IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina   作:ネコッテ

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第3話 英雄と騎士

 昼休み。午前の授業が終わった俺は、幼馴染の篠ノ之箒と共に学食へやってきた。

 そして適当に日替わり定食のチキン南蛮定食を頼み、身近な席に腰を下ろす。

 

「はぁ~」

 

 腰をおろすなり、俺は不景気な溜息をついた。

 溜息の理由は、初日から容赦なく始まった授業がさっぱり理解不能だったからだ。

 

「くそ、ISの講義ってわけわかんねぇ……」

 

 オルコットとの決闘に備え、すごんで受けてみたものの、専門用語の前に俺は早くも落第予備軍だった。ヴァシミールだの、スマートスキンだの、リパルサーリフトだの、はっきり言ってISの専門用語は意味不明だ。なんだよ、位相力場絶対領域って。

 

「一夏、おまえ、事前学習してこなかったのか?」

 

 と、俺の正面で幼馴染の箒がそばをすする。表情は呆れ顔だ。

 

「一応、したけどよ……」

 

 俺の適正が発覚してIS学園の入学が決定した日、自宅にISの参考書が送られてきた。これで勉強しておけって話だったみたいだったから、一応読みはしたんだけど、それでも午前の授業はチンプンカンプンだった。

 

「まあ、したっていってもポテチ食いながら、パラパラと流し読みした程度だけど」

 

 ボソッとカミングアウトする俺を、箒が刺すような視線で見る。

 相変わらず剣呑な雰囲気が似合う女の子だ。きっと前世は日本刀だったに違いない。

 

「そういうおまえはどうなんだよ」

「私はおまえと違って、ちゃんとしてきたぞ」

「じゃあ、このニューラルリンケージってのについて教えてくれよ」

「うむ! ここのかき揚げはうまいな!」

 

 コイツ、誤魔化しやがった。はぁ、俺たちは目クソ鼻クソなわけか……。

 

「というか、箒ってISに興味あったんだな。むしろ嫌っていると思ってたんだが」

 

 実はこいつの一家、ISの所為で転居しなければいけなくなったのだ。そういう経緯があって、箒はISを快く思っていない。そう思っていた俺は素朴な疑問を投げかけた。

 

「なんでIS学園に進学しようと思ったんだ?」

 

 箒は俺と違って進学先を選べたはずだ。

 興味のない場所に進学するって、どんな心境だったのだろうか。

 

「それは……お前がだな……」

 

 言い難そうに視線を逸らす箒の頬が熱を持ったように赤くなる。

 なんだろう。もしかして恥ずかしい理由でもあるのか。

 

「もしや入学願書を出し間違えたのか?」

「馬鹿、そんなはずなかろう。――というか、私の入学理由なんて、どうでもいいだろ。そんなことより、あのイギリス女との決闘を考えた方がいいんじゃないのか」

「そりゃそうだ」

 

 箒の入学理由を聞いたところで、技術が向上するわけでも、勝算が上がるわけでもない。

 

「しかし、まいったな」

 

 傍らに置いていた参考書をもう一度パラパラとめくる。エネルギーゲイン、ニューラルリンケージ、マインドインターフェース。そこに並ぶ専門用語の羅列を見て、また溜息をつく。幸い、決闘までは七日間あるが、その七日間でこれを理解しきれるのだろうか。

 

「なあ、箒、なんかいい手はないか?」

 

 仕方ないなと、箒は腕を組んだ。

 

「では、千冬さんに指導を乞うのはどうだ? あの人、世界大会の覇者だろ」

 

 箒の提案に、俺は首を横に振った。

 

「俺もそう思って頼みに行ったんだけどよ、千冬姉、すげー人気者でさ、昼休みとか空いている時間は常に誰かの質問に答えていたり、指導してたりしてるんだよ」

 

 なにせ千冬姉は世界大会を制したIS操縦者――<ブリュンヒルデ>だからな。スキあらば指導やアドバイスを乞う生徒も多い。千冬姉自身も「生徒のためなら苦労は惜しまない」と公言しているから、誰も無碍にしないだろう。

 

「では、7日間、つきっきりで指導してもらうのは無理そうか」

「それにいくら弟とはいえ、俺だけを指導するってのは、教師の立場上よろしくないだろう」

 

 俺の所為で「織斑先生は身内贔屓だ」なんて言われるのは避けたい。

 

「では、どうする? 独学で特訓するのか?」

「授業の手応えからして、独学だと厳しそうなんだよな……。やっぱり、教えてくれる人がいてくれたほうがいいだろ」

 

 かといって、俺を推薦した女の子も、あのオルコットを敵に回したくないのか非協力的だ。

 共に乗り込んだ船だったが、一緒に沈んでくれるつもりはないらしい。本当に場の空気で俺を推薦していたわけだ

 

「はぁ~、どっかにいいコーチ、いねえかなぁ……ん?」

 

 頬杖ついて食堂の女の子を物色していたら、赤い髪の女子生徒が目に留まった。

 男アンチのクラスメイトに堂々と反論した女子生徒――アリス・リデルだ。

 

「どうも。相席してもよろしいですか?」

 

 俺たちの視線に気づいたリデルが、こちらの席にやってきた。

 

「ああ、いいぜ。箒もいいよな」

「ああ」

 

 四人掛けのテーブルを独占していたので、俺たちは快く了承した。

 

「では、失礼しますね」

 

 そう言ってリデルは、持っていたかき揚げそばをテーブルに置き、箒の隣に腰かける。

 

「あ、篠ノ之さん、私と同じメニューですね」

「え、は、はい、そうですねッ!」

 

 うお、さっきまで剣呑だった箒がなんだか緊張し出したぞ。

 さては箒の奴、相変わらず人とのコミュニケーションが苦手なのか。よし、一肌ぬいでやるか。

 

「リデル、そいつ顔は怖いけど、中身はイイやつなんだ。仲良くしてやってくれな」

「おいッ」

 

 箒が睨んでくるが、俺は嫁入り前の父親よろしくへこへこした。

 それがおかしかったのか、リデルがフフッと笑う。

 

「もちろんです。――篠ノ之さん、これからよろしくお願いしますね」

「あ、ああ。こちらこそ、よろしく頼む」

 

 ややぎこちないものの、社交的なリデルのおかげで交流は良好のようだ。

 それから俺たちは食事をしながら、他愛のない会話を始めた。

 

「どうですか、織斑くん、女の園に来た感想は」

「肩身がせまくてかなわないよ。変な女子生徒にも目をつけられるしな」

 

 俺は脳裏にオーホホホッと高笑いするオルコットを思い浮かべた。

 

「そういえば、オルコットさんと決闘するんでしたね。勝てそうですか?」

「いや、はっきり言って、ほとんど勝てる気がしない」

 

 強がっても仕方ないので、本音を吐露する。リデルは苦笑いだ。

 

「なら、受けなければよかったのに。勇敢と無謀は違いますよ?」

「まあな……」

 

 リデルの云うことは正しい。敗けが見えているなら、逃げた方が賢いに決まっている。負けたらきっと、ここぞとばかりに貶されるだろう。下手すりゃこの学園でやっていけなくなる。

 でも、あの時の俺には退けない理由があった。

 

「――でも、なんつうか、男だからって見下している連中を見返したかったんだ」

 

 男性という理由だけで、人の価値を決めつけ、蔑視する彼女たちを、俺は許せなかった。

 だから、俺は見返したかったんだ。男だって、捨てたもんじゃないぞって。

 

「なるほど。それでオルコットさんの挑戦を受けたのですか」

 

 俺の動機を聞いても、リデルは嘲りもせず、同意するように頷いた。

 見下す女に一泡吹かせたい。なんて言えば、女性は怒りそうなものなのだが。

 

「私も自分の性別に託け(かこつ)て、幅を利かせている女性は好きじゃありません」

「そうなのか?」

「ええ。そういう女性を見ると、お尻を蹴っ飛ばしてやろうかと思います。女性だからという理由だけで踏ん反り返っていられると、そうでない女性に対する心証まで悪くなりますから。純粋な気持ちで活躍されている方にはいい迷惑です」

 

 うわ、わかるわ。俺も『ISに乗れる女性は偉い』って威張っている奴と、努力して優勝した千冬姉を“同じ女性”という理由で一括りにされたら、きっと黙っていられる自信がない。

 

「本来、尊ばれるべきはそういう人たちです。社会が吹聴した言葉に踊らされて<裸の王様>になっている人たちじゃありません」

「だよなッ!」

 

 リデルの一言に胸が熱くなるのを感じた。箒も同意するようにうんうんと頷く。

 同時に俺は強い確信を得た。彼女なら俺の力になってくれるかもしれない。

 

「なあ、リデル、よかったら俺に力を貸してくれないか?」

 

 俺は万感の思いと期待を込め、彼女に協力を求めた。

 リデルは頷く。

 

「ええ、私でよければ手を貸しますよ。男卑のうるさい人たちを黙らせてやりましょう」

 

 承諾された瞬間、俺は打ち震える思いだった。

 よし、なんだかもう勝ったような気分だ。いや、実際には勝率が上がった訳じゃないけど。

 

「ただし、代わりと言ってはなんですが」

 

 なんだ、交換条件か?

 

「そのチキン南蛮を一切れ、もらってもいいですか?」

 

 理不尽な条件を出されたらどうしようかと思ったが、全然そんなことはなかった。

 

「おう、いいぜ。一切れといわず、どんどん食え」

 

 犬みたくジーっとチキン南蛮を眺めるリデルに、俺はチキン南蛮を大盤振る舞いした。

 これで協力してもらえるなら、安いもんだ。たんと食え。

 

「タルタルがとても美味しいです♡」

 

 もぐもぐ口いっぱいにし、リデルは幸せそうにチキン南蛮を味わう。

 俺は「そうかそうか」と肯きながら「こいつ餌付けできるんじゃないか」と思ったのは内緒だ。

 

「じゃあ、よろしく頼む。俺のことは一夏って呼んでくれ」

「わかりました、一夏。では、私はアリスと呼んでください」

 

 こうして俺が頼もしい味方を手に入れたそのとき、校内放送が鳴った。

 

『一年一組、織斑一夏くん。至急、職員室まで来てください、繰り返します――』

 

 放送者の声は山田先生だった。

 放送内容は俺を呼び出すものだったが、はて、なんだろうか。

 

 

      ♡         ♣         ♤         ♦

 

 

「専用機?」

 

 昼休み、職員室。

 校内放送で呼び出された一夏についていくと、織斑先生がそんな事を言った。

 

(アリス、専用機ってなんだ?)

(言葉の通りに解釈したらいいですよ)

 

 一夏には端折って説明したが、専用機とは国家や機関から託された、その人物だけが使える特殊なISを指す。そんなISを一夏に提供するという話を織斑先生はしていた。

 

「おまえは極めて貴重な人材だ。そのデータを取るために専用機が受領されることになった」

 

 一夏は男で初めてISを動かした人物。未知な部分も多い。そこで彼のデータを取りたいという要望はもっともな理由だ。

 

「それでどのような機体が受領されるので?」

 

 自分が受け取る訳もでもないのに、身を乗り出して訊く。

 実は私はISオタクなのだ。専用機と聞くと、どうにもワクワクしてしまう性質(タチ)なのである。

 

「予定では日本の第三世代型ということだ」

 

 現在、ISは第二世代が実戦配備され、第三世代の研究が行われている。つまり彼には国家が威信をかけて開発した最新鋭機が受領されるというわけだ。それを聞いて、わたしのワクワクはピークに達した。

 

「で、武器は? 仕様は? カタログはないのですか?」

「落ち着け、毛穴が開いているぞ」

「あらやだ」

 

 私は赤くなった頬を覆えて下がる。あうあう、興奮し過ぎたようです。

 織斑先生は『なぜおまえが、そんなに興奮しているんだ? おまえの専用機じゃないだろう』と言いたげな表情で、機体の仕様書を一夏に渡した。

 

「これがおまえの専用機だ」

「どれどれ」

 

 一夏は渡された仕様書をめくって難しい顔をした。これは理解できていない顔だ。

 ISの勉強を始めてまだ半日。そんな彼にすれば専門用語だらけの仕様書の内容なんてちんぷんかんぷんなのだろう。

 

「いいですか、いいですか?」ワクワク

「お、おう?」

 

 一夏から仕様書を受け取るなり、私はパラパラと捲りながら内容に目を通した。

 

「どれどれ。機体名は<白式>というのですか」

 

 で、開発は第二国防技術研究所――通称<倉持技研>。製造は<輝夜重工>。

 各部出力、センサー有効範囲、装甲強度、積載能力、どれも高水準であるけれど、取り立てて特筆する点はないかな。強いていうなら、推力が秀でていることぐらいだ。高機動モデルなのでしょうか。

 

(あとは武装ですが、――うん?)

 

 武装の項目に目を通すが、その有り得ない仕様に眉をひそめる。

 

「あの、武装欄に何も記載されていないんですけど」

 

 そう、武装の項目に目を通しても何も記載されていなかった。あるのは【未定】の文字だけ。

 つまりこのISには武装――専門的な用語でいうとプリセット――がないということだ。

 

「もしかして、殴れと?」

「いや、武装はちゃんとある。ただ武装だけ外部発注していてな。本来は本機とアセンブリしてから受け取る予定だったのだが、急遽オルコットと決闘することになっただろ?」

「なるほど。決闘のために、受領の予定を前倒したから武器が未搭載だと」

「そういうことだ」

 

 それでも受領の前倒しは、大変ありがたかった。たとえ武器がなくても専用機があるなら、訓練機のレンタルを待つ必要もない。好きな時に好きなだけ訓練できる。稼働時間の少ない一夏にしてみれば、このメリットは大きい。

 そこで私はふと思った。

 

「あ、もしかして織斑先生は一夏に勝って欲しくて、<白式>の受領を前倒しに?」

「ばかもん、そんなわけあるか。『志ある者には、それ相応の教育環境を与えてやるべし』。それが私の教育理念だ。私はその理念に従っただけだ。そして、おまえには志すものがあるだろ?」

「はい」

 

 一夏は強く頷く。確かに彼には“男の名誉を取り戻したい”という志がある。

 だからこそ、私は彼に力を貸しているわけだ。密偵としての一環もあるけど。

 

「そういうことだ。身内が可愛くて、<倉持技研>に頭を下げたわけじゃない」

 

 と、綺麗な足を組み替え、コーヒーカップを手に取る。そして一口。

 

「あの、織斑先生、そのコーヒー、私のです」

「あ、すみません」

 

 織斑先生は二組の先生に謝りながら、コップを戻す。

 らしくない失敗をする織斑先生に、私は『やっぱりそうなのか~』なんて思った。

 

「なんだ、リデル。ニヤニヤと……」

「いえ、なんでもありませんよ? ちなみに武装はどこに依頼を?」

 

 『ヴァルキリー・アームズ』『デュノア』『輝夜重工』『ワルキューレ・ウェポン』『ナイトソード・ブラックスミス』『ジョセスターフ』『上海飛甲装工業公司』『ヴェーラ・アスカロノフ』エトセトラ、エトセトラ。ISの武器を製造しているメーカーはたくさんあるけど。

 

「まあ、それはちょっと特殊なところに依頼していてな。ともかく、決闘までには届くよう催促しておくから心配するな。<白式>本体は、明日には学園に搬入されるだろう。なので、明日の放課後は空けておくように」

「はい、わかりました」

 

 一夏は頷いた。

 

 

      ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 放課後、一夏の協力を買って出た私は、夕暮れの教室で彼に基本知識を教えていた。

 本来なら、早く実機に慣れさせるべき(時間もないし)なのだが、訓練機の予約がいっぱいでレンタルできなかったのだ。ISは世界に467機しか存在しないため、学園には生徒分のISが確保されていないのである。その不足分を補うため、高性能シミュレーターが100機ほど設置されているが、それも満員だった。

 というわけで、今日は実機の訓練を諦め、教室でISの基礎知識を教えることにしたわけだ。

 

「ISは大きく分けると、動力部、駆動部、推進部、骨格、防御機構から構成されています。中でも動力部はISのエネルギーの生み出す重要な部位で、ここの出力数値がISの性能を左右すると言ってもいいです」

 

 と、垂れていた横髪を耳掛けながら、隣の一夏にISの仕様書の読み方を解説する。

 一夏は理解を示すように何度か相槌を打った。

 

「ふむふむ。じゃあ、この値がISの性能を比較する指標だと思えばいいんだな」

 

 と、一夏が<白式>と訓練機のカタログを見比べる。それから『<白式>と<打鉄>では動力の出力が1.3倍ちがうから、1.3倍強いってことか』とつぶやく。そして、ふと視線を感じて廊下側を見た。

 そこにはこちらをこっそり盗み見る人物がひとり――――篠ノ之さんがいた。

 その顔は、なんだか仲間に入れてほしそうだ。

 

「おい、箒。なにしてんだ?」

 

 何気なくかけられた一言に、篠ノ之さんの肩がビクっと跳ねる。

 

「む? 私か? わ、私は、そのだな……――わ、忘れ物を取りにきたのだ!」

 

 ついていた頬杖が思わずガクっとなる。

 篠ノ之さんって、自分から輪に入るのが苦手なタイプのようですね……。

 

「実は体操着を忘れてな。持って帰って洗わなければならんのだ」

「ふ~ん。でも、今日は体操着を使う授業なんてなかった気が……」

 

 うん、今日は6時限目まで座学の授業だった。

 

「え~い、使っただろうが、使わなかっただろうが、私は洗って常に清潔にしておきたいのだ!」

「お、おう、そうか」

 

 怯む一夏を無視し、篠ノ之さんは机から体操着の袋をひったくって教室を出ていく。

 その途中、何度も立ち止まり、こちらの様子を伺ってくる。それはもう声をかけろと言わんばかりに。

 

「箒って意外と潔癖症なんだな」

 

 そして、一夏のこの鈍感ぶりである。

 鈍感な男と不器用な女のやり取りに、やきもきさせられた私は声を張った。

 

「う~ん、そういえば、一夏をコーチするのにアシスタントが欲しいのですよね~」

 

 ワザとらしい私の言葉に、篠ノ之さんの足がビタっと止まる。

 そして、おずおずと振り返りながら、控えめな口調で言った。

 

「そ、その、なんだ、こ、困っているのか?」

「ええ、私を補佐してくれる人が欲しいのですが、見つからなくて」

「そうか。なら、その、私が手を貸してやらんこともない、が?」

 

 篠ノ之さんが上目づかいで、こちらの返答を待つ。

 ……簡単に釣れましたね。でも、私はさもありがたいように言った。

 

「あ、本当ですか。では、お願いします、篠ノ之さん。―― 一夏もいいですよね」

「ああ、アリスが必要だってんなら、そうしてくれ」

 

 一夏の了承を受け、篠ノ之さんに「では、そういうことで」と視線を贈る。

 彼女は嬉しそうにぎゅっと体操着の袋を抱きしめながら「うむ♡」と頷いた。それから、申し訳なそうな貌を作る。

 

(その、なんだ、すまないな)

(いいえ)

 

 と、微笑半分、苦笑半分で返答したとき、再び教室のドアが開いた。

 現れたのは織斑先生と山田先生だ。織斑先生は手にダンボールを抱えながら教室に入ってきた。

 

「織斑先生に山田先生、どうしたんですか?」

「実は織斑くんに、これを渡しにきまして」

 

 山田先生が彼に手渡したのは、寮のカードキーだった。IS学園は全寮制なのである。

 しかし、カードキーを受け取った一夏は不可解な顔をした。

 

「なんで、俺にこれを? 俺って自宅からの通学だって聞いていましたけど」

「そうなのですか?」

「ほら、IS学園には女子寮しかないだろ。それで男の俺は自宅から通えって話だったんだけど」

 

 一夏は事情を知っていそうな織斑先生に視線をやった。

 

「そのことだが、身の安全を考慮した結果、女子寮に住んでもらうことになった」

 

 それを聞くなり、一夏が「うげっ」という顔する。

 まあ無理もない。彼にとって自宅は、この苦境を忘れられる唯一の場所だ。心のオアシスともいうべき場所さえ失なったのだから、イヤな顔のひとつもしたくなるだろう。

 でも、セキュリティの観点からいえば、正しい判断だ。

 彼を狙うなら、学園の影響が及ばない登下校中が最適だ。彼の入寮はそれを考慮しての判断だろう。

 

「じゃあ、早く家に帰って荷造りしねーと……」

 

 がっくしと肩を落としながらも聞き分けよく――諦めよく――帰宅の準備を始める。

 そんな一夏に、織斑先生が「その必要はない」と持っていたダンボールを置いた。

 

「これは?」

「おまえの荷物だ。とりあえず、いますぐ必要になりそうなものは詰め込んでおいた」

 

 一夏は『準備がいいことで』とつぶやきながら、ダンボールの中身を確認した。

 

「えっと、着替えに生活用品、ケータイ充電器に、ケロタン――うん? なんだこれ」

 

 一夏はダンボールから何やら布らしき赤い物体を引きずり出だす。

 出てきたそれは――――女性用のパンティーだった。

 それも大体部がシースルーの過激なやつ。両端は紐で、おしり部分はY字のタンガになっていた。大人向けのかなりセクシーなランジェリーだ。一夏の私物ってことはなさそうですが

 

「こ、これは私のだ」

 

 あまりに過激な下着に、一同が真っ赤になる中、織斑先生がそれをひったくった。

 そして真っ赤になりながら、赤いパンティーをスーツのポケットにねじ込む。

 

「あの、千冬さんって意外と――」

「言うな、なにも言うな」

 

 私たちにそう釘を刺し、彼女はひたすら羞恥に頬を赤めて瞑目する。

 そんな彼女をダンボールのカエルがいつまでもゲコゲコと笑っていた。

 

 

      ♡         ♣          ♤         ♦

 

 

 千冬パンティー騒動のあと、私たちは特訓スケジュールについて話し合った。

 それにあたって、篠ノ之さんが「ぜひ剣道の稽古をメニューに」と提案してきたので、私は一日一時間だけ取り入れることにした。剣道は集中力や勝負勘を養える。取り入れておいて損はないだろうという判断だ。

 大まかなスケジュールが組めたあとは、解散の流れとなった。

 

「ふぅ~」

 

 一夏たちと別れ、入寮を終えた私は、自室のベッドに飛び込んだ。

 部屋はパンフレットで見たとおり、高級ホテルのスイートルームに勝るにも劣らない部屋模様だ。バスルームにはシャワーしかついていない――入浴は共同浴場を使うらしい――が不満はない。一夏は大変不満そうだったが。

 間取りは二人部屋だが、私に同居人は居ないそうだ。

 でも、今後の都合で現れるかもしれないと、入寮した時、山田先生が言っていた。

 

「あぁ~フカフカして気持ちいい~。このまま寝たいですぅー」

 

 でも、まだやらなければならない事が残っている。ロリーナに定時報告を入れないと。

 私は睡魔を跳ね除け、持ち込んだ荷物の中からノートPCを取り出す。そして文面を作成。特に報告する事もないので、内容は簡素なものだ。作成したテキストを暗号化して送信。これで本当に今日のお仕事はおしまい。おつかれさまでした、私。

 その時、ノックの音が部屋に響いた。

 

(一体誰でしょう)

 

 私は急いでPCの電源を落とし、『どうぞ』と応対する。入ってきた人物は、見知らぬ女性だ。

 髪は艶やかなブラックのショート。ルージュの唇が色っぽく、服装は紺色のフォーマルスーツを着ていた。どうやら彼女は学園の教師のようだ。

 

「へぇ、あなたが例の。思っていたより可愛い娘ね」

 

 その女性は部屋に入り込み、ベッドの上に座った。

 そしてタイトスカートから伸びたすらっと長い脚を組む。

 

「私の事はロリーナから聞いてるでしょ?」

 

 その言葉に私はピンときた。

 実はIS学園に潜伏している組織の人間は私だけじゃない。“教師側”にもう一人、サポート役として情報部から工作員が派遣されているのだ。目の前の美女が、私をサポートしてくれる“教師側”の人間であるらしい。

 

「ええ、話だけなら。でも、会うのは初めてですよね?」

「そうね。同じ傘下で活動してはいるんだけど。で、あなた名前は?」

「アリス・リデルです」

「私はエイダよ。よろしくね」

 

 そう名乗り、持ち込んだ缶ビールをプシュっと空け、旨そうに喉を鳴らす。

 なんだかガサツそうな女性ですね。こんなので諜報員(エージェント)なんて勤まるのでしょうか。

 

「あ、今『こんなエージェントで大丈夫か?』って思ったでしょ? 大丈夫よ。こう見えて、イギリスの軍事情報局第6部の出身だから」

 

 イギリスの軍事情報局第6部。秘密諜報局(SIS)とも言われる英国の対外諜報組織だ。――と言われてもピンとこないだろう。でもMI6と言えば、馴染みがあるのではないだろうか。

 そう。MI6は映画『007』で有名な諜報員『ジェームズ・ボンド』が所属していた組織だ。

 

「ところで、あなたの名前に“リデル”ってついているけど、それってもしかして、もしかするの?」

「ええ、その、もしかして、です」

 

 私のリデルという姓。欧米では珍しくないが、私たちの間では特別な意味を持つ。

 これは組織内で『代役が存在しない人材』に対して付けられる特別な識別子(コードネーム)なのだ。私以外には、ロリーナがこのコードネームを持つ。

 

「じゃあ、あなたが噂に聞く<ルイスの子供たち>なの。まぁ、これからよろしくね」

「はい、こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 こうして互いの自己紹介が終わったところで、私はふとある企みを思い付いた。

 せっかく教師側に工作員がいるのだから、ちょっと利用させてもらおうか。

 

「ねえ、エイダ。さっそくで悪いのですが、調べてほしいことがあります」

「ん? なに? もしかしてオルコットのこと?」

「それもなのですが、この学園に在学している生徒の名簿が欲しいです。それもISの適正値、稼働時間、戦闘傾向といった情報が記載されているものが」

「ん~、手に入らなくもないけど、何に使うの?」

 

 ちょっとね、と悪い顔をする。

 そんな私の顔がお気に召したのか、エイダは了承するように肯いた。

 

「了解。用意してあげるわ」

 

 そう約束してくれたところで、エイダは立ち上がった。

 

「さて顔合わせも終わったし、お酒もなくなったから、行くわ。名簿の件、任しておいて」

「よろしくお願いします」

 

 そう言ってエイダは空のビール缶を片手に、ふらふらと部屋を出て行った。

 これでようやく一息つけそうですね。

 

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