IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina 作:ネコッテ
「――私は弟くんの無茶を止めるわ。あなたたちは、あのお転婆娘を抑えておいて頂戴」
ジェニファーが指示を下すと、各国家代表たちがアリスの前に立ちはだかった。
「私たちは国家代表。全操縦者の規範となる存在だ」
「……私たちが規律や規則を守らなければ、全てが済し崩しになるわ」
「だから、違反者を庇い立てするキミの行いを許すことができない」
「悪く思うな。秩序を乱す者には、それ相応の報いを与えねばならぬのだ」
それは正しい言葉だった。だけど、正し過ぎてアリスには全て綺麗ごとに聞こえた。
そんな彼女たちにアリスは
「I don't give a fuck!」
これには各国家代表も失笑を漏らした。この場に及んで『私の知った事か』とは。
もしこの場に元同僚のイーリスが居れば、腹を抱えて笑っていただろう。
「正義を語れるのは勝利者だけ。正義を諭したいなら、私を屈服させてからすることです」
アリスは《ヴォ―パル》を掲げ、『かかってこい』と人差し指で挑発した。
「まったく、キミには驚かされるよ」
「……では、お望み通り、言葉ではなく武力を以て黙らせるとしょう」
最初に動いたのは、イタリア代表アンジェリカが操る<テンペスタ・プルガトーリオ>だった。
アンジェリカは背面に装備された二つ折りの火砲を可動させて、前方に構えた。砲身は2m。砲口は5インチ。人が扱うにはあまりにも大きすぎるそれが、イタリアの第三世代兵器――グラビティーブラスター《ベアトリーチェ》だ。
「……拝聴しなさい。《ベアトリーチェ》が歌うダンテの神曲を」
アンジェリカがひどく涼しく、かつ美しい声で言った。
発砲。
凄まじい反動と共に、特大の砲口から漆黒の砲弾が撃ち出される。
グラビティーブラスターは局所的重力場を発生させる砲弾を撃ち出す兵器。当たれば、物体は一瞬で圧潰される。
だが、アリスは躱そうとしなかった。
直撃。光が屈折して、空間がぐにゃりと歪む。しかし、重力嵐が過ぎ去っても、そこには何もなかった。あるのはブラスターの砲撃が作った大きなクレーターだけ。<赤騎士>の姿はない。
「……手ごたえが、ない……?」
不振がるアンジェリカの肌がざわっと波打つ。
<テンペスタ・プルガトーリオ>の装甲に埋め込まれたレーダー素子が反応した。
<――接近警報:方位、上空、距離5――>
「……うそ」
アンジェリカの無気力な表情が驚愕に染まる。
当然だ。先まで照準を合わせていた敵が、上空5フィート――1m上にいたのだから。
こちら側は、まったく察知できなかった。
これは一体……。光学迷彩を用いたステルス攻撃? いや、もっと異質な何かだ。これは――
「――量子ジャンプ!?」
量子ジャンプ。
「貴女の歌は好きですが、今は黙っていてください」
アリスは多機能武装腕《ジャバウォック》で、アンジェリカを力任せに捻じ伏せた。
さらに、内蔵された輻射波動機構から、サイクルの短いマイクロ波を照射する。それによって生じた誘電加熱が、<テンペスタ・プルガトーリオ>の装甲を熔解し、さらに計器類を狂わせた。マイクロ波が精密機器に損傷を与えたのだ。
しかし、ISにはEMP対策として、電子回路に強力なパワーフローが施されている。システムには予備もあるだろう。足止めは精々60秒がいいところだ。
だが、劣勢を極めているアリスには、この一分が貴重な貯金になる。
そのため、わざわざエネルギー消費の大きい《
「まず一機!」
《接近警報。9時方向。距離30。どうやら
<レッドクイーン>が言った。アリスはすかさず回頭。視線の先に<甲龍>に似た白いISが見えた。力強いフォルム。ネコ科を思わせる敏捷さを備えた造形。<甲龍>のようなスパイクマーマーはなく、代わりに宝玉を握る龍のような非固定浮遊部位を装備している。
<――IS情報:ライブラリー照合。中国製第三世代型IS<
どうやら、今まさに迫りくるISは、鈴が使っている<甲龍>の後継機らしい。
それだけに武装も予測がついた。
案の定、<甲虎>の非固定浮遊部位が黄金色に輝き、その中央から衝撃砲が放たれる。
「無駄ですよ。そちらの武器の特性は把握済みです」
攻撃を予測していたアリスは、《ジャバウォック》で不可視の砲弾を受け止めた。
衝撃砲の原理は、文字通り空気の衝撃波、つまり――振動だ。
同じく高周波で大気中に振動の壁を作ってやれば、相殺する事も不可能ではない。
「射撃戦では分が悪いか」
こちらの特性を読まれ、砲撃を無力化されては、射撃戦でイニシアティブは取れない。
そう判断したフーは衝撃砲を閉じ、両手に赤い方天戟――《紅蓮花葬》を展開した。
「疾っ!」
可憐なスラスター捌きで間合いを詰めるや、可憐な槍術を繰り出す。
アリスもすかさず《ヴォーパル》を引き抜き、応戦した。
金属同士の金切り音を奏でながら、突き、斬り、の応酬を繰り返す二人。
機体の性能と、得意分野もあって、格闘術はややアリスが優位だったが、
《ハニー、接近警報。9時方向。距離100。機種<ラファール・エトワール>》
9時方向――自分の背後から接近してくるフランスの国家代表に、アリスは舌を打った。
「龍対虎か、画に為るね」
「だが、私だけでは画竜点睛に欠くようだ。君が足りない分を補ってくれてもいいぞ?」
「そうか。なら、私が仕上げを務めさてもらうよ」
ノエル・ラ・フォンテーヌが駆る<ラファール・エトワール>の手には、3mに亘るハルバートが握られていた。腰部には二対のアサルトブレードが装備されている。それらから格闘仕様の<ラファール・リヴァイヴ>である事が推測できた。
まるで躍るような、エトワールの名に相応しい躍動で、ノエルがハルバートを薙ぐ。
アリスは咄嗟に尾骶骨から生えた《尾》を振るい、ハルバートを打ち払った。
「お、やるじゃないか! さすが私たちに挑むだけはある!」
「………………」
ノエルが感心した声を上げるが、アリスは無反応――というより返えす余裕がなかった。
前からは中国代表の《紅蓮花葬》による槍撃。後ろからはフランス代表の斧槍による斬撃。
とてもではないが、攻撃を捌くだけで手一杯だった。
(さすがにきつい……)
当然といえば当然だ。相手は国家代表が二人。弱音が漏れるのも致し方ない。
しかし、それがいけなかった。
国家代表が相手では、些細な弱音でさえ致命的な隙になる。素人なら確実に見逃していただろうその隙を、国家代表であるフーとノエルは見逃さなかった。
「はっ!」「疾っ!」
まるで計ったようなタイミングで放たれる両者の刺突。
咄嗟に《ヴォーパル》で受け止めたが、アリスはその反動で後方に大きく吹き飛ばされた。
そんな無様なアリスを嘲笑うように、<ナインテイル・フォックス>が上空を抜けていく。
アリスは苦い表情をした。まずい、一夏を止めに行くつもりだ……!
「一夏のところへは行かせない! 《シュナイダー》!」
《Yes My honey――Off with their heads!!》
アリスはすぐさま体制を立て直し、非固定浮遊部位からソードビットを射出する。
しかし、ソードビットの追撃を、上空から降ってきた極音速の徹甲弾が妨害した。
「くっくっく、我が血を凝固した魔弾《
ドイツの国家代表アイリーン・フォン・エーデルシュタインは、自らが駆る専用機<シュヴァツェア・イェガー>の電磁誘導狙撃砲で、《シュナイダー》を軽々しく打ち墜としていく。<越界の瞳>があるとはいえ、セシリアに並ぶ美しい狙撃術だった。
とはいえ、やはりというか、アリスに感心する時間はなかった。早くアイリーンの妨害を突破しジェニファーと止めなければならない。
アリスは、目には目を、狙撃には狙撃と《スターライトMkⅢ》を構えた。
すかさず照準。アイリーンとの距離はざっと200m。狙撃が専門外のアリスでも困難な距離ではなかったが――
「悠長にスコープを覗いている暇はないぞ」
<甲虎>のヒートランス《紅蓮花葬》の打突が<赤騎士>の装甲を掠める。
アリスは狙撃を諦めて後方に飛んだ。が、その先では既にノエルが待ち構えていた。
「季節外れだが、クリスマスプレゼントだ。受け取ってくれ」
ノエルが優雅にほほ笑むと、ハルバートの先端部分が稼働し、別の武器へと変形した。
鋭利な先端を持つそれは、シャルルが使っていた69ミリ口径パイルバンカー《灰色の鱗殻》だ。
しかも、こちらは炸薬を使わず、EMLで打ち出すタイプだった。連射ができないぶん威力はこちらが高い。
「アン」
ノエルは、アリスをハルバートで突き刺し――――
「ドゥ」
持ち上げ――――
「トロワ」
最大まで密度を高めた超合金の杭が、容赦なくアリスを穿つ。
咄嗟にシールドの出力を高めたが、脳天を劈くような衝撃を相殺しきれなかった。
「がはッ!」
アリスは眼窩から眼球を取りこぼさんばかりに引ん剝き、苦悶に喘いだ。身体の機能――骨が、肉が、脳が、戦闘継続の危険を訴え、彼女の意識を落そうとする。
それでも彼女は奥歯を噛みしめ、暗転しそうになる意識を、獣じみた咆哮で繋ぎ止める。
まだ戦おうとするアリスに、ノエルが瞠目した。
「大したものだよ。――でも、これが君の限界だ」
ノエルの後退を見計らい、<甲虎>が衝撃砲を、再起動を果たした<テンペスタ・プルガトーリオ>がグラビティーブラスターを、<シュヴァルツェア・イェガー>が電磁誘導狙撃砲を構えた。
照準レーダーを受けた<赤騎士>が、『狙われている』『止まるな』『動け』という旨の警告をひっきりなしに鳴らしてくる。動かなければ、やられる。頭ではわかっていた。だが、激痛で体が言うことを聞かなかった。
ダメだ。視界を覆い尽くす一斉掃射に、そう思った――――その時、
アリスの眼前で蒼い傘が開いた。
♡ ♣ ♤ ♦
<――接近警報:方位9時。機種<ナインテイル・フォックス>――>
迫ってくるジェニファーさんを迎え撃つべく俺は回頭し、身構えた。
相手は千冬姉と同じ<ブリュンヒルデ>。代表候補生、国家代表より強い存在。
(そんな人を俺にやれるのか?)
不安が脳裏を支配する。でも、ここでやらなければ、アリスの行為が気泡に帰る。
怯えるな。気を強く持て。できないと思っている内は、本当に何もできない。
俺は震える両手を叱咤し、《雪片弐型》を握る。
そして間合いに入ってくるジェニファーさんに《雪片弐型》を構えた瞬間――
「《
<ナインテイル・フォックス>が大きな爆発に巻き込まれた。
しかし、ジェニファーさんは《尾》を自身に播きつけ、繭のようにして身を守る。
「はぁーっ!」
そこへもう一機。侍を模ったIS――<打鉄>がジェニファーさんに畳み掛けた。
操縦者は黒髪の少女だ。一瞬、箒かと思ったが違う。でも、俺はその少女を知っていた。
「月子!?」
♡ ♣ ♤ ♦
雨霰と降り注ぐ国家代表たちの一斉攻撃を遮った蒼い傘。それは《ブルーティアーズ》によく似た
「これは……?」
一瞬セシリアかと思ったが、それは直ぐ改められた。
「ローズマリー・ライオンハート……」
BT試作弐号機<サイレント・ゼフィルス>を駆るイギリス国家代表ローズマリー・ライオンハートは、蒼い傘――シールドビット《アンブレラ》をプラットフォームに戻し、アリスの前に降り立った。
「どういうつもりだ、ローズマリー?」
中国代表の鋭い詰問にも、ローズマリーは怯むことなく答えた。
「虐げられる少女を眺めるのは、気分の良いものじゃなかったもので」
ローズマリーはアリスを背に隠し、敵対するように国家代表たちを威嚇する。その視線はまるで親の仇でも見るような眼差しだ。憎悪すら宿っている。
そんなイギリス代表に異議を申し立てたのは、意外にもアリスだった。
「待ってください。私は世界に喧嘩を売った。貴女に助けられる謂れはない」
アリスは世界に反旗を翻した反逆者。粛清を受けて当然の立場だ。
もし苦戦するアリスに同情して助けたのではあれば、お門違いもいいところだ。
「いえ、ありますよ、貴女に味方する列記とした謂れが」
懐疑的な眼差しを向けるアリスに、ローズマリーはしっとりとした声で告げた。
「セシリア、ですか?」
アリスとイギリス代表を繋ぐ接点といえば、それしかないが――
「それもあります。ですが――いえ、あとにしましょう。きます」
相手――国家代表たちは既に彼女を敵と見做し、臨戦態勢に移行していた。
どうにも腑に落ちないが、これ以上彼女と言い争っている暇はなさそうだ。
「わかりました。ここは私が引き受けます。貴女はジェニファーを」
ローズマリーは首を軽く横に振った。
「その必要はないようですよ。見てみなさい」
ローズマリーが目線で促した先では、ジェニファーが二機のISと交戦していた。
一機はロシア代表更識楯無が駆る<
「どうやら、寝返ったのは、私だけではないようです」
♡ ♣ ♤ ♦
「もしかして、お前、月子なのか!?」
ジェニファーの前に立ち塞がった<打鉄>の操縦者に一夏は叫んだ。
輝夜月子。両親が蒸発し、そのあと引き取られた先で出会った少女だ。
千冬が自立してからは、めっきり疎遠な関係になっていた少女が、一夏の目前で<打鉄>を駆り、ジェニファーと戦っていた。一夏にすれば、幻を視ているような気分だった。
「あら、お姉さんには何もなし? 月子ちゃんだけじゃないわよ?」
月子の隣でそう言ったのは、水色髪の活発そうな女性――更識楯無だ。
楯無はジェニファーを警戒しながら、一夏におちゃらけてVサインを出した。
「でも、どうして二人が俺を?」
今一夏たちは学園の意向に逆らって、ラウラを救おうとしている。
生徒会長である楯無や、国家代表の月子にしてみれば敵のはずだ。
そんな疑問に二人は、ユニゾンして答えた。
「可愛い後輩に『あの人たちを助けてあげて』なんてお願いされたら、断れません」
「可愛い妹に『あの人たちを助けてあげて』なんてお願いされたら、断れないわよ」
『可愛い後輩』『可愛い妹』。それらが一体誰なのか。
おそらく同一人物なのだろうけど、一夏には見当がつかなかった。
「そ、それに、夫を支えるのが、つ、妻の務めですから……♡」
「いやん、のろけ? お姉さん妬けちゃうなー」
赤面する月子の尻に、楯無が自分の尻をぶつける。
月子は『ちゃ、ちゃうねん! そんなつもりやなくて!』とまた赤くなった。
まったくもって場違いも甚だしい光景だったが、国家代表二人が味方についてくれたのは、これ以上ないぐらい心強かった。
「ともかく、わたしたちがジェニファーさまを食い止めます。一夏さまはドイツの候補生を」
「そうよ。あなたの行いにこの戦いの命運が係っているんだから。ぼさっとしない」
「すみません、更識会長。月子もありがとう。――じゃあ、行ってきます」
一夏は二人と、二人が言う『妹・後輩』に感謝の念を送りつつ、機体を回頭させた。
それをジェニファーが「待ちなさい」と追いかけようとするが、
「いかせないわよ」
楯無が<ナインテイル・フォックス>の《尾》に
「行きたいなら私を倒すことです、<ブリュンヒルデ>」
「あなたね、軍隊と警察が争ってどうするのよ」
千冬率いる教師部隊はいわば学園の軍隊。対して楯無率いる<生徒会>は学園の警察と言える。
その二つがいがみ合うなど不毛な争いに違いない。しかれども、楯無は言い放った。
「私はIS学園の生徒会長、生徒たちを守る存在。そのように振る舞うだけよ」
「わたしも申したはずです。例え、ジェニファーさまがお相手でも容赦しないと」
月子は<打鉄>の近接ブレードを一閃。楯無も円錐状のランス《蒼流旋》を突き出す。
即席とは思えない息の合った一撃だったが、ジェニファーは《尾》でいとも容易くいなした。
「こっちだって友人の弟を危険な目に遭わせられない」
さすがは<ブリュンヒルデ>。国家代表二人を相手にしても一歩も引かない。
「邪魔するなら容赦しないわよ
彼女にも使命があり、プライドがある。おいそれと負けてやる気はなかった。
♡ ♣ ♤ ♦
「私が後方支援組を押さえます。貴女は前方近接組を」
ローズマリーは、複合型BTライフル《スターブレイカー》でアイリーンの狙撃を牽制し、シールドビット《アンブレラ》でアンジェリカの砲撃を抑える。
ビットを統制しながらの射撃は高度な技術を要するが、ローズマリーは容易く行っていた。
それも国家代表相手に行っているのだから、彼女の実力は計り知れないものがある。
『……ノエル、このビット何とかして。プルガトーリオの装備じゃ対応しきれないわ』
<テンペスタ・プルガトーリオ>の重力砲はその威力に比例して、連射性が低い。多方向から包囲してくるビットを迎撃するには不向きな武装だった。
『……このままじゃエネルギーより私のやる気が……』ボソ
『わかった! なんとかするから、もうすこしがんばるんだ!』
ノエルはビットを封じるべく、<サイレント・ゼフィルス>に近接戦闘をしかけた。
「させません」
その間にアリスが割り込み、攻撃を多機能武装腕《ジャバウォック》で受け止める。
さらにサイクルの短いマイクロ波を照射して、ノエルのハルバートを溶解した。
『逸ったか……』
飴細工のように爛れたハルバートを投げ捨て、ノエルは腰のアサルトブレードを抜いた。
『……もう。……ノエルなにやっているの? ……やる気ある?』
『キミにいわれたくない!』
追撃してきたアリスの攻撃をアサルトブレードで受け止めつつ、ノエルが叫ぶ。
戦闘中でなければ、彼女の尻を蹴ってやるところだが――
『ノエル、そのまま彼女を押さえていてくれ。私がローズマリーを止める』
『了解』
紅い方天戟《紅蓮花葬》を頭上で振り回し、今度はフーがローズマリーに肉薄した。
軽やかな躍動と尖鋭的な機動を以て、
「…………ッ」
<サイレント・ゼフィルス>には近接用の武器が無い。
これにはローズマリーもアイリーンへの射撃を断念し、防御に回るしかなかった。
『よくやった。残念ヘタリアは我に任せろ。今こそ闇の力を解放して――』
『……闇でも光でもいいから早くして』
《スターブレイカー》の攻撃が止んだことで自由を得たアリーンが、再び狙撃を開始する。
もしアンジェリカが自由になれば、今度は強力な重力砲が火を噴く。そうなれば掴みかけた戦いの流れが逆流しかねない。何としてもアイリーンを止める必要があった。
「アリス・リデル! ここは私に任して、貴女はドイツ代表を」
「わかりました。<レッドクイーン>、飛びます。転送の座標計算を」
《Yes My honey――座標計算完了。クアンタリゼーション・ジャンプ。レディ》
<赤騎士>のテイルユニットが本体に膨大なエネルギーを送り込む。
それを使って<赤騎士>を量子化。
次いで刹那の暗転。視界が回復した時には、アリスがアイリーンの背後を捉えていた。
「くっ! またテレポートとはなっ!」
接近に気付いたアイリーンが腰からプラズマブレードを抜くが、既に《ジャバウォック》がその
アリスは輻射波動を照射しながら急降下して、アイリーンを地面に叩きつける。
「こ、こやつめ……」
激しい衝撃で、アイリーンの肺から空気が抜け、視界がぐにゃりと歪んだ。
そこで失神しないのは、さすが国家代表か。しかし、先の攻撃で狙撃砲を破壊した。これでもう援護射撃はできない。ローズマリーの参戦で変わり始めた戦いの流れは、まだこちらにある。
(――頼りになりますね)
イギリス国家代表と共闘する中で、アリスはそう実感していた。
ローズマリーの卓越した操縦技術は、三人の国家代表たちを相手取っても遅れを取っていない。大した実力を言わざるを得ない。セシリアが国家代表になるには骨が折れることだろう。
その後方では、ロシア代表と日本代表がジェニファー相手に善戦してくれていた。
圧倒的に不利だった戦況も、いまは均衡状態にある。あとは一夏のがんばり次第だ。
♡ ♣ ♤ ♦
俺は振り向かず、前を向いて、目の前のラウラに心血を注いだ。
不器用で、誰からも愛されず、ずっと一人ぼっちだったラウラ。
そんなラウラに、俺は教えてやるんだ。――おまえは、ひとりじゃないって。
おまえのためなら世界を敵に回したって構わない。そんな奴がいるってことを。
「ラウラーッ!」
俺は《雪片弐型》を投げ捨てた。
誰かを守るには力が必要だけど、誰かを救うのに力はいらない。
差し伸べる手と、相手を包み込める優しさがあればいいのだ。
だから、これからの戦いに武器は必要ない。
「■■■■■っ!」
悲しい声で頭上から振り落とされた黒い《雪片》を、俺は素手で受け止めた。
真剣白刃取りだ。
そしてゆっくり目を瞑り、祈るように<
そう、ラウラの悲しみを、苦しみを、怒りを、全て受け入れるように。
刹那。眼前で閃光が弾け、暴風のような情報の濁流が俺を襲ってきた。
酷い頭痛がした。いや、あまりの激痛に頭痛なのかさえ判らない。
気が狂いそうになる。意識が乖離する感覚に、自分が自分でなくなる恐怖を覚える。
それでも俺は踏み込んだ。ラウラを救う。たったそれだけのために。
(待ってろラウラ……。今、助けてやるからな……)
弾ける閃光の中、俺は情報の奔流に抗いながら入口を探した。
ラウラが囚われている場所、その入口を。
(あれか)
扉が見えた。直観的にそれがラウラの心の扉と知覚する。
酷く重たそうで冷たそうな扉だ。だけど、迷わず、その扉を開く。
向こう側には、深淵の闇が広がっていた。
広さも、深さも解らない。それでも飛び込む事に躊躇いはない。
ラウラを救いたい。その意思が俺を突き動かす。
そして、俺はラウラの心の――闇へと身を投じた。
♡ ♣ ♤ ♦
(国家代表が二人ならイーブンに持ち込めると思ったけど……甘かったかしら)
現在<
どちらも長くは動けないだろう。端的に言うとピンチというヤツだった。
対しジェニファーの<ナインテイル・フォックス>は無傷でこそないが、損傷は明から少ない。
エネルギーにもまだ余裕が見受けられた。これが世界を制した操縦者の実力ということか。
(強いわね……。だからといって勝ちを譲ってやる気なんて毛頭ないけどッ)
にへらと笑って楯無は
ジェニファーは月子と剣戟を繰り広げており、こちらへの注意が逸れている。
(――これならっ!)
流水をまとった円錐状ランス《蒼流旋》を突き出し、渾身の打突を繰り出す。
超振動するランスの先端は、確実にジェニファーの背を捉えた。が、
「<ナインテイル・フォックス>にバックアタックは通用しないのよ」
<ナインテイル・フォックス>の《尾》が、寸前のところでそれを絡み止めていた。
「くッ!」
毒づく楯無を九本の《尾》で拘束し、そのまま月子に放り投げつける。
月子がうまく受け止めたことで楯無にダメージは無かったが、奇襲は完全に失敗だった。
「世界最強の前じゃ、学園最強の名も霞むわね」
「……。<
ここぞとばかりにおどけるが、楯無は改めて<ヴァルキリー>クラスの力を痛感した。
楯無とて弱い訳ではない。だが、彼女たちには技術や性能じゃ説明できない強さがあった。神秘の力と言ってもいい。その力を持つがゆえにIS適正値【S】という並外れた値を叩き出すのだろう。
所詮、自分は学園という箱庭の“最強”。その実力はまだまだ――
(拙い……)
自分の弱さを実感していると、<
歪パターンは空間圧兵器に似ていたが、生成されていくエネルギー量は衝撃砲の比ではない。
<――IS情報:第三世代兵器。高エネルギー相転移砲《狐火》――>
<ナインテイル・フォックス>は胸部に作り出した真空のエネルギー準位を高い状態から低い状態へ相転移させ、高エネルギーを抽出した。それを圧縮し、楯無たちへ放出する。
全てを破砕する暴力的なエネルギーの奔流が渦を成して、楯無たちを呑み込む。
その前では<
(一夏君、早くしてくれないと、おねえさん、もたないかも……)
♡ ♣ ♤ ♦
目を開けた先にあったのは、乱雑に積まれたコンテナと置き捨てられた鉄鋼だった。
ここは倉庫だった。そう、俺が誘拐された時に、監禁された倉庫だ。不思議なことに積まれている貨物や冷たい雰囲気、自分の服装さえ、当時のままだった。
ただ一つ違うところを挙げれば、隣にラウラがいるということだろうか。
「ラウ――」
<一夏っ!>
俺がラウラに話しかけようとした時、唐突に倉庫の扉が破られた。
差し込む光と共に現れたのは、<暮桜>を纏った千冬姉だった。
<一夏っ! 無事だったか!>
駆けつけるなり、千冬姉はあの時と同じように俺を抱きしめてくれる。
だけど、そんな千冬姉に俺は違和感を覚えた。
大切な人からの抱擁なのに、何の温もりも感じなかったのだ。感じたのは、雨のような冷たさだけ。
<さあ、こんな場所からさっさと出るぞ>
思わず拒絶したくなる俺の手を引っ張り、千冬姉は逸早くここから出ようとする。ラウラには見向きもしない。まるで彼女の存在を否定するかのように。それが堪らなくなった俺は、千冬姉の手を払って、言った。
「待ってくれ、千冬姉。ラウラも一緒に」
<どうしてだ?>
どうしてだ? その言葉で千冬姉に対する違和感が最大になる。
「ちょっと待てよ、千冬姉! なんでそんな事言うんだよ!」
<あいつは遺伝子強化素体だ。代わりなどいくらでもいる。助ける必要などないだろ>
「違うぜ、千冬姉」
俺は煮えたぎる感情を抑えながら、低い声で唸った。
「覚えているか、千冬姉。初めて俺に真剣の技を教えてくれた時の事を」
<なんのことだ>
「その時、真剣の重さに振り回される俺に、千冬姉は言った。『重いだろう。それが命を絶つ武器の重さだ』って。そしてこうも言った。『だが、人の命はそれよりもずっと重い。もし誰かを殺めれば、その重さを一生背負う事になる』ってな」
だから、俺に命の大切を教えてくれた千冬姉が、そんな事を言うはずがない!
「――――お前、千冬姉の偽物だろ」
俺が確信を突くと、千冬姉は口元を三日月形に歪めた。
<ふん、ダメなやつだとは思っていたが、姉の見分けもつかなくなるとはな>
千冬姉はくすんだ<暮桜>を展開して、眼窩から黒い液体を流した。
それに確信する。――間違いない。この千冬姉はシステムが作ったプログラムだ。
そうと判ればやる事は一つ。この千冬姉擬きをブッ飛ばして、ここからラウラを連れ出す!
「こい、<白式>!」
叫んで相棒を展開し、<白式>の唯一にして最強の武器《雪片弐型》を抜刀する。
刀身には既に《零落白夜》の淡い光が帯びていた。まるでこの時を待っていたかのように。
――そうか、《雪片》、お前もあんな千冬姉、認めないってことか。
――よし、俺たちで偽物をぶちのめそう
俺は<ゴーレム>と戦った時のような全能感を感じながら神経を研ぎ澄ました。
おそらく勝負は刹那だ。決着は一瞬でつくだろう。
そう確信した俺は腰を落とし、居合の構えを取った。
『一夏、刀とはその重さを利用して振り抜くものだ。手にするのではなく自分の一部として扱え』
不意に千冬姉の言葉を思い出す。
大丈夫だよ、千冬姉。<白式>を始めとする《雪片弐型》はもう身体の一部だ。
あとは、無駄なく、隙なく、油断なく、《雪片弐型》を振るうだけ。
「いくぜ、偽物野郎っ!」
俺と千冬姉擬きの初動は同時だった。
黒い<暮桜>がくすんだ《雪片》を振りおろす。鋭く、速い、袈裟斬りだ。
でも、所詮は二番煎じの猿真似。千冬姉の剣技を見てきた俺なら見切るのも容易い。
「はあーっ!」
俺は頭上から振るわれた《雪片》の一閃を、横一文字に打ち払う。
初撃の勝負は引き分けかと思われた。が、違う。篠ノ之流剣術の真骨頂はここからだ。
俺は風のような流動で《雪片弐型》を翻し、すぐさま頭上に構え直して、今度は縦一文字に千冬姉擬きを切り裂く。
一足目で閃き、二手目で絶つ。これが篠ノ之流剣術の神髄『一閃二断』の構えだ。
<■■■■■■っ!>
胸部を大きく切り裂かれた千冬姉擬きが、断末魔を挙げながら悶え苦む。
やがて、“1”でも“0”でもない完全な“無”となって、この場から消滅した。
「俺にやられるようじゃ、お前を作ったエンジニアは三流だなっ!」
そう吐き捨てて、俺は膝を抱えるラウラの許へ歩み寄った。
「ラウラ、ここはお前の居場所じゃない。俺がもっと暖かい場所に連れて行ってやるよ」
「……あたたかい、場所?」
その声はか細く弱々しく、まるでラウラじゃないみたいだと思った。いや、違うんだ。この弱々しさこそが本来のラウラなのだ。こんなにも弱いから、剣呑な鎧を纏う必要があった。
でも、そんな鎧はもう脱ぎ捨てていい。もう強がる必要などないのだから。
「ああ、外の世界で、おまえを待ってる人がいる」
「わたしを待っている人?」
「ああ。おまえの為なら、世界を敵に回したっていいっていうバカな奴がな」
俺はボロボロになりながらも、今この時も戦っている戦友を思い出す。
ラウラは呆れたように笑った。
「そうだな。そいつは大バカ者だな。私なんかのために……でも、嬉しいのはなぜだろう」
「それはお前が人間だからだよ。お前が人だから嬉しかったり、寂しかったりするんだろ?」
「そうか。これが人間……、私は人になれたのか……」
ラウラの白い頬を涙が伝う。俺はそれを拭わなかった。
その涙から伝わる、“生”を、“心”を、実感してほしかったから。
「じゃあ、行こうか」
「ああ」
強くうなずくラウラの手を取り、俺たちは光の扉をくぐった。
意識が世界から乖離する感覚と共に、光が視界を塗り潰していく。
………………
…………
……
「うぅっ…………ラウ、ラ?」
目を覚ますと、俺はその腕にラウラを抱えていた。
その表情はどこか嬉しそうだ。そんな幸せそうなラウラに、そっと告げる。
「おかえり、ラウラ」
IS学園内戦もようやく完結です。
今回のMVPは簪ですね。代表を二人動かしたという意味で。