IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina   作:ネコッテ

16 / 127
第15話 Counter Attack

 訪れる破滅を前に、俺は鈴を守れなかった無念で心が砕けそうになる。

 せめて、鈴だけはどうか助かってくれ。そう何百回も念じ、抱き留め、祈る。

 届かないのは、わかっている。それでも好きと言ってくれたこの幼馴染の無事を願って。

 

 ――大丈夫です。あなたの祈り、しかと聞き遂げました。

 

 どこからともなく響いたその言葉が、優しく俺の耳朶を打つ。

 その囁きに恐る恐る目を開けると、赤いビームが“何か”によって遮られていた。

 

「これは一体……?」

 

 ビームから俺たちを守ってくれたのは、硝子のように透き通った赤い円環の盾だった。

 周囲には短剣らしき機器が円環状に配置されており、それがこの盾を形成していると解かった。

 

「あたしたち助かったの?」

「みたいだ」

「よかった……」

「ああ、よかった。ほんとうに。――でも一体誰が……」

 

 互いの無事を確かめ合いながら、俺たちは去っていく短剣を目で追いかけた。

 その先に居たのは赤いISだ。

 赫々と燃えるような赤い装甲に、盾形の非固定浮遊部位。両肩の武装支持架には大型のブレードを装備している。さながら中世の騎士を思わせる意匠。そのISは、非固定浮遊部位と腰部のサイドバインダーに例の短剣を格納すると、俺たちを庇うように降り立った。

 

「なあ、鈴、あの赤いIS見たことあるか?」

「ううん。初めて見る機体だわ。ようやく救援がきたってこと?」

「でも、そうなら一言あってもよさそうじゃないか」

 

 俺たちを助けたISは登場してこのかた、何も言ってこない。

 それを不可解に思った俺は、シンプルな質問を投げかけた。

 

「お前は何者なんだ? 学園の関係者なのか?」

 

 ……問い掛けるに対する返答はなかった。

 もしかしてアレも無人機なのだろうか。――そう思った時だ。

 

<君のファンの一人だよ>

 

 赤いISから思わぬ返答が帰ってきた。

 しかも変声機を使っているのか、男性とも女性ともとれない声音で。

 

「俺のファン? どういうことだ?」

 

 困惑する俺に赤いIS――だと抽象的すぎるので<レッド・ティアーズ>とそう仮名をつけることにする――は何も答えず、<ゴーレム>に肉薄した。しかもマウントされた大剣を抜かず、徒手空拳で。

 対し<ゴーレム>は、自慢の豪腕を見せ付けるかのように粒子ビーム砲を構えた。

 しかし、ひらりひらりと蝶のように舞う<レッド・ティアーズ>の機動に翻弄され、中々的を絞れない。そのせいで、空を掻き混ぜるように何度も何度も照準を切り替えている。

 

「鮮やかな動きね。絶対、相手の射線上に入らないようにしてる」

 

 相手の射線上に入らない――要するに<レッド・ティアーズ>は銃口が自分に向けられるより早く回避行動を取っているのだ。だから、相手は的を絞れない。

 これを言葉で言うのは簡単だが、実演は途轍もなく難しい。なぜなら初動――相手が銃口を動かした瞬間“どこへ向けられるか”を正確に読み取り、行動に移さないといけないからだ。

 

「大した操縦者ね。あれはもう代表候補生、いえ――国家代表クラスの実力だわ」

 

 素人目でもすごかったが、代表候補生から見てもあの動きは他と一線を画しているらしい。

 そして、あたふためく<ゴーレム>を嘲笑うように<レッド・ティアーズ>が距離を詰める。懐を許した<ゴーレム>は剛腕を振りかぶるが、<レッド・ティアーズ>は物ともせず受け止めた。

 

「ちょっと、一夏、アレ!?」

 

 そして、俺たちは<レッド・ティアーズ>の取った反撃方法に瞠目した。

 <レッド・ティアーズ>が掴んだ両手を抱えたまま<ゴーレム>の背後に回り込み、力任せに腕部を引き千切ったのだ。

 

「あのIS、なんてパワーだ!?」

「それだけじゃない。ISの脆弱性を狙った内部破壊(サブミッション)をうまく活用したんだわ」

 

 圧倒される俺たちを余所に<レッド・ティアーズ>は尚も一方的な攻勢を見せた。

 <レッド・ティアーズ>は捥いだ腕をフルスイングして<ゴーレム>をかっ飛ばし(・・・・・)、バランスが崩れたところに回し蹴りを叩き込む。さらに転倒した<ゴーレム>の頭部センサーを踏み拉き、力の差を悠々と見せ付けた。

 圧倒的な力量差。俺はその光景にただただ唖然とした、そんな時だ。

 

「一夏、ちょっとアレ」

 

 鈴が指差す先で、<ゴーレム>の目を模したセンサーレンズが不自然に点滅し始めた。

 直感的にその点滅が示すモノを理解する。――あいつ、苦し紛れに自爆するつもりか!

 一体どれくらいの規模の爆発が起こるのか。予想もできないが、こっちはISの防御機能を失っているんだ。このままだとマズイぞ。自爆されたらタダじゃすまない。

 <レッド・ティアーズ>もそれに気付いたのか、行動を起こした。

 

「アイツ、<ゴーレム>をどうする気?」

 

 <ゴーレム>を締め上げた<レッド・ティアーズ>は、赤い粒子をまとい始めた。

 量子化――ISが形態移行する際に見られる現象だ。

 でも、<レッド・ティアーズ>が形態移行しようとしているようには見えない。

 では、なんなのか。それを理解するより早く、<レッド・ティアーズ>は完全に量子化して、この場から消えていなくなっていた。自爆寸前の<ゴーレム>と共に。

 

「消えた……」

「どこいっちゃったのよ、あいつら……」

 

 今までの出来事が嘘だったように静まるアリーナ。鈴と俺は呆然と立ち尽くすしかなかった。

 ただ難は去ったとみていいのだろう。そう思うと、俺の裡から安堵が込み上げてきた。同時に全身が鉛のごとく重くなる。緊張の糸が切れ、疲れがどっと押し寄せてきたのだ。

 なんとか踏ん張ってみたが、俺は力なくその場へ崩れ落ちてしまった。

 

「一夏さん、助けに参りましたわよ!」

 

 そこに綺麗な声が聞こえてくる。セシリアの声だ。

 他にいくつも声が聞こえた。どうやらようやく救助部隊がきてくれたようだ。

 俺は安心して意識を手放した。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

「まったく、自爆なんて悪役の考えそうな事ですねっ!」

 

 量子テレポートのあと、私は連れてきた<ゴーレム>を眼前の大海原に向かって蹴り落とした。

 そして、爆発の衝撃に備えて、再度《単一仕様能力》のエネルギーを充填する。

 だが、その作業は不要に終わる。

 海面ギリギリで体勢を整えた<ゴーレム>のセンサーラインから点滅が消えたのだ。

 

《自爆シークエンス解除、“戦闘続行”を設定》

 

 きっとココでの自爆は効果的じゃないと判断したのだろう。

 <ゴーレム>は体勢を立て直し、改めて私と対峙した。私も高周波ブレード《ヴォーパル》を抜き、それに応える。

 

「いいでしょう。ならば戦争です。<レッドクイーン>、準備はいいですか?」

《I’m Ready――いつでも、どこでも》

「では、始めましょうか。――IS同士による、とんでもない戦争ってヤツを!」

 

 私の宣戦布告に<ゴーレム>が隻腕のビーム砲を構えた――――が、遅い。

 私は瞬時加速(イグニッションブースト)を発動し、相手の攻撃よりも早く懐に飛び込んだ。

 運動エネルギーを乗せた斬撃で<ゴーレム>の片腕を切断する。さらに無防備になった腹部に渾身の蹴りを叩き込んだ。

 

「鈴の恋路を邪魔するヤツは、私に蹴られて地獄に落ちろ!」

 

 金属が拉げる音と共に、ゴーレムの巨躯がくの字に折れる。

 ゴーレムはなんとか体制を立て直して、肩の副兵装を――小型ビーム砲を私に向けた。

 

「だから、遅いんですよ。――いけよ、シュナイダー!!」

《Yes My honey――Off with their heads!!》

 

 首を刎ねろ。そう命じられたソードビットが、鋭い体躯を翻して<ゴーレム>に突貫する。

 <ゴーレム>は残った副兵装で迎撃を試みたが、数と機動性で勝るビットの前では、殆ど無力だった。

 呆れるほどスマートに、ソードビットが肩のビーム砲を無力化していく。<ゴーレム>を完全武装解除するのに、そう時間は係らなかった。

 

「おわりですね。――貴方の心臓(コア)、この私が貰い受けることにしましょう」

 

 相手のエネルギーが尽き果てたところで、私は左腕部のグレネードランチャーを構えた。

 その内部には《剥離弾(リムーバー)》という特殊頭が装填されている。

 それを投射すると、蜘蛛のような形状に変形した弾頭が、<ゴーレム>を黒いクリスタルに変貌させた。ISを強制コア化し、再展開不能にする。それが《剥離弾》の効果だ。

 

《Checkmate――目標の完全停止を確認。鹵獲完了》

「了解。評価レポートを(ズール)1に保存」

 

 新兵器の効果をAIに保存させ、私は禍々しく<ゴーレム>の<コア>を手に取った。

 ロリーナの話によると初期化されたコアは透明らしく、イニシャライズを行うと搭乗者にあったと色へと変色するらしい。そして《第二次形態移行》や《単一仕様能力》を得ると、いっそう強い光を放つという。

 

「さて、あとはこれを技術部へ引き渡すだけですね」

 

 その後、技術部が<ゴーレム>の部品から学園襲撃を企てた黒幕に繋がる手掛かりを見つけてくれるだろう。私はその報告を待つばかりだ。

 

(それにしても大変なことになりましたね)

 

 こんな事態になってしまったけど、二人はうまく仲直りできたでしょうか……。

 もしかしたら、まだ仕事が残っているかもしれない。

 そんな事を思いながら、私は<赤騎士>を不可視モード(EOC)にしてIS学園を目指した。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 俺が目を覚ますと清潔感のある天井が目に入った。

 さらに薬品のような臭いが鼻腔をつく。この独特の臭い。ここは学園の保健室か。

 

「目を覚ましたか」

 

 ベッドの側で丸椅子に座る千冬姉を見つけ、俺は覚醒半ばのまま身体を起こした。

 だが、思うように動かない体に四苦八苦する。なんだ、身体がすげー怠いんだが。

 

「無理をするな、ストレスと疲労からくる倦怠感だ。しばらく動ける身体ではない」

 

 疲労とストレスか。確かにこの一ヶ月、気の休まる時間なんてほどんどなかったからな。

 それが積もりに積もってこの有様か。

 

「はは、この程度で根を上げちまうなんて、情けないな」

「何を言う。あれだけハードな生活をおくれば、大抵の人間は参って当然だぞ」

「でもさ、千冬姉ならこれぐらい軽くこなしそうじゃないか」

 

 千冬姉が俺と同じ境遇を追体験しても、キョロっとしていそうだ。

 そんな俺の思考を読み取ってか、千冬姉が苦笑をもらした。

 

「おまえは私をサイボーグか何かと勘違いしていないか? 私だって人間だ。働き続ければ疲れるし、ストレスを感じることもある。――それでも、こうして働き続けられるのは、おまえが影で労ってくれていたからだろ? おまえには感謝している」

「ち、千冬姉? ど、どうした?」

 

 普段は扱き使うだけ使って、礼のひとつも言わない姉に、俺は軽く戦慄した。

 千冬姉も千冬姉で、自分の言ったことが恥ずかしくなったのか、急に視線を逸らす。

 

「ばかもの、おまえが心配をかけさせるからだ」

「ああ」

 

 俺は<ゴーレム>が襲撃してきた時を思い出した。

 あの時、俺はみんなの避難時間を稼ぐため、その場に留める決意をした。山田先生も悲鳴を上げていたし、千冬姉の心労も半端じゃなかったに違いない。それが千冬姉にいろんな事を省みさせてしまったのだろう。

 

「その、千冬姉、心配かけてごめん」

「いいさ。男はやんちゃな方がいい。それに手間が掛かる子ほど可(・・・・・・・・・・)愛い(・・)というだろ」

「わふッ!?」

 

 笑顔で頭をガシガシと撫でられ、俺は泡ふためいた。

 こんなことされたのは、いつ以来だろう。つーか、今日の千冬姉はやっぱりおかしいぞ。

 

「さて、無事に目が覚めたようだし、私は後始末があるので仕事に戻る。それからおまえには後日、事情聴取を行うからそのつもりでいろ。それまでしっかり療養しておけ」

 

 そう言って踵を返し、スタスタと保健室を出て行く千冬姉。

 事情聴取か。きっと例の所属不明のISとか、赤いISかと、いろいろ聴取されるのだろう。

 千冬姉に言われたとおり、俺は今の内に療養を取ることにした。

 

(しかし今日は色々あったな)

 

 そういえば約束の件どうなるんだろう。そう思いながら、俺は眠りに落ちた。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 夕暮れに染まる学校。誰もいない教室で、少年と少女が楽しげに語り合っていた。

 少年は黒髪の短髪で、少女は髪を左右に結んでいる。どこかで見た二人だ。

 そんなふたりを、俺は映画を見るように客観的な立場から眺めていた。

 

「ねえ、一夏」

 

 少女が少年に言う。

 ん、一夏? あ、もしかしてこの子供たち、俺と……鈴か?

 

「なんだよ、鈴」

 

 少年が少女に答える。やっぱりそうか。じゃあ、ココは俺が通っていた小学校か。

 どうやら俺は、自分の思い出を第三者として垣間見ているらしい。

 

「あのね。もし料理が上達したら――――――毎日あたしの酢豚食べてくれる?」

 

 子供の鈴が子供の俺に言う。その表情は夕焼けに照らし出されてか、ほのかに赤い。

 そうか、鈴の言っていた“約束”ってそういう事だったのか。

 すると、急激に意識が薄れだした。学校が、教室が、霞んでいく。俺は夢から醒めようとしていた。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 人の気配がして、夢と現の狭間にいた俺は薄っすら目を開けた。

 その目に綺麗な女性の顔が映る。しかも、それの近いこと、近いこと。下手すれば、鼻先がくっ付きそうな近さだ。

 

「鈴? 何やってんだ?」

 

 俺は今日、共に戦った戦友の名を口にした。

 

「い、一夏!? あんた起きてたの!?」

「いや、なんか変な気配がしたから目が覚めたんだ」

「へ、変な気配……(う~、ロマンチックなつもりだったのに……)」

 

 どうした鈴、急に怨めたしい顔して。

 まあいい。それより俺は約束について触れた。

 

「そうだ、鈴。約束の件なんだけど、思い出したんだ。正確には『料理が上達したら、毎日あたしの酢豚食べてくれる?』だったな。ごめん、俺てっきり毎日タダメシを食わせてもらえるものだと勘違いしてた」

「あ、あ、う……」

「――それで、あのさ、ふと思ったんだが、あの約束ってもしかして他の意味があったのか? 例えば『俺に毎日味噌汁を~』みたいなプロポーズだったとか?」

「ぷぷぷぷぷ、プロポーズ!!」

 

 冗談半分のつもりが、鈴は赤ペンキで塗り手繰ったみたいに赤くなる。

 どうした鈴。もしかして本当にプロポーズ、だった……のか!?

 そういえば、あのとき鈴は俺を好きと言ってくれた。もしかすると、もしかするのか。

 

(だとしたら、俺はなんて答えれば……)

 

 そんな俺の心配は不要なものになった。

 

「ば、バカじゃない! そんな事ある訳ないでしょ、深読みしすぎよ! ただ、あんたにおいしい酢豚をご馳走したかっただけよ あは、あははは……!」

 

 俺の背中をバシバシ叩き、全否定する鈴。……そっか。やっぱりそうだよな。俺と鈴に限って、そういう関係になるわけがない。きっと俺に好きって言ったのも『友達として好き』って意味なんだろう。

 でも、がっくりと肩を落としているのはなぜだろう。『はぁー……』と深い溜息までついて。

 

「どうしたんだ、鈴? 急に落ち込んで」

「なんでもない。ただ、あの頃から何も変わってない自分に絶望しているだけ」

「絶望って、それ何でもなくないだろ」

 

 目を虚ろにした鈴は、なおもパイプ椅子の上で項垂れ続ける。

 やべー、傍から見ると完全に廃人だ。

 そこでガシャッと自動ドアが開く音がした。顔を覗かせたのはアリスだ。

 

「どうも。具合はどうですか?」

 

 アリスは部屋の様子を窺いながら、俺と鈴を交互に見る。

 そして俺と鈴が二人きりなのに気づき、「あら♡」という意味深な微笑みを見せた。

 

「倒れたと聞いたので、お見舞いに来たのですが、もしかしてお邪魔でしたか?」

「いや、そんな事ねえよ。せっかく来たんだし、座れよ」

 

 今回の件において功労者である彼女を無碍にはできない。

 アリスは鈴の様子を伺いつつ『では、少しだけ』と空いている席に腰掛けた。

 

「それにしても、今日は大変な日でしたね」

「ああ、まったくだ。アリスの方は大丈夫だったか?」

「ええ、なんとか。すぐシステムが復旧しましたので。怪我人もなかったそうですよ」

「そうか、それを聞いて安心したよ」

「ところで約束の件はどうなりました? それが気になって寄せてもらったのですけど」

「ああ、それなら解決したぜ。誤解もちゃんと解けたぞ」

 

 言うなりアリスは目をワクワクと光らせた。

 

「では、返事をなんと?」

「返事? あ、いや、返事って別にプロポーズとかじゃないらしいぞ? 俺もちょっとそうなのかなって思ったんだけど、鈴が深読みするなって笑われたぜ。本当は俺にちゃんと酢豚を味わって欲しかったわけさ」

 

 たぶん、俺がぶたれたのはタダで飯を食おうとしたからだな。

 そりゃ鈴は定食家の娘だ。幼馴染であろうと、無銭飲食しようとすれば怒るわな。

 

「――ってあれ、なんでアリスは白目むいてんだ?」

 

 俺の話を聞いたアリスは“どうしてこうなった”というを顔していた。

 対し、隣の鈴は、サーっと血の気の無い顔でガタガタ震えている。

 

「鈴、ちょっとお話しがあります」

「え、あたしは、な、ないけど?」

「いいから、OHANASIがあります」

 

 言って鈴の首根っこを掴み、隣のベッドに引きずり込む。

 シャッと広げたカーテンの向こうから、何やら言い争う声が聞こえてきた。

 

 

「鈴! これはどういうことですか! あなたが真意を捻じ曲げてどうするんです!」

「仕方ないじゃない!『プロポーズか?』なんて訊かれて、恥かしくなっちゃったんだもん」

「なら、最初から言わないでくださいよ」

「だって、クラスも違うしー、コーチも断られるしー、同室も取られるしー。なんかひとつ優位に立てる要素が欲しかったのよ。知ってるでしょ?」

「あのね、そういう計画性のない戦力の逐次投入は一番しちゃいけないんですよ。あなたはベトナム戦争で何を学んだのですか」

「いやいや、あたしベトナム戦争とか参加してないから」

「ともかく、これじゃ、いろいろ心配した私がバカみたいじゃないですか」

「ごめんごめん。この通り」テヘペロ

「………………」

 

 

 なんか言い争っているようだけど、よく聞こえん。――お、出てきた。

 

「何を話していたんだ?」

「いえね、鈴が急に人体模型とフォークダンスを踊りたいと言い出しまして」

「は? あたしそんなこと一言も言ってないけど。てか、なんでそんなハズいまね――」

「い い ま し た よ ね 」ゴゴゴ

「うん、言った。すごく言った」

 

 アリスに睨まれ、びくっとツインテールを撥ねさせた鈴は、いきなり保健室の人体模型に飛びつく。そして『マイムマイム』を口ずさみながら、ひとりフォークダンスを踊りだす。シュールだ。すごくシュールだ。てか、あいつ泣いてんぞ。

 

「恥ずかしいなら、やらなきゃいいのに」

「優しい目で見守ってあげてください。さて、私はそろそろ行くとします」

 

 なんだか鈴のひとりフォークダンスに満足したようで、アリスは席を立った。

 そして部屋を出て行こうとして――何かを思い出したように立ち止まる。

 

「ねえ一夏。女性優遇制度で女性の社会的立場は強くなりました。けれど、けして女性そのものが強くなったわけじゃありません。彼女たちは強がっているだけで、その本質は弱いままです。いつだって心の何処かでは、男性の力強さや優しさを求めています」

 

 唐突にそんな事を言うアリスの意図を測りかね、俺と鈴は顔を見合わせた。

 そんな俺たちに優しい笑顔を送り、アリスは続ける。

 

「それは鈴たちとて同じこと。だから一夏。鈴や篠ノ之さん、オルコットさんたちが苦しみ、悲しんでいる時は、貴方が彼女たちの力になってあげてください」

 

 アリスがなぜこんな話をしたのか、その真意はまだ解らない。

 でも、答えは既に決まっている。

 

「もちろんだ、女を守るのが男の役目だからな。この信念は曲げないつもりだ」

「頼もしいですね。その気持ち、これからも忘れないでください」

「ああ。それと、あれだぞ、アリスもちゃんと守ってやるからな」

 

 カッコつけたわけじゃない。本心からの言葉だ。

 そう告げるとアリスは驚いた顔をした。それから微笑みながら俺の方に歩み寄る。

 

「私は守られるほど弱くありませんよ」

「いてっ」

 

 アリスは俺にデコピンし、ふわっとスカートを膨らませながら踵を返す。

 そして「私を守りたいなら、もっと強くなることです」と言い残し、後ろ手を組んで保健室を出ていく。それと入れ違う形で入ってきたセシリアに軽く会釈し、彼女は去って行った。

 

「アリスさん、えらく機嫌がよさそうでしたが、何かありましたの」

「いや、なにも? 気のせいじゃないか?」

 

 経緯を話すと、セシリアが不機嫌になりそうなので、俺は何事もなかったように装った。

 それでも気になるのか、ジーとみてくる。気まずくなった俺は別の話を振ることにした。

 

「そうだ、セシリア。実はおまえに聞きたい事があるんだ。これはきっとセシリアにしか分からないと思うから、ぜひ教えて貰いたいんだけど」

「あら、わたくしにしか分からない事? あ、もしかしてわたくしのスリーサイズを!? し、仕方ありませんわね。一夏さんがそう言うなら♡ ごほん、上から8―――「違うわよ」」

 

 胸の話が出てきたからか、鈴が人体模型をセシリアに放り投げつけた。

 それをひょいっとかわし、なおも3サイズを言おうとするセシリアを、今度は俺が止めた。

 

「鈴の言う通り、スリーサイズじゃなくて。――実は『ビットを搭載したISって<ブルー・ティアーズ>以外にも存在するのかな』って訊きたいんだよ」

「何です、そんな事ですの……。現在ビットを搭載したISはわたくしの<ブルー・ティアーズ>だけですわよ」

 

 セシリアはしょんぼりと道端の石を蹴るような仕草をした。

 そんなにスリーサイズを自慢したかったのだろうか? 確かにスタイルよさそう――って、そうじゃない。

 

「本当か? 例えば、短剣のようなビットを積んだタイプはないのか?」

「開発プランはありましたけど、まだ設計段階で形すらありませんわ」

「そうか。――実は俺たち、ビットを装備したISに助けられたんだ」

「それは本当ですの?」

 

 俺と鈴は顔を一度見合わせ、一緒に頷く。セシリアは細い指をあごに当て思案顔をした。

 もしかしたら自分たちの技術が漏洩しているのでは、と危惧しているのだろう。

 

「わかりましたわ。一度、開発局の方に問い合わせてみます。でも、期待はしないでくださいな。言ってもわたくしは一介の代表候補生、得られる情報には限度がありますの」

 

 優遇こそされているが、代表候補生はあくまで軍属。国家機密を閲覧できるほど権限は与えられていないだろう。だから『君には知る資格がない』と門前払いされる可能性が高い。

 期待は薄いだろう。それでも俺は、感謝の意を込めて、礼を言った。

 

「ありがとな、セシリア」

「礼には及びませんわ。その代わり、有力な情報が手に入りましたら、わたくしとデートなど」

 

 セシリアは上目使いで、人差し指の先をツンツンと合わせる。

 それぐらいお安い御用だったが、なぜか鈴が猛烈に反発した。

 

「なんでそうなるのよ! 礼には及ばないって言ったじゃない!」

「り、鈴さんは黙っていてくださいな!」

 

 なんで、このふたりといい、箒といい、すぐ喧嘩するかな。もう付き合ってられんわ。

 俺は耳を塞ぎ、夕焼け空に目を遣る。

 そして赤いISについて思い返した。<レッド・ティアーズ>、お前は一体何者なんだ?

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。