IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina   作:ネコッテ

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第20話 実習Ⅱ

「では、これより実機を用いた実習訓練を行う。全員、心してかかれ」

『はいッ!』

 

 千冬姉の注意喚起に、生徒たちは緊張と興奮の混じった声で返事をした。

 IS学園のカリキュラムでは、まず一ヶ月間に亘り、講習とシミュレーター訓練を受ける。実機の訓練は、それが修了してからだ(俺の場合は時間がなかったので、その過程をすっぽかしたが)。

 そして今日が初の実機訓練となる。それあって、生徒たちのやる気も高い。

 

「よし。まずはグループ分けだ。A班からE班の5つに別れろ。専用機持ちは各自のグループリーダーとなるように。A班は織斑、B班はオルコット、C班は凰、D班はデュノア、E班はボーデヴィッヒだ。では、行動しろ」

 

 千冬姉の手を叩く音に合わせて、それぞれが移動を始める。

 9人あまりのグループが5つできあがると、女の子たちはさっそくお喋りに勤しみ出した。

 

「あ、織斑君の班だ。よろしくね♪」

「セシリアって入試、主席だったよね。いろいろと教えてね」

「鳳さん、今度よかったら、襲撃の時の話、聞かせてよ」

「よろしくね、デュノア君。ちなみに、わたしはミサンドリーじゃないよ」

「………………」

 

 それぞれの班が雑談に花を咲かす中、ラウラだけのグループだけ静まり返っていた。

 原因は言わずながらラウラだ。ラウラの人を蔑むような目付きと、馴れ合いを拒むオーラが和気藹々とした雰囲気を許さず、その場を絶対零度に変えていた。

 仮に勇気を出して、コミュニケーションを図ってみても――

 

「よ、よろしくね、ボーデヴィッヒさん」

「……ふん。馴れ馴れしく話しかけてくるな」

 

 この顛末である。これが照れ隠しなら可愛いいのだけど、本気の拒絶だから手に負えない。

 さすがに同グループの女の子が可哀想になってきたな。クラス代表として何か言ってやろうか。

 

「織斑、おまえが行ったら、火に油を注ぐようなもんだぞ。今朝の出来事を忘れたのか?」

 

 千冬姉の自制に、俺は踏み出した足を止める。

 そうだった。あいつは俺を嫌悪している。そんな俺が注意したところで、アイツは耳を貸さないだろう。それどころか反発して、場の空気をもっと悪くしてしまうかもしれない。

 

「わかったら、授業に集中しろ」

「はい……」

 

 俺は渋々自分のグループに戻る。

 全班が準備を終えたところで、山田先生が配備するISについて説明した。

 

「いいですか、みなさん。これから各グループに4機ずつ訓練機を配ります。機種は<打鉄>と<ラファール・リヴァイヴ>です。好きな方を班で決めてくださいね。早いもの勝ちですよ~!」

 

 先の模擬戦で自信を取り戻したのか、山田先生の口調は覇気にあふれていた。動きもいつにもなく機敏だ。胸も3割り増しで弾んでいる。こう、ぽよんぽよんといった感じに。

 

「おい、鼻の下が伸びてるぞ」

「の、伸びてねえよ」

 

 幼馴染の指摘に、くしゃくしゃと顔を洗って誤魔化す。

 そうだ。別に鼻の下を伸ばしていたわけじゃない。元気な山田先生が微笑ましかっただけだ。

 

「まったく、男はどうして、そう、アレなのだ……」

「あれってなんだよ」

「なんでもない。それよりさっさと訓練機を申込みに行け。グループリーダーが怠けるな」

 

 箒の言う事ももっともなので、俺は訓練機を取りに向かった。

 

 

      ♡          ♣          ♤        ♦

 

 

(男というヤツは、なぜ女性の胸ばかり……)

 

 一夏が訓練機を取りに行っている間、箒はそんなことばかり考えていた。

 男心に疎い箒にすれば、男性がこうまで女性の乳房にデレデレする理由がわからなかった。ただ、一夏が他の女性の胸に見とれていると、なんだかおもしろくない気分になってくる。

 

(一夏のヤツめ、女の胸に興味があるなら、その、私のを見ればいいではないか)

 

 大きさこそ劣るが、自分のモノも捨てたもんじゃないと思う。それにやわらかい。

 決して悪くないはずなのに、なぜ想い人は靡いてくれないのか。

 そこまで考えて、箒は他人の胸に嫉妬する自分に気づき、自己嫌悪した。

 

(私は何をやっているんだ……。大事なのは胸の大きさじゃないだろうに)

 

 大事なのは胸の大きさより、ハートの大きさだ。

 それをアピールするため、ここ毎日、箒は一夏の為にお弁当を作っていた。しかし、魔の悪さと気恥ずかしさから、ずっと渡せない日が続いていた。その連敗日数は、今日で7日目。そろそろ決着(?)をつけねばならんだろう。

 

(よし、今日こそ手作りの弁当を渡すぞ)

「おい、箒?」

(それで睦言を交わしながら、おかずを食べさせ合いっこなんかして……)

「おい、箒ってば! 聞いてんのか!」

「ひゃい!?」

 

 急に話かけられ、箒は変な声をあげた。

 

「なななな、なんだ一夏!? 私は何もやましいことを考えていないぞ!?」

「知らねーよ。それより箒の番だぞ? って、大丈夫か? 顔、赤いぞ」

 

 先程まで彼との甘いひと時を想像していたせいか、箒は耳まで真っ赤になっていた。

 これは恥ずかしい。箒はすぐさま顔面の筋肉を総動員して、いつものむっつり顔を作った。

 

「わ、私は正常だ。そして平常だ。何の問題点もない。それで何の用だ?」

「何の用だって、だからおまえの番だって」

 

 一夏の言葉で、箒はようやく今が実習中である事を思い出す。

 

「そ、そうだったな。すまない、少し妄想、じゃなくて考え事をしていた」

「ま、いいけど。じゃあ、抱えるからじっとしていろよ」

 

 言うなり、一夏が箒の身体を抱え上げる。それは俗にいうお姫様抱っこだった。

 

「まままま待て、いきなり何をするんだ!?」

 

 そんな至極当然の疑問に、一夏はあっけらかんと答えた。

 

「見てなかったのか? 前の人がISを立たせたまま、装着を解除させたんだよ。これじゃ装着しづらいから、専用機を持っている俺が運べって、山田先生にそう言われたんだ」

「よじ登ってもいいのですが、安全を考慮しましてね。初めての実機訓練でもありますし」

 

 山田先生の説明を、彼の腕の中で聞いていた箒は、なるほどと理解した。

 要するに、このお姫様抱っこは、安全を考慮しての措置であるらしい。

 

「そうか、なら仕方ないな。うん、うん、安全は大事だ」

 

 思わぬ『棚から牡丹餅(ラッキー)』に自然と語尾が弾む。ついでに豊かな胸も。

 

「とういうわけだ。しっかり掴まっていろよ」

「うむ♡」

 

 箒が身を預けたことを確認し、一夏が<白式>を飛翔させる。

 想い人の体温と鼓動を間近で感じて、箒は思わず頬を緩ませた。

 

(はぁ~、これがお姫様抱っこというものか。いいものだな。これは♡)

 

 こんなにも近くで想い人を感じられ、胸が幸福感でいっぱいになる。

 また、周りの女子が羨望の眼差しを向けてくるのがよかった。優越感と幸福感。この二つを感じて、頬が緩まない者はいない。もしいるとしたら、きっとそいつは顔面神経痛だ。

 

(はぁ~このまま誰もいない場所へ連れ去ってほしいな)

 

 授業中である事も忘れ、そんな願望に囚われる。心中はすっかりどこかのお姫様だった。

 しかし、そんなお姫様を、現実という名の魔女が迎えにやってきた。

 

「よし、じゃあ、コックピットに乗り込んで、まず歩行制御をやってくれ」

 

 コックピット。歩行制御。なんと現実的で近代的な言葉だろうか。夢もへったくれもない。

 だからと言って文句を言うのはお門違いなので、箒は黙って<打鉄>に乗り込んだ。

 

(ん、待てよ、これはいい傾向なのではないか?)

 

 アクシデントによるお姫様抱っこ。これは自分に運気(ツキ)が向いてきた証拠では?

 今なら、何をしてもいける気がする。――否、いけるはずだ。

 

(一夏を食事に誘うには今しかいない!)

 

 箒は頬に篭る熱を感じながら、<打鉄>からぐっと身を乗り出した。

 

「お、おい、一夏。今日の昼なのだが、何か予定はあるか?」

「いや、特にないけど?」

「そうか! なら、一緒に昼食をとるとしよう! 場所は屋上でどうだ?」

「お、いいな」

「購買では何も買ってくるなよ? いいな?」

「?……ああ、わかった」

(よし、やった! やったぞ!)

 

 喜びのあまり飛び上がろうとするが、<打鉄>の関節がロックされていた為、それは叶わなかった。

 

 

      ♡          ♣          ♤        ♦

 

 

「あぁ~いいなぁ、篠ノ乃さん。わたし、織斑君の班がよかったかも」

「あたしも。あっちの班の方がなんか楽しそうだよね」

 

 一頻り実習項目を終え、小休憩をはさんでいたら、そんな会話が聞こえてきた。

 何事かと視線をやれば、一夏にお姫様だっこされる篠ノ之さんの姿。

 

(なるほど、これを見てはしゃいでいたのですか)

 

 まあ、うらやましい気持ちはよくわかる。なんたってこっちの(ラウラ)班はこの有様ですからね。

 

「あ、あのボーデヴィッヒさん、ISの起動、これで間違っていないよね?」

「ふん。間違っていたら指摘してやる。さっさと起動させろ」

「う、うん。……あ、やった、動いた! でも、全体の出力があがらない?」

「誰が補助動力(APU)で実習をやれと言った。さっさとジェネレーターに切り替えろ」

「うん。えっと、メイン動力をジェネレーターに設定……これでいいのかな?」

 

<――報告:ジェネレーターの出力数値が変更されました――>

<――警告:設定された値が安定基準値を超えています。再設定を推奨――>

 

「おい、さっさと設定を戻せ。そんな値で起動させたら、ジェネレーターがオーバーロードする。それとも何か? お前は自爆したいのか?」

「じじじ、自爆!?」

「死にたいなら止めはしないがな」

「た、助けて、ボーデヴィッヒさん、あたし死にたくない……」

「知ったことか。貴様の責任だ」

「大丈夫ですよ、ジェネレーターは限界値を超えたら自動停止するように設計されていますから」

 

 優しく言って、涙ぐむ女の子を安心させる。

 彼女が平常心取り戻したことに合わせて<打鉄>に上り、ジェネレーターの設定を元に戻した。

 

「はい、これでもう大丈夫ですよ」

「リデルさん、ありがとー……」

 

 「いいえ」と言って、私は<打鉄>から降りる。そして憮然とするラウラに視線をやった。

 

「すこし厳しすぎません? もう少し優しく教えてあげてもいいでしょう」

「甘いな。ISは歴とした兵器だ。生半可な覚悟や意識で扱うべきじゃない。だというのに、こいつらときたらどうだ。ISをファッションか何かと勘違いしている。私はそれが気に入らない」

 

 なるほど。彼女が辛辣なのは、生徒たちのISに対する認識の甘さがそうさせているのか。私としてもラウラの意見には同意できた。確かにここの生徒は危機意識に疎く感じられるが――。

 

「でも、IS学園は士官学校でも軍の訓練所でもない。少なくても建前はそうです。彼女たちに職業軍人のような精神を求めるのは酷だと思いますが」

「兵器を扱う人間に、兵士の精神を求めて何が悪い」

 

 ラウラはクラスメイトへ鋭利な視線を送る。

 私はかばうように立った。

 私とラウラの対立で班の空気が険悪になる。それを察したのか、山田先生がやってきた。

 

「どうしましたか? トラブルですか?」

「いえ、トラブルというわけじゃありません。――でも、班の訓練が遅れているようなので、よろしければ、班員たちにご指導いただけますか?」

「え? あ、はい、わかりました」

 

 山田先生は「まかせてください」と力強く頷き、止まっていたラウラ班を集めて、訓練を再開させた。山田先生のやさしい指導に、班員たちも気を取り直して、訓練に勤しみだす。

 その様子を呆れるように見ていたラウラが、私に視線を寄こした。

 

「貴様はあいつらと訓練しないのか?」

 

 ラウラは、いつまでもそばにいる私に「さっさと立ち去れ」と言いたげな顔を見せた。

 でも、そういうわけにはいかなかった。

 

「私にあの手の訓練が必要でないことは、あなたも理解しているでしょ?――それにあなたに訊きたいことがあるんです。なぜ一夏を敵対視しているのか、そのわけをね」

 

 山田先生に指導を頼んだのは、ラウラにそれを聞く機会がほしかったからだ。

 

「ふん、貴様には関係ないことだ」

「ええ。そうですね。関係ない事です。でも、興味がある」

「興味本位か。なら余計な詮索はよせ。出すぎた好奇心は身を滅ぼすぞ」

 

 ラウラの鋭い隻眼が私を睨む。平和ボケしている人間には出せない迫力だった。常人なら肝が冷えているか、泡を噴いているところだろう。

 だが、生憎、私は常人ではない。だから、余裕たっぷりに言い返してやる。

 

「脅しなら通用しませんよ。なんせ、私は戦乙女を目指す女ですから。その程度で恐れ戦くようでは<ブリュンヒルデ>はおろか<ヴァルキリー>にも成り得ません」

 

 私の言葉に感心した――という訳ではないが、ラウラは警戒心を緩めた。

 

「ふっ。少しは骨があるようだな。いいだろう。少しばかり付き合ってやる」

「では、改めて訊きます。あなたはなぜ一夏を敵対視しているのですか?」

「それを答える前に、お前は第二回<モンド・グロッソ>の真実を知っているか?」

「第二回<モンド・グロッソ>の真実?」

「教官、いや、織斑千冬が第二回<モンド・グロッソ>で優勝を逃した本当の理由についてだ」

 

 記憶が正しければ、第二回<モンド・グロッソ>で織斑千冬は二連覇を逃していた。

 決勝戦放棄という形で。

 二連覇確実と言われていただけに、この事態は大きな波紋を呼んだ。裏では『国家間に何かしらの密約があった』『実はデキレースで、千冬は優勝を譲歩する代わりに巨額の金を貰っていた』など様々な陰謀論が囁かれている。だが、どれも憶測の域を出ず、真相は闇の中だ。

 その真相がいま語られようとしている?

 私が興味を示すと、ラウラは一夏を一瞥して言った。

 

「教官が決勝戦を放棄したのは、陰謀でも、ましてや金のためでもない。囚われた弟を助けるために、勝負を投げ出したのだ」

「一体、彼の身に何があったというのです?」

「決勝戦当日、織斑一夏は警備員に扮した何者かに誘拐されたのだ」

 

 予想の斜め上をいく事実に、私は眉をひそめた。

 

「犯人とその動機については公表されていない。だが、織斑一夏が誘拐された事は事実なのだ。その誘拐犯から弟を救うために、織斑千冬は決勝戦を放棄した。それが第二回<モンド・グロッソ>織斑千冬・不戦敗の事実だ」

 

 驚いた。まさか第二回<モンド・グロッソ>の裏側でそんなことがあったとは……。

 でも、それと「ラウラが一夏を嫌悪する理由」とどう関係あるのだろうか。

 そんな私の心中を察してラウラは言った。呪詛のような、ドロドロした憎悪を以って。

 

「つまり、織斑一夏の所為で、教官は二連覇を逃したわけだ。織斑一夏さえいなければ、教官は<モンド・グロッソ>連覇という偉業を成し遂げていただろう。だから、私は許さない。教官に汚点を残させた織斑一夏を」

 

 そう告げ、ラウラは私に背中を向けて去っていく。

 同時に授業終了のチャイムが鳴るが、私の耳には届かなかった。

 

 ラウラの放った言葉が鼓膜から離れなかったのだ。

 

 

      ♡          ♣          ♤        ♦

 

 

 昼休み。憩いの時間とあって、食堂に続く廊下は生徒たちの談笑で賑やかだった。すれ違う生徒たちは、ISや昼食の話で盛り上がっている。しかし、私はひとり難しい顔で廊下を歩いていた。

 

「おかしい」

 

 何がおかしいのか。それはラウラの言動についてだ。

 

『織斑一夏さえいなければ、教官は連覇という偉業を成し遂げていただろう』

『あいつが教官に汚点を残させた張本人』

『だから、私は斃す。そして教官の無念を晴らしてみせる』

 

 その言葉がどうも腑に落ちなかった。

 どう考えたって不戦敗の原因は、一夏を誘拐した犯人だ。未然に防げなかったドイツの警備隊にも責任がある。ただの被害者である一夏に不戦敗の原因を擦り付けるのは、お門違いもいいところだ。彼女の言葉はまるで筋が通っていない。

 

(もしかして、他の理由で一夏を恨んでいる?)

 

 そう考えるのが妥当な線だろう。

 おそらく、それらしい理由を作って自分の行動を正当化しようとしているのだ。

 では、そこまでして彼女が為そうしている事とは、一体何なのだろうか。

 

 その時、私は思考に耽るあまり、背後へ忍び寄る影に気づかなかった。

 

「アリス、ここにいたのか」

「ひゃん!」

 

 私は変な悲鳴を上げた。

 背後から呼びかけてきたのは、例の当事者―― 一夏だ。

 

「もう、いきなり話しかけないでください。びっくりするでしょ」

「悪い、悪い。遠くから声をかけても反応がなかったからさ」

「そうでしたか。ちょっと考え事をしていまして。それで何の用でしょう?」

「用ってほどじゃないんだけど、よかったら一緒に昼飯でもどうかなと思ってさ」

「え? 一夏は篠ノ之さんと昼食をとるんじゃなかったんですか?」

 

 着替えの時、私は篠ノ之さんから『聞いてくれ。一夏と食事の約束を取り付けたのだ。今日こそお弁当を渡すぞ』とその意気込みを聞いていた。なのに、何故この人は私を食事に誘うのだろう。嫌な予感がする。

 

「ああ、箒も一緒だ。あと鈴やセシリア、シャルルもくるぞ」

「………………」

 

 はぁー。どうせ『みんなで食事を取ったほうが楽しいだろ?』的な発想なのだろう。

 なんでしょう。私のシリアスな気分が一気に吹き飛んだ気がする。

 

「乙女の純情を踏み躙る男は、馬に蹴られてしねばいいのですよ?」

「なんだ、いきなり物騒な。まあいいや、それより行こうぜ」

 

 呆れる私など歯牙にもかけず、一夏が私の手を握って颯爽と歩き出す。

 私は『あわわわ!』と化学反応のように顔を真っ赤にした。

 

「ちょ、ちょっと待ってください。私は行くなんて一言も!」

「いや、アリスは強制参加だ。絶対、逃がさないからな」

「あら♡」

 

 私こういう積極的なの、嫌いじゃないです――って違う、違う。

 

「どうしてですか。もしかして実習の事、根に持っています?」

「いや、持ってねえよ。ただ、アリスには聞きたい事がある」

 

 聞きたい事――私が専用機や実力を隠していたことだろう。

 なら致し方ない。私も説明すると言った手前があるし。でも、逃がすまいと手を強く握らないでほしい。恥ずかしくて、しんでしまいそうだ。

 

「うぅー……」

 

 結局、私は情けない赤面を晒しつつ、手から変な汗が出ないよう努力し続けるしかなかった。

 ああ、『乱暴なエスコートですね』とか言える心の余裕がほしい、今日この頃だ。

 

 

      ♡          ♣          ♤        ♦

 

 

 誰もいない更衣室。実習を終えたセシリアは、着替えもせず、更衣室の片隅で一人佇んでいた。

 その表情は険しく、普段の高貴な雰囲気は見るからに感じられない。

 彼女はいま、ISを介した衛星通信で、本国の開発局とコンタクトを取っている最中だった。

 目的は<赤騎士>と呼ばれるISについて詳細なデータを要求するためだ。

 

「納得いきませんわ! そんな説明でわたくしが納得するとでも!?」

 

 だが、得られた返答はセシリアの満足いくものではなかった。

 

「<赤騎士>はBT試作三号機<ブランデッシュ・ノトス>のプロト機? 何の冗談かしら?」

 

 それはおかしな回答だった。BT試作3号機の開発は、データ不足により凍結されたのだ。

 そのため、現在BTレーザーを装備した試作機は2号機までしか開発されていない。

 そもそも<赤騎士>と<ブルー・ティアーズ>の間には、技術的な齟齬が多すぎる。ジェネレーターの出力、人工知能しかり、これらの点から、<赤騎士>がティアーズ型の系譜ではないことは明白だった。

 だというのに、本国はそれを否定し、ひたすら見苦しい言い訳をしてくる。

 なぜ、そこまでして<赤騎士>を擁護するのか。セシリアはそれが知りたかった。

 いや、そういうと語弊があるかもしれない。彼女が本当に知りたかったのは――

 

「まぁ、いいですわ」

 

 これ以上問い詰めても時間の無駄。そう判断したセシリアは、要求を変えることにした。

 そもそも、この要求は本題を振るための前置きだったのだ。

 

「では、その専属操縦者アリス・リデルのデータをくださいな」

『それはできない』

 

 癇に障る淡白な返答。

 お嬢様育ちのセシリアでさえ、我を忘れて、舌打ちしそうになった。

 

「なぜですの?」

『ニード・トゥ・ノウの原則だ』

 

 知る必要の原則(ニード・トゥ・ノウ)。『知る必要のある者だけに情報を開示する』という機密保持の原則だ。言い換え、『知る必要のない人間には情報を開示しない』という原則でもある。つまり、回線先の相手はこう言っているのだ――『お前がアリスについて知る必要はない』と。

 それでもセシリアは食い下がった。

 

「では、現場の人間として情報を要求します」

 

 セシリアは『今、自分はその情報を知るに足る人間だ』と強調する。

 だが、向こう側も頑な姿勢を崩さない。それどころかセシリアの立場を逆手に取った。

 

『その要求には応えられない。そもそも君の任務はBT兵器のデータ収集だ。それに従事したまえ。我々は君が送ってくるデータに満足していないのだぞ』

 

 <ブルー・ティアーズ>の肝というべき装備――BTレーザー。そのデータを収集するために、セシリアはIS学園にやってきた――のだが、その進捗状況は芳しくなかった。BT稼働率は低空飛行を続けているし、初陣ではデータ収集どころか敗北を喫している。そして、先ほどの模擬戦。

 その事実がセシリアの心に突き刺さる。物理的な力はないのに胸が痛んだ。

 

「わ、わかりましたわ」

 

 悔しいが、彼らの言い分は正しい。私情で責務を投げ出してはいけない。

 それは解っている。けれど、湧き上がってくる不満は抑えようがない。

 セシリアは苛立ちながら通信を切った。

 

「よろしいですわ、アリス・リデル。わたくしが貴女の正体を暴いてみせます」

 

 淀んだ瞳には、対抗意識や興味本位と違う、黒い感情が見え隠れしていた。

 

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