IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina 作:ネコッテ
旅館の一室。宴会用の大座敷『風花の間』に簡易の作戦室は設けられた。
周囲には持ち込まれた情報処理装置や通信機材、モニターが所狭しと並べられ、物々しい雰囲気を醸し出している。そんな中、作戦要員に選ばれた先生たちが情報を分析しつつ、逐次モニターを更新していた。
召集を受けたのは、私を始めとした専用機持ちと、セシリアを筆頭にした代表候補生たち。
そして――
「これよりブリーフィングを開始する――その前に、おまえは何をしているんだ……」
千冬さんがこめかみを引き攣らせて見遣ったのは、私の隣に座るロリーナだ。
ロリーナは水着のまま、その上にパーカーを羽織って、焼きそばを食べていた。
「ごめんなさい、実は朝食を食べそこなってね。うふふ」
「そんな事は誰も訊いていない。何でおまえがここにいるかを訊いているんだ」
「そちらね。実は学園上層部から要請を受けてね。是非、この作戦の技術アドバイザーとして、協力してほしいと依頼されたの。
「………………」
上の指示なら、千冬さんは黙るしかないようだ。でも、思いなしか苛立っているように見える。
篠ノ之博士といい、さっきからペースを乱されっぱなしですからね。
ところで、話の途中に変な声が混ざりませんでした? たぶん、天井からだと思うのですけど。
「わかった……。では、改めてブリーフィングを開始する。傾注せよ。――現時刻より二時間前、ハワイ沖で試験稼働にあったアメリカ製第三世代型IS<
「はい」
「米軍機の追跡の結果、<福音>はこの近海を通過する事が判明した。遺憾ではあるが、学園上層部の決定とアメリカの助勢により、我々がこの対処に当たる事となった」
千冬さんの言葉で、風花の間に緊張が灯る。
そんな中、一夏と篠ノ之さんだけが状況についていけず、呆気にとられていた。
「あの、織斑先生。なんで俺たちがアメリカのISを止めないといけないんですか? 暴走したのはアメリカのISなんだから、アメリカが止めればいいでしょ?」
至極まっとうな意見だ。普通に考えれば、一学生が米軍のISを止めるなんておかしな話だし、何のために最強の軍隊を所持しているのかという話だ。篠ノ之さんも同意見らしく、しきりに頷いていた。
「それは近々アメリカの大統領選挙があるからでしょう」
そんな二人に私が答えた。
「現在、アメリカ国内では軍政に対する国民の不満が大きくなっているのです。もし今回の事件が公になれば、大統領選挙に悪影響が出かねない。そこで事態を内密に処理するため、私たちに依頼したのでしょう。私たちだけなら事を大きくせずに済みますからね」
「なんだよそれ……。自分がもう一度大統領になりたいからって……」
一夏は忌々しそうにつぶやいた。曲がった事が嫌いな一夏らしい反応だ。
「まあ、そう批難するもんじゃないわ、一夏くん」
そういったロリーナは、口に着いたソースを拭い、
「現アメリカ大統領ルーシー・ファイルスは保身のために、再選を狙っているわけではないわ。もうすこしで新STARTの調印に漕ぎ着けられそうだから、彼女は再選を狙っているの」
「す、スタートってなんです?」
「戦略核兵器削減条約のことよ。そして、新STARTというのは、<白騎士事件>後の軍拡で、破棄された
「い、いえ」
「それはね、<白騎士事件>以降、明日は我が身かと恐れたアメリカが、大規模な軍拡を始めたからなの。それを報復の準備と恐れたロシアや中国もまた軍拡を始めたわ。ロシアがユーラシアに幅を利かせれば、ヨーロッパも当然警戒する。その結果、アメリカ、ロシア・中国、EUによる、三つ巴の対立構造ができあがったわけよ。――でも、この冷戦も、もう長く続かないと言われているわ」
「なぜですか?」
「兵器の開発や維持にはね、とんでもないお金がかかるの。この10年間で使われた軍事費は目玉が飛び出るほどよ。その所為で、どの陣営も経済的に困窮し、疲弊しつつあるの」
「当然のことだな。軍拡競争はゴールのないマラソンだ。いつかバテるに決まっている」
ラウラが頷くと、ロリーナは続けた。
「そこでファイルス大統領は、新STARTを推進することで『私たちは報復しません』『だから、無作為に兵器を突き付け合うのは、もうやめませんか?』というメッセージを世界に発信しようとしているの」
ロリーナの言葉を私が続ける。
「でも、再選できなければ、この政策は破棄されるでしょう。彼女の対抗馬は、軍拡を推し進めるタカ派なのです。そのタカ派が当選し、再びアメリカが軍拡に乗り出せば、デタントどころではありません」
それだけではなく、ロシア内部にも『やられるまえにやれ』と叫んでいる過激なタカ派がいる。
その二つが政権を握れば、ようやく終わろうとしている冷戦は延長戦に突入するだろう。
「さて、今の話を踏まえて、一夏くんに訊くわ。一夏くんはどちらを支持する? 歩み寄りと融和を推し進めるハト派のファイルス大統領か。力で他国を抑えつけようとするタカ派の対抗馬か」
一夏は顎に手をやり、真剣な面持ちで考える。
「戦争は嫌だし、やっぱりハト派のファイルス大統領かな」
「私もよ。私は兵器開発に携わってきたけれど、平和が一番だと思っているわ。でも、平和は一人の力でつくれるものじゃない。みんなの協力が必要なの。もし平和を願うなら、ファイルス大統領に力を貸してあげていいと思うの」
ロリーナは優しく上品に微笑む。その姿は艶やかというより、賢者のように賢くみえた。
一夏も諭されたように『そうですよね』と頷く。
「よし、話はついたな。まあ、本作戦については賛否両論あるだろう。しかしながら、学園理事会が許可を出した以上、私たちは従わなければならない。――では、話を戻すぞ。我々教員は訓練機を使って空域および海域の封鎖を行う。よって、<福音>の撃墜はおまえたちに担当してもらいたい。――それに当たって、リデル。おまえがチームリーダーだ」
思わぬ指名に、私は声を上げた。
「私ですか? ラウラではなく?」
私より黒ウサギ隊を率いているラウラの方が、隊長として優秀だと思うのだけど。
「今回の作戦はアメリカ
「ですが、小隊にはナターシャ・ファイルス少尉がいるはずです」
指揮力はナターシャの方が優秀だ。彼女の方が適任だと思うのだけど。
「そのナターシャ少尉は現在不在だ」
「不在? 隊長が?」
私の脳裏に嫌な予感が過った。そして、こういう悪い予感は限って当たる。
「もしかして……暴走した<福音>の操縦者というのは……」
「そうだ、そのナターシャ・ファイルスだ」
私は奥歯を強く軋り鳴らした。エイミーの次はナターシャか。本当にウンザリする。
この苛立ちを、罵声と共に撒き散らせたら、どんなに気持ちいいだろうか。
「アリス……」
そんな私をセシリアやみんなが心配そうに見てくる。
私は、毒づきたくなる感情を抑え、努めて冷静に言う。
「わかりました」
私は米軍を除隊した身だ。アメリカへの愛国心は最早ないけれど、面倒を見てくれたナターシャへの恩を忘れたわけではない。私は補佐官として千冬さんの隣に整列した。
「よし。では、まず志願者を集る。志願する者は挙手しろ」
IS学園は、時より他国から助勢の要請がくる。
しかし、生徒に限り強制参加ではなく、希望者のみとなっている。
参加条件は基礎カリキュラムを終えていること、ISの稼働時間が100時間を超えていること。ただし、専用機持ちは前述の条件が除外される。専用機受領の条件に、それらが含まれているからだ。まあ、例外が二人いるけど、今は無視してほしい。
千冬さんが挙手を求めると、一人を除く全員が手を挙げた。挙げなかったのは簪一人。
「……わ、わたしは、その、さ、参加を、辞退します……」
振るえる肩で、そう言った簪はおもむろの立ち上がった。
代表候補生とはいえ、実戦経験の少ない者が多い。足がすくんでしまうのも無理らかぬこと。それに簪の性分上、こういう荒事は向いていない。
「わかった。ただし、ここにいた時点で守秘義務が発生している。いいな」
「……はい」
返事し、彼女は逃げるように風花の間を出て行った。
そんな彼女を、鈴とラウラが非難めいた顔で見る。まるで臆病者だというように。
「鈴、ラウラ。続けるぞ」
「はい」「了解です」
「まず<銀の福音>の性能についてだ。――山田先生」
中央モニターを切り替えてもらうよう山田先生に指示を出す。
即座に中央モニターの内容が、太平洋の地図からISのスペック表に切り替わった。
「ミサイル防衛を目的とした広域殲滅型IS?」
と、セシリアが言う。
「そうだ。<白騎士事件>のような事態が再び発生した場合、従来の
「ですが、火力と機動性があればいいというものでも」
「その通りだ。<銀の福音>には偵察衛星や地上イージス艦と緻密な連携ができるよう優れたデータリンク能力がある。また、広域高性能レーダーを始めとした強力な電子兵装も積んでいる。だが、その高性能化が仇になったようだ」
「どういうことです?」
と、デュノアさんが訊く。山田先生が答えた。
「<銀の福音>には操縦者が膨大な情報を処理できるように、脳の深い部分でリンクした外部脳型拡張AIが搭載されているそうです。そのAIが何かしらのシステム不良で、操縦者を電脳空間に幽閉してしまった。その結果が、この暴走だというわけです」
「AIが操縦者を……。まるでSFホラーだね。――それでAI以外に具体的な装備は?」
「複合型相転移砲《銀の鐘》が36門。高エネルギー相転移砲《ベツレヘム》を装備している」
「相転移砲か。ジェニファーさんの専用機にも同じ装備が積んであったな」
と、一夏が先日のトーナメント時を思い出しながら言う。
「この<銀の福音>はアメリカ代表の専用機の発展型だそうだ。<銀の福音>の武装や新型推進翼には、<ナインテイル・フォックス>と同じテクロノジーが使われている」
「そのわりには、ずいぶんと外観が違うわね」
翼のような独特の推進装置を持つ<銀の福音>は、一言で表すと天使という具合だ。
九本の《尾》を武器とする<ナインテイル・フォックス>とは、似ても似つかない。
「<ナインテイル・フォックス>の基礎設計をしたのは、私だからな。私がアイツの名前にちなんでいろいろと手心を加えた結果、あの外観になったんだ。似てないのはそのためだ」
と、鈴の疑問に千冬さんが答える。
なるほど。だから、ジェニファーの専用機は日本の妖怪を模しているのか。
「話を戻す。《銀の鐘》は複数の標的を一度に攻撃でき、《ベツレヘム》にはミサイルサイロの隔壁を一撃で破壊できる威力がある。どちらも脅威だ。しかしMDを主眼に開発された本機は、近接攻撃に弱いとされている」
「近接戦闘なら勝機はあるか?」
「だからって、そう何度も接近を許してくれないでしょう。初撃で決めるのが効率的だわ」
「ということは、一撃必殺が可能な機体であたるしかありませんわね」
セシリアの一言で一夏に視線が集まった。当人はぴょこんと肩を躍らせる。
「もしかして《零落白夜》で墜とすのか? でも、待ってくれ。《零落白夜》は《絶対防御》を突破する威力があるんだぞ。確かに一撃必殺は可能だけど、それじゃ操縦者の命が……」
そう。確かに《零落白夜》があれば<銀の福音>を一撃で撃墜できるだろう。
しかし、それでは操縦者――ナターシャ・ファイルスは助からない。
その事に気づいたみんなが、私の表情を窺ってくる。
「そうだ。ラウラの時みたいに
「残念ながら、<福音>は<コアネットワーク>を完全に切断している。通常ネットワークは生きているようだが、<コアネットワーク>でなければ、
「くそ、そんな……」
まるで自分の事みたく悔しがってくれる一夏に、私は嬉しい気分になった。
そんな一夏を安心させるように、ロリーナが視線を送る。
「大丈夫よ、一夏くん。今回は秘密兵器があるわ」
ロリーナは胸元からグレネード弾に似た弾丸を取り出す。ISの機能を停止させる《
ちなみにラウラの時はこれを使うことができなかった。<ゴーレム>に使った一発が、最初で最後の一発だったのだ。
「これを使えばISを強制停止させられるわ。ただし、効力を発揮させるには一度シールドを突破しなければいけないの。でも《雪片弐型》のシールド無力化攻撃があれば問題ないでしょう。あとは一夏くんの覚悟次第よ」
「俺の覚悟……」
「織斑。これは軍事作戦だ。訓練でもISバトルでもない。今までやってきた戦闘とは毛色が違う。終わっても勝利の美酒なんざ味わえんだろう。それでも戦う覚悟はあるか?」
僅かな沈黙の後、彼は言った。
「……この<銀の福音>には、アリスの知り合いが乗っているんだよな?」
「はい。米軍時代、大変お世話になった上官が乗っています」
「アリスはいつも俺を助けてくれた。そんなアリスの助けになれるなら、俺は力になりたい。ちょっと怖いけど、俺にできるのなら、やらせてください」
覚悟を決めた一夏の表情がぐっと引き締まる。
場違いな感想だけど、私はその表情をかっこいいと思ってしまった。
「決まりだな。次は一夏をどうやって運ぶかだが」
《雪片弐型》のエネルギー消費を考慮すると、全て攻撃に回す方がいい。となると運搬役にもう一機ISが必要だ。それも<福音>の最高速度以上の推力を有するISが好ましい。
「<赤騎士>の《
「残念ながら無理です。<赤騎士>の《
「じゃあ、純粋な速度で追いつくしかないね。この中で最も速度が出せるISは?」
デュノアさんがみんなを見渡すと、セシリアが再び挙手した。
「でしたら、わたくしの<ブルー・ティアーズ>が。本国から強襲用高機動パッケージ<ストライクガンナー>が送られてきていますわ」
「ああ、話に聞いていた、レーザー推進を用いた?」
「ええ。数字上なら<銀の福音>以上の速度が出せますわ。超高速下の訓練も受けております」
確信に満ちた表情をするセシリアに、千冬さんは肯いた。
「よし。これで作戦遂行に必要な駒は揃ったな。では――」
「ちょっと待ったーッ!」
千冬さんが具体的な作戦を組もうとした時、底抜けに明るい声がそれを遮った。
何事かと思い周囲に注意を払うと、天井からニョキッと機械仕掛けのウサミミが飛び出した。
「あのアイテムは――」
予想通り、天井から現れたのは、ISの開発者にして稀代の天才――篠ノ之博士だった。
篠ノ之博士は、くるんとアクロバティックに着地すると、ズズっと私たちの所にやってくる。
「ちーちゃん、もっといい作戦が私の頭の中にナウ・プリンティングだよ!」
「いや、その前にあれを何とかしてあげた方が……」
篠ノ之博士の背後で、宙ぶらりんになったままのくーちゃんを指差す。
どうやら一人では降りられないらしく、着かない足をずっとバタバタさせていた。
「束さまー」バタバタ
「あわわ、待ってて、くーちゃん。今束さんが受け止めて上がるからね!」
必死にぶら下がるくーちゃんの許へ篠ノ之博士が慌てて駆け寄る。
そんな二人を、私と千冬はやれやれ的な表情で見守った。
「どうします、千冬さん? 何か話がありそうでしたが」
「そうだな。話ぐらい聞いてやるか。――おい束、話があるならさっさとしろ」
「おう、おう、そうだったね。うっかり束さんだったよ」
千冬さんが急かすと、篠ノ之博士は思い出したように手の平を叩いた。
本当にマイペースな人だ。こっちは時間が押しているので早くしてもらいたのだけど。
「で、いい作戦とは?」
「うんうん、ここはね、断然<紅椿>の出番なんだよ」
「え、<紅椿>の?」
驚いたのは、その持ち主である篠ノ之さん本人だ。
そんな篠ノ之さんに代わって私が尋ねた。
「どういうことです?」
「まあ、見てて」
篠ノ之博士は自分の周囲にキーボードと投影型モニターを展開して、それを操作する。
すると、<銀の福音>を映し出していたモニターが<紅椿>のデータに切り替わった。
「ほら、<紅椿>をちょっと調整してやれば、パッケージがなくてもこの通り♪」
表示された<紅椿>の推力は、確かに<銀の福音>の推力を上回っていた。
だが、一同の意識は別のところに向いていた。《展開装甲》。そう表記された一点に。
「《展開装甲》?」
と、一夏と篠ノ之さんは仲良く首を傾げる。
どうやら、二人はこれが何なのか解っていないようだ。
「むむ、その顔は解らないって感じだね。じゃあ、束さんが説明してしんぜよう」
言うなり、束さんはバッと女教師チックなインテリ眼鏡を取り出し、装着した。
千冬さんに比べるとかなり似非っぽい女教師だが、今はツッコまずにいよう。
そして、くーちゃんから教鞭を受け取るなり、それをビシっと一夏に突き付けた。
「いっくん、《展開装甲》っていうのはね――」
「攻撃、防御、機動を即時に切替えられるISの特殊装甲をいうの。第四世代の設計思想でもある即時万能対応――リアルタイム・マルチロール・アクトレスを実現する次世代の装備よ」
篠ノ之博士の言葉を遮って、ロリーナが説明する。
篠ノ之博士は額に漫画みたいな血管マークを浮かべた。
「おい、怪獣オタク! 束さんの説明を取るんじゃないよ!」
「うふふ♡」
激昂する篠ノ之博士に、ロリーナはしてやったりと笑む。
しかし、ロリーナの説明がみんなの驚愕に繋がらない一夏は、首を傾げたままだ。
「あの、ロリーナさん、《展開装甲》ってのが、どういったものなのか解りましたけど、それって凄いんですか? いまいち、みんなが驚いている理由が解らないんですけど」
「あー、いっくんが束さんじゃなくて、怪獣オタクに訊いた! ひどい!」
「え? じゃ、じゃあ、束さん」
「あら、酷いわ、一夏くん。説明したのは私なのに。ぐすん」
「じゃあ、ロリーナさん」
「いっくん!」
『いい加減にしろ!』『いい加減にしてください!』
私と千冬さんは張り合うロリーナと篠ノ之博士を同時にはり倒した。
まったく時間が押しているに。くだらない争いで時間を取らせないでください!
「いいですか、一夏。第四世代の設計思想でもある即時万能対応――リアルタイム・マルチロール・アクトレスは概念だけで、それを実現する技術はまだ机上の空論なのですよ。つまりそれを実現している《展開装甲》は世界のどこにもない代物なのです」
なおも、やいのやいのと取っ組み合う
それで、ようやく事の重要さに気づいたようだ。
「世界のどこにもない……? でも<紅椿>には実装されているんだろ? その《展開装甲》が」
「ほら、束さんは世界の数世紀先をいく天才だからさ。早くも作っちゃったんだよ」
にゃははと笑う篠ノ之博士に、みなさんが言葉を失う。
呆れているのか、驚いているのか、あるいは――畏怖しているのか。
なにせ、世界ではようやく第三世代型の試作機がロールアウトしたばかりなのに、それを素っ飛ばして第四世代が出てきたのだ。驚愕で口が聞けなくなるのも無理からぬことだろう。でも、今はその時間すらおしい。
「話を進めましょう。それで<白式>の運搬役ですが――」
「アリス、織斑先生、わたくしに一夏さんを運ぶ役目を任してくださいませ」
と、強く訴えてきたのはセシリアだ。
その瞳には自らの自信と、篠ノ之さんの力量に対する僅かな不安が見え隠れしていた。
私も正直な気持ち、セシリアの方が頼もしいが、
「――例のレーザー推進の調整には、どれくらいかかりそうだ?」
「それは……専用装置を30分あれば……」
30分か。時間が押しているので、半時間はちょっと惜しいところだ。
「<紅椿>なら5分でできちゃうよ?」
篠ノ之博士の言葉に再び黙考すると、篠ノ之さんが私を見た。
「アリス、一夏を運ぶ役目、私に任せてくれないか? 私が必ずやり遂げてみせる」
<紅椿>を手に入れてからというもの、篠ノ之さんの中で何か心情の変化があったように伺える。それが一体、どのような変化なのか。そこまでは判らない。それが不安だった。
「確かに<紅椿>は作戦遂行に必要なスペックを満たしています。ですが、篠ノ之さんは特別訓練を受けていませんし、実戦経験もありません。それは一夏より劣ります。正直、不安が残ります」
「私もアリスの意見に賛成だ。力を得たばかりの人間は、力を過信する」
ラウラの辛辣な意見に篠ノ之さんが眉を顰めた。
「おまえと一緒にするな。私は力の扱いを誤ったりしない」
篠ノ之さんは、ラウラがVTシステムに頼ったことを批難しているのだろう。
そう云われると、ラウラは言葉を噤むしかなかった。
「私なら大丈夫だ。今の私にやれないことはない。私に任せてくれ」
とても力強い言葉だった。高揚しているようにも感じられる。
同時に悪い傾向だとも思った。今の彼女は何か大事なものを見落としているような気がする。
しかれども、時間は押し迫っていた。あまり時間は費やせない。私は逡巡してから、
「信じていいのですね?」
「ああ、信じてくれ」
「わかりました」
私は千冬さんに同意を求める視線をやった。
「リデル、篠ノ之は実戦経験が皆無なうえ、稼働時間もこの中で最も少ない。いくら<紅椿>が第四世代型だとしても、事を仕損じるかもしれんぞ?」
「篠ノ之さんの稼働時間は考慮の上です。それに今回は一夏を運ぶだけです。そう難しい任務でもありません。念のため、バックアップに私とセシリアがつきます。――それと千冬さんに一つお願いがあります」
「なんだ?」
私はふふん☆と得意げな篠ノ之博士を盗み見る。
「篠ノ之博士の監視をお願いしたいのです。おそらく彼女は何かを企んでいる」
「わかった」
相談を終えると、千冬さんが改めてみんなの方を向いた。
「次に具体的な作戦の説明を行う。まず織斑と篠ノ之はその速度を活かして先行。途中、早期警戒型<ヴァンガード>が<福音>の監視に当たっているので、合流して最新の情報を受け取れ。受け取り後、作戦開始だ。織斑は<福音>へ奇襲を仕掛け、《雪片弐型》のバリアー無効化攻撃と《剥離弾》で<福音>を止めろ」
「了解です」
「説明は以上だ。――何か質問があれば挙手しろ」
今度は誰も手を挙げなかった。
「ないようだな。では。各自準備に取り掛かれ」