IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina 作:ネコッテ
「え、あれリデルさんの専用機?」
「うそ、持ってたの? というか、いまの機体制御すごくなかった」
「それにしても、全然みたことのない機種だよね。どこの機体なんだろ」
注目を集める自分の愛機に私は人知れず溜息をつく。
VTシステムの確証が得られるまで、<赤騎士>の存在は秘匿したかったけど、こうなっては仕方ない。私は機体を回頭させて、驚愕する一夏たちの方を向いた。
「アリス、そのIS……」
「まさか、あんたがあの時の……」
驚愕。まさしく二人はそんな顔をしていた。
オルコットさんに至っては、桜唇を噛み、赤面しながらぐぬぬと唸っている。
「えっと、言いたい事はあると思いますが、問答は後にしましょう」
と、私は不甲斐なさに落ち込む山田先生をおろし、千冬さんの様子を窺った。
「わかっているじゃないか。詳しいことは後々訊くとして、おまえも実演に参加しろ」
「私もですか?」
「ああ。凰の話だと、例の襲撃者を圧倒したのだろ? おまえの実力に興味がある」
私は思案した。私は密偵。これ以上、周囲の関心を引くのは好ましくない――のだが、千冬さんの命令じゃ私に拒否権はないのだろう。NOと言ってもやらされるに決まっている。
「わかりました」
観念した私はオルコットさんの隣に並んだ。
その私を、オルコットさんが涙目で見てくる。
「あなたからすれば、先のわたくしはさぞかし滑稽だったでしょうね……」
「着替えでの一件でしたら、何も思っていませんから……」
とフォローするも、オルコットさんは「フンッ」と顔をそらす。
「そういいながら、どうせ内心では笑ってらしゃったくせに」
「あなたにとって、わたくしはクソ貴族ですものね!」と、オルコットさん。
はぁ、なぜこんなに根に持たれているのでしょう。なにかしました?――あ、しましたね。
「まあ、いいですわ。それより、アリスさんも専用機をお持ちでしたのね。驚きましたわ。ええ、本当に。IS適正Cだと、お聞きしていましたのに」
目頭に浮かんでいた涙を拭い、疑念を孕んだ口調で彼女はそう言った。
彼女が疑うのも無理のない話だ。
ISは大隊も駆逐できる兵器。そんな物の使用可否を個人の理性に委ねるのだから、専用機持ちの選考は、入念かつ厳重に行われる。間違っても、適性値が【C+】――ISの適性値というモノは、その管理能力の有無を見定めるものでもある――の私に専用機が託されることはない。
「それに、本国がそんな機体を開発していたなんて聞き及んでおりませんでしたわよ?」
「これには、いろいろ事情がありまして……」
強くなる懐疑の眼差しに、私は『やっぱりそうなりますよね』と内心で泣いた。
一応、<コア>には、イギリスの国籍が登録してある。組織のステンシルも“一角獣と獅子”のペイントで隠しておいた。第三者から見ればイギリスの機体に見えるけど、さすがにイギリスの代表候補生の目は欺けませんよね……。
「あら、そうですの。ま、いいですわよ?」
とは言うものの、疑いの視線は強まる一方で――
「それでわたくしたちのお相手は? 個人的にはアリスさんと闘ってみたいのですけどー」
挑戦的な流し目を寄こされ、私はあぶら汗をかいた。あからさまに“探り”を入れてこようとするオルコットさんから逃げるように、私は事を進めた。
「そ、それで、私たちの対戦相手というのは、やはり?」
「そうだ。おまえたちの対戦相手は山田先生だ」
予想外の対戦相手だったのか、鈴とオルコットさんは目を丸くした。
「山田先生だけ? 二対二のツーマンセルじゃなくて? 流石にそれはねえ」
「ええ。わたくしたちを甘く見すぎではなくて?」
鈴が肩を竦め、オルコットさんがせせら笑う。だが、千冬さんは不敵な笑みを零した。
「お前らこそ、真耶を侮りすぎだ。今のお前らでは、真耶の相手にならんぞ」
「でも、さっきコントロール不能に陥っていませんでした?」
「あれは
声を大きくして、織斑先生はそう言った。
山田先生はキョトンとするが、織斑先生は構わず、堂々と続ける。
「その気になれば、お前らなど瞬殺だ」
瞬殺。教師の使う言葉ではなかったが、それが二人の闘志に火をつけた。
「そこまで言うならやってやろうじゃない!」
「仕方ありませんわね。恥の上塗りになっても知りませんわよ?」
「よし。では、しばらく待機していろ」
やる気を出した二人に満足した織斑先生は、山田先生の所へ向かい、何かを耳打ちした。
私は<赤騎士>の集音機能を使って、それを盗み聞いた。
「山田先生、遠慮はいらない。天狗の鼻を圧し折ってやれ」
「いいんですか?」
「ああ、強くなるには、時に敗北も必要だ」
ご尤もな意見ですけど、無敗で頂点に立ったあなたが言うと説得力に欠けますね。
それはそうと、山田先生が私たちを圧倒できるという話だが、数的戦力、機体性能、どう見てもこちらが有利なのは間違いない。それをひっくり返すだけの技量が、山田先生にあると思えないけど。
(でも、あの織斑先生が言うからには、ウソではないのでしょう)
私自身、模擬戦の勝敗に興味はないけど、鈴たちは一夏にイイところを見せたいようだし、なにか手を打っておきますか。
私は
「あの、鈴、オルコットさん、ちょっといいですか」
「ん、何?」
「何ですの?」
「山田先生は強敵そうなので、連携が取れるようフォーメーションを決めておきませんか?」
にわかスリーマンセルよる即席の連携。どこまで通用するか判らないが、無いよりはいい。
しかし、鈴とオルコットさんは、私の提案をせせら笑った。
「強敵? あの山田先生が? 冗談はおよしになって、アリスさん」
「そうよ。どう見たって素人じゃない。あたしたちの敵じゃないわよ」
「でしたら、せめてポジションニングだけでも」
<赤騎士>は近距離型、<甲龍>は中距離型、<ブルー・ティアーズ>は遠距離型。私たちのチームは全てのレンジをカバーできている。連携ができなくても、布陣さえしっかり張れていれば、それなりに対応できる。
「心配性ですわね。仮にも専用機持ちなのですから、もっと優雅に構えたらどうですの?」
「そうよ。あんな先生、あたし一人でも十分なぐらいよ。今に解るわ」
「ですが……」
なおも説得するが、二人はまったく聞く耳を持ってくれない。それどころか、いかに一夏に魅せるかで頭が一杯らしく、肝心な思考が別の場所に行っている様子だった。
「ふふ、見ていてくださいね、一夏さん。蒼穹の狙撃手ことセシリア・オルコットがエレガントな操縦テクニックで、貴方のハートを打ち抜いてみせますわ」
「ふふ、一夏、あたしがいかに凄い幼馴染を思い知りなさい。そして、想い改めるのよ」
なんという恋は盲目だろうか。気持ちは解りますけど、負けたら魅了も何もありませんよ?
はぁ~と深い溜息をついたあと、私は彼女たちとの連携を諦める事にした。
(頼れるのは、あなただけのようです。アテにしてますよ、<レッドクイーン>)
《Yes My honey――がんばる》
♡ ♣ ♤ ♦
「では、始め!!」
千冬の合図で、緑、青、朱紫、赤色のISが宙へ駆け上がっていく。
そして、上空100mまで上昇したところで、4機のISは速度を緩め、模擬戦/試合用プログラムを起動した。投影型モニターに、ISのヒットポイントともいえる数字が表示される。
各々はそれぞれの武器を展開し、臨戦態勢に入った。
「先生、先に言っておきますけど、手加減はしませんからね」
「悪いけど、本気でいかせてもらうから」
意気込みを見せつけ、先制攻撃を仕掛けたのはセシリアだった。その後を鈴が続く。
代表候補性たちが真耶と交戦するなか、最後尾にいたアリスだけは動かない。
《ハニー、いかないの?》
「ええ、いまは後方に下がって、鈴とオルコットさんの援護に回ります」
《むむ? つまり後方支援?》
<赤騎士>は白兵戦特化のIS。手の懐に潜り込んでこそ、真価が発揮される。だというのに、後方へ下がって
しかし、そのナンセンスこそ、実は現状でのセオリーだった。
「私たちは、ぶっつけ本番で組まされたスリーマンセル。連携は求められない。下手に飛び出せば、誤射の恐れもある。ブール・オン・ブルーなんて、まっぴらごめんですからね。それに鈴たちは、一夏にイイところ見せたいと思っています。しゃしゃり出て、魅せ場を奪うなんて無粋でしょ?」
《hmm……Yes My honey》
実力を発揮できないのが不服なのか。渋々といった様子で了承する<レッドクイーン>。
そんな彼女に苦笑しつつ戦場に意識を戻すと、セシリアが真耶の射撃を巧みに躱していた。
――いや、違う。そう見えるだけだ。
一見、セシリアが可憐に攻撃をいなしているように見えるが、真耶の射撃には攻撃の意図が含まれていなかった。
なら、何のための射撃か。真耶が眼鏡の奥に知的な鋭さを宿した瞬間、その解は現れた。
「先生、そんな甘い射撃じゃ、わたくしは墜せま――――きゃっ!」
余裕を以って回避したセシリアが、あるものにぶつかる。彼女がぶつかったのは《龍咆》チャージのため一時停止していた<甲龍>だった。
セシリアを誘導して、鈴にぶつける。これが真耶の射撃の狙いだったのだ。
「ちょっ、あんた何してんのよ!? 早く離れなさいよ!!」
「鈴さんこそ、早く離れてくださいな!!」
ぶつかった衝撃で縺れた機体を引き離そうとするが、それぞれの非固定浮遊部位が干渉し合い、思うように機体を引き離せない。
これは相手にとって絶好のチャンス。――いや、真耶の計算どおりというべきか。
「貰いました!」
真耶は60mmグレネードランチャーを展開し、未だ絡み合う二人にその砲口を向けた。
動きを封じられている二人は、回避行動を取れずにいる。これでゲームセット。――と思われた瞬間。
ヒュン。
風を切る音と共に、照準を定める真耶へ“何か”が勢いよく飛来した。
その回避でグレネードランチャーの銃口が反れる。榴弾は明後日の方向に発射され、爆発した。
「ななな、なんです!?」
真耶は回避でズレた眼鏡を掛け直し、飛来してきた“何か”を確認した。
途端、掛け直した眼鏡がまたズレる。
手裏剣のように飛来してきた物体の正体が、
「得物を投げつけるなんて、相変わらず無茶な戦い方するわね、あんた」
「あら、鈴だって《双天牙月》をよく投げるじゃないですか」
「よくいうわ。双天月牙はそういう風にできてんのよ」
《双天牙月》は力学に基づいて設計されているので投擲武器として使用できる。投擲後、ブーメランのように帰還してくるのはそのためだ。しかし《ヴォーパル》は違う。それで自分たちを援護したのだから、鈴が驚き呆れるのも無理ない。
だが、どうあれ今の一撃で助かったのは、事実に他ならない。これには『ナイスフォロー』と言わざるを得なかったが、アリスに助けられたのが面白くないセシリアはそっぽを向いた。
「別に助けてもらわなくても、自分で何とかできましたわ!」
「もちろん、わかっていましたとも」
セシリアを立てつつ、アリスは腕部のワイヤーガンで投げた《ヴォーパル》を回収する。
そして、朗らかな笑みを崩し、真耶に不敵な眼差しを向けた。その瞳は猛禽類のように鋭い。
「では、
《I’m ready――いつでも、どこでも》
「では、始めましょう。IS同士によるとんでもない戦争――」
と、そこで思い留まる。
いま、<赤騎士>はイギリスのIS。それらしく振舞った方がいいか。
「いえ――踊りなさい。私と<赤騎士>の奏でるワルツで!!」
「ちょっ! わたくしの決めゼリフ――!!」
セシリアの批難などなんのその、アリスは《ヴォーパル》を構え、真耶に肉薄した。
真耶は《レッドバレット》のセミオートでこれを迎撃する。それに対し<赤騎士>が喧しく警告音を鳴らすけれど、アリスは無視して突撃した。(<レッドクイーン>は“また新品の装甲に傷がつく”と嘆いた)。
アリスには解っていたのだ。回避しても無駄だと。
真耶の射撃の腕前はピカイチ。下手な回避は、先ほどのように誘導される。ならば、下手な駆け引きはせず、被弾覚悟で特攻した方が利口だと判断したのだ。
すると、真耶の射撃精度が急激に上がった。誘導を諦め、本気で撃墜する気になったようだ。
だが、その判断は既に遅い。
「――ここは、私の距離です」
アリスは真耶に向かって《ヴォーパル》を縦一線に振り下した。真耶はアサルトライフルを放棄し、武装ラックからIS用ナイフ《ブレッドスライサー》を抜いて受け止める。
激しくぶつかり合い、膠着する<赤騎士>と<ラファール・リヴァイヴ>だったが、
「くっ! なんて切れ味ですか……」
《ヴォーパル》によって切断され始めた《ブレッドスライサー》に、真耶は驚愕した。
《ヴォーパル》は高周波超振動とPICによる慣性質量操作で、あらゆる物を切り裂く。更に<赤騎士>のジェネレーター出力は、<ラファール・リヴァイヴ>の二倍である。ジェネレーターの出力は、ISの性能を表す指標。出力が二倍なら、性能も二倍と言っていい。
それを証明するように、<赤騎士>は猛烈なパワーで<ラファール・リヴァイヴ>を切り払った。
暴虐な力に打ち負かされた<ラファール・リヴァイヴ>が、得物とその姿勢制御を失う。
大きなスキを晒した真耶にアリスが叫んだ。
「今です、鈴、オルコットさん!」
「言われなくても!!」「わかってるわよ!!」
二人は声を揃えて答え、そして応えた。
セシリアは《ブルーティアーズ》4基によるフルバーストを、鈴は衝撃砲の最大チャージ《神龍の咆哮》を、無防備な状態を晒す真耶の<ラファール・リヴァイヴ>に叩き込んだ。
壮大な爆音と暴力的な爆風で、大気が震える。その振動はアリーナの外で観戦していた一夏たちまで及んだ。
「これはやったでしょ」
今回の試合方式はクォーターゲーム。シールドポイントを1/4減らせば勝利というものだ。
先の一斉掃射は、確実に1/4以上のポイントを減少させただろう。自分たちの勝利は疑う余地もなかった。だというのに、いくら待っても、ISのウィンドウに『Win』の文字が表示されない。
これは、もしかして……
『ありえない!!』
鈴やセシリアだけではなく、千冬を除いた、全てのギャラリーがそう叫んだ。
なんと、あれだけの猛攻を受けたにも関わらず、真耶の<ラファール・リヴァイヴ>は健在だったのだ。
どうやら、彼女は土壇場で持ち直し、あれだけの攻撃を凌いでみせたらしい。
「今のは正直ダメかと思いました」
彼女自身も、自分がやってのけた神業に半信半疑の様子だった。
だが、それにより現役時代の感覚を取り戻した真耶は、瞳に強い自信を宿した。そこに頼りない今までの彼女はいない。まさに『眠れる獅子』が目覚めた瞬間であった。
「いきますッ!」
両手にマシンガンを展開した真耶が、
標的は<ブルーティアーズ>。
最初に狙撃手を潰すのは、戦場の布石。基本に忠実に従って、真耶はセシリアに肉薄した。
「い、
迫る真耶のプレッシャーにたじろぎつつ、セシリアはビットに命令した。
しかし《ブルーティアーズ》は迎撃しない。それどころかうんともすんとも云わなかった。
「え、どうして!?」
と、素っ頓狂な声を上げ、碧眼をパチクリさせるセシリア。
焦るセシリアに、<ブルー・ティアーズ>のコンソールパネルが非情な報告を告げる。
<――警告:《ブルーティアーズ》No1:BT-Energy[EMPTY]【Online】――>
<――警告:《ブルーティアーズ》No2:BT-Energy[EMPTY]【Online】――>
<――警告:《ブルーティアーズ》No3:BT-Energy[EMPTY]【Online】――>
<――警告:《ブルーティアーズ》No4:BT-Energy[EMPTY]【Online】――>
どうやら、先のフルバーストで、ビットのエネルギーを全て使い切ったらしい。
こうなれば《ブルーティアーズ》はプカプカ浮かぶただの的だ。障害物にすらならない。
セシリアは慌てて《ブルーティアーズ》を回収しようとするが、それより早く真耶が接近してきた。
「くっ! インターセプタ――」
「ていッ!」
咄嗟に呼び出した近接武装を、真耶はサマーソルトキックの要領で蹴っ飛ばした。
さらに、その勢いを活かして一回転し、至近距離からマシンガン二丁を連射する。
50、40、30、20、10――0。
マシンガンの弾雨を余すことなく浴びたセシリアのポイントが、瞬く間にゼロになる。
「オルコットさんッ」
アリスが咄嗟にフォローに回ろうとしたが、すでに遅かった。
「くっ、私が付いていながら……」
《ハニー、ヴォーパルを放棄して!》
いきなり武装を捨てろと言う<レッドクイーン>に、アリスは顔を顰めた。
その真意を確かめるべく《ヴォーパル》の刀身に視線を移す。
すると、《ヴォーパル》に粘土のような固形物がベッタリ貼り付いているのが見えた。
「――セムテックス!?」
《ヴォーパル》の刀身に張り付いていた固形物はセムテックス―― 一般的にプラスチック爆弾と呼ばれる代物だった。その爆弾は粘土のように形を自在に変えられるのが特徴で、様々な場所に設置できる。ISとて例外ではない。しかし、いつ設置された?
――もしかして真耶と鍔迫り合いをした時か!
間違いない。真耶に接触したのはあれが最初で最後だ。
真耶は押し切られると判断して、置き土産にプラスチック爆弾を残していったのだ。
(山田真耶、誘導射撃だけではなく、こんな破壊工作までできるとは……)
真耶の器用さに脱帽しつつ、アリスは《ヴォーパル》を放棄した。
直後、大きな爆発が起きる。
「レッドクイーン、損傷報告を」
《Yes My honey――本機は異常なし。《ヴォーパル》は高周波発生装置、及びPICを損傷》
「了解。もう、あの《ヴォーパル》は使い物になりませんね。放棄します」
《ヴォーパル》は高周波発生装置とPICがあってこそ、驚異的な切断力を発揮する。
その二つを失えば、鈍刀も同然だ。回収してもデットウェイトにしかならない。
一方、アリスが足止めを食らっているころ、真耶は鈴に猛攻を加えていた。
「当たれ、当たれ、当たれぇ!!」
鈴は迫りくる真耶に向かって、最大威力の《龍咆》を放つが、まるでかすりもしない。
見えないハズの砲弾が、いとも容易く躱される。その状況に鈴は目を見張った。
「もしかして、この《龍咆》が見えているとでもいうの!?」
実際には、真耶にも衝撃砲の弾は見えていなかった。
では、なぜ躱せているのか。
真耶は、鈴の攻撃パターンから衝撃砲の発射タイミングを予測して、砲撃を凌いでいた。
もちろん、これは彼女の長年の経験と洞察力、観察眼の賜物である。誰にでもできる芸当ではない。そして、この神懸り的な分析能力は、あの織斑千冬でさえ苦しめた。
「くっ! 一発でも当たれば、こっちの勝ちなのに!!」
この時の鈴は、追い詰められた人間にありがちな心理に陥っていた。
それは、焦燥による冷静さの欠如。
こういった心理に陥ると、柔軟性が失われ、動きが単調化する。戦場に於いてワンパターンな戦術が、戦局をひっくり返す事はない。そう、策を労さない戦士に、勝利の女神は微笑まないのだ。
そこへダメ押しするように、真耶が4連装の空対空ミサイルランチャーを展開した。
それが、面白いように命中する。
すぐさま<甲龍>のシールドポイントがゼロになり、鈴も戦線離脱を余儀なくされた。
こうして真耶とアリスが戦場に残ったわけだが、二人が対峙し合う事はなかった。
「降参です」
アリスが武装解除し、両手を挙げたのだ。
「え、まだポイントは残っているのに」
確かに<赤騎士>のシールドポイントには、まだ余裕がある。
戦闘継続に問題はなかったが、それでもアリスは白旗を下げなかった。
「これ以上戦っても、結果は見えていますから」
苦笑混じりにそう言うアリスの姿には、どこか諦めにも似た哀愁が漂っていた。
しかし、それが彼女の演技だと、どれだけの人が気付いただろうか。
(鈴、オルコットさんが退場したいま、私が先生を負かすメリットはない)
仮にアリスが真耶を負かせば『一般生徒 > 教師 > 代表候補生』という関係ができあがる。それは真耶や鈴たちの面子を潰す事になるだろうし、アリスの
逆にここで降参しておけば『教師 > 代表候補生 ≧ 一般生徒』にする事ができる。
若干、代表候補生の株価が下がるのは否めないが、それは対策を怠った彼女たちの自業自得だ。
「誘導射撃、破壊工作、分析能力、どれも見事でした。感服です」
アリスは腕部装甲を解除し、純粋な敬意を込めて真耶に握手を求めた。
真耶もその敬意に応えた。
「アリスさんも良い腕前でした。代表候補生に選ばれていないのが不思議なぐらいです」
「いえ、ここまで戦えたのは、私の実力じゃありません。“彼女”の性能です」
そう言って<赤騎士>の装甲をコンコンと叩く。
しかし、真耶はアリスが謙遜を見破っていた。
今回の模擬戦。チームワークは最悪だった。その中で、彼女は代表候補生たちをアシストし、自分を追い詰めさせた。個々の成績に囚われず、全体を考慮して立ち回れるのはプロの証拠だ。
(なのに、IS適性値C+、ですか)
IS適性値は【S】【A】【B】【C】【D】に【±】を加えた10段階で評価される。
もちろん、その中の最低ランクは【D-】であるが、【C+】も決して高いとは言い難い。おおよそ、平均以下、落第予備軍という位置づけである。なお【D±】は一般的に不可(適性が無い)扱いされるので、このIS学園に適性値【D】を持つ生徒は存在しない。
閑話休題。
つまり教師の経験から述べれば、アリスの適性値は【A±】あたりが適当だった。
視力の良くない真耶だが、人を見る目はある。おそらく自分の評価は間違っていない。
『ヒツジの皮を被ったオオカミ』。
真耶がそう呟いたことを知ってか知らずか、アリスは敗因を突きつけ合う鈴たちの許に向かった。
「ちょっとさ、何でぶつかってくるのよ。ビットを積んでるくせに、空間認識もできないわけ?」
「そういう鈴さんこそ、バカの一つ覚えみたいにバカスカ衝撃砲を無駄撃ち過ぎですわ」
「ふん、肝心な時にエネルギー切れ起こしている奴に言われたくないわよ!」
「まあまあ、二人とも、責任の擦り付け合いはやめましょうよ」
《ハニーの言う通り。どちらが悪いという事はない。どちらも悪い》
「なんですって!」「なによ!」
《僚友の助言の無視。自身の過大評価と対象の過小評価。織斑一夏を意識し過ぎた見るに堪えないスタンドプレー。ミス山田は強敵だったけど、相手の戦力を把握し、的確な布陣を張った上で、連携攻撃を駆使していれば、けして勝てない相手ではなかった。つまり、わたしたちは勝てた勝負をみすみすドブに捨てたのも同じ》
<レッドクイーン>が犯したミスを的確に列挙していく。なまじAIだけに容赦がない。
悔しいが、反論の材料が見当たらなかった。そこへ千冬がやってくる。
「まったく<レッドクイーン>の言うとおりだな。己の力を驕り、私欲のために戦っては必ずそうなる。よい勉強になっただろ?」
『はい……』
今回、その事を痛感――痛いぐらい学んだ鈴とセシリアは、素直に頷いた。
「さて、これで諸君らにも、教員の実力が理解できただろう。以後、敬意を以って接するように」
千冬が両手をパンパンと叩き、皆の注目を集めながら、模擬戦の終了を宣言する。
アリスたちも反省会をそこそこに、各クラスの場所へと戻っていった。