IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina   作:ネコッテ

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第31話 黒い雨がふる

 前回の襲撃事件の経験が活きてか、生徒、来賓の避難は滞りなく進んでいた。

 ほどなくして目ぼしい人物の避難が完了したところで、避難誘導にあたっていた、セシリア、鈴、そしてアリーナから帰還したシャルルは通路に集合した。

 

「こっちの避難は終わったわ。あとはあたしたちだけよ。どうする?」

「わたくしはアリーナの管制室に向かいますわ。見届けなければならない事がありますの」

「僕もいくよ。僕も一夏たちの戦いを見届けたいから」

「仕方ないわね。じゃあ、あたしも付き合ってあげるわ」

 

 意見がまとまり、三人は誰もいなくなった通路を走り出した。

 避難が完了しているため、通路に人気はない。そのはずが、進路先にふたつの人影を見つけ、三人は足を止めた。

 

「箒さん?」

「箒!」

 

 三人が見つけた人影のひとつ――箒が振り返った。

 

「セシリア、鈴。それにシャルル」

「何をしていますの。早く避難しなさいな。危険ですわよ」

「わかっているが、一夏が……」

 

 先刻の襲撃事件が不安を駆り立てているのか、箒は表情を顕著に曇らせた。

 恋敵ゆえに彼女の心境が痛いほど理解できたセシリアと鈴は顔を見合せた。そして、先月の彼女の行動を思い起こし、頷き合う。

 

「では、わたくしたちと一緒にアリーナの管制室へ参りましょう。そこでなら一夏さんの戦う姿を見守れるはずです。ここにいるより良いでしょう」

「すまない」

「で、こっちの子は?」

 

 鈴の一言で、箒の後ろにいたもう一人の生徒がビクっと肩を震わせた。

 水色のセミロングヘヤーに、物静かな物腰。かけた眼鏡がどこか知的な雰囲気の少女だ。

 

「彼女は私のペアの更識簪だ。なんでも彼女には優秀な姉がいるらしくてな、私に感じるものがあったらしい。それで組むことになったんだ」

「更識簪。確かロシア代表の妹さんで、日本の代表候補生でしたわよね?」

 

 <ブリュンヒルデ>から代表候補生まで。あらゆるIS操縦者の情報を網羅しているセシリアは、一目で簪の正体に気づいた。対し、そういう情報に疎い鈴は、半信半疑の眼差しを簪に向ける。

 

「へ? この気弱そうな娘が日本の代表候補生なの?」

「……は、初めまして」

 

 と、軽く会釈する簪には、国家代表候補生に伴う気迫――どっしりした気構えが感じられなかった。どちらかといえば機械オタク(ギーク)と言われた方がしっくりくる。事実、彼女はギークだった。

 

「まあ、いいだろ、鈴。ひとそれぞれだ」

 

 箒は簪をかばい、その簪に言った。

 

「簪、私はこれからアリーナの管制室にいく。お前はどうする?」

「……一緒に、いく。これでも、代表候補生。……何かできること、あるかもしれない」

「わかりましたわ。では一緒に参りましょう」

 

 セシリアが頷き、5人は再びアリーナの管制室に向かって走り出した。

 

「しかし、ラウラのあれは一体何なのだ? ラウラの身に何が起こった?」

 

 セシリアの後に続きながら、あのゾっとするラウラの絶叫を思い出す。

 あの叫びは一体何だったのか。その疑問に答えたのはセシリアだった。

 

「VTシステムが発動したのですわ」

 

 苦しげに放たれた彼女の言葉に、代表候補生三人は驚きを露わにする。

 ただISの専門知識に疎い箒だけは、一人顔をしかめた。

 

「VTシステムとはなんだ?」

「それを説明する前にお伺いしますわ。箒さん、武の神髄とは何かしら?」

 

 思いがけない質問にやや戸惑いつつも、箒は即答した。

 

「心・技・体だ」

 

 心と技と体。心を磨き、技を学び、体を鍛えること。武の根幹はそこにある。箒は剣術の師であり、実父である『篠ノ之柳韻』からそう教わった。

 はたして、それがVTシステムと、どういう関係があるのか。――そうか、そういうことか!

 

「VTシステムとは、つまりそういう事か!」

「ええ、VTシステム――ヴァルキリー・トレース・システムとは<ヴァルキリー>が持つ【心・技・体】を操縦者に体得させるシステムですの」

 

 なるほどと納得した。同時にある疑問が浮かび上がる。

 

「でも、そんな事は不可能だ。確かにISのパワーアシストを使えば【体】を鍛えたことになるだろう。ISのモーションマネージメントを使えば【技】を再現できるのかもしれない。だが【心】はどうする。どうやって<ヴァルキリー>が持つ【心】を体得させる? 心は経験によって養われるものだ」

 

 心は経験を積むことでしか養えない。経験だけが人を磨く唯一の研磨剤だからだ。

 故に人は言うのである。『苦労は買ってでもしろ』『かわいい子には旅をさせろ』と。

 しかし、そう熱弁する箒の言葉を、セシリアは冷淡な言葉で否定した。

 

「残念ながら、現代科学では人の心でさえコントロール可能ですの」

「一体どうやって!」

「環境演出型権力と仮想現実を用いて、操縦者に<ヴァルキリー>が送った人生を疑似体験(トレース)させますの。そうする事で<モンド・グロッソ>を制した<ヴァルキリー>の【心】――すなわち何事にも屈しない強靭な精神を体得させる」

「所詮それは理屈だ! <ヴァルキリー>と同じ人生を追体験したからと言って、必ずしも<ヴァルキリー>と同じ精神構造になるとは限らない! 人の心はそんな単純なものじゃないだろ!」

「ええ。だから、システムが人の精神にどういう影響を与えるか、調べる必要があります」

「<シュヴァルツェア・レーゲン>は、そのための実験機だったというのか……。でも、なぜラウラなのだ。やつは特殊部隊の隊長だぞ。ドイツの代表候補生でもある」

「それは……」

 

 セシリアは言葉に詰まる。アリスから告げられた事実を語るべきか、迷いが生じていた。

 彼女の出世を知った時、正義感の強い彼女は必ず憤るだろう。

 だとしても、この世界で生きとして生きる人間なら知らなければならない。

 人間の愚かさを。

 それを知り、省み、戒め、そうすることで世界は前に進んできたのだから。

 無知は罪だ。そう判断し、セシリアは言った。

 

「それはラウラさんが軍事用に遺伝子操作を受けた<遺伝子強化素体>だからですわ」

「遺伝子、強化、素体……?」

 

 最初、セシリアから発せられた言葉の意味を、箒は理解し兼ねた。

 しかし彼女とて馬鹿ではない。言葉のニュアンスと話の脈絡から、それなりに察する事はできる。

 おそらく彼女がいう<遺伝子強化素体>とは実験動物(モルモット)、あるいはそれに類する存在なのだろう。

 

「実は、VTシステムには大きなリスクが伴いますの」

「リスク? 一体どんなリスクがあるのだ?」

「……VTシステムの発動時、操縦者の脳に圧し掛かる負担は想像を絶する」

「当然よね。何十年分の経験を数秒で体験させんだから。そりゃ脳みそも悲鳴を上げるわよ」

 

 彼女たちの言葉で、疑問のひとつが氷解した。

 なぜラウラがこの世のモノとは思えない絶叫を上げたのか。それは織斑千冬という人格を構成した24年分の膨大なデータ――24年の歳月の中で発生したあらゆる感情――が脳内に流れ込んだためだった。

 

「米軍の試作タイプはその膨大な情報量に脳の処理が追いつかず、テストパイロットが錯乱を起こし、暴走に至りましたわ。でも、肉体を強化された<遺伝子強化素体>であるラウラさんなら、あるいは……」

 

 そこでようやく話の全貌を呑み込めた。

 つまりドイツはVTシステムなるものを開発するため、<遺伝子強化素体>という実験動物(モルモット)を利用して人体実験を行ったのだ。

 

「胸糞悪い話だ。何故そんな非道なマネをしてまで、そんなシステムを開発する必要がある」

「……それは、きっとわたしみたいな子がいるからだと思う」

 

 そう言ったのは、簪だった。

 

「わたしみたいに心の弱い子がいるから、心を強くする(VT)システムが必要になるんだと思う」

「あなただけの所為じゃありませんわ。この学園の生徒はISに対する認識が甘いですもの」

 

 ラウラも言っていた。ここの生徒は危機意識に疎く、ISをファッションか何かと勘違いしていると。

 無論、その背景には政府のプロパガンダやアジテーションの影響があるわけだが、はたしてそんな彼女たちが戦場の現実を知った時、それだけが病まずにいられるだろうか。

 それの解決策としてVTシステムが開発されたのは、ある意味必然なのかもしれない。

 だが、箒はこのVTシステムに酷い嫌悪感を覚えた。

 かつて猛者と謳われた古き戦士たちは、己の力で心を律し、強靭な精神を体得してきたのだ。

 それをシステム化し、安易に体得させようなど戦士への冒涜に他ならない。ゆえに箒は言う。

 

「そんなもの、強さじゃない」

 

 本物の強さとは、無感動に人を殺められる非情さじゃない。

 人の強さとは、力強さとは、もっと暖かいモノのはずだ。

 だから一夏には負けないでほしい。そして本当の強さとは何なのかを証明してほしい。

 その想いが顔に出ていたのか、セシリアは真摯な瞳でこう言った。

 

「大丈夫ですわ、一夏さんは負けません。だって、彼女がついていますもの」

 

 彼女。それがアリスだと気付いたとき、5人はアリーナの管制室に到着した。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 

 

 ラウラが振りかざした《偽雪片》の一閃を、アリスは《ヴォーパル》で受け止めた。

 そこから鍔迫り合いの接点をずらし、刀身を滑らせる。攻撃を受け流され、よろめいたラウラの横腹に、アリスは蹴りを入れた。

 

「―― 一夏、いまです!」

 

 バランスを失ったスキに乗じ、俺は縦一文字の袈裟斬りをラウラの頭上に放った。

 だが、《雪片弐型》を振り下ろした瞬間、全身が凍りつくような不快感に襲われる。

 

「この違和感は――AICか……!」

 

 この状態でも集中力の必要なAICが使えたとは……。

 俺が不可視の力で拘束されていると、体制を建て直したラウラが、深く腰を落した。

 あの構えは篠ノ之流剣術の一つ『明鏡止水』。静寂と最速を一撃必殺とする抜刀術だ。

 

「――――っ!」

 

 まるで何百回と繰り返したような淀みない動作で、ラウラが神速の居合切りを繰り出す。

 躱せない。――そう思った時、俺は横殴りに強い衝撃を受けた。次いで、柔らかい感触が俺を襲う。

 なんだ、いったい……。

 戸惑う俺が顔を上げると、綺麗な女性の顔が映った。澄んだブルーの瞳。艶やかな金髪。頭部には短剣のような装置が聳え立っており、まるでキツネのようだ。

 

(この人は一体……?)

 

 当惑する俺に、<白式>が狐耳のお姉さんの正体を教えてくれる。

 

<――IS情報:ライブラリー照合。第三世代型IS<ナインテイル・フォックス>――>

<――IS詳細:専属操縦者ジェニファー・J・フォックス――>

<――追加情報:現アメリカ国家代表 二代目<ブリュンヒルデ>――>

 

 二代目<ブリュンヒルデ>。

 という事は、目の前の女性は、あの時、千冬姉が戦うはずだった決勝戦の相手?

 

「弟くん、大丈夫?」

「え? あ、はい。おかげさまで」

「そう、よかったわ」

 

 ジェニファーさんは軽い口調でウィンクし、お姫様抱っこしていた俺を地面に下した。

 

「――じゃあ、あとはお姉さんに任せなさい」

 

 彼女が一歩に踏み出したところで、俺は彼女の専用機が持つ名の意味を知った。

 ジェニファーさんの尾骶部から白いエネルギーが迸り、九本の《尾》を形成したのだ。その姿はまさしく白面金毛九尾の狐。<ナインテイル・フォックス>だ。

 

「さて、狩りの始まりよ――」

 

 ラウラを見据えたジェファーさんから飄々とした雰囲気が消え失せる。

 鋭さが増す彼女の双眸に、俺は千冬姉のような凄みを感じ取った。同時に躰の芯から理解する。

 

(――この人、むちゃくちゃ強い)

 

 俺の言葉を体現するように、ジェニファーさんは狐のような俊敏さでラウラに肉薄した。

 ラウラは《偽雪片》を振りかざし、神速の太刀筋で彼女を迎撃する。

 しかし、ラウラの斬撃はジェニファーさんが展開した得物によって呆気なく弾かれた。

 展開された得物は日本刀だった。

 それも漆黒の《雪片》とは違う、銀色の刀身を持つ刀。見た事がある。あれは――

 

<――IS情報:<暮桜>専用近接ブレード《雪片》――>

 

 やっぱりそうか。あの近接ブレードは《雪片弐型》の先代。本物の《雪片》か。

 それが分かった次の瞬間、攻撃を弾かれ無防備になったラウラのボディに九尾のラッシュが叩き込まれた。なんてエキセントリックな戦い方をするISなんだ。

 

「その程度? 千冬の攻撃はもっと鋭かったわよ?」

 

 なおも重量を感じさせない躍動で、ラウラの剣捌きを《尾》あるいは《雪片》でいなし、その都度生じたスキに強烈な攻撃を打ち込む。その一連動作は流麗でスキがない。これが<ブリュンヒルデ>の実力か。

 

「つえーな、あの人」

「そんな呑気な事、言っていられないかもしれませんよ」

 

 圧倒的な実力差を見せつけるジェニファーさんを、アリスは浮かない表情で睨んでいた。

 まるで何かを危惧しているかのような――敵を見る貌だ。

 

「まずいですね」

 

 言うなり、アリスは相対するジェニファーさんとラウラの間に向かって飛翔した。

 そして俺が制止するよりも早く、両者の間に入って、左右から迫る剣撃を受け止める。

 両者の剣戟を止めたアリスは、ジェニファーさんに言った。

 

「ジェニファー・J・フォックス。目的の意図を明らかにしてください」

「コードレッドが発令されたわ。その規定に則って<シュヴァルツェア・レーゲン>を破壊する」

 

 <シュヴァルツェア・レーゲン>の破壊。それはラウラの身を保障したものなのだろうか。

 救出と言わなかったジェニファーさんに冷たいものを感じ、俺は漏らすように訊いた。

 

「破壊って、ラウラの安全は……?」

「最善は尽くすわ。でも、あんな状態だもの。保障はできない」

 

 その言葉に、俺は胸を締め付けられたような錯覚に陥った。

 

「操縦者は正気を失っている。果てしない暴走を続けるでしょう。ISの暴走が如何に危険なものか、あなただって知っているでしょ?」

 

 だがら、被害が大きくなる前に、暴走を止めないといけない。言っていることは理解できた。

 傍若無人に振る舞うISがどれほど怖いものか、俺は身を以て知っているから。

 

「それとも彼女の安全を優先して、ここにいる何百の人を危険にさらす?」

「さらさない。みんなも守って、ラウラも救う!」

 

 そのために厳しい特訓を積んできたんだ。<白式>だってそのための力だろ。

 

「立派ね。でも、私たちにはそれができない。いい、覚えておいて、弟くん。何かを守護する組織は功利主義で動かなければならないの。天秤の傾きが全てなのよ。1のために100を危険にさらせない」

 

 ジェニファーさんの言葉は理解できる。

 軍隊や警察という組織が、一人のために百という人間を犠牲にする事はできない。

 最大の幸福と最小の不幸。それが彼女の正義であり、行動原理。

 だが、俺は感情が熱くなるのを抑えられなかった。

 ラウラがあんな形に歪んじまったのは、そうまでして千冬姉に振り向いて欲しかったからだろ。

 

「そうだ、千冬姉だ」

 

 千冬姉ならこの人を止めてくれるはず。

 俺は急いでアリーナの管制室に通信を繋いだ。

 

「千冬姉! あの人を止めてくれ!」

 

 回線先にいる、いつもの毅然とした千冬姉にそう訴えかける。

 しかし、帰ってきた言葉はあまりにも非情な回答だった。

 

『それはできない』

 

 俺は心臓を掴まれたような感覚に襲われた。

 

「な、なんでだよ!」

『私がジェニファーに<シュヴァルツェア・レーゲン>の破壊を命じたからだ』

 

 息が詰まり、胃に何か重い物が落ちる。吐き気に代わって込み上げてきたのは憤怒だ。

 

「なんでだよ! ラウラは千冬姉の事が好きで! 大好きで! だから、あんな風になっちまったんだぞ! なんで助けてやらないんだよ!」

『…………。今、優先すべきは学園の被害を最小限に留める事、学園生徒の安全を守ることだ』

 

 わずかな沈黙のあと、千冬姉の発した言葉に、俺は強い失望感を抱いた。

 

「見損なったぜ、千冬姉。俺の知っている千冬姉は、そんな理由で人を見捨てたりしない」

『失望でもなんでもしろ。私には果たさなければならない仕事がある』

「わかったよ。千冬姉がそういうなら――――俺がラウラを救う」

『大言壮語を吐くのも大概にしておけよ、一夏。おまえがそうやって大盤振る舞いできているのは、学園の庇護があったればこそだ。自分の権利さえ守れない人間に何が守れる?』

 

 俺は強く奥歯を噛みしめた。千冬姉の言葉を撥ねつけられなかった、その悔しさに。

 “仲間は守る”。俺は幾度なくそう口にしてきた。

 でも、俺は今まで何かを守れただろうか。いや、守れていないんだ。自分の身さえ。

 

『わかったら、ヒーローごっこは終わりにして、帰投しろ、いいな』

 

 それだけを告げ、千冬姉は通信を切った。結局、俺は最後まで何も言い返せなかった。

 ただ無力さだけが、腹に落ちる。そんな俺の前に誰かが立った。アリスだった。

 

「なんだよ。俺を笑いにでもきたか?」

 

 俺は顔を逸らす。こんな姿を彼女に見られなくなった。

 しかし、アリスは嘲ることなく真摯な瞳を向けた。

 

「一夏。戦いに必要なのは、意志の力です。戦えない者に勝利はない。――たとえ結果がどうであれ、私は最後まで戦います。私には果たさなければならない、友との“約束”がある」

 

 そう告げ、俺に背を向ける。きっと、友との約束を果たしにいくのだろう。

 遠ざかる背中には、強い意志が感じられた。どんな苦難でもやりぬこうという意志が。

 

「そして、あなたにもあるはずです。託された想いが」

 

 最後にアリスはそう言った。そうだ。この<白式>にはシャルルの想いが託されている。

 己の弱さを理由に、その想いを無碍にするのか、織斑一夏。

 そんなわけにいくか。たとえ、非力でも最後まで戦う。それが相手の想いに報いることだろ。

 

「アリス、俺も行くよ」

 

 俺は告げた。己の意志を貫くため、そして、友人の想いに応えるために。

 たとえ、何も守れなくても、俺は俺のできることを全力で成す。もう千冬姉の言葉は恐れない。

 

「それを聞いて安心しました。でも、これからの戦いに正義はない。いいですね」

「ああ、ここからは俺たちの個人的な動機だ。でも、その覚悟はできている」

 

 強く頷く俺に、アリスは不敵な笑みを浮かべた。

 そしてラウラと剣戟を広げるジェニファーさんの許に割り入って、こう言う。

 

「ジェニファー・J・フォックス、あとは私たちがやります。あなたは退いてください」

「なにをする気?」

「クロッシング・アクセスを使います」

 

 相互意志干渉(クロッシング・アクセス)。授業で聞いた覚えがある。操縦者同士が波長を合わせる事で発生する特殊な相互通信だ。それを用いて錯乱状態にあるラウラを正気に戻して、<シュヴァツェア・レーゲン>の暴走を止めようというのか?

 

「無理よ。正気を失っている彼女と波長を合わせるなんて不可能だわ。仮に成功したとしても<コアネットワーク>を通じて、VTシステムの暴走があなたにも及ぶ。あの子のようになりたいの」

 

 ラウラの剣戟を躱し、ジェニファーさんが視線でこちらを牽制する。桁違いの迫力だった。それだけでこっちが尻尾を巻いて逃げたくなる(・・・・・・・・・・・・)。だが、アリスは臆することなく言い放ちやがった。

 

「昔の私も同じことを思っていました。けれど、そのあとに残ったのは後悔です」

「……。そう、あなたがあの時、VTシステムを止めた操縦者」

「分が悪い賭けなのは、承知の上です。――――ラウラはたくさんのものを奪われてきました。愛、自由、権利。これ以上、彼女の大切なモノを奪わせはしない。たとえ、世界を敵に回しても」

 

 アリスは強い意志の宿し、そう言い放った。公然と世界へ告げるように。

 そんなバカみたいな宣戦布告に、俺は胸が熱くあるのをやめられなかった。

 だが、ジェニファーさんは怯まず、あくまで冷静にいった。

 

「それでもあなたの行為は許可できない。私はあの子が遺伝強化素体だから、軽はずんでいるわけじゃない。大切なものを奪われたくないのは、ここにいる子供たち、みんながそう。みんな理不尽に命を奪われたくない。私たち(・・・)はその子供たちの命を守る。力在る者の義務として」

 

 ジェニファーさんが手を振り上げる。それを合図に5つの影が現れた。

 

 

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 5つの影の正体。それはイギリス、ドイツ、フランス、イタリア、中国の代表だった。

 おのおのが専用機を駆り、その堂々たる風格を見せつけながらアリスを見下ろす。

 だが、アリスは怯まなかった。

 

「もしかして、あいつ、国家代表を敵に回す気!?」

 

 アリーナの管制室。無謀な行動をするアリスに、鈴は頭を抱えた。

 確かにアリスの強さは他と一線を画しているが、許容範囲というものがあるだろう。

 あれだけの国家代表を敵に回すなど、もはや勇敢を通り越して愚かですらある。

 

 いや、本当にそうだろうか。

 

 悲哀にくれた少女のために、世界と戦う事が、本当に愚かな行為なのだろうか。

 鈴には判らなかった。

 確かにラウラは好かない奴だった。でも、こんな所で潰えていい命ではないと思う。

 もし<甲龍>が使えたら……自分はどちらに味方していただろう?

 

「ちょっとよろしいでしょうか」

 

 葛藤する鈴の横を、セシリアが優雅に横切った。

 そして、真耶に一言いれ、アナウンスのスイッチを入れる。

 

「お征きなさい、アリス・リデル!」

 

 セシリアの思いかげない行動に、千冬を含めた全員が目を剝いた。

 そんな視線などどこ吹く風で、セシリアは続ける。

 

「――エイミーはVTシステムの実験で亡くなりました。ここで同じ結末を辿れば、わたくしたちはあの事件から何も学んでいないことになります。それではエイミーの死が無駄になります。彼女の死には意味があったのだと、それを証明するためにも、必ずやラウラさんを救い出してくださいませ。彼女の死から多くを学んだ貴女ならきっとできます。――では、あなたに女王陛下のご加護がありますように」

『Yes My Majesty』

 

 回線の向こうのアリスが、セシリアの激励に強く応える。

 彼女の返答に満足したセシリアは澄ました顔で、ポカンとする真耶にマイクを返却した。

 

「オルコット、どういうつもりだ」

 

 千冬が怒号を飛ばしても、セシリアは怯まなかった。

 

「あの方の言い分は正しい。合理的だとも思います。けれど、人間やその魂は不合理なものです。だからこそ、わたくしたちは“愛”という不確かなモノを信じていける。理屈がこの世の全てじゃないのですわ。だから、わたくしは彼女に言いましたの。――“自分の魂に従え”と。織斑先生、あなたも自分の魂に従ってはどうです」

 

 青い瞳に揺るぎはなかった。臆することなく、千冬を見据えている。

 堂々たる彼女の振る舞いに、鈴は胸が熱くなるのをやめられなかった。

 たぶん、この場面で胸が熱くなるのは“合理的”ではないのだろう。でも、彼女はアリスの“分の悪い賭け”に、“不合理な賭け”に乗ってみたいと思った。そう思った鈴は真耶からマイクをぶんどった。

 

「アリス、存分に暴れてやんなさい! あたしが許す!」

 

 そんな鈴に誘発されたのか、今度は箒とシャルル、簪までもがマイクに駆け寄った。

 

「アリス、悔しいが今の私には共に戦える力がない。だから、私に代わりに一夏を頼む」

「僕からもお願い。アリス、ラウラを助けてあげて。あの子は僕と一緒なんだ」

「……わたしからもお願い。あの子を……救ってあげて」

『任せてください』

 

 彼女たちの言葉に応え、アリスは《シュナイダー》を射出した。それを円環状に配置し、前方に姿見を形成する。その鏡面に飛び込むと、<赤騎士>に変化が現れた。

 皆の表情に驚きの色が灯る。この現象を鈴たちは知っていた。そう、これは――

 

『《第二形態移行(セカンドフォームシフト)》!!』

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 避難が終了し、閑散としたアリーナの観客席。そこに二人の女性が佇んでいた。

 白衣らしき衣装に身を包んだ二人は、傍から見れば学者のように見えた。

 

「始まったわね。彼女の贖罪の戦いが」

 

 白衣姿の一人――ロリーナは鏡を抜け、《第二形態移行(セカンドフォームシフト)》した<赤騎士>を見やる。

 《第二形態》に移行した<赤騎士>は、ステンドグラスのような翼を羽ばたかせた。右腕には巨大な小手――輻射波動機構を内蔵した多機能武装腕(アームド・アーム)を装備している。尾骶部からは《単一仕様能力》のテイルコンデンサーが伸びていた。

 総じて、その姿は竜騎士という風貌で、精悍だった<赤騎士>より鋭利な風格を漂わせている。

 

「まるでウェールズの赤い龍(ア・ドライグ・ゴッホ)

 

 ロリーナの横にいた、もう一人の女性が言った。

 言い得て妙だ。

 禍々しいも逞しいその意匠はイギリス・ウェールズの守護龍に見えなくもない。

 もっとも、その専属操縦者はイングランドの血を引く人間であったが。

 

「見るのは初めてかしら?」

「ええ。私の専門は遺伝子学とナノマシン。ISの開発は管轄外でしたから。それはともかく彼女、大丈夫でしょうか? あれだけの国家代表を相手に」

 

 いかに《第二形態移行(セカンドフォームシフト)》したISが規格外の性能を得えたとしても、国家代表が6人がかりでは手に余るだろう。かてて加え<赤龍騎士>にはその性能と引き換えに制限時間というリミットが発生する。不利な状況が打開された訳ではない。

 

「大丈夫よ、第二形態の<赤騎士>にアリスが乗れば<スコードロン>にも対抗できるわ」

「確かに<赤騎士>の潜在能力(ポテンシャル)未知数(エックス)です。でも、ロリーナ。それは<ワンダーランド>が弾きだしたシミュレート結果に過ぎません。《フルセイバー》もインストールされていないのでしょ?」

「いいえ。あの子の力が、想いが、不可能を可能にするわ」

 

 女性は驚いた顔をした。

 ロリーナが、そんな非科学的で根拠のないモノをあてにするなんて。

 

「ふふふ、科学者がそんなことを言うなんて変?」

「はい。科学者はみんな数字に縛られて生きていますから」

「そうでもないわ。科学者は意外にもロマンチストよ。だから、人が起こす奇跡を信じてみたくなるの」

 

 ロリーナが愉快そうに笑うと、女性もつられたように笑った。

 奇跡。人が起こす想いの力。遺伝子に刻まれていない何か。

 たまにはそういう非科学的なものを信じてみるのも、悪くない気がした。

 

「さあ、括目しなさい。彼女が起こす奇跡を。リデルのコードネームは伊達じゃないわ」

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

<――<赤騎士>《第二形態移行(セカンドフォーム・シフト)》完了。稼働限界まで600――>

 

 600秒。およそ10分。それが<赤騎士>の稼働限界時間。

 《第二形態》の<赤騎士>は破格の性能に伴い、エネルギー消費と部品消耗が著しい。そのため、《第二形態》を維持できる時間には限りがある。それを理由に今まで使用を控えてきたが、もう出し惜しみをする必要もないだろう。

 

「10分です。10分間、私が何とかして彼女たちを食い止めます。そのうちに相互意識干渉(クロッシングアクセス)を使って、ラウラを正気に戻してください」

 

 本来なら彼にこんな危険な役目を押し付けたくない。だが、国家代表を相手にしながら相互意識干渉を発生させるのは、私でも無理だ。今は彼にラウラの救出を託すしかない。

 

「一夏、あなたの優しさが本物なら、きっと届くはずです」

「ああ、任せろ」

 

 一夏は力強く頷いたあと、<白式>を回頭させた。そこに先ほどの弱腰な彼はいない。

 うん、やっぱり男の子はこう勇ましくないといけません。

 なら、私も彼の勇ましさに答えないといけませんね。と、眼前の敵――各国の国家代表を見据える。

 

<――IS情報:第三世代型IS<ナインテイル・フォックス>――>

<――IS詳細:専属操縦者・アメリカ代表『ジェニファー・J・フォックス』――>

 

<――IS情報:第三世代型IS<甲虎>――>

<――IS詳細:専属操縦者・中国代表『フー』――>

 

<――IS情報:第三世代型IS<サイレント・ゼフィルス>――>

<――IS詳細:専属操縦者・イギリス代表『ローズマリー・ライオンハート』――>

 

<――IS情報:第二世代型IS<シュヴァルツェア・イェガー>――>

<――IS詳細:専属操縦者・ドイツ代表『アイリーン・フォン・エーデルシュタイン』――>

 

<――IS情報:第三世代型IS<テンペスタ・プルガトーリオ>――>

<――IS詳細:専属操縦者・イタリア代表『アンジェリカ・ヴァレンタイン』――>

 

<――IS情報:第二世代型IS<ラファール・エトワール>――>

<――IS詳細:専属操縦者・フランス代表『ノエル・ラ・フォンテーヌ』――>

 

 代表の専用機名と知る限りのスペックがARフォログラムによる追記される。

 どの機体もその国が誇る最新鋭機だと一目で判った。

 

「なるほど、機体も操縦者も一級品というわけですか」

《Don't worry My honey――相手が一級品だとしても、私たちは超一級品。問題ない》

 

 <レッドクイーン>の小粋なジョークに、私は再び笑った。

 

「<レッドクイーン>、今から死地へ赴きます。付き合ってくれますか?」

《Of course My honey――地獄の果てまでも》

「では、始めましょう。IS同士による、少女を賭けた世界大戦ってやつを!」

 

 Through the Looking-Glass, and What Alice Found There.

 To be continued

 

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