IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina   作:ネコッテ

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<スタート・サマーバケーション>
第51話 8月7日


 光の薄い部屋。置かれた円卓を囲む7つ不明瞭な存在がロキを見ていた。

 彼らを映し出しているホログラムシステムの解像度が低いため、どれもが曖昧模糊としている。それは高度な暗号化による影響であったが、あたかも亡霊のような姿形は彼らの存在を、ある意味で明確に表現しているようであった。

 ファントムタスク。その幹部たちがオンライン会議で一同に介し、ロキを糾弾していた。

 五月、ロキが独断で行った学園の襲撃。これに対する質疑応答である。

 あの襲撃以来、<国際IS委員会>では査察監査の強化が議論されている。もし<国際IS委員会>がIS開発の規制を強めれば、政府と兵器開発の間に介在し、世界のパワーバランスを図ってきた組織に影響を及ぼしかねない。また、<国際IS委員会>はアメリカ主導の傾向が強い。アメリカがIS最多保有国であるため、その意向を無視できないのだ。彼の蛮行はアメリカを図に乗らせる口実を与えたようなものだった。

 その原因を作った彼への質疑が終わり、一人の男性が発言した。

 

「弁明はあるか」

 

 厳かな口調でそういった人物は、不明瞭な映像でもわかるずっしりとした体格の男だ。伴う強権的な威圧は軍人のそれである。対象的に、彼の後ろにひかえる女性は長髪のしなやか美女だ。男の愛人とも囃されるソフィア・アルジャンニコフだ。

 まるでアンバランスな二人組に、ロキは思わず笑いそうになったが、

 

「いや、ないよ。アレクサンドロス・アルツェバルスキー大佐殿。俺は幹部会の了承もなく、独自の判断でIS学園に試作機を投入した。異論も弁解もない」

 

 彼は平然とそう言った。これに気分を害したのは、大佐の隣に座っていた長身痩躯の男だ。

 アジア系の黄色肌。細い目に鼻筋の通った美形だ。その美顔が今は怒りに染まっていた。

 

「報告によれば、ボクのお気に入りの凰鈴音も害を被ったそうじゃないか。それに対しての釈明さえないとは、如何なモノかな?」

春狼(チュンロン)、今は彼の学園襲撃に対する詰問する場よん。私情は慎んでもらえるかしらん」

 

 金髪の妖艶な美女、スコール・ミューゼルが春狼と呼んだ中国人幹部を諌める。

 春狼は不服そうに浮いていた腰を下ろした。だが怒りが収まらないのか、彼はスコールの隣に腰かけている初老の女性に怨念をぶつけるような視線を送る。

 

「ボクは彼の他に、彼を幹部に推奨した彼女にも責任があると思うね」

「それは……」

 

 春狼に睨まれ、赤毛の老女が萎縮したように言いよどむ。老けていた顔がさらに老け込んだように感じられた。

 そんな彼女に代わって発言したのは、ロキの後ろに控えていたローズマリーだ。

 

「しかし、彼を幹部に承認したのは我々ではありませんか」

「春狼の言い分だと、わたしら全員に責任があるサね~」

 

 ローズマリーの言葉に便乗した女性が、手元に持っていた煙管を遊ばせる。纏う装飾も奇抜で、着崩した着物を身に纏っていた。けれど、垢抜けた容姿は日本人のものではなく、ラテン系を彷彿とさせる井出立ちだ。

 彼女に発言に春狼が言葉を噤む。ただ苛立ちが晴らせず、小さく舌を打った。そんな彼を控えていたシンメトリーのような白と黒の双子が慰める。

 

「左様、我々は同意して、おまえを同胞に迎え入れた」

「彼の技術力には目に見張るものがあったからさね~」

「うむ、おまえの齎す知識はまさに叡智だ。だから優遇した。素行の悪さにも目を閉じてきた。だが、おまえは、ついに蛮行に走り、米国に我々を滅ぼす口実を与えた。これはまことに遺憾だ。ここで振る舞いを改めないのであれば、我々はおまえの処遇を考え直さねばならない」

 

 ロシア人の凄みが増す。けれど、ロキは恐怖をおくびにも出さずに言った。

 

「好きにするといい。だが改めるつもりはない。俺はこれからも俺のやり方でやらせてもらう」

 

 もしこの組織に創立当初の理念が残っていたのであれば、彼も忠義立てをした。

 だが、この組織は既に腐敗化しつつある。パワーバランスの調律とは名ばかりで、実質この冷戦を維持することで得られる利益が目的だ。そこに捧げる義は既にない。

 

「狂犬的な物言いだな」

「俺が忠犬じゃないことは確かだ」

「我々はお前のやり方を看過できんと言ったはずだが」

「首に縄を付けられるのはごめんだ。俺はあなたたちの子飼いになる気はない。それでも繋いでおきたいなら――」

 

 ロキが手を挙げる。傍らのローズマリーが僅かに臨戦態勢に移った。

 言いなりにはならない。それでも繋いでおきたいなら――“飼い犬に手を噛まれる”ことも覚悟していただきたい。つまりはそういうことだ。

 

「その反骨精神がおまえの身を滅ぼすぞ」

 

 大佐の眼光がいっそう強くなった。隣にいた美女――ソフィア・アルジャンニコフも静かに殺気立つ。さらに春狼の側に控えていた双子も攻撃体制を見せた。世界でも屈指の実力を持つ<亡国機業>の戦闘員がにらみ合う。回線越しの対峙だというのに、空気が切迫した。

 

「心得ておけ」

 

 厳かに告げられたその一言を期に、彼への質疑応答は急速に終わりを告げた。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 8月7日。燦々と照る太陽の日差しは、既に夏のものだった。平均気温も30度を平然と超え、IS学園でも熱い日が続いている。だが、その熱さにヒイヒイ喘ぐ生徒は少ない。8月1日にIS学園の一学期が終了したため、多くの生徒が帰省しているのだ。

 私の友人もその多くが帰省している。代表候補生である鈴やセシリア、デュノアさんは一学期の成果を報告するため各々の帰国しており、ラウラも一度部隊の様子を見に三日ほど前からIS学園を発っていた。

 というわけで、学園には、一夏、箒、あと簪が残っている。

 そして、同じく学園に残った私は箒の訓練を行っていた。

 

「箒、中心のバルーンを基点に、円状飛翔制御(サークルロンド)のまま、周回軌道を維持してください」

 

 私の指示で箒が、中央に浮遊するバルーンの周囲を周回する。

 円状飛翔制御は、定めた中心点と向き合いながら、その周囲を周回する戦闘機動だ。これにより常に敵を眼前に捉えることができ、相手に背後を取られ難くなる。ISの機動術に置いては必須のスキルだ。

 

『わ、わかった……』

 

 だが、箒はこの戦闘機動に苦戦しているようだった。周回時に発生する遠心力を相殺しながら、正確な円軌道を描くのが難しいのだろう。だが、この戦闘機動は基礎に属する。これを習得できなければ、先の球状飛翔制御(スフィア・ロンド)に進めない。

 

「前傾姿勢になりつつ、爪先に力を集中してください。爪を空中に突き立てる感じです」

『こ、こうか? う、うむ、なんとなく感覚がつかめてきたぞ!』

 

 さすが箒。呑み込みが早い。まだ拙い機体制御であるが、機動を自分のモノにしつつある。

 これだったらこのまま球状制御飛翔も――と思った矢先、箒が唐突に円軌道から外れた。

 そして、遠心力に押しだされ、アリーナの壁にぶつかった。

 

(あはは、さては気を抜きましたね)

 

 私は<赤騎士>を反重力装置(リパルサーリフト)で浮かせ、箒のところへ向かった。

 

「箒、慣れてきたからといって、気を抜いてはダメですよ?」

「ああ、すまない。悪いクセが出たようだ。次から気をつける。では、続きをしよう」

 

 <紅椿>を起こし、再び円状制御飛翔のモーションに入ろうとする箒を私は制した。

 

「いえ、このへんで一度休憩しましょう。もう三時間も休憩なしですし」

「そうか? 私なら大丈夫だが?」

「こういうのは適度な休憩が必要なのです。詰め込んでも直ぐに上達はしませんよ」

「うむ、お師匠さまがそういうなら、そうしよう」

「だから、その呼び方はやめてくださいって」

 

 そう言って笑い合いながら、互いの専用機を解除し、アリーナの休憩所に向かう。

 休憩所につくと、自販機で飲料水を二つ購入した。その一本を箒に渡す。

 

「ところで、《絢爛舞踏》はどうです?」

 

 《絢爛舞踏》。ISのエネルギーを自動回復させる<紅椿>の《単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)》だ。

 その実態はISの動力機関<対消滅反応炉>と真逆の反応を発生させる<対生成反応炉>と呼ばれるものらしい。これにより<紅椿>はISの動力源である反物質を自前で生成できる。

 

「概ね良好だ。なんとか自分の意思で発動できるようになった」

「そうですか、それはよかったです」

 

 <紅椿>のリアクターは学園に常備されている予備のリアクターと互換性がない。そのため、《絢爛舞踏》を自在にコントロールできないと、<紅椿>はエネルギーを再充填できないのだ。

 

「だが、エネルギーが自動充填できても、予備のパーツがな……」

 

 第四世代である<紅椿>には、《展開装甲》という特殊な機構が装備されている。これは未だこの世界に存在ないオーバーテクノロジーで、製造どころか、開発すらされていない。つまり《展開装甲》が故障した場合、修理も交換もできないということだ。

 

「束博士と連絡は?」

「音信不通だ。いつだってそうだ。あの人は後先の事を考えないから困る」

 

 深い溜息をつきながら、箒は<紅椿>の待機形態である金と銀の鈴を見た。

 その表情はどこか嬉しそうで、にこやかだ。

 

「やっぱり姉からのプレゼントは嬉しいものですか?」

 

 何気なく訊くと、箒は慌てたように視線を外した。

 

「そ、それは……まあな。……<紅椿>を作ってくれたことは感謝しているが」

 

 照れくさそうに笑む箒に、私は僅かに悟った。

 箒は姉である束博士を嫌っているようだけど、決して憎んではいないのだろう。たぶん、ほんのちょっと気持ちがすれ違っているのだ。互いが素直になれば、きっといつでもやり直せる。

 

(うらやましいな)

 

 と、思う。彼女の何がうらやましいのかは判らないけど、なぜかそう思った。

 すると、通路と休憩所を繋ぐドアが開いた。

 入ってきたのは一夏だ。その隣には見知った顔の少女――日本代表の輝夜月子がいる。

 

「おっす、箒もここに来てたのか?」

「ああ、アリスの指導を受けていたところだ。――それと隣の女性は確か日本の?」

 

 箒が月子に視線をやる。月子は深々と頭を下げた。

 

「初めまして。篠ノ之箒さま、わたくしは妻の月子です」

「こら、ウソをつくな」

 

 私たちが『妻っ!?』と驚くよりも早く、一夏が月子に手刀を落とした。

 手刀を食らった月子が、『きゃふっ』と可愛い悲鳴を上げ、その場に蹲る。

 

「今のはコイツのボケだ。笑ってやってくれ」

 

 そう言うと、月子が恨めしそうに一夏を見た。

 

「……ボケちゃうのに……」

「じゃあ、なんだっていうんだよ?」

「篠ノ之さまへの宣戦布告です!」

 

 ああ、月子は一夏が好きですからね。

 箒もその事を理解したらしく、いつも以上に口元を“へ”の時にして勇んだ。

 

「受けて立つ」

「負けません」

 

 大和撫子の二人が、一人の男子を巡って睨み合う。しかし、この嬉し恥かしの展開に、一夏はよく解らないという顔をしていた。ほんと熱中症でしねばいいのに。

 

「で、月子がどうして学園に?」

「夏休みでコーチがみんな帰っているだろ? だから、月子に頼んで来てもらったんだ」

「へえ、よく応じてくれましたね」

 

 国家代表といえば候補生より多忙だと聞く。きっと月子も忙しかったに違いない。

 その合間を縫って召喚に応じてくれるとは、月子も人が良いですね。

 

「まあ、昔から月子は俺の子分みたいなもんだったしな。はは」

「子分!?」

 

 日本国家代表を手下扱いする一夏の背後で、月子が「が~ん」とショックを受ける。

 逆に箒が『私は幼馴染だがな』と勝ち誇った顔をしていたけど、見なかったことにした。

 

「よし、じゃあ、そろそろ模擬戦始めようぜ」

「はい、親分……」

 

 すっかり意気消沈した月子が持ってきた<打鉄>のコンソールを開いて準備する。

 そこで私はある提案をした。

 

「よければ、私たちと2対2で模擬戦しませんか?」

「おお、いいな。月子もそれでいいか?」

「はい、かまいません」

「決まりですね」

 

 こうして私たちは二対二―― 一夏・月子ペアと私・箒ペアのタッグ戦を開始した。

 その後のタッグマッチで、私は国家代表の実力を改めさせられた。私たちの中で唯一の二世代型だったにも関わらず、彼女は終始戦いを有利に進めていた。被弾率も私に次ぐ少なさだ。

 一夏、もう月子を子分とかいうのをやめなさい。どうみてもあなたの方が下っ端です。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 午後。月子との模擬戦を終え、一緒に食事をしたあと、私は整備科にやってきていた。

 整備区画は地獄のような暑さだった。一応、空調は効いているものの、ほとんど“焼け石に水”状態だ。簪もまたその熱さにへばっていた。

 

「調子はどうですか……」

「……悪い」

 

 いつも以上に簡素に答え、簪は再びうなだれた。

 まあ、この暑さじゃ仕方ありませんよね。かくいう私もシャツのボタンを三つまで開けていますから。

 

「この暑さですもんね……」

 

 堪らず、スカートをバサバサと大胆に仰ぎ、中に風を送り込む。

 パンチラどころかモロパンの私に、簪はなぜか頬を赤めた。

 

「……アリス、はしたない」

「仕方ないじゃないですか。スカートの中が蒸れるんですよ」

「……でも、いちごのパンツが、丸見え」

「大丈夫ですよ。ここには女の子しかいませんから」

 

 もちろん一夏の前では絶対にしない。こういう行動はあくまで女子の前だけだ。

 

「それで今日は何をするんですか?」

「……荷電粒子砲の調整が終わったから、マルチロックオンシステムを製作する」

 

 マルチロックオンシステム。<打鉄弐式>にはサイドアームズとして、48連装の高性能マイクロミサイルを装備する予定になっている。それらのミサイル群を誘導管制するシステムが、簪のいうマルチロックオンシステムだ。

 そこで私は素朴な疑問を投げかけた。

 

「つかぬことを訊きますが、通常のロックオンシステムではダメなのですか?」

「……通常のロックオンシステムでも運用は可能。……でも、通常のロックオンシステムは目標を識別して、その情報をミサイル側に渡すことしかしない」

「それじゃダメなのですか?」

 

 通常、ミサイルにはホーミングシーカーと呼ばれる自動追尾装置が備わっている。

 撃ったあとは、その追尾装置が敵に命中するまでミサイルを誘導してくれるため、発射後、操縦者が管制誘導する必要はない。撃ちっ放し機能(ファイヤー・アンド・フォーゲット)っていうやつだ。

 

「……<打鉄弐式>のミサイルは小型(マイクロ)だから、搭載できるシーカーが小さくて、命中率が低い」

「まあ、ミサイルの命中率は、乗せているコンピューターの能力に左右されますからね」

 

 かといって命中率を上げるために高性能なコンピューターを積めば、ミサイルが大型化してしまう上、一発当たりのコストも高くなる(高性能コンピューターを使い捨てるわけだから)。

 そこでようやく簪が目指すマルチロックオン・システムの全貌が見えてきた。

 

「ミサイルには最低限の誘導装置だけを積み、管制に必要な計算は<打鉄弐式>のコンピューターで行う。そうすることで、ミサイルを小型化し、かつ命中精度を上げようというのね?」

 

 そう語ったのは私ではなく、別の声。ロリーナだ。

 

「あ、ロリーナ、来ていたのですか」

「ええ。しかし、ここは熱いわね。とけちゃいそうだわ」

 

 ロリーナは手でパタパタと自分を扇ぐ。それでも汗が止まらず、数適の汗が頬を伝って、豊満な谷間に落ちて消えていった。何でしょ、すごくやらしく感じるのは私だけでしょうか?

 そんな私を傍目に、簪があたふたと腰を折った。

 

「……はは、はじめまして! ……わ、わたしは、さ、さらしき、かか簪、でで、す」

 

 すごくテンパってますね。さすが人見知り。まあ、簪たち技術者にとって篠ノ之束博士やロリーナは雲の上の人らしいですからね。緊張してしまうのは無理もないでしょう。

 

「ロリーナよ。よろしくね、簪さん。話はアリスから聞いているわ」

「で、話を戻しますけど、つまり誘導計算をミサイル自体に処理させるんじゃなくて、<打鉄弐式>にさせようというのですね?」

「……うん」

「残念だけど、それだと操縦者が処理しなければならない情報が膨大になるわ。おそらく、負荷であなたが情報に振り回されるでしょう。複雑な制御を簡単に操作できるようにする。それがシステム化のメリットよ。あなたのマルチロックオンシステムは、あまり実用的とはいえないわ」

「でも、ロリーナなら何とかできるんでしょ?」

「ふふ、えらく私を買ってくれているのね」

「だって、私が知る中で一番の科学者ですから」

 

 ISの世界では篠ノ之束博士の影に隠れがちで、永遠の二番なんて言われているロリーナだけど、私はロリーナが一番の科学者だと思っている。だって、彼女が作った<赤騎士>は世界最高の相棒だから。

 

「――で、あるのでしょ?」

「ええ、手はあるわ。――アリス、貴女はどうやって8基のソードビットを制御している?」

《私がしている》

 

 と言ったのは、<赤騎士>の人工知能<レッドクイーン>。

 そう、私の場合、ビット制御のほとんどはAIの<レッドクイーン>が行っている。だから、8基のビットを操りながら格闘が行えるのだ。そこでロリーナの言葉の意味を理解する。

 

「ミサイル管制誘導の情報処理をAIに代行させるわけですね?」

「そういうことよ。――そして、ここには私がいるわ」

 

 様々な分野に秀でたロリーナであるが、得意分野は人工知能とロボット工学だ。

 そんなロリーナがいてくれれば、百人力どころか、千人力だ。

 

「では、貴女にAI開発のノウハウを伝授する――前に場所を移しましょう。ここは熱すぎるわ」

 

 ロリーナは説明中もずっと汗をかきっぱなしだった。その所為か薄手のブラウスが半ば透けていて、下着が浮き出ている。しかも紫とか。なんだか、いちごの柄物ショーツをはいている自分が子供っぽく思えてきますね。

 

「で、どこに移動します?」

「とにかく涼しいところがいいわ」

「……じゃあ、コンピューター室がいいと思う」

 

 コンピューター室はISのソフトウェア開発などに使われる実習室だ。

 何台ものコンピューターが設置されているため、強めの冷房が効いている。

 

「そうしましょう、そうしましょう」

 

 私とロリーナは二つ返事で答え、整備区画をあとにした。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

「――従来、人工知能へのアプローチ方法には、過去の膨大な情報を統計分析して規則性や判断材料を抽出したり、過去の事例や因果関係を解析して未来を推論することで学習する機械学習が代表的ね」

 

 場所は移ってコンピューター室。そこでロリーナがAI理論の講義を始めたのだが、私は開始十分で強烈な睡魔に襲われていた。だって、出てくる用語は難解ですし、説明は意味不明ですし……。

 でも、簪はロリーナの説明が理解できているらしく、挙手していた。

 

「……<レッドクイーン>も機械学習を行うことで、知性を獲得しているのですか?」

「ええ。でも、機械学習は、彼女の知性を司る中で補助的なものに過ぎないの。彼女の知性の源泉はニューラルネットワークが齎す複雑な計算知能と並列分散処理能力よ。コネクショリズムと言い換えてもいいわ。彼女のプロセッサーは人間の脳神経回路網と同じ複雑性を持ため、非常に膨大なパターンを認識・解析ができるの」

「……<レッドクイーン>が高水準な言語能力を有しているのはそのため?」

「その通りよ。複雑なパターンを解析できるから、自然言語を処理することができるの。言語形態解析、構文解析、語義曖昧性の理解。それを可能としているため、<レッドクイーン>は東京大学の入試を満点で突破したわ。それだけじゃない。彼女は自らコードを綴ることができるの」

「……つまり<レッドクイーン>は自分自身をプログラミングしているってことですか?」

「それだけじゃないわ。シナプスの結合を強めることで、学習を行い、問題を解決する能力があるの。さらに彼女の思考モジュールに組み込まれた遺伝アルゴリズムは、人間のようにアイデアを生み出すことも可能よ」

 

 という具合に、さっきからロリーナと簪が問答を交わしている。無知な私は完全に取り残された形だ。なので、備え付けられたパソコンのアプリを起動し、適当に時間を潰そうとしていると、

 

「こ~ら、ちゃんと話を聞きなさい」

 

 ロリーナに怒られた。

 

「だって、全然話についていけないんですもん」

 

 機械学習? コネクショリズム? 遺伝的アルゴリズム? なんですかそれ?

 そもそもAI開発は簪の仕事だし、私が学ぶ必要はないと思うのだけど。

 

「言っておくけど、まだイントロダクションよ? この程度で躓いていては落第だからね?」

「いいですよーだ。どうせ私は劣等生ですから。――あ! ロリーナのせいで、地雷を踏んじゃったじゃないですか! あと1個でクリアだったのに!」

 

 口先を尖らせると、怒ったロリーナが油性マジックを投げてきた。

 それが私の額をスコーンと打ち抜く。某スナイパー並みの見事なヘッドショットだ。

 

「アリス、本気で怒るわよ」

「心の底からごめんなさい」

 

 久々にロリーナの怒り顔を見て、私は姿勢を正した。

 

「じゃあ、講義を続けるわね。それでマルチロックオンシステムに搭載するAIのタイプだけど、<レッドクイーン>のような高度な思考計算や自然言語処理能力は必要ないわ。あくまで操縦者を補助する膨大な情報処理システム、知能エージェントであればいい。――ところで、簪さんはLISPを扱えるかしら?」

「……はい、それなりに」

「なら話は早いわ。――次は開発環境ね。確か私のラボに多量情報処理用のフレームワークあったと思うから、それをベースに開発しましょう。あとIS開発に使えそうなソースやリファレンスも用意しておくわ」

 

 言うと、ロリーナは持ってきた資料をトントンとまとめた。

 

「じゃあ、今日はこれまでにしましょうか。――それと貴女にはこれを渡しておくわ」

 

 そう言って渡したのは名刺のようなものだ。

 表にはNBSの文字。裏にはURLと、何かのバーコードがある。

 

「<国境なき科学者たち(No Border Scientist)>?」

「私が運営管理するシンクタンクよ。貴方に渡したカードは、そのSNSサイトにアクセスできるURLとログインパスワード。サイト内では、私が招待した科学者や技術者たちが、国家や思想に囚われず、意見交換をしているわ。貴女の専用機開発に役立ててちょうだい」

「い、いいんですか? わ、わたしなんかが、その、そんなメンバーに入って……?」

「あなたの知識、技術は大したものよ。科学の未来を担える素質があるわ。だから自信を持って」

「……は、はい! ……ありがとうございます!」

 

 簪は嬉しそうに、貰った名刺サイズのナンバーカードを大事に抱えた。

 雲上人のロリーナに認めてもらえるのは、すごく名誉なことなのだろう。

 

「それと劣等生には補修があるから残って頂戴ね」

「ですって、簪」

「……それはアリスのことだと思う」

「やっぱり?」

 

 というわけで、私は一人、コンピューター室に残ることになった。

 

「で、補習とは?」

 

 簪が教室から退室したところで、私は改めて訊いた。

 きっとロリーナは私に補習を受けさせたいわけではない。別件があって私を残したのだ。

 

「新しい任務があるの。――はい、これ」

 

 やっぱりかと思いつつ、渡されたクリップボードを受け取る。

 そこには若い女性の写真とプロフィールが挟まれていた。セレブ然とした美しい女性で、年は二十代半ば。年相応の色気を醸し出す、その美女を私は知っていた。

 スコール・ミューゼル。オーストラリア出身の元イギリス代表で、第一回<モンドグロッソ>で射撃部門<ヴァルキリー>に輝いた操縦者だ。別名<砂漠の逃げ水(ミラージュ・デ・デザート)>。

 

「彼女をどうしろと?」

「彼女は学園襲撃事件に加担している疑いが強いの。そこで私たちは彼女の身柄を確保することにしたわ」

「つまり、その作戦に私も参加しろというわけですね」

「相手は第1回<モンドグロッソ>の射撃部門<ヴァルキリー>。もし専用機を有していた場合、身柄確保が困難になるわ。そうなった時、<ヴァルキリー>に対抗できる貴女が必要になる」

「わかりました。それで私はどうすれば?」

「今から1週間後、スコールはイタリアで行われる経済界のパーティに参加するわ。貴女にもそのパーティに参加してもらって、スコール・ミューゼルの身柄を確保してもらう」

 

 ふむ、夏休みに地中海ですか。悪くありませんね。任務ですけど。

 

「言っておくけど、遊びじゃないからね? バカンス気分でいられると困るわ」

「わかっていますとも。――それで、具体的な段取りは?」

「確保後、近海で<ウォルラス>が待機しているから、そこへスコールの身柄を移してくれれば任務完了よ。あとは作戦部が情報部へ身柄を移すわ」

「了解しました」

「気を付けてね。相手は<ヴァルキリー>クラス。戦闘になれば手強いわ」

「……ええ、十分にわかっています」

 

 <ヴァルキリー>の実力は身を以て理解している。

 私は先日ヴァルキリークラスの実力者――ローズマリーに叩きのめされたばかりだ。

 

「それと貴女のお姉さん、ローズマリーのことだけど」

 

 不安が表情に出ていたのだろうか。ロリーナが私を気遣うように見た。

 ロリーナはローズマリーと私の関係を知っている。当然、私の心中に渦巻く複雑な心境も。

 

「大丈夫です」

 

 なんとなくロリーナの顔が見られなくて、私は視線を外しながら答えた。

 そんな自分を内心で嗤う。何が大丈夫だ、視線も合わせられないで。

 

「無理しなくてもいいのよ。肉親なのだもの」

 

 ロリーナが私を気遣うように微笑む。それが嬉しくて、私は素直に答えた。

 

「大丈夫です。血の繋がりはなくても、私には素敵な姉がいますから」

 

 今度はちゃんとロリーナの目を見て言った。

 私には心から姉と慕える女性がいる。今はそれだけで十分だ。

 

「ありがとう。じゃあ、貴女の姉として、私も全力でバックアップをするわ」

「それはとても心強いです」

 

 私はロリーナの気遣いに、心の負担がすこし軽くなる。

 だが、心の底で疼く、ローズマリーというノイズまでは消せなかった。

 




物語の後半戦――夏休み編に突入です。
文章、シナリオ、設定、その他、各方面への知識。どれも至らないものばかりですが、楽しんでいただけるように精進いたしますので、後半戦もよろしくお願いいたします。
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