IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina   作:ネコッテ

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<星に願いを/月に祈りを>
第35話 夏が始まる


 6月下旬。IS学園の一年生専用寮。その1020号室に、けたたましい警報が鳴り響いた。

 再入学の一件で、部屋を移動することになったシャルロットが、その部屋を訪れた時の出来事である。寮中に響くけたたましい警報を耳にし、シャルロットは目を丸くした。

 

「え、なに、どういうこと?」

 

 自分は山田先生から鍵をもらい、普通にこの部屋に入っただけだ。

 ちゃんとした手続きを経たはずなのだが、この侵入者のような扱いは、一体……。

 

「寮の警備システムの誤作動とかかな……?」

 

 そもそも、重要人物である一夏の部屋にさえ、こんな警備装置なんてなかったが……

 シャルロットはこの警報を不信に思いながらも部屋に入った。すると、備えられたベッドの下から何かが出てきた。薄い円状の機器だ。それが主人を迎えるペットの如くシャルロットに寄ってきた。

 

「あ、お掃除ロボットだ」

 

 と思った――次の瞬間である。

 ロボット掃除機の中央から何かが飛び出し、強烈な閃光を放った。

 

(え? フラッシュバングレネード!?)

 

 まさか、お掃除ロボットに扮した自走式地雷だと思いもしなかったシャルロットは、一瞬で視界を奪われてしまった。

 同時に窓から誰かが突入してくる。その侵入者が、視界を封じられたシャルロットの肘を手際よく捻じ曲げる。シャルロットは、ほとんど無抵抗に床へ抑えつけられた。

 

(一体、誰が……)

 

 もしや父の回し者か。

 しかし、視界が回復するにつれ、シャルロットの心配は杞憂に終わった。

 

「ぼ、ボーデヴィッヒさん?」

 

 自分を拘束していたのは、クラスメイトのラウラ・ボーデヴィッヒだった。

 ラウラは慌てる様子もなく、いつものむっつり顔で言った。

 

「む、おまえは、シャルロッテ・デュノアか」

 

 シャルロットの顔を確認して、ラウラが拘束を解く。

 シャルロットは「シャルロットね」と苦笑しながら身を起こした。

 

「それで、これは一体なんなの?」

「見ての通り、赤外線センサと自走式地雷を組み合わせた警備システムだが?」

 

 まるで悪びれた様子も見せず、ラウラは警報装置のアラームを切った。

 

「どうして、そんなものを部屋に……?」

「この学園は国際的にも重要な施設だ。だというのに警備が甘すぎる」

 

 だから、自前で警備を強化したという話だった。

 自分の身は自分で守る。確かにそれは正しいのだが――。

 

「でも、こんなことしてたら、来る人来る人、迷惑しちゃうんじゃ……」

 

 赤外線センサに個人を識別できる能力はない。無差別だ。

 来るたび、お掃除ロボットにお掃除されていては訪問者がたまらない。

 

「安心しろ、この部屋に他の生徒はこない」

 

 つまり『もしココを訪れる者がいたとすれば、それは侵入者に他ならない』。そういうことだった。言い換え、それは“誰もラウラの部屋に遊びに来ない”ということでもあって、なぜか、シャルロットの目頭が熱くなった。

 

「でも、織斑先生とかアリスは来るでしょ?」

 

 人から敬遠ならぬ嫌遠されているラウラであるが、例外として千冬とアリスには慕われている。他の生徒が部屋にこなくても、そのふたりなら訪れることもあるだろう。

 

「嫁も教官も、この程度の警備システム、簡単に無効化するから問題ない」

「そ、そうなんだ……。でもさ、ラウラ――」

「でも、でも、うるさいやつだな。デモがしたいなら外でやれ。迷惑だ」

 

 迷惑を被っているのはこちらなのに、この言いぐさである。

 温和なシャルロットもさすがに苛立ったが、これから一緒に暮らすのだ。ここは自制心を総動員してグっとこらえる。

 

「そ、そんなこといわないでさ、仲良くやろう。ルームメイトになるんだし」

「ルームメイト? そうか、教官が言っていたルームメイトとは、おまえだったのか……てっきり嫁がくるものだと……。非常に残念だ」

 

 ラウラは優秀な兵隊でも、学園ではかなり浮いた存在だ。そんな彼女と共同生活できる人物は多くない。ラウラもその自覚があるのか、ルームメイトにアリスが来るのだと期待していたようだ。

 

「ラウラってほ~んとアリスのこと、好きだよね~」

 

 VTシステムでの一件以来、ラウラはアリスにべったりだった。どこでもついていくもんだから、クラスから「すりこみのヒヨコ」だの言われている。

 そして、そんな二人を見るたび、シャルロットはうらやましさのような、得体のしれない感情に襲われていた。だからなのだろう。シャルロットの言葉にはどこか棘があった。

 しかし、ラウラはまったく意に介さず、

 

「アリスは私の嫁だからな。そういうおまえこそ、やけに嫁に甲斐甲斐しくないか?」

「え、え? そ、そんなことない、よ?」

 

 思わぬ反撃に視線を泳がせるシャルロット。

 実は、当番でもないのに教室掃除を手伝ったり、手作りのお菓子をプレゼントしたり、そう言われる節がいくつもあったのだ。

 ジ~とラウラの視線に耐え切れなくなったシャルロットは、話をぶったぎった。

 

「ともかく、今日から僕もここに住むからよろしくね!」

「逃げたな。まあいい。シャルロット・デュノア。ここへの住居を許可してやろう」

 

 どこか“やらやれ”といった様子のラウラだったが(シャルロットにすれば、こっちがやれやれなのだが)、ともあれ居住を認めてくれたようなので、シャルロットは荷を解き始めた。

 衣服、小物、勉強用品。

 それをどこにしまおうかと部屋を見渡していたら、クローゼットに目が留まった。

 

「ねえ、ラウラ、ここ使ってもいい?――」

 

 そう言って、シャルロットがクローゼットに近づくと、当然、顔の真横をナイフが通過した。背後から飛んできたナイフが、クローゼットに突き刺さってばい~んと揺れる。

 シャルロットは慌てて投げた本人を見た。

 

「ラウラ、いきなり、なにするのさ!?」

「そのクローゼットには絶対に触るな、いいな。絶対だぞ」

 

 ラウラは、腹に響くような低い声で言った。ただならぬ気迫に、シャルロットは“この中には知られたら不味いものあるのだろう”と悟る。ラウラは軍人なので、機密性の高い暗号化通信機とかだろう。

 

「ご、ごめんね。絶対触らないから、ナイフ下ろしてくれる」

「まったく……。以後、気をつけろ」

 

 言ってナイフをしまうラウラに、ひとまず安堵する。

 しかし、これから先、ずっとこんな調子なのだろうかと思うと、シャルロットは気が重くなった。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 6月下旬も過ぎ、衣替えの季節とあって、やってきた食堂でも夏服の生徒が多く見受けられた。ばったり見かけたアリスも、カッターシャツとベストを着用していた。半袖から覗く健康的な腕がまぶしい限りだ。

 俺に気づいたアリスは、口をつけていたカフェオレを掲げて見せた。

 

「おはようございます、一夏」

「おはよう、アリス。この席いいか?」

「ええ、どうぞ」

 

 俺は朝食の塩鮭定食をテーブルに置き、アリスの正面に座った。

 

「ところで、アリスは何を読んでんだ?」

「F・アルゲマイネ。――ドイツの新聞です。ちょっと気になる記事がありまして」

「どんな記事だ?」

「ドイツのVTシステムに関する記事です」

 

 それを聞き、先月の一件を思い出す。

 先月、IS運用協定<アラスカ条約>で禁止されているVTシステムなる装置が暴走し、大きな騒ぎとなったのだ。それについての記事が載っているそうだ。

 

「どうやら、<シュヴァルツェア・レーゲン>、もといVTシステムを開発した<ワルキューレ・ウェポン>に<国際IS委員会>の査察が入ったそうです。近々<国際IS委員会>が<ワルキューレ・ウェポン>にIS開発の停止処分を下すだろうと書かれています」

「そうか。当然だな。――で、ラウラに何か影響ありそうか?」

 

 VTシステムは、研究、開発、運用の全てが禁止されている。当然、それを運用したラウラも責任を言及されるだろう。セシリアの話だと、操縦ライセンスの永久剥奪も有り得るらしい。そうなれば、ISの特殊部隊であるラウラの兵士生命は絶たれる。この学園にもいられなくなるだろう。

 

「本人の話だと、ドイツ代表候補生を解任されるだけで済んだようですよ」

「それだけか?」

「それだけです。この破格の処罰はきっと、どこかの狐が手を回したのでしょう」

 

 俺は艶やかな金髪の女性を思い浮かべた。

 そうか、ジェニファーさん(ブリュンヒルデ)が気を利かせて、裏で手を回してくれたのか。

 

「朝食が不味くならずにすみましたね」

「ああ、まったくだ」

 

 俺が安心すると、件のラウラが食堂にやってきた。

 

「お、ラウラじゃないか。おーい、こっちにきて一緒に飯でもどうだ?」

「む、一夏か。すまない、今から任務を遂行しないといけないのだ」

「任務?」

「ああ。嫁の命令で、今学期中に友達を10人作らないといけないのだ。できないと嫁と離婚しなければならない。そういう訳だ。今は一緒に食事できん。すまないな。また誘ってくれ」

 

 そう言って、ラウラは朝食の盆を持ち、どこか緊張した面持ちで去っていく。

 俺は怪訝な顔でアリスを見た。

 

「友達作りってなんだ、急に?」

「ほら、せっかく、この学園にいられるのです。どうせなら、存分に学園生活を謳歌しもらいたいじゃないですか。だから、ラウラに言ったんです。友達を作りなさいって」

「でも、離婚って?」

「そうでも言わないと、『私には嫁がいるからいらん』って言うんですよ」

「はは、ラウラはアリスにべったりだもんな」

「別に悪い気はしないんですけどね。でも、ラウラには他の人とも仲良くしてほしいんです」

「楽しい学園生活を送りたいなら、友達は必要だしな。良い提案だと思う」

 

 俺も『よく寝たー』と狸寝入りで休み時間を過ごすラウラを見たくない。

 俺が鮭を摘みながら賛同していると、ラウラがクラスメイトに相席を申し出ていた。

 

『こ、この席いいか?』

『ボーデヴィッヒさん!? え、えっと、い、いいよ』

『う、うむ。で、では、座らせてもらう』

 

 先日の悪評が尾を引いているのか、相席した女の子の態度がよそよそしい。仲良し度が微妙な友人に『一緒に帰ろう』と誘われた時の、あの感じだ。離れているこの席にまで、気まずい空気が伝わってくる。

 ラウラ、がんばれ、超がんばれ。何か会話を切り出すんだ。

 

『おい』

 

 そうだ、いいぞ、ラウラ!

 

『お前はIS用のライフルに使われている弾が、なぜ劣化ウランではなく、タングステンなのか、知っているか?』

 

 俺は思わず白飯を吹き出しそうになった。

 おい、食事の場でその話題はねーだろ……。いや、ラウラらしいと言えばラウラらしいけど。

 

『へ? えーと、知らない、かな?』

『よし、では、私が教えてやろう! まず劣化ウランについてだが、劣化ウランは天然ウランを濃縮する過程で排出された破棄物をそう呼ぶ。この劣化ウランは、比重が鉄の2.5倍ある。同じ速度で、より大きな威力が見込めるので、砲弾の弾芯などに有効なのだ』

『へ、へぇ』

『しかし、劣化ウランを使った劣化ウラン弾は、衝突すると酸化ウランの微粒子を大気中にばら撒き、人体に害を及ぼす危険性がある。そういう経緯からISバトルでの劣化ウラン弾の使用が<アラスカ条約>で禁止されている。それに代わって採用されているのがタングステンだ』

『そ、そうなんだ……』

『ただ、タングステンはレアメタルなので、劣化ウランに比べ貴重で高価なのだ。逆に、劣化ウランは度重なる核実験と原子力の普及でストックがある。安全だが高価なタングステンか、コスト安だが危険性のある劣化ウランか。悩みどころだな。お前はどう思う?』

『え、えっと、た、タングステン? がいいんじゃない?』

『だが、それだと国防費や軍事費がかさむぞ?』

『じゃあ、劣化ウラン?』

『どっちなのだ。これは大事な問題だぞ。ちゃんと考えるべきだ』

『ご、ごめん……』

 

 うわ~……なんだか目も当たられない状況になってきたぞ……。

 相手が無関心な話をうだうだした挙句、意見を批判するのはコミュニケーションで一番やっちゃいけないことだぞ、ラウラ。

 

『仕方ない。私がこの問題をどう考えるべきかを――』

『あ、そうだ! 私、日直だった! ごめん、ボーデヴィッヒさん、先行くね』

 

 あれ、今日の日直は箒だろ? はっ! さてはラウラとの相席に耐えかねたな!

 いや、無理ねえか。あんな話題じゃ息が詰まって飯も食えんだろう。

 

「なぁ、アリス、あんな調子じゃ、ラウラに友達なんてできっこないぞ」

「ラウラって、知識がすごく偏っているんですよね。そのうえ、もともと危機意識や問題意識が低い人間を好いていませんでしたから。すぐさっきみたいになっちゃうんですよ」

「本人に自覚があるのが、まだ救いか」

 

 テーブルで一人『またやってしまった……』と暗い影を落とすラウラを見て苦笑する。

 

「こればかりは、少しずつ変えていくしかないですね」

「そうだな。俺も協力するよ」

 

 ラウラの華やかしい学園生活のために団結すると、シャルルが慌てて食堂に駆け込んできた。

 相当急いでいたのか、夏服にリボンを巻かずに、握ったままだ。

 

「おはよ、シャルロット」

 

 朝食を購入してやってきたシャルロットに、俺は箸を上げた。

 

「あ、おはよう。一夏、アリス」

「おはようございます。また寝坊ですか? 最近多いですね」

 

 同感だった。このところ、週二回ぐらいは今のように朝寝坊している。

 俺と同室だった頃は、寝坊なんて一度もしなかったのに。

 

「実は、ラウラが部屋にセントリーガンを取りつけだしてね――」

 

 話によると、シャルロットの決死の説得で、例の赤外線トラップは撤去されたそうだ。だが、代わりに監視カメラとセントリーガンを組み合わせた防犯システムを設置し始めたというのである。それが夜中ずっと部屋を見張っているため、寝つけないという話だった。

 

「ずっと銃口を突き付けられている気分でさ、落ち着かないんだ」

「それはなんていうか、苦労してんな……」

 

 と、その時、食堂にチャイムが鳴り響いた。HRの始まりを告げる予鈴だ。

 

「おっと、もうそんな時間か」

 

 俺とアリスは早々に立ち上がり、急いで食器を返却口に置く。

 食堂から校舎まで走っても、5分はかかる。急がないと遅刻だ。

 

「ちょ、ちょっと二人とも、おいていかないでよぉ!」

 

 シャルロットがトーストを口に捻じ込みながら、悲痛な面持ちで俺たちを呼び止める。

 だが、俺たちは足を止めない。だって、今日のSHRは千冬姉。遅刻は地獄だ。シャルロットには悪いが、俺はまだ地獄を見たくない。

 

「シャルロット」

「あ、ラウラ。ラウラは待ってくれるの?」

「遺族への手紙は私が書いておいてやろう」

 

 シュッと敬礼して、びゅんと回れ右をするラウラ。

 どうやら一緒に死んでやる気はないらしい。賢明な判断だ。塩分と死者は最小限でいい。

 

「みんなの薄情者ぉ!」

 

 シャルロットの叫び声に耳を塞ぎ、俺たちは食堂を飛び出した。

 本鈴まであと5分。ギリギリ間に合うか、かなり際どい。

 

「僕、HRに間に会ったら、お母さんの墓参りするんだ」

 

 シャルロットさん、それは死亡フラグです。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

「うわーん、みんな酷いよ。確かに織斑先生が怖いのは解るけどさー」

 

 片道5分かかる通学路を、シャルロットは愚痴りながら走った。

 時刻は8時59分。HR開始まで残り1分。今から上履きに履き替え、三階の階段を全速力で駆け上がっても、間に合いそうにない。

 もうここまでか。シャルロットがその足を止めかけた時、

 

「デュノアさん!」

 

 誰かが自分の名を叫んだ。叫んだのは――アリスだ。

 アリスは片手にシャルロットの上履きを持ち、もう片方に赤いナイフを握っていた。

 

「アリス? もしかして僕と一緒に死んでくれるの?」

「いいえ、貴女を生かすために待っていました。――<レッドクイーン>!」

《Yes My honey》

 

 アリスは<赤騎士>を展開し、シャルロットをお姫様抱っこで拾い上げる。

 

「え?」

 

 シャルロットの小さな戸惑い無視し、アリスは<赤騎士>のスラスターに火を入れた。

 重力に引っ張られたシャルロットが小さく「きゃッ」と悲鳴を上げる。

 

「危ないので、しっかり掴まっていてください」

「う、うん」

 

 言われた通り、アリスにぎゅっとしがみつく。体重を預けたアリスの身体から仄かに香る匂いは、梔子のように甘かった。それでいて、生物的な本能に訴えかけてくる“何か”ある。

 

(僕、この匂い好きかも♡)

 

 シャルロットがどこかうっとりしていると、<赤騎士>が1年1組の窓際に着地した。

 教室には、既に千冬の姿があった。

 しかし本鈴のチャイムはまだ鳴っていない。どうやら、ギリギリ遅刻は逃れられたようだ。

 

「ギリギリセーフといったところか、しかしだな、リデル――」

 

 早朝から織斑先生の出席簿が唸った。

 

「指定された場所以外でのIS展開は禁止事項だ、バカもの」

「でも、<生徒会>の役員は、学内での展開を許可されているはずですよね?」

 

 そうなのである。学園の自警団を務める<生徒会>の人間は、学内での展開が許可されている。アリスも紆余曲折あって、今は<生徒会>の役員だ。彼女には正当な権利があった。

 

「む? そういえば、おまえ<生徒会>のメンバーだったか」

 

 千冬は珍しくバツの悪い顔をした。

 対してアリスはここぞとばかりに批難の視線を向ける。

 

「痛かったです」

「う、なんだ、その、悪かった。今度遅刻した時は、目を瞑ってやるから許せ」

 

 今回ばかりはこちらに非があるので、千冬は謝罪の意を込め、叩いた箇所を撫でてやった。

 それを目撃した教室の女子たちから黄色い声が沸きあがる。

 

「きゃー、リデルさんが千冬姉さまにナデナデされてるー!」

「うらやましいー! 私もナデナデされたーい!」

「きょ、教官が嫁をナデナデだと!?」

「うるさいぞ、おまえら。さっさと席につけ。出席を取るぞ」

 

 例の如く鬱陶しそうに生徒を宥め、千冬が教壇に立つ。

 そして、出席を取ったあと、千冬は今日の連絡事項を告げた。

 

「では、まず来週からはじまる校外特別実習期間についてだ」

 

 そう言って、日直の箒が持ってきたプリントを各列に配る。

 プリントには『臨海学校について』という名目の許、様々な注意事項が記されていた。

 

「詳しい集合時間や、日程などはその用紙に書いてある。各自、熟読しておけ。それと自由時間があるからといって、羽目を外し過ぎるなよ。あくまで訓練の一環だという事を忘れるな」

 

 クラスから『はーい!』と元気な返事が返ってくる。

 

「よろしい。では、次だ。今日の実習は4組と合同で行う。よって集合場所は第二アリーナだ。遅れてきた奴には例の如く後始末をしてもらうからな」

 

その後、簡単な連絡事項が告げられ、ホームルームは時間内に終了した。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

「では、これよりISのACMについて訓練を行う」

 

 第二アリーナ。全員そろったところで、織斑先生が本日の実習内容を告げた。

 ACMとはAriel Combat Maneuverの略で、ISが可能とする複雑な運動を組み合わせた一連動作のことを言う。一般的な航空機と違い、ISは地上戦も可能なので単にコンバットマニューバーと呼ばれることもある。

 

「では、例の如く専用機持ちに実演してもらうとしよう。デュノア、ボーデヴィッヒ」

「はい」

 

 千冬さんに呼ばれ、デュノアさんが<ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ>を展開する。

 しかし、ラウラはISを展開せず、立ち止ったままだ。

 

「申し訳ありません。実演したいのは山々なのですが、今は専用機がない身でして」

 

 VTシステム事件後、彼女の専用機<シュヴァルツェア・レーゲン>はその証拠品として<国際IS委員会>に押収された。そのため、現在ラウラは専用機を持っていない。

 

「そうだったな。では、その嫁に代わりを務めてもらうとしよう」

 

……

…………

………………

 

「あ、私ですか?」

 

 嫁なんて言われ方するから、つい反応が遅れたしまった。

 

「わかりました。――<レッドクイーン>、準備はいいですか?」

《I’m ready――いつでも、どこでも》

 

 私は待機形態の赤いナイフを、自分の胸に突き立てた。そこから紅い粒子が血飛沫のように噴出す。それが瞬く間に像を成して、赫々と燃えるようなIS<赤騎士>を形成した。

 

「よし、まずは上空を巡航。のちに私の合図で垂直降下し、地上10㎝で急停止しろ」

「強襲用のレイダーマニューバーですね」

 

 レイダーマニューバー。迎撃の暇を与えず、敵の防空網を強行突破する戦闘機動だ。

 

「じゃあ、僕が先にいくね。――――いきます!」

 

 デュノアさんが垂直離陸し、あっという間に上空100mまで上昇する。

 続いて私もスラスターにエネルギーを注いだ。

 <赤騎士>の推力は<ラファール・リヴァイヴ>より高いので、すぐさま追いついた。

 

「さすが<赤騎士>。速いね」

《Yes Ms.Dunois――私のスペックは世界最高水準。えっへん》

 

 と、無い胸を得意げに張る<レッドクイーン>。

 デュノアさんは『相変わらずおもしろいAIだね』と笑ってから、

 

「ところで、さっきはごめんね」

「なんのことです?」

「ほら、僕を助けたせいで、織斑先生に叩かれたでしょ?」

「それなら気にしないでください。少なからず、私にも責任がありますから」

 

 もし、私が事前にラウラを注意していれば、デュノアさんも睡眠妨害を受けずに済んだかもしれない。彼女の寝坊の原因には、少なからず私の責任もある。たからこそ、私はデュノアさんを助けたわけだ。

 

「これが終わったら、ラウラにセントリーガンを外すよう言い聞かせておきます」

「うん、お願いするよ」

 

 とデュノアさんが苦笑すると、千冬さんから通信が入った。

 

『では、降下を始めろ』

 

 私たちは『はい』と答え、巡航を停止。戦闘機動の体制に移行する。

 

「では、今度は私が先に行きますね」

「うん。じゃあ、アリスの120秒後に続くよ」

 

 私は頭を地に向けて、急降下を開始した。ぐんぐん迫る地面。高度計の数値が目まぐるしい速度で減っていく。素人なら恐怖で制動をかけたくなるところだが、私はさらに加速した。

 地面がみるみる近づき、<赤騎士>が緊急停止を警告するが、まだだ。

 まだ……。まだ……。まだ……。よし、今!

 私は機体の上下を反転、脚部装甲を地面に向けてPICを作動し、急制動をかける。

 ガクンと僅かな衝撃後、<赤騎士>が地上10㎝で停止した。うん、我ながら完璧な強襲機動だ。

 

「さすがだな。ジェニファーに喧嘩を売っただけはある。では、次、デュノア」

「デュノアさん、がんばってください」

 

 私は個人間秘匿通信(プライベートチャネル)でエールを送った。

 

『うん、ありがとう』

 

 そして、デュノアさんが降下を始めた。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

(さすがだよね)

 

 急降下する中、シャルロットはアリスの戦闘機動に対する感想を漏らした。

 機動は危なげなく、それでいて緻密。数いる代表候補生の中でも、あそこまで絶妙に機体を制御できる操縦者は多くない。けれど、それだけの実力を持ちながら、彼女は国家代表でもなければ、代表候補生でもない。

 

(アリスって不思議な娘だよね)

 

 そう思ったところで、自分は彼女のことを何も知らないのだと気づかされる。

 彼女はどんな人が好みで、どんな食べ物が好きで、どんな音楽を聴くのだろうか。

 そんな“興味心(どんな)”が心を占めていく。

 やがて、それが“知りたい”という願望に代わった時、シャルロットは気づいた。

 

 

 

 ――――地上との距離が無いことに。

 

 

 

 慌てて、制動を駆けるが、――間に合わない。

 かくして、シャルロットは愛機と共に地面へ激突したのだった。

 

「デュノアさん、大丈夫ですか!」

 

 自分が作ったクレーターを滑り降りてくるアリスに、シャルロットは二つの意味でドキっとした。一つは派手な失敗をやらかして。もう一つは気になる相手が急接近してきて、だ。

 シャルロットは二重の恥ずかしさから、しどろもどろになった。

 

「だだ、大丈夫だよ。ISの防御機能のおかげで、全然痛くなかったしッ」

「そうですか。でも、どうしたのです。あなたらしくもない。もしかして整備不良ですか?」

「いや、あの…………」

 

 あなたの事を考えていて、墜落しました、など言えるはずがなかった。

 

(うー、恥かしいよぉ……)

 

 代表候補生なのにこの失敗。それを気になる人に見られたのが、また恥ずかしい。

 そんなアレコレが入り混じり、シャルロットは『穴があったら入りたい』気持ちになった。いや、既に穴の中だったりするのだが、それでも『穴があったら入りたい』と思った。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 放課後。シャルロットは自分の空けた穴をせっせと埋めていた。傍らでは同じくスコップを持ったアリスが、作業を手伝ってくれている。

 そんなアリスに感謝しながら、シャルロットは今日の出来事を思い返した。

 

(はぁ、前はあんな失敗、絶対しなかったのに……)

 

 どうにも、ここ最近、アリスに気を取られることが多くなってきている。

 なぜ、こんなにもアリスのことを考えてしまうのか。理由は解らない。けれど、始まりはしっかりと覚えている。それは自分が出自を明かした時だ。父に縛られ、悲哀に涙する自分にアリスは言ってくれた。

 

 私は救世主(メシア)じゃない。たくさんの人間は救えないけど、少女の一人ぐらい救ってみせます。

 

 そして、アリスは証明してみせた。――ラウラを救うことで。

 先月、アリスはラウラのために戦っていたが、同時にシャルロットのためにも戦っていた。

 シャルロットが自分の言葉に希望を抱けるように、と。

 それに気づいて以来、シャルロットはアリスに熱い感情を抱くようになった。

 

「どうしました、デュノアさん? 私に何かついています?」

 

 アリスが不思議そうに言った。どうやら、想い耽っている内にアリスを見つめていたようだ。

 シャルロットは、手のスコップを取りこぼしながら両手を振るった。

 

「ううん、何でもないよっ!」

「ならいいのですが。でも、最近のデュノアさんは失敗が多い気がしますね」

 

 全 部、ア リ ス の せ い だ よ !

 

 と、言いたい気持ちはあったが、彼女に非はないので、胸の裡にとどめる。

 でも、胸のモヤモヤが収まらないので、シャルロットは気分転換に話題を変えた。

 

「と、ところで、アリスはもう臨海学校の準備した?」

「大方は。でも、水着はまだですね。デュノアさんは?」

「僕もまだ」

「そうですか。では、今週の日曜日、一緒に買いに行きますか?」

「え、一緒に♡」

 

 何の変哲もない、友人からの誘い。そのはずなのに、感情が昂った自分に驚く。

 ああ、これはもう認めざると得ないだろう。自分は彼女に友達以上の感情を抱いているのだ。

 だが、その感情をなんと呼べばいいか、シャルロットには解らなかった。アリスが男性なら恋と呼べたのかもしれないが。

 

(ま、呼び方なんて何でもいいよね)

 

 友情であっても、恋心であっても、どちらでもいい。

 今はこの甘酸っぱい感情をぞんぶんに堪能しよう。シャルロットはそう決めた。

 

「うん、行くよ!」

「決まりですね。では、さっさと片付けて予定を立てましょう」

 

 アリスが作業スピードを上げる。それに倣ってシャルロットもスコップを握る手に力を込めた。

 二人でせっせと穴を埋めていると、見知った顔の生徒がこちらに走ってきた。

 ダボダボな袖。人を和ませる雰囲気。のほほんさんの愛称で親しまれる布仏本音だ。

 のほほんさんはダボダボな袖を振り回しながら、アリスに抱き着いた。

 

「ぎっちょ~ん、助けて~」

「どうしたのですか、のほほんさん。――あ、また虚さんに怒られるような事を?」

「違うよー」

 

 のほほんさんは長い袖をぐるぐる振り回しながら、こう言った。

 

「ぎっちょんに、かんちゃんを叱って欲しいの~!」

 




皆さんの”待っていました”という旨の感想、ありがとうございました。
そして、お待たせしました。第三巻の部、ポンコツシャルロットさんを筆頭に開幕です。
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