IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina   作:ネコッテ

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第46話 その手に勇気を

 落ちる、落ちる、どこまでも。深く、深く、どこまでも。

 力を失った騎士は、母なる海に抱かれて、深淵の底へと落ちていく。

 どれぐらい沈んだのだろうか。すでに辺りは暗黒の世界で、太陽の光さえ届かないでいる。

 

<――報告:メイン動力大破。回復不能。補助動力への切り替えを開始――>

<――報告:操縦者保護機能作動。各部エネルギーカット。生命維持を優先――>

 

 ISが操縦者を保護すべくその機能を働かせたとき、けたたましい警告音が鳴った。

 

<――警告:第一ソナーに反応。三時の方角より接近する物体あり――>

<――警告:音紋及びパターン解析。ライブラリーと一致する機体なし――>

<――警告:未確認機と判断。S1と認定。警戒レベル3>

 

 しかし、操縦者は反応しない。

 操縦者は既に意識を失っていた。爆発の衝撃で脳震盪を起こしていた。

 

<――接近警報:なおもS1接近中。警戒レベル5――>

 

 なおもISが警戒を促す中、それはゆっくりと操縦者に近づいてきた。

 外観は丸みを帯びていて、鰭のような手と足がある。優雅に泳ぐ様は生物的であったが、光る眼はどこか機械的だ。また、それを証明するようにISの生体センサーも反応していない。

 生物的な人工物はISに向かってカチカチと額を何度も光らせた。光メッセージだ。

 

<――報告:光メッセージを受信。表示――>

<――メッセージ:『もう大丈夫。安心して』以上――>

 

 そう告げ、生物的な人工物は操縦者を回収し、来た道を引き返した。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 アリスが作戦空域に到着した時、事態は想定していた最悪のケースの一歩手前だった。

 イーリスが墜ち、一夏が墜ち、辛うじて残った箒はエネルギー切れ。酷い有様だ。これでは<福音>の撃墜どころか、二人の救助が関の山かもしれない。

 そう、心の隅で思いながら、アリスとセシリアは行動を開始した。

 

「セシリア、一夏たちを救助します。<福音>の注意を逸らしてください!」

「わかりましたわ!」

 

 セシリアが攻撃を開始し始めたのを見計らい、アリスは箒の許へと駆け寄った。

 

「篠ノ之さん、撤退してください。その機体ではもう戦えません」

「待ってくれ、一夏が! 私の所為で! 助けないと!」

 

 箒はアリスの手を振り払い、海面の周囲を見渡した。一夏を失ったのがよほど堪えたのか、彼女は冷静さを欠いていた。彼女の心情は察してあまりあるが、気遣ってやれる暇もない。アリスは口調を強めた。

 

「篠ノ之さん、早く退きなさい! エネルギー切れした機体を子守しながら戦える相手ではないくらい、あなたが一番よく知っているでしょ! 貴女が退かなければ、何もできないのです!」

 

 箒がここに留まり続ける限り、貴重な戦力を割かなければならない。

 まだ足を引っ張る気か。そう言われたような気がして、箒は苦しげに首肯した。

 

「わかった。すまない……」

 

 彼女の叱咤で、我に返った箒は唇を強く噛んだ。

 

「一人で帰投できますね」

「ああ、大丈夫だ」

 

 箒は<紅椿>を回頭させた。<紅椿>の主動力は死んでいても、辛うじて補助動力が生きている。自力で安全圏まで離脱できなくても、鈴たちが拾ってくれるはずだ。

 箒の離脱を見送り、アリスは全センサーをアクティブにして友軍を捜索した。

 中破したイーリス機の<ヴァンガード>は、思いのほか簡単に見つかった。

 

「大丈夫ですか、イーリス?」

「………………」

 

 操縦者の保護機能が働いたのか。彼女は気を失っていた。機体は酷い損傷だったが、命に別状はないようだ。だが、安堵には程遠い。―― 一夏が見つからないのだ。

 アリスが最悪の事態を想定していると、一通のメッセージが届いた。

 発信元は“セイウチ”とある。学園関係者ではなかったが、アリスはその宛先を知っていた。

 

<――メッセージ:織斑一夏はこちらが回収した――>

 

 メッセージを確認し終えたアリスは、セシリアに個人間秘匿通信を繋いだ。

 

「セシリア、イーリスを回収しました。離脱します」

「一夏さんは?」

「大丈夫です。友軍が回収してくれました」

 

 友軍? セシリアの脳裏に様々な憶測が飛び交うが、深く考えないようにした。

 アリスが友軍というなら、きっと信用できる相手だろう。そう自分に言い聞かす。

 

「わかりましたわ。――では、撤退を援護いたします。アリスは戦闘空域から離脱を」

「了解」

 

 空域から離脱するアリスを守るため、セシリアが<ストライクガンナー>に梱包されている大型BTレーザーライフル《スターダスト・シューター》を構え、牽制攻撃を開始した。

 発砲

 <福音>は持ち前の機動力でひらりと躱して見せた。が、セシリアの攻撃はこれで終わらない。

 

「ダンスはここからでしてよ!」

 

 《スターライトMk-Ⅲ》と異なり、《スターダスト・シューター》は内部バッテリーにより継続的なレーザー照射が可能になっている。セシリアは《スターダスト・シューター》の銃身をスライドさせ、点の攻撃から線の攻撃にシフトした。

 薙いだレーザービームが<福音>の肩翼を捥ぐ。

 推進器の一つを失った<福音>は、姿勢制御を失って海面へ墜落していった。

 

「アリス、今の内に離脱を。わたくしはこのまま追撃いたしますわ」

「……わかりました。絶対に帰ってきてくださいね」

「もちろんですわ。あなたのウェディングドレス姿を見るまでは、絶対に死ねませんもの」

 

 そうウィンクして、すかさず<福音>の墜落ポイントに向かう。

 墜落ポイントでは、既に<福音>が体制を立て直していた。片翼の天使はどこか哀愁を感じさせたが、油断はできない。<福音>にはまだ19門の相転移砲が残っている。十分な脅威だ。

 

《攻撃目標を変更。《銀の鐘》威力行使》

 

 <福音>が片翼から無数の羽根型エネルギー弾をばらまく。セシリアは線の攻撃で“羽根”を薙ぎ払った。だが、数発を撃ち漏らす。面で攻撃されては、線の攻撃でも防ぎきれなかった。どうしても数で圧倒されてしまう。

 

(だからといって、やられるわけにはいきませんわ――)

 

 セシリアは視界の外れに展開されたメッセージウィンドウを見遣った。そこには綺麗な筆記体英語で『アリスをよろしくお願いね』とある。綴ったのは、この<ストライクガンナー>を調整したロリーナだ。

 

(ええ、もちろんですわ)

 

 セシリアは一夏を想うぐらいアリスを想っている。だから、約束を違えたくない。

 無数に飛来する光の羽根を、セシリアは機動のみでやりすごす。

 まるで雨のように降り注ぐ光弾を、鋭角な機動で躱しきったセシリアは、再び《スターダスト・シューター》を構えた。そして最大までBTエネルギーをチャージし、最大出力のレーザービームを放つ。

 その冗談みたいな出力のレーザーに対し、<福音>は最大火力の攻撃《ベツレヘム》で対抗する。

 刹那、両者の持ち得る最大威力の攻撃がぶつかり合った。

 エネルギー同士の衝突が生む余波で大気が電離し、両者間にプラズマの熱波が襲う。

 その暴虐的な熱の濁流を受け、二機のISは強く海面に叩きつけられた。

 

「や、やりましたの……?」

 

 逸早く海面から飛び出したセシリアが前方の<福音>を凝視した。

 確かに手ごたえはあったが――。飛び込んできた光景に、セシリアは思わず瞠目した

 

「――なッ!? 《第二形態移行(セカンドフォーム・シフト)》!?」

 

 驚愕する碧眼の瞳が映し出したものは――白い膜に包まれる<福音>の姿だった。

 

「なんてこと!」

 

 《第二形態移行》したISは、性能が飛躍的に上昇する。現状のスペックでも手を焼いているのに、これ以上パワーアップされては、本当に手がつけられなくなる。

 

(形態移行し終える前に、阻止しなければ……)

 

 セシリアはすぐさま機体の状態を確認した。動力部、駆動部、防御機構、装甲、武装。どれも消耗していたが、戦闘継続に問題はなかった。

 セシリアはFCSが提供する照準十字カーソルと、グリッドを二つ重ねて狙いを絞る。

 

「狙い撃ちますわ」

 

 発砲。狙いは完璧。海面を疾駆した青い閃光は狙い違わず、<福音>に命中した。

 が、BTレーザーの熱で発生した蒸発気が晴れると、そこには無傷の<福音>が佇んでいた。

 

「くッ、なんてシールド強度ですのッ!」

 

 続けさまに、2射、3射と撃ち込むがが、やはり効果は得られなかった。

 どうやらあの白い膜は《絶対防御》のようだ。どうやってもこちらの攻撃を受け付けない。

 

<――警告:エネルギー残量10%まで低下。戦闘停止を推奨――>

 

 さらに3発撃ち込んだところで、<ブルー・ティアーズ>が活動限界を訴えた。

 <ストライクガンナー>は、レーザー推進装置《スターゲイザー》を使い、迎撃不可の超スピードで強襲し、《スターダスト・シューター》の圧倒的な火力で制圧するというコンセプトで開発された。つまりは短期決着を想定しており、長期戦用には設計されていない。

 かてて加え、もともと<ブルー・ティアーズ>は動力の関係上、稼働時間の短さに問題を抱えていた。第二世代型の動力でBTレーザーという第三世代型兵器を扱うには聊か重すぎるのである。

 

「こんな肝心な時に!」

 

 苛立って海面を叩くが、そうしたところでエネルギーは回復してくれない。

 

「撤退いたしますわ……」

 

 ここで苛立っても何も解決しない。早く帰還して作戦を練り直した方が賢明。そう判断したセシリアはビットを射出した。その《ブルーティアーズ》のBTレーザーを自らに照射し、爆発的に加速する。

 その後、取り残された4機の《ブルーティアーズ》は内部に仕組まれた高性能爆薬を起爆した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どこまでも続く大海原。無限に続くかと思える白い砂浜を、俺は永遠と歩き続けていた。

 目的地はわからない。けれど、やめるわけにはいかなかった。歩みを止めてしまったら、そこで何かが終わってしまう気がしたから。

 

「それしてもどこまで続くんだろうな」

 

 まるで終わりが見えない旅路に、ふと振り返る。

 不思議な事に足跡は波に浚われることなく、ずっとその場所に存在し続けていた。

 

「それはあなたが生きた軌跡、貴方が存在している限り消えはしません」

 

 不意に誰かの声がして俺は前を向いた。

 そこには真っ白な少女が立っていた。

 髪は白く、白いワンピースから覗く手足もまた白い。容姿は“彼女”によく似ていた。

 

「君は?」

 

 白い少女はワンピースの端を摘まみ、優雅にお辞儀した。

 

「わたくしは――この先の旅路を貴方と共に歩む者です」

 

 共に歩むもの? それはどういう意味だろうか。

 それにしても、この白い少女はなぜこんなにも“彼女”に似ているのだろうか。

 

「よければ、貴方が紡いできた物語を私に聞かせてくださいませんか?」

「俺の物語を?」

「はい。その為に待っておりました。わたくしは過去(これまで)未来(これから)をあなたと共有したいと思っております。――そうですね。場所はあちらでよろしいでしょうか」

 

 そう言って白い少女が指差したのは、浜辺に打ち捨てられたソファー。

 ソファーの樹皮は剥げ落ち、既に白く朽ちている。それでも白い少女は気にせず歩み寄った。

 

「さあ、こちらに――」

 

 彼女につられるように腰かけると、俺は何から話そうか迷った。

 幼馴染の話。親友の話。尊敬する姉の話。戦友たちの話。

 いろいろ思い浮かんだけど、俺はある少女について語ることにした。

 

「そうだな。じゃあ、俺の好きな女の子の話を、君にするよ」

 

 俺は、俺を支えてくれた少女について語り始めた。

 

 

 

 

 

 作戦が失敗に終わったあと、箒は呆然自失のまま部屋に閉じこもった。

 アリスはもとより、セシリアたちに合わせる顔がなかったのだ。

 自分の愚かな行いで作戦は失敗した。結果、アリスの恩人は助けられず、大切な人も傷つけてしまった。これだけの失敗を犯してなお平然でいられるほど、箒は面の皮が厚い人間じゃなかった。

 

「なぜ、私はいつもこうなのだろう……」

 

 部屋の片隅で膝を抱えながら、ひとりごちる。

 ISも、恋愛も、何をやっても、うまくいかない。力を持てば誰かを傷つけ、好きな人にも振り向いてもらえず、そんなどうしようもない自分が心底嫌いになっていた。

 そんな惨めな気持ちを抱えながら、そっと掌を開く。

 そこにあったのは焦げた布きれ。一夏がくれた“魔法のリボン”の燃え残りだった。

 

「こんなことならISなんて、専用機なんて、受け取らなければよかった」

 

 自分が専用機に目が眩まなければ、彼は傷つかなくてすんだ。ラウラの言葉は正しかったのだ。自分の愚かな振る舞いに対する悔恨に苛まれ、箒は手首に巻かれた金銀の鈴――<紅椿>の待機形態――を部屋の片隅に投げ捨てた。

 

「この臨海学校が終わったら、退学届を出して学園を去ろう」

 

 こんな愚かな自分など、彼はもう信頼しないだろう。仲間も失望したに違いない。

 何もかも失った。ならば学園に残る理由もない。

 そして、また孤独な日々に戻るのだ。家族のいない家に住み、一人ぼっちの日々を送る。

 そんな日々を想像すると、体が震えた。今さら孤独が怖くなった。

 

「ひとりぼっちは嫌だ……」

 

 厚かましくも、まだ人の繋がりを欲している自分に気づき、箒は口を塞ぐ。

 そのとき、部屋のふすまが静かに開いた。

 入ってきたのは、ある意味、箒が一番会いたくなかった人物――アリスだ。

 

「ここにいたのですか」

 

 部屋に入ると、アリスは床に転がる<紅椿>を見つけ、拾い上げた。

 

「はい、これ」

「わたしはもう、戦わない……。ISにも乗らない……」

 

 差し出された<紅椿>を拒絶するように、視線を逸らす。

 アリスはすこし困ったような表情をし、隣に腰を下ろした。

 

「私も過去に大きな過ちを犯したことがあります」

 

 すごく興味を引かれる話だった。何事も恙なく熟す彼女が一体どんな過ちを……?

 箒はアリスを見た。

 

「……何をしたんだ?」

「私は親友を、恩人というべき女性(ヒト)を、この手で殺めたんです」

 

 箒は驚き、唾液を飲み下した。

 

「し、親友を? ど、どうして?」

「軍の命令だったんです」

「命令だからって、そんなことをしたのか! ――あ、いや、すまない」

 

 熱くなったことを謝り、浮かした腰を戻す。アリスは怒らず、続けた。

 

「篠ノ之さんの言葉は正しいと思います。でも、その時の私は命令が正しいと思っていました。友人はVTシステムの影響で暴走していたのです。誰かが止めなければいけませんでした」

「それがアリスだった?」

「ええ。私は親友の命と引き換えに、システムの暴走を止めました。――けれど、彼女の亡骸を見下ろして思ったのです。『本当にこれでよかったのだろうか』って。他に選択肢があったんじゃないかって」

 

 事実、別の選択肢は存在し、それを選択していれば別の結末も在り得た。

 6月のVTシステム暴走事件。あれこそが、在り得たもう一つの結末。

 

「親友を救わなかった事を、私はずっと後悔していました。――そんな時です。私の罪を裁くべく断罪者が現れたのは」

「罪を裁く、断罪者?」

「あなたがよく知る人物です。イギリスの代表候補生でもありますね」

「まさかセシリアか!」

 

 思いもよらぬ人物に、箒は瞠目した。そんな身近な人物だとは思ってもみなかった。

 

「でも、どうしてセシリアがアリスの罪を?」

「私の親友は、セシリアの親友でもあったのです」

 

 その言葉を聞き、箒は彼女の言う『罪を裁くべく現れた断罪者』の意味を深く理解した。

 親友の仇討に現れたセシリアを、アリスは親友を見殺した罪を裁くに相応しい人物だと思ったのだろう。だから、復讐者ではなく断罪者と比喩した。

 

「でも、セシリアは引き金を引かず、もういいのだと許してくれました。もちろん、それで私の罪が消えたわけじゃありません。でも、すごく救われた気になりました。私は後悔に囚われているあなたにも、そうなって欲しいと思います」

「私を許すというのか?――なぜだ。私のせいでお前の恩人を助け損なったのだぞ?」

「確かにそうです。でも、ここであなたを責める意味なんてありませんから。叱る意味もまたない。だって、あなたは既に自分の失敗を悔いているではありませんか」

 

 箒が責任を感じていないなら、アリスは責めただろう。

 箒が反省をしていないなら、アリスは箒を叱っただろう。

 だが、箒は責任を感じ、失敗を悔いている。ならば、アリスがすべきことはひとつ。彼女が再び立ち上がれるよう過ちを許すだけ。かつて、セシリアがそうしてくれたように。

 

「――なにより、あなたは私の仲間(チーム)だから」

 

 アリスは朗らかな笑みで、箒の髪を撫でた。

 アリスの手から熱が伝わる。優しい熱だ。まるで全てを許すような。――その赦免が、箒の心を蝕んでいた自責の感情を浄化していく。同時に、愚かな自分を尚も“仲間”と呼んでくれたアリスに、懺悔――自分が犯した過ち、その根底にあった苦悩を、聞いてほしい気持ちでいっぱいになった。

 

「アリス、私はずっと寂しかったんだ。姉さんが作ったISの所為で、家族は離散し、毎日一人で、友達もいなくて……。だが、一夏との繋がりが、そんな私を支えてくれていた」

 

 一夏が私を想ってくれている。そう思うと“自分は孤独じゃないんだ”と思えた。

 そう、胸の裡を明かし、箒は続けた。

 

「だが、アイツが成長するにつれて、私から一夏が遠ざかっていく感じがしていたんだ」

「それで私のようになりたい、と」

「ああ、一夏はお前に憧れている。惹かれていると言っていいだろう。だから、私はお前のような存在になりたかった。お前のような頼られる存在になれたなら、一夏の心を繋ぎとめられると思ったんだ。だが、結果はこのありさまだ。こんな私など、もう一夏は……」

「それは被害妄想ですよ」

 

 強く否定するアリスに、箒は『え?』と驚いた。

 

「だって、一夏はあなたを、身を挺して守ったじゃありませんか。あなたが大切な存在だったからこそ、彼は危険を顧みずあなたを守った。違いますか?」

「それは……」

「なら、私は一夏の気持ちに報いるべきだと思います。――彼は私のために全身全霊を賭けて<福音>を止めようとしてくれました。でも、失敗した。あなたの暴挙のせいで」

「…………ッ」

「なら、あなたが負った責任は、彼が成せなかったことを成すことでしか果たせない」

 

 アリスの言葉に箒はようやく気づいた。自分の責任の取り方がどれだけズレいるか、を。

 箒は自分の所為で一夏が傷ついたことに責任を感じていた。それは正しい。けれど、一夏の前から消えても、責任を取ったことにはならない。それは責任から逃げているだけだ。

 

「もし一夏を想うなら、もう一度剣を取り、<福音>を止めるべきです」

 

 アリスは箒の手を取り、そこに金と銀の鈴を置く。

 そのとおりだ。箒の戦いはまだ終わっていない。なぜなら、<福音>はいまこの時も暴走を続けているのだから。それを止めるまでは、IS学園から去ることも、専用機を捨てることも、決して許されない。

 

「ああ、そうだな」

 

 金と銀の鈴を強く握りしめる。アリスは立ち上がり「行きましょう」と手を差し伸べた。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 怪我の功名ともいうべきか、セシリアとの交戦で<福音>が《第二形態移行》したため、“足止め”には成功した。篠ノ之束によれば、形態移行の完了まで<福音>は現空域に留まるだろうという話だ。

 しかし、楽観視はできない。<福音>が《第二形態移行》を終えれば、脅威はさらに高まる。

 現在、作戦室では《形態移行》を阻止すべく分析と監視が続けられ、代表候補性たちには浜辺で再出撃の準備と待機が命じられていた。――その浜辺にて。

 

「ねえ、セシリア、少し落ちついたら?」

 

 同じ場所を行ったり来たりしていたセシリアは、ムスッとして足を止めた。

 そして、険しい面持ちでシャルロットを睨み返す。

 

「これが落ち着いていられる状況でして?」

「気持ちはわかるよ。僕も<福音>の許へ飛んで行って、ナターシャさんを助けたいけどさ」

「だが、向かったところで、何かできるわけじゃない。いまは教官たちの指示を待つのが賢明だ。――それより箒はどうする? 連れて行くのか?」

 

 ラウラの言葉に、全員が複雑な顔をして押し黙る。

 今回の一件で箒が起こした失敗は、少なからず彼女たちの関係に翳を落した。険悪、とまではいかずとも、多少の不和が生まれている。それが顕著なのは同じ幼馴染の鈴だ。

 

「あたしは反対。味方に撃たれたくないもの」

 

 辛辣だが、無理もない意見だった。想い人を怪我させた事に対する不満もあるのだろう。

 そんな鈴とは対照的に、箒を擁護したのはシャルロットだ。

 

「僕は名誉挽回のチャンスをあげてもいいと思う。それに<紅椿>は第四世代だし、戦力としては惜しいよ?」

「だが、どのみち、今の精神状態で戦闘は無理だろう。連れて行っても足手まといになりかねない。第四世代の性能が惜しいなら、私が乗ろう。その方が建設的ではないか?」

 

 箒を連れて行くかいかないかで、意見が分かれる。鈴、ラウラは反対、シャルロットは賛成。

 そんな場をまとめたのは、静かに意見を聞いていたセシリアだ。

 

「わたくし達だけで行きましょう」

 

 静かに、しかし強い口調でセシリアは言った。それに一同の視線が集まる。

 

「正直、箒さんの愚かな振る舞いには失望しましたわ。ですが、失敗は誰にでも訪れるもの。それを乗り越えた時、人はひとつ強くなれるものです。もし彼女が本当に強くなりたいと願っているなら、きっと葛藤を乗り越え、わたくしたちを追ってくるはずですわ」

 

 そして、追ってきた時は、彼女を迎え入れてやればいい。

 それが、自分たちが箒にしてやるべきこと。そう言うセシリアに全員が頷く。

 

「そうだな、戻ってこなければ、アイツはその程度の女だったということだ」

「そうね。このまま戻ってこないようなら、あたしの恋敵にふさわしくないわ」

「じゃあ、僕たちは僕たちにできることをしよう」

「ええ、とっとと<福音>を止めて、ここに戻って参りましょう」

 

 一同が一致団結して肯くと、浜辺にアリスがやってきた。となりには件の箒もいる。

 やや申し訳なさそうに現れた箒に、セシリアが代表して言った。

 

「ちゃんと戻ってこられましたのね」

「アリスのおかげだ。――それと、みんな、迷惑をかけた。本当にすまない」

 

 自分の犯した過ちを認め、丁寧に腰を折る箒に、各々がやさしく微笑む。

 

「戻ってきたのであれば、なにも言うことはありませんわ」

「そうね。『もうISには乗らない』とか言い出してたら、ブッ飛ばしていたけど」

「おかえり、箒。必ず戻ってくるって信じていたよ」

「私も許そう。だが、信頼を回復したいなら、言葉ではなく行動で示すべきだな」

「ああ、そうだな」

 

 箒は強く頷き、ラウラの言葉を心に留めた。

 彼女たちのわだかまりは、少しずつ溶けていった。そこに作戦室から通信が開かれる。

 

『よし、全員いるな(・・・・・)。では傾注。これよりパーティーの二次会について説明する』

 

 

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