IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina   作:ネコッテ

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第45話 天使はラブソングを歌わない

 時刻は正午を回った頃。

 照りつける太陽の下、灼熱の砂浜の上。俺は<白式>を装着しながら、作戦の最終チェックを行っていた。動力部、駆動系、推進装置、武器装備の点検とシステムの最適化はいわずもがな、イメージトレーニングも欠かさない。

 今回の作戦成功の要は俺。失敗が許されない分、念には念を入れる。

 視界の外れでは、ラウラがペンキを片手に<白式>を抑制された灰色(サブデュード)に塗装していた。

 

「ラウラ、それは?」

「RAM塗料だ。レーダー波を吸収してくれる」

 

 そういえば千冬姉は『福音には広域の高性能レーダーが装備されている』と言っていた。

 そのレーダーに引っかかったら奇襲もへったくれもない。この塗装変更はそのための対策か。

 

「じゃあ、<紅椿>は?」

 

 束さんによる調整を受けている箒を盗み見ながら訊く。

 あの錦のような絢爛豪華たる<紅椿>の装甲は、遠目から見てもかなり目立つが。

 

「《展開装甲》には高性能なステルス機能があるそうだ」

「そんな機能まであるのか」

 

 いやはや、本当に万能なんだな、《展開装甲》ってのは。

 

「よし、大体こんなものだな。では、私は向うのチームの準備を手伝ってくる」

「おう、ありがとな」

 

 塗装を終えたラウラが、塗料を置いてセシリア班の方に駆けていく。

 そのセシリア班では、<ブルー・ティアーズ>に強襲用パッケージ<ストライクガンナー>をインストールする作業が行われていた。ただし、強襲用高機動パッケージと呼ぶわりにブースターのような補助推力装置は見当たらない。背面に『巨大なリング状のパーツ』が追加されているだけだ。

 

(それになんだ、あの装置)

 

 さらに<ブルー・ティアーズ>の側では、鈴たちが大掛かりな装置を急ピッチで建造していた。それはどう見ても砲台だった。しかも、ローズマリーさんの専用機<サイレント・ゼフィルス>が装備していた《スターブレイカー》によく似ている。

 その固定砲台のような装置に、ロリーナさんが端末を繋いで調整を行っていた。

 

「<赤騎士>のBT稼働データを少々~♪セイルの量子膜濃度を再調整~♪<レッドクイ~ン>、光圧リフレクションの反動率、再計算、おねがいね~♪」

 

 周囲に光の端末を展開し、歌うように調整を行うさまは、あかたかも妖精と戯れているようだ。そんな幻想風景に見とれていると、個人間秘匿通信(プライベートチャネル)が開かれた。セシリアからだ。

 

『一夏さん、すこしお時間よろしいかしら?』

「ああ。大丈夫だが、どうした?」

『実は作戦前にしておきたい大事なお話がありますの』

「大事な話? 作戦についてのか」

 

 セシリアは首を横に振った。

 

『いえ、そうではなく、個人的な。わたくしとエイミーについて』

 

 エイミー。確か今回の作戦で協力してくれている小隊に所属していた少女だったか。

 話では米軍が開発したVTシステムの暴走で亡くなったと聞いていたけど。

 

『実はVTシステムによって暴走したエイミーを止めたのは、アリスですの』

『そうだったのか!?』

 

 それを聞いて、俺は驚愕した。

 

『ただし、ラウラさんの時のようにはいきませんでしたわ』

 

 セシリアは具体的な結末を語らなかったが、想像は安易にできた。

 だって、エイミーという少女は死んでしまったのだから。ハッピーエンドな訳がない。

 

「だから、アリスはラウラに助けようとあんなにも必死だったのか……」

 

 セシリアは米軍で起こった悲劇を繰り返してはいけない、とアナウンスで語った。

 アリスもきっと同じ心境だったのだろう。だから、世界を敵に回してまでラウラを助けようとした。

 

「でも、待てよ。エイミーって人はおまえの友達だったんだろ? じゃあ、アリスは……」

『はい。わたくしにとってアリスは親友の仇ですわ』

 

 俺は息が止まる音を聞いた気がした。そして、恐る恐る口にする。

 

「で、でも、憎んではいないんだよな?」

 

 震えた声で尋ねると、セシリアは『はい』と首肯した。

 それに心底で安堵する。いや、日頃の行動を見ていれば明白なことなのだが、それでも俺は安心せずにいられなかった。

 

『わたくしも事実を知ったときは、怒りに身を焦がされる思いでした。でも、アリスは自らの行いを酷く後悔し、罪の意識に苛まれておりましたの。それを知り、わたくしの憎しみは消えましたわ』

「そうか。それを聞けてよかった」

『その後、芽生えた感情は母性というべきものでしたわ』

「母性か。セシリアがアリスの世話を焼く理由がよくわかったよ」

 

 セシリアは『ふふ』と笑む。

 我が子を慮る母親のようなその微笑みに、俺は話の道筋を理解した。

 

「セシリアはアリス心配なんだな? だから、こんな話を」

『はい、彼女は強くみえますが、実はとても繊細な子です。それに怒りや憤りを内側に閉じ込めるくせがあります。今はああやって冷静を装っていますけど、内心ではさまざまな感情が渦巻いているはずですわ。わたくしはそんな彼女が心配でなりません。だから――』

 

 我が身のようにアリスを案じるセシリアに、俺は強く頷いた。

 

「ああ、わかっている。<福音>の暴走を止めて、必ずナターシャさんを救って見せる」

『ふふ、頼もしいかぎりですわ。それでこそ、わたくしの選んだ殿方。――では、わたくしは調整の方に戻ります』

 

 セシリアが個人間秘匿通信を閉じる。

 それと入れ替わるように、今度は作戦本部から公開通信が開かれた。

 

『一夏、篠ノ之さん、時間です。スタンバイはいいですか?』

「あ、ああ」

 

 声を強張らせる俺に、アリスが和ますような笑みを向けた。

 

『もしかして緊張してます?』

「ああ、初めてだからな、こういうこと」

『そうですよね。――ところで、一夏は“シン・レッド・ライン”を見たことありますか?』

 

 いきなり、アリスがそんな事を訊いてきた。

 

「シン・レッド・ライン?」

『ええ。1998年のテレンス・マリック監督の戦争映画です』

「いや、見たことないな」

『そうですか。では、プライベートライアンは?』

「ああ、それならあるけど、どうしたんだ、急に」

『いえね。これからあなたたちが向かう戦場は、プライベートライアンで描かれているような戦場じゃないから、肩の力を抜いて大丈夫ですよ、と言いたかったのです』

「そうか。でも、あんまりうまい緊張のほぐし方じゃないな」

 

 アリスは『私もそう思います』と苦笑した。

 

「でも、ありがとな。すこし気が紛れたよ」

『いえ。では、作戦の最終確認をします。まず、二人は<銀の福音>の警戒にあたっている<ヴァンガード>と接触して、最新の情報を受け取ってください。その後、<紅椿>の機動力を活かして<福音>を奇襲してください』

「わかった」

「アリス、私は状況に合わせて一夏のサポートをすればいいか?」

 

 と、割り込んできたのは箒だ。

 

『ええ、そうですね。ですが、今回の作戦は冗長性の低い作戦です。エネルギー切れしても回収の人手を割けません。篠ノ之さんは<紅椿>での戦闘経験が皆無ですから、くれぐれもエネルギー切れには気を付けてください』

「わかった。肝に銘じておく」

 

 そこで作戦開始の時間を告げるタイマーが鳴った。

 

『時間ですね。各自、出撃の準備をしてください』

「了解」

「了解した」

 

 アリスの指示で、俺は箒の背中に身を預ける。

 IS同士を接続するコネクタなどはないため、本当に身を預けるだけだ。

 

「本来なら女の上に男が乗るなど、私のプライドが許さないが、今回だけ特別だぞ?」

「お、おう?」

 

 専用機が手に入って、気持ちが高揚しているのだろうか。その声音はどこか弾んでいるように聞こえた。なにより、箒が軽口を叩くなんて珍しい。それに僅かな不安を覚えた俺は、注意するように言った。

 

「なあ、箒。専用機が手に入って嬉しいのはわかるけどさ、もうちょっと気を引き締めていこうぜ。これから俺たちは暴走したISを相手にするんだからさ」

 

 これでも俺は二度にわたり、ISの暴走事件に関わってきている。

 その度、肌で実感してきた。ちょっとした気の緩みが死に繋がるってことを。

 暴走しているISが水平線の彼方にいるため、今は実感が沸かないかもしれない。だからこそ今の内に気構えをしっかりしておかないといけないと思うんだ。そういった旨を伝えようとしたのだが、箒はフフフと笑うだけだ。

 

「無論、心得ている。大丈夫だ。ふふ、どうした、怖いのか?」

「ああ、怖いさ。作戦が失敗するのがな。――<福音>に乗っているのは、アリスが世話になった上官なんだぞ? 作戦が失敗したら、アリスが悲しむ。俺はアリスのそんな顔をみたくない」

 

 俺が真剣な面持ちで言うと、箒は僅かに視線を落した。

 

「……お前は、アリス、アリス、だな。私だって……」

「どうした?」

「いや、なんでもない。まあ、そう心配するな、一夏。お前と私がいれば、できないことなんてないだろ? それにいざとなったら、私がお前の力になってやる。今の私には“力”があるのだからな。大船に乗った気分でいるといい」

 

 そう言われても、俺の不安は増すばかりだった。

 でも、込み上げてくる不安を俺は自制した。作戦のキーである俺が冷静さを失えば、作戦は失敗する。それだけは許されない。他ならぬアリスの為にも。

 

『では、現時刻を以て作戦を開始します。アルファーチーム、発進!』

 

 アリスの号令で、箒が<紅椿>のスラスターに火を入れる。次の瞬間、<紅椿>が浜の砂を舞い上げながら、加速度的なスピードで飛翔した。高度計の数値が跳ね上がり、体にとんでもない重力加速度圧しかかる。意識を持って行かれないよう気を強く持てば、機体は既に高度1000メートルまで上昇していた。

 

「一夏、しっかり捕まっているんだぞ。振り落とされても拾ってやらないからな」

「お、おう」

「では、一気にいくぞ!」

 

 箒は《展開装甲》を高機動モードに切り替え、<紅椿>をさらに加速させる。

 速度インジケーターの数値が跳ね上がり、機体はすぐさま音速の域まで達した

 

(なんつー加速だよ……。これが第四世代の性能なのか!?)

 

 空気の壁を突き破って<紅椿>がさらに加速する。俺が見てきた中で、間違いなく一番の速度だった。どうやら束さんの『現行ISで最高のスペック』という弁は本当のようだ。

 

「一夏、例の早期警戒型が見えてきたぞ」

 

 箒が言うと、前方に早期警戒型<ヴァンガード>が見えた。右肩に大型のアサルトカノン。左肩に円盤状の装備――レドーム。背後には情報処理用の演算モジュールを積んでいる。

 

「一夏、接触する」

「了解」

 

 IFFから味方識別信号を受け取り、俺たちは早期警戒型<ヴァンガード>に機体を寄せた。

 俺たちの接近に気づいた<ヴァンガード>の操縦者が敬礼で応じてくれる。

 

「織斑一夏さんと篠ノ之箒さんですね。私はイーリス・コーリング曹長であります。話は聞いております。この度は作戦にご協力頂き、感謝いたします」

「いえ、それほどでは。その、困った時は助け合いが肝心ですし」

「恐縮であります」

 

 イーリスさんは明らか俺たちより年上に見えたが、口調はとても丁寧であった。

 先輩だからといって、学生である俺たちを見下たり、バカにした態度は全くない。

 

「では、データをそちらの機体に転送します」

 

 イーリスさんから<コアネットワーク>を介して、<銀の福音>の詳細なデータを受け取る。

 エネルギー残量、機体のコンディション、操縦者のバイタル、AIのステータス、などなど。

 

「じゃあ、俺たちは先行して<銀の福音>を止めにいきます」

「了解。ご武運を」

 

 イーリスさんから離れて、俺たちは再び加速状態に入る。

 その直後、箒から個人間秘匿通信(プライベートチャネル)が開かれた。

 

「想っていたより礼儀正しい人なのだな。アメリカ兵とはもっと口が悪いものだと思っていた」

「そりゃ偏見だろ。つーか、作戦に集中しようぜ」

 

 箒は『……うむ、そうだな』と前を向いた。――その直後だ。

 

「一夏、視えたぞ」

 

 箒の声と同時に<白式>のレーダーが、下方を飛行する<銀の福音>の機影を捉えた。

 拡大された画像に映し出された<銀の福音>は、その名に相応しい銀色の装甲と、エンジェルリングのようなレドームを頭上に装備していた。背部には二対四枚の翼。おそらくそれが<銀の福音>の主力武器である《銀の鐘》に違いない。

 

「ふぅー」

 

 一度大きく深呼吸して、心の準備を整える。そしてGPLを待機モードから戦闘モードに移行し、《雪片弐型》を展開。バリアー無効化攻撃を発動する。さらに空いた手に《剥離弾》を握りしめた。

 

「いくぞッ!」

 

 箒が《展開装甲》とスラスターの出力を上げ、<銀の福音>へ肉薄した。瞬く間に<福音>との距離が縮む。<銀の福音>はまだこちらに気づいていない。俺は《紅椿》から離脱し、その慣性を活かしつつ瞬時加速(イグニッション・ブースト)の体制に入った。

 

(よし、これならいける!)

 

 そう確信して《雪片弐型》を振りかざした次の瞬間――

 

《接近警報!》

 

 <銀の福音>が翼を羽ばたかせ、攻撃を躱した。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 風花の間・仮作戦司令室。

 一夏の奇襲攻撃失敗の映像は、中央スクリーンにはっきりと映し出されていた。

 

「アルファーチームの奇襲作戦は失敗した模様です!」

 

 CIO担当の山田先生の報告を、私は努めて冷静に受け止めた。

 彼の攻撃にスキはなかった。単純に<福音>の反応速度がそれを上回ったか。

 

「わかった。アルファーチームを一度戦線から離脱させろ」

 

 経験乏しい彼たちに福音の応戦は酷だ。そう踏んだ千冬さんは二人を一度下がらせる。

 私も千冬さんに続く形で、イーリスに通信を繋いだ。

 

「イーリス。攻撃は失敗しました」

『くそったれ!』

「いまから一夏たちと合流して第二波攻撃をしかけます。合流まで一夏たちを」

『了解』

 

 次いで、浜辺のセシリアへ通信を繋ぐ。

 

「セシリア、一夏たちの奇襲攻撃が失敗しました。調整にあとどれぐらいかかりそうですか?」

『それならたったいま完了いたしましたわ。いつでもいけますわよ』

「今からそちらに向かいます。機体をホットにして待機していてください」

『了解しましたわ』

 

 セシリアの返事を聞き、私は羽織っていた制服を脱ぎ捨てた。

 

「出撃します」

「わかった。気をつけてな」

 

 千冬さんに指揮権を一任し、私は風花の間を出る。

 渡り廊下にさしかかると、見知った少女が立っていた。作戦前に席をたった簪だ。

 

「どうしたのですか? 作戦要員以外は自室待機のはずでしたが?」

「……えっと、あの……」

「ああ、例の件なら大丈夫ですよ。ちゃんとロリーナに話しておきますから」

「……ううん、それは、いいの。……ただ、その……あなたに『気をつけて』って言いたくて。……わ、わたし臆病だから、こういうとき、怖くて何もできないし、みんなの無事を祈るぐらいしか」

 

 心の弱さを嘆くように、両手の掌を合わせる簪。その肩にそっと手を置く。

 

「大丈夫。あなたが祈っていてくれれば、全員無事に帰れますよ」

 

 ええ。必ず作戦を遂行させて、みんなでこの場所に返ってみせる。ナタルも含めて。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 <銀の福音>が翼を羽ばたかせて身を翻した瞬間、俺の放った剣撃は右側を掠めていった。

 その所為で、<銀の福音>のシールドを無効化できず、<剥離弾(リムーバー)>を使えない。

 

(くそッ、奇襲は失敗かッ!)

 

 俺が毒づくと、重力を感じさせない軽やかな機動で<福音>が二対四枚の翼を展開した。

 

《対象を作戦の妨害と見做し、迎撃モードに移行する。《銀の鐘》威力行使》

 

 無機質なマシンボイスと共に展開されたそれは、32門から成る高エネルギー相転移砲の群れだ。圧縮された羽根状のエネルギー弾が雨霰と降り注ぐさまは、まるで白い壁が押し寄せてくるようだった。

 

「くっ! なんて数だ!」

 

 面で攻撃されては、<紅椿>や<白式>の機動性を以てしても躱し切れることが難しかった。なんとか《雪片弐型》のエネルギー無効化で場をしのぐも、被弾に次ぐ被弾でシールドの耐久値がみるみる減少していく。

 

(このままじゃ、アリスたちと合流するまえに撃墜されちまうぞ……)

 

 想像以上の手数に圧倒されていると、レーダーが一機のISを捉えた。

 やってきたのは、先ほど情報を提供してくれた早期警戒型<ヴァンガード>のイーリスさんだ。

 

『援護する! そのうちに下がれ』

 

 イーリスさんは両膝にマウントされた12.7mmアサルトカービンを取り、俺たちが躱しきれなかった“白い羽”を悉く撃ち落としていった。さらに量子変換を用いた(タクティカル)リロードでマガジンを交換し、牽制射撃で<福音>の頭を押さえる。

 第二世代型なのにまるで引きを取っていない。そんな彼女の技量に思わず喉が鳴った。

 

(練度が違いすぎる。(つわもの)には、世代差なんて関係ないのか)

 

 改めて自分の未熟さが身に染みるが、彼女が駆けつけてきてくれたのは助かった。

 ここは場馴れしたイーリスさんに任せて、俺たちは一度戦線を離脱して体勢を立て直そう。そしてアリスたちと合流して第二波攻撃を仕掛ける。

 

「箒、一度退くぞ」

 

 しかし、箒はそれを否定した。

 

「いや、もう一度アタックだ! 私たちの手で<福音>を止めるんだ!」

「なにいってんだ。無理だ!」

 

 意表をついた奇襲攻撃を躱す相手だぞ。真っ向からの攻撃が通用するとは思えない。

 それに俺たちが無闇に動けば、イーリスさんの足を引っ張りかねない。

 

「大丈夫だ。お前には私がついている! 私を信じろ! ――行くぞ!」

 

 箒は俺の制止を振り切って、単独で<銀の福音>へ肉薄していく。

 

『おい、バカやろう。ここはあたしに任せて下がれ! 出てくるな!』

 

 イーリスさんが箒の無謀な行動に怒声を飛ばすけど、その制止させ箒は振り切った。

 

『おい! アイツを止めろ! 墜ちてぇーのか!』

「すみません!」

 

 イーディスさんの豹変ぶりに驚くより早く、俺は箒の後を追いかけた。

 心中で『力を得た人間は力を過信する』というラウラの言葉を思い出しながら。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 私が浜辺に到着すると、セシリアは調整が終了した<ブルー・ティアーズ>の前で金髪を手の甲で弾いて見せた。

 

「おそくてよ、アリス。こちらの準備は完了していますわ」

「すみません」

 

 詫びて<赤騎士>を装着し、セシリアの<ブルー・ティアーズ>の隣に並ぶ。

 セシリアは私の背後に回り込んで、<赤騎士>を抱きかかえるように持ち上げた。

 

「では、参りますわ。――ソーラーセイル展開」

 

 言うと、<ブルー・ティアーズ>の背面に装備されたリングから青い膜が広がった。

 <ブルー・ティアーズ>の専用パッケージ(オートクチュール)<ストライクガンナー>は、背にソーラーセイルという帆を張り、そこへBTレーザーを照射して加速する装備だ。それを以て、反撃の暇も与えず敵地にISを送り込む。それが高機動強襲用パッケージ<ストライクガンナー>のコンセプトだそうだ。

 

「《スターゲイザー》エネルギー充填開始。斜角設定プラス30」

 

 本体の<ブルー・ティアーズ>からエネルギーを受け取った照射装置《スターゲイザー》が、斜角を調整してこちらに照準を合わせる。

 

「では、いきますわよ。――BTレーザー照射開始、発進!」

 

 BTレーザーを背の帆で受けた<ブルー・ティアーズ>は、爆発的に加速した。その重力的加速度に一瞬だけ意識がブラックアウトしかける。この速力ならすぐに一夏たちの許に駆けつけられそうだ――そう思ったとき、本部から通信が開かれた。

 

『リデル、まずい状況になった。篠ノ之がこちらの作戦を無視して突貫した』

『なんですって!?』

「それにエネルギーをかなり消費している。あんな戦い方では長くもたない』

『通信は?』

『コールしているが、出ない。気付いていないようだ。急いでくれ』

『なんてこと……。――わかりました。急ぎます』

 

 そう告げるも、現状ではこれ以上の速度を出せなかった。今がトップスピードなのだ。

 私はもどかしさを抱えながら、水平線の延長を睨むしかできなかった。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 大量に降り注ぐ攻撃の雨を自前の機動力で凌ぎ、先行する<紅椿>を<白式>が追う。だが、もともと推力で劣る<白式>では、<紅椿>の尻に付くのがやっとだった。かてて加えて、第二波に備えてエネルギーを備蓄しておかなければならない<白式>は、全力を出せない。

 対し、<紅椿>は先を考えずのフルパワーだった。これではあと数分しかもたない。

 

「箒! エネルギーを無駄使いするな! アリスが来るまで持たないぞ!」

 

 そう言った一夏に、箒は小さく唇を噛んだ。

 

(お前はまたアリスを頼りにする。私だって、お前に必要とされたいのに!)

 

 そんな欲求に駆られ、箒は自分の行動に歯止めを掛けられなくなっていた。

 彼女より強く。彼女より紅く。それが齎すアドレナリンの分泌が箒を闘争に駆り立てる。

 

 ――銀色の福音。アメリカの第三世代IS。それがなんだというのだ。

 ――この<紅椿>の性能の前では、無意味だ。叩きのめしてやる。

 ――そして彼に認めてもらうんだ。アリスのように。

 

 <紅椿>は箒の闘争心を的確に汲み取り、機体の《展開装甲》に反映させた。

 第四世代の設計思想(コンセプト)であるリアルタイム・マルチロール・アクトレス。<紅椿>においては、操縦者の精神に感応することで、より迅速な即時対応を実現している。つまり、人が持つ“殺人衝動”や“防衛本能”に応じて装甲が即時変化するよう設計されていた。

 しかし、その機能が悪い方向へ傾きつつあった。

 

<――報告:攻撃型《展開装甲》。AEB出力120%――>

 

 箒の闘争心を汲み取った<紅椿>は、バインダーから過剰な攻性エネルギーを放出した。

 より強力に、より攻撃的に。その姿はまさに一輪の花が開花したよう。

 

 だが、その花は――けして美しくなかった。

 

 禍々しいエネルギーを放出し続ける<紅椿>は、異臭を放つラフレシアのようだ。

 なおも紅椿という花は咲き誇ることなく、無駄に花弁を散らしながら<福音>に追い縋った。

 対する<福音>も負けてはいない。”羽根”をばら撒き、悪魔的な攻撃を加えてくる。

 

「ええい! 鬱陶しい!」

 

 箒は多数攻撃を想定した武器《空割》を十字に振り、文字通り、空を割る。

 十文字斬りといわんばかりの攻撃により、僅かながら突破口が開いた。

 

「そこだ!」

 

 その突破口に<福音>攻略の糸口を見出した箒が、スラスターを吹かして一気に突撃する。

 これには<福音>も意表を突かれたようで、わずかながら動きが止まった。

 

「動きが止まったっ!――今なら!」

 

 これ好機と踏んだ箒が、単一仕様の《雨月》で打突を繰り出す。

 その切っ先から放たれた無数の閃光は、狙い違わず銀色の天使を捉えたが、

 

《LaLaLa♪》

 

 マシンとは思えない声と共に<福音>は機体を翻し、光の閃光をやり過ごした。

 そして、開けた先にいたのは――――友軍のイーリス機。

 

『なッ!?』

 

 彼女の驚愕と機体への着弾は、ほぼ同時だった。

 《雨月》から放たれた幾条の閃光が、<ヴァンガード>の武装、レドーム、装甲を易々と破壊せしめ、おまけと云わんばかりに、機体を熱の塊に変える。

 そこでようやく<福音>に誘導されたのだと気づく。あの面攻撃は箒の視界を塞ぐためだったのだ。功績ばかりに囚われていた箒は、周りの状態を把握しきれていなかった。それを狙われたのだ。

 バラバラと砕けながら海に墜ていくイーリスの光景が箒の網膜に焼きつく。

 

「あっ、あ、あ……わ、わ、た、わた……しは」

 

 自らの暴挙に気づいた箒は、過呼吸気味に言葉を吐き出した。

 いや、沸き上がる自己嫌悪と自責の念が綯い混ぜになって、言葉にすらなっていない。

 

「あぁ…… わ、私は……。なんてこと、を……」

 

 仲間の討った自分の行いに恐怖し、頭皮を掻き毟る。

 そんなスキを見逃す<福音>ではなかった。なまじ機械であるぶん決断は速かった。

 

《武装選択。高エネルギー相転移砲《ベツレヘム》》

 

 <福音>は両手を天に掲げ、相転移で膨大なエネルギーを発生させた。

 <福音>の頭上で輝くエネルギー体は、まさにキリストが生まれた町ベツレヘムで輝いた一番星。

 

《エネルギー準位移行、チャージ率120%……完了。威力行使》

 

 もし<福音>に<レッドクイーン>ほどの“心を汲み取る力”があれば、多少の手加減はしていたかもしれない。だが、それを持たぬ<福音>は、自機が持ち得る最高威力の攻撃を箒に行使した。

 

「ひッ!」

 

 箒の悲鳴と共に放たれた膨大なエネルギーの濁流が、紅い花を呑み込もうとする。

 その時、彼女を庇うように、白い影が射線上へ躍り出てきた。一夏の<白式>だ。

 

「やらせるかッ!」

 

 一夏は《零落白夜》を発動させた《雪片弐型》で、相転移砲のエネルギーを打ち消す。

 そこからは根競べになった。

 <白式>のエネルギーが尽きるか、相転移砲のチャージが尽きるか、その根競べだ。

 

「箒は絶対にやらせねえ!」

 

 一夏の気持ちを汲み取るように<白式>が白く、淡く、輝く。

 RAM塗料を吹き飛ばした淡い光は、相転移砲のエネルギーを完全に相殺し、一夏に軍配を齎した。

 

「大丈夫か、箒?」

 

 満身創痍の機体を回頭させ、一夏が優しく笑む。

 箒は、失態を晒した羞恥と、助かった嬉しさで言葉を出せなかった。

 それでもなんとか言葉を絞り出そうとした瞬間、――――突如<白式>が爆ぜた。

 

「――え?」

 

 <福音>の攻撃によるものかと思ったが、違った。爆炎は<白式>の内部から上がっている。

 彼は意図的に動力炉の安全装置を外してオーバーロードさせていたのだ。そうしないと膨大なエネルギーを消費する《零落白夜》を維持しきれなかったのだろう。

 そのツケが内部爆発という形で現れた。

 爆発の余波に負け、一夏の身体がぐにゃりと折れる。次いで赤い液体が飛び散った。

 

「……え?」

 

 その赤い液体が血だと認識できたのは、返り血を浴びた箒がそれを拭った瞬間だった。

 ISにはシールドという防御装置があるけれど、それは外的要因にしか働かない。ISは内側からの衝撃に案外と弱いのだ。

 

「いち、か?」

 

 小爆発を繰り返し、バラバラと崩壊ながら落ちていく<白式>を、箒は呆然と見送ることしかできなかった。小爆発の火花でリボンが燃えていたことにさえ気づかない。

 それから数瞬遅れて、言い表しがたい感情――先程の感情を遥かに上回る激情の波が押し寄せてきた。

 

「うわあぁぁああぁああぁあああぁぁああぁぁ!!!」

 

 絶叫を超えた絶叫に、喉が潰れそうだったが、そんなことはどうでもよかった。

 一夏を失った苦痛に比べれば、そんな痛みなど痛みに値しない。

 

《LaLaLa♪》

 

 絶叫する箒へ<福音>が歌う。まるで墜ちていった一夏に鎮魂歌でも歌うように。

 その声音が、酷く耳障りで、たまらなった箒は<福音>を睨み付けた。

 

「貴様ぁッ!!」

 

 荒れ狂う感情を仇敵<福音>に向ける。それに感応した<紅椿>がバインダーから大量のエネルギーを放出する。禍々しく燃えるような<紅椿>はまさに鬼神だった。

 だが、その鬼神がその力を発揮することはなかった。

 

<――警告:リアクター反応停止、エネルギー残量0%まで低下――>

<――警告:各部、戦闘用出力を維持できません――>

<――警告:エネルギーが危険域に到達。補助動力への切り替えを実行――>

 

 ガチんと背後で重たい音が鳴る。補助動力に切り替わった音だ。

 <紅椿>の動力は、<赤騎士>と同型で活動可能時間もそれに倣う。通常なら量産機より長く活動できるが、《展開装甲》の乱用で動力炉が限界に達していた。

 

「おい、どうした<紅椿>! 動け! 仇が目の前にいるのだぞ!」

 

 そうだ。一夏の仇が――敵が、まだ眼前にいるのだ。

 天使の形をした悪魔は、エネルギー切れだからと言って容赦などはしてくれない。

 

《エネミーダウン。残り攻撃対象1。排除を続行する》

 

 <福音>は頭上に作り出した“一番星”を箒へ翳した。

 彼女を守ってくれる騎士はもういない。押し迫る死の感覚に、瞳を強く閉じた、その瞬間。

 

<――報告:六時の方向より高エネルギー反応――>

 

 恐怖に耐える箒の頭上を、一条の青い光線が駆け抜けた。

 それが福音“一番星”を撃ちぬく。一番星はスーパーノヴァのように爆発して消滅した。

 

『これ以上はやらせませんわ!』

 

 白い騎士の代わって現れた“蒼い騎士”と“赤い騎士”は、そう言い放った。

 

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