IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina   作:ネコッテ

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第25話 ラウラ・ボーデヴィッヒのレゾンデートル

 夕食時の食堂。千冬は一人思いに耽りながら、夕食のカレーを掻き混ぜた。

 IS学園のカレーは市販のルーに頼らない本格派で、香るスパイスはさぞ食欲を駆り立てるが、千冬の手元にあるカレーライスは一向に減っていない。

 別に食欲不振というわけではない。ただラウラの事が頭をよぎるたび、食の手が止まるのだ。

 

「さて、どうしたものか……」

 

 やはりあの時、ラウラの望みを叶えてやるべきだったのだろうか?

 いやしかしだ。彼女の想いを受け入れたところで、自分は彼女を幸せにできただろうか。

 なにより、両親を失ったあの日から、自分の愛情は一夏だけのものと決めたではないか。

 しかし、このままではいけない事ぐらい千冬も解っている。

 保留という名の現状維持は、未来を殺す行為。千冬が決断を下さない限り、ラウラは千冬に固執し続け、その場に留まり続けるだろう。そうさせないためにも、次に進むべき道を標してやらなければならない。そう、全てが手遅れになる前に。

 

「それにしても、あのラウラと互角にやりあうとは……。アリス・リデル、大したものだ」

 

 ラウラは伊達で代表候補生や特殊部隊の隊長をしているわけじゃない。

 その彼女を相手に、互角の振る舞いをしたアリスの実力は驚愕に値した。

 

「しかも、専用機は<赤騎士>といったか」

 

 赤騎士は、ルイス・キャロル著『鏡の国のアリス』に登場するキャラクターのことだ。

 作中では、赤の女王の命令で、主人公のアリスをさらいにやってくる。そのアリスを助けるのが、白騎士というキャラクターなのだが、果たして<赤騎士>の開発者は、何を思ってアリスの専用機に赤騎士と名づけたのか。

 そんな時である。うわさをすれば影、件のアリスが食堂に現れた。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

「う~ん、来るのが少し遅かったですかね?」

 

 券売機の前に立ち、顎に手をやる。その目に映るのはたくさんの【売り切れ】タグ。

 時間が遅かったこともあり、メニューのほとんどが売り切れ状態だった。

 

「困りましたね」

「おや、そこのお嬢ちゃん、もしかして買いそびれちゃったのかい?」

 

 と、話しかけてきたのは、食堂のおばさまだ。

 

「はい、そうなのです」

「そうかい。在り合わせの食材でよけりゃ、何か作ってやるよ。値段は500円ぽっきりさ」

「では、よろしくお願いします」

「ほいきた。ちょっと待ってな」

 

 恰幅のいいおば様はどんと胸を叩き、厨房の奥へと消えていった。

 その背に『ありがとうございます』と礼を言う。

 

「これでなんとか食事を確保できそうですね」

 

 さて、出来上がるまで少し時間が掛かりそうだし、どこかに座って待っていようか。

 私は給水機からコップ一杯の水を汲み、それを啜りながら食堂を見渡す。

 食事時もあって席は満席だったが、一箇所だけぽつんと空いている席があった。

 ドイツの冷水こと、ラウラ・ボーデヴィッヒが座る席だ。

 ラウラは四人掛けのテーブルを一人で独占し、黙々と夕食を食べていた。

 ほかに空いている席も見当たらないですし、相席させてもらいましょうか。

 

「ラウラ、この席、いいですか?」

 

 私が訊ねると、ラウラは露骨に嫌そうな顔をした。

 

「また貴様か……」

「はい、また私です」

 

 にっこり笑う私に、ラウラが溜息をつく。

 でも、拒まれなかったので、私は椅子を引き、腰を下ろした。

 

「ところで、ラウラは和食派なのですか?」

 

 テーブルに置かれていたのは、おにぎりに味噌汁、漬物という純和食だった。

 

「だったらなんだ?」

「いえ、てっきりレーションとか、軍用携帯食品ばかり食べているのかと」

「私にも食を味わうぐらいの感性はある」

 

 『失礼な』と言いたげな顔で、ぺろぺろと手についたご飯粒を舐め取る。

 小動物のような仕草に、私は不覚にも和んでしまった。

 

「ふふ、まるでリスですね。――ほら、ラウラ、ご飯粒ついてますよ」

 

 頬についていたご飯粒を取り、自分の口に放り込む。ラウラは慌てたように怒鳴ってきた。

 

「わわ、私にふれるな!」

 

 だけど、その声には殺気がなく、怖くもなんともない。

 もしかしたら、照れているのかもしれない。可愛いところあるじゃないですか、ラウラも。

 

「まぁ、そう怒らず仲良くしましょ。昨日の敵は今日の友といいますし」

「貴様と戦ったのは今日の事だ。なら、貴様はまだ私の敵だ!」

「では、明日になれば、友達になってくれるのですか?」

「だ、誰が貴様と仲良くするものか! 貴様は永久に私の敵だ! わかったら、さっさと去れ。去らないなら、私がここから叩き出してやる!」

 

 ナイフを繰り出し、ラウラがその切っ先を私に突き付ける。

 私はラウラの怒号を『そうかっかしないで』と受け流し、

 

「あ、そのおにぎり美味しそうですね? 一ついいですか?」

「…………………………もう、好きに、しろ……」

 

 脅しが通用しないと解かるやいなや、ラウラは疲れた顔でナイフをテーブルに置いた。

 

「まったく貴様は何なのだ? なぜ、私に構う?」

「私はアリスで、貴女はウサギですから。アリスがウサギに興味を抱くは当然でしょ?」

 

 ウサギの耳を作っておどける私に、ラウラが『ふっ』と笑う。

 

「だが、私は黒ウサギだ。白くないぞ」

「それをいうなら、私だって金髪碧眼ではなく、紅毛碧眼ですから」

「ああいえば、こういう女だ。――ほら、食え。ほしかったんだろ?」

 

 そう言って、ラウラがお皿に残っていたおにぎりを私に差し出す。

 お腹が空いていた私は、『では、遠慮なく』と大口でおにぎりにかぶりついた。

 

「ふっ。品の無いない食べ方だ。頬にご飯粒がついているぞ」

 

 すると、先の仕返しだというように、ラウラが私の頬のご飯粒を取って、口に含んだ。

 

「ふ、これで貸し借りなしだぞ」

 

 ラウラはまるで長年連れ添った戦友にでも告げるように、得意げな口調でそう言った。

 そこにいつもの剣呑な気配はない。あるのは、愉楽の笑みだ。

 まるでラウラではないみたいだ。――と思ったが改める。これがラウラ本来の姿なのだ。

 今、ラウラは私に気を許している。そう感じた私は、例の話題にふれた。

 

「ねえ、ラウラ。貴女はなぜそんなにも一夏を倒そうと必死なのですか?」

「二度も聞くな。前にも言ったはずだ」

「なら、私にも二度言わせないでください。貴女の考えは間違っています。貴女自身もその事に気づいている。違いますか?」

 

 ラウラが口をつぐむ。でも、私は止めなかった。

 

「だから、気になるのです。そこまでして、あなたが何を為そうとしているのか」

「何をしようが、私の勝手だろ。貴様の関知することではない」

「いいえ、しますよ。あなたが討とうとしている人は、私の友達ですから。理由もわからないまま、友人を討たせるわけにはいきません。わかるでしょ?」

 

 そこで初めてラウラが視線を落とした。迷っている。そんな風に見て取れる。

 私は声音のトーンを下げ、優しくもう一押しした。

 

「――よければ、話して貰えませんか?」

 

 沈黙のあと。ややしてラウラが折れた。

 

「……いいだろう」

 

 

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 自分は戦うために生み出されたデザインベイビーだ。

 最初にラウラは自身の事をそう語った。鉄のような、意欲の無い、冷たい声で。

 

「私は人工遺伝子から作られ、鉄の子宮から生まれた試験管ベイビーだ。母と呼べる女性もいなく、父と呼べる男性もいない。だから、ふと街角で、楽しそうに談笑を交わす家族を見るたび、得体の知れない感情に襲われた。それが孤独という寂しさだと気づいたのは最近のことだ」

 

 ラウラはグラスに注がれた氷水を見つめながらそう話した。

 きっと『味わった孤独は、さながら冷水の中にいるようだった』と云いたいのだろう。

 

「それを紛らわすため、私は同じ出自の人間を“家族”だと思い込んだ。C-036は姉で、C-038は弟、という具合にな。そんな紛い物の“家族”でも、私はそれなりに満足していた。だが――」

 

 ISの登場で、私のそんなささやかな“家庭”は崩壊した。

 

 そう言って、ラウラは右目の眼帯を毟り取るように剥いだ。

 露わになる黄金の瞳。私はそれを知っていた。

 

越界の瞳(ヴォーダン・オージュ)、ですか」

「知っていたか。そうだ、ISの適合性向上のため導入されたナノマシン越界の瞳(ヴォーダン・オージュ)だ」

「ですが、あなたの越界の瞳(ヴォーダン・オージュ)は、少し違う。なぜ片目だけ?」

「私の越界の瞳(ヴォーダン・オージュ)は欠陥品なのだ。――危険性はない、不適合など起きない、と言われたにも関わらず、ナノマシンが暴走し、利き目しか機能しない上、開閉すらできなくなった」

 

 そうか。制御不能で開閉できないから、あの眼帯で消耗を抑えているのか。

 危険性も不適合もない。それは詭弁だ。

 ナノマシンはそのサイズゆえ、ウィルスのメカニズムと生体分子が用いられる。つまり、ナノマシンは人工的に作られたウィルス、あるいは機械仕掛けのウィルスだといえる。

 そして、インフルエンザにしろ、HIVにしろ、元来ウィルスとは当然変異を起こすものだ。人工のウィルスとはいえ、それがウィルスであるなら、宿り主の環境によって当然変異を起こし、制御不能に陥る事も予見されて然るべき。

 きっと開発者はそれを怠った。ラウラはそのツケを払わされたのだ、自身の身体で。

 

「おかげで、私は出来損ないの烙印を押され、部隊(かぞく)から蔑みの対象となった」

 

 ラウラは眼帯を付け直し、悲しげに続ける。

 

「加え、視覚という兵士の命も奪われ、戦うことさえ儘成らなくなった。自らの存在意義を失ったとき、私は思い知った。この世には絶望より下があるのだと」

「それでも、あなたは隊に残った」

「私は固執していたのだ。“家族”という存在に。それが紛い物だと解かっていても、私は寂しさから隊を捨てられなかった。だから、私は軍に残り、訓練を続けた。出来損ないと笑われながら。不完全だと蔑さまれながら。幸せだったあの頃に戻れる事を夢みてな」

 

 だが、そんな日など訪れなかった。と、ラウラは言葉を紡ぐ。

 

「どれだけ訓練しても、私は出来損ないのままだった。連中もそんな私を認めたりはしなかった。もうダメと思った。そんな私の前に現れたのが、織斑教官だ」

 

 そこで悲壮感を帯びていたラウラの声音に、ほんのりと明かりが灯る。

 

「教官は過度な訓練でやつれていた私をいろいろ世話してくれた。食事をご馳走してくれたり、女性の嗜みを教えてくれたり、な。そんな教官に、私は敬意とも違う、暖かい感覚を覚えた」

 

 あの頃を追憶するように語るラウラの声音は、心成しか嬉々としているように聞こえた。

 さぞかし、千冬さんと過ごした日々が楽しかったのだろう。

 

「だから、あんなに千冬さんを」

「ああ、私はずっとこの人の側にいて、あの人の温もりにふれていたかった。だから、教官が帰国される直前、私は思い切って『自分を貴女の家族にしてほしい』と願い出た」

「自分を、家族に……」

「だが、教官は言った。慈しむような、優しい表情で、『私には弟がいる』と。同時に私は全てを悟ってしまったんだ」

 

 ――織斑千冬にとって織斑一夏こそが、唯一愛する存在なのだと。

 

「一度は理解し、諦めようとした。だが、教官への未練は簡単に消えてくれなかった」

「だから、こんな強攻策に打って出た?」

「そうだ。私は織斑一夏を斃す。斃して、教官の寵愛を手に入れる。嘲笑(わら)いたければ、嘲笑(わら)え。これが醜い嫉妬である事は百も承知だ。だが、どれだけ嘲笑(わら)われようとも、私にはもうこれしかないのだ」

 

 ラウラは憤るようにこぶしを強く握りしめる。

 そこに負の感情や悪意はない。ただ悲しさと悔しさだけが、握った手に滲み出ていた。

 

 

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 ラウラと別れたあと、私は食堂のおばさまに作って頂いた定食を手に、誰もいない廊下を歩いていた。

 学生たちは食堂で食後の余韻を楽しんでいるため、廊下はとても静かだ。

 その静寂が否応無しにラウラの言葉を呼び起こす。

 

 ――私は織斑一夏を斃す。斃して、教官の寵愛を手に入れる。

 

 ラウラのやり方は乱暴すぎると思う。

 それに物理的な攻撃を加えたところで、千冬さんの心から一夏を消せはしないだろう。

 でも、彼女は兵器として作られた存在。戦うこと以外を知らない少女だ。やり方は歪だけど、ラウラはラウラなりに、千冬さんを振り向かそうと一生懸命なのだろう。そんなラウラを、私は常識や道徳という言葉で軽々しく否定できなかった。

 

(彼女の想いが届くよう応援してあげたい気持ちはある……)

 

 けれど、一夏を討たせるわけにはいかない。彼には討たれる罪も(いわ)れもないのだから。

 

《ハニー、まだラウラ・ボーデヴィッヒの事を考えている?》

 

 私が思考の海に潜りかけていると、<レッドクイーン>が言った。

 

「よくわかりましたね」

《ハニーはお節介焼きだから。でも、ハニー。ハニーはなぜラウラ・ボーデヴィッヒの事を気にかける? 私たちの任務はVTシステムの確認、及び破壊。ラウラ・ボーデヴィッヒの内情を探ることじゃない》

「それは、そうなのですけど」

《それに、これはラウラ・ボーデヴィッヒと織斑千冬の問題。二人の間で解決すべき事柄。ハニーの関知することじゃない。デュノアの件といい、何でもかんでも頭を突っ込むのはハニーの悪いくせ》

「はは。面目ないです。でも、彼女を放っておけないんですよね」

《なぜ?》

「なぜって……そうですね」

 

 なぜか。理由はいろいろある。

 任務のためとか、一夏のためとか。でも、一番の理由は――

 

「どこか昔の自分に似ているからでしょうか」

 

 そう、ラウラは昔の自分に似ていた。孤独で、人の愛情に飢えていた頃の私に。

 だから、シンパシーを感じて、助けてあげたいと思っているのかもしれない。

 すると、<レッドクイーン>が無い首を傾げた。

 

《昔の自分? 米軍時代のころ?》

「そういえば<レッドクイーン>は知らないんですね。幼いころの私を」

《Yes My honey――そのデータはない。関係向上ためにも、ぜひ聞かせてもらいたい》

「いいでしょう。たまには昔話をするのも悪くない」

 

 私は歩く速度をそのままに、語り口を切った。私の幼き過去、出世について。

 

 

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 私が生まれた国は、アメリカでも、イギリスでもない。ローデシアと呼ばれる国だ。

 だけど、ローデシアという国は公式上、存在しない事になっていた。かつて、この国を植民地にしていた大英帝国(グレートブリテン)が、その存在を認めなかったからだ。そう、地上最悪の独裁国家『ジンバブエ』と呼ばれるようになるまでは。

 私はそのジンバブエに生まれた。

 私の父はジンバブエの白人農園主だったけど、母はイギリス・イングランドの出身だった。

 そんな二人の馴れ初めは、国境なき医師団に所属していた母が、アフリカに蔓延する飢餓や感染病から子供を救うべくこの地を訪れていた事からだ。その後、二人は恋に落ち、私が生まれたわけだけど、その両親は私が幼い頃に殺害されてしまった。

 発端は当政権の政策失敗。相次ぐ国営の失敗により経済を破綻させてしまったジンバブエ大統領は人種隔離政策(アパルトヘイト)で苦しめられていた黒人を炊きつける事で、人種対立を煽情し、自分に対する批判を反らそうとしたのだ。

 結果、黒人による白人農園主の襲撃事件が頻発し、私の一家もその中に含まれた。

 そう、己の政治生命を維持するために、私たち一家はその生贄に捧げられたのだ。

 こうして、家族を失った私は、アフリカという灼熱の地で天涯孤独の身(ストリートチルドレン)となった。

 その日から、宛ても、果てもない、地獄の日々が始まった。

 両親と住む場所を奪われた私は、打捨てられた不衛生な小屋の下、毎日餓えに喘ぎながら生き永らえた。空腹に耐え切れず、泥水を啜ったこともあれば、盗みを働いたことも一度や二度ではない。当時の私の良心は、生存の為に腐り果てていたのだ。

 とても過酷な日々だった。

 今のラウラは、その頃の私によく似ていた。身も心も飢えていた、あの頃の私に。

 だから、放っておけなくて、助けてあげたくなってしまうのだろう。

 でも、<レッドクイーン>の言う通り、これはラウラと千冬さんの問題。私がとやかく言える権利はない。でも、はやり――――――と逡巡して、考えが一周りする。そこで、

 

「探したわよ」

 

 大人の声がした。凛とした声音だ。

 誰かと思い振り向くと、私のサポートエージェント、エイダが立っていた。

 

「あら、エイダ。なんか久しぶりですね」

「うるさいわね。どうせ、私はモブ――ってそんなメタはどうでもいいのよ。はい、これ、頼まれていた『織斑一夏誘拐事件』に関する資料、集めて貰ったわよ」

 

 エイダは憤慨しながら、紙の束で私の頭を叩いた。

 『助かります』と礼を言い、私はさっそく『N2960:織斑一夏誘拐事件に関しての報告』と記された表紙をめくった。そして、速読に近い速さで読破していく――途中、気になる単語があった。

 

「反モンド・グロッソ団体?」

 

 資料には、この団体が事件の主犯だと記されているのだが、聞きなれない名前だった。

 首を傾げる私に、エイダが補足を加えてくれる。

 

「名前の通り、IS世界大会<モンド・グロッソ>の開催に反対している団体よ。あなた、<モンド・グロッソ>が倫理的に問題視されているのは知っているでしょ?」

「ええ」

 

 <モンド・グロッソ>は殺傷能力のある武器を使用しているので、倫理的・道徳的に問題視されている。事実として『これはスポーツではない。ただの殺し合いだ』という批難の声も多い(危険だからこそ人気を博したという者もいるが)。

 

「彼らは<ブリュンヒルデ>の弟を人質に、大会の中止を要求するつもりだったのでしょう。おおよそ、自分たちの意見に耳を貸さず、第二回の開催を慣行した委員会への報復ってところじゃないかしら」

「くだらない。でも、なぜこの事実は公表されなかったのです?」

 

 ラウラは『犯人の素性は不明だ』だと云っていた。

 それに事実を公表すれば、すこしは千冬さんの汚名も削がれただろうに。

 

「それは委員会が団体の肥大化を懸念したからよ。事件の真実を公にすれば、団体の存在が世間に知れ亘るわ。そうなれば組織が肥大化し、<モンド・グロッソ>の反対運動が大きくなるかもしれない」

「確かに反対運動が激化して、<モンド・グロッソ>を開催できなくなれば、ISを保有するための建前――競技という基盤が瓦解しかねない」

 

 それを危惧して、事件の真相を闇に葬った。

 だとしたら、この書類は非常に機密度が高いことになる。そんなものをどこで手に入れたのか

 

「<ワンダーランド>にIS委員会のデータベースを漁らしたら、あっさり出てきたそうよ」

「ああ、例の検索機構ですか」

 

 <ワンダーランド>。

 コンピューター技術とネットワークの発達によって超情報化社会となった現代。あらゆる情報がデジタル化され、ネットワークを介し日々蓄積している。そんなデジタル情報を世界規模で取捨選択するシステムが、この<ワンダーランド>だ。

 この<ワンダーランド>は最高レベルの機密事項なので、<リデル>である私でさえ装置の所在はおろか、アクセス権限すら与えられていない。知っていることは、そんなとんでもない装置がこの世界のどこかにあるという事だけ。

 閑話休題。

 

「ともかく、ありがとうございました」

 

 私はエイダに再度礼を言い、頭を下げる。

 エイダは『まぁ、がんばりなさい』と手をヒラヒラ振って去っていった。

 

「さて、随分、遅くなってしまいましたね」

 

 立ち話をし過ぎた所為で、すっかり時間を食ってしまった。

 食事が冷めないうちに、早くデュノアさんのところへ戻らないと。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 誰もいない部屋。電気もつけず、ラウラはその身をベッドに沈めた。

 光の無い部屋で闇と静寂が彼女を優しく包み込む。まるで母が我が子を抱擁するように。

 人は光より生まれるというが、ラウラは違った。彼女は闇から生まれ、影によって育まれた。

 そう、人の業という名の闇によって。

 <Les Enfants Terribles>。それがラウラを生み、育んだ(カルマ)の名だった。

 1953年、DNAの二重らせん構造が発見され、1980年代にはその塩基配列を解析しようと『ヒトゲノム計画』と呼ばれるプロジェクトが開始された。その過程で“人”の容姿や性格、能力は、遺伝子によって大きく左右されている事が提唱された。

 なら、その遺伝子を人為的に操作できれば、望んだ人間を意のままに生成できるのではないか?

 そんな悪しき遺伝子決定論信者の妄執から生まれたのが、この< Les Enfants Terribles >だ。

 この計画では、遺伝子操作により戦争に適した人間を人為的に生み出し、それらに徹底した戦闘教育を施すことで、超人的な兵士を量産することが試みられた。ラウラは37体目の試作品だった。

 

「………………」

 

 ラウラは腿に携えたケースからナイフを抜き、それを見つめる。

 無機質なナイフは、暗闇の中でもその殺伐とした光沢を十二分に放っていた。

 

 ――まるで私のようだ。

 

 ナイフを見るたび、ラウラは幾度無くそう思ってきた。

 人を殺すために作られた道具。人を殺すために生まれた私。どちらも一緒だ、と。

 だけど、あの人はそれを否定した。

 

 

 お前には心がある。そして生きている。

 ならば、お前は生きとして生きている65億の人間となんら変わらない。

 

 

 そんな優しい言葉と共に、あの人は自分を抱きしめてくれた。

 遺伝子強化素体は産声を上げないとされるが、その時だけは赤子のように泣きじゃくった。

 一人の人間として認められたことがうれしくて、ただうれしくて、その事を今でも覚えている。

 そして、もう一度、あの時のように、その(かいな)で私を抱きしめて欲しいと思う。

 でも、それが叶わない事を、彼女は既に知っていた。

 

 ――あの人の温かい腕は、アイツだけのモノ。アイツを抱きしめるためだけに、あの腕はある。

 

 判っている。でも、抑えられない。嫉妬してしまう。どうしても奪いたい。だから――

 

「織斑一夏、貴様は、斃す」

 

 ラウラは起き上がり、飾ってあった織斑姉弟の写真へナイフを投げつける

 鋭い切っ先は、闇を切り裂き、千冬と並ぶ一夏の額へと吸い込まれていった。

 裂かれる織斑一夏の額。

 それを現実のモノとするべく、ラウラは爪を研ぐ。奴の骨肉を切り裂くために。

 

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