IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina   作:ネコッテ

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第52話 8月8日

 8月8日、正午。

 箒の訓練が終わったあと、私は与えられた任務の準備のため、荷造りをしていた。

 

「どうしましょうか……」

 

 焼けたハマグリみたいに、ぽっかりと開いたパンパンの鞄を前に腕を組む。

 旅行先での着替えやパスポート等の書類、資料諸々。14日間の滞在になる予定なので、あれやこれや詰め込んだら、あっという間に鞄に収まりきらなくなっていた。

 

「思い切って新しいものを買いましょうか。そこまで高いものでもないし」

 

 そうと決まれば、明日にも買いに行くとしよう。場所はレゾナンスでいいか。あそこはなんでもそろっているし。――と決めたとき、勢いよく部屋の扉が開いた。入ってきたのは、ラウラだ。

 

「嫁、いま帰ったぞ!」

 

 ラウラは部屋に入るなり、腰に手を当ててふんぞり返った。

 さながら一仕事終え、我が家に帰ってきた亭主のような振る舞いだ。

 

「ちょっとラウラ、ダメだよ。ノックぐらいしないと」

 

 と、ラウラに続いて入ってきたのは、両手に小奇麗な紙袋を抱えたデュノアさん。

 デュノアさんがラウラを窘めるけど、ラウラは意に介さず、頷いた。

 

「問題ない。嫁の部屋は、私の部屋も同然だからな」

「そうなの!?」

 

 それはラウラの勝手な思い込みではなく、公然とした事実だったりする。なにせ、私の部屋に置かれている備品の3割ぐらいはラウラの私物だから。

 こうなった経緯は、単純にラウラが訪問のたび、私物を部屋に置いていくからだ。別に迷惑でもないので何も言わないけど、同室の箒はラウラの私物が増えるたび、眉を顰めている。

 それはさておき、

 

「おかえりなさい、ラウラ、デュノアさん」

「うむ、ただいまだ」

「ただいま」

「ちょっと散らかっていますけど、自由にかけてください」

 

 やってきた二人を部屋に招き入れつつ、散らかった衣服を部屋の隅に追いやる。

 それから、もてなしの茶を淹れるべくキッチンに向かった。

 

「早い帰りでしたね。帰ってくるのは、8月の後半だと聞いていましたけど」

「予定より早く業務が終わったのでな。定日の便より早い便で帰ってきたのだ。嬉しいか?」

「はい、とても。ラウラがいなくて寂しかったですよ。――で、デュノアさんも?」

「うん、僕も似たような感じかな。それとアリスにお土産を買ってきたよ」

 

 淹れたお茶を二人のところに持っていくと、デュノアさんが小奇麗な箱を取り出した。

 

「お母さんの墓参りのあとに、シャンゼリーゼ通りに寄ってね。そこでアリスに似合いそうな服があったから、お土産に買ってきたんだ。――開けてみて」

「はい」

 

 私は箱の包装を解いた。中に入っていたのは、淡い桃色のワンピース。綺麗な薔薇の刺繍が施されており、生地の肌触りは非常に滑らかだ。触った感じだけでも、高級な素材だと判る。

 

「いいのですか。こんな高そうなもの」

 

 凱旋門が有名なパリ・シャンゼリーゼ通りには、セレブたちが御用達にする高級店が軒を連ねている。そこで購入したのなら、さぞかし高かったに違いない。それだけに貰う事が躊躇われた。

 

「うん。アリスに着てほしく買ったんだから、ぜひ貰って」

 

 そこまで言われては貰うしかない。私は貰ったワンピースを身体に宛がい、クルっと回った。

 普段は銃器やナイフをファッションにする私だが、それでも女だ。可愛い服には心が躍る。

 

「どうですか?」

「うん、とてもよく似合ってるよ♡」

「ありがとうございます」

 

 熱っぽい瞳で見つめられ、私はなんとなく照れくさくなった。

 デュノアさんって中性的なところがあるせいか、見つめられるとドキドキするんですよね。

 

「ごほん、嫁、これは私からの土産だ」

 

 ラウラが紙袋を前に出す。中から取り出したのは短機関銃だった。

 

「これはH&Kの MP7?」

「ああ。以前、IS非装備時に携帯する小型火器が欲しいと言っていただろ?」

 

 <赤騎士>は自動人形を使って自立行動できるので、時に二手に分かれて行動する場合がある。

 その単独行動時に携帯する火器――自衛用火器(PDW)が欲しいな、と以前ラウラに話したことがあった。そのことを覚えていてくれたらしい。

 

「MP7は、そのコンパクトさから携帯性と秘匿性に長けている。重量はおよそ1.2㎏、マガジンを挿入しても1.8㎏。同じPDWであるFNP90より軽いぞ。火力も問題ない。ケブラー性の装備も打ち抜ける威力がある。個人携帯用火器としては申し分ないだろう。――どうだ?」

 

 私はそれを手に取って感触を確かめた。まずマガジンを抜き、装弾されていないことを確認する。それから薬室に初弾が込められていないことをチェックし、引き金を引いた。

 カチンと軽い音が鳴って撃鉄が下りる。うん、いい音だ。

 

「装弾数は?」

「30連装だ。一応、40連装のマガジンも用意してあるぞ」

 

 ラウラは紙袋から40連装マガジンと専用の弾薬となる4.6x30mm弾のケースを取り出した。

 さらにはダットサイト、サップレッサー、レーザーサイト、専用ホルスターまで取り出す。

 

「これ、全部もらっていいのですか?」

「もちろんだ、嫁のために用意したのだからな」

 

 私は『ありがとうございます』と礼をいい、アクセサリーを手に取った。そして新しい玩具を買ってもらった子供のように、各部をいじりまわす。最新の銃を手にするとワクワクしますね。

 

(むっ……なんか、僕のワンピースを貰った時より嬉しそうな気がする……)

 

 デュノアさんがなぜかむくれ面になっていたが、私は構わずいじり続けた。

 今すぐ試射したいなぁ。確かIS学園には射撃場があったはず。あとで行ってみよう。

 

「ところで、何かの支度をしていたの? いろいろと散らかっているけど」

 

 デュノアさんが部屋の隅の旅行バックに目を遣った。

 

「ええ、ちょっと5日後にイタリアへ行く予定がありましてね」

 

 MP7にサップレッサーを装着しながら答える。二人は『えっ!?』と驚きの声を出した。

 

「聞いていないぞ!?」「聞いてないよ!」

「言ってませんからね。先日決まったんですよ……」

「で、どれくらい行くの?」

「2週間ぐらいです」

 

 聞くなり二人は『2週間も!?』と揃って愕然とした。

 なんでしょうか。その、世界の終りを聞いたような表情は……。

 

「せっかく、夏休みをアリスと一緒に過ごそうと思って早く帰ってきたのに……」

「まったくだ。これではほとんど嫁と一緒にいられないではないか……」

 

 二人揃って、がくりと肩を落す。そ、そんなにショックなことなのでしょうか……。

 

「僕も一緒に行っちゃダメ?」

 

 まるで訴えるような上目使いには、表現しがたい破壊力と魅力があった。

 男ならトキめいて、二度返事で了承していただろう。でも私は女な訳なので、

 

「すみません。観光ではないので」

 

 もしこれが観光なら喜んで二人を誘うのだけど、実際は組織の作戦に参加するためですから。

 とはいえ、御預けをくらった子犬のような二人を見ていると、申し訳ない気分になってくる。

 

「あ、あの、よければ、明日一緒にでかけませんか?」

 

 あまりにしょんぼりされたので、居た堪れなくなった私は、そんなことを提案した。

 丁度、旅用のキャリーバックを新調しようと思っていたところだったし。

 

「本当か!?」

 

 私の提案に、俯いていたラウラが勢いよく顔を上げた。

 デュノアさんもパーと笑顔を咲かせる。

 

「うんうん、いく!」

「では、明日の10時、この部屋に集合ということで」

 

 こうして明日の予定が決まり、私はふと外に視線をやった。

 

(そういえば今日は鈴とセシリアが帰ってくる日でしたっけ)

 

 帰宅時刻は聞いていないけれど、そろそろ帰ってくる頃だろう。

 あとで様子を見に行くのもいいかもしれない。と思いつつ、私は二人の土産話に耳を傾けた。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

「ホントに、この国は熱いったらありゃしないわねッ!」

 

 IS学園の校内に足を踏み入れるなり、凰鈴音は晴天の大空に向けて咆哮した。燦々と輝く陽光の槍が日焼けした肌をヒリヒリとさせる。しかし、彼女の苛立ちの原因は別のところにあった。

 

「それに、なに、幼馴染が帰ってきたっていうのに出迎えもないなんて、どういうつもりよ!」

 

 わざわざ帰国日付と時刻をメールしてやったというのに!

 

「滞在中も電話一本よこしてこなかったし、あたしってその程度の存在なのかしら……」

 

 出迎えが高望みだとしても、電話の一本ぐらい寄こしてくれてもいいではないか。

 これでは自分に関心がないみたいでちょっと――いや、かなりショックだった。

 

「いやいや、ネガティブになるなあたし」

 

 鈴は自分に言い聞かすように日焼けした頬を叩く。

 悪い事を考えだすと、悪い方向にしか転がらない。何よりネガティブだなんて自分らしくないが、

 

「でも、気持ちが一方通行なのは確かよね……」

 

 “一夏が好き”という気持ちは誰にも負けない自信があるけれど、“彼にどう想われているか”を考えると、複雑なところだった。何より早まって“切り札(やくそく)”を出した挙句、それを自分で全否定してしまったのが痛かった。

 

「でも、勝負はまだこれからよ」

 

 鈴はポケットからくしゃくちゃになったチケットを取り出した。今月、開園されるテーマパークの無料チケットだ。本国を発つ時、中国代表のフーが一“織斑一夏と楽しんでこい”と持たせてくれたものだ。

 これで、華々しく二人の関係を進展させてやるつもりだ。

 もう『鈴は二組だからいない』だなんて、誰にもいわせないのだから。

 

「見てなさいよ、箒、セシリア!」

 

 意気込んでボストンバックを担ぎ直す。思いついたら吉日、目指すは一夏の部屋だ。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 IS学園の校門をひとりの少女がくぐった。白の貴婦人帽子。白のワンピース。上品で清楚な佇まい。イギリスでの仕事を終えて戻ってきたセシリア・オルコットだ。

 

「ああ、やっと一夏さんの許へと帰ってこられましたわ」

 

 オルコット家の財産管理、代表候補生としての仕事、旧友との交友。

 それらを熟して7日ぶりに戻ってきたセシリアは、どこか切ない溜息をついた。

 

(はぁ、はやり、好きな人とは一緒にいたいものですわね。今度、帰国するときは、ぜひ一緒に来てほしいものですわ)

 

 帰国の際、セシリアは一夏を『イギリスに来ないか』と誘った。しかし、金銭面を理由に断わられてしまったのだ。あまり無理強いするのもよくないので、潔く引き下がったが、今度は是非ロンドンの古き町並みを共に歩きたいと思う。そして共に両親の墓参りをし、一夏の紹介をして――

 

(でも、できたなら元気な両親の前で、一夏さんを紹介したかったですわね……)

 

 叶わぬ願いだと解っていても、そう思わずにはいられないのが人の心だった。

 

(ああ、お母様、お父様、なぜ私を置いて先に逝ってしまわれたのですか?)

 

 セシリアの両親は、超境鉄道の事故で既に亡くなっている。

 それを“不運”と言ってしまえばそれまでだが、それで自身を納得させられないのもまた人の心。

 それに、両親の旅行にはいくつか腑に落ちない点があった。

 

(仲の悪かった両親が、なぜその日だけ一緒にいたのかしら……)

 

 優秀な経営者だった母に、父は負い目を感じていた。母もそんな父を毛嫌いしていた節があった。仮面夫婦だった二人が一緒に旅行なんて。――その疑問がセシリアの胸中で、ずっと渦巻いていた。が、セシリアは改まった。

 

(いけませんわ。これから一夏さんへ会うのに、こんな顔をしていては)

 

 そう、これからデートに誘うつもりなのだ。難しい顔をしていては、雰囲気を壊してしまう。

 セシリアは陰険な考えを追い出すように金髪を振り乱し、ポケットからチケットを取り出した。

 

(ふふ、このテーマパークに一夏さんをお誘いし、一気に関係を進展させて――)

「お嬢様」

 

 セシリアが頬を緩ませていると、背後から一人の女性がぬーと現れた。

 暗殺者の如く現れた人物は、セシリアの専属メイドで幼馴染のチェルシー・ブランケットだ。

 

「ひゃい!?」

 

 メイドの突然の登場にセシリアは、思わず尻もちをつきそうになった。

 てっきり、セシリアの私物を部屋に運んでいる最中だと思っていたのだ。

 

「なぜ、あなたがここに!?」

「荷物の運び込みが終わりましたので」

「もう、終わりましたの? あんなにあったのに?」

「はい」

 

 メイドはケロッと答えた。友人への手土産、新しい洋服、生活用品、インテリア、かなりの数あったはすだが、それを数分もしないうちに運び終えたという。さすがオルコット家を仕切るハウスキーパー。仕事がスピーディーで無駄がない。

 

「ところで、お嬢様、滞在時に購入された水着の件なのですが」

「え?」

 

 これまた唐突に切り出された話題に、セシリアは視線を泳がした。

 帰国前、一夏とのデートを企てていたセシリアは、それ用に新たな水着を秘密裏に購入していた。それも大部分が紐で構成された過激なヤツだ。臨海学校での反応がイマイチだったので、思い切って露出が激しいものを選んだのだ。

 チェルシーはそれをいっているのだろうか? だとしたら、どこでそれを知ったのか。

 その過激さゆえ反対を恐れて細心の注意を払ったつもりなのだが。

 

「な、なんのことかしら?」

「ネット通販で購入された、黒のマイクロビキニについてのことです」

 

 白を切ってみたセシリアだったが、メイドの目は“知っているぞ”と光っていた。

 このメイドに隠し事は通用しない。長年の付き合いから、それを知るセシリアは白状した。

 

「やっぱりダメかしら?」

「はい、年頃のお嬢様が着用するには、聊か露出が多すぎるかと思われます」

「でも、一夏さんは鈍感ですし、これぐらい過激なモノでないと気を惹けませんわ……」

 

 人差し指と人差し指をツンツンとしながら、上目使いで訴える。

 そんなセシリアに専属メイドはピシャリと言い放った。

 

「そもそも露出で男性の気を引こうというのが、間違いなのでございます。元来、男性を誠に惹きつけるのは女性の母性、すなわち生活力や包容力でございます。特に日本人男性はその辺りを重視する傾向にあるようです。お嬢様の場合は、まずその辺りに重点――特に料理(ボソ)――を置いた方がよろしいかと」

「ぐっ……」

 

 すごく諭された気になって怯むセシリア。

 チェルシーは、年齢よりも落ち着いた振る舞いで頭を垂れた。

 

「今は亡き奥様より“娘に悪い虫がつかないように”と仰せつかっております。くれぐれも軽率な行動はお控えくださいませ。どうもお嬢様は俗世に流されやすいところがあるようなので」

 

 自分の姉的存在であるメイドにそう云われては、反論の余地などなかった。

 

「わ、わかりましたわ」

「ご理解いただけたようで、うれしゅうございます」

 

 もう一度礼をするチェルシーに、セシリアは敵わないなと内心でつぶやいた。

 

「それでお嬢様、これから織斑さまの許へ?」

「ええ」

 

 何せ7日間も離れ離れだったのだ。会いたくて仕方がなかった。

 

「そう仰ると思い、既に用意しておきました」

 

 そう言ったチェルシーの足元には、一夏の為に買った土産が置かれていた。

 いやはや、大したメイドだとしか言いようがない。セシリアも主人としても鼻が高かった。

 

「では、参りましょう。私もお供します」

「え? もしかして、チェルシーも来ますの?」

「はい、一度、織斑さまにもご挨拶せねばと、思っておりましたので。よろしいですね?」

「そ、それは構いませんけど」

 

 なにせ、これから戦場(?)に出向くのだ。味方は多い方がいい。

 ただ、チェルシーには別の思惑があるように感じられた。

 

(きっと一夏さんを品定めするつもりですわね)

 

 チェルシーは“織斑一夏”をセシリアの話とプロフィールでしか知らない。

 この機会に“どのような男性なのか”自分の目で見定めようというのだろう。

 

(う、チェルシーの御眼鏡に適わなかったらどうしましょう……)

 

 とにかく一夏は女性の好意に疎い。そのくせモテる。

 見方によっては、女性関係がだらしなく見えるかもしれない。それが不安だった。

 

(だ、大丈夫ですわ、一夏さんはチェルシーから見ても品性良好に映るはず)

 

 何せこのセシリア・オルコットのハートを射抜いた男なのだから。

 そんな根拠のない自信を抱えながら、セシリアは一夏の部屋に向かって歩き出した。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

「さて、これどうしようかな」

 

 冷房の効いた自室で、俺は扇状に広げたチケットを眺めていた。

 このチケットは、近々開園するウォーターワールドの入場無料券だ。《第二形態移行》した白式のデータ収集に来ていた倉持技研の人がくれたのだ。その使い道について、俺は悩んでいた。

 このチケットは一枚で二人まで参加できるのだが、それが3枚しかないのだ。

 

(6人だといつものメンバーを全員誘えないんだよな……)

 

 かといって誰かを仲間外れにするのも気が引ける。

 さて、どうしようかと悩んでいたら、部屋にノックの音がした。

 

「あ、は~い」

 

 チケットをポケットにしまい、ドアを開ける。訪問者はセシリアだった。後ろには見知らぬメイドさん。もしかしてオルコットの使用人だろうか。まあ、それは後で訊くとして。

 

「お、セシリア、帰ってきてたのか」

「ええ、たった今こちらに到着いたしましたの。それでちょっと寄り道を」

「そうか。まあ、入れよ。そちらの方もどうぞ」

「では、お言葉に甘えて」

「お邪魔致します」

 

 二人を部屋に招き入れ、俺は「適当にかけてください」と言ってキッチンに飲み物を取りに行く。二人は「お構いなく」と言ったが、そういうわけにもいかない。俺はコップに冷えた麦茶を注ぎ、二人の許に戻った。

 

「外、熱かったろ」

「はい、とても」

 

 コップに注いだ麦茶を二人に差出し、俺も適当なところに座る。

 

「――それでそちら女性は?」

「彼女はチェルシー・ブランケット。わたくしの専属メイドで幼馴染ですわ」

 

 紹介を預かったチェルシーさんが、小さく頭を下げた。

 

「初めまして、織斑一夏さま。私はお嬢様の身の回りのお世話をしております、チェルシー・ブランケットと申します。以後、お見知りおきを」

「こちらこそ、チェルシーさん。話はセシリアから聞いています」

 

 チェルシーさんは『ほぉ?』と関心を示した。

 

「恐れながら、お嬢様は私のことをどのように?」

「綺麗で機転が利いて、とても頼りがいのある幼馴染だと」

「そうですか」

 

 チェルシーさんはどこか嬉しそうに麦茶を啜った。

 セシリアはセシリアで『もう、一夏さんたら』と頬を赤くして麦茶をすする。

 

(それにしても、メイドか……)。

 

 本職にしているだけあり、チェルシーさんの佇まいはすごく様になっていた。

 そこらのコスプレメイドとは雰囲気が違い、動作一つ一つに趣がある。

 

「私に何かついておりますか?」

 

 ふわっとした雰囲気に見とれていたら、チェルシーさんが俺の視線に気づいた。

 

「いえ、本職のメイドを見るのは初めてで、つい」

「そうでいらっしゃいましたか。では、一度、本場の給仕を体験してみますか? 幸いにも、夏季休校中は私もここに滞在する予定でございますし、いかがでしょう?」

 

 そう微笑むチェルシーさんに、思わずドキリとする。

 その柔らかな微笑みには人を和ませる魅力があって、俺はしどろもどろになった。

 

「いえいえ、いいです。チェルシーさんみたいな美人に給仕してもらったら緊張しそうですし」

「あら、織斑さまは口がお上手ですね。――ですが、将来的に私が織斑さまの身の回りのお世話をすることになるかもしれません。今の内にメイドの奉仕に慣れておくのも良いかと思われます」

「はい?」

 

 いきなり話が飛躍して、俺はついていけなくなった。

 将来的にチェルシーさんが俺の身の回りの面倒を見るかもしれないって、どういうことだ?

 チェルシーさんの言葉の意味を計りかねていたら、セシリアが真っ赤になっていた。

 

(チェルシーったら! なんてこと言いますの!)

(織斑さまの婿入りに備え、今から気構えを身につけて頂いた方がよろしいかと思いまして。わたくしの前任者エリーハウスキーパーも亡き旦那様が婿入りする前から、上流階級の振る舞いや、社交界について教育していたと申しておりましたので)

(だとしても気が早いですわ! わたくしと一夏さんはまだ、そ、そんな関係じゃ……)

(しかし、将来的にはそうお考えになっているのでは?)

(う……、それは……、でも、まだ希望の域といいますか、現実味が……)

 

 一体、二人は何をコソコソ話しているのだろうか。

 時より聞こえてくる、婿入りとか、旦那様とかいう単語が気になるのだが。

 

「あの~二人で何を話しているんですか?」

「それは女同士の内緒話です♡」

 

 ふふふと妖艶さを秘めた声で人差し指を立てるチェルシーさん。

 うまい具合にはぐらかされ、俺はこれ以上踏み入る事ができなくなった。

 

「それはそうと、お嬢様。織斑さまにお話しがあったのでは?」

「ええ、じ、実はこのようなモノを手に入れまして」

 

 セシリアは身を正してバックから一枚のチケットを取り出した。

 海の描かれたそのチケットは、<倉持技研>の人がくれたそれと同じ物だ。

 

「よかったら、ここへ一緒に行きませんこと?」

「おう、いいぜ」

 

 断る理由もないので即答する。元からセシリアを誘うつもりだったしな。

 快く了承した俺に、セシリアが表情をパーと明るさせる。

 

「本当ですの!」

「ああ、実は俺もそのチケット、持っててさ。セシリアを誘おうと思っていたところなんだ」

「まあ、そうでしたの!(もしや、一夏さんもわたくしとひと夏のアバンチュールを)」

 

 俺の言葉にセシリアが頬を紅潮させてフリフリと金髪を振るう。

 そんな時だ。部屋のドアが無遠慮に開き、七日ぶりとなるセカンド幼馴染が入ってきた。

 

「お、鈴。帰ってきたのか」

「ええ。――って、成田についたってメールしたじゃない」

「あ、わりぃ、見てなかったわ」

 

 午前は<白式>のデータ取りで忙しかったからな。

 それはさておき、俺は鈴の手に握られたチケットに注目した。

 

「なあ、おまえが手に持っているチケットって、ウォーターワールドのだよな?」

「え? そうよ。どうせあんたのことだから暇しているだろうと思って、誘いにきてやったのよ」

「そうか、そりゃ丁度よかった。実はさ、セシリアとそこに行こうかって話になっててさ、鈴も一緒にどうだ?」

 

 俺がチケットを見せると、鈴の手からはらりとチケットが落ちた。

 同時にセシリアの表情がこわばる。なぜかチェルシーさんだけは、呆れたような深い溜息をついていた。

 

「織斑さまは本当に鈍いのですね……。お嬢様が可哀想になってまいりました」

 

 うが、チェルシーさんまで、そんなことを云う。なぜか、チェルシーさんに云われると堪えた。

 

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