IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina   作:ネコッテ

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第40話 ビーチガールズ

 午後11時。水着に着かえた私は、浜辺の砂を踏みしめつつ、広がる水平線の海原を一望した。

 サファイヤブルーの海。パールホワイトの砂浜。

 以前はハワイに住んでいたので、ビーチは見飽きていたけど、久しぶりだと心が騒いだ。

 

「さて、どうしましょうか」

 

 泳ぐのもよし。ビーチで遊ぶのもよし。パラソルを差して日光浴も悪くない。

 私がどうしようか迷っていると、背後から声をかけられた。

 

「お、アリス、ようやく来たか」

「あ、一夏と……鈴?」

 

 振り返った先では、なぜか鈴を肩車する一夏が立っていた。

 はて、なんでしょうか。 新手の準備体操、というわけでもなさそうですが。

 

「二人は何をやっているんです?」

「監視塔ごっこよ」

 

 監視塔ゴッコ? 監視員ゴッコではなくて? 理解に困るけど、鈴のことだから意味なんて無いのかもしれない。そう自分を納得させ、私は鈴の水着に意識をやった。

 

「鈴の水着、可愛いですね」

 

 鈴の水着は、オレンジ色を基調にしたスポーティーな水着だった。トップはキャミソールを短くしたようなタイプで、ボトムは短パンのような構造になっている。露出は多くないけど、活発な鈴のイメージが映えていてよく似合っていた。

 

「一夏もそう思いません?」

「ああ、そうだな。すげー似合ってるよ、かわいいぞ、鈴」

「なッ!? う、うっさいわね。あんたになんかに褒められても、全ッ然、嬉しくないわよ!」

 

 照れ隠しに、鈴が一夏の頭を『ばかばかばか』とポカポカ叩く。

 ふふ、鈴ったら、相変わらず素直じゃない。

 まあ、私は鈴のそんなところが好きなわけだけど。もちろん、友人という意味で。

 

「そういうアリスの水着も可愛いよな」

「セシリアとデュノアさんが選んでくれたんですよ」

 

 私の水着は、赤を基調したビキニタイプで、ハイビスカスの柄が入っている。腰回りにはパレオを巻き、麦わら帽子を着用している。ちなみに水着を選んだのはセシリアだけど、パレオと麦わら帽子のチョイスはデュノアさんだ。

 

「そっか、ふたりともセンスあるな。アリスもよく似合っていると思うぞ」

「お、お世辞なら、よしてください」

 

 男性に褒められ慣れていない私は、気恥ずかしくなって手で自分を仰いだ。

 

「お世辞じゃないって。本心だよ」

「うー……。あ、ありがとうございます」

 

 真顔でそんなことを言われると余計に照れますね。

 その照れ顔を見られるのが恥ずかしかった私は、麦わら帽子を深くかぶって顔を隠した。

 

「ほんと、アリスは照れ屋だな――って、いきなり足に力を入れるな、鈴! くるしい……」

「あんたさ、そうやって誰でも彼でも褒めるの、やめなさいよ!」

「そ、それは俺の勝手だろ!」

「その身勝手な振る舞いのせいで、いろんな人が冷や冷やすんの!」

「わかった、わかった、自重するから足を緩めてくれ! 締まってるッ!」

 

 腿で首を絞めてくる鈴の膝を、青い顔の一夏がタップする。

 蒼白になるまで追いつめて、ようやく鈴は『ならよろしい』と力を抜いた。

 

「じゃあ、一夏、今度はあっちをパトロールしにいくわよ!」

「え゛まだ続けるのかよ、この監視塔ごっこ。おまえを担いで歩くの、つらいんだぞ」

「これもISの訓練よ。あたしだって訓練生時代、03式自動歩槍を担いで砂浜を走ったんだから」

「アサルトライフルとお前じゃ、重さが違い過ぎる!」

 

 と、文句を言いながらも付き合う一夏はいい人ですね。ほんと、いいコンビだと思う。

 そう思いながら二人を見送っていたら、再び声をかけられた。今度はセシリアだ。

 

「アリス、鈴さんたちは何していらっしゃいますの?」

 

 フラフラと浜辺を哨戒する二人を見て、セシリアは首を傾げていた。

 

「監視塔ごっこですって」

「なんですの、それ?」

 

 私もよくわからないので『さあ?』と答えた。

 

「しかし、鈴さんったら相変わらず品がありませんわね。女が男の上に跨るなど、淑女としての品格はないのかしら……。まあ、それはそうと、アリス。ちゃんと日焼け止めオイルは塗りましたの?」

「いえ、まだですけど」

 

 セシリアは『まあ!』と私を見た。まるで子供のいたずらを発見した母の反応だ。

 

「それはいけませんわ! わたくしたちにとって紫外線は天敵ですのよ?」

「それは、まあ……知ってますけど」

 

 私やセシリアのような白人は肌のメラニン色素が薄いため、紫外線の影響を受けやすい。対策しないと酷いことになる。でも、私は太陽(アフリカ)の子なので、しなくてもへっちゃらなのだ。

 

「こら。ちゃんと予防をしないといけませんわ。紫外線は美容の天敵。油断すれば、すぐ染みができてしまんですから。なにより皮膚ガンになったらどうしますの」

「皮膚がんなんてオーバーですって」

「オーバーじゃありません。それに貴女にもしものことがあったら天国のエイミーに顔向けできませんわ。さあ、わたくしが日焼け止めを塗ってさしあげますから、こっちにいらっしゃい」

「え、あ、はい……」

 

 有無を言わせない迫力で手を引かれ、私はしぶしぶセシリアの後についていった。

 しかしながら手を引かれる私の姿は、これまた母親に叱られた子供のようだった。

 

「さあ、ここに横になってくださいな」

 

 私は言われるがままブルーシートの上にうつ伏せで寝そべった。

 

「では、塗りますわよ」

 

 言ってセシリアが手になじませたオイルを私の背中に塗る。やわらかい感触と優しい手つきに、私はついうっとりした。これはなかなか気持ちいい。セシリアもセシリアで何やら気分がよさそうだった。

 

(ふふ、アリスの肌はしっとりしていて、さわり心地がいいですわね。それになんてかわいいおしりをしているのかしら。はぁ~、わたくし、なんだが妙な気持ちになってきましたわ……♡)

 

 さわ。

 いきなりセシリアの手が水着の中に入ってきて、私は思わずのけぞった。

 

「ひゃん!? あ、あの、セシリア。そこはいいですから!」

 

 心を許している相手とはいえ、友人におしりを擦られるのはさすがに抵抗がある。

 

「いいえ、ちゃんとここも塗っておかないといけませんわ、ふふふ」

 

 でも、セシリアの手は止まない。それどころか、さわさわ、むにむにと、ますます遠慮がなくなる。なおも、おしりを触られ続ける恥ずかしさに『あうあう』と悶絶していると、それを見た生徒たちから、妙な声が上がった。

 

「ああ! セシリアがアリスのお尻さわってるー!」

「あー、ほんとだ! セシリアがアリスにえっちぃことしてる!」

 

 クラスメイトに冷やかされ、セシリアが頬を真っ赤にした。

 

「え、えっちぃことなんて……、オ、オイルを塗っているだけですわよ?」

「でも、セシリアの目付き、完全にやらしい男の目付きだったよね?」

「そんなことありませんわ! わたくしの視線は、我が子を見守る優しい母の眼差しでしてよ!」

「じゃあ、近親相姦だーッ!」

「き、きんしん、そーかん? な、なんですの、それ?」

 

 聞きなれない日本語にセシリアが首を傾げる。私にもわからなかった。

 う~ん、これでも日本語は堪能な方なのだけど。日本語って奥が深いですね。

 

「きっと“仲が良い”という意味では?」

「ああ、そうですの。でしたらそうですわね。わたくしとアリスはきんしんそーかんですわ」

 

 セシリアが誇らしげに仲の良い事をアピールする。すると、何人かの日本人生徒が顔を真っ赤にして引いていた。どうしたのでしょう、「変態だぁー」みたいな顔して。私たち、何か変な事を言いました?

 

(――ん?)

 

 私が周囲の反応に戸惑っていたら、ぬぅーと誰かの人影が私を覆った。

 人影の正体は、オレンジ色を基調したストライプ水着のデュノアさんだった。

 

「アリス。さっきから、ちょっとベタベタし過ぎじゃないかな?」

 

 デュノアさんは太陽を背に笑顔で言った。逆光のせいか、笑顔なのになんだか迫力がある。

 よくわからないけど、べたべたしている私に怒っている様子だ。

 私は自分の肌をぺたぺた触ってみた。

 う~ん、別にベタベタしていない。むしろサラサラしている。そもそもセシリアの使っている日除けオイルは、ベタつかないタイプのはずだけど。

 

「普通ですよ?」

「え、普通なの!?(それってセシリアと日常的にこんな事してるってこと!?)へえ、そうなんだ……」

 

 なんです、急に眼を細めて。しかも、ハイライトがないんですけど。

 そもそもオイルのべたつく、べたつかないで、なぜそんなに怒るのかわからない。

 もうわけが分らなくなってきた私は、話を逸らすことにした。

 

「えっと、デュノアさん、私になにか用があったのでは?」

「え? あ、うん、そうなんだ。実はラウラがね、アリスに見せたいものがあるって」

「ラウラが? で、そのラウラはどこにいるのです」

 

 辺りを見渡しても、居るのはセシリアとデュノアさん。

 あとはデュノアさんの後ろに佇むミイラぐらいだ。――ってミイラ?

 

「嫁、私はここだ」

 

 ミイラがしゃべった。

 

「ああ、あなたがラウラだったのですか。で、なぜタオルをぐるぐる巻きに? 新手のUV対策ですか? でしたら、これを。これは日焼け止めオイルという便利なものでしてね――」

「ち、ちがう。紫外線対策でこうしているのではなくてだな……」

「?」

「実はね――」

 

 デュノアさんが『ラウラが何故こんな格好をしているのか』を耳打ちしてくれた。

 

「なるほど。私に水着姿を見られたくないから、こんな格好を」

「うむ。『相手に水着姿を気に入ってもらえないと嫌われる』という話を聞いてな。それで、もし気に入ってもらえなかったと思うと、なかなか披露目する勇気が出なくてだな……」

「ふふ、なんですか、それ」

 

 あまりにバカバカしくて、笑いがでてきた。

 一体誰でしょうか、そんな事を吹き込んだのは。クラリッサさんとは思えないけど。

 

「アリスはそんなことで嫌いになったりしないよ?」

「デュノアさんのいう通りです。だから見せてください。ラウラの水着姿」

「そ、そうか? で、では、(クラリッサ、お前たちのセンスを信じるぞ!)」

 

 意を決したラウラが全身を包んでいたバスタオルを脱ぎ捨てる。

 露わになったラウラの水着は、黒いゴシック調のビキニに、豪奢なフリルがあしらった水着だった。さらに赤い薔薇の髪飾りで髪を左右に結っているのが、倒錯的なアクセントになっている。

 神秘的なラウラの容姿とマッチしたそのコーディネイトに、私たちは『おお!』と感動の声をもらした。

 

「ど、どうだ? 変じゃないか?」

 

 頬を赤めつつ、視線を泳がせるラウラに、私は絶賛の言葉を贈った。

 

「驚きました。すごくイイですよ。ぎゅーってしたくなりました」

「そ、そうか、ぎゅーとしたくなったか」

 

 ラウラは嬉しそうに頬へ手をやり、にやにやと緩む頬を抑える。

 朱色に染まった顔を覆いながら悶えるラウラは、とてもいじらしかった。

 

「水着をお披露目できましたし、日焼け止めを塗ってあげましょうか?」

「うむ、ぜひ頼む」

 

 嬉しそうに私の膝の上へ飛び乗なったラウラは「念入りにな」と私に注文する。

 その様子を見たデュノアさんが、どこかうらやましそうな顔をした。

 

「あ、いいなぁ、僕もまだなんだ」

「では、デュノアさんもあとで――」

「ダメだ。嫁にオイルを塗って貰えるのは、その旦那だけなのだ」

 

 言って『これは私のものだ』と私に抱きつく。

 すっかり甘えモードだ。このモードになると、いつも以上に独占欲が強くなるんですよね。

 

「でも、僕も塗らないと、赤く日焼けしちゃうし……」

「ならセシリアに塗ってもらえればいいだろ」

 

 すると、浜辺で『セシリアはエロいことしてくるから、気をつけて~』と誰かが叫んだ。

 セシリアは『しませんわよ!』と近くにいたカニをその生徒に投げつけ、

 

「こほん。アリスの手を煩わせるのもアレですし、わたくしが塗って差し上げましょう」

「え゛」

 

 本気で嫌そうな貌だった。

 

「なんですの、その顔……。女王陛下より一角獣の紋章を賜ったオルコット家のわたくしが庶民のために、労力を割いて差し上げようというのよ。それのなにが不服なのかしら?」

「別に不服じゃないけどー?」

 

 といいつつも、すねたように頬を膨らませる。

 

「なんだか、気に障るお返事ですけど、いいですわ。さあ、横になってくさいな」

「うん。――でも、えっちなことしないでね?」

 

 『しませんわよ!』と、セシリアは寝そべるデュノアさんのおしりをひっぱ叩いた。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

「もう、本気で叩くことないのに……」

 

 オイル塗りが終わったあと、デュノアさんはパラソルの下で叩かれたおしりを撫でていた。彼女の可愛いおしりには、セシリアの手形がくっきりついている。

 ちなみに、ひっぱ叩いた張本人であるセシリアは、いま一夏と一緒だ。

 

「そうぼやくな。彼女なりのスキンシップだろ」

 

 不平たらたらのデュノアさんに対し、ラウラは上機嫌な様子だ。私にオイルを塗ってもらえたのが良かったらしい。

 その彼女は、いま私が持ってきたかき氷をしゃくしゃくとおいしそうに頬張っていた。

 

「じゃあ、一夏を叩いたのもスキンシップだったの?」

「あれは憎くてやった」

 

 言動が矛盾していることに、気づいているのか、いないのか。

 そう平然とそう言ってのけたラウラに、デュノアさんがなんとも言えない顔をした。

 

「まあ、そう怒らずに、かき氷、食べないと溶けますよ」

「うん」

 

 私がデュノアさんにカキ氷を手渡すと、そこへのほほんさんがやってきた。

 

「あー、ぎっちょん、いたいた」

「あ、のほほんさん、――ってなんですか、その水着は……?」

 

 のほほんさんの水着姿に二回(まばた)きする。彼女はキツネの着ぐるみを着ていたのだ。

 思わず熱中症を心配してしまうが、のほほんさんは元気そうに言った。

 

「ねえ、ぎっちょん、かんちゃん知らない?」

「簪? いいえ、見ていませんが。いないのですか?」

「うん。ビーチの端から端、探したけど見つからなかった~」

「おかしいですね」

 

 出発前に話をしたので、臨海学校にはきてはいるはずなのだけど。

 私は顎に手を当てて考えた。おそらく隠れて<打鉄弐式>の調整をしているのだろう。

 荷電粒子砲の開発が進んだので、以前より<打鉄弐式>の開発にのめり込んでいるのだ。

 

「<レッドクイーン>、簪に個人間秘匿通信(プレイベートチャネル)を繋いでください」

《Yes My Honey》

 

 プライベートチャネルが繋がると、モニターにバツの悪そうな簪の顔が映し出された。

 思った通り、隠れて<打鉄弐式>をいじっていたみたいだ。まったく、もう……。

 

「か ん ざ し ?」

 

 半眼で睨む私に、簪はビクっと肩を竦ませた。

 

「今すぐ作業をやめて、こっちにいらっしゃい。のほほんさんが探しています」

『……わ、わかった。……でも、もうちょっだけ。……あとすこしで調整が終わるから』

「ダメです。30秒しか待ちません。遅れたらカキ氷早食いの刑です」

『!?』

「本気ですからね。30! 29! 28! ――」

 

 問答無用のカウントダウンに、モニターの簪が慌てて後片付けを始める。

 そして、きっちり3分後、息を切らせた簪がやってきた。よほど急いだのか水着じゃなくISスーツ姿で。

 

「……ま、間に、合った?」

「全然、150秒も遅刻です。なので、罰としてカキ氷早食いの刑を執行します」

「……も、もともと30秒なんて、無理。……減刑を要求する」

 

 簪が涙目で訴えてくるが、私は無情に一蹴した。

 

「ISで飛んで来れば、間に合っていましたよ。――では、のほほんさん」

「はい、ぎっちょん。――のほほんスペシャルをお持ちしました~」

「……え、なにこれ」

 

 のほほんさんが持ってきたのは、赤、青、黄、白が混ざったパステルカラーのカキ氷だった。だが、驚くべきところは、その色合いよりもその大きさだろう。なんと氷がどんぶりに盛られているのである。

 これがのほほんスペシャル。後にも先にも、のほほんさんしか注文しないだろう逸品に驚愕する簪をおいて、私たちは合いの手を入れた。

 

「はい、いっき、いっき」

「いっき~、いっき~」

 

 もう後に引けないと観念したのか、簪はどんぶりのカキ氷をレンゲでかきこんだ。

 

「~~~~~ッ!!!」

 

 そしてあの頭痛に襲われ、頭を抱えるてのたうちまわる。かなりキているのか、簪は何度も地面を叩いていた。うむ、十分苦しんだようですね。では、これにて刑の執行は終了です。

 

「……アリス、鬼……」

 

 簪が青い唇で恨めしそうに言ってくるけど、私は『自業自得ですよ』と知らんぷりする。

 その後、簪が食べ残した大盛りカキ氷は、のほほんさんが美味しく頂きましたとさ。

 

「さてと、簪のお仕置きもすみましたし、何かしましょうか」

 

 せっかくビーチに遊びに来たわけだし、何もしないのはもったいない。

 何がいいでしょうか。傍にビーチボールがあるから、ビーチバレーでもいいけど。

 

「ぎっちょん、これで勝負しよう~」

 

 と、のほほんさんが取り出したのは、旗がついた小さい棒だ。

 

「ビーチフラッグですか? いいですけど、私が圧勝しますよ」

 

 足の速さには自信がある。100m10秒フラットですから。はっきり言って、のほほんさんには負ける気がしない。

 

「じゃあ、2番目に取った人が勝ちってことで~」

「……それ、ただの譲り合い」

 

 簪がボソっとツッコミをいれる。

 同感だ。きっと『どうぞ、どうぞ』ってなりますよね。

 

「でも、ビーチフラッグっていうアイデアは面白いかもしれません」

 

 私の頭に面白いアイデアが浮かんでいた。これは盛り上がるかもしれない。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

「ちょっと、セシリア、暑苦しいから一夏と手を組むの、やめなさいよ」

「そういう鈴さんこそ、暑苦しいですわ。一夏さんから離れてくださいな」

(いや、一番暑いのは俺なのだが……)

 

 と、思いつつも強気になれない俺は、鈴とセシリアに両腕を掴まれながら浜辺をおっちらおっちら歩いていた。くそ、熱いのに、なぜ密着してくるのだろうか……。

 おまけに、両側からふにふにと柔らかい感触が腕にあたっていて、余計に熱があがる。

 これはいかんな。とりあえず、一回離れてもらおう。

 

「なあ、二人とも、のど渇いてかないか?」

「そうですわね、わたくしも少々喉が渇きましたわ」

「確か先生たちが、お店を出してるんだっけ?」

 

 そう、今回の臨海学校では先生たちが、“海の家”を出してくれているのだ。

 提案したのは、エイダ先生らしい。なんでも『日本人は夏の過ごし方を知らな過ぎる』とのこと。セシリアの話によれば『イギリス人は夏を満喫するために、全力を注ぐ人種』なんだそうだ。イギリスは夏が短いって聞くけど、それと関係があるのかもしれない。

 店に到着した俺たちは、揃ってカキ氷を注文した。

 

「せんせー、あたしイチゴね」

「じゃあ、俺は練乳」

「わたくしはブルーハワイで」

「はいはい、ちょっと待ってね。――はい、どうぞ」

 

 注文の品を受け取った俺たちは、店の適当な席に腰かけた。

 店内には『The Beatles』の曲――これもエイダ先生の選曲だろうか――が流れていた。海の家なのに、なんだかパブっぽい選曲だな。なんて思いながら、カキ氷を堪能していると、うしろの席から気になる話題が聞こえてきた。

 

「ねえ、ねえ、なんか1組の子が、なんかイベントするらしいよ、知ってる?」

「知ってる。知ってる。景品もでるんでしょ?」

 

 一組の子? ということは、俺らのクラスメイトが主催者か。

 一体、誰だろう。こういうことが好きそうなのはリアーデか、田島だけど。

 

「あれ、ティナじゃん」

 

 どうやら、背後でしゃべっていた生徒は、鈴の知り合いだったらしい。

 

「あ、鈴じゃん。何、デート?」

「まあ、そんなところ。で、さっきの話、詳しく聞かせてほしいんだけど」

「いいわよ。なんかね、一組のリデルって子がビーチフラッグの大会を開催するんだって」

『アリスが!?』

 

 俺たちは異口同音で叫んだ。

 

「相変わらず、アグレッシブな奴だな」

 

 そうアリスの行動力に感心していると、鈴がケータイを取り出していた。

 アリスに詳細を聞くつもりのようだ。

 

『はい、私です。どうしました?』

「聞いたわよ。ビーチフラッグの大会を開くんだって?」

『ええ。鈴たちも参加しますか? 優勝と準優勝には賞品がでますよ』

「何がでるの?」

『夕食の時、一夏の隣の席を座る権利です』

 

 へ? 夕食、俺の隣に座る権利? なんだそれりゃ。いや、別にいいけどよ。

 つーか、そんなしょっぼい賞品じゃ誰も集まらないんじゃ――――

 

「あ た し も 出 る わ !」

「アリス、わたくしも出場いたします。今すぐエントリーを!」

 

 と、二人の大声参加申し込みに、耳がキーンと遠くなる。

 どうした、いきなり。そんな意気込むほどの景品じゃなかっただろ。

 

『わかりました。エントリーしておきますね。開始は午後からです』

 

 そう告げ、アリスは通話を切った。

 

「ふふ、一夏さんの隣で夕食。これは絶対に負けられませんわ」

「こう見えて足には自信があるんだから。絶対優勝してやるわ」

 

 と、意気込む二人。俺は理解に困った。そんなに俺の隣で飯が食いたいんだろうか。

 なんにせよ、今夜の夕食は賑やかになりそうだ。それだけは理解できた。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

「アリス・リデル主催のビーチフラッグ参加者はこちらです。手の甲に“1”と書かれた人は、ラウラ・ボーデヴィッヒさんのところへ。“2”と書かれた人はシャルロット・デュノアさんのところへ移動してください」

 

 午後。“海の家”でお腹を満たした私は、集まった参加者を指定の場所に誘導していた。

 集まった人数は18名。予想以上に多く集まったので、2グループに分け、そこから勝ち上がってきた各一名(計2名)で決勝戦を行う方式を採用した。

 

「では、“1”グループのビーチフラッグを始めます。準備してください」

 

 私の指示に従い、まずセシリアを含む9名がスタートラインに立つ。

 全員の準備が整ったのを見計らい、空砲のピストルを空に向ける。

 

「では、位置について、よ~い――――ドン!」

 

 空砲が鳴ったと同時に、第一グループの参加者が一斉に走り出す。

 先頭に躍り出たのは、やっぱり代表候補生のセシリアだった。そのあとを、同じ一組の自称『7月のサマーデビル』谷本癒子さんが追いかける。てっきりセシリアの圧勝かと思ったが、これは予想外の展開だ。

 

「おお、これは熱い展開です!」

 

 気づけば、二人は肩を並べていた。

 そして、レースも終盤にさしかかり、ゴールを目前に控えた二人は勢いよく浜を蹴った。

 

「もらいましたわッ!」「させないっ!」

 

 両者がフラッグに向かって飛び込む。

 ここからでは、ほぼ同時に見えたが。――さて、勝ったのはどっちでしょうか。

 

「旗を手にした人は、それを掲げてください」

 

 手を挙げたのは――――谷本さんだった。

 

「お待ちになって。勝ったのはこのわたくし、セシリア・オルコットでしてよ」

 

 そう言って立ち上がったセシリアの手には、私の用意したフラッグ。

 じゃあ谷本さんが掲げているモノのは…………?

 

「あ……」

 

 よくよく見たら、谷本さんの掲げていたそれはフラッグじゃなかった。

 彼女が掲げたもの。それはセシリアの水着だった。しかもトップの方。ということは――

 

『わあぁぁ!! セシリア、前! セシリア、前ぇ!!!!』

 

 場にいた全員がジェスチャーで『胸を隠せ!』と伝える。

 それに気づいたセシリアが、恐る恐る自分の胸元を見下ろし――

 

「きゃあぁーー!!」

 

 そして、浜辺に響き亘るような悲鳴を上げた。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 その後、セシリアはしばらく放心状態だった。

 幸い50m先のぽろりだったので、はっきりとは見えなかったけれど(私には綺麗なヴァージンピンクの頂点が見えたけど)、セシリアは心に深い傷を負った様子だった。ああ、恐るべし“7月のサマーデビル”谷本癒子。まさに悪魔だった。

 その後、谷本さんは浜辺に穴が開くほど、セシリアに土下座した。

 

「さて、気を取り直しましょう。次は第二グループです。――参加者は、位置についてください」

 

 私はピストルを挙げ、参加者に準備を促す。

 それにしたがって、鈴を始めとする第二グループがスタートラインに並んだ。

 

「では、位置についてよ~い――――」

 

 ドン。その合図と共に抜き出たのは、やっぱり鈴だった。

 鈴は猛烈なスタートダッシュを切り、小柄な体格と俊敏さを活かして後続をどんどん引き離していく。ほとんど独走状態で、彼女は50メートルを走り切った。が、しかし――。

 

 

「へへ~ん、楽ッ勝――って、あれ? 旗は? ないんだけどー……」

 

 え、旗がない?

 おかしいですね。ちゃんとレース前にセットしたはずなのですが。

 

「どうしましょうか……」

 

 思わぬハプニングにやり直しを考えていたら、ある声が聞こえてきた。

 

『束さま、こんなものを拾いました』

『おお? なんだい、くーちゃん? 旗?』

『そこに生えておりました』

 

 声の所在は、散歩していた篠ノ之博士とくーちゃんからだった。

 そのくーちゃんの手には、ビーチフラッグの旗。

 

「あった!」

 

 フラッグを見つけた鈴が、二人の下に駆け寄る。

 

『ちょっと、それ、貸して!』

『え……。これはくーが見つけたのでございます』

『いいから、よこしなさいよ!』

『ふぇ、くーの旗が……』

 

 涙目になるくーちゃんから旗を奪う鈴。その背後にゆらっと何かが忍び寄る何か。

 それは篠ノ之博士だった。

 篠ノ之博士は非常にご立腹な様子だった。くーちゃんを泣かされたのが、博士の逆鱗に触れたようだ。

 

『よ~く~も~く~ちゃん~を~泣~か~し~た~な~!』

『ひぃ!』

 

 鈴が悲鳴を上げた直後、篠ノ之博士のバックドロップが炸裂した。

 ボフンと浜辺に埋まる鈴の頭。なんだか最近の鈴って、こんな役ばかりな気がしますね。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 篠ノ之博士が立ち去ったあと、私は鈴を勝者にした。

 あの時、くーちゃんが旗を拾わなければ、勝っていたのは間違いなく鈴だったでしょうから。

 というわけで、決勝戦は予想通りセシリアと鈴の一騎打ちとなったのだが、

 

「酷い目にあったわ」「酷い目に遭いましたわ」

 

 散々な目に遭わされた二人は、どこか草臥れた様子でスタートラインに立った。まぁ胸をポロリしたり、バックドロップを喰らったり、いろいろありましたからね。私も気の毒に思います。

 なので、私は二人を元気づけるためにサプライズを用意した。

 

「二人とも、元気を出してください。決勝戦用に特別なフラッグを設けましたから」

「特別な?」「フラッグ?」

「ええ、アレを見てください」

 

 私は前方で手を振るう一夏を指差す。そう、彼が決勝戦用の特別フラッグだ。

 察しのいい二人は、このシチュエーションの意味に気づいた。

 

「これって」「もしかして」

「はい、先に一夏の許へたどり着いた方が優勝です。一夏には『ちゃんと受け止めてあげてください』と言ってあるので、遠慮なく、彼の胸に飛び込んでください」

 

 特別ルールを告げるなり、二人は瞳に燃えるような闘志を宿した。

 ふふ。勝てば一夏に抱きしめてもらえるのだ。二人がやる気を出さないわけがない。

 

「鈴さん、悪いですけど、この勝負わたくしが頂きますわ。怨まないでくださいね」

「それはこっちのセリフよ。この勝負は絶~対、負けないから」

 

 視線をぶつけ合い、闘志を滾らす鈴とセシリア。

 ヒートアップする二人に、会場もヒートアップする。うん、盛り上がってきましたね。

 

「では、位置について、よ~い」

 

 二人は前躯姿勢になって、スタートに備えた。

 

「――ドン!」

 

 の合図で、二人が猛スピードで駆けだす。

 スタートは身軽な鈴が一歩リードした。しかし、後半はセシリアがすらっと長い脚を活かして追い上げる。そして肩を並べる二人。まさにデットヒートと呼べる展開だった。これはどっちが勝つか検討もつかない。

 

「さあ、勝つのはどっちでしょうか!――ってあれ?」

 

 まさに決着がつこうとしたその瞬間、それは起こった。

 なんと、急に一夏が二人に背を向けて逃げ出したのだ。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 目をギラつかせながら走ってくる鈴とセシリアに、俺は怖くなって身を翻した。

 だって、アメフトのラガーマンもびっくりな勢いなんだぞ? 見ろよ、ふたりの形相。

 

「いぢがぁーー! あたしを受け止めなざい!」

「いじがざーん! わたくしを受け止めてくだざいな!」

 

 今の二人を生身で受け止めたら、きっとバラバラになっちまう!

 俺はレスラーじゃないんだ! ISなしじゃただの高校生なんだぞ! 逃げ腰にもなるっ。

 

「ちょっと、なんで逃げてんのよッ!」

「そうですわ、旗が逃げてどうしますのッ!」

「だったら、もう少しスピードを落としてくれ!」

『落としたら、負けちゃうでしょうが!』『落としたら負けてしまいますわ!』

「一夏、当たって砕けろ、ですよ!」

「砕けたくないから、逃げてんだバカヤロー!」

 

 心からそう叫んだあと、俺は命欲しさにひたすら突き走った。

 もう無我夢中である。そのせいか、前方不注意で何かにぶつかってしまった。

 でも、ぶつかったそれは顔が埋まるぐらい柔らくて、暖かくて、そう、まるで女性の――

 

「ひふふへぇ~?(千冬姉)」

 

 気づけば、俺は千冬姉の豊満な胸に顔をうずめていた。

 

「なんだ、一夏、いきなり私の胸に飛び込んできて。私が恋しくなったのか?」

 

 千冬姉は俺を胸にうずめたまま、カッコよく腰に手を置いた。その顔は満更でもなさそうだ。

 だけど、それも数瞬の間のことで、すぐさま普段の厳格な織斑先生の顔になった。

 

「――だが、時と場合を弁えろ。いいな?」

 

 時と場合を弁えたら、いいのだろうか。――という些細な疑問は置いておいて、俺はとりあえず、謝ることにした。

 

「え、あ、うん、ごめん、千冬姉」

「うむ。わかればいい。――で、お前たちは何を見ているんだ?」

 

 千冬姉から顔を離すと、背後でセシリアと鈴がこの世の終わりみたいな顔をしていた。

 あ、もしかして傍目からは、俺が千冬姉の許へ逃げ込んだように見えたのだろうか。

 

「一夏さんは、やっぱりお姉さんのことが……」

「一夏のバカ、こんな結末あんまりよ……」

 

 セシリアと鈴が自信喪失した表情で辛みを吐き出すと、後方でアリスが宣言した。

 

「勝者、織斑先生!」

 

 かくして、アリス主催のビーチフラッグは千冬姉の優勝で幕を下ろしたのだった。

 

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