IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina   作:ネコッテ

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<英雄譚のはじまり>
第1話 アリス in ハイスクール


 作戦終了後、<デウス・エクス・マキナ>仮設基地――IS整備ドック。

 イランでの作戦を終えた私は、デジタルボードを片手にフラフラと弾薬箱の上に腰かけた。

 博士確保のあと、Mig-29が接近してきいたため、撤退はかなりスリリングだった。

 ISや輸送機に装備されているEOCシステムは、Mig-29のレーダーやミサイルからも逃れられるけど完全ではない。それだけに殿を務めた私は気疲れしていた。

 

「やれやれ」

 

 夕食のカロリーメイトを取り出し、報告書の製作に取り掛かる。

 その前では、ハンガーに掛けられた<赤騎士>が整備のためバラバラに分解されていた。

 

「もうオーバーホールですか?」

《Yes my honey――いまから精密検査》

 

 本体から外され、クレーンに吊るされた赤い単眼装置――<レッドクイーン>がそう言うと、傍らの整備員が私に半眼を向けた。

 

「そうそう。どっかの誰かさんが、避けられたロケット弾を受け止めたせいでね」

 

 そう言ったのはISの整備長だ。歳は三十代前半。ベリーショートがカッコいい女性だ。ただ、目は無駄な手間を増やした私を批難するように笑っていない。なんだか気まずくなった私は視線を逸らした。

 

「せ、戦意を喪失させるにはいい手だったんですよ」

「だとしても、もうすこし機体を大切に扱ってほしいわ。ね、<レッドクイーン>」

《Yes Mechanical chief――ハニーは操縦が荒っぽい》

「うん、うん。この際だからもっと言ってやんな」

《Yes Mechanical chief――この前も、ジェネレーターを酷使してオーバーヒートさせかけた。電磁筋肉だってハニーが操縦者だと、消耗断裂現象(EOF)が酷くてすぐダメになる。骨格も作戦が終わると矯正が必要。ハニーのせいで整備班から「おまえは<ハンガークイーン>だな」って笑われてる》

「ホントによ。そもそもこの<赤騎士>は実験機なんだからね、余剰パーツが少ないのよ? それをなんとかやりくりして整備しているこっちの身にもなりなさい」

「わかっていますって」

 

 ステレオ音源の説教に私は耳を塞ぐ。

 こっちはシビアな作戦を終えたばかりでて疲れているのに……

 

「ほんとうにわかってる?」

「ええ、ええ、ちゃんと感謝しています。私がこうして戦えるのは整備班さまのおかげです」

「うむ。よろしい」

 

 整備班長は『以後、気をつけるように』と頷く。

 ようやく整備長のお叱りから逃れられたところで、私は改めて<赤騎士>しいてはISを見つめた。

 

「インフィニット・ストラトス、か」

 

 前世紀、アメリカなど先進国でもパワードスーツの研究は行われていたけれど、ISはそのどれとも一線を画している。攻撃力、防御力、機動力のどれをとっても現行兵器のそれを上回る。いまやIS失くして先進国家の国防は成り立たない。

 けれど、そんな最強の機動兵器にも欠点が存在した。

 

「なんで女性にしか動かせないんでしょうね」

 

 そう、ISは女性にしか扱えないのである。

 そういう理由もあって、女性が国防の一端を担うようになってからは、世界中で女性の機運が高まった。それを世論と汲み取った各国政府は、女性優遇の政策を実施。『女性の社会進出』を謳って始まったそれは、瞬く間に世界を母権社会へと変えていった。

 

「さあね」

 

 整備長が気のない返事を返す。

 あまり興味がない――というよりは整備に集中している――様子だったが、私は続けた。

 

「なんでも男性が乗ると、ISの<コア>が反応しなくなるって話でしょ?」

 

 <コア>というのは、ISの中核を成すパーツの名称だ。このパーツなくして、ISは起動さえままならない。まさにISの核なわけである。その<コア>を解析できれば、女性にしか扱えない理由も判明するかもしれないらしい。――らしいと言うのも、この<コア>はブラックボックス化されており、解析できないようになっているのだ。

 

「技術部の連中も必死で解析してるらしいわね」

「ロリーナなら解明しそうですけどね」

 

 一見、機械とは無縁そうなロリーナだけど、篠ノ之束と肩を並べる才媛だ。特にロボット工学と人工知能の分野に秀でていて、この<赤騎士>もロリーナの手製だ。それだけではなく、この組織の兵器システムの多くは、彼女の知識によって齎されたものである。

 

「そうね。あの女ならやってのけそうねぇ」

《でも、仮に解明できても、それは徒労に終わるかもしれない》

 

 私たちはクレーンに釣られたままの人工知能を見た。

 

「なぜです?」

 

 意識を向ける私たちに、<レッドクイーン>がとんでもない事実を告げた。

 

《ISに乗れる男性が現れたらしい》

 

 告げられた事実に、私は食べていたカロリーメイトを落とした。

 整備長も驚きでテクニカルキーボードを落す。

 

「それ、本当なの<レッドクイーン>!?」

《私はHAL9000と違って嘘がつけるけど、これはホント。いま日本の放送でやってる》

 

 さきから大人しいと思っていたら、ずっと日本のチャンネルに接続していたのか。

 いや、それより今はISを動かせる男性だ。

 

「<レッドクイーン>、それ、映せますか?」

《Yes my honey――チーフ、私を<赤騎士>に接続して》

「OK、ちょっと待ってな」

 

 整備長は目にも止まらない速さで、<赤騎士>に<レッドクイーン>を接続する。

 互いがオンラインになり、<赤騎士>の投影型モニターに件のニュース映像が映し出された。

 

「お、イケメンじゃないの」

 

 モニターに映っていた少年は、私とたいして年齢の変わらない男の子だった。黒髪の短髪で、顔立ちはなかなか精悍だ。番組のテロップによると、名前は織斑一夏と言うそうだ。

 モニター内では、アナウンサーと思わしき人物が『彼の今後は――』や『政府の対応は――』と原稿を読み上げている。やがて一頻読み上げると、番組は別のニュースを報道し始めた。

 あとはどうでもいい情報だったので、私はモニターから離れる。

 

「いやはや、まさか本当に男性のIS適正者がでてくとはね」

 

 考えてみれば有り得た事態なのだろうけど、それでも私たちは驚愕を禁じ得なかった。

 また織斑の姓が、一段と私たちに驚きを与えてくる。

 

(もしかして、あの人はこうなる事を予測していたのでしょうか)

 

 と、そう憶測する私の許へ、一人の整備員が駆けてくる。

 

「いた、いた。アリス、ロリーナが部屋に来てくれって」

 

 この呼び出しに、私はなんとなく何を告げられるのか見当がついた。

 

 

       ♡          ♣          ♤        ♦

 

 

 目的地であるロリーナの部屋につき、私はノックした。

 『どうぞ』と返ってきたので、『失礼します』とドアノブを回して、部屋に入る。

 

「いらっしゃい。好きなところにかけて」

 

 室内に入ると、ロリーナがティーセットの準備をしていた。私はテーブルをかこうソファーに腰を下ろす。その正面にティーセットを持ってきたロリーナが座った。

 

「貴女を呼んだのは他でもないの。実は貴女に頼みたい事があってね」

 

 ロリーナは紅茶を準備する片手間、ガラス張りのアンティークテーブルにある資料を広げた。

 その一つを手に取る。いくつかの写真と文面が目に入った。何かのパンフレットのようだが。

 

「IS学園?」

 

 表紙には、そう書かれていた。

 ISの登場により、軍隊の在り方が根底から覆った。この未曾有の事態に対し、世界はISについて協議する場<国際IS委員会>を設け、次にISの運用や開発を規制する協定――通称<アラスカ条約>を制定。これにより原則(・・)ISの戦争利用が禁止され、ISはスポーツへとそのベクトルを変えていった。

 はたして兵器同士の戦いがスポーツと呼べるのか。

 それは別として、その操縦者を育成するために創立されたのが、このIS学園だ。

 そのパンフレットを渡して、私にどうさせようというのでしょう。まさかとは思いますけど。

 

「実は貴女にココへ入学してもらいたいの」

 

 優美な動きでティーカップに紅茶を注ぎながら、ロリーナはそう言った。

 

「知っての通り、ISに関連する人材は、この学園で育成されるわ。いわばISの登竜門。そのことからIS学園には各国の最新鋭機と、それを駆る優秀な操縦者が集うの。――お砂糖はいくつ?」

「ひとつで」

「ひとつね。で、貴女にはこのIS学園に入学して、その情報をリークして欲しいの。はい、どうぞ」

 

 私はロリーナからティーカップを受け取り、内容を確認した。

 

「つまり私に密偵になれと」

「ええ、引き受けてくれるかしら?」

 

 紅茶を一口啜り、私は『わかりました』と了解した。もともとIS学園には興味があったので快諾する。なにより“頼み事”と言っていても、これは実質の命令だ。断る事はできない。

 だが、一つだけ腑に落ちない点があった。

 

「ですが、本来こういった任務(テキント)は情報部の仕事なのでは?」

 

 本来、偵察や諜報といった情報収集は『情報部』の仕事だ。それを基に作戦を実行するのが私の所属する『作戦部』。本来こういった任務が、私に回されてくる事は珍しい。

 

「私たちの組織はどの部署も有能な人材で構成されているけど、そんな人材の発掘は安易じゃないの。それあって常に慢性的な人材不足に悩まされているわ。情報部も人員が足りていなくてね」

「なるほど。だから私にこのような任務が」

 

 私は納得した顔で、もう一口紅茶を啜る。

 人手不足なら仕方が無い。月並みの言葉だが、困った時は助け合いが肝心だ。

 

「入学手続きはコチラでしておくわ。あと<赤騎士>も持って行ってかまわないから」

「いいのですか?」

「ええ。ただし、公然での使用は控えて。<赤騎士>の<コア>ナンバーは、どこの国家にも機関にも登録されていないから。もし<国際IS委員会>に目をつけられたら厄介よ」

 

 ISは数に限りがあり、国家の軍事力を左右する性能がある。そのため、国際機関で保有数や所属について厳しい取り決めが成されている。そんな状況下で所属不明のISを露見させれば、所有者である私も当然<国際IS委員会>の拘束を受けることになるだろう。数多くある国際機関の中でも、<国際IS委員会>は強い権限を持つ。

 

「一応、あなたの偽装身分に合わせて<コア>のダミー国籍を用意するつもりだから、それまでは我慢してちょうだい」

「わかりました」

 

 その後、一頻り説明を受け、IS学園のパンフレットを持って、ロリーナの部屋を出た。

 そして、パンフレットに目を通しながら来た道を戻る。

 

「ふむふむ。学園は全寮制で、制服は改造OKなのですか」

 

 私はどういう風にしようかな。

 学園生活の妄想を膨らませながら、私は相棒の待つISの整備ドックへ向かった。

 

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