IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina   作:ネコッテ

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第16話 次のステージへ

 IS学園の地下50メートル地下にある機密特区。通称『アスガルド』。

 ここは『どこの国家にも帰属しない』という特性を持つIS学園が、独自の自治を形成するために設けた区画である。ゆえにこの場所に入室できる人間は一握り。教師であれば<Level4>以上の権限が必要で、生徒にいたっては生徒会長のみが入室できる。

 そんな場所の一角――分析室では、いま“解剖手術”が行われていた。しかしそれは人体の解剖ではない。なぜなら切開した箇所から臓腑の代わりにコードや集積回路が覗いていたからだ。

 そう、解剖されているのは一夏たちが破壊した自動人形(オートマトン)であった。

 

「どうだ?」

 

 大方の解剖が終わったところで、千冬が出頭した真耶に尋ねた。

 

「IS本体を回収できなかったので、断言はできませんが、ISの起動に必要な生体情報を持っていました。おそらくあの装置があれば、ISを無人で稼動できるかと思われます。それにしても、一体どこがこんなものを……」

 

 ISの無人化(スタンドアローン)

 ISに限らず、無人航空機(UAV)を始めとした無人兵器の研究は、ベロニカと呼ばれる人物の技術で飛躍的に進歩した。しかし、これらの自立制御は未だ不完全で、戦場の完全なる自動化は何十年先だと言われている。

 にも関わらずゴーレムは単機で戦場に適応し、それなりの戦果を上げた。

 そんな高度な無人テクノロジー、アメリカやイスラエルですら持っていない。

 

「さあな、きっとどこかの天才の仕業だろう」

 

 どこか確信めいた口調だったが、真耶は気づかず続けた。

 

「それで、学園の対応は」

 

 真耶が『今回の件をどう処理するか』を決める職員会議に参加していた千冬に尋ねる。

 

「ここはまがりなりにも教育機関だからな。今回の事件について説明はするそうだ。」

 

 IS学園は特殊な学校であるが、教育機関である事に変わりはない。子供を預かる身として、相応の対応を見せる必要がある。これが学園上層部の意向であった。

 

「まあ、そうしたところで批難は避けられんだろうがな」

 

 最強のIS操縦者<ブリュンヒルデ>を抱え、60機以上のISを配備しておきながら、たった一機のISに勝手を許したのだ。総本山の名折れもいいところである。これは確実に世論の批難を買うだろう。教師陣の対応、学園の安全性、今後の対応。厳しく言及されることは間違いない。

 

「こちら側は被害者なんですけどねぇ……」

「世論というものは、そういうものだ。正否は関係ない。当分は事後対応に追われるぞ」

 

 千冬は読むのがうんざりしそうなマニュアルの束を手渡した。

 真耶は苦笑しながら軽く書類に目を通す。その中にある記述を見つけ、顔を上げた。

 そこには以下のことが記してあった。

 

 1:当学園を襲撃した所属不明のISは、当学園の生徒が撃墜した事とする。

 2:1において“織斑一夏”と“鳳鈴音”の両名をその功労者とする。

 

「これって……」

 

 内容から学園の魂胆を理解するなり、真耶は思わず千冬を見た。

 

「そうだ。撃墜者を学園の在学生にして、生徒の質の高さをアピールする。そうする事で『襲撃された』というマイナスのイメージを『学園の生徒は襲撃者を退けるほど優秀』というプラスのイメージに世論を操作するつもりなのだろう」

 

 この学園の運営費が日本国民の血税で賄われている以上、世論は他人事ではない。

 ゆえに真実はどうあれ、学園を保守するためには、こういった手段を取らざるを得なかった。

 

「では、凰さんが報告した赤いISについても?」

「公表されない。公表しようにも、映像はおろか<白式>や<甲龍>のIS活動記録(アウトログ)さえ消されたように残っていなかったからな。そもそも『突如現れたISが、颯爽に襲撃者を倒し、去って行った』など誰が信用する? カバー(原作)の方がまだよくできている」

 

 苦笑交じり告げる千冬であったが、僅かに苛立ちのようなモノが募っていた。

 当然だろう。在りもしない事実で自分の弟が英雄に祀り上げられるのだから。

 良い顔などできるはずがない。でも、彼女は言う。

 

「仕方あるまい」

 

 と。

 けれど、そう言う千冬の顔は、その言葉にそぐわないものだった。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

「一夏ぁぁ!!」

 

 歩けるまでに回復した俺が部屋に戻ると、いきなり箒が抱き着いてきた。

 それをなんとか受け止めるも、全身がブリキ人形と化していた俺は、一緒に尻餅をついた。

 

「ど、どうした箒。そんなに目を泣き腫らして」

「死んだのかと思ったぞ!!」

 

 死んだかと思った?

 あぁ、そうか。てっきり俺があの襲撃者に殺されたものだと思ってたんだな。

 でも、待てよ。箒もあの場に居たんだから、俺が赤いISに助けられた事も知ってるはずじゃ?

 

「不甲斐ない。私はお前に何もしてやれなかった。お前がやられそうになった時、私は気を……」

「もしかして――気を失っていたのか?」

「…………ぅん」

 

 要するにこういう事だ。箒は俺が殺されかけたショックで失神し、<レッド・ティアーズ>に助けられた事を知らないまま、今に至る、と。

 しかし、あの箒がショックで失神とはな。相当、胆が据わっていると思っていたんだが。

 ともあれ、俺は心配をかけたことをあやまるように、箒の頭を撫でた。

 

「そっか。心配かけて、悪かったな」

「ふん、まったくだ。これからは余計な心配をかけさせるなよッ」

 

 ふんっとそっぽを向く箒に、俺は答えず髪を撫で続けた。

 悪いな、箒。たぶんそれはできない。すくなくても、俺に専用機(ちから)がある内は。

 持つ者は、持たざる者を守る義務がある。

 たとえ、また危険な目に遭うとしても、俺は大事な人たちを守るために立ち向かうと思う。

 

「なんだ、その申し訳なさそうな顔は」

「なんでもねーよ。それより鈴から伝言だ――『押しかけて悪かった』ってさ」

「ふん、悪いと思っているなら、伝言ではなく自分から謝りにくるべきだ」

 

 腕を組んでそう主張する箒だが、表情はさほど怒っているようには見えなかった。

 なにはともあれ、これからは幼馴染同士うまくやってくれるだろう。

 

「ところで、箒。メシはもう食ったか」

「いや、まだだ。いま起きたところなんだ」

「じゃあ、一緒にメシ食いにいくか?」

「ああ、そうだな、そうしよう。腹もすいたことだしな」

「よし決まりだな」

 

 俺は立ち上がり、箒にそっと手を差し伸べる。

 そして、ちょっとキザったらしくエスコートしながら食堂へ向かった。

 

 

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「きゃー、織斑君よ!」「おつかれさまだよ、織斑くん!」「今日の活躍、聞いたよ!」「良かったら、こっちの席にきて、今日の話を聞かせて!」「わたしも、わたしも」

 

 場面は変って食堂……なのだが、入るなり俺たちは強烈な熱視線を受けていた。それも日頃から受ける男卑の視線とは違う、まるで英雄の凱旋を待ちわびていたかのような視線だ。

 

「箒、一体何があったんだ?」

「私が知ると思うか?」

 

 だよな、今まで気を失っていた箒が原因を知るわけもない。

 ともあれ、考えても仕方ないので、俺たちは視線の集中砲火を掻い潜りながら、食券を買った。そして適当な席を探すが、時間が遅かった事もあって、どこも満席状態だった。

 仕方ない。テーブル席は諦めて、適当に座れそうな場所を見つけて――

 

「一夏さん、こちら二人分空いていますわよ~」

 

 と、声をかけてきたのはセシリアだ。おお、セシリア、ナイス。

 というわけで、俺と箒はセシリアの場所に向かった。その途中『ええ、そっち行っいっちゃうの~』とか『今日の話とか聞きたかったのに~』とか、いろいろ聞こえてきたが無視だ、無視。断固、無視だ。

 

「お? 鈴とアリスも一緒なのか」

 

 同席では鈴とアリスが仲良くラーメンを啜っていた。

 

「ん、ばったりあってね」

「そうか。ところでさ、いつに増して騒がしいんだが、何かあったのか?」

「学園の窮地を救った英雄の凱旋ですから、湧き立つのは当然では?」

 

 レンゲの中にミニラーメンを作りながら、アリスがそんな事を言う。

 俺は自分の耳を疑った。学園を危機から救った英雄? 俺が?

 それは鈴も同じだったらしく、持っていたレンゲをピタリと止めた。

 

「違うわ。あたしたち――いえ、学園を窮地から救ったのは、あの赤いISよ」

「そうだ。俺は無残にやられただけだ。学園も、鈴も、何も守れちゃいない」

 

 俺と鈴が異論を唱えても、アリスは『赤いIS?』と不思議そうに首を傾げるばかり。

 ただ状況が飲み込めない箒だけは、首を傾げ、『赤いISとはなんだ?』と疑問符を浮かべていた。

 

「でも、みなさん、噂してますよ。織斑一夏が勇敢に戦い、襲撃者を倒したと」

「それは噂だろ。当事者がこう言っているんだ。間違いない」

「その事についてだが、織斑、鳳、ちょっとこい」

 

 アリスとの口論に、割り込んできたのは千冬姉だ。

 千冬姉は目線で『ついてこい』と俺たちの退席を促す。

 きっと今回の件についてだろうと踏んだ俺と鈴は、素直に従った。

 

「この辺でいいだろう」

 

 食堂からやや離れ、人気の無い所までやってきたところで千冬姉は足を止めた。

 

「もう気付いていると思うが、所属不明のISはお前たちよって破壊された事になっている。これは単なる噂ではない。学園の意向だ。以後、そのように振舞え。いいな」

「なんで、そんな事するんだよ。ちゃんと本当の事、話せばいいだろ?」

「なら話すか? 『例のISを取り逃がしたから、再び学園が襲撃されるかもしれない』と。そんな不安を煽ってみろ。学食で食事している連中はどういう顔をする? パーティー会場が一瞬で通夜になるぞ?」

 

 千冬姉の言葉に俺は唇を噛んだ。

 千冬姉が言うとおりだ。ああやって騒いでいられるのは“俺がアイツを倒した”という事実(ウソ)があるからだ。嘘で人が幸せになる事だってある。真実が人を不幸にする事も……

 

「それに全てが嘘でもない。おまえがあの娘共のために、決死の覚悟で戦ったのは事実だ」

「でも、戦っただけだ。結果的に俺は何も守れなかった」

 

 俺は拳を強く握りしめた。

 勇敢に戦っただけじゃ意味がないんだ。守りたいものを守れてこそ、そこに意味がある。

 大事なのは結果。いくら努力が尊くても、その過程を誇ってしまっては本末転倒だ。

 

「そうか。なら、嘘を真実に変えてみせろ」

「え?」

「例のISが、おまえの言う<レッド・ティアーズ>に撃墜されたとは限らないだろう。事実として<ゴーレム>の残骸は発見されていない。なら再び襲撃してくる可能性もある。もし、そうなった時、今度はお前の手で仕留めろ。そして偽りの英雄から真の英雄になればいい」

 

 千冬姉の言葉を、俺は強く自分の中で反芻させた。

 そうだ。今回は何も守れなかったけど、今度は俺の手でみんなを守ってみせよう。

 

「千冬姉、俺、英雄なんかに興味はないけど、強くなるよ。強くなって、今度こそみんなを守る」

「それでこそ私の弟だ」

 

 千冬姉はどこか嬉しそうに俺の頭をクシャクシャと乱暴に撫でた。

 

「鳳、おまえはIS操縦者として、そして専用機持ちとして一夏の先輩だ。よろしくたのむぞ」

「え! は、はい!」

 

 面を食らう鈴だったが、すぐさま嬉しそうに返事した。

 きっと織斑先生のお墨付きを貰えたのが嬉しかったのだろう。

 

「愚弟を頼んだぞ」

 

 酷い言われようだが、期待されているのは分かった。俺もそれに応えないとな。

 千冬姉は闇へ溶け込むように姿を晦ます――途中、思い出したように振り返った。

 

「それと、お前たちが見た赤いISについてだが、学園は取り扱わない方針を出した。どうしても知りたいなら、“危険”が及ばない程度に、自分たちで調べろ」

 

 学園は<レッド・ティアーズ>について調査しない、それでも知りたいなら自分で調べろ、か。

 命の恩人だし、礼ぐらい言いたいな。おそらく学園の生徒だろうし、ちょっと探ってみるか。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 食後。帰宅した一夏は備えられたデスクに腰を下した。それから無料配布されているタブレット端末とISの参考書を開き、セシリアが作成した《シールド無効化攻撃》戦術チャートに目を通しはじめる。

 その顔は“向上心に溢れている”というより、使命感に駆られたような表情だった。

 もしかしたら、鈴を守れなかった負い目がそうさせているのかもしれない。

 

(今日ぐらい、休めばいいものを)

 

 同室の箒はそう思う。けれど、そう言ったところで彼は『大丈夫さ』というだろう。

 それがわかる箒は、台所に向かった。リラックス効果のあるハーブティーがあったはずなのだ。

 

「あまり、根を詰めすぎるなよ」

 

 箒が淹れたハーブ茶を、一夏は「お、サンキュ」と受け取った。そして口にして「うまいな」と微笑む。箒は照れ隠しに「当然だ、私が入れたのだからな」と威張った。その取るに足らないやり取りが、とても愛おしかった。

 

(これがずっと続けばいいな)

 

 好きな彼と時間を共有できる嬉しさに心を弾ませていると、ノックの音が届いた。

 

「はい、いま出ます。――――あれ、山田先生、どうしたんですか、こんな時間に」

 

 夜中の訪問者は真耶だった。箒はなぜか嫌な予感がした。

 

「夜分、遅くにすみません、織斑くん。いきなりですが、篠ノ之さんに部屋を移動して頂こうと思いまして」

「え?」

 

 その言葉に、箒は奈落へ突き落とされたような気分になった。

 お引越し、お引越し、それは箒が子供の頃から散々してきたもの。そして大嫌いなもの。

 もう縁がないと思っていたのに、またお引越し……

 『私はヤドカリじゃないんだぞ』と心で叫びながら、箒は冷静を装い言った。

 

「それはどうしても、なのでしょうか?」

 

 さきほど時間を共有できる喜びを噛みしめていたばかりだ。

 それに専用機がない箒にとって、一夏と同室は恋のアドバンテージなのである。

 箒は思わず食い下がった。

 

「ええ。やはり若い男女を同室にするのは、良くないと指摘されまして」

「わ、私なら大丈夫かと。もし一夏が不埒な行為に及んだら私が成敗しますので」

「でも、篠ノ之さん、押しに弱そうですし」

「そんな事は……」

 

 ~以下、箒の妄想~

 

『箒、俺もう我慢できないんだ』

『ま、まて、一夏。私はまだ心の準備というモノが……』

『いいだろ。それとも箒は俺の事が嫌いか? 俺は箒の事が好きだぞ』

『そんな言葉ずるい』

『大丈夫、優しくするから。な?』

『うん……』

 

 確かに一夏に迫られたら、押しのける自信が――いやいや、そんな事ないぞ!

 

来月の転入生のこともありますので(・・・・・・・・・・・)、篠ノ之さんは荷物をまとめてください」

 

 ああ、現実は非常である。もう腹を括るしかないのだろうか。

 箒は最後の望みを託すように、一夏へ視線を送った。

 

「俺なら大丈夫だ。箒がいなくても、一人で起きられるし、歯も磨けるぞ」

(赤ん坊じゃあるまし、そんなのは出来て当然だ!)

 

 と、箒は内心で拳を握りしめながら怒りを抱く。

 それ以上に一夏の平気な態度がなぜか頭にきた。アリスの時は未練たらたらだったくせに!

 

「わかりました! 今すぐ部屋を移ります! ええ、今すぐ!」

 

 もうこんな唐変朴なんか知るか。夜な夜な私が去った寂しさで一人枕を濡らすがいい。

 視線でそう訴え、箒は乱暴に荷物をまとめる。もともと私物は多くないので、荷造りは直ぐに終わった。

 

「世話になったな!」

 

 と、乱暴に言葉を叩きつけ、箒は大股で部屋を出ていく。

 一夏は引きとめようせず「おお、達者でな」と手を振り、それを見送った

 箒は “……もぉ! 一夏のばかッ!”と内心で罵った。

 

 

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 夕食を終えたあと、なんとか誤魔化しきった私は、ヘトヘトな気分で部屋のカードリーダーに学生証をスラッシュした。

 アンロックの文字が表示されるのを確認してドアノブを回す。――次の瞬間、人の気配を感じ、私は臨戦態勢に入った。

 私に同居人はいない。知人なら断りなく部屋に上がるマネなどしないだろう。

 とすれば不法侵入の可能性が高いが、おかしな事に部屋の明かりはついていた。

 

「こんばんは、月が綺麗ね」

 

 と、部屋にいた女性が嗜んでいたコーヒカップを軽くあげる。

 優雅なプラチナブロンドを月明かりで煌めかせ、そう微笑んだ女性はロリーナだった。

 私はどっと力が抜けた。はぁ~、来るなら来るって連絡ぐらいしてください。

 

「どうしたの?」

「いえ、なにも……」

 

 私はとりあえず部屋に入り、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す。

 それをパキッとひねり、デスクのチェアーに腰かけた。

 

「しかし、よくここのロックを外せましたね」

 

 IS学園は国防の肝となるIS操縦者を育てる学校だ。防犯とセキュリティーはしっかり成されている(ちなみに、この部屋のガラスだって密かに防弾ガラスだ)。学園が配布するIDカードがないとこの施設には立ち入れないはずだが。

 

「学園の機能をリカバリーしたときに、ちょっと細工をね」

 

 サイバー攻撃を受け、ダウンしていた学園のシステムは、私の帰還と共に回復した。

 それは、彼女が奪われたシステムに侵入してシステムをリカバリーしたからだ。彼女はそれほどコンピューターの造形が深い。

 

「そうでしたか。で、今日はどのような要件で? 必要な報告はすでに行いましたが?」

「あらあら、せっかく会いにきたのに素っ気ない。昔はどこへ行くにも、私のあとをついてきたのにね~? あの頃の可愛いアリスはどこへ行ってしまったのかしら」

 

 と、すねたように腕を組むロリーナ。母性たっぷりな巨乳がたゆんと揺れた。

 

「それは捏造です」

 

 私が組織に加入したのは1年とちょっと前だ。それ以前はアメリカにいた。

 彼女とは組織加入からの付き合いなので、彼女が私の幼少期など知るはずがない。

 

「うふふ、そうだったかしら。まあいいわ、本題に移りましょう。鹵獲したISなのだけど」

「何かわかりましたか?」

「残念ながら、最初から他の手に渡ることを想定していたみたいで、部品の出所がわからないよう隠蔽されていたわ。でも、ナノレベルで調査すれば、何か手掛かりが掴めるかもしれないわ。時間はかかるでしょうけど」

 

 あれだけ準備周到だったのだ。それぐらいの細工はしてあって当然か。

 

「でも、現時点でこれだけは言えるわ。学園襲撃を目論んだ組織はかなり高い技術力、それこそ私たちと同等か、それ以上の力を持っていると見ていい」

「ほんとですか?」

 

 <デウス・エクス・マキナ>の技術力は米軍をも凌ぐ。それらを齎しているのが、目の前の才媛ロリーナ・リデルであるのだけど、そんな彼女より高いテクノロジーを持つテロ組織がある。にわかには信じられない話だ。

 ロリーナの言葉に自然と空気が重くなる。空気の粘度が増した気がした。

 

「じゃ、今回の襲撃の目的は?」

「陽動、だったのかしら。情報部は各国のインテリジェンス・コミュニティーと連携して警戒にあたっているけど、今のところ動きがあったという報告はないわ。もしかしたら、他の目的や意味があったのかもしれない」

「たとえば私たちへの挑戦状?」

「ありえるわね。『我々は世界を転覆させるだけの力を持っている。さあ、止めてみろ、秩序の番犬を名乗る偽善者どもめ』とでも言いたいのかもしれない。なんにせよ、再び世界が荒れそうだわ」

「荒事には慣れています」

「頼もしいわね。期待しているわ、アリス・リデル」

 

 ロリーナのウィンクに、私は『はい』と強く頷く。

 その時、部屋にノックの音が響いた。

 

「ロリーナ、お客が来たようです」

 

 と、振り返るが、そこにもうロリーナはいなかった。

 「あなたを可愛がるのは今度にするわ」という置き手紙と、ほのかな甘い香りを残して。

 忙しない女性だなと思いながら、私は来客の応対に向かった。

 

「どちら様でしょうか?」

 

 ドアを開けると、山田先生と不機嫌な篠ノ之さんが立っていた。

 なんでしょうか。遊びに来たという具合ではなさそうですが。

 

「こんばんは、リデルさん。えっと。実は部屋割りを変更することになりまして」

「変更?」

「はい、若い男女を同じ部屋にするのはいろいろと問題があると指摘されまして。篠ノ之さんをこちらに移すことになったんです」

 

 なるほど。二人とも多感な時期ですからね。一夜の過ちで何が起こるか分からない。

 もし、そんな事が起きれば、学園側としても一大事だ。

 

「そういう訳なので仲良くしてあげてください。――では、私はこれで」

 

 篠ノ之さんを残して、山田先生は部屋を退室していった。まだ事後処理があるらしい。

 私はとりあえず、不機嫌そうな篠ノ之さんを部屋に招き入れた。

 

「では、改めて。これからよろしくお願いしますね、篠ノ之さん」

「ああ、よろしく頼む」

 

 挨拶もそこそこに、篠ノ之さんは荷物を乱暴に置き、不貞腐れたように腰掛けた。

 この様子だと一夏と一悶着あったようですね。とりあえず、話だけでも聞いてみましょうか。

 

「篠ノ之さん、ご機嫌ナナメのようですが、どうしたのですか?」

「別に私は機嫌を損ねてなどいない。生まれつきこういう顔だ」

 

 そう言うも、顔にはしっかり『私は機嫌が悪いぞ』と書かれている。

 前から思っていたのですが、篠ノ之さんって硬派を演じているわりには、意外と顔に出やすいタイプですよね。

 

「もしかして一夏と同室じゃなくなったからですか?」

 

 篠ノ之さんはぐっと唸って狼狽したが、

 

「だ、男女七歳にして同衾せず。先生は正しい対応をした。それは理解している。ただ……」

「ただ?」

「私は一夏にほんの少しさびしがる素振りを見せて欲しかったのだ」

 

 篠ノ之さんは頬を赤くして本音を告げた。

 なるほど。去り際の態度が素っ気なかったから、すねているのか。

 一夏に懸想する篠ノ之さんとしては、気の利いた別れ言葉が欲しかったのだろう。

 その気持ちが分からないでもなかった私は、彼に代わって気の利いた言葉を探した。

 

「大丈夫ですよ、そんなことで悩まなくなって。あなたと彼には強い絆があるでしょ?」

 

 一夏と篠ノ之さんの間に特別な絆がある。剣道という、切り結ぶことで紡いだ絆が。

 その絆は部屋が別々になったぐらいじゃ、きっと揺らがない。

 

「そうか、そうかもしれんな」

「ええ、そうですとも。それに今生の別れをしたわけないじゃないのだし」

 

 私がそう笑みかけたその時、部屋に再びノックが響いた。

 今日はなんだが訪問者の多い日ですね。鈴でも遊びに来たかな?

 

「は~い、どちらさまで?」

「俺なんだが、ちょっといいか?」

 

 声は件の一夏だった。私は「もしかしたら」と篠ノ之さんに期待させるような視線を送る。

 それから「いま、開けます」と部屋のドアを開けに向かった。

 

「どうしました。もしかして篠ノ之さんに用でも?」

「いや、そうじゃないんだ」

 

 さらっと期待を裏切る一夏に、私は同情の念を抱かずにはいられなかった

 だが、彼が発した次の言葉は、それとは比較にならない衝撃を私たちに齎した。

 

「あのさ、アリス、よかったら、付き合ってくれないか?」

 

 この時、背後でめそっと誰かが泣く音を聞いた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「母さん、俺だ」

「おお、ロキくん、どうだった」

「学園に送り込んだナルヴィの信号がロストした。おそらく撃破されたか、そのあたりだろう」

「そっか。まあ、仕方ないね、開戦の使者の末路は、総じてそういうものだから。それに<ナルヴィ>は十分に囮の役割を果たしくれたんでしょ?」

「ああ、警備が薄手になったおかげで、IS学園の地下区画の侵入も安易だった」

「で、束さんの<探し物>は見つかったかい? ワクワク」

「いや、残念ながら見つからなかったようだ。レインの報告によれば、IS学園の深層部に侵入するには、よりレベルの高いセキュリティークリアランス<Level5>が必要だったらしい」

「ん? 白式を媒体に潜伏させたプログラム(トロイの木馬)でもセキュリティーを無力化できなかったの?」

「ああ、深層部には特別強力な侵入検知装置(IDS)が使われていたそうだ。人工免疫を取り入れたセキュリティーシステムだ。正当なコーデックでなければ、アクセスは全て異物として駆除される仕掛けらしい。母さんのプログラムは<Level4>まで無力化できたが、深層部の侵入に必要な<Level5>は突破できなかった」

「むむ、やるなー。でも、これで明らかになったね。学園にはそうまでして守りたいものがある」

「ああ、IS学園はただの教育機関ではない。あそこには何かある」

 

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