IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina   作:ネコッテ

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第30話 開始、学年別ペアトーナメント!

 開会式が終わり、第一試合目が始まるまでの時間。

 鈴は朝食代わりに購入したホットドックを頬張りながら、席を探していた。

 手筈では、セシリアが席を確保してくれているはずので、それを目印に観客席を見渡す。

 

「鈴さん、こちらですわ」

 

 アリーナを囲むように広がる観客席の最善列。

 とびっきり一番見晴らしのいい場所からセシリアの声が上がった。

 

「いたいた。場所取り、ご苦労様」

 

 鈴は頼まれていた飲み物とホットドックを手渡しながら、隣に腰を下ろした。

 

「そういえば、セシリアとこの代表も来てんの?」

「ええ、いらしていましたわよ」

「やっぱり、怒られた? トーナメントに出られなかった事」

「いえ、それほど。ローズマリーさまはお優しい方ですから」

 

 ローズマリーはセシリアの生い立ちや境遇を知っている。そのため、度々便宜を図ってくれていた。セシリアを代表候補生に推してくれたのも彼女だ。そんなローズマリーをセシリアは心から敬愛している。そして、将来はあんな風になりたい、とも。

 

「いいわねー、うらやましいわ」

「その言い草だと、鈴さんは怒られたようですわね?」

「こっ酷く怒られたわよ。そりゃね、わがまま言ってココに入学した挙句、機体は中破、肝心なトーナメントには出場できないってなれば、怒られるのは当然なんだけど、おしりを叩くのは勘弁してほしいわ。おかげであたしのライフポイントはゼロよ」

 

 言って、ホットドックを乱暴に噛み千切る。心なしかイラついているようにも見えた。

 

「鈴さんは中国代表の事がお嫌いなのかしら?」

「いや、別に嫌いって事はないんだけどね……」

 

 兄弟、姉妹のいない鈴にとって、フーは姉のような存在だ。

 それにたった一年足らずで『専用機』と『国家代表候補生』という重要ステータスを手に入れられたのも、一重に彼女が尽力してくれたおかげだ。また、入学の時『IS学園に気になる人がいるから、入学したい』と言い出した自分に渋った高官を説得したのも彼女だ。

 後任を育てるのも国家代表の勤めではある。だが、フーがこうして好くしてくれるのは、鈴を妹のように慕っているからだ。それが判らないほど、鈴も子供ではない。

 

「ただ、ちょっと子ども扱いしないでって話ッ」

 

 照れ隠しにホットドックを詰め込む。セシリアが「ふふ」と笑うと、アリーナのメインモニターが切り替わった。一試合目の組み合わせが表示されたようだ。

 

「あら、織斑一夏、シャルル・デュノア対ラウラ・ボーデヴィッヒ、アリス・リデル」

「うわ、一夏のやつ、いきなりラウラたちと当たっちゃうなんて、運の無いやつ」

 

 各国の代表や政府関係者が観戦している、このトーナメント。学園の生徒であるなら、優勝はできなくても、それなりの成績を残したい。だというのに初端から優勝候補とあたるとは、クジ運がないというかなんというか。

 

 <では、第一回戦、選手の入場です>

 

 アナウンスに従って、計4箇所あるピットから四機のISが出撃してくる。

 白、橙、黒、赤。多彩な色取りのISたちは機体に制動をかけ、中央に集結した。

 出そろった出場者たちを見て、鈴がある違いに気づく。

 

「ちょっと、なにあれ! <赤騎士>になんで《スターライトMkⅢ》が!?」

 

 そう、入場してきた<赤騎士>の肩部ハードポイントに、<ブルー・ティアーズ>の主力武器BTレーザーライフルが装備されていたのだ。それだけではない。非固定浮遊部位には4基の《ブルーティアーズ》が装備されている。

 一夏たちもそれに気づいたらしく、二人は顔を見合わせていた。

 

「ちょっと、セシリア、どういう事!?」

 

 セシリアはずっとアリスを敵視していた。それは周知の事実だ。そんな彼女が愛機の装備を仇敵に提供するなんて、どういう気の迷いか。――あの夜の出来事を知らない者なら、そう思っても仕方ない。相対している一夏とシャルルも同じ心境だろう。

 

「わたくしと彼女の問題が解決した。それだけですわ」

 

 しかし、セシリアはただ優しく、母親のように微笑むだけで、多くを語らなかった。

 鈴は、首を傾げる。

 そんな彼女に何も言わず、セシリアはアリスに向けて指鉄砲を作った。アリスも同じように指鉄砲を作る。そして、何かを確かめ合うように二人はBANと撃つ真似をした。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 

 指鉄砲で互いを撃ち合ったアリスとセシリアに、俺はそういうことかと悟った。

 二人の間に何があったのか、気にはなる。だが、乙女の事情に男が顔を突っ込むと、ろくな目に遭わない。俺は無粋な詮索はやめて、特設されたVIP席を見た。

 

「しかし、すごいメンツだよな」

 

 急遽設けられた代表席には、アメリカ、ロシア、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、中国、日本の各代表が一堂に会している。各国の代表が集結したさまは圧巻だ。

 

「他にも政府関係者や企業関係者の面々も来ているみたいだよ」

 

 隣のシャルルが言った。

 

「控室のみんながピリピリしていたのはそのためか」

 

 もし、このトーナメントで代表の御眼鏡に適えば、代表候補生への道が一気に開ける。機関や企業の目に留まれば、専用機を授けてもらえるかもしれない。ここの生徒にしてみれば、千載一遇のチャンスだというわけだ。

 

(国家代表、か……)

 

 今まで意識したことなかったけど、この先、IS操縦者として生きていくなら、俺も国家代表とか目指した方が良いのだろうか。

 

(まぁ、今は頭の隅に置いておくか)

 

 進路。それは大事なことだけど、今はトーナメントに集中する方が先決だ。

 余計な事を考えていたら、まず勝てないだろう。相手はあのアリスとラウラなのだから。

 

<では、両ペア、試合を開始してください>

 

 開始の合図と同時に、俺は淀みない動作で《雪片弐型》を展開した。そしてスラスターにブーストをかけて、弾丸の如くラウラに突撃する。

 

「ふん、突撃バカめ。そんな単調な攻撃を、私が食らうと思うか」

 

 落胆か、嘲笑か。あるいはどちらとも取れる言葉で、ラウラはAICを発動した。

 瞬く間に機体に制動がかかり、<白式>の加速がみるみる衰える。けれど、俺は威勢を崩さない。

 

「思ってねーよ。けど、動きが止まったぜ」

 

 次の瞬間、俺の背後に潜んでいたシャルルが飛び出し、対戦車用のロケット弾を放った。正面突撃でわざと捕まったのは、ラウラの意識をこちらに向けるためだ。

 しかし、ロケット弾が白い尾を曳いて向かってきても、ラウラは表情ひとつ変えなかった。

 

「だからどうということはない」

 

 ラウラが余裕たっぷりに笑うと、ロケット弾が蒼い閃光に打ち抜かれ、爆発した。

 

「ええ、私がいますから」

 

 《スターライトMkⅢ》でロケット弾を狙撃したアリスが、スコープから目を離す。

 見事な狙撃をみせた彼女に『おおぉー!』と観客席から歓声が沸いた。格闘の印象が強いアリスだが、射撃も熟せるのか。こいつは厄介な誤算だな。

 

「アリス・リデル。織斑一夏は私がやる。お前はフランスをやれ」

「了解」

 

 そう答え、アリスが続けさまに《スターライトMkⅢ》の銃爪を絞る。

 シャルルは離れまいと応射して距離を保つけど、いかんせん動けない俺を庇いながらなので、うまく距離を維持できない。アリスの射撃の腕前もあって、チームは瞬く間に分断されてしまった。

 

「さて、これで助けは求められなくなったぞ?」

「じゃあ、早速、切り札を使わせてもらうさ」

 

 俺は一度息を吐き、《雪片弐型》のシールド無効化能力を発動させた。ただし、あえて収束率を下げる。《雪片弐型》を中心に発せられたエネルギー波は、<白式>に纏わりついていたAICの対外的慣性制御エネルギーに干渉し、中和した。

 

「……ッ」

 

 強制解除されるAICに、意表を突かれたラウラは咄嗟に距離を取った。

 あのラウラに距離を取らせたことができた。それに気をよくした俺は得意げに言い放った。

 

「これで自慢のAICは、もう通用しないぜ?」

「ふん、AICを看破したぐらいで図に乗るなよ」

 

 ラウラは鼻をならし、非固定浮部位からワイヤーブレードを射出する。

 乗らないさ。ラウラが強いのはAICを使えるからじゃない。そんな事は解っている。でも、相手の能力をひとつ潰せたことは、俺の気持ちに余裕を作った。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 アリーナ管制室。その中央モニターには、ワイヤーブレードを打ち払う一夏が映し出されていた。

 一夏は迫る4本のブレードを《雪片弐型》で打ち払い、さらに地上から飛び出してきた二本のワイヤーブレードにも対応してみせる。そして、その一本を掴み取り、力任せにラウラを引き寄せて、《シールド無効化攻撃》を見舞った。

 惜しくも攻撃は躱されてしまったが、一夏は戦いの流れを掴みつつあった。

 

「織斑くん、あのボーデヴィッヒさん相手によい立ち回りをしますね」

「ああ、機体の武装や戦法をよく解析している。リデルがコーチをやめて以来、突撃バカ(チャージ&アサルト)の傾向にあったが、改善されたようだな」

 

 アリスが指導をやめて以来、一夏の戦術は単調の傾向にあった。

 原因はいわずもがな箒たちの指導方法だ。彼女たちの『どっか~んとやれ』や『感じんのよ』という要領を得ない指導が“戦術性のない突撃”を生む原因となり、連敗という結果を生んでいたのである。

 その因果関係を断ち切ったのがシャルルだった。(セシリアもその因果に気づいていたが、彼女のロジカルな解説が彼の理解を阻害していた)。一夏の連敗が“勢い任せ”だと見破ったシャルルは、彼に複雑性と柔軟性のある戦術の重要さを説いた。

 その甲斐あって、今の一夏には、クラス代表戦やクラス対抗戦で見せた狡猾さがある。

 だが、その狡猾さを以てしても勝てるかどうかというのが、ラウラという相手だが。

 

「しかし、ボーデヴィッヒは本調子じゃないようだな」

「そうなのですか?」

「ああ、あいつは軍の特殊部隊員だ。素人程度に遅れをとったりしない。おそらく感情的になっているせいだろう。一度使った戦法を使い回しているのがいい証拠だ」

 

 そう語ったあとで『一夏が相手では無理ないか』と心中で呟く。

 同時に、胸を締め付けられるような痛みを感じた。

 ラウラが必死に戦っている理由は、任務でも、義務でもない。他ならぬ千冬を想ってのことだ。

 『千冬を振り向かせたい』。ただそれだけのために、彼女は猛り、吼え、戦っている。

 なのに、自分ときたらどうだ。何もせず、教師という仮面を被って傍観に徹している。

 事態は自分を中心に回っているのに。

 こんな姿を妹が見たら、どう思うだろうか。哂うだろうか、蔑むだろうか。あるいは……

 

「マドカ……」

 

 心中の言葉が意図せず唇から漏れる。それを訊いた真耶が首を傾げた。

 

「織斑先生、どうかしましたか?」

 

 その声にハッとする。そして、千冬にしては珍しく慌てた様子で冷静を取り繕った。

 

「い、いやなんでもない。それより学園の周囲状況はどうだ?」

「え? あ、はい、異常なしですね。哨戒に当たっている先生たちからも異変を告げる報告は入ってきていません。アリーナの制御システムや、セキュリティーも正常に動作しているようです」

「ふむ。理事長に直談判して、警備を整えさせた甲斐があったというものだな。あとは何も起こらないことを祈るばかりか」

 

 しかし、儚くもその祈りが届くことはなかった。

 そして、それは訪れることとなる。彼女にとって最悪の形で。

 その事を千冬はまだ知らない。知る由もない。

 

 

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 右、左、上、下、そして正面。矢継ぎ早に振るわれるプラズマ手刀を、俺は目玉をギョロつかせながら、死に物狂いで打ち払う。フェイントや眼晦まし。そういった狡猾な攻撃を、俺は神経をすり減らす気持ちでしのいでいく。

 

「ふん、格闘の方はまずますだな。イギリスよりはセンスがいい」

「ありがとよ、これでも剣道経験者なんでな」

「なるほど、得物に対する心得はあるわけか。――では、これはどうだ」

 

 腰を沈めての水面蹴り。体勢を崩されたところに、ラウラが強烈な踵落としを仕掛けてくる。

 受け止めた衝撃で全身の骨格が軋むが、俺はなんとか相手の脚部を押し除け、不意打ちの刺突で反撃に転じた。

 しかし、ラウラが後方に飛び退き、あと一歩のところで剣先が届かない。

 そこで俺は《零落白夜》を発動した。

 展開された《雪片弐型》の刀身からエネルギーが放出され、刺突のリーチが倍になる。

 この二段構えの攻撃、流石のラウラでも躱せまい。

 しかし、予想に反し<シュヴァツェア・レーゲン>への攻撃はかすめる程度に終わってしまった。

 

「――ラウラッ、何をやっているのです!」

 

 アリスの放ったワイヤーガンが、ラウラを無理やり後方に牽引したのだ。

 今のダメージじゃ《絶対防御》は作動しなかった。――が、結果オーライだ。

 ラウラを助けた事で、アリスにスキが生じた。それを逃すシャルルではない。

 

「よそ見は迂闊だよっ!」

 

 ここぞとばかりに20mm二連装ガトリング砲と、その給弾タンクを展開したシャルルが、容赦なく引き金を引く。

 六門の銃口から成るガトリングが四其、カラカラと破滅の前奏曲を奏でながら火を噴いた。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

《ハニー、敵機照準、3時方向。20mm二連装ガトリング砲!》

「言われなくてもッ」

 

 私はガトリングの射線から飛び出し、乱数機動でアリーナを逃げまわる。

 デュノアさんの展開したガトリングは、毎分4500発を吐き出す。それが四基。一度でも攻撃を受ければ、断続的に弾雨を浴びてしまう。だが、逃げてばかりいても結果は同じだ。逃げ切れる保証もない。

 徹甲弾が周囲を穿つ傍らで、私は非固定浮遊部位(アンロックユニット)からBTレーザービットを射出した。

 

「させないよ」

 

 まるでCIWSがミサイルを迎撃するように、デュノアさんがガトリング砲でビットを迎撃する。<ラファール>タイプの火器管制システムは優秀だ。すぐさまビットの一機が徹甲弾を喰らって撃墜された。

 でも、私はニッと笑う。ビットは陽動だ。

 私はすかさず回避運動をやめ、スライド移動しながら《スターライトMkⅢ》を構えた。

 火器管制システム・オン。スタビライザー減揺補正、照準。狙いはガトリング砲の給弾ドラム

 

「踊りなさい。私と<ブルー・ティアーズ>(セシリア・オルコット)が奏でるワルツで」

 

 友人の口癖を借り、《スターライトMkⅢ》の引き金を絞った。

 直後、レーザーに穿たれた給弾ドラムが、けたたましい爆音を上げた。

 

「え、ビットの展開中に本体から狙撃!?」

《あなたが戦っているのはハニー一人じゃない》

(そうか、ビットのコントロールをAIに……ッ)

 

 ぱちぱちと弾薬が弾ける音と強い爆風が彼女を覆い隠す。

 強烈な余波に飲み込まれる<ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ>を見て、私は《スターライトMKⅢ》を下した。

 

「やりましたか?」

《ハニー、やったかはフラグ》

「ですよね」

 

 私はハイパーセンサーを索敵モードに切り替え、《スターライトMkⅢ》を構え直す。

 刹那。立ち込めていた黒煙が四散し、その中央からデュノアさんが現れた。しかも、尋常ではない速力を得て。この加速力は瞬時加速(イグニッションブースト)か。爆風に乗じて、私に近接戦を仕掛けようというのだろう。

 だが、瞬時加速は直線にしか動けない。距離を確保すれば迎撃も可能だ。

 ――発砲。

 だが、デュノアさんは着弾ポイントを見切り、最小の動きでこれをかわす。

 なんて無茶を。――そう思わずにはいられなかった。音速移動時の運動制御は、機体に途轍もない負担が掛かる。その制御を誤れば、ISといえコントロールを失いかねない。最悪、墜落もありえる話だ。

 だが、冷静に考えれば、デュノアさんに限ってそれはあり得ない話だった。彼女は<ラファール・リヴァイヴ>の特性を誰よりも熟知している。限界と可能の閾値を熟知している彼女なら、先の回避行動も不可能ではない。

 相手の理解を見誤り、迎撃に失敗した私は、デュノアさんの接近を許した。

 

「この距離なら――――」

 

 デュノアさんは不敵な笑みを浮かべ、物理シールドの先端をパージした。内部から出現したのは、リボルバー機構と銀の杭が一体化した装置だ。

 69ミリ口径パイルバンカー《灰色の鱗殻(グレースケール)》。――通称《盾殺し(シールドピアース)》。

 第二世代型の兵器の中で、随一の打撃力を誇るそれが私を捉えた。

 

「アリスが相手でも外さないっ!」

 

 強い衝撃。

 液体火薬によって撃ち出された超合金製の杭に穿たれ、私は大きく後方へ弾き飛ばされた。

 

(してやらやられましてね……)

 

 警戒を怠ったわけでも、慢心があったわけでもない。ただ今回ばかりは彼女が一枚上手だった。

 さすがフランスの代表候補生。だけど、ただでは転びませんよ?

 

(痛み分けです)

 

 私は人差し指を立て、手前に折る。すると、先ほど放ったBTレーザーがUターンし、<ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ>のマルチスラスターを打ち抜いた。加熱された推進器が熱暴走で派手な爆発音を上げる。

 

「え、かわしたはずなのにっ!?」

 

 珍しく狼狽えるデュノアくんに、私はしたり顔を作る。

 BT高稼働時に行える偏光制御射撃(フレキシブル)。土壇場使用でしたが、うまくいきましたね。

 以後の戦闘継続にも大きな支障がでただろう。とはいえ、こちらのダメージも甚大だったが。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

「やるな、シャルルも、アリスも」

 

 上空で繰り広げられる熾烈な攻防戦に、俺は喝采を贈りたい気分になっていた。

 できるなら、じっくり二人の一戦を観戦したいところだが、今の俺にそんな余裕はない。

 

<――警告:照準、ロックされています――>

 

 飛来してくる翼付き徹甲弾を、俺は後方に跳躍してやり過ごす。

 そして着地と同時に《雪片弐型》をラウラへ投擲した。

 

「なにっ!?」

 

 まさかかの攻撃に、ラウラが驚き、怯む。

 当然だろう。唯一の武器である《雪片弐型》を投げ捨ててしまえば、<白式>は裸も同然。

 だが、悪手は悪手ゆえに、時として相手の意表を突ける。

 しかし、そこはラウラ。この奇策にもAICで対応してみせた。

 

「はんっ! 唯一の武器を奪われてはもう戦えまい!」

 

 その言い草からもう戦えないと思っているのだろう。

 事実《雪片弐型》を奪われたら、イコライザのない<白式>にはもう武器が無い。

 

 と、思うだろ?

 

「ラウラ、教えておいてやるよ。男の最大の武器ってのは、この拳なんだぜ!」

 

 何も剣や銃だけが武器じゃない。腕力に乏しい女性には及びもつかない事かもしれないが、拳ってのは何にも勝る強力な武器なのだ。

 俺は徒手空拳で突撃し、<白式>の余剰パワーを膂力に回して、渾身のストレートを放った。

 AICの制御に集中していたラウラは、これに対応できなかった。

 

「がはっ!」

 

 さらにラウラがよろめいた隙に《雪片弐型》を回収し、シールド無効化攻撃で追撃する。

 ラウラは咄嗟に手を交差し<シュヴァルッツェア・レーゲン>の腕部で攻撃を受けとめたが、

 

<――警告:両腕部に装甲強度を超える過負荷を検知――>

<――警告:プラズマ発生装置に<クラスD>の損傷。復旧は不可――>

 

 <シュヴァツェア・レーゲン>の装甲強度より《雪片弐型》の攻撃力が勝った。それに《絶対防御》が作動し、<シュヴァツェア・レーゲン>のポイントがみるみる減少する。このままいけばあと一撃で相手をダウンさせられる。

 

「もらったぞ、ラウラ!」

 

 勝利の兆しが見え、感情が高まる俺に、ラウラは小さくつぶやいた。

 

「私は……、負けられないんだ……」

「それは俺も同じ事だ」

「同じ? 違う! 同じであるものか!!

 貴様は負けても、何も失わない! あの人も! あの人の愛も!

 だが、私は負ければ、再び孤独な闇の中なのだ! 貴様にその苦しみが解るか!

 当然のように愛され、当然のように慕われ、その暖かい世界で生きてきた貴様に!

 その幸福すら自覚していない貴様に!

 私は負けない。貴様などに負けてたまるか。斃す、どんな力に身を委ねでも!」

 

 ラウラは力任せに《雪片弐型》の刀身を押し戻した。

 狂気染みた執念。それと呼応するように<シュヴァツェア・レーゲン>に紫電が奔る。

 俺はそれが<シュヴァルツェア・レーゲン>の故障か何かだと思った。

 だが、それはすぐ改められる。

 直感が俺に告げたのだ。これは凶兆だと。何か良からぬ事が起ころうとしているのだと。

 それが意思とは関係なく、俺を後方へ大きく下がらせた。

 <シュヴァルツェア・レーゲン>に異変が起こったのは、その直後だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人は愛を知ったとき、生まれた意味を知るという。

 なら、私が生まれた意味は何だ。

 親もいなく、誰にも愛されない私は何のために生まれてきた?

 本当に、私には兵器としての価値しかないのか? 人としての価値がないのか?

 嫌だ。否定したい。誰かに愛されて、自分には兵器以外の価値があるのだと証明したい。

 そのために力が欲しい。あらゆる障害を跳ね除け、駆逐し、凌駕する、比類なき力が。

 

 そして、あるのだろ? その力がお前の中に。

 

<――肯定(アファーマティブ)――>

 

 ならば、そいつをよこせ。そして、満たせ。空っぽな私を。

 あの人の寵愛が受けられるならば、悪魔にでもなってやる。

 

 

 

 Damage Level……<D>

 Certification C-0037/ Laura Bodewig……

 ≪System Setup≫Ver1.01-1……boot

 ≪Master Motion≫ Brunhild/tihuyu orimura Load

 ≪Power Assist≫ ……Optimization

 ≪Mind Condition≫ ……Normalize

 ≪Sub Generator≫ ……Ignition

 Valkyrie Trace System――Activate

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うあああぁぁあぁぁああぁああぁあああぁぁああぁぁああぁああぁぁぁぁあああぁああ」

 

 <シュヴァルツェア・レーゲン>に異変が生じた直後、ラウラは頭皮を掻き毟りながら、眼窩と鼻孔から赤い雫を滴らせた。悶え苦しむラウラを、今度はフルスキンが病のように蝕んでいく。

 まるでISが人間を取り込んでいくような光景に、俺は激しい嫌悪感と生理的な拒絶を覚えた。

 

「な、何が起こっているんだ?」

 

 全身が強張る俺の前で、全身装甲をまとったラウラは胸部から柄のような物を引き摺り出した。

 まるで心臓でも引き摺り出すように捻り出されたそれは、千冬姉の武器――《雪片》だった。

 ただ、本来真っ白なはずの刀身は真っ黒で、どこか禍々しい気配を醸し出している。

 

《倒ス、ソレガ……唯……イツ、ワタシの――――ッ》

 

 ラウラが呪詛のような言葉をつぶやいたかと思えば、今度はまるで何百回と繰り返したような淀みのない太刀筋で、俺に斬りかかってきた。

 その剣撃に意識を持って行かれていた俺は、攻撃に対して無防備になっていた。

 しまった! やられる!

 そう覚悟した瞬間、二発の銃声が鳴った。これは14.5mm突撃砲《ガルム》の砲声だ。

 直ぐ特定できたのは、それを好んで使う操縦者をよく知っていたからだ。

 

「アリス、今のうちに一夏をッ!」

 

 シャルルがそう叫んだ直後、軽い衝撃が俺を襲った。

 アリスが俺をラウラから、かっさらったのだ。

 

「大丈夫ですか、一夏」

「ああ。それよりラウラの奴、どうしちまったんだ? なんでアイツ、千冬姉の真剣の技を」

 

 そうなのだ。先ほど見せた一撃。あれは千冬姉が篠ノ之道場で体得した真剣の技だった。

 俺も同じ流派で稽古した身だから、見間違うはずが無い。

 

「なるほど、そういう事ですか」

「なるほどって、どういう事だ。俺にも解るように説明――」

 

 俺がアリスに食って掛るより早く、再びフルスキンのラウラが襲ってきた。

 

「説明はあとでします。――デュノアさん、一夏を。私はラウラを止めます」

「うん、わかった」

 

 俺の身をシャルルに預け、アリスが一人ラウラに向かっていく。

 状況が把握できず、半ばパニック状態に陥っていた俺は、なおもシャルルに説明を求めた。

 

「シャルル、一体何が起こったんだ。俺にも解るように説明してくれよ」

「ごめん、僕にもよくわからない。アリスは何か知っているようだったけど。ともかく、試合は中止だと思う」

 

 シャルルがそう言うと、アリーナにアナウンスが鳴った。

 

<緊急事態発生、緊急事態発生。ISの暴走を確認。トーナメントは中止。状況をレベルDと認定。来賓および、トーナメント参加者、生徒は直ちに避難する事、繰り返す――>

 

「そういう事みたいだから、僕たちも引こう。ここにいちゃ危険だ」

 

 しかし、俺は素直に応じられなかった。

 

「まってくれ、アリスはどうするんだ。置いていく訳にはいかねえだろ?」

 

 アリスの身を案じる俺の許に、本人から公開通信が開かれる。

 

『私に構う必要はありません。早く撤退しなさい』

「だがよ」

『私には彼女の暴走を止めなければならない理由がある。だから、構わず撤退してください』

 

 アリスの蒼い瞳には使命感、いやそれを上回る強い意志が宿っていた。

 それだけでアリスと“アレ”の間に何かあるとわかった。だが、引けないのは俺も同じだ。

 

「なら、俺も残る」

『なに馬鹿なことを。私に構わず離脱しなさい』

「聞いてくれ。そいつが何なのかは解らない。でも、俺はラウラを救うって誓ったんだ。なのにこの場から逃げ出したら、俺は俺に嘘をついた事になる。それだけは絶対にできないんだ。だって、自分の信念を平然と曲げちまうような奴に、大切なモノなんか守り抜ける訳がないだろ?」

『ですが、その機体でどう戦うというのです』

 

 《零落白夜》の使用と、先の一撃で<白式>のエネルギーは残り少ない。

 アリスの指摘通り、戦闘に参加できても、まともに戦えるかどうか……。

 

「なら、リヴァイヴの残りエネルギーを使うといいよ」

 

 そう言って、俺の肩を叩いたのはシャルルだ。手には一本のプラグ。

 

「いいのか、――いや、その前にそんなことできるのか」

「できるよ。その代わり、必ずラウラを助けてあげて。約束だよ?」

 

 シャルルが強い眼差しで俺に何かを託す。俺は強く頷いた。

 

「わかった、約束する」

「僕の想い、確かに託したよ。――アリス、エネルギー供給に120秒欲しい。稼げる?」

『まったく、あなたたちときたら。……わかりました。任せてください』

 

 いうなり、アリスはソードビットを俺たちの護衛に残し、ラウラへと肉薄していった。

 激しい剣戟を繰り広げる二人の背後で、シャルルが<白式>へのエネルギー供給を始める。

 

<――報告:外部リアクターとの接続を確認――>

<――報告:外部リアクターの解放許可を受諾。供給開始、充填率1%、終了まで118――>

 

 俺はエネルギー残量を示すインジケーターをしきりに眺めながら、早く早くと念じる。

 待ってろよ、ラウラ。かならず救い出してやるからな。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 先刻の襲撃事件から、千冬はあらゆる事態を想定し、その準備も怠らなかった。

 セキュリティーシステムの強化、警備の増援。国家代表の召集。万全にして磐石。そういう(てい)で挑んだはずの学年別トーナメント。

 だが、事態はその予想を上回った。千冬にとって最も残酷な形で。

 

「どうして、あのシステムが……?」

 

 変貌した<シュヴァツェア・レーゲン>、いや、ラウラを見て千冬は失語した。

 驚愕、焦燥、呵責、あらゆる感情が入り混じり、うまく言葉を紡ぎ出せなくなる。

 それでも、ひとつだけ呻くように発した。

 

「“罰”、なのか……」

 

 ラウラの一途な想いに目を背け、一夏を理由に逃げてきた自分に対する罰なのか。

 だとしたら、私はまた同じ過ちを犯してしまった……。

 

「お、織斑先生……?」

 

 鉄火面の如く表情を変えない千冬がここまで動揺しているのを、真耶は初めて見た気がした。

 しかし、宥めている場合ではないことを、真耶は理解している。彼女は毅然と言った。

 

「織斑先生、指示を、お願いします」

 

 その言葉が功を奏し、千冬は本来の役職を思い出した。

 そうだ、私は指揮官。役目を果たさなければならない。後悔に暮れるのは明日だ。

 

「すまない、山田先生。取り乱してしまった」

「いえ」

「では、来賓、生徒の避難を最優先して対応に当たれ。避難誘導には<生徒会>の連中を当たらせろ。教師部隊はそれぞれのISで、指示があるまで待機。装備は<クラスA>を許可する。あと、ジェニファーたちをココに呼べ」

「もういるわよ」

 

 振り向くと、既に国家代表たちが集結していた。

 しかし、いたのはアメリカ、中国、イギリス、ドイツ、イタリア、フランスの6名だ。

 

「更識と月子はどうした?」

「ロシア代表なら生徒会長として、来賓の護衛と避難誘導に当たっているわ。それでも人手が足りないみたいだから、月子ちゃんと他の候補生が手伝っているわ。――で、状況は?」

 

 ジェニファーは分析官に口頭で何かを指示したあと、千冬に現状説明を求めた。

 

「機体状態が不安定なことに加え、操縦者が正常な判断力を失っている」

 

 千冬は苦い表情で、管制室のコンソールを呼び出した。

 メインモニターが、ISの状態と操縦者の数値に切り替わる。状態図では動力炉に当たる部分が赤色で点滅していた。操縦者の数値では脳波が不規則な周期を示している。どちらも正常な数値を示していない。

 

「こちらの管制誘導に従うよう呼びかけていますが、応じる気配がありません」

 

 真耶がそう言った。

 

「完全な暴走状態ってことかしら。被害予想は? 出た?」

 

 ジェニファーが指示した分析官に訊く。「三番モニターに出します」と分析官は言った。

 表示された“時間”と“被害”の比例グラフには、40度の角度で上昇するラインが刻まれていた。下のサブベイには、いくつもの被害予想がリアルタイムで更新されている。

 

「仮にコンピューターの被害予想が全て的中した場合、学園は深刻なダメージを被ると思われます。そうなれば、30分以内に、避難している生徒たちにも、大きな危害が……」

 

 ジェニファーは表情を険しくした。

 

「コードレッドに相当する事態ね……」

 

 <国際IS委員会>では、ISによる危機的状況がいくつも想定されている。中でもISの暴走や所属不明機の襲撃など、大規模な物理的被害が予測された場合に発令されるのがコードレッドだ。

 発令時には可及的速やかな事態の収拾が望まれ、ISの破壊が推奨される。

 この処置は<白騎士事件>で<白騎士>が世界に畏怖を与えたためだ。

 <白騎士ショック>と呼ばれるそれにより、世界はISの暴走に対して過剰な防衛反応(アレルギー)を見せるようになった。そのため、コードレッドの際は、操縦者の生命のプライオリティが低く設定される。

 だからなのだろう。千冬は苦しい表情を浮かべていた。

 いまコードレッドを発令すれば、不用意にラウラの生命を危機に晒してしまう。

 

「千冬」

 

 ジェニファーは決断を迫る声音で言った。

 

「わかっている、わかっているさ」

 

 千冬は解っていた。自分が何をすべきなのか。何を守るべきなのか。

 ラウラは自らの意思で禁忌にふれ暴走した。その違反者を庇い立てして、傷つく謂れのない人間に危害が及ぶような事態は避けなければならない。

 だが、胸の奥から鳴り響く警鐘のようなざわめきが、合理的な思考を抑止してくるのだ。

 “やめろ、取り返しがつかなくなるぞ”、そんな焦りが裡からずっとせり上がってきていた。

 

「辛いのは解るわ。でも、事は急を要する。あなたが指示を下さないと誰も動けない」

 

 彼女は正しい。司令である自分が決断しなければ、誰も動けない。

 事態も可及的速やかに収束を図らなければ、被害が拡大する。

 千冬は伏せていた視線を上げた。その目に監視カメラの映像が映る。シェルター内では生徒たちが震えながら身を寄せ合っていた。アリーナでは、暴走したラウラの凶刃に一夏が曝されている。

 

 彼らを守らねば。

 

 強くそう思った。そう思ったから、彼女は英断した。苦渋の果て、断腸の思いで。

 

「コードレッドを発令する。<国際IS委員会>の危機対応規定に則って、我々は対処にあたる。<シュヴァルツェア・レーゲン>を可及的速やかに破壊し、被害の拡大を食い止めろ」

 

 たった数十文字の言葉だったが、吐き出すのに途方もない労力がいった。

 そんな千冬に代表たちは姿勢を正し敬意を払う。ジェニファーは彼女の肩に手を置いた。

 

「最善は尽くすわ」

「ああ。たのむ」

 

 慰めにならない慰めに千冬は小さく頷く。彼女は希望も期待も持たなかった。

 ジェニファーは<国際IS委員会>の人間。ISの脅威から、力なき人間を守る使命がある。

 

「いくわよ。あなたたち」

 

 と、それぞれが躰を馴らしながら、代表たちがアリーナの管制室を出て行く。

 ただ、アイリーンだけが千冬に何かを言いたそうな顔をしてから、部屋を出て行った。

 そんな彼女たちを、千冬はどこか朧気に見つめていた。

 

「あの、その…………いえ、なにも」

 

 真耶が何か言葉をかけようとして、断念する。

 そんな彼女の気遣いに、千冬はいつもの凛々しい表情を取り戻そうとして、

 

 失敗した。

 

 

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