蹴した。俺は思わずガクっとなる。

 

「私でもオルコットさんと連携するのは難しいですから。なので、役割分担をはっきりさせます。私は情報収集に徹しますので、一夏は今まで通りオルコットさんの訓練を受けてください」

「わかった……」

 

 コーチしてもらえないのは残念だが、彼女がサポートしてくれるのはありがたい。

 アリスはさっそく自前のケータイを取り出し、誰かと連絡を取り始めた。

 

「あ、私です――藤山先輩、例のアルバイトがあるのですが」

 

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