IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina 作:ネコッテ
<モンド・グロッソ>は、ISの世界大会である。格闘技術を競う『格闘部門』。射撃技術を競う『射撃部門』。速さを競う『高速戦闘部門』。全ての技術を用いて鎬を削る『総合部門』の4部門から構成され、部門優勝者には<ヴァルキリー>、総合部門優勝者には<ブリュンヒルデ>の称号が贈られる。
記念すべき第一回の<ブリュンヒルデ>は、言わずと知れた操縦者――織斑千冬だ。
しかし、第二回<モンド・グロッソ>では、<反モンド・グロッソ団体>の妨害によって、二連覇を成し遂げられなかった。
では、彼女に代わって<ブリュンヒルデ>の栄光を得たのは誰なのか。
それはアメリカ国家代表のジェニファー・J・フォックスだ。
<モンド・グロッソ>では、高速戦闘部門で二年連続<ヴァルキリー>の称号を獲得し、それから派生したISバトルレース<キャノンボール・ファースト>でも連覇を成している。
そんな彼女はいま、IS学園行きモノレールの車窓から目的地であるIS学園を眺めていた。
目的はひとつ。先月のような有事に備えてのことだ。
依頼したのは千冬本人。ジェニファーと千冬は第一回<モンド・グロッソ>から交友があり、それを通じてジェニファーが人肌脱いだのである。
『次は終点、IS学園前、IS学園前。お降りの際はお忘れ物のないように――』
「おっと」
車内アナウンスに、ジェニファーはグラマラスな姿態を起こした。
その拍子に揺れた巨乳が、同乗していた男性の視線を奪う。サービス精神旺盛なジェニファーは、男性に投げキッスを贈って、停車したモノレールから颯爽と降りた。そして、改札を抜け、駅を出ると、手でサンバイザーを作って周囲を見回す。
話だと千冬が迎えに来ているはずなのだが、それらしい人物はいない。
「トーナメントの準備が忙しいのかしら」
なら仕方ない。ジェニファーは艶やかな長髪のブロンドを左右に揺らしながら、IS学園に向かって歩き出した。それから歩くこと十分余り、目的地である学園正門に辿り着いたのだが――
「すみません。ここから先は関係者以外、立ち入り禁止です」
警備員の男性に呼び止められてしまった。
だが、ジェニファーは動じず、薬指にはめた指輪をちらつかせる。
その指輪は<ニーベルングの指輪>と呼ばれるもので、<ブリュンヒルデ>の称号を得た者に贈られる装飾品の一つ――端的にいうと<ブリュンヒルデ>の証だった。
「ほれほれ、この指輪が目に入らないの? 私はこういう者よ」
「え? はい?」
しかし、いくら指輪を見せびらかしても、警備員は首を傾げるばかり。
どうやら、指輪の意味をイマイチ理解できていないようだ。きっとISに関わらない男からすれば、この<ニーベルングの指輪>など、ただのアクセサリーにしか見えないのだろう。
ジェニファーを怪しく思った警備員は、怪訝な顔つきで言った。
「あ、あの、他に身分を証明できるものは?」
「え? え、えーとっねー、ちょっと待ってね」
すっかり印籠を翳した水戸黄門気分だったジェニファーは、慌ててローライズジーンズのポケットをまさぐった。しかし、出てきたのは、コーラの割引券と、朝食に食べたハンバーガーのレシート。指輪以外に身分を証明できそうな物は無かった。
(これは不味いかもしれないわね……)
いや、確実にまずい。このままでは文字通り“門前払い”だ。
ジェニファーは『仕方ない』とグラマラスな身体で“しな”を作り、色気たっぷりに言った。
「い れ て ♡」
「おい、警察を呼べ。変な女がいるとなっ!」
「わー! ごめんなさい。私が悪かったですッ!」
ジェニファーは慌てて、警備員を止めにかかった。
<ブリュンヒルデ>日本の警察に連行される、など洒落にならない。洒落になっても笑えない。
定年間近の警備員と世界最強のIS操縦者がてんやわんやしていると、黒いビジネススーツの女性と、金髪碧眼の若い女性がやってきた。
「お前ら、何をやっているんだ?」
その人物たちを見た途端、ジェニファーは歓喜のあまり泣き出しそうになった。
「千冬っー、来るのが遅いわよっ!」
♡ ♣ ♤ ♦
「まったく、酷い目にあったわ……」
すったもんだの挙句、ようやく正門を潜れたジェニファーは、うなだれながら呟いた。
「バカ者、警備員に色仕掛けする奴がいるか、バカ者」
「あー、二回言ったー。人をバカバカ言わないでくれる? こう見えて、あなたより年上なんですからねー。ちょっとは敬いなさいよ」
「ふん、バカに払う敬意などない」
「相変わらず辛辣ね。そんなんだから、恋人の一人もできないのよ。もっと愛想よくしたら? あなた、容姿はいいんだから、ちょっと慎ましくすればモテるわよ? 私が保障する」
「余計なお世話だ。それに男運の悪いお前に保障されても嬉しくはない」
「はいはい、どうせ私は男運が悪いですよー。今まで付き合った男は、みんな散々だったしー。でも、そう言うあなただって、弟くん大好きのブラコンじゃない。――おっと」
唐突に振りかざされた出席簿をひらりと回避するジェニファー。
不意打ちに近い千冬の攻撃を躱すとは、さすが<ブリュンヒルデ>と言ったところか。
「私はブラコンではない。人より少しだけ弟想いなだけだ」
睨んでくる千冬に、ジェニファーは『それをブラコンっていうのよ』と呟く。
もちろん、心の中で。声に出せば、再び殴ってくるのが目に見えている。
「それにしても、来てくれて助かったわ。あと三分遅かったら強行突破していたわね」
「やめろ。前回の襲撃事件で全員ナーバスになっているのだぞ」
そう言ったのは、千冬に同伴していた女性だ。ジェニファーと同様の金髪碧眼。ただし、鋭角な碧眼は武人を彷彿させた。マルガリータ・オラゴン。教師部隊の隊長を担う彼女は、ジェニファーを半眼で睨んだ。
「そんな事したら、わたしの部隊が目の色変えて飛んでくるからな」
「お手並み拝見ね」
「おい、抵抗するな」
「ふふ、冗談よ」
ケラケラ笑うジェニファーに、軽い頭痛に悩まされるマルガリータ。
根っからの堅物で、どちらかといえば融通の利かない彼女は、どうにもお調子者のジェニファーとそりが合わなかった。
(千冬、あんなのが、<ブリュンヒルデ>で本当に大丈夫なのか?)
(言うな。あんなのでも、実力は申し分ない。あんなのでもな)
千冬の肩を自分に寄せ、マルガリータがボソっと不満を漏らす。
警備員に色仕掛けして、まかり通ろうとした女である。彼女の不安を理解できないでもなかったが、千冬はどこか諦めモードで首を左右に振った。
(そもそも、おまえが負けなければよかったんだ、マルガリータ)
(それこそ、言わないでほしいものだ)
元スペインの国家代表である彼女は、前モンド・グロッソでジェニファーに敗れている。
こんなキツネに負けたとあって、彼女はずっと悔恨を抱えていた。
ちなみに、影であんなの呼ばわりされるジェニファーは背後で「?」と首を傾げていた。
「ねえねえ、さっきから、お姉さんを仲間外れにしないでくれるかしらー?」
「わかった、わかった。では、いくぞ」
日が上る国ニッポンと、日の沈まぬ国スペインの(元)国家代表は、顔を見合わせて、はぁーとため息をついたあと、駄狐を連れ、再び校舎に向かって歩き始めた。
「そういえば、聞いたわよ。前回の襲撃事件。大変だったそうね」
千冬に次いで<ブリュンヒルデ>となった彼女は、現在<国際IS委員会>に席を置いている(<ブリュンヒルデ>の称号を言えた操縦者は、国際IS委員会への所属が義務付けられている)。当然、先月の襲撃事件についても、その詳細を把握していた。
「おかげで委員会も、その事で紛糾したわ」
「そりゃそうだろう。今回の事件で委員会の監査体制の甘さが露呈したんだからな」
<国際IS委員会>は、ISの軍事転用防止と平和利用の促進を目的とし、その保有数や流通、運用、開発を監視する国連組織だ。つまり先月のような襲撃事件を未然に防ぐことが仕事であり、使命なのである。しかし、防げなかった。失態である。その事について現在委員会内では、監視体制の強化が議論されていた。
「それだけじゃない。<コア>の流失問題に、兵器運用を禁じた条約の形骸化、どちらも棚上げにされたままだ。この杜撰な管理体制が続けば、核兵器の二の舞だぞ」
「もしこのまま問題を棚上げにし続ければ、いずれ大きなツケを払わされるぞ。そして、そのツケを払うのは国民だ。それを忘れてはいけない」
かつて<国際IS委員会>が目を背けてきた問題――<反モンド・グロッソ団体>によって、一夏誘拐というツケを払わされた千冬の言葉は、誰の言葉よりも説得力があり、そして重かった。
「そうね。先輩のお言葉、委員会の方に進言しておくわ」
千冬の言葉を真摯に受け止め、ジェニファーは校舎内へ進む。
それからしばらく談笑しながら歩いたところで、千冬が足を止めた。プレートには会議室とある。
「さて、着いたぞ」
「ん? ここは?」
ジェニファーの問いに、千冬が部屋のノブに手を掛けながら答えた。
「
そう言って入室する千冬。彼女に続いて入室すると、ドーナッツ型のテーブルが目に映った。
そのテーブルを5人余りの女性が囲っている。
容姿は実に多種多彩。袴姿の少女がいれば、チャイナドレスの女性もいるし、古めかしいドレス姿の女性もいる。中にはゴスロリ少女や、素顔を仮面で覆った女性など、個性的な女性もいた。
その中の一人が、ジェニファーの登場を歓迎した。スリッドの入ったチャイナ服。深めの茶髪を後頭部でお団子にした女性だ。容姿と衣装から察するに、彼女は中国の国家代表のようだ。
「ジェニファーか。久しぶりだな」
「あら、久しぶりね、フー」
ジェニファーはフーと呼んだ国家代表と再会を喜びあうように抱擁する。
千冬と同様、彼女も第一回<モンド・グロッソ>からの仲だった。
「フー、少し痩せた?」
「ああ。少しな。実は手の掛かるやんちゃな候補生がいてな。いつも振り回されている。だが、私を超える逸材、天賦の才の持ち主だよ。この学園に在学しているから、ぜひ会ってやってくれ」
「厳しいあなたがそこまで推すなんて。ふふ、楽しみね。ぜひそうさせてもらうわ」
挨拶を終えたところで、フーの隣に座っていた少女が勢いよく立ち上がった。
漆塗りのような長髪に袴姿、まるで日本人形のような少女だ。その少女は深々頭を下げた。
「はははは、初めまして、ジェニファー様! ご、ご活躍のほどは千冬様より常々!」
「あら、あなたはもしかして日本の?」
「はは、はい、日本の代表を勤めさしていただいています、
「そう緊張しないで。ところでカグヤってあのカグヤ?」
「ああ、コイツは『輝夜重工』社長の一人娘だ」
輝夜重工とは、日本の国防に関わる装備を開発している企業である。ISの開発にも携わっており、<打鉄>を開発した倉持技研もこの企業が抱える研究施設の一つだ。
「へえ、あの<打鉄>の開発元の。――それにしても大変でしょ? 千冬の後釜って」
無敗の強さ見せつけ、IS界の生きる伝説となった千冬。その後釜を継ぐ事に、重圧を感じる候補生も多い。現にそのプレッシャーに耐えられず、代表を辞任した候補生もいる。1組の副担任、山田真耶もその一人である。
とてもではないが、こんなオドオドしている娘に、千冬の後釜が勤まるのだろうか。
そんないらぬ心配をするジェニファーに反し、月子は力強い言葉で言い放った。
「はい。大変ではありますが、代表の名に恥じないよう力の限りを尽くし、必ずや<ブリュンヒルデ>の座を物にしたいと思います。たとえ、ジェニファー様がお相手でも、容赦いたしません」
「ほぉ、大した意気込みね。先の慌てぶりが嘘のようだわ。――さては千冬、何かした?」
「ああ、<ブリュンヒルデ>になれたら、弟の一夏をやってもいいと言った。コイツ、一夏に惚れているんだ」
「あーっ! 千冬さま、それは言わん約束やったのにっ!」
慌てて口を塞ごうとする月子を、千冬がアイアンクローで突き放す。
輝夜重工の社長である『輝夜翁』は、月子の実父であると共に、織斑姉弟の養父でもあった。そのため、月子と織斑姉弟は幼い頃から面識がある。その頃から、月子は一夏に淡い恋心を寄せていた。
『あうあう』と悶える月子を尻目に、ジェニファーはふと彼女を凝視した。
「ところで、あなた、歳は? ずいぶんと若く見えるけど」
「ここ、今年で16になりますッ。いたいです、千冬さま」
月子はアイアンクローされながら、答えた。
「16!?」
若い。ジェニファーは思わず声をあげて驚いた。
<モンド・グロッソ>に参加者する国家代表の平均年齢が約20代前半――IS操縦者として大成するには、学園を卒業してなお5年の訓練と実戦が必要といわれている――だという事を鑑みれば、16で国家代表とは随分若い。
「ですが、私は最年少じゃありません。欧州には私より若い代表がおられますよッ。いたたた」
やっぱり月子はアイアンクローされながら答えた。
「あー、そういえばいたわね」
以前、委員会でこの若すぎる国家代表に<モンド・グロッソ>の参加資格を与えるかで一悶着あった。その事を思い出しながら、欧州の代表たちが座る席の一角に視線をやる。
「若干14歳で国家代表に選ばれたのは、あなただったわね、アイリーン・フォン・エーデルシュタイン」
まるで呪文のような名前を唱えると、ゴスロリ少女がこちらを向いた。
ついでに彼女の頭に乗っていたミニハットの黒猫も一緒にこちらを向く。
「いかにも。ドイツが誇る魔装の使い手アイリーン・フォン・エーデルシュタインとは我の事だ!」
「みにゃ、みみみみ、みゃにゃにゃにゃ!(その
アイリーンが子供っぽい仕草でふんぞり返って、頭上の仔猫がネコ語で何かを言う。
おそらく主人に倣って自己紹介しているのだろうが、生憎ジェニファーには翻訳できなかった。
「そういう汝は噂に聞く
千冬が決勝戦を試合放棄したため、ジェニファーは不戦勝で<ブリュンヒルデ>になった。
それが災いし、時よりアイリーンのように、運の良い<ブリュンヒルデ>と嘲る者がいる。だが、幸運なだけと笑うことなかれ。実力は間違いなく指折りである。それを知ってか、知らずか、アイリーンは不敵な笑みを浮かべた。
対するジェニファーも挑発的な笑みで応える。
「そうよ、相手の力量を測れない
「ほぉ、我が未熟だと?」
アイリーンの瞳が輝く。
それもラウラとは異なる完全なもの。両目が金色に輝いている。
「我が未熟かどうか、確かめてみるか?」「しゃーッ! (望むところにゃ!)」
「お望みなら相手になるわよ? IS用のアリーナもあることだしね」
力量を持ち合わせている二人だけに、自ずと場の空気が張り詰める。
その時、一本の剣<フランベルジュ>が殺伐とした二人の視線を隔てた。
「それぐらいにしては? ここで決着を着けずとも<モンド・グロッソ>は近いのですから」
凛とした声。そこに立っていたのは紅い長髪の美女だ。ヴィクトリア朝時代を彷彿させる紅いドレスに身をまとい、薔薇のブローチで頭部を装飾している。
傍目から見れば、かなり時代錯誤な格好だったが、彼女が身に纏っていると不思議と違和感がない。さらにクラシカルなメイドを引き連れていると、一層その雰囲気が際立った。
付き添いのメイドはともかく、ジェニファーは彼女を知っていた。
「ああ、あなたが噂に聞くイギリスの国家代表
ローズマリーはメカニカルな剣を鞘に戻し、ドレスの裾を摘まんで、優雅に腰を折った。
「はい。初めまして。ジェニファー・J・フォックスさま」
「こちらこそ。会えて光栄よ。あなたの逸話はスコールから聞いているわ。で、そちらは?」
ジェニファーは、ローズマリーの後ろで佇む黒髪のメイドに視線を遣る。
「こちらは私の専属メイドの、
「はい、お嬢様。ローズマリー様に仕えておりますオータムと申します」
ローズマリーに紹介された黒髪の美人メイドは恭しく頭を垂れた。
「お付きにメイドがいるとは、さすが英国屈指の名家ってところなのかしら?」
ライオンハートは十九世紀より有力な貴族議員の一員として、大英帝国の政に関わってきた由緒正しい貴族の家系だった。現在は富裕層向けの投資業務とプライベートバンキングを運営しており、オルコットとならぶ資産家として有名だ。
「よければ、ご紹介しましょうか? よいものですよ?」
「そうね、何かと忙しい身だし、考えておくわ。必要になったら、お願いするわね」
「はい、その際は一報を。家政婦学校に知り合いがおりますので、良いメイドを紹介いたしますわ」
そう軽めの挨拶を終えたところで、再び部屋の扉が開く。
入ってきたのは、IS学園の制服を着た少女と、栗色の三つ編みを後頭部で結った女性だ。
「あら、私たちが最後かしら」
制服姿の少女が言う。
その少女は各代表を見渡し、『全員集合?』と書かれた扇子を広げた。
「どうも、皆様はじめまして。ロシアの国家代表、更識楯無です。以後、お見知りおきを」
楯無が名乗ると、欧州の席に座っていた仮面の女性がクスっと笑った。
片目を紫紺のショートウェーブで隠さんばかりに覆った、どこか寡黙な雰囲気の美女だ。
「……ふふ、あなたがロシアの代表? ……とてもそうには見えないけど?」
ミステリアスな女性が妖艶に笑う。楯無も妖艶に笑った。
「これには、いろいろと事情がありまして。そういうあなたはイタリアの?」
「……アンジェリカ・バレンタインよ」
「では、あなたが、かのアリーシャ・ジョセスターフの後任者」
アリーシャ・ジョセスターフ。元イタリアの国家代表で、世界に4人しかいない<ヴァルキリー>のひとりだ。不慮の事故で右腕を失い、現役を引退したが、その勇姿は今なお多くのIS操縦者の憧れとなっている。彼女はその後任だった。
「おや、アンジェリカ、もう来ていたのかい? 時間にルーズなキミらしくないね。いつも一時間は遅れてくるくせに」
そう、アンジェリカを皮肉っぽく野次ったのは、楯無と入室してきた美女だ。
名はノエル・ラ・フォンテーヌ。フランスの国家代表だ。
「……ノエルこそ時間ぎりぎりだなんて、珍しいわね」
「いや、2時間以上も前からココに着いていたよ。でも、うちから輩出された男性IS適正者がココに入学していてね。その事でロシアの代表といろいろ話していたんだ」
「……ああ、例の。確かシャルル・デュノアといったかしら?」
「ああ、あのデュノア社の嫡男だよ。ところで、その仮面はなんだい? まるでオペラ座の怪人じゃないか」
「……これ、専用機の待機形態なの。……不快なら外すけど?」
「いや、むしろよく似合っているよ。
「……ふふ。ありがとう」
イタリア代表アンジェリカが柔らかに笑うと、つられてフランス代表のノエルも笑う。
ようやく全員の顔合わせが終わったところで、千冬が国家代表たちの視線を集めた。
「さて諸君。忙しいところ、よく集まってくれた。集まってもらったのは他でもない。前回の襲撃事件を考慮してだ。ありえないとは思うが、もし先月のような事態が再び発生したら、諸君らにはその対応にあたって貰いたい」
「……それは構わないけど、各国の代表を集めるほどのこと?」
アンジェリカがぼやく。それは至極当然の意見だった。
国家代表が八名。一国の軍隊ですら手出しできない戦力である。襲撃に備えてとはいえ、聊か過剰な戦力と云えるだろう。虫を殺すのにバズーカーを用意しているような物だ。
「備えあればなんとやらだ、アンジェリカ。準備しておくことに、越したことはない。準備不足で嘆くより、骨折り損だったと後悔する方が幾分もマシだからな」
その言葉に全員が納得した様子を見せた。そうだ。何事にも準備するに越したことはない。
ましてや人命に関わるなら尚更のこと。想定外などという言葉では許されない。
「有事の際には私の指揮下に入ってもらい、私の命令で動いてもらう。いいな?」
千冬が同意を求めるように視線を馳せる。おのおのが返答した。
「りょーかい」
「了解した」
「黎明期に活躍された古株のお二人と戦えるなんて光栄です!」
「こちらも光栄だよ、月子くん。危なくなったら、ジェニファーを盾にしていいからな」
「ええ、月子ちゃんは私が守ってあげる。その代わりフーは私を守ってね」
「虎の威を借りる狐か。自分の身ぐらい自分で守れ」
「じゃあ、欧州のルーキー組にがんばってもらいましょうか。お手並み拝見よ、あなたたち」
「……ほどほどにがんばるわ」
「ちゃんとしなよ、アンジェ。さもないとアーリィさんに言いつけるぞ」
「……あの人、シャイニィをけしかけてくるから、嫌い。……ネコ、苦手なのに」
「ほれ、アドルフ」「にゃ~ん」
「……………」ビクッ
「くっくっく、猫が恐ろしいとは、相変わらず、残念なやつめ」
「……残念美少女にいわれたくないわ」
「わ、我のどこが残念だというのだ!?」
「その奇抜な衣装ではありませんか?」
「ローズマリーお嬢様、あなたも人の事を言いえないと思いますが?」
「更識、他の代表に迷惑をかけないようにな」
「ええ、大丈夫ですわ、先生」
分かったのか、分かっていないのか、それぞれが曖昧な返事をする。
千冬は怒った様子もなく続けた。
「開会まであと小一時間ある。その間、自由にしてくれて構わない。出歩きも許可する。では、私は準備があるので、ひとまず失礼させてもらう。では、またあとでな」
そう言い残し、千冬は会議室を後にした。各代表たちは思い思いの時間潰しを始める。
日本代表の月子はロシア代表の楯無に何かの相談を持ちかけ、その隣ではアメリカ代表のジェニファーとドイツ代表のアイリーンが再び睨めっこを始めていた。そんな様子をイタリア代表のアンジェリカが仮面越しに微笑む。
中国代表のフー、フランス代表のノエル、イギリス代表のローズマリーは、ココに在学している代表候補生に会うべく席を立った。
♡ ♣ ♤ ♦
「まったくスコールの命令とはいえ、何であたしがこんな格好をしなきゃいけねえんだよ……」
会議室を出て、生徒控え室に続く通路。
人気が無くなった場所で、メイド『オータム』は乱暴に頭のカチューシャを剥いだ。
その仕草たるやお淑やかさの欠片も無い。歩き方も博打に負けたチンピラのようだ。
「あら、私は、とても似合っていると思いますよ?」
しかし、ローズマリーは豹変したオータムにも動じず、穏やかに言った。
「てめぇーに褒められても嬉かねーよ。つーか、大体、なんであたしがお前の護衛なんだ。他にも暇そうな奴が居ただろ、ライラやら、陰陽姉妹やらよ」
「貴女が部隊の中で一番信用できるからですよ」
「あたしが? なんでだよ。他の奴は信用できねえのか?」
「ええ、そういえば、貴女はまだ<
<
第二次世界大戦後、50年以上も昔に創立された組織で、運営方針を決める幹部会とその手足となって動く実働部隊から構成されている。
彼女は、その実動部隊に所属して数か月の新顔だった。
「私が貴女を連れてきたのは、組織の内情が関係しています。まず、貴女は組織の目的を知っていますか?」
「ああ、世界の裏から軍事力をコントロールして、各国のパワーバランスを図ろうってんだろ? だから、幹部の連中は、どいつもこいつも軍産複合体やら軍需企業の重鎮だって聞いたぜ?」
「その通りです、しかし、その幹部会は現在一枚岩じゃありません。そのため様々な派閥が存在します」
「そういえば、スコールがそんな事を言っていたな」
「ピロトークで?」
艶めかしく笑むローズマリーに、オータムは赤面した。まるで初夜の乙女のように。
それを誤魔化そうと、オータムは語尾を強めた。
「そ、そんな事より話を続けろよ、マセガキが!」
「ふふ。それで現在、組織内部では幹部たちによる派閥抗争が行われています」
「派閥抗争だぁ?」
「ええ。組織の膨大な資金を巡ってのね。組織には世界大戦を10回やっても、おつりがくるほどの莫大な資金が存在するのです」
オータムは思わず、口笛を吹いた。世界大戦10回とは大した額だ。
「一体どんなことすりゃ、そんな法外な金額を集められるんだ?」
「資金の出所を説明するには、組織が創立された50年前の話をしなければなりません。今からおよそ50年前、<白騎士事件>に相当する未曾有の事態が起こりました。知っていますか?」
「50年前の未曾有の事態…………キューバ危機か」
ローズマリーは頷いた。
「1957年、東西冷戦下キューバ。フィデル・カストロによりバティスタ政権が打倒され、アメリカの南に共産主義国が誕生しました」
「教科書でいうキューバ革命だな」
「アメリカはこの事態に危機感を抱き、キューバに対する経済封鎖を慣行。さらにCIAを使いカストロ暗殺を企てました。一方、カストロ政権はソ連との親密化を進め、その支援の下でアメリカのキューバ侵攻に備えたのです」
そして、キューバにアメリカ本土を狙い打てる中距離型核ミサイルが配備されたことで、緊張の色合いが一気に濃くなった。それが世に知られるキューバ危機だ。
「当然、アメリカはミサイル基地の撤去を要求し、新たなミサイルが配備されぬようキューバの周辺海域を封鎖。しかし、ソ連はそれに応じず、ミサイル配備を進めた」
こうして事態は押収されぬまま、米ソによる全面核戦争へ向かっていったのである。
「だが、最終的には国連緊急安保理の仲介もあり、ソ連がミサイル基地の撤退に同意し、アメリカもキューバ不可侵の証として、トルコから核ミサイルを撤去した」
「ええ。こうして米ソ全面核戦争による世界滅亡は回避されました。しかし、それが束の間の安息だという事を、両国は自覚していました。この東西冷戦が続く限り、核戦争の危機は何度でも訪れる」
「もう大丈夫だ、と楽観視するには、アメリカもソ連も核兵器を持ち過ぎていからな」
「そこで当時のアメリカ大統領ジョン・F・ケネディは、ホットラインを通じて、ソ連フルシチョフ書記長に、ある提案を持ちかけました。――『もし我々の作り出した核兵器が世界を滅亡へ追いやってしまったら、その責任として我々がこの世界を再建しなければならない。そのためにも、私たちは手を取り合う必要がある』と」
「それにフルシチョフは同意した?」
ローズマリーは再び頷き、肯定した。
「ソ連側も『核戦争に勝利はなく、あるのは文明の滅亡』という事を理解していましたから。そして、米ソは、来るべき第三次世界大戦に備えて隠し持っていた莫大な
核戦争で世界を二分する米ソが滅亡すれば、世界秩序は失われ、果てない混乱が生まれる。
そこで、自分たちに代わって世界を再建、先導する組織が必要だと両国は考えた。
「それが<
「ええ、亡国とはおそらく核戦争で滅んだ米ソを指すのでしょう。彼らは膨大な資金を活かし、米ソ問わず有能な科学者を集って、様々な研究や計画を実行しました。その中の成果の一つが『アポロ計画』です」
「アポロ計画って、あのアポロ計画か!?」
「そのアポロ計画です。もし核戦争でTTAPS理論に提唱されている“核の冬”が訪れれば、地球は人の住める環境ではなくなります。そうなった時、人類はこの星を捨てなければなりません」
「アポロ計画は“核の冬”に備えての第一歩、フェイズ1だった、と」
「ええ。――しかし、東西冷戦が終結し、米ソの全面核戦争の危機が去ると、存在意義を失った組織は形骸化。1991年にソ連が崩壊すると、莫大な資金も散り散りになりました」
「その欠片を寄せ集めて、再結成されたのが今の<
「そういう事です。ですが、今の<
なるほどな、とそうつぶやきながら、オータムは心中で皮肉をこぼす。
ファントム・タスク。金に群がる姿は、どちらかというと亡霊よりハイエナだな、と。
「で、亡霊の幹部共は、その莫大な資金を独占して何をしようっていうんだ?」
「それは幹部によってまちまちでしょう。でも、ひとつだけ目的がはっきりしている派閥があります。それは、アレクサンドロス・アルツェバルスキー大佐の派閥です。彼はソ連時代の強硬派将校を父に持つ、ロシア・タカ派の男です」
ソ連の強硬派将校。キューバ危機以降、フルシチョフがアメリカと始めた“平和共存政策”を弱腰と叩いた連中だ。彼らは世界滅亡を目の前にしても『やられる前にやれ』と強硬な姿勢をとり、あくまで核軍拡を支持した。
そんな過激な思想を継いだ連中が、現ロシアに存在する。その総統が亡国機業の幹部のひとり。
「彼はロシアの復権――それも“強いロシア”の再建に憑りつかれています」
「なるほど、組織の莫大な資金を使って、ソ連を再興しようって魂胆か。――で、そのアレクサンドロス派と、おまえが属するロキ派との関係はどうなんだ? やっぱり悪いのか?」
「非常に険悪な関係です。特にロキがここで<ナルヴィ>の実践テストを行ったことが、大佐を始めとした幹部たちの強い怒りを買いました」
「じゃあ、お前も、その親玉であるロキってガキも、他の幹部から失脚、暗殺の標的になっているのか。だから、他の派閥に所属する部隊の連中を連れて歩けない?」
「そういう事です。私たちの実働部隊は、幹部たちの私兵で構成されていますからね。けれど、あなたは違う。ロキはあなたの恋人であるスコールと手を組んでいますから」
「だから、あたしを連れてきたわけか」
「さて、組織の話はおしまいです、今度は国家代表の仕事もしないと。さあ、貴女もですよ」
「へいへい、おじょーさま」
選手控え室に到着したところで、オータムはメイドのカチューシャを装着して、姿勢を正す。
それを確認し、ローズマリーは生徒たちの控え室に入室した。
新キャラ、国家代表さん方の登場です。でも、重要なのは、ジェニファーとローズマリーの二人ぐらいです。ジェニファーは学園と国際IS委員会のハシゴ役として、これから起こる学園のごたごたの尻拭いをしてもらわないといけませんし、ローズマリーはご覧の通り亡国機業の人間ですから。この二人だけ覚えていただければよろしいかと。でも、一応簡単に紹介したいと思います。
■アメリカ代表 ジェニファー・J・フォックス
第二回<モンド・グロッソ>の<ブリュンヒルデ>。不戦勝で<ブリュンヒルデ>になったため、千冬ほどの知名度はないが、実力は指折り。気さくなお姉さんで、千冬の友人で良き理解者。千冬曰く『男運は良くないらしい』。
■中国代表 フー。
鈴の師匠でもあり、一年間あまりで彼女を代表候補生にまで鍛え上げた人。自分に人にも厳しい人であるが、面倒見の良い人格者。千冬も彼女には強気に出られない(ジェニファーには容赦ないが)。フーとは偽名で本名ではない。
■日本代表 輝夜月子
日本の国防企業『輝夜重工』の一人娘。幼少期の一夏と面識があり、彼に好意がある。本作では珍しい一夏に献身的な女の子。<白式>は元々彼女の専用機になるものだった。母親が京都出身で、たまに京都弁がでる。
■イギリス代表 ローズマリー・ライオンハート
千冬の唯一の対抗馬と呼ばれ、次期<ブリュンヒルデ>の最有力候補と謳われている。名家の出身で、正真正銘のお嬢様。表では英国最強のIS部隊を率いりながらも、裏では亡国企業に所属し、実働部隊を束ねている。
■ドイツ代表 アイリーン・フォン・エーデルシュタイン
ドイツの最年少国家代表。ゴスロリ衣装と独特の口調が特徴。いつも黒猫(本人曰く『使い魔』)を連れて歩いている。やたら偉そうで、若さゆえか、最年長のジェニファーにやたらつっかかってくる。
■イタリア代表 アンジェリカ・ヴァレンタイン
国家代表であると共に現役のオペラ歌手。ディーヴァとも言われている。フランスの代表と仲が良い。寡黙な雰囲気の美女であるが、ただ単にやる気がないだけ。残念美女。ヘタリア。<レッドクイーン>の声元。
■フランス代表 ノエル・ラ・フォンテーヌ
フランスの国家代表であると共に現役のバレリーヌ。パリ・オペラ座の劇団に所属し、イタリア代表のアンジェリカとは仲良し。しっかり者で、行動の遅いアンジェリカの尻を叩く係。IS学園の生徒会長となにやら密談を交わしていた模様。