IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina   作:ネコッテ

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第38話 サマーショッピング②

 水着を購入したあと、私たちはアミューズメントパーク、いわゆるゲーセンにやってきた。

 折角、外に出かけたのだし、ラウラに今時の“遊び”を知ってもらおうと思ったのだ。

 

「ずいぶんと賑やかな場所だな」

 

 煌びやかな電飾に彩られたフロアでは、あちらこちらから賑やかな効果音が鳴り響いている。

 ラウラは興味津々という様子で辺りを見回していた。

 

「ラウラはゲームセンター、初めてですか?」

「うむ、縁がなかったからな。シャルロットはどうだ?」

「うん、僕もあんまりテレビゲームとかやらなかったから。アリスは?」

「私はわりとよく遊びましたよ。特にポータブル系を」

 

 仕事の都合上、長時間に亘って待機させらることも多い。その時間つぶしに携帯ゲームは最適なので、私は常にゲーム機を持ち歩いている。

 私たちはそんな雑談を交わしながら、さまざまなゲームを物色して回った。

 シューティングゲームにコインゲーム。あ、あの太鼓のゲーム面白そうですね。

 

「む!」

 

 多彩なゲームマシンに目移りしていると、ラウラがあるボックスケースに興味を示した。

 ゲームセンターでは、メジャーなゲームマシン、UFOキャッチャーだ。

 

「ラウラ、コレやってみたいのですか?」

「いや、そういう訳ではないのだが、中にある人形が気になってな」

 

 ラウラがケース内にある景品をちょんちょんと指差す。

 ケースの中には、黒いウサギと白いウサギの人形が置かれていた。

 

「あの、黒いウサギの人形、ほしいな」

 

 どうやら、あの黒いウサギ人形が気に入ったらしい。

 ラウラが隊長を務める<黒ウサギ隊>も、眼帯をしたウサギを部隊章にしていましたしね。

 

「挑戦してみます?」

「うむ」

 

 ラウラは揚々と、硬貨を投入口に入れた。

 

「いいですか。左のボタンで横移動、右ボタンで縦移動です」

「把握した。――これより救出作戦を開始する」

 

 操作方法を確認したラウラは慎重にボタンを押した。まず横移動。次に縦移動。

 絶妙なボタン操作で、ラウラは円盤状の機械を黒いウサギ人形の上空に運んでいく。

 

「ドローンの操縦は得意だ。見ろ、スマート爆弾さながらの正確さだ」

 

 そう豪語するだけあって、運ばれた円盤のアームはきっちりウサギの首根っこを掴んだ。

 しかし、ヒョロヒョロなアームは、掴んだウサギの人形を簡単に取りこぼしてしまった。

 

「おい! なんだ、この貧弱なアームは!」

 

 UFOキャッチャーにありがちな仕様に、ラウラがだんだんと床を踏んで怒る。

 最近のUFOキャッチャーは景品を簡単に取られないようアームを弱く設定してあるんですよね。

 

「くっ、こんなへなちょこアームでは一生かかっても無理だ」

「どうします? あきらめます?」

「愚問だな。我々<黒ウサギ隊>は仲間を見捨てない」

 

 どうやらショーケースの黒ウサギ人形は、既に仲間の一員らしい。

 

「では、その誠意に敬意を表して、私が力を貸してあげましょう」

 

 二度目の失敗で憤慨するラウラの隣に並び、私はさっそうと硬貨を投下した。

 

「それは心強い。で、どうするのだ?」

「私に策があります。縦を操作するので、ラウラは横を操作してください」

「夫婦の共同作業というわけだな。了解した」

 

 まずラウラが“1”のボタンを操作して円盤型のアームを横にスライドさせる。続いて私が“2”のボタンを操作して、アームを縦に移動させた。ただし、停止位置は人形から横にずらす。

 

「おい、それではうまく掴めないではないか」

「まあ、見ていてください」

 

 ラウラの指摘通り、クレーンは人形を掴み損ねた。けれど、アームの先端が人形のタグに引っかかる。それによって、人形が落ちることなく降下口まで運ばれていく。

 

「はい、どうぞ」

 

 私は取り出し口から人形を取り出し、ラウラに手渡した。

 

「驚いた。こんな手があったとは。さすが、私の嫁だな」

 

 手に入れた人形を、ラウラはぎゅっと抱きしめた。

 普段は見せない、少女らしい仕草に私とデュノアさんの心がほっこりする。

 

「お、アリスたちも買い物に来てたのか」

 

 そこに同じく買い物にやってきていた一夏たちがやってきた。

 後ろにはセシリアと鈴もいる。尾行はバレたらしい。まあ、あんな粗末な尾行ではね。

 

「ええ、臨海学校の準備で」

「俺たちと同じか。で、どうしたんだ、そのぬいぐるみは?」

「ぬいぐるみではない。私と嫁の子どもだ」

 

 よしよしと黒ウサギの人形をあやすラウラに、一夏がプッと吹いた。

 なるほど、夫婦の共同作業でしたからね。そう言えなくもありませんか。

 

「ええ、私とラウラの愛の結晶です。えっと、名前は――」

「ライラだ」

「そうか、ライラか。いい名前だな。じゃあ、今度出産祝いに何か贈ろう」

「裁縫セットを頼む。手芸用の綿やフェルトとかでもいいぞ」

 

 確かに、解れたりしたら必要になりますもんね。私も裁縫を覚えた方がよさそうです。

 さて、意図せず全員そろってので、私は密かにやってみたかったアレをみんなに提案した。

 

「あの、よかったら、みなさんで、アレ、撮りませんか?」

 

 そう言って指差したのは、プリント倶楽部――通称プリクラと呼ばれる写真撮影機だ。

 実は前からやってみたかったんですよね、コレ。

 

「あ、いいわね」

 

 真っ先に賛成したのは鈴だった。鈴ってプリクラとか好きそうですもんね。

 それに、一夏が『いいな』と賛成に加わると、意見は一気にまとまった。

 

「機種はアレでいいか?」

「撮ったあとにラクガキできるやつね。いいんじゃない?」

「へえ、そんな機能まであるんだ」

「うん、すごいヤツだと、可愛く補正して見せてくれるヤツとかあるわよ。そうだ、後で中学生時代に一夏と撮ったプリクラ集を見せてあげるわ」

「ああ、見せてくれ。そして、油性ペンでお前の顔を塗りつぶしてやる」

「ば、バカやめなさいよ!」

 

 というわけで、私たちはぞろぞろとプリクラのカーテンを潜った。

 立ち位置は、前列にラウラ、私、シャルロット。後列に篠ノ之さん、一夏、鈴、セシリアだ。

 

「背景はこれでいいですね」

 

 適当な背景を選択し、撮影準備に入る。撮影画面の隅でカウントが始まった。

 

(鈴、俺は右からアリスの頬を押さえる、お前は左を頼む)

(クフフ。OK。任して)

 

 背後で一夏と鈴が何か喋っていたが、私はカウントダウンを始めた。

 

「では、いきますよ、3、2、1――くひゅ!」

 

 カウントがゼロになった瞬間、背後から両頬を押さえられ、変な声を出す。

 同時にシャッターが下りた。え、もしかして今の顔を撮影された?

 予想通り、撮影画面にはムチューと唇を突き出すマヌケな私が映し出されていた。

 

「いやー、私だけ変顔プリクラーッ!」

 

 画面の中で、みんなイイ笑顔しているのに、私だけバカみたいな顔を晒していた。

 何ですか、これ! 卒業写真の欠席の子より浮いているじゃないですか!

 

「何するんですか!」

 

 私は背後でハイタッチを交わす一夏と鈴を怒鳴りつけた。

 しかし、二人は『俺たちに背を向けるお前がいけない』と悪い顔をする。

 

「ぐぬぬ……いや、確か一回だけ撮り直しができ――」

「篠ノ之流剣術――牙突零式!」ポチ

「ああ! 篠ノ之さん、印刷ボタンを押しちゃダメですぅー!」

「すまん。うまく撮れていたので、つい……」

 

 うー、篠ノ之さんが印刷ボタンを押したから、撮り直しできなくなっちゃいました……

 仕方ありません。こうなったら意地でも、この変顔プリクラを渡さないまでです。――ダッ!

 

「あ、アリスが変顔プリクラ持って逃げたぞ!」

「追うのよ! 追えー! 追えー!」

 

 結局、散々追い掛け回されたあと、私は捕まり、変顔プリクラを取り上げられた。さすがにセシリアや篠ノ之さん、デュノアさんやラウラまで参戦されては、どうしようもなかった。

 ぐすん、こんな事なら『一緒にプリクラを撮ろう』なんて言わなければよかったです。

 

「さて、これからどうする? 門限までまだ時間があるけど」

 

 私の変顔プリクラをみんなに配り終えたあと、一夏が言った。

 水着を買って、食事して、そのあとにここへ寄ったので、時刻は3時を過ぎたあたりだ。

 門限は6時半なので、まだ余裕がある。けれど、私にはちょっと用事があった。

 

「すいません。私、4時から簪の専用機開発を手伝うことになっていまして」

「簪の? 簪と知り合いだったのか?」

「ええ、のほほんさん経緯でね。以前、彼女には助けられましたので、お礼に専用機開発の手伝っているのです。そういう訳なので、私は一足早く失礼させて頂きますね」

 

 そう告げて、私はみなさんより一足早くレゾナンスをあとにした。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

「あっ」

 

 レゾナンスから戻り、向かっていた整備科実習区画で、私は珍しい人物と出会った。

 黒い長髪に切り揃えられた前髪。日本人形のような袴姿。日本の国家代表『輝夜月子』だ。

 

「こんにちは、日本代表。先月はどうも、ありがとうございました」

 

 学年別トーナメントの時、私は彼女に大変助けられたのだ。

 その時を思い出し、深く感謝を告げる。日本代表は慌てたように両手を振った。

 

「いえいえ。こちらこそ簪を説得してくださったようで」

「その事ならお気になさらずに。場のなりゆきなので」

「いえ、本来なら代表である私が言い聞かせなくてはいけないところ、代行して頂いたのです。これに対しては、きちんと礼を申し上げなければなりません。ありがとうございます」

 

 日本代表が奥ゆかしい仕草で深く頭を下げる。

 日本人って本当に礼儀と恩を重んじていますよね。どっかの誰かさんに見習わせたいです。

 

「まあ、そう畏まらないでください。私も畏まってしまいますから」

「では、お言葉に甘えて。わたしのことは月子と呼んでくださいませ」

 

 胸に手を置く月子の姿は、とても清楚で初々しい。まさにはんなりといった感じだ。

 私にはできない仕草だと思った。大剣やナイフを嬉々と振り回す私には。

 

「ところで、今日はどういった要件で?」

「<打鉄弐式>の装備――対複合装甲超振動薙刀《夢現》ができましたので、それを搬入しに」

「わざわざ国家代表自ら?」

 

 驚く。物資や武器の搬入なんて、国家代表がやる仕事じゃない。

 

「実は、<打鉄弐式>の進捗状況が芳しくないと聞きましたので。様子を見についでに」

「ああ、<打鉄弐式>の開発費用は輝夜重工から出ていますもんね」

 

 そんな会話をしているうちに、整備区画の<打鉄弐式>用ハンガーに到着する。

 整備ハンガーでは、簪が複数の入力装置を使ってデータを打ち込んでいた。その隣では、のほほんさんが美味しそうにアイスキャンディなんぞを味わっている。仕事しなさい、のほほんさん。

 

「……アリス、やっときた。あ、月子も」

「《夢現》、搬入して置いておきましたから、時間がある時に確認しておいてください」

「……わざわざ、ありがとう、月子」

「で、簪、今日はどうするんですか?」

「……今日は荷電粒子砲を試射する」

 

 簪は<打鉄弐式>の背後に積まれたコンテナの山を指した。

 それに月子が手をパンッと叩く。

 

「ついに完成したん?」

「……一応、形だけだけど。でも、ちょっと前進」

 

 簪がちいさく控え目なガッツポーズを決める。

 のほほんさんはなぜか自分の功績のように、ドヤ顔でVサインを出していた。あなたは、アイスキャンディーを食べていただけでしょ。

 

「で、どこで試射するんですか?」

「……今日は第三アリーナが開いていたから、そこでする。……わたしは、冷却ユニットと電荷コンバートユニットを運ぶ。……アリスは粒子加速ユニットを運んでほしい」

「わかりました」

 

 私は<赤騎士>を展開して、≪Particle-Accelerator-Unit≫と表記されたコンテナを二つ抱えた。簪は<打鉄弐式>で≪EC-Convertor≫と≪Refrigerator-Unit≫と表記されたコンテナを持つ。ほほんさんは<赤騎士>に掴まり、前方を指差した。

 

「れっつ、ご~」

 

 のほほんさんの号令に従って、私たちは第三アリーナにある射撃場へ向かった。

 

 

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 私たちが持ってきた荷電粒子砲のパーツを組み立てると、巨大な砲台が完成した。

 砲身の長さはざっと2メートル。どちらかと言えば、戦車や戦艦に積んだ方がしっくりきそうな大きさだ。冷却ユニットを含めれば、最早ISの携帯できるサイズではなくなっていた。

 

「大きいですね」

「小型化はあとで考えましょう。今はちゃんと撃てるかですよ」

 

 月子が荷電粒子砲と<打鉄弐式>の動力をパワーケーブルで繋ぎながら言った。

 私は電荷コンバーターを調整しつつ、『そうですね』と答える。

 

「冷却装置の準備できたよー」

 

 のほほんさんが頭上で大きく(マル)を作る。

 それを確認して、簪が<打鉄弐式>のジェネレーターに火を入れた。荷電粒子砲の粒子加速装置が動き出し、電荷コンバーターがぐーんと唸り出す。従来の発動機では荷電粒子砲に必要な電力を賄えないけれど、ISの高出力ジェネレーターならそれが可能だ。

 

「えねるぎー120ぱーせんと、波動砲しょーじゅん!」

「……本音、それ違う。……これは荷電粒子砲」

 

 のほほんさんにそうツッコミながら、簪は荷電粒子砲の斜角と方位を調整した。狙いを前方の仮想ターゲットに設定する。距離は100メートル。命中させるのは、そう難しくない距離だ。

 

「……サブコンデンサー電圧上昇、……粒子チェンバーへの供給開始、……発射準備OK。――本音、月子、空気摩擦で電磁波が飛び交う。周りが電子レンジみたいなるかも。……危ないからアリスのISに守ってもらって」

「では、二人ともこちらに。<レッドクイーン>、シールドの展開範囲を変更」

《Yes My honey――シールドの展開範囲および出力を変更。……完了》

「準備OKです。――いつでもどうぞ」

 

 私たちが肯くのを確認し、簪がキーボードの≪Enter≫キーを押す。

 

「……発射」

 

 荷電粒子砲の砲身――リング状の加速器が輝き、加速した粒子を吐き出す。

 粒子と空気の摩擦で、波長の違う電磁波が飛び交い、視界が七色に輝いた。まるでオーロラのようだ。

 

「おおー! きれいー!」

 

 私もそう思った。しかし、その光景に反して簪の表情は険しい。

 よくよく見れば、肝心なターゲットが破壊できていなかった。

 

「粒子が拡散して、満足な威力を得られてへんね」

 

 月子が言った。

 

「粒子が拡散? どういうことですか?」

 

 正直、荷電粒子砲のメカニズムなんてさっぱりな私は詳しい解説を求めた。

 

「簪ちゃんの荷電粒子砲は粒子をプラスに電荷し、それを磁場で引っ張って加速しています。ですが、プラスに電荷された粒子は、プラスに電荷された粒子と反発し合うのです。磁石と同じですね。結果、ビーム状を維持できず――」

「充分な威力を保持できていない、と。――では、どうすれば?」

「粒子ビームの密度と速度を上げ、拡散しきる前に、標的に命中させる。そういう方法もあるかもしれません。ただし、消費電力と粒子加速器の大きさが、いまの2倍必要になるでしょう」

「仮にそうしたとして使い物になります?」

 

 月子は苦笑いを見せた。

 

「普通に44口径の滑腔砲やレールガンを使用した方が賢いと思います」

「ですよね……」

 

 そもそも私たちが解決できるような技術的問題なら、とっくに世界の優秀な技術者たちが解決している。それができていないから、未だ実用化に至って――――いや、待てよ。

 

「あるじゃないですか。実用化されている荷電粒子砲が」

 

 掌をポンっと叩く私に、一同はポカンとする。

 それからしばらくして、簪が思い出したように言った。

 

「……あ、<ゴーレム>」

「そうです」

 

 二ヶ月前、この学園を襲撃した正体不明のIS。便宜的に<ゴーレム>と呼ばれたそのISの腕部には、未だ実用化されていないはずの粒子ビーム兵器――荷電粒子砲が装備されていた。

 本体は私が鹵獲して組織の技術部へ送ったけど、それ以前に捥いだ<ゴーレム>の腕がこの学園の地下に保管されていた。それを参考にすれば、問題解決の糸口が見つかるかもしれない。

 

「でも、<ゴーレム>の腕が保管されているのは、地下の機密特区。一般生徒は立ち入れない」

「入るにはLv4が必要ぉー」

 

 IS学園地下にある機密特区――通称<アスガルド>に立ち入るには、≪Level4≫の権限が必要だ。のほほんさんのような一般生徒は≪Level1≫、私や簪のような専用機持ちの権限は≪Level2≫、教師でも≪Level3≫の権限しかもっておらず、≪Level4≫権限を持っている人間は学園でもごく一部だけ。生徒では生徒会長だけだ。

 会長に頼めば、入れてもらえなくもないと思うけど、私も簪も会長の手は借りたくない。

 そうなれば、もう手の打ちようがないわけだけど、私にはもう一つアテがあった。

 

「私に任せてください」

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 

 夕日で茜色に染まるモノレール車内。

 アリスと別れたあと、一夏と箒は喫茶店で休憩をとり、雑貨を見て回って帰路に就いた。

 現在、車内には一夏と箒しかいない。大事な話があったので、ラウラとシャルロットに頼み二人きりにしてもらったのだ。

 

「今日は楽しかったな」

「そうだな。こんな風に誰かと出かけたのは久しぶりだ」

 

 小学生時代から中学生時代、箒は政府の意向で交友を制限されていた。こうして誰かと町を歩いたのは、本当に久しぶりだった。ましてや、その相手が一夏だというのだから、喜びも一入だ。

 だが、クライマックスはこれからだ。

 自分はまだ、彼が言う“大事な話”を聞いていない。それを聞かずして、今日は終われない。

 

「そ、そういえば、一夏、私に大事な話があると言っていなかったか?」

「ああ、実はさ――」

 

 一拍おいて語りだした一夏に、箒はぎゅっとスカートの端を握った。

 胸が高鳴り、顔が焼けそうなほど熱くなる。

 しかし、一夏から紡がれた言葉は、箒の予想外のものだった。

 

 

「剣道、続けないのか?」

 

 

 紡がれた言葉は、愛の告白でもなければ、求婚の言葉でもなかった。

 意外を通り越して、箒は思わず拍子抜けする。

 なぜ彼はそんなことを切り出したのか。箒はその意図を測りかねた。

 

「け、剣道?」

「ほら、IS学園にきてから、めっきりやらなくなっただろ?」

「それは、そうだが」

 

 実は入学して以来、箒は剣道をやらなくなった。学園の剣道部にこそ所属しているが、顔を出す頻度は月に一度程度だ。そうなった理由は簡単。一夏との時間を取ろうとするあまり、剣道の方がおろそかになってしまっていたのだ。

 一夏はそれを気にしていたのだろう。だから、彼女を呼び出し、こんな話を切り出した。

 

「せっかく全国大会までいったんだし、やめちまうはもったいないよ」

 

 それは箒も常々思っていたことだった。けれど素直に『わかった』と口にできなかった。

 ここで『そうだな』と答えてしまえば、彼との距離がもっと開いてしまいそうな気がした。

 

「し、しかしだな……」

 

 我ながら未練がましいと思ったが、箒は羞恥を押し殺いて言った。

 専用機もない。知識も、技術もない、そんな自分がしてやれる事など何もない。わかっている。けれど、私はお前の役に立ちたい。そばにいたいんだ。でなければ、私がIS学園に来た意味がない。

 

「俺なら大丈夫だよ。いざとなったら、ラウラたちもいてくれるしさ。なにより、アリスもいてくれるから。ほら、あいつ頼りになんだろ?」

 

 アリス。親しみを以って発せられたその名は、箒にとってトドメの一撃に等しかった。

 私だって、お前に必要とされたいのに……。

 

「だから、もう俺に構うなって。また剣道やれよ」

 

 彼に悪意があったわけではないだろう。ましてや箒を疎んでいるわけでもない。

 彼は純粋に箒の剣道の実力を尊敬し、続けてほしいと言っている。

 幼馴染であるがゆえに、切磋琢磨し合った仲であるがゆえに、箒もそれを理解できた。

 しかし、掻き毟りたくなるようなやるせなさは、うまくコントロールできない。

 

 ――そんなこといわないでくれ、一夏。

 ――まるで『もうお前はいらない』と云われたみたいで、辛くなる。

 

 もし胸の裡から湧き上がるこの憤りを撒き散らせたら、どんなに気持ちいいだろうか。

 しかし、憎らしいほど自制心が働いて、それは叶わなかった。

 

「……そう、だな」

 

 箒は素直に彼の言葉を受け入れた。

 これ以上取り繕うのはあまりに滑稽で無様だ。何より惨めすぎる。

 

「がんばれよ。俺もがんばるからさ」

「ああ」

 

 箒はありったけの麻酔を心に打ち込んだ。

 心が悲鳴を上げたようにも聞こえたが、それすらも押し殺した。そうしなければいけなかった。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 学園には、ナノマシンをキーに使ったセキュリティーシステムが導入されている。

 扉に近づくと、体内のMEMSが生体情報を送信し、受け取った扉側が解除に必要な認証を行ってくれる仕組みだ。これにより従来の網膜や指紋を押し当てる動作も、音声を発する必要もない。

 そんなハイテクで塗り固められた扉を抜け、私たちは≪Level4≫区画にやってきた。

 

「こちら、のほほん。レベル4区画に潜入した。これより潜入任務を開始するー」

 

 目的地に到着するなりのほほんさんは、被っていたダンボール箱を脱ぎ捨てた。

 きっと何かの真似なのだろうけど、私には解らなかった。

 

「かんちゃん大佐、食欲を持て余す」

「……もうじき夕食だから、それまで我慢して」

 

 腹ペコなのほほんさんを連れ、私たちは仄暗い通路を進んだ。それからしばらく歩くと≪関係者以外立ち入り禁止≫と記された最重要保管庫が見えた。そこへ私たちは足を踏み入れていく。

 ちなみに月子は国家代表という立場を考慮して、地上でお留守番だ。

 

「……あった」

 

 収納されていた<ゴーレム>の腕を見つけ、簪は持ってきた端末を開き、解析を始めた。

 無知な者が手伝っても邪魔になるだけなので、私は離れた場所からそれを見守る。

 

「にしても、ラウラの次は更識の世話焼きか、リデル」

 

 簪の作業を眺める私に、千冬さんが言った。

 私たちここに連れてきてくれたのは、彼女なのだ。

 

「いいえ。二年から整備科に進学するつもりなので、その予習がてら手伝っているだけです。――それよりもありがとうございます。助かりました。でも、よかったのですか?」

 

 <ゴーレム>の情報はまだ解禁されてないはず。頼んだ身でこんなこと訊くのはアレだけど。

 

「問題ないさ。今学期が終われば開示される情報だ。それにいち早く情報を得られるのが、ここの生徒の特権だ。まあ、おまえには借りがあったから、というのもあるが。――そういえば、一夏を助けてもらった礼を、まだ言っていなかったな。礼を言っておこう」

「え? あ、いえ……」

 

 真顔で礼を言われ、わずかに面を食らう。千冬さんは気にせず、一拍おいて続けた。

 

「礼のついでと言ってなんだが、おまえに一つ訊きたい事がある」

「なんでしょうか」

 

 千冬さんは簪たちが作業に夢中なのを確認し、こう言った。

 

 

「お前がここに来たのは、母さん――織斑千春の差し金か?」

 

 

 私の息が止まる。あまりに直球な質問に言葉が出なかった。

 

「以前――第1回<モンド・グロッソ>でのことだ。<ブリュンヒルデ>になった私の許に、母さんが祝いにやってきてな。同時に、ある組織に所属している事を示唆した。おまえは、母さんが示唆した組織の人間なのか?」

 

 これ以上の沈黙は不利。そう悟った私は、覚束ない口調で言った。

 

「どうして、そう思うのです?」

「『不思議の国のアリス』は母さんが好きな童話でな。小さい頃、よく読んでもらった。家には絵本だけじゃなく、翻訳されていない原版も置いてある。その母さんなら『不思議の国のアリス』に因んだコードネームを、部下につけるのではないかと思ったのさ。アリス・リデル、<赤騎士>、<赤の女王>という風にな。――で、どうなんだ?」

「いいえ、違います」

 

 私は努めて冷静にいった。でも、誤魔化せたかどうか、自信はない。

 それでも千冬さんは踏み込むような行為はせず、温和に言った。

 

「そうか。ならいい。妙なことを訊いたな。今の話は忘れてくれ」

 

 気のないように言うが、私に対する疑いが晴れたとは、とても思えなかった。

 その所為か、その後の沈黙がやけに気持ち悪く感じられた。いっその事、全てを吐露してしまいたくなるような、そんな空気だ。私はその空気を払拭したい一心で、適当な話題を切り出した。

 

「そういえば、ここへ来るとき≪Level5≫の区画を見つけましたが。てっきり学園の最高権限は≪Level4≫だと思っていたのですけど」

「あるな。その区画に関しては、私も詳しく知らない。あの区画は私の権限でも入れないんだ」

「千冬さんでも?」

 

 意外だった。教師部隊の指揮を執る千冬さんですら、入れない区画があるなんて。

 

「おそらく学園上層部の人間だけが立ち入れる区画なのだろう」

「学園上層部……ですか」

 

 学園行事を執り行っているのは学園の教師陣だけど、学園全体の大きな方針を決定しているのは、この学園上層部だ(学園理事会ともいわれているが)。

 実質、この集団が学園を支配しており、千冬さん率いる教師部隊も、会長率いる<生徒会>も、それに従う下位組織でしかない。だからなのだろう、千冬さんでさえ学園の全貌を知ることが許されない。

 

「Levl5に何があるんでしょうね」

「さあな。私も興味がある。だが、入ろうにも見ての通り頑丈な扉に阻まれているからな、簡単には入れないだろう。――ISでもない限り、突破するのは無理だろうか」

 

 真面目な顔で考える千冬さんを見て、私は冷や汗を流した。

 

「あの、なんかISがあったら突破したい、みたいに聞こえるんですけど……」

「安心しろ、私はそんなことしない」

 

 そうですよね。厳粛で厳格な織斑先生がそんなことするわけ――

 

「やるのは真耶だ」

 

 私は聞かなかったことにした。

 この場に山田先生がいたら、きっと悲鳴を上げていたに違いない。

 

「冗談だ、本気にするな」

「普段、冗談を言わない人が言うと、本気に聞こえますからやめてください」

「そうか、それはすまなかった。気を付けよう」

 

 千冬さんは小さく笑う。それから表情を改め、どこか遠くを見据えた。

 

「だが、この学園の不明瞭な部分に対して、やきもきしているのは本当だ。――実はな、私はこの学園に赴任してから一度も、学園を取り仕切る上層部の人間と会ったことがない。立場上、従ってはいるが、正直、信頼に値しない」

「だから、確かめたい。―― 一夏のために?」

 

 千冬さんは沈黙で肯定した。

 一件、IS学園にいる一夏は安全に思えるが、断言はできない。学園の方針を決めている学園上層部が不明瞭な存在だから。いきなり掌を返されることもありえる。千冬さんはそれを恐れているのだろう。

 

「私は、私が利用されるのは許せる。だが、一夏が誰かに利用されるのは看過できない」

 

 その言葉は怒りにも似た強い言葉だった。同時に一夏への強い想いを垣間見た気がした。

 なぜ彼女はこんなにも強いのか。きっと弟の存在がそうさせるのだろう。私はそう思った。

 

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