IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina   作:ネコッテ

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第43話 紅椿

 臨海学校二日目。早朝から、俺たちは浜辺に整列した。

 今日からは終日ISの訓練となっている。名目は非限定空間におけるISの稼働試験。アリーナのような閉鎖空間でなく、障害物のないオープンな空間に於けるより実戦的な戦闘技術を学ぶのが、今日の趣旨だ。

 

「よし、全員そろったようだな。――おい、遅刻者」

「はいっ!」

 

 整列した最後尾、呼ばれたラウラが肩を竦ませた。

 寝坊でもしたのか。ラウラは珍しくきっちり五分遅れて集合場所にやってきていた。

 

「そうだな、コアネットワークに関して説明してみせろ。できなら今回だけ大目に見てやる」

「ヤー。ISのコアネットワークは広大な宇宙間での相互位置確認と通話のために開発された量子通信の一つです。通常より大容量かつ高速な情報のやり取りが行えます。しかし、特筆すべきは<相互意思干渉(クロッシング・アクセス)>と呼ばれる意識レベルのやり取りができることです」

 

 よどみない口調で説明するラウラに『おお!』と感心の声があがる。

 さすがエリート操縦者。ISの説明は朝飯前といった具合だ。いまは朝飯後だけど。

 

「とても良い解説だったわ。でも、あと付け加えるなら、星間距離において、遅延のない通信ができるようタキオン化の技術が用いられているってことかしら。ある意味、情報のタキオン化が篠ノ之束の一番の成果かもしれないわね」

 

 そうラウラの説明を補足したのは千冬姉じゃない。もっとゆったり声音の人物だ。

 聞き覚えがあるこの母性的な声音は、もしかして――

 

「ロリーナさん?」

 

 皆が声のする方に視線をやると、優雅なプラチナブロンドの女性が「うふふ」と笑っていた。

 しかも、白いビキニ姿で。豊満なバストから連なるくびれたボディーラインは妖艶で、少女には出せない大人の色気を醸し出していた。――って、なんで彼女がここにいるんだ!?

 

「おい、現在ここはIS学園の関係者以外立ち入り禁止だぞ?」

 

 驚く生徒を守るようにして、千冬姉が前に出る。

 しかし、ロリーナさんは相変わらず優雅な物腰でお辞儀した。

 

「あらあら、これはどうも、織斑千冬女史。アリスがお世話になっておりますわ」

「む? リデル、だと」

 

 千冬姉とみんなの視線がアリスに向く。

 向けられたアリス本人も、ロリーナさんの登場に驚いている様子だった。

 

「こいつはおまえの知り合いか?」

「ええ、そうです」

「そうか。だが、現在ここは学園関係者以外立ち入り禁止だ。出て行ってもらえ」

「それなら安心してください、千冬女史。ちゃんと許可は貰っていますから」

 

 ロリーナさんがツンと空間を叩いて、ウィンドウを呼び出す。

 そこには、彼女の立ち入りを許可する文章と轡木素子という人物の署名が標されていた。

 

「学園長の許可を取ってきているなら仕方ない。ただし、実習の邪魔はしないでもらいたい」

「それは失礼いたしましたわ」

 

 騒がしたことを丁重に詫び、ロリーナさんはアリスの方を向いた。

 

「私は少しばかりバカンスでも愉しんでくるわ。彼女もまだ来ていないようだし」

 

 彼女。どうやらロリーナさんは誰かと会うため、ここにやってきたみたいだ。

 一体誰だろうか。見当が……つかなくもない。――もしかしたら、たぶんあの人だ。

 

「じゃあ、またあとでね、アリス」

 

 ロリーナさんはヒラヒラと手を振って俺たちから去っていった。

 それをアリスと千冬姉が見送る。

 

「すみません、知り合いがお騒がせしました」

「かまわん。それより実習を始めるぞ」

 

 千冬姉は手を叩き、みんなの注目を集めた。

 

「では、これより実習を始める。一般生徒は山田先生のところへ向い、指示に従え。専用機持ちはこちらにこい。送られてきた<パッケージ>を返却する」

 

 <パッケージ>とは、複数の<後付装備(イコライザ)>を梱包したISの一式装備の事だ。

 専用機持ちは、合宿メニューと並行して送られてきた<パッケージ>のデータ取るそうだ。まあ、後付装備(イコライザ)の無い<白式>には当然<パッケージ>もないので、俺には関係のない話だけど。

 

「それと篠ノ之もこっちにこい」

 

 一般生徒に混じり、実習の準備をしていた箒が呼ばれて作業の手を止める。

 

「私に専用機はありませんが……?」

「いや、今日からおまえにも――」

 

 その時だった。千冬姉が何かを言い掛けたところで、旅館の方からすごい勢いで女性が走ってきた。

 紺色のワンピースに、フリルのエプロン。頭には機械仕掛けのウサミミ。腰には白髪の少女が振り落とされないよう必死にしがみついている。すごい勢いで走ってきたのは箒の姉さん、篠ノ之束さんだ。

 

「ち~ちゃ~~~ん! ――――とぉ!」

 

 豪快な助走で飛び上がると、束さんは放物線を描きながら千冬姉にダイブした。

 それを千冬姉はアイアンクローで受け止める。

 

「束、私をその名前で呼ぶなと何度言ったらわかる?」

「相変わらずつれないなー。そんなことよりハグハグしよー、愛を確かめよう」

「ええい、暑苦しいから、近づくな。鬱陶しいぞ!」

 

 痺れを切らした千冬姉が、束さんを海に放り投げる。ばしゃーんと壮大に水しぶきを上げる束さんだったが、不思議なことに戻ってきた束さんは濡れていなかった。

 

「ちぇ、ちーちゃんのいけずー。いいもん、いいもん。箒ちゃんに慰めてもらうから」

 

 すねた束さんは、なぜか岩陰に隠れていた妹の許に歩み寄った。

 

「やぁ、久しぶりだねー、箒ちゃん。少し見ないうちにまた大きくなったね」

「え、ええ、10センチほど身長が――」

「ううん、おっぱいが!」

 

 妹の胸をワシャワシャ揉もうとする束さんに、箒が一閃。

 鈍い音が鳴って、束さんの機械仕掛けのウサミミがビシっと立ち上がった。

 

「姉とはいえ殴りますよ?」

 

 そして何食わぬ顔をして警告する箒さん。ぱねぇです。

 

「うわーん、もろに殴ってから言ったぁ……。くーちゃん撫でて~撫でて~」

 

 「よしよしでございます」と殴られた箇所をくーちゃんに撫でてもらう束さん。

 千冬姉のアイアンクローを平気そうだったのに、あれは痛いんだ……と、変な感想を抱いていたら、周りの生徒がざわめき出した。それを察した千冬姉が、束さんのお尻を蹴る。

 

「おい、姉妹コントはそれぐらいにして、自己紹介しろ。生徒が戸惑っているだろ」

「えー? IS学園の生徒なら束さんを知っていて当然でしょ? 自己紹介なんて必要ある?」

 

 そりゃそうだと思ったが、千冬姉がそれを許さない。

 

「いいから、やれ」

 

 再び千冬姉が束さんのお尻を蹴る。

 つんのめった束さんは、蹴られたお尻をさすりながら言った。

 

「うー、面倒臭いなぁ。――はろー、私が天才の篠ノ之束さんだよー」

 

 束さんはVサインを出し、次にクーちゃんを抱っこする。

 

「んで、こっちが束さんとちーちゃんの愛の結晶、愛娘のくーちゃん!」

「私はおまえと子作りした覚えなど無い!」

 

 今度は千冬姉の出席簿が一閃した。

 ベキっと嫌な音が鳴って、束さんの目から漫画みたいな涙があふれる。

 

「い、痛いよ、ちーちゃん」

「パパ、DVはよくありません」

「ちびっこ、おまえも私をパパとか呼ぶな!」

「もう、ちーちゃんったら、照れずに認知してもいいんだよ?」

「誰がするか!」

 

 連続のツッコミで、千冬姉も「はぁ、はぁ」と肩で息をしていた。こんなに翻弄される千冬姉を久しぶりに見る。さすが束さんというか……。そして、くーちゃんのノリの良さにちょっとびっくりだ。

 

「それで、私が呼ばれたのは?」

 

 箒が大いに脱線していた話を戻すと、束さんの目がきらーん☆と輝いた。

 

「よく聞いてくれたね、箒ちゃん。さあ、天空をご覧あれ」

 

 束さんに促されて、俺たちは天を仰いだ。その先にキランと星が輝く。――いや、早朝なのだからそんなはずはない。おそらく空中で金属製の物体が閃いたのだ。俺も目測どおり金属の物体が制動傘(ドラグシュート)を開いて、ふらりふらりとこちらに落下してくる。

 落下してきた物体はISだった。

 紅い装甲。シャープなフォルム。中でも印象的なのが、背部に設けられ大型のバインダーだ。大きく開いたそれは、まるで花弁のように見える。武装はざっと見た感じで近接戦用ブレードが二対。それが腰のハードポイントにマウントされている。

 

「じゃじゃ~ん☆ これが箒ちゃんの専用機<紅椿>だよ。みんな拍手―!」

 

 くーちゃんがぱちぱちと手を叩くと、俺たちもつられるように手を叩いた。

 俺たちが「おお」と驚くなか、しかし、箒だけが戸惑いを見せる。

 

「私の、専用機?」

 

 どうやら、箒はこの事を知らされていなかったようだ。サプライズってヤツだろうか?

 

「いやー、そろそろ専用機が欲しくなる頃じゃないかなーって思ってねー。違った?」

「それは……」

 

 ぬぅーと妹の瞳を覗きこむ束さんに、箒は顔を背けた。けれど、視線は眼前のISを捉えて離さない。魅入られている、とまでは言わなくても、深い関心があるように見えた。

 

「まあ、いらないならポイしてくれていいよ。とりま、乗ってみて」

 

 束さんにグイグイと背中を押され、箒はしぶしぶ<紅椿>に身を預けた。

 同時に開いていた内部機構がぎゅっと箒にフィットする。

 

「じゃあ、さっそくイニシャライズを始めよっか」

「あ、はい」

 

 束さんが宙を撫でると、投影型のモニターとキーボード型の入力装置が出現した。

 それをピアノ演奏のような手つきで叩き始める。

 

「じゃあ、まずは<パーソナライズ>からやっつけていくね」

 

 <パーソナライズ>とは、操縦者の情報を遺伝子レベルで解析し、その人物の特性や傾向をISに認識させることだ。そして<パーソナライズ>で得た情報を基にシステムや各部装置をキャリブレーションすることを<フィッティング>という。

 ちなみに男性が搭乗した状態でパーソナライズを行うと『パーソナライズが正常に終了しませんでした』という原因不明のエラー表示が出て、システムが強制フリーズしてしまうらしい。俺の場合は出なかったけど。

 と言っている間に、<紅椿>の<パーソナライズ>が終了した。

 

「さてさて、あとはISが自動でキャリブレーションしてくれるから、すこし待っててね」

「はい、わかりました」

「もう、硬い堅い。おねえちゃんなんだから、もっとフレンドリーでいいんだよ?」

「いいえ、今のままで充分です」

 

 取りつく島もない。それでもいいのか、束さんは文句ひとつ言わなかった。

そんな二人に、俺はちょっとむず痒いものを感じてしまう。

 二人の事情はそれなりに知っているけど、姉妹なのだからもっと仲良くすればいいのにと思うのだ。箒にすれば、完全なお節介だけど。

 そんなことを考えていると、やることがなくなった束さんが俺の所にやってきた。

 

「ねえ、いっくん、よかったら、束さんに<白式>見せてよ」

「あ、はい。――こい、<白式>!」

 

 右手のガントレットにそう念じ、俺の専用機<白式>を展開する。

 IS学園に入学して三ヶ月。ISの展開も慣れたものだ。

 

「んじゃ、さっそくデータ見せてね。ブスリ♂」

 

 端末のコードを<白式>のスロットに差し込むと、すぐさま束さんの周囲にいくつものウィンドウが現れた。その中を流れる情報群を、束さんがふむふむと読み解いていく。

 その様子を見つめながら、俺はかねてより聞きたかったことを尋ねた。

 

「ところで、束さん、何で男の俺がISを動かせるんですか?」

「ん? あーそうだね。それを説明する前に、いっくんは男性と女性の違いってわかる?」

 

 ジェンダーの話かと思ったけど、話の脈絡からして違うだろう。

 たぶん、オスとメスの生物的な話だ。

 

「性機能ですか?」

 

 男は命を宿せるが、育むことができない。女は命を宿せないが、育むことができる。

 それが男性と女性の明確な違いだと思う。あくまで生物的な意味で、だけど。

 

「ピンポーン、その通りだね。じゃあ、その機能を決定している要因は何か知ってる?」

「うわ、急に話が難しくなりましたね」

 

 と、顔をしかめつつ、俺は持てる知識を総動員して回答を絞り出した。

 

「えっと、Y染色体とX染色体でしたっけ?」

 

 X染色体とY染色体。

 お父さんの(XY)染色体とお母さんの染色体(XX)を半分ずつ受け継いで、その組み合わせが、X染色体同士だと女の子。X染色体とY染色体の組み合わせだと男の子が生まれてくるって話だ。つまりY染色体が、男性の設計図だというわけだな。

 

「おお、意外と物知りだね、いっくん」

「ええ、どうも」

 

 稀代の天才に褒められ、俺はちょっと気分を良くした。

 

「んで、実はね、そのY染色体は次の世代に受け継がれる度、劣化しているらしいんだよ」

「劣化ですか?」

「うん。伝言ゲームがわかりやすい例かな? あれって、内容を相手に伝えるたび、正確さが失われていくでしょ?」

 

 伝言ゲームは最初に言葉のお題を決めて、それを伝えていくゲームだ。最後に伝えられた人が、最初のお題を正確に答えられたらゲームクリア。でも、伝えていく過程で、覚えそこなったり、間違ったりで、大抵はうまくいかない。それを楽しむゲームなのだが、束さんはその様子を遺伝子の劣化に例えているのだ。

 

「その所為で、いまY染色体の中にある遺伝子の数は、最初の10分の1以下まで減っているんだって。逆に女性の場合は、同じX染色体同士で構成されている(互いをバックアップしている)から、劣化しても互いを修復し合えるんだ。そのことから、男性と女性では遺伝子の数が全然ちがうんだよ」

「それが、男性がISを動かせない秘密?」

「うん、どうもパーソナライズ――つまり遺伝子解析する際に、一定以上の遺伝子情報が習得できないか、あるいは特定の遺伝子情報がないと、システムがエラーを起こすっぽいんだよね~」

「でも、俺の時は何も起こりませんでしたよ?」

 

 <白式>を受領した時も、すんなりパーソナライズできた。

 

「それはね、いっくんのY染色体が、特異型だからだよ」

「え? 特異型? 俺の遺伝子が?」

「あ、ショックだった? でも、心配いらないよ。いっくんの生殖機能に何か問題が生じるわけじゃないから。普通に箒ちゃんと子作りできるから安心してね☆」

「いや、まあ、その……」

 

 『はい、安心しました』とも言えず、恥かしくなった俺は話を強引に進めた。

 

「で、俺は特異なY染色体の持ち主だから、男なのにISが使えるってことですか?」

「うん。これは束さんの憶測だけど、きっといっくんのY染色体は、劣化していない原初のY染色体なんだよ。束さんは無神論者だけど、もしこの世にアダムとイブがいたとすれば、いっくんはアダムの生まれ変わりと言っていいね」

「俺がアダムの生まれ変わり……?」

 

 原初の男。人類最初の男性。あまりに壮大な前世に実感がわかなかった。

 でも、“世界で唯一ISを動かせる男”という事実を鑑みると、ありない話でもないのか?

 

「まあ、束さんは遺伝子について詳しくないから、断言はできないけどね。――で、ここからが重要なんだけど、実はそんないっくんの存在を認めたくない女性たちがいるんだよ」

「俺を認めたくない女性たち?」

「うん、いっくんの存在によって男性たちの機運が高まれば、現代の差別社会に対する反対運動が過熱するかもしれない。それによって“自分たちの利益や支配が損なわれるんじゃないか”って恐れている人たちがいるんだ」

 

 俺はセシリアの言葉を思い出した。

 今の時代、女性は強権を行使し、男性から富を搾取することで利益を得ている。

 

「<彼女たち>は自分たちの利益を守るため、いろんな方面に働きかけてきた。メディアを使って女性を群集化したりね。<モンド・グロッソ>だって、そのひとつだよ」

「ISの世界大会が?」

「うん、エンターテイメントの力を使って、国民を愚民化する手法は古くからあるんだ。古代ローマのコロッセォが有名かな。――愉楽は不満を忘れさせてくれるし、快楽は考える力を奪ってくれる。国民が無関心でいてくれるほど、支配者にとって都合のいいことはないんだ」

「……目先の娯楽ばかりに気を取られてしまったから、今の社会ができてしまった、と?」

「うん。信じるか信じないかは自由だけど、差別社会は現実として存在する。そして、それを演出しているのは<彼女たち>なんだ。でも、自分たちが演出する舞台に、いきなり脚本にない人物が登場したもんだから、さあ大変」

「だから、さっさとその舞台から俺を退場させたい」

 

 「ISは女性しか動かせない」「そのISを動かせる女性は偉い」そんな価値観が支配する女尊男卑の社会に於いて、俺というイレギュラーは云わば癌細胞だ。その癌細胞が肥大し、他に転移すれば、やがて自分たちが支配する社会を死に至らしめるかもしれない。だから、末期に至る前に切除して、社会から取り除きたい。

 俺は改めて差し迫った危機感を覚えた。

 今まで危険な目には幾度なく遭ってきたが、それとは違う異質な恐怖に肌が震える。

 

「大丈夫だよ。いっくんには束さんたちがついているからね」

 

 ブイブイとピースする束さんに、俺は情けなくも頼もしさを感じてしまう。

 すると、ピクピクと束さんのウサミミが反応した。

 

「お、<紅椿>のフィッティングが終わったみたいだね。じゃーちょっといってくるねー」

 

 そう言って、束さんが手を振って俺の許を去っていく。

 俺の胸の裡には、しこりのような不安だけが残った。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

「はい、これでイニシャライズは終了っと。次は起動させてみるね。リアクターを動力モジュールに接続っと。ジェネレーター点火。反応炉、臨界。パワーフロー正常。各部へのエネルギー供給開始。GPLを待機から戦闘へ。バイパス比はオールスリーでいいよね?」

「え? はあ、お任せします」

「ほいほい。近接戦闘を念頭に置いて設計してあるからすぐ馴染むと思うよ」

「わかりました」

 

 お姉さんに対して、篠ノ之さんはどこまでも素っ気ない。

 でも、<紅椿>にはご執心の様子で、ちょっと興奮気味になっているようだった。

 

「じゃあ、試しに飛んでみよっか」

「はい。――では、いきます!」

 

 推進器に火が入り、<紅椿>が空へ向かって舞い上がる。その速度に私たちは目を張った。

 

「は、はやいっ!」

 

 誰かが驚く。同感だった。一瞬にして高度3000フィートまで到達する速力。尋常ではない。

 

「<レッドクイーン>、これは!?」

《Yes My honey――ジェネレーター出力は<赤騎士>と同クラス。推力に至ってはそれ以上》

 

 私は息を呑んだ。

 <赤騎士>は現行ISを上回るスペックを有している。なにせ、あのロリーナが手掛けたISなのだから。その<赤騎士>を上回る性能とは、さすがISの生みの親である篠ノ之束の手製。

 

「うんうん、いい感じだね。――じゃあ、今度は武装を使ってみて。右にマウントしてあるのが《雨月》で、左にマウントしてあるのが《空裂》ね。今武器特性のデータを送るよん☆」

 

 タタタンと空中キーボードを叩くと、データを受け取ったと思わしき篠ノ之さんが、日本刀型の近接ブレードを構えた。篠ノ之流剣術は知らないけど、スキのない構えだ。

 

「《空裂》は対集団仕様の武器で、斬撃に合わせて帯状の攻性エネルギーを放出するよ。んで、対の《雨月》は打突に合わせて複数の攻性エネルギーを放出する対単体仕様の武装だからね。――ってことで、試しにこれを撃ち落してみてよ」

 

 ぽちっとな、という具合にキーボードを押すと、砂浜が盛り上がった。

 現れたのは地対空ミサイルシステムだ。

 いつのまにそんなものを仕込んでいたんだと思っている内に、本機から6発の対空ミサイルが吐き出された。私ならビットをデコイにしてECMを使うが、

 

「やれる、この紅椿なら――!」

 

 篠ノ之さんは<紅椿>の驚異的な機動性でミサイルを惹きつけ、《空裂》を一閃。

 そこから放たれた光刃が六発の対空ミサイルを全て爆散させた。さらに爆風から抜けてきた追加のミサイルに向かて《雨月》の刺突を繰り出す。鉾先から放たれた六本の光条は、残りのミサイルも全て撃墜した。

 

「たった二振りで。いやはや大した性能ですね」

 

 爆炎を背景に威風堂々たる風格を見せつける<紅椿>は、さながら鬼神のようだった。

 みんなもその迫力と性能に呆然とし、実習中であることも忘れ、立ち竦んだ。

 しかし、そんな私たちなど視界に入っていない様子で、篠ノ之さんの唇が何かの言葉を紡ぐ。

 私は読唇術でそれを読み取った。

 

 ――これで私もアリスのように

 

 アリスのように。“私のように”とはどういう意味だろうか。

 彼女の言葉を理解しこねていると、背後に誰がやってきたロリーナだ。<紅椿>の試運転が見えたので、バカンスを切り上げてきただろう。

 

「あら、アレがあの子の専用機?」

「ロリーナは篠ノ之博士がここへ来ることを知っていたのですか?」

「ええ。今日は7月7日、最愛の妹の誕生日。何かしてくるだろうと思っていたからね」

 

 今日は篠ノ之さんの誕生日だったのですか。

 一夏も水臭いですね。何か言ってくれれば、プレゼントを用意したのに。

 

「ところで、ロリーナは篠ノ之博士と面識が?」

「う~ん、ある事はあるのだけど……」

 

 ロリーナは手のブルーハワイを私に渡して<紅椿>の許に歩き出した。

 私もあのISに興味があったので、ロリーナの後をついていく。

 

「ご機嫌麗しゅう、狂ったウサギさん」

 

 ロリーナがブルーハワイをカランと鳴らすと、篠ノ之博士の眉がつり上がった。

 

「うげっ、怪獣オタク!」

 

 怪獣オタク? あー、ロリーナ、特撮映画が好きですものね。ゴジラとか。

 私がここへ転入する前は、休日によく日本の特撮映画を見させられましたっけ。

 

「なんで怪獣オタクがここにいるんだよ……」

「あらあら、私がいてはダメなのかしら?」

「ダメだね。ダメダメだね。今は箒ちゃんの専用機をみんなに見せびらかす場面なんだよ。お呼びじゃないんだよ。空気読みなよ。そんなだから万年喪女なんだよ」

 

 喪女。確かにああ見えてロリーナは『年齢=彼氏いない歴』なんですよね。美人なのに。

 高嶺の花過ぎるんでしょうかね。知的な女性はモテないっていいますし。

 

「…………」ムスー

 

 あ、ロリーナが怒った。本人は結構気にしているみたいですね。

 そう言えば、千冬さんもちょっと気にしていましたっけ。

 

「引きこもりの貴女に言われたくないわ」

「は? 引きこもりは神代からある日本の文化なんだよ」

 

 ギリギリと額をこすり合わせながら睨み合う二人

 傍から見ると、頭の悪そうなヤンキーがメンチを切り合っているように見えた。

 本当は凡庸な私たちが束になっても敵わない崇高な頭脳の持ち主なのだけど。

 

「まあいいわ。――ねえ、篠ノ之妹さん、よかったら、お姉さんにそのIS見せて」

「篠ノ之流――閃走・六兎ぉぉ!」

 

 <紅椿>に近づこうとしたロリーナへ、篠ノ之博士がよくわからない蹴りを放つ。

 ロリーナは「ギャオスっ」と怪獣みたいな悲鳴をあげて、砂浜に転がった。

 

「な、なにするのかしらッ」

「怪獣オタクに見せてやるもんなんか、ネジ一本、ないんだよ!」

 

 そして、取っ組み合いながら、互いの頬を抓り合う。

 子供みたいに喧嘩をする二人に、私と箒さんは顔を見合わせて『身内がすみません』みたいな顔をした。

 

「おまえら、いい加減にしろ!」

 

 二人の喧嘩を見かねた千冬さんが、睨み合う二人の首根っこを掴んで頭をぶつけ合わせた。

 ガチンと二人の頭から火花が散って、二人はフラフラっとその場にバタンキューする。

 

「おまえらがどれだけ偉くて賢いかは知らんが、授業の邪魔をするな。い い な ?」

 

 散々授業を妨害されて不機嫌だったのだろう。千冬さんの目はかなり据わっていた。

 

『はい……』

 

 天才二人組は、揃って頭を下げた。

 う~ん、どれだけ崇高な頭脳を以てしても圧倒的な力の前では無力ということですね。

 

「大変です、織斑先生」

 

 千冬さんが天才二人を熱い浜辺の上に正座させていると、山田先生が走ってきた。

 その表情は深刻そのもので、私に何か嫌な予感を抱かせる。

 

「どうした、山田先生」

「先生、これを」

 

 そういって渡された端末を見るなり、表情の険しさが増した。

 

「特務任務レベルA。現時刻より対策を始められたし……」

 

 特務任務。

 IS学園が保有するISは全部で40機。扱う人材も逸材ばかり。それだけの戦力を遊ばしておくには惜しいため、他国から学園へ軍事的な助勢の要請がくる事もある。それが特務任務。もちろん、拒否権はあり、受理するかは学園理事会の判断に委ねられている。

 だが、千冬さんに命令が来たということは、学園がGOサインを出したということだ。

 しかも、レベルAということはIS関係の依頼。

 

「私は他の先生方にも連絡を入れてきます」

「ああ、頼む。――全員注目。現時刻より我々教員は特務任務行動に移る。今日のテストは中止。各自、装備を片付け次第旅館へ戻れ。その後、こちらの指示があるまで待機しろ」

 

 不測の事態に生徒たちからざわめきが上がる。

 だが、一刻一秒を争う事態なのだろうと察した生徒たちは、迅速に行動を開始した。

 

「何か臭うわね」

「ロリーナもそう思いますか」

 

 こう見えて私は鼻がいい。特に陰謀を嗅ぎ付ける嗅覚に関しては犬並みだ。

 千冬さんの表情を見てから、ずっと私の嗅覚が危険を嗅ぎつけていた。

 




補足:作品内で束さんが『Y染色体は交配を重ねるたび、劣化している』と言っていますが、最近の研究によると、もとから男性の遺伝子は女性より少なく、劣化はしていないそうです。つまり男性の絶滅はないとされています。
ですが、この世界では後の展開のため、劣化しているとウソをついています。
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