IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina   作:ネコッテ

38 / 127
第37話 サマーショッピング①

 約束のデートの日。一夏と箒は校門で待ち合わせたあと、モノレールに乗った。

 そのボックス席に座るワンピースの箒を見て、一夏が言う。

 

「――その服、かわいいな」

 

 箒が着ている白のワンピースは、鎖骨部分と背中部分が大きく開いた大胆なデザインだ。しかし、胸元はしっかりガードされている。スカート部分も7分丈で、足は見えるが、太ももは見えない。

 この“見せるけど、見せすぎない”コンセプトが、見事に清楚と大胆の両立させていた。

 

「そ、そうか?」

「ああ、すげー似合っているよ、一瞬見惚れちまったぞ?」

「(よしッ!)」

 

 不意打ちの褒め言葉に赤くなりながらも、箒は内心でガッツポーズを決める。そして、『篠ノ之さんはスタイルがいいから、露出しなくても魅力的です』とアドバイスしてくれたアリスに心から感謝した。

 そうこうしていると、モノレールが駅に入った。そこで改めて箒が行き先を聞いた。

 

「で、これからどこに向かうのだ?」

 

 今回のデートプランは全て一夏任せにしてある。行き先は聞かされていなかった。

 

「実は臨海学校の水着を買おうと思ってさ。箒はもう準備したか?」

「いや、すっかり忘れていた……。そうだな、せっかくなので、私も新調しよう」

「おう。行き先は駅前のレゾナンスでいいよな」

 

 レゾナンスは、学園から近い大型複合ショッピングモールのことだ。量販店から一流ブランドまで、あらゆる品が網羅しており、曰く『ここに無いなら市内のどこにもない』と言わしめ品揃えらしい。買い物をするにはもってこいの場所だ。

 「ああ、任せる」と箒が答え、ふたりは駅のホームを抜けた。レゾナンスは駅舎と地下街が合併した施設なので、改札を抜けてすぐの場所にある。雑談を交わす間もなく、二人は目的地に到着した。

 

「うわ、混んでんな」

 

 目的地のエントランスは大勢の人で賑わっていた。週末ということもあり、親子連れや恋人連れで溢れかえっている。その中の一組――手を繋ぐカップルを横目で見ていた箒が、急に一夏の袖を引いた。

 

「ん? どうした箒?」

「いや、そのだな、はぐれたら面倒だし、私たちも手を繋がないか?」

 

 確かにこれだけの人混みでは逸れかねない。予防策として手をつなぐのは良い案だろう。

 もっとも、箒の思惑が別の所にあったのは、言うまでもないだろうが。

 

「ああ、そうだな。そうするか」

 

 何気ない動作で一夏が箒の手を取る。手と手に触れた瞬間、彼から伝わる微熱に、思わず「あ♡」と甘い吐息が漏れそうになるが、箒は何とかこらえた。

 

「よし、しっかりと握っとけよ。はぐれたら面倒だからな」

「うむ、わかった。離ればなれは、もうイヤだからな♡」

 

 彼と時間を共有できている喜びに、自然と語尾が弾む。

 しかし、こんなに物事が順調に進むと、逆に後から何か起こりそうで怖くなる。

 

 

 

 案の定、箒たちからすこし離れた場所に、彼女たちを盗み見る二つの視線があった。

 

 

 

 二人から少し離れた場所。視線の正体は――案の定、鈴とセシリアであった。

 二人がデートに気付いたのは、ついさっきのことだ。

 たまたまセシリアが学園の校門前を通りかかったところ、仲良く歩く二人を目撃したのである。セシリアは『こうしてはいられない』と鈴を呼び出し、箒の尾行を開始。今に至る。

 

「……ねぇセシリアァ……アレ、手ぇ握ってない? ぎゅって」

「……ええ、握ってますわねぇ、間違いなく、ぎゅって」

 

 不器用な箒に出し抜かれたのがショックだったのだろう。二人は虚ろな瞳で、結ばれた手を見つめていた。その様子ときたら、目撃した子供が泣き出したほどだ。通り過ぎていく人たちも、漂う惨劇の匂いを警戒して、彼女たちを避けていく。

 そんな異様な空間を作り出す二人に、勇敢にも声を掛ける人物が現れた。

 

「楽しそうですね」

 

 二人は瞳孔の開き切った目で「どこがッ!」と振り返る。

 まるで人を殺せそうな眼光であったが、その人物――アリスは怯まなかった。

 

「あらあら、どうしましたの、アリス。お買いものかしら?」

 

 アリスと判るなり、セシリアの淀んだ瞳が浄水のように澄み切る。

 鈴が『アリスは下水処理場か』と言ったが、セシリアは気にしなかった。

 

「ええ、ラウラたちと臨海学校の買い物に」

 

 アリスは視線で制服姿のラウラと、私服のシャルロットを指す。二人はアリスのうしろで軽く会釈した。どうでもいいが、シャルロットがすこし不満そうに見えるのはなぜだろうか。

 

「アリス、丁度いいところにきたわね。ちょっと手を貸しなさい」

 

 そう言って、アリスを自分たち側に引き込もうとする鈴。

 すぐさまラウラが反対した。

 

「ダメだ。嫁はこれから私と買い物だ。貴様の作戦には参加できない」

「別にあんたの許可なんか求めていないわよ」

「アリスは私の嫁だ。その旦那がダメだと言っているのだからダメだ」

 

 視線をぶつけ合わせ、バリバリと睨み合う鈴とラウラ。

 アリスは『また始まった』と思った。

 

「まあ、二人ともケンカしないで。ほら、一夏を見失いますよ?」

「あっ!」

 

 視線を戻せば、一夏と箒が遠近法で米粒のようになっていた。

 週末のレゾナンスは人でごった返している。見失えば、再び見つけ出すのは困難だろう。

 

「ふっ、標的から目を離すとは偵察兵(スカウト)失格だな」

「うっさいわねッ! ――追うわよ、セシリア」

「はいな、鈴さん。――では、アリス、また後で」

「はい、またあとで」

 

 凛に引っ張られながら手を振るセシリアに、手を振りかえす。

 二人を見送ったあと、アリスは案内掲示板を見た。

 

「さて、私たちも行きましょうか、まずは水着売り場から行きます?」

「そうだな。今作戦の第一目的だからな」

「はぁ~水着かぁ……♡」

「デュノアさん、随分と楽しそうですね」

「う、海の事を考えたらついね!(いえない、アリスの水着姿を想像したなんて!)」

 

 シャルロットはこの妄想を墓まで持っていこうと、ひそかに決意した。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

「おお、すごいな」

 

 やってきた水着売り場には、カラフルな水着が所狭しと並べられていた。女性水着は言うに及ばず、男性水着からプール用品まで、多彩な商品がラインナップされている。市内一の品ぞろえというレゾナンスの謳い文句はウソじゃないようだ。

 

「で、箒はどうする? 水着、買うのか?」

「そうだな。それで、そ、そのよければ、私の水着を、選んでくれないか?」

 

 と、上目使いでお願いしてくる箒に、俺は『え?』と戸惑いの声を上げた。

 いや、自分の水着なのだから、自分の着たい水着を選べばいいと思うのだが。

 

「だ、だめか?」

「いや、ダメじゃないが……」

 

 箒の上目使いには、有無を言わせない威力があった。こう、男心をくすぐるような。

 結局、箒の頼みを断れなかった俺は、箒と女性水着売り場に入る。

 

「では、選んできてくれ。私は更衣室の前で待っている」

「わかった。でも、センスは期待しないでくれ」

 

 そう予防線を張って、俺は水着のジャングルに突入した。

 さて、どうしたものか。女の水着なんて選んだことないから、選択基準がわからんな。“女性に着てほしい水着”というのはあるけど、それを箒が気に入るとは限らないし。むしろ反対されそうだ。こんなの着られるかって。

 

「う~ん、これとかどうだろう」

 

 俺はタンクトップとスパッツを組み合わせたような水着を、箒に持って行った。

 

「なんだ、これは。競泳水着じゃないか。なぜこれを選んだ……?」

「いや。箒ってストイックだし、露出が少ない方がいいかな、と」

「うー……まあ、とりあえず着てみる」

 

 どこか納得いかない様子で更衣室に入る。しばらくして、着替えた箒が出てきた。

 

「どうだ?」

「地味だな」

 

 スポーティーなフォルムが箒の姿態とマッチしていて、なかなかカッコよくはある。

 でも、ファッション性より機能性を重視しているためか、地味なのは否定できない。

 

「地味……」

 

 と、箒。あれ、なんか複雑な顔している。

 ストイックな箒には、こういう水着の方が目を引かないから良いと思ったんだけど。

 

「一夏、もっと、ろ、露出が多くても大丈夫だぞ?」

「本当か? おまえ、顔が真っ赤だぞ」

「わ、私が大丈夫だと言っているのだから、大丈夫だ!」

「わかった、わかったって」

 

 箒が怒鳴るもんだから、俺は再び別の水着を探しに向かった。

 こんなことなら『新調するか』なんて聞かなければよかった。でも、吐いた唾は呑めない。

 

「露出の多めの水着か、やっぱりビキニかな……お?」

 

 俺の目にちょっと過激なタイプのマイクロビキニが止まる。

 箒にはハードルが高そうだけど、冗談半分で持って行ってみるか。

 

「箒、これとかどうだ。ちゃんと露出の多いやつだぞ」

 

 持ってきた黒のマイクロビキニに、箒は真っ赤になって飛びあがった。

 

「な、なんだ、それは! ただの紐ではないか!」

「しかも、うしろはこんなんだ」

「てぇーだと!?」

 

 過激な水着の仕様に、箒が顔から湯気を吹き出す。

 さすがに刺激が強すぎたか。かくいう、持ってきた俺も赤面している。

 

「どうだ?」

 

 冗談半分で訊くと、箒はもぞもぞと言った。

 

「い、いちかは、こういうのが好みなのか?」

「え?」

 

 そりゃ俺も男だ。こういう水着を見て、興奮しないわけじゃないけど。

 

「む~、その反応は、好きなのだな、じゃあ、がんばっちぇみる」

 

 え? これ着るのか? てっきり『こんなもの着られるか!』って突っぱねると思ったのに。

 予想外だ。持ってきただけで、着せるつもりなんてなかったんだけど……。

 

「無理しなくていいぞ、箒。半泣きじゃないか」

 

 しかも噛んでるし。それだけで尋常じゃないぐらい恥ずかしがっているのが判る。

 きっとこんなの着た日にゃ、恥かしさのあまり卒倒するに違いない。

 

「だだだだだだ、大丈夫だ! 女は度胸だからにゃ!」

 

 いや、女は愛嬌です。度胸は男ですよ、箒さん!

 あ~もう、なんで俺の幼馴染は、そんなに男気があるんだよ!

 

「ま、まっ待っていりょっ、着替えてくりゅ!」

 

 散々カミ倒したあと、箒は水着を引っ手繰り、更衣室のカーテンを閉めた。

 俺はドキドキした。だって美少女で巨乳の幼馴染がカーテンの向こうでエロ水着に生着替えしているんだぜ? ドキドキしない奴は、きっとホモに違いない。あいにく俺はノンケだ。

 

「ごくっ」

 

 俺が生唾を呑むと、ついにカーテンが開く。

 開けた先には、思春期の男子を悩殺する官能的な画があった。少ない生地から覗く豊満な胸が劣情を駆り立て、食い込む紐が柔らかそうな肉感をさらに強調している。これは下手な全裸よりも刺激的な格好だった。

 

「ど、どうだ?」

 

 恥かしいのか、箒は頬を赤めながら視線を逸らした。身体を抱え悶える箒の腕から豊満な胸がこぼれそうになる。正直、健全な男子高校生には、刺激が強すぎた。

 

「なんだ、顔をそらして……。も、もしかして見るに堪えないのか?」

「いや、逆だ。眩し過ぎて直視できないんだ」

 

 明後日の方向を向く俺に、箒がどこか嬉しそうに笑った。

 

「そ、そうか。なら、その……後ろも見るか?」

「う、うしろ!」

 

 うしろはTバックだったはず。肉感的(グラマス)なお尻にTバック。これは……

 

「ぜひ見せてくだ――――ぎゃん!」

 

 本能の赴くままに頷く俺の頭部を、誰かがぶん殴る。

 目からチカチカとお星さまが飛ぶが、俺は怯まず怒った。織斑一夏は激怒した。

 

「誰だよ、いまいいところなんだぞ!――邪魔するんじゃ……ねぇ……」

 

 煩悩を燃料に沸々燃えていた怒りは、みるみる鎮火していく。

 そりゃそうだ。だって、殴った人物が千冬姉だったんだもん。

 おまけに、うしろには山田真耶先生とエイダ先生までいた。山田先生は『織斑君……』と顔を真っ赤にし、エイダ先生は『やるわね』と笑っていたが、千冬姉だけは怒りで米神を引き攣らせていた。

 

「おまえはどうして、そう女性にふしだらなんだ。篠ノ之、おまえもおまえだ。なんでもかんでも、こいつのいうこと聞くな」

『す、すいません』

 

 千冬姉の言う通りだ。さすがに今回は調子に乗り過ぎたな。ちゃんと反省しよう。

 

「まあ、お説教はそのぐらいでいいんじゃない? 場所も場所だし」

 

 と、優しい言葉をかけてくれたのはエイダ先生だ。

 エイダ先生って千冬姉とは対照的なんだよな。異性交遊にも寛容だし。それあって千冬姉や山田先生には相談できないような悩み――恋や性の相談を率先して受けているらしい。きっと経験豊富なのだろう。千冬姉と比べて。

 

「なにか言ったか?」ゴゴゴ

「な、なにも? ――で、千冬姉も水着を買いに?」

「まあな。コイツが水着を買えとうるさくてな」

 

 そう言って、エイダ先生を睨みつける千冬姉。

 どうでもいいけど、千冬姉、そうやってすぐ人を睨む癖、やめた方がいいぞ。

 

「だって、千冬ったら、学生時代に買ったものを引っ張り出して使うっていうのよ? ――そうだわ。せっかくだから、大好きな弟くんに水着を選んでもらったら?」

「“大好きな”は余計だ。――が、まあ、それもいいか」

 

 うえ、また水着を探さないといけないのか?

 

「なんだ? 幼馴染の水着は選べても、姉のは選べないとでも言うのか?」

「いや、そうじゃないけど……なんで急に不機嫌な顔するんだよ」

「バカ者。誰が不機嫌だ。ほら、さっさと行ってこい。私はここで待っている。ただし、あまりに過激なモノはよせ。私とて恥じらいがある。あくまで模範的な水着を持って来い」

 

 模範的な水着ってなんだよ。あれか、学校指定のスクール水着の事か。

 千冬姉、悪いことは言わない。それだけはやめておけ。千冬姉の歳であれはアウトだ。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 一方、一夏が千冬の水着選びに専念している頃。

 いくつかの水着の壁を挟んで、奇遇にもアリスたちも水着売り場にきていた。

 

「う~ん、これだけ数があると、選ぶのも一苦労ですね」

 

 さすが市内一の品揃えを豪語するだけあって、かなりの品数だ。その中からお気入りの一着を探すのは骨が折れる。かといって年に一度の買い物なので、妥協もしたくもなかった。

 そこへシャルロットがやってくる。手には紙袋。彼女はもう水着を買い終えたようだ。

 

「アリス、いいの見つかった?」

「いえ。欲しい柄はあるのですが、欲しい色じゃなくて」

「じゃあ、一緒に探してあげるよ。欲しい色ってやっぱり赤色?」

「ええ、赤は私のパーソナルカラーですから」

 

 アリスは母親譲りの赤い髪をとても気に入っている。もしジンジャーだの、キャロットヘッドだのバカにしようものなら、彼女の反感を買うので要注意だ。

 

「――あ、これなんてどう?」

 

 シャルロットが手にした水着は、赤を基調にしたビキニだった。

 露出も多すぎず、トランプ模様のデザインが可愛らしい。ただ――お尻にハートマークの穴が開いていた。丸見えではないが、尾骶骨はかなり露出している。見かけによらず過激な水着だ。

 

「こ、これはちょっと……」

 

 銃声と硝煙をファッションにするアリスだが、人並みの恥じらいはある。

 あまり過激な衣装は敬遠するところだったが、

 

「そ、そう? アリスなら絶対似合うと思うよ♡」

「そ、そう、ですか……?」

 

 やたら色っぽい熱視線で推してくるシャルロットに、アリスは半歩退いた。

 そんな二人の間から、ニョキと金色が飛び出す。セシリア・オルコットだ。

 セシリアはシャルロットが持つ過激な水着を睨みつけ、サッとアリスを遠ざけた。さながら害悪ある物から子供を遠ざける母親のように。

 

「シャルロットさん、わたくしのアリスにあまり破廉恥な水着を薦めないでくださる? アリスに悪い虫がでもついたらどうしてくださいますの?」

 

 破廉恥。アリスを想って選んだのに、この言い草。

 あまりな言葉に、さすがのシャルロットも頬を膨らませた。

 

「そんなことないよ! アリスはヒップが綺麗だから、こういうのが絶対似合うの!」

 

 西洋人の血を引くアリスは骨盤が広いため、腰回りのメリハリが顕著だ。さらに鍛えているだけあって無駄なたるみもない。こういったヒップラインを強調するデザインは、彼女の美を映えさせるのかもしれないが――。

 

「セシリアはアリスのことを何もわかってないんだね」

「なんですって?」

 

 シャルロットの一言が、セシリアの対抗心に火をつけた。

 

「ならば、どちらがアリスをより美しくコーディネートできるか勝負ですわ!」

「望むところだよ! 百年戦争の決着、ここでつけてあげる!」

「あの、お二人方。水着は自分で選びますから……」

「アリスは更衣室の前で待ってて!」「アリスは更衣室の前で待っていてくださいな!」

「はい……」

 

 強い言葉でアリスを制し、二人は水着のジャングルへと飛び出していった。

 かくして、イギリス代表候補生とフランスの代表候補生の因縁は、ここから始まったのだった。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 時間は少し遡って、アリスがシャルロットとセシリアの着せ替え人形と化している頃。

 ラウラは店内の外れで一人、水着を物色していた。

 

「海の必須装備だから、準備するように言われたが……」

 

 生まれてこのかた、ファッションというものに無関心だったラウラ。水着にも興味が湧かなかったけれど、とりあえず、ワンピース水着を手に取ってみる。軽く引っ張ってみると、思いの外よく伸びた。

 

「ウレタン繊維にナイロンを混ぜた混合繊維と言ったところか。しかし、これでは防弾防刃に不安が残るな。そもそもこの水着とやらには、何の戦術的優位性(タクティカル・アドバンテージ)も感じられない。アリスはなぜ必須装備だと言ったのだろうか。これならISスーツを着用した方が良いと思うのだが……」

 

 全て機能優先で考えるラウラは、ISスーツより性能が劣る水着に何の価値を見出せなかった。

 そんなラウラの耳に、ある二人組の女性の会話が聞こえてくる。

 

「ほんと、水着を選ぶ時って迷うよねぇ~?」

「うんうん、カレシの前とかでダサい水着とか選んだら、幻滅されるしねぇ~」

「ほんと、ほんと」

 

 それを聞いたとき、ラウラは『バカバカしい』と思った。

 しかし、部隊の者が『ファッションには他者を楽しませる意味もある』と、言っていたことを思い出した。もしや、アリスが『水着を買え』と催促してきたのは、『自分を楽しませろ』という理由があったからなのだろうか。――ラウラはそんな風に考えた。

 だとしたら、彼女たちの言う通り、水着の選択次第で失望される可能性があるではないか!

 こうしてはいられない。ラウラは目を血走らせながら、水着を凝視した。

 

「うむむむ!?」

 

 しかし、ラウラからすれば、どれが戦術的――アリスの好み――に優れた水着なのか判らない。

 自分一人で決めるには、水着の種類が多すぎたし、あまりに情報が少なすぎた。

 最早一人では、どうにもならない。そう判断したラウラは携帯電話を取り出した。

 

 

 

 

 

 ドイツ・フランデンブルク。

 その地にラウラが隊長を務める特殊部隊『黒うさぎ部隊』の訓練キャンプ地があった。

 黒ウサギ部隊は、特殊部隊の技能にISの操縦技術を加えた試験的なハイテク部隊だ。この部隊では部隊の全員が空挺技術や隠密侵入、サバイバルといった特殊技能を身につけつつ、ISの操縦も熟す。創立からまだ数年と若い部隊であるが、高い錬度を誇っている。

 

「遅い、あと20秒短縮しろ!」

 

 ストップウォッチを片手に怒号を飛ばしたのはクラリッサ・ハルフォーフ。

 ラウラ不在の間、部下を預かっている『黒ウサギ隊』の副隊長である。階級は大尉だ。

 

「よし、休め。30分後に再開する」

 

 訓練プログラムを終え、部下に休憩を指示したところで、自前の携帯電話が鳴った。

 着信音はなぜか日本語の着ボイス。それも日本声優のものだった。

 

「はい、私です。如何が為されました、ラウラ隊長」

『重大な問題が発生した。是非そちらの指示を仰ぎたい』

 

 冷静沈着なラウラの声音が緊張しているのに気づき、クラリッサは表情を硬くした。

 

「了解しました。で、どのような問題が?」

『実は来週、臨海学校なるものに参加するのだ。それで水着を購入する事になったのだが、数があり過ぎて選択に迷っている。そこでお前に助言を貰いたい』

「水着ですか。それなら隊長の好みでお選びになられては?」

『私も最初はそう思ったのだが、どうやらこの国では水着の選択を間違うと、意中の相手に嫌われるそうなのだ』

「なんと!」

 

 ラウラからもたらされた情報に、クラリッサが驚愕する。

 部隊の中でもジャパニーズカルチャーに詳しい方だったが、それは初耳だった。

 

『私は嫁に嫌われたくない。なんとか最良の選択をしたいのだが、いかんせん、私はファッションというもの疎い。そこで、ぜひお前たちの協力してもらいたい』

「了解しました。ただちに部下を招集して、意見を聞いてみます」

『すまない。お前には苦労をかける』

「いえ、隊長の苦労に比べれば――」

「おい、クラリッサ!」

 

 『些細なものです』と言おうとした時、乱暴な横やりが入った。

 赤みのかかったピンクの髪をヘッドドレスで装飾し、小柄な体をゴスロリ服で包んだ少女、ドイツの国家代表アイリーン・フォン・エーデルシュタインである。

 ちょっとアレでもアイリーンはドイツの国家代表なので、時折こうやって<黒ウサギ隊>の駐屯地を訪問していた。

 目的はもっぱらクラリッサのサブカルチャーグッツだったりするが、真面目に訓練に参加する事もあるし、場合によっては狙撃手として作戦に参加する事もある。それあって、ラウラが代表候補生をやめてからも、近からず、遠からずの関係であった。

 

「汝の貸してくれた少女漫画とやらはつまらん。魔術師も吸血鬼も出てこないではないか」

「当然です。お貸しした漫画は大富豪の少年と貧しい少女が、貧富の差を乗り越えて添い遂げるラブロマンスです。吸血鬼も魔法使いもでてきません。陰謀もありません」

「む、そんなモノのどこが面白いのだ?」

「何をおっしゃります、代表!」

 

 急にいきなり熱くなるクラリッサに、アイリーンは肩をビクっと震わす。

 しかし、そんなアイリーンなど無視して、クラリッサは作品について熱く語った。

 

「貧富の壁を乗り越え、愛を成就させようという二人の姿に胸が熱くなりませんでしたか? 特に14巻でトシキが葛藤の末『俺には愛している女がいるんだ』と婚約者を突き飛ばし、ヒロインのトモミのとこへ駆け出すシーンなんて最高じゃないですか! でも、それによってトシキの婚約者であるアイナの嫉妬心に火がついてですね。トモミに対する卑劣な嫌がらせが始まるのですが、それも二人の愛の力で――」

「わかった。わかったから、やめろ」

 

 熱弁するクラリッサに、アイリーンは鬱陶しそうな顔を向ける。

 クラリッサは『自分だって妙な設定をべらべら語るくせに』みたいな顔をする。

 それを見た部下たちは『どっちもどっちだ』という顔をした。

 

『む、その声はアイリーンか。また来ているのか?』

 

 すると、受話器の向こう側のラウラが言った。

 それを聞いたアイリーンが、ひょいとクラリッサの手から携帯電話を奪う。

 

「その声は我が眷属に名を連ねしラウラ・ボーデヴィッヒか。久しいな、幾星霜ぶりか」

『いや、先月あったではないか。お前、幾星霜といいたいだけだろ』

 

 図星を突かれ、アイリーンのヘッドドレスがぴょこんと跳ねる。

 

「ち、ちがうもん」

『図星か。まあいい。それよりクラリッサと代われ。私は相談があるのだ』

「ふむ、その必要はない。吸血鬼の真祖にして<ヴァルプルギスの夜>の字名を冠するこのアイリーン・フォン・エーデルシュタインが<アカシックレコード>に接続すれば、いかなる問題も――――ってこら、クラリッサ、勝手に取るな!」

「はいはい、アイリーン代表のありがたい御言葉はまた別の時に承りますから。――おい、フィーネ軍曹。代表の相手をしてさしあげろ。例のやり方(・・・・・)でな」

 

 

 なおもアイリーンが縋ってくるので、クラリッサは空いた手で部下に指示を出した。

 クラリッサの指示でやってきたブルネットの軍曹は『はっ!』と敬礼し、そしてアイリーンに向かってシュバっとポーズを決める。

 

「ククク、見つけたぞ、真祖の吸血鬼にして、<ヴァルプルギスの夜>を冠する魔女、アイリーン・フォン・エーデルシュタイン。私は神の子にしてヴァチカンより遣った祓魔師フィーネ・ファルケルだ。今日こそ貴様を滅してやる。受けよ、聖典――魔を滅する聖銃(ハイリヒゲヴァーア)!」

 

 フィーネ軍曹は訓練に使っていたペイント弾装填のサブマシンガン(H&K-MP5)を乱射した。

 

「ふん、教会の使いか。昼なら我を倒せると思ったか。浅墓だな。――その行い、愚行と知れ」

 

 フィーネ軍曹の放ったペイント弾をノリノリで躱しつつ、アイリーンは愛銃のG22狙撃ライフルに7.62mmライフル弾(空砲)を装填する。そして、ネコのようなしなやかさで射線を確保し、発砲した。空砲なので弾は出ていないのだが、フィーネ軍曹は苦しむ。

 

「く、さすが真祖。しかし、こんな事もあろうかと、聖なる十字架(ハイリヒクロイツ)を装備していたいのだ」

「少しはやるようだな。だが、我が血を凝固した魔弾《世界を穿つ戦渦の星弾(ツェアシュティーレン・バトローネ)》の前では無意味だ」

「何! そんな切り札を持っていたなんて! ならば、こっちは――」

 

 なおも意味不明な呪文やら、技名を叫びながら打ち合いをする二人。

 アイリーンが謎のゴッコ遊びに夢中なのを確認し、クラリッサは受話器を耳にあてた。

 

「御持たせしました。それで用件は水着の選別でしたね」

『そうだ。できれば、嫁のドキドキさせられるようなものがいい』

「任せください。こう見えて狙った獲物は、男女問わず必ず落してきましたから。必ずやアリス殿のハートの射止める見事な水着を選んでみせましょう」

『おお、頼もしいな』

 

 この時のラウラはまだ知らなかった。

 彼女が落した男女というのが、次元の一つ足りない、いわゆる二次元の住人だという事を。

 そう、彼女は乙女ゲーとギャルゲーを雑食する、わりとコアなオタクだったのである。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。