IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina 作:ネコッテ
天空より舞い降りてきた一夏に箒は目を奪われた。
いや、視線だけじゃない。新たな力を手にして戻ってきた彼に心さえ奪われる。
(あぁ、一夏が戻ってきてくれた……)
無事だった安心感。彼を傷つけてしまった罪悪感。駆けつけてくれた嬉しさ。
様々な気持ちが綯い交ぜなって、心を満たす。
箒は一夏がいる空を見上げた。彼の額には血の滲んだ包帯。自分を庇って負った傷だ。遠目から見ても痛々しい。今も痛むのだろう。それにも拘わらず、彼は駆けつけてきた。
たぶん、アリスのために。
だが、不思議と妬ましくない。今は二人を微笑ましく見守れる自分がいた。
諦観ではない。なぜなら、箒の裡からは強い意思が溢れだしていた。
自分を守ってくれた彼。自分を許してくれた彼女。
そんな二人の為に、もう一度、戦いたい。彼らの恩に報いたい。
「だから、もう一度、彼らと戦う力をくれ、<紅椿>。私には守りたい背中があるんだ」
強く切実に願う。それと呼応するように、背部のバインダーから金色の粒子が放出された。
その光がまるで咲き誇るように豪華絢爛たる<紅椿>の装甲を彩っていく。
「これは……」
<紅椿>のステータスパネルに視線を遣ると、エネルギーゲージが回復し始めていた。
15、20、25。なお、回復を続ける<紅椿>のエネルギーは最大値を超えても上昇を続けた。
「一体どうなっているんだ?」
ISの工学知識を持ち合わせていない箒は、この現象を1%も理解できなかった。
だが、脳裏の片隅に浮かんだ単語が、それを解決してくれる。
(<紅椿>の《単一仕様能力》か?)
――いや、なんだってかまわない。
自分はもう一度、戦える。今はその事実だけで充分だ。
「そうか、<紅椿>。もう一度、私を戦わせてくれるのだな?」
応えるように各部へエネルギーが供給されていく。翼に力が蓄えられ、四肢に力が漲る。すさまじい力だ。心が躍動する。熱を以て跳ねる。だが、箒は湧き上がる暴力への衝動を自制した。
(これは誰かを傷つけるための力じゃない。守るための力だ)
大丈夫。うまくやれる。彼女をイメージすれば、湧き上がる衝動を抑えられる。
そして、制御した力を胸に秘め、箒は決意を固めた。
赤い椿の花言葉は「気取らない優美」「慎み深さ」「控え目な美徳」「高潔な理性」。
<紅椿>を駆るならば、私はそんな花言葉が似合う女性となろう。
「よし、往こう<紅椿>、彼らの許に」
黄金の衣をまとい、太陽の如し光を放ちながら<紅椿>が飛翔する。
孤独、嫉妬、罪悪。欲望、それらを乗り越え、自らを昇華させた今の彼女に敵はいない。
♡ ♣ ♤ ♦
「俺にまかせな! ――<ホワイトクイーン>、《雪羅》をクローモードだ!」
《Yes My Darling――《雪羅》をクローモードに変更!》
新たに得た<白式>の新武装――多機能武装腕《雪羅》を格闘モードに切り替え、五本の爪先から《零落白夜》の光刃を放出する。それで相手のシールドを無力化して内部から<福音>を引き摺り出す。その勢いを利用して、俺は<福音>を海に放り投げた。
海面に叩きつけられた<福音>が無抵抗に沈んでいく。だが、これで終わりじゃないことはわかっていた。
《おそらく再起動を果たして戻ってきます》
「やっぱり、そう簡単にはいかねーよな」
俺は全センサーをアクティブにして警戒するように下方の海面を睨んだ。
そこにアリスが駆け寄ってくる。背後にはセシリア、鈴、シャルロットもいた。数時間の別れだったのに、俺は数年越しの再会のように思えた。
「みんな、心配かけたな」
「ふん、心配なんかしてないわよ、あんたのしぶとさはあたしが一番よく知ってんだから」
「でも、《第二形態移行》して、戻ってくるなんて驚いたよ」
「ところで、一夏さん、その傷は、大丈夫でして?」
「すこし痛むが、大丈夫だ。仲間のためなら瀕死だって駆けつけるさ」
《ええ、ヒロインがピンチなのに、主人公が床に臥せたままだなんて、格好がつきません》
<ホワイトクイーン>が喋って(ちなみに音声は拝み倒して別の物に変更してある)、一同がきょとんとした。
「あんた、そのAIどうしたの」
『詳しい事情は後だ、鈴。今は<福音>に集中しよう』
と、通信機から本部にいるラウラの声。
そうだ。まだ<福音>の暴走は止まっていない。再会の喜び合うのも、<ホワイトクイーン>のことを語るのも、<福音>を止めてからだ。
「そうね。じゃあ、行きましょう」
「――待ってくれ。私も参戦させてくれ」
鈴が頷くと、新たなISがやってきた。紅く豪華絢爛な意匠のIS、箒の<紅椿>だ。
幼馴染の無事な姿を見て、俺は思わず声を上げた。
「箒、無事だったか!――それになんだ、その光は……?」
絢爛豪華な<紅椿>を取り巻く金色の光に、俺たちは目を奪われた。
眩しいけれど、優しい光。この光は一体? 《零落白夜》が放つ光にも似ているけど。
「<紅椿>の《
「エネルギーが……?」
アリスが驚く。
本来、ISのエネルギーを回復させるためには、リアクター内部にある反物質ペレットを交換しなければならない。けれど、<紅椿>はそれを交換せずにエネルギーを回復させたという。
「ああ、そうなんだ。――アリス、これを」
未だ言葉を信じられないアリスに、箒が手を差し伸べる。
アリスが箒の手を掴むと、まるで火が燃え移るように金色の光が<赤騎士>に流れ込んだ。
《ハニー、残りエネルギーが80%まで回復した》
<レッドクイーン>の報告に、アリスは驚きを露わにした。
それは俺も同じだ。<紅椿>の《単一仕様能力》は回復だけではなく、譲渡も可能なのか。
「この通り、私はまだ戦える。――だから、私も参戦させてほしい」
「わかりました。あなたと、私たちで、今度こそ<福音>を止めましょう」
アリスは箒を見て、俺たちを見る。俺たちは頷いて、臨戦態勢に移行した。
そんな俺たちの前に光の柱が立ち上る。<福音>が御出でなすったようだ。
「じゃあ、いこうぜ、みんな。最終対決だ」
それぞれが力強く頷く。みんなの心がひとつになった気がした。
束さんの話。ロリーナさんの話。思う事はたくさんあるけど、今はもう何も怖くない。
この仲間たちとなら、どんな困難にも立ち向かえる。そんな気がした。
♡ ♣ ♤ ♦
風花の間。
仮の作戦室のモニターには《第二形態移行》した<白式>の姿が映し出されていた。
「<白式>の《第二形態》、<雪羅>ですか。懐かしい名前ですね」
どこか感慨深い表情で真耶が千冬を見る。千冬は『そうだな』と肩を竦めてみせた。
「それにしても、織斑君、今までどこにいたんでしょうか……」
「さあな、おそらく米軍の許に身を寄せていたのだろう」
「その割には、こちらに何の報告もありませんでしたよね」
一夏の無事を知らせる報告は、アリスから千冬に伝えられた。米軍からは何の報告も受けていない。それを怪訝に思う真耶だったが、千冬は語調を変えずに言った。
「なんにせよ、こうして帰ってきたんだ。詮索は不要だろ」
と、言うものの、千冬の表情には様々な思いが交錯しているようだった。
瞳には無事を喜ぶ安堵の感情も伺えたが、奥には忌むような黒い感情が渦巻いている。
(私たちを捨てたお前が、なぜ今になって私たちの前に現れる……?)
意図せず組む腕に力が籠る。憎しみか、怒りか、あるいは別の感情からくるものか。
なんであっても、おそらく遠くない未来、自分は“あの女”と対峙する日がくるのだろう。
だが、それが今じゃないことは確かだ。今すべきことは別にある。
「今は<福音>を墜とすことが優先だ」
気持ちを切り替え、千冬は眼前のモニターに意識を集中した。
♡ ♣ ♤ ♦
戦闘開始の口火は<ブルー・ティアーズ>の狙撃が切った。
強襲用パッケージ<ストライク・ガンナー>に梱包された高出力BTライフル《スターダスト・シューター》の放った閃光が、<福音>の挙動を牽制する。しかし、先の戦闘で<ブルー・ティアーズ>の戦法を学習していた<福音>は、片翼を器用に羽ばたかせ、セシリアの狙撃をすり抜けた。
「くっ、読まれていますわね!」
めまぐるしく移動する天使を照準カーソルと十字グリッドで追うが、なかなか捉えられない。《ブリリアントクリアランス》の補助を以てしても、捉え切れないとは、恐るべき学習能力だ。
なおも、必死に的を絞るが、命中はしなかった。
そうこうしている内に、<福音>が<ブルー・ティアーズ>の懐に潜り込んでくる。
《高出力相転移砲、チャージ。威力行使》
強襲用パッケージ<ストライクガンナー>は、近接戦を想定していない。懐に潜り込まれては、対応の仕様がない。しかし、セシリアは動じなかった。
「ふっ、やれるものならやってみなさいな」
その直後、セシリアと<福音>の間に割入ったシャルロットが、“盾”を展開した。
「セシリアはやらせないよ」
シャルロットが展開した“盾”は物理シールドとエネルギーシールドの二つを備えたハイブリットシールドだ。その防御力は、ミサイルサイロの隔壁を打ち抜く<福音>の相転移砲でさえ防御ができる。これが<ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ>の防御特化パッケージ<ガーデン・カーテン>の力だ。
《S1からS4を補足。照準。《銀の鐘》最大威力行使》
<ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ>の防御を突破できないと悟った<福音>は高度を上げ、月を背に銀の翼を広げた。32門の砲門が開くと同時に、天使の羽根を模したエネルギー光弾が地上に降り注ぐ。無差別に攻撃するつもりだ。
世界に祝福を齎さん。そう告げんかりの圧倒的な攻撃手数であったが、一同は怯まなかった。
「鈴さん!」
「ええ! <甲龍>、とっておきをお見舞いするわよ!」
鈴が凄むと、<甲龍>に追加された新装備<崩山>が唸りを挙げた。両肩の衝撃砲《龍咆》に加え、増設されて二門の衝撃砲を開き、そこから不可視の砲弾とは違う赤い衝撃砲が放たれる。
その数は4。
32の手数を撃ち落すには貧弱な数だったが、赤い衝撃砲は羽根の群れに入るなり、何十倍に膨張した。放出された熱エネルギーが、無数の光の羽根を一斉に蹴散らす。その光景は、さながら夜空に4つの太陽が咲いたようだ。
「箒、今よ!」
「任せろ!」
熱拡散衝撃砲の裏に身をひそめていた箒が、<福音>に突貫した。
《展開装甲》を高機動モードに切り替え、箒が相手に迎撃の暇を与えない速攻を仕掛ける。
「受けてみよ、今宵の<紅椿>は一味違うぞ!」
右手に《空裂》を展開し、攻性エネルギーを纏わせながら、斬撃を見舞う。
<福音>はこれを躱してみせたが、箒はさらに《雨月》を展開して、打突を繰り出した。
これには福音もよけきれなかった。
胸部に鋭い突きを貰った<福音>がよろめき、機体のコントロールを失う。
《タスク・プライオリティー変更。現空域から撤退を最優先とする》
圧倒的な不利を悟った<福音>は、体制を立て直し、現空域から撤退しようと試みた。
が、そんなことはアリスが許さない。
「逃がしませんよ」
《単一仕様能力》で<福音>の進路先に回り込んだ<赤騎士>が、羽交い絞めにして動きを奪う。
<福音>は四肢を振り回し、振り払おうとするが、膂力では<赤騎士>に分があった。
「チャンスだ! これで、決めるぞ、箒!」
「ああ!」
抑え込まれて身動きが取れない<福音>に紅白のISが肉薄する。<白式>と<紅椿>だ。
それを<福音>が悪あがきの高エネルギー相転移砲で迎え撃つ。
動きを封じられていても、相転移砲に特別な砲口は必要ないため、行使が可能だった。
「箒、俺の後ろに隠れろ! ――<ホワイトクイーン>、《雪羅》をシールドモードだ」
《Yes My Darling――《雪羅》シールドモードに移行。《霞衣》、レディ》
雪結晶のような盾を展開し、<福音>の胸部から放たれたエネルギー砲を無条件で打ち消す。
力と力が均衡し、奇しくもファーストアタックでの再現が出来上がった。となれば――
《ダーリン、《零落白夜》のエネルギー消費率がジェネレーターのエネルギー生成率を越えつつあります。このままでは《零落白夜》の出力を維持できません!》
<ホワイトクイーン>の報告に、先刻の戦闘が脳裏を過る。
連戦で疲弊しているとはいえ、エネルギー総量では燃費の悪い<白式>より<福音>に利がある。このまま断続的に攻撃を受け止め続ければ、先の戦闘の二の舞になりかねない。けれど、強硬突破しようにもエネルギーが足りなかった。
「くそ、<福音>を止めるチャンスだってのにッ!」
「大丈夫だ、一夏!」
退いて体制を立て直すべきか。そう苦慮する一夏の背中に、箒がそっと触れる。
次の瞬間、<紅椿>の《単一仕様能力》が発動し、<白式>のエネルギーが回復した。
「そのまま突き進め、一夏! お前の信じる道を! 私が支えてやる!」
「箒!? ああ! わかった!」
箒の力強い言葉に後押しされ、一夏は迷わず瞬時加速のチャージにかかった。
《第二形態移行》したことで、チャージは三分の二まで短縮されている。すぐさま完了した。
『いっけえぇー!!』
《雪羅》の対エネルギーシールドで相転移砲を相殺しながら、最大速力で突き進む。そして、<福音>の懐に潜り込み、《雪羅》のクローモードでシールドを突き破ると、掌に小さい榴弾のような物体を展開した。作戦前に渡された《剥離弾》だ。
『止まれぇ!』
展開した《剥離弾》を、一夏と箒の手で<福音>に押し付ける。
瞬間、眩しい光と共に<福音>が肌蹴け、フワリとたくさんの羽根に変化した。その中から銀色のクリスタルと、ブロンドの若い女性が出てくる。彼女が<銀の福音>に囚われていた操縦者ナターシャ・ファイルスだ。
ISを失い、宙に放り出されたナターシャをアリスがやさしく受け止めた。
「任務完了ですね」
あの頃と何も変わっていない隊長の姿に、アリスの胸中に懐かしさと安堵が込み上げる。
そんな二人を見守りながら、一夏と箒が顔を見合わせた。
「ありがとな、箒。助かったぜ」
「いや、礼には及ばない。私も一夏とアリスの役に立てて嬉しい」
嬉しそうに微笑むと、セシリアたちがやってきた。
「やりましたわね、アリス、一夏さん、そして箒さん」
「これもみなさんのおかげです」
セシリアたちを見回し、深々と礼を告げる。
告げられた側は照れくさいような、嬉しいような、様々な反応を見せた。
「でもなんか、拍子抜けっていうか、呆気なかったわよね。まあ、満身創痍のIS相手に6対1で挑んだわけだし、こんなもんちゃこんなもんなのかもしれないけど」
『そういうな、鳳鈴音。何の被害も出ずに作戦を完遂できたことは喜ぶべき――ん?』
作戦本部で状況を見守っていたラウラが、唐突に言葉を切った。その直後だ――。
《ハニー、接近警報!》《ダーリン、9方向から新たなISが接近してきます!》
<レッドクイーン>と<ホワイトクイーン>が共に警報を鳴らした。
接近してくるIS? 今頃になって援軍だろうか。そう憶測する一同を各自の愛機が否定した。
<――IS情報:検索結果なし。ライブラリーと一致する機体はありません――>
<――IS詳細:コアナンバー不明、無所不明、
<――警告:
警戒する一同の前に、それは姿を現した。
眼前に現れた未確認機を目にして、一同は驚愕で言葉を失う。
「これって……」「赤、騎士?」
アリスが無意識にそうつぶやく。そう、眼前に現れたISは、彼女の愛機<赤騎士>だった。
いや、正確にいうと<赤騎士>に酷似したISだ。
<赤騎士>に酷似したISは、<赤騎士>よりも赤い緋色の装甲と、《ヴォーパル》のような大剣を背面に装備していた。エッジの利いたフォルムは炎に包まれているようで、その末恐ろしい姿は、どこか世界の終焉を彷彿とさせる。きっと<赤騎士>を禍々しくしたらこんな機体になるだろう、そう思わせる意匠だ。
「貴女は何者ですか? 米軍、ではなさそうですが……」
全員が警戒する中、アリスがナターシャを箒に預けながら訊いた。
「冷戦の墓場からやってきた亡霊。あるいは、スルトと呼ばれている者です」
変声機で声は変えられていたが、『地声は美しいのだろう』と思わせる、そんな声音だった。
素顔はフルフェイスのヘルメットを被っていて判別できないが、きっと美人だろう。
「スルト? 北欧神話の巨人が何の用です?」
「<銀の福音>を頂きにきました」
スルトは一夏の掌中にあるコアを指した。それに一同の警戒レベルが跳ね上がる。
未だコイツの正体は判らない。だが、敵だということは、たった今理解ができた。
「渡さないと言ったら、どうします?」
「奪うまでです」
「全機散開!!」
スルトが背面の近接武装を抜くのと、アリスが命令を下したのは、ほぼ同時だった。
「一夏と篠ノ之さんは、<福音>とナタルを連れて撤退してください。私とセシリア、鈴、デュノアさんで未確認機の足を止めます」
『わかった』「了解!」
一夏と箒はすぐに機体を回頭させた。それを守るように、残ったアリスと鈴が前面に飛び出す。
アリスは《ヴォーパル》を、鈴は《双天月牙》を握り、挟み込むように畳み掛けた。
格闘戦に秀でた二人の挟撃。そう容易く防げまい――というのは、ただの前ふりにしかならなかった。
「なにっ!?」
右側面から迫る《ヴォーパル》を、スルトは緋色の大剣で軽々しく受け止めた。さらに左側面から迫る《双天月牙》の斬撃を《
これにはアリスも度肝を抜かれた。この<赤騎士>擬きは《展開装甲》を装備しているのか。
「まさか、第四世代だというのですか!?」
「ご名答、この<レーヴァテイン>は第四世代のISです」
スルトはすぐさま《展開装甲》を防御モードから攻撃モードに切り替えた。
爆発的に高まったパワーで、二機を大剣の一振りで薙払う。咄嗟に攻撃を受け止めた二人だったが、その圧倒的なパワーに成す術なく弾き飛ばされた。他より優れた膂力を持つ<赤騎士>と<甲龍>が、だ。
「二人とも下がって!」
二人が<レーヴァテイン>から離れるのを見計らい、セシリアが引き金を絞った。
《スターダスト・シューター》の放ったレーザービームが炎の魔人を正確に捉える。
だが、スルトは腕を振り払ってBTレーザービームを
「え……。今のは
BT稼働率が高い時に使える偏光制御。それを使ってBTレーザーを反らした?
通常のISどころかBTシステムを搭載した<ブルー・ティアーズ>でさえ、外部から放たれたレーザーを曲げるなんて不可能なのに。
(いえ、いまは、驚いている場合ではありませんわ!)
セシリアは湧き上がる疑問を抑え込み、戦闘に意識を戻した。
(攻撃は避けられましたけど、すきは生まれたはず!)
そして、それを逃す仲間たちじゃない。
セシリアの信頼に応えるがごとく対狙撃に意識を割いていたスルトへ、虎視眈々とスキを窺ってシャルロットが円筒型のロケット弾を撃ち込んだ。
絶妙なタイミングで放たれたHEAT弾が容赦なく<レーヴェテイン>を火の玉に変える。
しかし。
吹き付けるメタルジェットの嵐から現れた<レーヴァテイン>は無傷だった。
ダメージらしいダメージはない。彼女の防衛本能を汲み取った<レーヴァテイン>が《展開装甲》の防御機能を働かせたのだ。彼女は薄いシールドの膜に守られていた。
「よく戦場を観察していますね。見事な不意打ち――あら?」
賞賛を送った矢先、スルトはシャルロットを唐突に見失った。
刹那、なんの前触れぶれもなくスルトの眼前にシャルロットが現れる。傍らには<赤騎士>。
(なるほど、先の攻撃は目晦まし、というわけね。考えましたね)
<赤騎士>の量子ジャンプで飛んできたシャルロットは、右手装甲と一体化した物理シールドのカバーをバージし、内部の69ミリ口径パイルバンカー《
「これならどう!」
「隠し武器ですか。――――私にもありますよ」
シャルロットが《灰色の鱗殻》内の炸薬に火を入れようとした瞬間、<レーヴァテイン>の爪先からプラズマブレードが展開された。それによるスルトの回し蹴りが、<ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ>の《灰色の鱗殻》をパイルバンカーごと破壊する。
完全に意表を突いた奇襲攻撃だったはずなのに、気づけばやられたのはこちらだった。
「見事な奇襲です。ですが、私へ傷を負わすには、まだ拙かったですね」
スルトは相手を称賛する余裕さえ持って、両脚部のプラズマブレードと、右の大剣による三刀流で、<ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ>を解体せしめた。一瞬で<ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ>の装甲、スラスター、武装を破壊したスルトに、二人は戦慄する。
「なんですか、こいつは……」
策を弄し、連携を駆使してなお、この有様。
生身で猛獣を前にしたような危機感が二人の間に駆け抜けた。
「アリス、シャルロットさんを! 鈴さん、カバー!」
「了解!」
「この装備でカバーなんて! やるけどさ!」
すかさず、アリスが行動不能になったシャルロットを回収し、鈴がそれを援護する。
セシリアも《スターダスト・シューター》の引き金に指をかけるが、
「――遅い」
大剣をライフルに変形させたスルトが、セシリアに向かって発砲した。
それがものの見事に《スターダスト・シューター》だけを破壊せしめる。
「な!? この距離から、わたくしを!?」
手の中で爆散する《スターダスト・シューター》に、セシリアは驚愕を禁じ得なかった。
ここは自分の距離。狙撃の距離だ。その距離をもろともせず、武器だけ打ち抜くとは……。
「なんなのよ、こいつ!」
「名なら、既に名乗ったはずですが?」
衝撃砲をばら撒いて、弾幕を張る鈴に、スルトがサイドバインダーをオープンする。
そこから射出された8基のソード型ビットが縦横無尽に走り、鈴を包囲した。
「なにっ! このビットにも《展開装甲》を積んであんのッ!?」
《展開装甲》の万能性を備えたそのビットは、《ブルーティアーズ》のような射撃機能と、《シュナイダー》のような格闘機能、そして《エネルギーアンブレラ》のような防御機能を巧みに使い分け、<甲龍>を襲った。
「くっ。こんな装備じゃ……」
なんとか奮闘する鈴だが、相性が悪かった。<甲龍>の専用パッケージ<崩山>は、次弾装填に長いインターバルを要する。そのため、ビットに有効な弾幕を張れない。その鈴を援護すべくアリスが自機のソードビットを展開する。
「――いけよ、《シュナイダー》!」
展開装甲ビットとソードビットが夜空で激しいドックファイトを繰り広げる最中、4門の衝撃砲と姿勢制御装置を打ち抜かれた<甲龍>は、<赤騎士>の援護でなんとか敵包囲網から抜け出した。
だが、損傷が酷く、戦闘継続は不可能に近い。
もはや戦闘可能な機体は<赤騎士>のみとなった。
「どうしましたか? おしまいですか?」
軽々しくIS三機を中破させたスルトに、4人は苦しげな表情を浮かべた。
4人がかり、しかも国家代表生が束になって、手も足もでないとは……。
(強い……)
スルトのISが第四世代というのもある。しかし、それ以上に恐ろしいのはスルト自身の卓越した技能だった。格闘、射撃、機動はいわずもがな、《展開装甲》の運用方法さえ熟知している。誇張でも尾鰭でもなく、最強クラスの操縦者だった。
「撤退します……」
悔しいが、このまま戦闘を継続しても全滅するのが目に見えている。
それに一夏たちが安全圏まで脱出する時間は稼いだはずだ。これ以上の戦闘は無用。しかし――
「それは困ります。私も手ぶらでは帰れません」
どうやら、向うはこちらを見逃す気などないようだ。
「<福音>には逃げられましたし、少なくても2機、いえ3機は欲しいところですね」
三機の強奪。彼女の実力なら可能だろう。
……このままでは友人を奪われる。自分のために戦ってくれた大事な友人を。
(どうする。逃げたところで、第四世代の加速のまえじゃ、すぐに追いつかれる)
だが、誰かが残れば、あるいは……
「<レッドクイーン>、《第二形態移行》。同時に座標計算、あいつと跳びます!」
《Yes My honey――座標固定。クアンタリゼーション・ジャンプ、レディ》
「――セシリア、鈴、デュノアさんは撤退してください。私があいつを食い止めます」
鈴、セシリア、シャルロットが驚くと、<赤騎士>が《第二形態》にシフトした。
背面からステンドグラスを想わす美しい翼が生え、尾骶骨から逞しい尾が伸びる。左腕には多機能武装腕《ジャバウォック》が展開され、<赤騎士>が翼竜のような姿に変化した。
「ちょっと、あんたはどうすんのよ!」
「大丈夫です。<赤騎士>の《単一仕様能力》は逃げるのに特化した能力ですから」
そう言い残し、アリスは単機でスルトに突撃した。
『アリス!』
セシリアと鈴、シャルロットの叫び声は、もう彼女に届かなかった。
♡ ♣ ♤ ♦
刹那の暗転のあと、私とスルトは揃って海面に強く叩き付けられた。
その勢いでしばらく海面を転がったあと、私たちは弾かれるように距離を置いた。
「さて、月夜の海上で、二人きりですよ。ロマンチックですね」
「そうですね。やっと二人きりになれた」
私の軽口に、スルトと名乗る女性は大剣型の近接武装を背部にしまった。
「この時を、私は待っていました」
スルトの言葉に顔を顰める。彼女の口振り、まるでこの状態を狙っていたように聞こえる。
スルトは唯一露出していた口元を緩め、フルフェイスのヘルメットを脱いだ。
露わになったスルトの素顔に、私は驚愕する。
「あなたは……ローズマリー、ライオンハート!?」
私の眼前に現れたのは、イギリスの国家代表だった。
同時に合点がいく。彼女が相手では苦戦するはずだ。なにせ、彼女は織斑千冬の対抗馬と謳われている女性。その強さは先月のトーナメントで身を以て実感している。
(しかし、なぜ彼女が私たちのISを?)
彼女は察したように告げた。
「私の狙いは、ISではありません。ISを狙うような素振りを見せたのは、あなたとそれ以外を分断させるため。あなたはとても優しい少女、言換、典型的な自己犠牲タイプのようですから、必ず自分が残ると思っていました。そして、それはうまくいった」
私は思わず舌を打ちそうになる。私の行動は全て彼女の計算通りだったわけか。
「で、イギリスの国家代表がわざわざ小芝居を打って、私を一人にした理由はなんです?」
「あなたと、こうしてゆっくりと話がしたかったからです」
「私はあなたと話したいことなんてありませんが」
私が提案を突き返すと、ローズマリーはどこか寂しそうに言った。
「私があなたのお姉さん、だと言っても?」
一瞬、ローズマリーの言葉が理解できなかった。
ローズマリーが私のお姉さん? バカらしい。それはあり得ないことだ。
「まさか、英国のお嬢様からそんな冗談を聞くとは思いませんでした」
「私が冗談を言っているように見えますか? ましてや、こんな場所に赴いてまで」
私は彼女の言葉を否定できなかった。確かに彼女がこんな手の込んだ冗談を言うとは思えない。
では、私を拐わかすために、虚言を吐いた?
それも考えづらい。もしそうなら、もっと有効な嘘があったはずだ。
「……本当に、貴女が、私の、姉? だというのですか……?」
頭痛がした。まるで思い出せと叫ぶような、頭痛が。
私の記憶の奥底で何かが引っかかっている。大事な記憶の断片が。
「ええ。あなたとわたしは同じお母さんのお腹から生まれたの。私とあなたが同じ髪の色なのは、そのため。この赤毛は母から受け継いだものなの。ライオンハートの人間は赤毛の遺伝体質を持つのです」
私は言葉に詰まり、形容しがたい感情に襲われた。
困惑、当惑、混乱。さまざまな感情が入り乱れ、気がどうにかなりそうだった。
「だとして、私をどうしようというのです?」
「あなたを私の組織に連れて行きます」
私は怪訝そうに顔を顰めた。
イギリスに連れて行く、という訳ではなさそうだが……。
「私の組織はそう遠くない未来、あなたの組織と対峙するかもしれません。米ソの秘密資金を巡って――」
「米ソの秘密資金?」
「その様子だと知らないようですね。嘗て、キューバ危機を発端に、世界の存続を危ぶんだ米ソが世界再建の為に出し合った秘密資金です。私の組織はそれを資金源に活動してきました。しかし、10年前、資金を管理していたある男が資金の半分を持ちだし、組織を脱退しました。その男の名は轡木十蔵」
その名には聞き覚えたがあった。
面識はないが、確か<デウス・エクス・マキナ>創立者の一人だ。
「つまり、貴女の組織は轡木十蔵が奪った米ソの秘密資金を取り戻したいと?」
「その通りです。おそらく骨肉の争いになるでしょう。そうなった時、私はあなたと争いたくありません。私とあなたは血の繋がった姉妹なのですから。剣を交えることなどできません」
「だから、私を自分の組織に連れて行こうというのですか。なら、あなたが私の許にくればいい。そうすれば、私たちが争うことはない」
ローズマリーに手を差し伸べるが、彼女は首を横に振った。
「それはできない」
「なぜ!」
「組織には私の最愛の人がいます。私は彼を裏切れない」
「自分勝手な女ですね……」
私と争いたくない。組織も裏切りたくない。だから、お前が組織を裏切れ。
そういう彼女に、今までの当惑を吹き飛ばすような強い怒りが沸き上がってきた。
「悪いですが、私は貴女の我がままに付き合う気はありません」
「アリス……!」
ローズマリーが悲痛な面持ちで叫ぶが、私は意に介さず《ヴィーパル》を構えた。
「<レッドクイーン>、彼女を捕縛して組織に連れて行きます」
「なら、私もそうしましょう。言い聞かせられないなら、力づくであなたを連れて行く」
ローズマリーは悲痛な面持ちになりながらも、背面の可変型近接武装を抜く。
そして、全身の《展開装甲》を解放し、目が眩みそうな速度で迫ってきた。
「くッ!?」
私はすぐさま《ヴォーパル》を振り下した。
《ヴォーパル》とそれに似た大剣がぶつかりあい、激しき鍔迫り合いが展開される。
「アリス、この争いは不毛だと思いませんか? 姉妹が戦い合うなんて」
「何が姉妹です! 貴女は私の敵です! 今さら姉ぶるな!」
「…………ッ」
私の言葉に動揺したのか、僅かながらローズマリーにスキが生じる。
その僅かなスキに乗じて<レーヴァテイン>を力任せに押し戻し、さらに多機能武装腕《ジャバウォック》の貫き手を繰り出す。が、ローズマリーはいとも容易く躱してみせた。
(くっ……今の不意打ちでも躱しますか)
それに実力差を痛感していると、<レーヴァテイン>の脚部にあるプラズマブレードが、回し蹴りと共に近づいてきた。条件反射でウィングを前面に展開して防御したが、あまりの威力に機体ごと弾き飛ばされる。さらに右翼が砕け、バラバラと宙に散った。
《損傷報告。右翼アクセラレイターにクラスCの損傷!》
AIの報告を無視し、海面ギリギリでPICを使い、なんとか体制を立て直す。
が、その時にはすでにローズマリーが眼前に迫っていた。
「わかりました。私が敵だというなら、今だけは私もあなたを敵と見做しましょう」
ローズマリーの非情な言葉と共に振り翳される、大剣とプラズマブレード。
次の瞬間、<赤騎士>は容赦なく八つ裂きにされ、武装の全てを失っていた。
(ここまで手も足も出ないなんて……)
あまりの圧倒的な力量差に茫然とせざるを得なかった
これが<ブリュンヒルデ>クラスの実力……。今の私では実力が足りなさすぎる。
《ハニー、撤退して! このままじゃやられる!》
<レッドクイーン>の叫ぶ声で、我に返る。
「りょ、了解!」
最早ローズマリーの捕縛は不可能だった。それどころか、このままでは私が彼女に捕まる。
私は機体を回頭させ、現空域からの離脱を試みるが、ローズマリーの方が早かった。
「逃がすと思いますか?」
背後から羽交い絞めにされ、動きを拘束される。
「<レッドクイーン>、量子ジャンプで跳びます。座標演算を!」
「させません」
ローズマリーは《展開装甲》を持つビットで《単一仕様能力》用のコンデンサーを破壊した。
くっ……。テイルコンデンサーが……。これでは量子ジャンプで離脱することも……。
「万策尽きましたね。では、大人しく私についてきてもらいましょうか」
「誰が……!」
語調を強めて四肢を振るうが、<レーヴァテイン>を払い除けられない。
ここまでか、と思った時、通信ウィンドウが開いた。通信相手は――
『……アリス、わたしが援護する……』
未完成の<打鉄弐式>に乗る簪だった。
その直後、虹色の粒子ビームが私の際どい所を抜け、<レーヴァテイン>に命中した。
■名称:レーヴァテイン
■和名:破壊の魔剣
■型番:Plan《3100》
■世代:第四世代
■国家:なし(亡国機業)
■分類:全状況対応万能型
■装備:
可変型ソードライフル《レーヴァテイン》
展開装甲ビット《ルーンダガー》×8
脚部プラズマブレード×2
■装甲:展開装甲
■イメージモチーフ:機動戦士ガンダム00セカンドシーズン アルケーガンダム
■概要:
ロキが手掛けた第四世代型IS。専属操縦者は、ローズマリー・ライオンハート。
《展開装甲》により、高い攻撃力、防御力、機動性を有し、その戦闘能力は現行ISを易々と凌ぐ。またエネルギー消耗の激しい《展開装甲》のエネルギーを補うためデュアルジェネレーターと呼ばれるシステムが採用され、動力炉を複数個、装備している。
外装が<赤騎士>に似ているのは、専属操縦者ローズマリーが妹の愛機<赤騎士>に似せてほしいと、開発者のロキに要請したためである。
まさに、妹が好きで好きでたまらない、姉のプリミティブな衝動に準じて生きるシスコン人間用のIS。その気持ち、まさしく愛である。